●リプレイ本文
●覚悟
最初は楽しい登山の筈だった――。
空は快晴。何か起こる要素も特に無く。キメラの討伐も、それ程難しくは無いはずだった。
暗雲が空を覆い、白の世界を更に白く染め上げる猛吹雪‥‥。傭兵達はいつ回復するか分らない天気に想いを馳せていた。
「山小屋があって助かったな‥‥」
「天は我らを見放した!」
「だから俺は荒れ始めた時、引き返した方が良いって言ったんスよ‥‥」
三人の傭兵が各々の所感を語る。傭兵達は暖炉の火を見つめながら、事の発端を思い返していた――。
「ふおおーっ! ヒイロ、わくわくが止まらないですよー!」
山の麓に響くやたらと元気な声。集まった傭兵達は今正に、山へと一歩を踏み出そうとしていた。
「斬子ちゃん退院おめでとう。元気そうで何よりだ」
何故かスクワットを始めたヒイロの背後、巳沢 涼(
gc3648)が斬子に声をかける。それに続きやって来た上杉・浩一(
ga8766)が腕を組み一言。
「変わりないようでなによ‥‥り‥‥。今日はロールじゃないのか」
「‥‥まさか貴方達にまで言われるとは思いませんでしたわ」
「ポニーも悪くないぜ。なあ?」
涼の声に頷く浩一。微妙に納得行かない様子の斬子の下へダンテ・トスターナ(
gc4409)が歩いてくる。
「そういえば、くず子さんとは初対面ッスよね? 今日は宜しくッス!」
「くず子じゃなくて‥‥いや、もう別にくず子でもいいですわ‥‥」
何もわかっていない様子のダンテと項垂れるくず子。そこへもう一人挨拶にやって来た人物の姿が。
「初めまして九頭龍さん」
笑顔で握手を求めたのは立花 零次(
gc6227)だ。ある意味大正解なのだが、一瞬誰の事か分らないような空気になる。
無言で手を取り、満足気に手を上下に振る九頭龍さん。彼女の喜びは、恐らく零次には伝わっていないだろう。
「さあ、登るですよー! ところで、なんで皆そんな準備万端ですか? さては楽しみで寝られなかったですね!?」
両手を振り回しそんな事を言うヒイロ。確かに集まった傭兵達の準備は些かオーバースペック染みている。
中でも特筆して凄まじいのが涼である。やたら巨大な荷物を背負い、平然とした様子で立って居る。
「備えよ常に、ってヤツさ。ヒイロちゃんと雪山って聞くと、嫌〜な予感がするしなぁ」
「念の為全員をザイルで繋いだ方が良いかもしれないですよ。何が起こるかわからないし」
縄を手に真剣な様子で茅ヶ崎 ニア(
gc6296)が言う。ヒイロはそれに笑いながら歩み寄り‥‥。
「ニアちゃん心配性ですね〜。そんなのつけてたら遊べないですよ!」
「――何が起こるか、わからないから」
ヒイロの肩をがしりと掴んだニアの表情は全く笑っていなかった。
「さあ、とっとと仕事終わらせて、山登るッスよ! 俺、カメラも持ってきたッス!」
「ヒイロも撮る! ダンテ君、貸してっ! 貸してー!」
なにやら楽しげに山に登り始めるヒイロとダンテに続き、真剣な様子で傭兵達が続いていく。
「何ですの、この緊張感‥‥」
「何でしょう‥‥。あ、足元気をつけて下さいね」
最後に斬子と零次が山へと消え――そして誰もいなくなるのであった。
●楽しい登山
「雪だぁああーっ!」
テンションが臨界点を突破したのか、ヒイロは雪の中を走り回り転げまわっていた。
「まあ、犬は庭駆け回りって言いますものね」
「復帰には安心したけど、病み上がりで雪山登山とか大丈夫?」
走り回るヒイロを眺める斬子の隣、イスネグ・サエレ(
gc4810)が問いかけると、斬子は肩を竦めて笑った。
実は退院自体はとっくにしていたのだが、色々あって依頼には参加していなかったのだ。
まずはキメラ討伐なのだが、その雰囲気は和やかな物で、彼方此方で雑談等を交えながら捜索を進めている。
「皆さん、あそこにウサギ‥‥にしては可愛くない生き物が」
零次が指差す方向、正面に大きなウサギのような何かが複数体待ち構えていた。
「ヒイロさんの言う通り、簡単に見つかりましたね」
「お、あれがウッサー‥‥ぜ、全然可愛くねぇ」
零次と涼がそんなやりとりをしていた直後。ウッサー達は猛然と駆け寄り、そして大きく跳躍したのである。
「むう‥‥よく跳ねる‥‥っ」
刀を手に浩一が思わず唸る。ウッサーは小刻みに跳ねながら傭兵達へと襲い掛かってくる。
「先輩、一体ずつ確実に仕留めましょう」
「イスネグ君! 肩車して! ヒイロもウッサーしたいです!」
「先輩、ちょっと静かにしててくださいね」
こうして傭兵達はウッサーと交戦状態に入り、そして――。
「絶対ウッサーじゃないッス‥‥。強いて言うならクッマーッス‥‥」
ウッサーは直ぐ全滅した。倒れたキメラの前に屈み、ダンテはその奇妙な顔を眺めている。
「解体して肉を貰っていこう。食料は多い方が良い」
「これ食べるんスか‥‥? 俺、キメラ食って腹壊した事あるんスよねぇ‥‥」
溜息を漏らすダンテの前、涼とイスネグがキメラを引きずっていく。二人は一言二言言葉を交わすと、ヒイロの名前を呼んだ。
「誰か呼んだですかー‥‥わぷっ!?」
振り返ったヒイロの顔に涼の投げた雪球が命中する。一瞬死んだ魚のような目をしたヒイロだったが、自分もと雪を丸め始めた。
「直ぐ捌いて来るから雪合戦でもしててくれ!」
「解体はグロいですからね」
二人が物陰にウッサーを連れて行くと、ヒイロは手当たり次第に雪球を投げつけ始めた。
「お、雪合戦ッスか! 俺もやるッスよ!」
「私も田舎育ちですからね。負けませんよ」
ダンテと零次がそれに参戦。三人は暫く互いに雪を投げ合っていたが、気付くと一方的にヒイロがボコられる様相になっていた。
「わぷ、わぷ! 零次君、にこにこしながらヒイロ狙うのはやめてほしいのですよ! わぷ!」
「なんだか当てやすそうだったので」
「ていうか、ヒイロ避けないじゃないッスか」
当てられるのが楽しいらしいヒイロを二人が追いかけ雪球を投げる奇妙な遊びが発明された。
「雪合戦はね、最初に小さくて固い芯を作るのがポイントよ。他には氷柱を芯にするという裏技も有るわ」
淡々とキメラを裁きながらニアが頷きながら言う。彼女曰く、雪合戦は『仁義無き戦い』らしい。
「それ、自分がやられたら大変じゃなくって?」
斬子の呟きに一瞬手が止まるニア。キメラの解体作業は、一応順調のようだ。
「みんながんばるなあ‥‥」
雪合戦メンバーを遠巻きに眺めていた浩一。周囲の景色に目を向けていると、背後から雪球が飛来する。
「わふー! 浩一君、討ち取ったりー‥‥ぷぎゃっ!?」
したり顔のヒイロの顔面に雪を投げ返す浩一。そのまま男は無言で雪球を当てまくりながらヒイロを追撃するのであった。
●そうなんですよ
「いい加減引き返した方が良くないッスかー!?」
強い風と雪はダンテの叫び声も掻き消してしまいそうだ。
つい先程まで彼らは雪遊びをしたり、仲良く楽しく登山を続けていた。絶えない笑顔と笑い声、それが段々減り出した理由は、恐らく悪天候の影響だけではない。
単純に山道が険しくなって来て、談笑している余裕がなくなって来たのである。最早にこにこしているのはヒイロだけだ。
「皆、登山って楽しいですね!」
「何ですか!? 何を言っているのか聞こえません!」
少し後ろを歩く零次が耳に手を当て声を上げるが、ヒイロは鼻歌を歌いながらどんどん山を進んでいく。
「ふう‥‥嫌な予感が的中したわね」
「ちょっと! 『山々は私達に全生涯を求めているのよ』とか言ってたでしょう、貴女!」
「このままだと本当に全生涯を奪われる事になりそうね」
というニアと斬子の会話は少し前を歩くメンバーには聞こえていない。
「標高千メートルだよな!? 本当に標高千メートルだよな!? ヒイロちゃん、地図見せてくれ!」
「え? そういえば地図がどっかに‥‥」
「俺落とすなって言ったよなヒイロちゃん!?」
頭を抱えて叫ぶ涼。その隣を歩く浩一はヒイロ同様落ち着いた様子だが、寒いのか身体は小刻みに震えていた。
「皆さん、山小屋です! あそこで休んで行きましょう!」
零次が叫ぶと同時に指差す方に確かに山小屋が見えた。一同はそこへ何とか逃げ込み、暖を取る事に成功するのであった。
「全く、鍋なんてしている場合かしら‥‥」
何だかんだいいつつ舌鼓を打つ斬子。危機的状況から数十分、既に傭兵達は食事の準備を進めていた。
「どんとこいUMA食材。何であれ、鍋をするなら私を通してもらわないとね!」
鍋奉行スキルを発揮するニア。涼はウッサー肉を香ばしく焼いており、ヒイロはそれに齧り付いていた。
「斬子さん、寒いならこれどうぞ」
背後からイスネグが斬子の上着をかけ、隣に腰を下ろす。斬子は顔を赤らめ、そっぽを向く。
「べ、別に頼んでませんけど‥‥ありがとう」
その後、微妙な間。イスネグは笑顔のままで更に言葉を重ねる。
「斬子さん、ポニーテールも可愛いね」
「あ、ありがとう」
更に、微妙な間。イスネグは笑顔のまま、窓の向こうを眺めている。これでいいのだが、何かこう、物足りない気がした。
「一時はどうなる事かと思ったが‥‥天気も回復しそうだな」
ニアから器を受け取り、ウッサー鍋を口に運ぶ浩一。暖炉の方では零次に借りたマフラーを首に、肉を持ってヒイロがダンテに迫っていた。
「いやヒイロ、俺は自前のカレーがあるッスから!」
「やけにお肉焼くのが似合う涼君が焼いたお肉ですよ! ほっぺたが炸裂するのですよ!」
嫌がるダンテを追いかけるヒイロ。涼と零次は笑いながら肉を齧っている。
「そういえば、九頭竜さんはどうして傭兵になったんだ?」
「え? 唐突ですわね」
「ただの興味本位だ。それに、少し時間を潰さないといけないからな」
浩一の言葉に納得したのか、斬子は窓の向こうを見つめながら語り始めた。
「大した理由じゃありませんわ。両親への反抗というか‥‥」
彼女の母は軍人で、父は商人。育ちの良かった彼女は、育ちの良いなりの将来を嘱望されていた。
姉は軍人になると言い、弟は商人になると言う。五人の家族の中、斬子だけが傭兵の道を選んだ。
「決められた人生が嫌だった‥‥ただそれだけですわ」
のんびりと語り終える頃には吹雪は弱まり始めていた。傭兵達は片付けを済ませ、いよいよ山頂へと歩き出すのであった。
●星海
「うわぁ〜! すっごい綺麗ですよ!」
吹雪が止むのを待ち、山頂に着く頃にはすっかり夜も深けていた。そんな彼らを待っていたかのように星は眩く輝きを放つ。
「‥‥いい景色だ。こんな景色は久しぶりだな」
「一時はどうなる事かと思ったけどな‥‥」
満足気な浩一の隣、涼が笑う。遠くの地に広がる街の灯りもまた、地上に輝く星空のようだ。
「先輩、肩車係が肩車しましょうか? 斬子さんもどうですか?」
「するわけないでしょう、バカ!」
斬子の鉄拳に吹っ飛ばされるイスネグ。何故だろうか、その横顔はどこか満足気だ。
「手を伸ばせば届きそう‥‥! ねえ、くず子も思うでしょ? この世界は、こんなにも美しいんだ――って!」
空に両手を伸ばし、ヒイロが笑う。一瞬の静寂の後、何故か全員で笑ってしまった。
道中は大変だったが、ここまで来ると清清しい。ニット帽を脱ぎ、何かの声に耳を傾けるかのようにヒイロは目を瞑っていた。
倒れていたイスネグは身体を起こし、ヒイロの横顔を見やる。遠い星の下、交わした約束を確かめるかのように。
「さて! 折角だから、全員で記念撮影とかどうッスか?」
そんなダンテの提案で傭兵達は一列に並ぶ。肩を組んだり、手を繋いだり、この瞬間を刻み込むかのように‥‥。
「それじゃ、撮るッスよー!」
カメラをセットし、ダンテが走って列に加わる。瞬く間の光の刹那、世界にまた一つかけがえのない思い出が刻まれるのであった――。
「ところでふと思ったのですが‥‥これからまだ、帰りがあるんですよね?」
和やかな雰囲気の中、零次が苦笑交じりに呟く。一気にテンションダウンした一同はだるそうに下山を開始するのであった。
その後、下山した彼らは何故かとてもボロボロになっていた。
帰りにまた吹雪になって山小屋に避難したり、どこからとも無く現れたウッサーの第二陣と戦闘したり、ニアがヒイロを蹴飛ばしたら転がって雪球になったり、色々な事があった。
往復ですっかり疲れ果てた傭兵達。結局登山に付き合った斬子の結論は一つだった。
「もう‥‥登山なんて、懲り懲りですわ――ッ!!」
ぐったりした様子の傭兵達の視線の先、ヒイロだけは元気にスキップしていた。バカが風邪を引かないのならば、アホは疲れを知らないのかもしれない。
こうして彼らのキメラ討伐‥‥もとい、登山は幕を下ろすのであった。めでたし、めでたし‥‥。