●リプレイ本文
●対話
「おーい、ペリドット! 話があっから出て来い!」
「おう! なんだ!?」
六堂源治(
ga8154)が呼びかけると、少年は瓦礫の影からひょっこり顔を覗かせた。
余りにも容易過ぎる邂逅より僅かに時を戻そう。
廃墟に足を踏み入れた傭兵達は円形の陣を組み、周囲を警戒しながら進んでいた。
「おかしな敵だな、奴は。六道君達との約束を守ったのか‥‥」
呟きつつ、先程顔を合わせた現地待機のUPC軍の事を思い出す崔 南斗(
ga4407)。軍人に被害は無く、それは一つの可能性を示唆している。
前回の戦い、ペリドットはそんな約束を交わしていた。だがそれを本当に守っているとは。
「カシェル君、イライラしてない? お魚食べてる?」
俯きながら歩くカシェルの顔を覗き込み、雨宮 ひまり(
gc5274)は小首を傾げる。カシェルは廃墟に入る前の事を思い返していた。
傭兵達は今回、強化人間を連れ帰るという可能性を事前に示唆してきた。当然それは依頼内容とはズレた宣言であり、依頼主がいい顔をする筈もない。
崔 南斗(
ga4407)の説得や現地隊員に現状被害が無い事等理由として、一応『保留』という返事を得る事は出来たが、それはナンナ・オンスロート(
gb5838)の発言が大きく影響している。
最悪、ペリドットとの対話は騙まし討ちにも使える等、ナンナの冷静な発言が『保留』に結びついたと言える。そしてカシェルにとっても‥‥。
「イライラしてないさ。ただ‥‥」
「ただ?」
「何やってるんだろうって、思っただけ」
出発前、ナンナはカシェルに言い含めた。仲間の救出と、この場の捜索を優先‥‥感情的にはなるな、と。
そうして考え込んでいる間に源治が呼びかけ、ペリドットは現れてしまった。誰にとってもその邂逅は唐突だったと言えるだろう。
こうして傭兵と強化人間の対話が始まった。熱心だったのはメアリー・エッセンバル(
ga0194)で、懸命に少年へ言葉を投げかけている。
「ツギハギとキャロルを殺したのは、黒い人形?」
「信じて貰えないかもしれないけど‥‥だからこそ、一緒に遺体を発掘しよう? 遺体を見ればそれが証明でき――」
「や、いいよ。姉ちゃんが言うなら信じる」
と、メアリーの言葉を遮り頷くペリドット。少年は本当に信じた様で、疑う素振りも無く歩み寄って来る。
そんな光景をベーオウルフ(
ga3640)は退屈に眺めていた。彼にとってこの対話は興味の及ばない物で、依頼に差し支えなければその結末も関係無い。
依頼主が妥協する姿勢を見せなければ彼はこんな退屈には付き合わなかっただろう。いや、今も付き合っている訳ではなく、周囲を警戒しているのだが。
「一つ気になってる事があるんだが、訊いてもいいか?」
前に出て声を上げたのはジン・レイカー(
gb5813)だ。彼にはこの依頼を受けた時からの疑問があった。
「戻れば殺されるとわかってる筈なのに戻って来て、しかも敵である人間に手出ししてないって話だし‥‥。一体、何が目的で戻って来たんだ?」
「ツギハギとキャロルの墓を作る為だ」
「‥‥それだけか?」
「それだけじゃないぞ。もし生きてたら助ける!」
腕を組み、何とも言えない表情を浮かべるジン。返答は想定内の様な、想定外の様な‥‥。
「メリーベルとデューイについて何か知らないか? 教えてくれたらお前の勝負の邪魔はしない。どうしても無事に連れて帰りたいんだ、頼む‥‥!」
必死の様子で詰め寄る南斗。ペリドットは首を横に振り、叫んだ。
「言っちゃ駄目って言われてるから、知らないぞ!」
僅かな停止。後、南斗はペリドットの肩を掴む。
「どこに居る!? ここから近いのか!?」
「おれは喋らないぞ!」
口を両手で塞ぐペリドット。それに反応したのはカシェルだ。
「ちょっと待て。何でお前が彼女の居場所を知ってる?」
「お前はルクス弟! 心配するな、ルクスもちゃんと生きてるぞ!」
再び停止。満面の笑みを浮かべるペリドットに足早に近づき、カシェルはその顔を殴りつけた。
「ふざけるな! 馬鹿にしてるのかお前!」
「お、落ち着けカシェル!」
暴れ出すカシェルを羽交い絞めにする南斗。ペリドットは訳が分らないという様子だ。
今にも殺しに掛かりそうなカシェルを何とか宥める頃には対話も進み、ペリドットは共闘の申し入れに限定的だが了承。遺体発掘に協力すると誓った。
「けど、一緒には行けないぞ?」
月読井草(
gc4439)に傷の手当を受けながらペリドットは源治に答える。
「さっきも言ったッスけど、お前の目的は俺達と一緒でも果たせる。それに今は強化人間を受け入れる流れも‥‥」
「おれには役目があるからな。でも、それが終わったら一緒に行くのも楽しそうだ!」
「役目ッスか?」
「それはおれに勝ったら教える! 一緒に行くにしても、決着は絶対ここでつけるぞ!」
立ち上がり、源治を指差すペリドット。頬掻き、仕方なく源治は立ち上がった。
「まだ名乗って無かったッスね。俺の名は六堂源治。一人の剣士として、相手をさせて貰う」
答えに満足したのか少年はにんまりと笑う。二人の剣士は対峙し、刃を構えた。
●無念
二人が剣を交えようとした正にその時である。静寂を破り、クラクションの音が響き渡った。
「敵です。それもかなりの数の」
ナンナはAU−KVを装着していなかった。彼女とは少し離れた位置に停まっていたバハムートが敵を感知し、音を鳴らしたのだ。
円形の布陣を敷き、周囲に構える傭兵達。物陰から現れたのは黒い人形が十数体、様子を窺うように停止している。
「何だ、こいつらは?」
眉を潜めながら刀を構えるジン。その隣、ベーオウルフも二刀を手に取る。
「こいつらが、ツギハギとキャロルを‥‥!」
「おれも見た事ないぞ。なんなんだ?」
メアリーの隣、首を傾げるペリドット。そこへ唐突、空を切る様な音が飛来する。
それは一瞬の出来事だった。ペリドットを狙ったらしい攻撃を阻止したのはひまりだった。
矢を放ち終えた少女は止まっていた呼吸を再開させるように息を吐く。長い時間、これを防ぐ為に集中を続けていた。
「今ので御終いの筈が素晴らしい反応、勝算に値する」
「何者だ! 名を名乗れー!」
倒れたビルの上、白いシルエットが立っていた。伸ばしていた腕をワイヤーで巻き戻し、影は井草の声に応じる。
「お初お目にかかる。私の名は‥‥沢山あるので名乗れないのだが」
それは白い人形だった。既に外見は人間を保っていない。シルクハットに片手を沿わせ、異形は歩み寄る。
「主は私をジョン・ドゥと呼ぶ。もっと単純に言うと裏切り者を抹殺係、である」
白人形の声に傭兵達はペリドットを見る。彼の言う裏切りに該当する言動を、今正に彼らは確認したばかりだ。
「おれと同じ人形なのか? 同じなのに、ペリドットとツギ――」
問いかけるペリドットだが、白人形が何かの所作を見せた直後、身を捩り口から大量の血を吐き出した。
「面倒な物だ。体内爆弾を起爆させるには、ある程度近づかねばならなくてね」
そのまま少年は自らの血溜まりに倒れこんだ。その一連が刹那の出来事であった。
「ペリドット‥‥?」
足元に倒れ、虫の息の少年。メアリーは膝を着き、少年を抱き起こす。その間にも人形のキメラはじわじわと近づいてくる。
「‥‥退屈なお喋りは終わったか。では、楽しい戦いをしようか」
「想いを叶えてやれそうだったのに‥‥それも、届かないのか」
ベーオウルフとジンがそれぞれ呟き、襲い来る人形と戦闘を開始する。人形は素早く奇妙な動きで翻弄するかのように彼らを取り巻いている。
「こ、この敵早くて狙いが‥‥!」
近づく人形を弓で狙いながらうろたえるひまり。そこへ近づいた個体をナンナが盾で殴り、小銃を連射する。
「さて、用は済んだので私は引き上げるとしよう。まだ仕事が一つ、残っているのでね」
ジョン・ドゥと名乗った人形は傭兵達が戦っている間に何か言ってその場を後にしたが、そんな事はあまり重要ではない。
「無念、だ‥‥結局、決着、つけられなか、った」
血を吐きながら呟くペリドット。近づく人形を斬り付けながら源治は振り返る。
「何一つ‥‥成し遂げられ、なかった。こんなのってねえよ‥‥! くやしいよ‥‥源治の兄貴ぃ‥‥っ」
剣を握る力も無く、泣きながら呟いたか細い声が彼の最期の言葉になった。
戦闘はまだ続いている。だがそこへ駆け寄り、亡骸の胸倉を掴んでカシェルは叫ぶ。
「待て、姉さんはどこだ! メリーベルは!? 居場所を言えよ、おい!」
「何をしているんです、今はそんな状況ではないでしょう!」
「落ち着けカシェル!」
戦いながら声を上げるナンナと南斗。しかし少年は止まらない。
攻撃を二刀でやり過ごしながらベーオウルフが目線だけで振り返る。ひまりも、ジンも、非常事態に固唾を呑んでいた。
「なぁなぁ、アンタの知ってるキャロルってどんな奴だった?」
手当てをしながら井草が問いかけると、少年は笑顔で言った。
「勉強好きで、生意気で、可愛い妹分って感じかな。あんたの話も楽しそうにしてたぞ!」
手を止め、何とも言えない表情を浮かべる井草。少年は井草の知らなかった事を語ってくれた。
「天枢の望みはな。愛弟子達が生きている事だと思うぞ」
南斗の言葉にペリドットはしゅんとした様子で頷く。
「おれもそう思う。師匠は命を大事にしろっていつも言ってた。だから兄貴、姉ちゃんを助けてやってくれよ」
きょとんとする南斗。少年は申し訳無さそうに続ける。
「約束だから場所は言えないけど、姉ちゃんは師匠の弟子で、おれにとっては大事な人なんだ。だから、頼むよ!」
「姉ちゃん、墓を作ってくれた人だろ?」
発掘の相談中、少年はメアリーの背中に声をかけた。
「それまで人間は悪い奴だと思ってた。でもあの日姉ちゃんを見て思ったんだ。良い奴もいるんだって」
メアリーは荷物の中に紛れた本の重さを思い出した。それはキャロルに会えなかったなら彼女に捧げるつもりだった物だ。
「あの村はおれが守らなきゃいけなかったんだ。俺の役目だから。でも姉ちゃんのお陰で、これでよかったのかもって思える」
だから、ありがとう。メアリーの手を取り、少年は笑った――。
「馬鹿野郎が、死ぬ気かッ!」
廃墟に響き渡る怒声はジンの物だ。カシェルの腕を掴み上げる彼の周囲では大方キメラの殲滅は終了している。
「お陰で連携も滅茶苦茶だ! いい加減にしろ!」
「あんたに何が分るっていうんだよ!」
ジンの腕を払いのけるカシェル。気が立って居るのか、あろう事か剣まで構えようとした時、その剣をベーオウルフが弾き飛ばした。
「余裕が無いのは判るが人に当たるな。みっとも無い」
「どういう意味だ!」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
何か言い返そうとするカシェルだが、意味が分らない程馬鹿でもない。震える拳を握り締め、泣き出しそうな顔で背を向ける。
「カシェル、そんなカッカしないでお姉さんといいことをしよー‥‥って、全然聞いてない」
落ちていた剣を拾いその場を後にするカシェル。その背中を見送り井草は溜息を一つ。
「‥‥分かり合えたのに」
誰かが小さく呟いた。廃墟にどんよりとした雲がかかり、辛勝の戦士達に影を落とし始めていた。
●雨
二刀が備えられた墓の前、源治は一人佇んでいた。
共に行くのも悪くないと少年は笑った。決着をつけようと約束した。だがそれを果たす事は出来なかった。想定していた事だ。だがこんな幕引きを彼は考えていたのだろうか。
戦うなら正々堂々と――そのつもりでここに来て、剣を取って向き合ったのに。その想いは砕かれ散った。
「とりあえず依頼は成功、か」
廃ビルの壁に背を預けながらジンが呟く。複雑な表情の彼の傍らに立っていたベーオウルフは仕事が終わったと言わんばかりに歩き出す。
実際に依頼は終了だ。想定外の出来事もあったが、至上目的は達成した。立ち去る男の脳裏、南斗とのやり取りが蘇る。
「メリーベルはヒイロの友人なんだ。ヒイロもきっと彼女の帰りを待っている」
戦闘後、南斗はベーオウルフの背中に言った。助力を求めるその声に彼は冷静に返す。
「依頼以外の事をやるつもりはない」
それは彼が今回貫いた姿勢でもある。メリーベルはヒイロの友人――それが彼の中でどれだけの意味を持つのかは誰にも分らない。
「やはり生きていましたか。死体を確認出来なかったのが気懸かりでしたが‥‥これではっきりしました」
雨粒が乾いた大地に染みる。ナンナがそう呟くと、カシェルは俯きながら呟く。
「僕がケリをつけなければならないんです。それが皆の為、姉さんの為なんだ」
小さく息を吐くナンナ。先程まで今すぐルクスを探しに行くと聞かなかった彼を窘められたのは、彼女が信頼を得ているからだろう。
「貴女はいつも冷静で、そんな貴女に僕は憧れていた。でも僕はもう‥‥貴女の背中を追える自信が無い」
歩き出す少年。雨の中に消えるその小さな背中をナンナは静かに見つめていた。
ペリドットは最期をどんな気分で向かえたのだろうか? 一人の強化人間を脳裏に、ふと思う。
これが最善だったのか。それとも他に道があったのか。答えなど無いと分っていても――。
「やっぱ掘り返すのは相当時間かかりそうだね。素手じゃ無理だって」
振り出した雨の中、両手を泥だらけにしたメアリーに井草は声をかける。
ペリドットが見つけられなかったのだから地下への道など存在しないのだ。全てを埋め尽くした土砂を掘り返すのは容易ではない。
キャロルに伝えたい事があった。世界の広さ、人が積み重ねてきた歴史と知識の深さ。彼女が目を輝かせただろう世界の全て。
「あいつは死んだけどさ。『哀れな犠牲者』じゃない。あいつはそんな安い女じゃない」
呟くように言ってメアリーを見やる井草。メアリーは本を取り出し、泥だらけの手でそれを抱き締めた。
「生き方は変えられるのに。そこに意思さえあれば‥‥なのに‥‥っ」
「‥‥宗派違うけど許しておくれよ」
地下へ通じただろう道を前に経を唱える井草。胸の内、手を取り合った刹那を思いながら。
「冷たいな、雨」
そんな仲間達を眺め、空へと手を翳すジン。晴れない心を示すように、それは冷たく降り注ぎ続けた。
「はう‥‥カシェル君、濡れちゃうよ?」
瓦礫の山の上に腰掛け少年は遠くを見ていた。ひまりはその隣に座り、同じく視線を遠くへ。
「ペリドットさんの言った事、信じてみない?」
ぼんやりとしたようなひまりの優しい声。カシェルは剣を握り締め首を横に振った。
「わからないんだ、何も。信じられないんだ、何も‥‥」
それぞれの上に冷たい雨が降り注ぐ。傭兵達はやがてこの地を後にし、そしてまた新たな戦いへと回帰する。
当たり前に続く、まだ終わらない闘争の日々へと――。