●リプレイ本文
●最下位決定戦
バレンタインを目前に控えた某日。待ち合わせ場所の広場に続々と集まる傭兵達の姿があった。
「先日は‥‥色々大変だったな、元気そうで何よりだ」
二人と合流するなり上杉・浩一(
ga8766)が言う。が、毎回色々大変なので、『どの大変』なのか二人は特定出来なかった。
それからも集まった傭兵達と挨拶したり雑談したりするヒイロと斬子だが‥‥。
「そうだ。ヒイロさん、斬子ちゃん久しぶりに勝負してみてはどうですか? チョコ作りで」
つい先ほどまで『久しぶりー』とか『はじめましてー』とか和やかな挨拶を交わしていた傭兵達。しかしそれは長くは続かなかった。
南 十星(
gc1722)が持ちかけた提案は斬子をやる気にさせる為の物だ。突然の提案にボケーっとしていた斬子、その肩を茅ヶ崎 ニア(
gc6296)が掴む。
「よーく聞いて斬子。ヒイロに負けたらLHで最下位よ最下位。ダメダメのダメ子になっちゃうのよ?」
「ダ、ダメ子って‥‥」
「くず子な上にダメ子だなんて重い十字架を背負うハメになるの。貴方はそれで良いの!?」
と、拳を握り締めたニアの熱弁。傭兵達の視線の先、アホ面で板チョコを既に齧っているヒイロの姿があった。果てしなく何も考えていない顔である。
「い、嫌ですわぁああ! アレよりダメは嫌ですわぁあ!」
号泣する斬子の背中をヒイロはボケーっと眺めていた。こうして今回はヒイロと斬子が勝負するという形でお料理教室が開かれる事になった。
●ヒイロの場合
そんな訳で二つの班に分かれた傭兵達。こちらはヒイロ班の様子だ。
「さてと、作り始める前に先ずは‥‥ヒイロさん、手を出していただけますか?」
立花 零次(
gc6227)はヒイロの手を取り、その指先に絆創膏を巻いていく。不慣れな包丁で指を切ってしまう事を懸念した彼の思い遣りであった。
「九頭龍さんも女の子なんですから、傷は少ない方が良いでしょう」
と、敵に当たる斬子にも近づいて行く零次。三日科 優子(
gc4996)とセラ(
gc2672)はその間に手早く準備を進めていく。
「ヒイロさんはひさしぶりだね!」
「わふー! あの頃はまだ、おばあちゃんも生きて――おばあちゃん‥‥」
セラとの会話中、突然その場に膝を着くヒイロ。あたふたするセラを見かね、片手で本を開きながら浩一がヒイロの首根っこを掴む。
「‥‥チョコもなにも、本通りにつくれば作れるだろうに」
「ヒイロでも出来るですかね?」
復活したヒイロを降ろす浩一。袖を捲くり、優子は笑顔で言う。
「早速始めるか! まずチョコを刻むやろ? そしたらボールにお湯を入れる。間違えてチョコにお湯入れたらあかんよ?」
「え?」
早速チョコにお湯をかけているヒイロ。一瞬の間。
「あかーん! 早速かい!」
「ま、まずは基本的な事からやろっか! チョコを切るのって初めは結構大変なんだよね?」
「‥‥切る以前に直にお湯をかけてるが」
優子、セラ、浩一の三人がヒイロを阻止する。戻ってきた零次は少しの間何が起きたのか理解が及ばなかった。
こうして厳重な監視下でヒイロの戦いが始まった。
チョコを刻むにしても一苦労で、作業が遅い所為でヒイロの手はチョコでべたべたになってしまう。
「切るときは手早くです! 手の温度でチョコがとけるからです!」
「ふおおお‥‥あっ」
何か嫌なものを切る音がしてセラの頬に血とチョコが混じった液体は付着した。涙目のヒイロを零次が手当てし、浩一が励まして再挑戦。
「ボールにお湯を入れて、別のちっちゃめのボールをお湯の入ったボールで暖めて、それにチョコを入れてとかします!」
次にチョコを湯煎する。ボールを直火にかけようとするヒイロを阻止し、セラは何とか作業を進めていく。
単純だがヒイロには難しい基礎作業。それを何度か繰り返していくと、やがてヒイロもその作業を会得するのであった。
「意外と物覚えいいんだよな‥‥」
複雑な表情の浩一。優子は湯煎をマスターしたヒイロにカステラを差し出す。
「次はこれ、カステラを3cm角に切る」
ヒイロと並び、カステラを綺麗に切り分ける優子。見よう見まねでヒイロもそれに続く。
続けて優子はチョコソースを作りを開始。チョコと牛乳を丹念に混ぜる。ヒイロがやるとやけに飛び散り、顔がチョコ塗れになっていた。
「カステラをチョコソースに浸して‥‥ココナツパウダーに満遍なくつける。これで美味しいレミントンの完成や。簡単やろ?」
「優子ちゃん凄い! ヒイロにも出来たです‥‥あむ!」
と、そのまま口に放り込むヒイロ。小躍りしそうな様子に優子は笑みを作る。
「美味しいやろ? 今回はバリエーションとして、カカオと抹茶のパウダーも用意したで」
食欲を原動力にヒイロは再び一から作業を開始する。湯煎まではセラのお陰で完璧で、そこからは優子のシンプルなレシピもお陰でミスする余地がない。
「なんかもう作れるようになったです! はむ!」
「食べすぎだ。チョコがなくなったら買いにいかねばならんのだぞ」
浩一に丸めた本で頭を小突かれるヒイロ。次に、先程からセラと準備を進めていた零次が隣に並ぶ。
「隣で同じ物を作りますから、私の真似をして作ってくださいね」
今度は先程よりやや工程の多い作業だ。まず既にセラにお願いして溶かしてあるチョコとバターを泡立て器で混ぜていく。
泡立てが楽しいのか中々止めないヒイロを次の作業へ。今度はボールに卵を割る事になったのだが‥‥。
「ふんっ!」
覚醒し卵を粉砕するヒイロ。零次は暫し遠い所を見ていた。
やはり先程より難しいのか、中々進まない作業。零次はヒイロと共に悪戦苦闘するのであった。
●くず子の場合
一方こちらは斬子班。十星に基本を教えて貰ってからの開始なので斬子の表情にも余裕がある。
「取り敢えず男性に贈る云々は忘れてやりましょう」
「そうですわね、これは勝負なのですから!」
ニアの言葉にあっさり乗せられる斬子。既にやる気満々のようだ。
「何でも言ってねー。雑用ならお任せなんだよー」
材料や器具を取り出し、犬坂 刀牙(
gc5243)は笑う。まずは簡単な所からという事で、刀牙から道具を受け取ったのはニアだ。
「まずはチョコと茶葉を細かく刻んで、スポンジケーキは小さく千切っておく」
ニアに言われるまま真剣な様子で斬子は作業を進める。湯煎は十星に教わり、見た目にも中々手際良い。
「で、少量ずつ取ってラップに包んで丸める。出来た球をココアに転がした後、冷蔵庫で冷やせば一丁上がり」
「やってみたら意外と簡単ですのね」
「包丁の使い方も中々様になってますね。板チョコは角から刻んで、あとココアパウダーを入れると‥‥」
冷蔵庫にチョコを入れ、十星とニアに挟まれて復習する斬子。次にティナ・アブソリュート(
gc4189)が生チョコタルトを作るという話になったその時だった。
「ヒイロ! それは斬子の作った奴なんだよーっ! ほら、ちゃんと斬子に食べていいか聞くんだよー」
冷蔵庫の番をしていた刀牙の前、匍匐前進してくるヒイロの姿があった。ヒイロはそのまま顔を上げる。
「ちょっと味見するだけだから‥‥」
「駄目なんだよーっ! 冷蔵庫はボクが守る!」
対峙する二匹の犬。二人は何やら熱い冷蔵庫争奪戦を繰り広げているが、他のメンバーは気付いていない。
「料理は花嫁修業の基本とか教わったので問題無し! さあ、行きますよ!」
犬が走り回るのを背景にティナが斬子に指示する。先程より工程が増え、斬子も必死な様子だ。
「溶かしたチョコを泡立て器でよく混ぜて‥‥そう、冷ましながらポテッと落ちていく固さに‥‥」
取っ組み合うヒイロと刀牙。ヒイロは刀牙を投げ飛ばしついに冷蔵庫に到達するが、浩一と零次に引き摺られて行った。
真剣にガナッシュをタルトケースに搾り出す斬子。トッピングを終えると一息ついたのか、額の汗を拭って微笑んだ。
「形があれですけど、わたくしにも出来ましたわ!」
「斬子さん‥‥可愛いですね♪」
隣で微笑むティナ。斬子は顔を赤らめ、それから苦笑を一つ。
「わたくし、友達とか居なかったから‥‥こういうの初めてで」
「お菓子作りは楽しいですか?」
問い掛けに斬子は微笑みで応じる。和やかな様子から遠く、復活した刀牙がよろめきながら冷蔵庫の前に戻っていた。
「少し不安がありましたが、中々上出来ですね。もう一度最初からやってみましょうか」
十星の提案に頷く斬子。こうしてまた最初から作業を反復する事になった。
元々手先が器用なのか、斬子はヒイロと比べ全てが順調だ。つまみ食いもしないし無駄なカオスもない。
そんなわけでニア、十星、ティナの三名に教えられながらも一人で全てこなす事に成功。チョコを試食し、嬉しそうに笑顔を作った。
「味や形にばらつきはあるけど、メシマズって程じゃないわね」
「初めてにしては上出来です」
「なんだかわたくし、お菓子作りにハマってしまいそうですわ」
こうして甘い香りに包まれた部屋の中、刀牙の戦いは誰にも知られぬまま調理は続くのであった。
●心は甘く
「できたーっ!」
オーブンから取り出したガトーショコラを手にヒイロが声を上げ、調理終了を告げる。気付けば日も傾き始めていた。
「分量さえ間違わなければ、後は混ぜて焼くだけですから、ヒイロさん一人でもきっと出来ますよ」
後でメモを渡しますからね、と零次が一言。ヒイロ班くず子班共に調理が終了し、お互いに試食する事になった。
「っとその前に‥‥折角やから皆でチョコ食べよか。準備しとくから誰か買出しお願いしてええか?」
「わーい! 買い物なんだよーっ!」
「ヒイロぽてちも買う!」
「ヒイロ、関係ない物をカゴに入れちゃダメなんだよーっ! ずるいんだよーっ!」
部屋を飛び出していくヒイロとそれを追う刀牙。優子はそれを苦笑しつつ見送る。
「さて、今の内に準備しちゃいましょうか♪」
ティナが微笑み、残ったメンバーは準備を始める。ヒイロが大好きな鍋とチョコをかけて、チョコフォンデュをするという流れになったようだ。
買出しに出た犬達が戻る頃には準備は完了。それぞれ思い思いの食材をチョコに潜らせ、堪能していく。
「‥‥ニアちゃんこれ、なんかすっぱい」
「え? そう?」
梅干のチョコをヒイロに食べさせ笑うニア。が、他に特にカオスな食材を持ち込む者は居なかったのでとても和やかで平和な光景となった。
「そういえば、どうして急にバレンタインに興味を持ったんだ?」
十星に渡されたフルーツのちょこを齧りつつ、浩一がヒイロに問う。ヒイロは口の周りをべたべたにしたまま答えた。
「なんかね、教えてもらったのです。ブラッド君を追っかけてて」
「ブラッドさんに会ったのですか? 残念です、言ってくれれば『お礼』に伺ったのに‥‥」
ヒイロと浩一の会話にチョコを片手にティナも加わる。三人は暫くブラッドの話をしていた。ティナの笑顔にヒイロは少し怯えていた。
「ねえねえ浩一君? そんな事より、チョコ出来た?」
本を開き、顔を隠す浩一。正直周囲が優秀だったので、教える事はあまりなかった。
「そろそろお待ちかねの試食にしよっか!」
「そうですね。そちらのチョコはどうですか?」
セラが声を上げ、十星が続く。それぞれの班で作ったチョコレートが並び、それを思い思い手に取り口に放り込んでいく。
「うん。九頭龍さんのタルト、美味しいですよ」
「まさかあのヒイロがガトーショコラなんて作れるなんてね」
零次とニアに続き、感想が飛び交う。その内容は主に好意的で、今回の依頼が成功したという事実は最早疑いようも無い。
「まあ、わたくしは特に渡す相手もいないんですが‥‥」
「ふふふん。斬子は友チョコっていう習慣を知ってるかなー?」
タルトを食べながら身を乗り出し、刀牙が笑う。
「バレンタインデーはねー。男の子にチョコをあげるだけじゃないんだよー。友達にもチョコをあげるんだって」
「友達‥‥?」
頷く刀牙。ヒイロは勝手に斬子のチョコを口いっぱいに頬張り、幸せそうにしている。
「ヒイロさん、美味しい?」
「んーっ! んまいですー! くず子も捨てたもんじゃないです!」
最早勝負の話はどこへ行ったのか、ヒイロはただチョコを食べられて幸せという顔である。斬子の方も既に勝敗はどうでもいいようだ。
「そ、そうかしら? 皆も食べて下さいね。と、友チョコという事で!」
「では頑張ったお二人に、これは私から」
交換するようにチョコを取り出し、差し出す零次。それに十星も続く。
「これは私から、二人にプレゼントですよ。特に斬子ちゃん、無事に退院できて何よりです」
「あ、ありがとう。わ、わたくしのも是非!」
こうして賑やかにチョコを囲んでの楽しい時間が過ぎていく。無事にチョコも完成し、来るバレンタインデーへの準備は万全だ。
「そういえば、友達にチョコを渡すのがバレンタインデーなら、ここに居るみんなはもう友達なのですよ」
手をチョコでベタベタにしながらヒイロが笑う。
楽しい時間は遅くまで続き、チョコという友情で結ばれた傭兵達は手を振りその場を後にするのであった。めでたしめでたし。
「なんか、何も起きなかった事に違和感を覚えますわ‥‥」
「奇遇ですね。ヒイロもです」