タイトル:ラブ・ソングマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/14 00:11

●オープニング本文


●ふたり
「僕が人形を作るのは、神様に祈るのに似ているかな」
 それはまだメリーベルが傭兵でもなんでもない、ただの少女だった頃。
 各地を旅する根無し草の男に拾われた少女は、いつも男が作っている人形が気になっていた。
 ある日何故人形を作るのかと訊ねると、男は苦笑を浮かべて言ったのだ。
「人はね、人形に色々な想いを重ねるんだ。人形は人に沢山の物を与えてくれる。人の偽者に過ぎなくても、ね」
「メル、天枢の人形、好きだよ」
「あはは、ありがとう。僕の腕なんて大した事ないんだけどね」
「大事なのは気持ちだって、天枢言ってた」
 男は少女の頭を撫で、優しく微笑む。少女に人形の良し悪しはわからなかったが、ただそれだけで満足だった。
「人は沢山の物を得て、失っていく。人生は素晴らしいけど、時に人に試練を与える」
「試練?」
「辛い事があった時、僕は人形に助けられてきた。だから僕は人形に祈るんだ。どうか、誰かを笑顔に出来ますように、って」
 マリオネットを躍らせ男は微笑む。生活は苦しかったが、幸せだった。旅さえ続けられればそれだけでよかった。
 親も故郷も失った少女が見つけた、たった一つの居場所。どんなにささやかでも、その記憶だけが彼女の心の支えだった――。

●記憶
「ツギハギ、私の記憶を消してくれませんか?」
「だが断る」
 ツギハギの実験室でキャロルは不満気な表情を浮かべていた。願いを即刻却下されたら確かにそんな顔にもなる。
「何故ですか?」
「何故って、逆に何故だ? 記憶を消したいってのは」
 キャロルは腕を組み、暫し考えた。
 ドールズの状況は正直芳しくない。アジトの直衛を担っていた『三号』が討たれたのも大きな痛手である。
 何と無く騒がしくなる世界の中、キャロルは自分の過去を思っていた。勿論記憶など無いが、無いなりに恐らくあっただろう事を思い返してみる。
「自分の過去を思うと、胸がざわざわします。だから消して欲しい」
「だが断る」
「理由を言ったのに‥‥」
「あのなあ、俺はこう見えてもクリエイターだぞ? 自分の作った作品を、そんな簡単にいじれるかっての」
 手術台の上に腰掛けたままツギハギは肩を竦める。キャロルは落ち込んだ様子で溜息を漏らした。
「別にざわざわしてりゃいんじゃね? だからどうってわけでもないんだろ?」
「無論です」
「じゃあしとけ。ルクスを見ろお前、あいつ常にざわざわしてんぞ」
「あれはイライラしてるのでは」
 二人がそんな不毛な会話を繰り広げていると、階段を下りてレイがやってくる。
「ツギハギ、レイはボスを連れてここから撤収するアル。話は聞いてるな?」
「ああ。この間負けたから、十中八九ここの場所が割れてらぁな。逃げた方がいいぜ」
「ボスは戦うの面倒だから逃げるので、レイだけ連れて行くそうアル。他のドールズは、もう要らないって」
 あっさりと告げられたそんな言葉に特に驚かないツギハギとキャロル。二人は普通に頷いて了承した。
「ま、生き延びられたら連絡するようにしとくわ」
「ん、頼むアル。ペリドットとルクスは?」
「ペリドットは天枢の仇討ちに燃えてる。ルクスは相変わらず何考えてるのかわからん」
 三人は同時に溜息を漏らした。協調性が無いのもどいつもこいつも自分勝手なのも、別に今に始まった事ではない。
「さて、レイはそろそろ行くアル。後は頼むアル」
「あいよー。うちのボスによろしく」
 あっさり帰っていくレイを見送るキャロル。その姿が見えなくなるとツギハギに訊ねた。
「そういえば、私はボスを知りません」
「だろうな、俺も知らね。姿を現さねえから」
 二人はそのまま暫く黙り込んだ。それからどちらからでもなく、思い出したように立ち上がる。
「んじゃ、行くか」
「はい」
 アジトの通路、二刀を振り回し汗を流すペリドットの姿があった。
 少年は肩で息をしながら今は居ない師を想う。彼が居たからこそ今の自分があった。
「師匠‥‥おれ、絶対仇を討つから‥‥! 絶対、人間なんかに負けないから‥‥!」
 一方食卓ではルクスが潰れた右目を眼帯の上から引っかき、ぶつぶつと独り言を呟き続けている。
「誰にも渡さない‥‥あの子はあたしの物‥‥壊していいのはあたしだけ。あたしだけの物‥‥」
 そんな連中を思い、キャロルは溜息をつく。まるで諦めるように。
「変人しか居ませんね」
「あーあ、違いねぇや」
 終わりの時が迫る地下。人形達は当たり前の最期に時を費やしていた。

●襲撃前
 広場の噴水の前でギターを弾くメリーベル。カシェルは彼女の傍に歩み寄り言った。
「いよいよですね、襲撃」
「そうね」
「‥‥本当に一緒に行くつもりですか? 失礼ですが、今の貴女では‥‥」
「行くわよ。行くに決まってる。終わりにしなきゃいけないでしょ? これまでの戦いを」
 黙り込む二人の間、メリーベルの奏でるギターの音だけが響き渡る。やがて指が弾く事を止めれば、静寂だけが世界を包む。
「お互い、死なない事を祈りましょう」
「‥‥どうでしょうか。僕は姉さんを倒せるなら、命なんて惜しくない」
「気持ちは良くわかるけど、カシェルにも守りたい物があるんでしょ?」
 ギターをケースに収め、メリーベルはコートを風に靡かせる。ふっと微笑み、カシェルの頭を撫でた。
「な、なんですか?」
「男の子してるなあと思って」
「は、はあ‥‥」
「死なないでね、カシェル」
 カシェルはその声に応じなかった。
 冷たい風が吹き、掌の温もりさえも掻き消していく。命を賭した戦いは目前に迫っていた――。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG
菜々山 蒔菜(gc6463
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●レールの上で
 瓦礫と砂埃に満ちたその場所はかつて人々が思い思いに行き交いした場所。しかし今は人気などありはしない。
 階段を降り、ホームから線路へと飛び降りる。人の立ち寄らぬ闇へ続く通路、その各所に健気に輝く非常灯の光が確かな何者かの存在を匂わせている。
「連中は穴倉が好きらしいな」
 傭兵達は二つの班に分かれ、別の駅から目的地を目指していた。こちらはA班、銃を片手にデューイがぼやいている。
「カチコミたぁ腕が鳴るぜ。喧嘩上等!」
 拳を握り締め白い歯を見せて笑うのは菜々山 蒔菜(gc6463)だ。その様子にデューイは苦笑している。
「ならおじさんは若い子に任せてノンビリしてようかね」
 闇へと続く道はレールが続く一本道、傭兵達はただ真っ直ぐに進んでいく。
 A班が敵と遭遇したのは移動開始後間も無くの事であった。線路上の各所に倒れていた人形のようなキメラが次々に立ち上がっていく。
 幸い人形は大した戦闘力は持たない。足を止めず突き進む彼らの前、次第に敵の数が増えていく。
 一体一体は兎も角、それが大量にいるのでは流石に足も止まってしまう。こちらの方が入り口に近いのか、防衛も厳重だ。
「すげー敵の数だぜ。これが全部敵かよ」
「予定通り、ここは我々で相手をしよう」
 刀を手に前に出るアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)へと人形が次々に襲い掛かる。次の瞬間、刃が何度か煌いたかと思うとキメラは両断され地に伏していた。
「案ずるな。殲滅戦は、得意なのでな」
 刃を軽く振るい、アンジェリナは改めて得物を構え直す。その見事な手並みに感心するように口笛を吹き、蒔菜も続く。
「オーライ‥‥! 面白くなってきたぜ、喧嘩ってのはこう熱くないとな」
 片手で前髪をかきあげ蒔菜が瞳を輝かせる。戦意十分な二人とは対照的にデューイはだらけた様子で銃を構える。
「君達は君達の役目を果たすといい。何かやりたい事もあるんだろう?」
 デューイの視線の先、鐘依 透(ga6282)は頷き前を見る。彼と同じく月読井草(gc4439)も見据える物は眼前の敵勢ではない。
「まぁ、俺はどっちでも良いんだが‥‥少し面白くなってきたな。お言葉に甘えて、先に進ませて貰おうか」
 ジャック・ジェリア(gc0672)が小さく息を吐き、透と井草の肩を軽く叩く。各々目で合図をし、互いの役割を認識した。
「ここは俺に任せて先に行けーッ! ‥‥なんてな!」
「いいなそれ」
 蒔菜とデューイがシニカルに笑いながら攻撃を開始。それに続く形で突破する面子は一気に前進を試みる。
 正面に立ち塞がる巨大な蜘蛛のキメラが吼える。アンジェリナは刃を振るい、眼前の敵へと果敢に走り出した――。

 A班がキメラの大群と戦闘を開始した頃、B班もまたキメラをやり過ごしながら奥へと走っていた。
「メリーベル、何か俺に言いたい事があるんじゃないスか?」
 六堂源治(ga8154)は擦れ違い様キメラを切り伏せながら問いかける。隣を走るメリーベルは無言で視線を落とした。
 メリーベルの横顔からは明らかな迷いの様な物が感じられた。当然その責任は源治にはない。だが彼はそれでも彼女の気持ちを受け止めようとしていた。
 返事は無いまま、B班もまた人形キメラの大群と遭遇する。しかしA班とは違う事が一つ。
 人形の群れの向こうから火柱が上がり、キメラを蹴散らしながら何者かが強引に突き進んでくるという事だ。
「見ぃいい〜つけたぁ! あは! あははっ!」
「ルクス・ミュラー‥‥!」
 大剣を振るい、炎を払って笑うルクスに巳沢 涼(gc3648)は拳を震わせる。それは彼にとってケリをつけねばならない相手だった。
「予定通り姉さんは僕が相手をします。皆さんは先に進んで下さい」
「カシェル、一つ覚えておけ」
 ルクスはカシェル以外に興味が無いのか、先行するメンバーに目線すらくれない。そんな中、須佐 武流(ga1461)がカシェルに言う。
「こいつに勝てれば死んでも良いなんて考えは捨てろ。相討ちなど負けと同じ、勝って帰って来て決着がつく」
「須佐さん‥‥ありがとうございます」
 武流は頷き、先を急ぐ。残ったのはカシェルと涼、そして雨宮 ひまり(gc5274)の三名だ。
「カシェル先輩、もし俺達がやられたら全力で六堂さん達に合流してくれ」
 ゆっくりと歩み寄るルクスの気迫は凄まじい。涼は自分達だけでは力不足である事を理解していた。しかしカシェルは首を横に振る。
「一緒に戦いましょう、最後まで。そして生きて帰るんです」
「‥‥そうだな。須佐さんの言う通り、『決着』をつけようか」
 二人は頷き合い、武器を構える。赤熱する大剣を引き摺り、ルクスは身体を揺らして近づいてくる。
「会いたかったわ。今度こそ、壊して壊して、徹底的に壊してあげる!」
 狂気染みた声の中、ひまりは深呼吸を一つ、掌に人と言う字を書いて飲み込む。
 ルクスは強い。まともにやり合えば勝算は薄いだろう。しかし彼女は諦めてはいない。
「‥‥私に考えがあります。上手く行けば、ルクスさんに隙を作れるかもしれません」
 ひまりの声に二人は振り返る。そこに居たのはただドジで泣き虫な少女ではなく、強い目をした戦士であった――。

 三人を残し先に進んだ傭兵達も次々と現れる人形を突破し走り続けていた。
 そんな彼らの前に立ち塞がる影が一つ。カソックの下に太極服を着込んだ少年、ペリドットが刃を納めて立ち塞がっていた。
「あの子は‥‥」
 呟くメリーベル。源治も少年には見覚えがあった。相手が動くより早く、彼は声を投げかける。
「退くなら、そして人類に被害を撒き散らさないって約束するなら見逃す。だが――」
 抜刀し、切っ先を突きつける源治。鋭い眼光は強い決意となって刃にその姿を映す。
「立ち塞がるなら、約束できねぇなら‥‥容赦はしねーッスよ」
「あんた、確か師匠を倒した傭兵の一人だったな」
 少年は二対の刃を手に取り、源治を見据える。
「気遣い痛み入る! けどおれは退けない! おれにも守りたい物が、成し遂げたい夢がある!」
 やはり相容れぬ二人、視線が交錯する。だがここで足を止められているわけにはいかない。
「通りたい奴は通っていいよ。おれ、決着つけたいだけだから。正々堂々やりたいから、キメラもなしだ」
 あっけらかんと言うペリドット。ラナ・ヴェクサー(gc1748)はその言動を警戒しつつ、脇を通り抜ける。
「では、私は先に。武運を祈ります」
 ラナは仲間を一瞥し、走り去っていく。残ったのは源治と武流、そしてメリーベルの三人だ。
「キメラを使っても構わないんだぞ」
「おれは自分の力を試したいだけだ」
「なら遠慮はしない。人間はお前ら人形に――負けはしねぇよ!」
 武流の蹴りとペリドットの刃が激突する。苦悩に苛まれるメリーベルを待たず、戦いの幕は上がってしまうのであった。

●偽りの庭
「オラオラー! 菜々様のお通りだーッ!」
 防衛戦力の対応の為線路に残留したA班の三名。蒔菜は自ら強化を施した霊剣を振るい、人形達を蹴散らしていた。
「しっかしウジャウジャ‥‥キリがねえ」
「三人でこれを相手しろと言うのも酷な話だ」
 ぼやく蒔菜とデューイ。人形の数は大分減ったが、まだ全滅には至らない。そこに少し毛色の違うキメラが紛れ込み、二人はげんなりした表情を浮かべる。
「気をつけろ、強化人間モドキだ」
 竜の鱗を纏った人型はアンジェリナへと襲い掛かる。攻撃を刃で受け、強烈なカウンターを見舞うが、頑丈さは今までの人形とは比べ物にならない。
「あねさんの一撃で倒れないのかよ」
「確か知覚攻撃は効いた気がするぞ」
「オーライ、それなら私の出番だ! 行くぜーッ!」
 竜人へと襲い掛かる蒔菜。そこへ近づく人形を次々にアンジェリナが一刀両断していく。
「時間が掛かりすぎている。早く、敵の本丸を叩かなくてはな――」
 刃が煌く度に動かなくなっていく人形達。アンジェリナの瞳が翡翠色に輝き、刻一刻と過ぎる時間を憂いていた。

「漸く突破したかと思ったら、凄い場所に出たな」
 眼前の景色にジャックは思わず呟く。B班、先行した三名は線路上の横穴からドールズのアジトへの潜入していた。
 外の守りの反面、アジト内部の警備は甘い。三人は僅かな警備キメラを倒し、彼らの『家』を目の当たりにしていた。
 そこにあったのは家だ。研究室のような場所もあるが、リビングがありキッチンがありそして今彼らの前には屋内庭園が広がっている。
 人工の光で育てられた花に透は手を伸ばす。花はリビングにも飾られていた。まるで人間と同じ様に、彼らは花を愛でる心を持っていたのだろうか。
 やがて彼らは生活感の無いエリアへと足を踏み入れていた。無機質な通路を進み、キメラプラントと思しき場所に出た時だ。
「はえーっ!? 扉が閉まったぞ!?」
 通路へと続いていた道が隔壁によって閉ざされ、思わず井草が声を上げる。一見では使い道の分らない機械に溢れたその場所で少女は待っていた。
「ようこそ、私の部屋へ」
 十字架を片手に少女は顔を上げる。透は胸に手を当て、少女に応じた。
「また会ったね。僕は、鐘依 透‥‥記憶は思い出せた?」
 直ぐに戦いに入りたい井草だったが、透の目配せに渋々それを受け入れる。
「しょーがねーな、一分だけだぞ?」
「ありがとう‥‥。キャロル、君は何故ドールズの為に命を賭ける? そんなにあの人形作りが大事?」
 透は前に出て声を投げかける。だが井草もそれをただぼんやりして待っているわけではない。
「井草、気付いたか?」
「こりゃ、予想通り前回と同じか」
 ジャックと井草はその場に立ったまま視線だけで部屋の中に探りを入れる。すると明らかに不審な装置が幾つか見受けられた。
「自爆なんてつまんねーオチ、ノーサンキューだぞ」
 眉を潜め、噛み締めるように井草が呟く。透はキャロルと距離を保ったまま会話を続けていた。
「ドールズ‥‥人間は私達をそう呼ぶのですね。確かに私は人形、私が作る物と何も変わらない」
「それは違う。言った筈だ、君にもあるべき幸せがあったんだと」
「今の私は人形を作る事しか出来ない。私は、決められた通りにしか生きられない‥‥」
「なら投降して僕と来い、キャロル」
 透は手を差し出し強く、しかし静かに語る。
「僕は君を助けたい。君が奪われたモノの重みと尊さを‥‥教えてやる」
 差し伸べられた手。少女は困った様に眉を潜め、震える小さな手を見つめた。
「もし、本当に私にも‥‥違う生き方が、出来るなら‥‥」
 小さな手が動いた時、ジャックも井草も驚きを隠せなかった。
 キャロルは確かに透に応じた。そしてその手を握り返そうと、小さな手を精一杯前へと伸ばしたのだから――。

●狂炎
「怪我をした右目は痛みますか、ルクスさ‥‥ルクス!」
 呼吸を整え、声を張り上げるひまり。するとルクスの足は止まり、今気付いたと言わんばかりにひまりを睨んだ。
「あんたはあの時の‥‥」
 と、ルクスがひまりに目を向けたその時。ひまりは隣に立っていたカシェルを振り返らせ、唐突にその唇を奪ったのだ。
 完全に予想外の動きにルクスは停止。隣にいた涼は一応話は聞いていたがやはり停止する。しかしひまりの視線は強かだった。
 別に本当に口付けしているわけではない。しているように見えればそれで十分。ぱっと身体を離し、ひまりは言うのだ。
「カシェル君は私の物です、あなたなんかの物じゃありません!」
 それは、心理的動揺を誘う少女の策。
 まともではない相手。まともでは勝てない相手。その相手と拮抗する為の、恐らくこの上なくまともではない奇策――。
「‥‥ろす」
 呟いた後、ルクスは剣を大地へ叩き付ける。爆発と共に吹き飛ぶ線路、振り回す切っ先から炎が彼方此方を破壊していく。
「殺す、コロス、ころすぅううっ!」
「こ、効果覿面だな」
 あまりの激高っぷりに引きながら涼が呟く。カシェルも剣と盾を構え、その様子に手応えを感じる。
「今ならひまりちゃんしか見えてない!」
 ルクスは獣の様な雄叫びを上げながら突っ込んで来る。放たれた火炎をかわすのは容易で、カシェルと涼は炎を挟み前進。
「ルクス・ミュラー! てめぇにはもう、誰一人として奪わせはしねぇ!」
 ルクスの側面に飛び込む涼。その脳裏を拭えぬ炎の景色が過ぎる。
 彼は一度ルクスと対峙し、そして友の大切な人を目の前で奪われた。無力さを味わわされた少女の涙を涼は今も覚えている。
 小銃を連射し、クローへと持ち変える。ルクスの反応は鈍く、涼の拳はルクスの脇腹に鋭く食い込んだ。
 反撃はカシェルが盾をルクスの顔面に叩き付け吹き飛ばす事で潰される。ダウンしたルクスを前に三人は手応えを感じていた。
「俺が前に進む為にも仇を討つ! 立て! 此処に来れなかった奴らの分も纏めて俺がぶん殴ってやるっ!」
「目障りなのよォ‥‥! 弱い癖に吼えてんじゃねェ!」
 ルクスは立ち上がり、大地を剣で叩く。地を走る炎の衝撃は以前対峙した時ほど正確さはない。
 三人は小銃に持ち替え一斉に攻撃を仕掛ける。が、ルクスは強引に突っ込んで来る。
「もう誰も殺させない‥‥姉さん!」
 剣で斬りかかるカシェル。涼はその隙にルクスの死角である右側へと回りこむ。
 低い姿勢から体を捻り、再びルクスの体に爪を突き刺す。続けてカシェルが盾でルクスを殴り、即頭部にハイキックを叩き込む。
「調子に乗ってんじゃねえよ!」
 カシェルの足を掴み、涼へと叩き付けるルクス。地を剣で打ち爆発で涼を吹き飛ばすと、カシェルを執拗に線路に叩き付けた。
「壊れろ、壊れろ壊れろォ! あはっ! ほぅらどうしたの、カシェル!?」
 続けて剣撃から爆風で弾き飛ばし、ルクスは腹を抱えて笑う。
「カシェル先輩!」
「大丈夫です‥‥! 僕は、負けない!」
 自らの怪我を治療しつつ、カシェルは立ち上がる。ルクスも傷を負っているが、倒れるにはまだ遠い。
「嫌なんだ、もう‥‥負けて泣くのは! 僕は勝ってみせる!」
「俺も想いは一緒だ。勝とうぜ‥‥勝ってやろうぜ!」
「もう総力で当たるしかありません‥‥ここで決着を付けましょう」
 三人はまだ勝利を諦めていない。ルクスは怪訝な表情を浮かべ、剣を振り回す。
「カシェルは弱いの、一人じゃ何も出来ない。なのにどうして‥‥」
 結局落ち着いた彼女の視線はひまりへと向かう。額に手を当て、女は叫ぶ。
「お前か‥‥。お前が、お前に、お前さえいなければぁあっ!」
「ルクス・ミュラァアア――ッ!」
 雄叫びと共に前進する涼。全力で突き進む涼をひまりが射撃で援護し、それにカシェルが続く。
 炎の波に煽られながらも涼は進む。この日の為に備えてきた。あの日のケリをつける為に。
 刃を掻い潜り涼は連続で拳を繰り出す。文字通り全力、ここで全てを出しきるかのように。
「ウザいんだよォ!」
 涼に膝を叩き付け、よろけた所へ刃を繰り出すルクス。しかしその挙動をひまりの放った弾丸が阻止していた。
「またお前――」
「今だ先輩、止めを!」
 地に伏した涼が声を絞り出す。盾を投げ捨て剣を抱えたカシェル。弟は雄叫びと共に姉に身体ごと刃を突き立てるのであった。

●傀儡演武
 鋭い刃と刃の激突、煌きは火花となり、空に遠い線路の上で幾度と無く激突する。
 ペリドットと交戦中の源治と武流。三人は無駄のない動きで剣舞を繰り返していた。
「どうしたんスか、メリーベル! 何故戦わない!」
 二刀を交差させ構えるペリドットへ 獅子牡丹を合わせ鍔迫り合いの様相になる源治。先ほどからメリーベルは戦いに参加する気配がない。
「だって、その子は、師匠の‥‥」
 肩を震わせ目を逸らすメリーベル。源治は以前倒した強化人間の事を思い返していた。
 今まで倒した敵の事は一人残らず覚えている。己の意志を乗せた刃で倒した敵を忘れない為に。
 かつて倒した強化人間はメリーベルにとっても、ペリドットにとっても師であり、大切な人であった。
 謝るつもりはないし謝って何かが変わるわけではない。だが、メリーベルの想いを、残された者の思いを受け止める事‥‥それが彼の思う筋の通し方であった。
「源治、あの子殺さないで! あの子は師匠が守ろうとした子なの、だから!」
「そいつは違うぜ姉ちゃん!」
 体を捻り、衝撃波を放つペリドット。それに合わせ武流は超機械を発動する。
 武流はそこから跳躍し、ペリドットもまた飛び上がる。二人は空中で互いの得物を激突させ、火花を散らした。
「おれは復讐がしたいわけじゃない! ただ、師匠に恩を返したいだけだ!」
 武流の蹴りを片方の刃で受け止め、反撃を繰り出すペリドット。武流はそこから更に空中で回転し、少年を蹴り落とす。
「師匠を超える武人になり、その力を示す事‥‥! おれは、師匠を倒したあんたらを倒し、師匠を超える!」
「そうだ。俺達の戦いにはそれぞれの目的がある。どうするべきか、その答えは明白だ」
 着地し、拳を構える武流。ペリドットはそれに笑みを返す。
「あんたらを侮っていた事を詫びさせてもらう。おれも武人として全力を尽くす!」
「そんな‥‥出来ないよ。私には、出来ないよ‥‥」
 涙を流すメリーベルの前、戦いは続いていく。源治は少女を一瞥し、再び刃を構えて戦いへ舞い戻る。
 彼にはここで戦いを止める訳には行かない理由があった。先に進んだであろう友の為にも、今は進まねばならない。
「行くぜ、人間の兄貴‥‥! 正々堂々、勝負!」
「言った筈ッスよ。容赦はしないと!」
 太刀を連続で繰り出し、源治が仕掛ける。一撃一撃が鋭く重いその攻撃を少年はかわし、二刀で防いでいた。
 やがて再び鍔迫り合いの形になると、動きが止まった所へ武流が急接近、輝く拳を構え、一気に繰り出す。
「止められるモンなら‥‥止めてみやがれ!」
 減り込む掌底。うめき声を上げペリドットの守りが緩んだ直後、刃を押し込み源治が蹴りを放つ。
 強烈な蹴りを受けたペリドットは吹き飛び倒れた。その服は鋭く裂かれ、蹴りを受けただけとは思えない深い傷が残っている。
 吐血しながらも刃を構え直し笑うペリドット。メリーベルは堪らず声をかけた。
「もう止めて! 貴方じゃ勝てないのよ!」
「やってみなきゃわかんねえ‥‥」
 と、呟きながら片膝を着く少年。メリーベルは駆け寄り、少年の体を抱き締める。
「お願いだからもう戦わないで! ねえ、もういいでしょ? 私達の目的はこの子を殺す事じゃないんだよ?」
 睨みを効かせる武流。源治は刃を下ろし、悲しい目で語る。
「確かに人類に被害を撒き散らさなければ見逃してやると言った。けど、向かって来るなら見逃す事は出来ないッスよ」
「兄貴の言う通りだ。敵同士、は戦わなきゃ――」
 その時である。唐突に源治と武流に銃弾が飛来し、二人は飛び退いた。見れば奥から竜人型のキメラが何体か近づいている。
「正々堂々じゃなかったのか?」
 溜息を漏らし拳を構える武流。そこへ襲い掛かるキメラ――だが、攻撃は及ばなかった。
 キメラの首を刎ね飛ばし、ペリドットが傭兵を守るように構える。驚く三人に少年は言った。
「無礼を働いちまった。どうやらもう、おれの言う事は聞いてくれないらしい」
「どういうつもりッスか?」
「おれはただ、正々堂々本気で兄貴達と戦いたいだけさ」
 ペリドットはキメラへと攻撃を開始する。奇妙な状況に呆気に取られる三人。少年は言う。
「先急いだ方がいいぜ兄貴達! どうもきな臭くなってきた‥‥もう時間が無いかもしれない!」
「お前はどうするんだ?」
「こいつら倒してとんずらする。さっきの見逃すってヤツ約束するからさ、また会えたらおれと決闘してくれないか?」
 武流の問いに少年は笑顔で返す。勿論腑に落ちない。目の前の敵は、明らかに裏切り行為をしている。
 だが先を急ぐのも事実。二人は敵をペリドットに任せ先に進むが‥‥。
「ごめんなさい。私、あの子を見殺しに出来ない‥‥!」
「メリーベル!」
「きっと後を追うから!」
 足を止め声を上げる源治。彼らの前には残った防衛戦力が大挙として押し寄せつつあった。

●道化
「ったく、あの野郎、いつの間にかいなくなりやがった」
 ぼやきながらアジドの中を進む蒔菜。防衛戦力を凡そ片付けた頃、デューイがいなくなった事をぼやきながら走る。
「どうやらここらしいな」
「あねさん、わかんの?」
 小首を傾げる蒔菜の隣、アンジェリナは部屋の扉を指差す。そこには『ツギハギの部屋』と書いてあった。
 思わず脱力する蒔菜。二人は気を取り直し、扉を開いて奥へと踏み込む。
「お前がツギハギか。悪いがタマを取りにきた‥‥ぜ?」
 部屋は研究室なのか、部屋の隅には遺棄された人体の部位が山積みになっていた。その隣、白衣の男が椅子に腰掛けている。
 だが何かがおかしい。近づいてみれば答えは明白であった。
「死んでる、だと‥‥?」
「蒔菜、後ろだ!」
 声に振り返ると、頭上から何かが襲い掛かってきていた。アンジェリナがそれを剣で受け、弾き飛ばすと姿が明らかになる。
「キメラ‥‥いや、人形?」
 黒く光沢するボディに長い手足。人形は奇妙な動きで着地し、唯一の瞳で二人を捉える。
 改めてツギハギを見ると、首を刎ね飛ばされ胸を貫かれている。状況は不明、付け加え――。
「ちっ、やばいな‥‥やっこさんマジだぜ。何だよ、この爆薬の量‥‥!」
 見れば部屋中に爆薬がセットされているではないか。ツギハギが仕掛けた物なのか、死体の前にあるカウンターが作動している。
「全部解除してる暇はないぜ、あねさん!」
「私はこの事件に深く関わっていたわけでは無い。任務が既に遂行されていたのであれば、やる事は一つ」
 刃を構え、静かな瞳で異形を捉える。キメラは長い両腕を伸ばし、二人へと襲い掛かった。

 透の伸ばした手が取られる事は無かった。遅れて到着し、割り込んだラナがキャロルと刃を交えていたからだ。
「貴女は、あの時の」
「殺人人形‥‥害をなす貴方に一切に憐憫もない。早々に散りなさい!」
「キャロル!」
 透の声にキャロルは一度寂しげに微笑んだ後、電撃を放ちラナを押し返した。分割した十字を左右の手に装備し、構える。
「これでいいんです。私は透とは行けない。作り物だとしても、私が私である以上」
「たった一つの尊い命だからこそ、僕らは必死になれるんだ! それはキャロル、君の命だって例外じゃない!」
「それでも」
「少なくとも、僕にとっては!」
「だとしても!」
 装備から電撃を放ち、ラナと透を吹き飛ばすキャロル。ジャックは横に並び銃を構える。
「限界だ透、やるしかない」
「あちこちに爆薬が仕掛けられてる! のんびりしてる時間はないぜ!」
 自らに強化を施し井草が飛び出す。キャロルはそれに応じ、二人は電撃と電撃を衝突させるように互いに手を突き出した。
「キャロル、決着をつけに来たぜ!」
「猫ガール‥‥井草!」
 弾ける電撃。猛然と駆け出すキャロルの足をジャックの銃弾が止め、傭兵達は有利な位置取りを進めて行く。
 防御に専念するキャロルへラナはナイフを投擲。急接近し、爪を振るう。傭兵の猛攻、キャロルは劣勢だ。
「殺さずに制圧出来ればいいが‥‥」
 呟き走るジャック。一撃離脱するラナに連続放電し追撃するキャロル。制圧するような紫電の猛攻はとてもかわし切れる物ではない。だが同時に隙も生まれる。
 ラナを狙っているキャロルに側面から襲い掛かる井草。二人はお互いの顔に拳を減り込ませる。
「楽しいな、キャロル! あたしは七度生まれ変わってもあんたと戦いたいなぁ!」
「物好きすぎです」
 続けて井草に繰り出される拳。それをジャックの射撃が阻止する。更に足を銃弾が貫くと小柄な身体がガクリと揺れる。
 隙を見逃さす急接近するラナ。体を捻り電撃をかわし、鋭く攻撃を繰り出す。
「‥‥貴女は、私に良く似ている」
 それはキャロルから発せられた言葉。二人は再度拳を交え、紫電を散らす。
「私も貴女と同じ。自分の役割を自分に刻むしかなかった。その生き方に後悔も間違いもない。でも――」
 後方に跳躍しつつラナが放ったナイフがキャロルの肩に突き刺さる。続け、ジャックと井草の攻撃‥‥キャロルは徐々に追い詰められていく。
「人が人を大切に思うのは当たり前の気持ちなんだ! キャロル!」
 衝撃波を放ち、背後へと回り込む透。刃の煌きはキャロルの守りを超え胴体を斬り付けるが、当たりは浅い。
「自分の世界が全てではないと知れば、自分の生き方を知る事が出来る!」
 声を上げ、キャロルは反撃を繰り出す。透に攻撃を回避されながらも、少女は手を休める事は無い。
「私はやっと見つけた‥‥本当の私を! 私は――!」
「キャロル――ッ!」
 井草の拳が電撃を纏い、少女の顔を殴り抜ける。続け、ジャックの射撃を受け停止するキャロルへ透とラナが同時に迫る。
 二人はキャロルの腕を片方ずつ掴んで組み伏せる。止めを刺そうと腕を振り上げるラナ、そこで透が声を上げた。
「待ってくれ! 君を助けたいんだ、キャロル!」
 二人の刃を首筋に押し当てられ、少女は落ち着いた様子だった。それからラナへ目を向け、問う。
「貴女、どこからこの部屋へ?」
 その問いで先に来ていた三人は思い出した。確か入り口は閉ざされていたはず。だが振り返れば扉は開けっ放しになっている。
 そして直後、断続的な爆発音と衝撃が彼らを襲った。戸惑う傭兵達を跳ね除け、キャロルは立ち上がる。
「やはりそういう事ですか。もう要らないというのですね‥‥マスター」
「はうあ!? ど、どういう事!?」
「本当にどういう事だ?」
 頭を掻きながらジャックはこの部屋の爆弾を見やる。アジトの何処かで爆発が起きたようだが、ここの爆弾は起動していない。
「私は侵入者ごとこの部屋で自爆するつもりでした。でも‥‥もういいんです」
 起爆装置と思しき物を投げ捨てるキャロル。そして傭兵達に微笑む。
「急いで引き返して下さい。ここは地の底に埋まります」
「なら、キャロルも一緒に‥‥」
「私は殺戮人形です。一緒には行けな――」
 そこで少女は言葉を止め、唐突にラナを突き飛ばした。
 一拍置き、奇妙な音。そして夥しい量の血が無機質な床を染めていく。
 どこからか飛来した人形の腕がキャロルの胸を貫いていた。同時に爆発音が鳴り響き、全ての叫びは掻き消されて行く。

●結末
「な、なんですか!?」
 爆発音と共に崩れ始めるトンネル。驚くひまり達の前、ルクスは地に膝を着いている。
「まだよ‥‥まだ、私はやれる!」
「くそ、まだ立ち上がるのか!」
 眉を潜める涼。ルクスを相手にしていては崩落に巻き込まれるかもしれない。
「引き返そう。僕らが引けばルクスも引く。今は生きて帰らなくちゃ」
 カシェルの脳裏を過ぎる武流の言葉。少年は決着より生存を優先した。
 叫びと共に剣を振り上げるルクス。しかし大きな振動の後、彼らの立つ線路へ瓦礫が崩落してくる。
「拙い、先に進んだ皆にここが塞がってる事を連絡しないと!」
「でも、連絡が取れなくて‥‥」
 瓦礫の向こうに消えたルクス。三人は崩落から逃れる様にその場を後にする。
 一方アジトでは倒れたキャロルに井草と透が駆け寄っていた。ジャックは銃を背後の敵に向けるが、駆けつけたアンジェリナと蒔菜が黒い人形を撃破する。
「これで三体目か‥‥って、皆さんお揃いで」
 刃を下ろす二人。視線の先では血塗れのキャロルを透と井草が看取っている。
「最期に言い残すことが有れば聞くよ」
「私を恨んでも構いません。でもきっと、貴方にも‥‥」
 ラナへの言葉、彼女はどんな顔でそれを受け取っただろうか。キャロルは申し訳無さそうに目を瞑る。そして透の手を取った。
「ありがとう、透‥‥。ねえ、井草‥‥」
「うん?」
「本当に、生まれ変わっても‥‥また、遊んで‥‥くれ、る?」
 沈黙し、それから井草は笑みを浮かべる。
「言ったろ。七度生まれ変わっても――」
 小さな手は透の手からするりと抜ける。井草はそれでも言葉を続けた。
「またあんたと戦うよ、きっと」
 打ちのめされ、項垂れる透。ジャックはその腕を掴み、強引に立ち上がらせる。
「ここは危険だ、脱出するぞ」
 涙を拭い、透は立ち上がる。キャロルの傍に突き刺さった十字架が、少女の墓標の様だった。
 引き返していく傭兵達の背後、人形達の家が焼け落ち土に埋もれていく。
 地下から戻った傭兵達と源治、武流が丁度入り口で合流する。源治は透の手を取り、推し量るように頷いた。
「脱出するなら私達が突入したルートの方が出口に近い。こっちだ!」
 アンジェリナが声を上げ、傭兵達はそれに続く。次々と崩れていくトンネルの中、脱出するだけで精一杯だった。
 全てが闇に飲み込まれ、命辛々傭兵達は日の光を浴びる。戦いは僅かな謎を残したまま、こうして幕を引くのであった――。



「よかった。皆さん脱出したみたいです」
 通信機を手に胸を撫で下ろすひまり。別ルートで脱出した三人も地上で乱れた呼吸を整えていた。
「ルクスは瓦礫に潰されて死んだのか‥‥?」
 深呼吸して呟く涼。何とも言えない空気の中、通信機から武流の声が聞こえた。
『カシェル、メリーベルはどうした?』
「え?」
『メリーベルがそっち側に残った筈ッス。まさか合流してないんスか!?』
 続けて源治の声。三人は思わず固まってしまう。
『そういや途中でデューイのおっさんも居なくなって‥‥おい、聞いてるか?』
 愕然とした様子で膝を着くカシェル。廃墟に吹く乾いた風が、幾つかの悲しみを乗せて何処かへと消えていった。