タイトル:御伽噺の結末はマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/04 10:13

●オープニング本文


 ――物語の結末は、いつだって唐突でいつだって理不尽だ。
 幸福に見えるその結末も、一寸先は暗闇に過ぎない。誰もが幸せで居られるように見えて、それはとても不確かだ。
 時折思う。打ち切られた物語のその先には何があって、登場人物はどんな最期を向かえ、何を思って死ぬのだろうか‥‥と。
 かつて暮らした海を離れ、森の中で女は立ち尽くしていた。彼女の眼前には木で作った不出来な墓標が二つ並んでいる。
 下に遺体が埋まっているわけでは無いし、墓を作る意味は無いし、誰かに想われる事も無いし、いずれは朽ちて行く運命だろう。
 しかし彼女は不似合いに両手を合わせ、思いもよらない表情で目を瞑る。祈りを真似たその挙動は、まるで人間の様だった。
「‥‥これで本当に成仏すんのかしら? 人間のやる事ってイマイチ意味不明よねぇ」
 土のついた両手を叩きながら女は溜息混じりに呟いた。
 かつては煌びやかだったその服も、髪も、指先も、今は傷だらけの泥だらけ。美しさの面影は残っていない。
 努力の片鱗は見えるが完成度の低い墓標、そこへ女は傍らに落ちていた槍を突き刺した。遺骨は無いが、唯一の遺品である。
「さて‥‥あたし、もう行くわ。それじゃあね、馬鹿ニコロ」
 寂しげな笑みを浮かべ女は背を向ける。そうして数歩歩いた時、物音に気付いて足を止めた。
 視線の先、木の陰には一人の男が立って居る。それが敵ではないと認識し、女はゆっくりと問いかけた。
「そこで何してんの?」
「‥‥お前の方こそ何をしていたんだ? それは、もしかしなくても墓か?」
「そうだけど、悪い?」
「悪くはないが、珍しいな。そういう概念があるのか、お前達には」
「さぁ? あたしはただ、知識として知ってただけ。心なんて、一つも遺してない」
 背後の墓標を眺め女は淡々と呟いた。その言葉に偽りはない。心はやはり、伝える事は出来ないのだ。
「それで、これからどうする」
「前にも言ったでしょ? 人間と戦い続けるわ」
「何故だ? 守るべき物は既に無いはずだ。戦う理由も無いのに、それでも戦うのか?」
 腕を組み、女は思案する。理由‥‥確かに理由はもうない。だが、それはそんなに大事な物なのだろうか?
 何にでも理由を求めたがるのは人間の理解しがたい部分だと思う。生きるという事は、もっと単純なのだと。
「強いて言うならプライドの問題? 負けっぱなしは悔しいし」
「降伏すれば死なずに済む。それをニコロも望んでいたんじゃないか?」
「あたしの人生だし、ニコロの思い通りになるなんて真っ平。最後まで戦って戦って‥‥最期の事はそれから考えるわ」
「‥‥死ぬぞ」
 男の忠告は的確だった。これまで逃亡生活の中で傷つき、疲れ、余力は無い。恐らく全力で戦う事はもう叶わないだろう。
 人間は強い。とても強い。それは分っている、だが‥‥それでも、やはり戦うしかないのだと思う。それしかないのだと、そう思う。
「あたしを逃がしてくれたあんたには、少しは感謝してるわ」
「いいのか? 俺ならお前に別の道も用意出来る」
「他の奴とつるむのなんて嫌。一人で生まれて一人で生きてきたんだもの‥‥一人で死ぬわ」
 軽く手を振り女は歩き出す。男は黙ってその背中を見送った。
「残念だよ。そんなに人間に近いお前なら、別の生き方もあったろうに」
 星の綺麗な夜だった。歩きながら空を見上げる。敗残兵の気分とは、こんなにも晴れやかな物だったろうか?
 鼻歌交じりに軽やかに進んでいく。投げ捨てられたぼろぼろの絵本は、きっと誰にも知られないまま消えていく運命なのだろう――。

●参加者一覧

ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
佐山 浩介(gc3707
18歳・♂・FC
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●風を待つ
「私達の仕事は強化人間の排除‥‥。その認識で間違いありませんね?」
 人気の無くなった街の中を進む傭兵達。ラナ・ヴェクサー(gc1748)があえて確認を取ったのには様々な意味があった。
 これから敵を倒しに行く彼らの表情はどこか暗く、決意や迷い、様々な感情が入り混じっている。
 各々の過去と各々の役割、そして各々の願い‥‥。その全てに貴賎は無く、その全てが平等に守られる事はない。
 答えは出ないまま、或いは各々の胸の内に秘められたまま、彼らは戦場へ到達する。足を踏み入れれば最後、そこは全ての命に平等な世界だ。
「‥‥あの時を思い出すねぃ」
 ゼンラー(gb8572)は隣を歩く杠葉 凛生(gb6638)へと声を投げかける。
 目標は一人、大通りの真ん中で傭兵を待っていた。ゼンラーはその様子に覚悟、そして人間らしさを垣間見る。
 一方凛生の瞳には複雑な想いが映りこんでいる。忘れ去れない過去と死を待つ敵‥‥。その胸中は筆舌に尽くし難い。
「やっと来たわね。待ちくたびれちゃったわ」
 欠伸をしながら身体をぐっと伸ばすカリン。ナンナ・オンスロート(gb5838)はその顔を見て眉を潜める。
「あの時の‥‥そうですか、生きていたんですね」
「動きがないみたいですけど‥‥。それに、すごく傷だらけです‥‥」
「ぼろぼろなやつをたたくのは趣味じゃないんだよね‥‥」
 満身創痍のカリンを目に雨宮 ひまり(gc5274)と佐山 浩介(gc3707)が呟く。特に浩介は気乗りしない様子だ。
「お前さんを逃がしたのは人間――だねぃ?」
 そんな時、唐突にゼンラーがカリンへ語りかける。そのブラフは決して無根拠等ではない。
 かつての竜宮での戦いを鑑みてもカリンがここに居るのは筋が通らない部分が多い。違和感‥‥そんな言葉では片付けられない物を彼は感じていた。
「あたしが素直に教えると思う?」
 不敵な笑みと共に予定調和の返答。ゼンラーは言葉を続ける。
「お前さんは、目を背けていないか? この世には取り返しのつかない物が一つだけある。それは命‥‥だよぅ」
 そんな彼の問いは八葉 白夜(gc3296)の目には新鮮だった。
 眼前に居るのは敵だ。その敵の身すら案じるような言葉は彼にとって興味深く、耳を傾けるに値する物だった。
「ただ闘うだけで誤摩化して‥‥何がお前さんに死を思わせた。それをお前さんは、見つめているのかぃ」
 彼女は生かされた命だ。彼女を生かす為に、竜と男は命を落とした。
「本当にもう、やりたい事はないのかぃ」
 知らなければならないと思った。彼女の事を理解し、忘れない為に。しかしカリンの反応は予想外だった。
「何か勘違いしてるわよ、あんた」
 力なく苦笑を浮かべ、首を横に振る。
「きっと分るわ。あたしと戦ってみれば」
「行動に迷ったなら隠れないと。敵を呼んでしまいますよ」
 更にナンナが声をかけるが、カリンは腕を組んで笑う。
「ちゃんとあたしの目を見てよ」
 女は左右の扇を広げ、ナンナを真っ直ぐに見つめる。まるで語る事は無いとでも言うように。
 そんな時である。突然カリンの傷を治療し始めた御闇(gc0840)。彼は苦悩を噛み締め声をかける。
「傷を塞ぐ程度だけど‥‥思いっきり、な」
 敵を癒すという行動は決して容認出来る物ではない。止めようとする傭兵達の前、御闇の背を守るようにカシェルが立つ。
「どうせ完全回復は無理です。それに、結末は変わりません」
 意外そうな表情の御闇の隣に立ち、カシェルは目を瞑る。
「礼は言わないで下さい。言う必要も、きっとありません」
 御闇は何も答えなかった。彼の願いはきっと叶わない。彼の理想はきっと届かない。
 分っていた現実に彼は腹を括りここにやって来た。納得したわけではない。だがそれでも――。
「何ていうか‥‥お優しいわね、人間は。でもありがとう、少し楽になったわ」
 選択は恐らく間違いだ。御闇は迷いながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ナンナさん‥‥俺は前より弱いです。それでも、舞台に立たせて頂きます」
 ナンナは彼を撃つ覚悟があった。その状況を十分に想定していた。しかしカシェルがその邪魔をしている。
 それは彼女の想定には無い事だ。しかしカシェルの言葉の通りでもある。結末はきっと――変わらない。
「皆さん、すいません。俺に一人でやらせてくれませんか」
「そんなの危ないです、絶対反対ですっ!」
 御闇の声に直ぐに反応したのはひまりであった。不安げに身を乗り出し、首を横に振っている。その肩を叩き、浩介は言った。
「御闇さんがしたいっていうなら、僕はさせてあげたいと思う」
「‥‥正気ですか?」
 この状況はどう見ても非常事態だ。ラナのその認識は正しい。早々に排除するのが仕事ならば、遊んでいる暇など無い筈だ。
「――致し方ありますまい。貴殿らのお心が済む様になされよ」
 腕を組み、目を瞑りながら白夜が言う。納得の行かない傭兵にはカシェルが頭を下げた。
「さて。色々ケジメつけたいので、ちょっとお相手願えますか?」
 御闇と対峙するカリン。彼女は小さく溜息を漏らし、扇を振り上げた。
「‥‥あんたも変わってるわね、ホント――」
 
●かわいそうじゃない
「‥‥ったく、ホントに‥‥ッ! 人間ってのは皆そんな感じなワケ!?」
 御闇とカリンの一騎打ちは、結果から言うと御闇の敗北であった。
 カリンは元々強力であり、更に御闇は彼女の傷を癒していた。元々勝算は塵芥と言った所だろうか。
 様々な手を尽くし御闇は戦った。しかし力は及ばなかった。膝を着き、傷だらけの御闇は自覚するほどみっともなく情けない。
「悪い‥‥。俺はニコロを死なせた‥‥。死ぬ様に仕向けた‥‥」
 泣き出しそうな顔で呟く御闇。カリンは彼に歩み寄ると、身体を掴んで安全な場所へと放り投げた。
「そこで見てなさい。あんたの間違いを、今から正してあげる」
 意味不明な言葉、そして開戦を告げる言葉。
「出過ぎた真似をすいませんでした。文句は後で聞きます」
 カシェルは銃を構え、呟く。最早戦う以外の選択は在り得ない。傭兵達は各々の思いを胸に武器を取る。
「いくら負傷しているからって僕が敵うのかな」
 不安げな様子で刀を手にする浩介。しかし敵を殺す覚悟だけは決めて来た。
「黙認するのもここまでです」
 短刀を手に白夜も一歩前へ。傭兵達は一斉に動き出し、敵へと迫る。
 カリンは体ごと回転し、扇から周囲へと衝撃波を放つ。傭兵側はゼンラーとナンナを前衛に構え、後衛を厚く隙を突く体勢だ。
 銃を構えたカシェルとひまりが遠距離から断続的に攻撃を加え、意識を散らした所へラナが飛び込んでいく。
「そんな状態で傭兵と対する‥‥死ににきたのですか、貴方は?」
「勘違いしないで。あたしは戦いに来たのよ!」
 ナイフを投げつけ風を裂き、急接近したラナは二刀の小刀でカリンとインファイトを演じる。
「‥‥気になる点があります。何故民間人を襲わなかったのですか? 強化人間の目的は、人類に敵対する事では?」
「与えられた意味に興味はない。あたしはあたしの好きにする」
 カリンが扇を振り上げると竜巻がラナを襲う。結界から飛び退くように背後に跳躍し、ラナは続けてナイフを投擲する。
「では、その貴方は何を望むのですか?」
「極上の――存在証明!」
 放たれる烈風の刃。広範囲高火力の制圧攻撃をゼンラーとナンナの二人が壁となって受け止める。
 カシェルが制圧射撃を行う傍ら、隙を見て凛生が二丁拳銃を構える。狙い済ました弾丸は風を穿ち、カリンの手を貫いた。
 血飛沫と共に扇がその手から零れ落ちると、畳み掛けるように凛生は攻撃を続ける。
「お前は何故、強化人間になる道を選んだ」
 カリンは傭兵達を『人間』と呼ぶ。まるで自分とは違う生き物であるかのように。
 マズルフラッシュの中、凛生は記憶を垣間見る。バグアは、ヨリシロは彼にとって絶対に許せない存在だ。
 そんな彼が声をかけたのは、恐らくカリンに自分と似通った部分を見出したからだろう。
 死に場所を求め、戦いを求め、そして無残な死を求めてきた自分に似ているカリン。だが違和感もある。
「理由なんてないわ、気付いたらそうだった!」
「意思も無く、ただ戦うのか」
「それは‥‥違うっ!」
 扇を片方失ったカリンの攻撃の手は緩い。好機を逃さず、白夜が急接近を試みる。
「貴女を殺すつもりはありません。貴女に生きていて欲しいと願う人がいる内は」
 放たれた小太刀はカリンの扇を打つ。風の防壁を縫って辿り着いた白夜はカリンの上瞼に刃を奔らせた。
 流れる血は彼女の視界を塞ぎ、また一つ死角を生み出してしまう。女は叫びと共に強引に白夜を吹き飛ばす。
「それが‥‥恩着せがましいってのよ!」
 武器を片方失い、目を片方失った。そんなカリンへ駆け寄る浩介。擦れ違い様、半月の刃の軌跡を刻んで行く。
 背中を斬られよろけるカリンへひまりとカシェルの放った弾丸が命中。そこへゼンラーが杖を振るうと衝撃がカリンを派手に吹き飛ばした。
 辛うじて受身と取る彼女の正面、ナンナが迫っていた。振り下ろされた扇を盾で防ぎ、ナンナは顔を寄せる。
「貴方を待つ人は居ないのですか?」
 門番の男は、きっとカリンを守りたかった‥‥そう思う。
 彼を撃ったのは自分だ。カリンを理解出来る等とは思わない。だが、あの時と今違う事が一つだけある。
 戦いの中で、大切な者を想う気持ちを知った。自分にもきっと在り得る目の前の未来のビジョンに思わず悲しみがこみ上げる。
「従者の彼を殺した私は、ごめんなさいも言えないけど‥‥命を投げ出さないで」
 女の悲しげな言葉。だがそれに女は応える。顔を血で汚し、醜い姿で、振り絞るように。
「馬鹿に――するなああああっ!!」
 文字通り渾身の一撃だった。ナンナの防御を貫き、カリンは彼女を弾き飛ばす事に成功する。
「あたしは‥‥あたしは、後悔なんてしてない! あたしは、自分で選んでここに居るの!」
 彼女は気付いたら人間の敵だった。凛生の言う通り、望んだ戦いではなかった。
「でもあたしは生きてる! 意思がある! プライドがある!」
 人間の敵であった事は不幸ではない。役割の中で、己の意思を貫いてきた。
「勝手に見下して哀れんでんじゃねえよ、人間! あたしを見ろ! ちゃんと見ろよ!」
 人生は誰かの所為ではない。泣きながら、死に掛けながら、ただ叫ぶ。
「ちゃんと闘えぇえ! あたしの人生を決めつけんな‥‥! 無駄に――すんなぁあああっ!!」
 がむしゃらに走り出した。無策に無謀、死を望むようにしか見えない暴挙。
 だが死にたいわけではないのだ。ただ戦いたかった。それが生きる価値なら、たった一つの理由を守り通したかった。
 無人の街に情けない女の声が響き渡る。これもまた勝算の無い戦い。たった一つの銃声で、あっさりと途絶えてしまうような。
 傭兵達は彼女に応じた。戦いと言う、たった一つの彼女の存在証明に――。

●ピリオド
 戦いは傭兵達の勝利で終わった。血溜まりの中、カリンは無残な姿で横たわっている。
「これが、お前さんがやりたかった事なんだねぃ」
 傍らに立つゼンラーへ、カリンは無言で笑みを向ける。その表情は満足気で死に際とは思えない程鮮やかだ。
「お前の望みは叶えられた‥‥。先に地獄で待っているといい」
「‥‥叶うと、良いわね。あんたの‥‥死、も‥‥」
 目を瞑り、凛生は静かに背を向ける。やはり二人は似ていたのかもしれない。
「ふ‥‥ふふ、ざま、みろ‥‥。なんて顔、してるのよ‥‥ふふ」
 仲間達に背を向けるナンナの表情は分らなかった。しかしカリンは血を吐きながら笑う。
 己のエゴを抱え、大切さ故に喪失への恐怖を得たナンナ。彼女の目に、カリンの最期はどう映っただろうか。
「結局、最期まで自分の為に戦ったという事ですか。組織的行動でも、論理的思考でもなく」
「私たちは戦争をしているんです。そんな個人的な話‥‥関係ないと思います」
 遠巻きにカリンを眺め、ラナとひまりが各々の所感を述べる。
「道は幾らでも分岐する。違う結末も、あったかもしれないけど‥‥」
 安らかに眠れ、と浩介が小さな声で呟く。傭兵達がカリンに背を向け歩き出す頃、御闇は彼女の傍に膝を着く。
「見て、た? あたしは、精一杯やった‥‥。みっともなくても、くだらなくても‥‥それは、間違いなんかじゃ、ない」
 カリンの手を取り俯く御闇。女は目を瞑り、幸せそうに笑った。
「あんたのお陰で、最期に力を出し切れた‥‥。感謝、してるわ」
 そう告げ、そして女は目を開き、眉を潜める。
「ホント‥‥かっこわる」
 御闇は涙を流していた。どんな言葉も今は意味が無い。カリンは目を開けたまま、動かなくなった。
「‥‥女の子ならお洒落なさい」
 その胸に薔薇を抱かせ、瞼を下ろす。それがきっと彼女が望んだ、幸福な御伽噺の結末。
「この‥‥ワガママ娘‥‥っ!」
 叫びを背に、カシェルは黙って歩いていく。その隣に凛生が並び、呟く。
「奪われる痛み‥‥既に味わっているようだがな、竜宮で」
「そうかもしれませんね」
「痛みを知りながら、それでも奪い、背負う覚悟は‥‥あるんだな?」
 足を止めカシェルは何かを考え込んでいるようだった。暫しの間の後、顔を上げ答える。
「僕にも、守りたい物はありますから」
「守りたい物、か‥‥」
 凛生は背を向け、その場を後にする。カシェルはナンナへと近づき、頭を下げた。
「すいません、邪魔をして」
 何かを思案していた様子のナンナはそれに応じず、空を見上げながら言う。
「貴方のお姉さんの件が、私が個人的に追いかける最後の仕事になるかもしれません」
 首を傾げるカシェルに向き合い、彼女は続ける。
「好きな人が出来たら、戦う事が怖くなってしまいました」
 ぽかーんとした様子のカシェル。その肩を叩き、ラナが微笑む。
「戦いに対する恐怖か‥‥極めて一般的な考えですね。早く片付けて、彼女をゆっくりさせてあげなさい」
 そうして三人が話している頃、白夜はカリンと御闇の様子を眺めていた。
「私は出来るでしょうか。彼らの様に‥‥相対する人の身を案じる事を」
 白夜はこれまで敵を苦しめず殺す事が救いなのだと思っていた。そして今回、それとは違う意志を垣間見た。
 全ての意志に貴賎はない。殺す事も、生かす事も、そこに意志一つあれば間違いではないのだ。
 決め付けず考え、迷い、鑑みる事‥‥。白夜が学んだ事は、きっとこれから彼の背中を押してくれるはずだ。
「カシェル君‥‥大丈夫?」
 歩きながらひまりが問う。それは少々ずれた意味があったが、少年は笑って答える。
「大丈夫だよ。大丈夫さ」
 一人の強化人間の人生が幕を閉じた。それは幸福に彩られていたのだろうか。
 戦いは終わり、傭兵達は帰路に着く。それぞれの胸の中に拭いきれぬ想いを残したまま――。