タイトル:正義のアントニムマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/25 21:11

●オープニング本文


●集合
「そんなわけで、初めて全員に集まってもらったわけだが‥‥」
 某所、ドールズの拠点。食卓を囲む強化人間達を眺め、ツギハギが口火を切った。
 彼の隣にはレイ・トゥーが腰掛け、『惨状』を苛立った様子で眺めている。その『惨状』というのは――。
「また能力者にあっさり人質を救出されたそうですね、ルクス」
「‥‥何あんた、首刎ね飛ばされたいの‥‥?」
「なあ、全員集まるのって初めてだな! おれ皆で飯が食えて嬉しいぞ!」
 向かいの席に座ったルクス・ミュラーとクリスマス・キャロル。二名の強化人間は折り合いが悪いのか、常時睨み合いが続いている。
 その隣で一人でむしゃむしゃと食事にがっついているのは口の周りが汚い強化人間の少年で、空気を読まず二人に語りかけ続けていた。
「駄目だレイ、こいつらまともに話が通じねえや! ははは!」
「ははは! じゃねえアル、お前が作ったんだろなんとかしろや! 託児所じゃねーんだぞ!」
「まあ落ち着けってレイ。セプテムもユリウスも話なんか聞きゃしねぇ連中だったじゃねぇの」
 ツギハギの白衣を掴み挙げながらレイは深々と溜息を漏らした。勿論、こうなる事を予想していなかったわけではない。むしろ分りきっていた結果だ。
 ドールズはそれぞれが別々の興味の方針と目的を抱いている。性格的な問題を度外視にしても、本来協調性は皆無だ。
 これまでのドールズ達も互いに不干渉である事は暗黙のルールだったし、必要最低限の協力以外はしないのが基本だった。
「――お前らいい加減にするアル! 誰の所為でわざわざ集まったと思ってるアルか!?」
 テーブルを叩きレイが怒鳴り声を上げるとピタリと騒がしさが収まった。ついでにテーブルの上にあったスパゲティがキャロルの顔面に飛来した。
「知らないわよ。キャロルが失敗ばかりするからじゃないの?」
「失礼な。私は失敗なんてしていません。失敗は貴女の十八番では? 十一号」
「お前ら両方アル! 二人とも隠密行動が基本なのにどんだけ目立ってるアルか! 反省しろアホ!」
 レイの怒号も何のその、ルクスは前髪を指先で弄りそっぽを向き、キャロルは顔に付いたパスタを食べている。
「まあまあお母さん、怒鳴ってばっかりじゃ子供は言う事聞かないぜ?」
 ニヤニヤしているツギハギをギロリと睨みつけるレイ。白衣の男は咳払いを一つ、話を切り出した。
「知っていると思うが、人間に俺達の動きが大分バレ始めている。拠点も次々に制圧されているし、このままだとこのアジトがバレるのも時間の問題だ」
 流石に自分達に原因の一端があると理解してか、ルクスもキャロルも大人しくなる。ただちゅるちゅるとパスタを啜るだけだ。
「んで、対策としてこれからは複数人で行動するようにして貰う。これは命令だぜ」
「嫌よ、あたしは一人がいい」
「右目潰されてる割には元気ですね」
 再び睨み合うルクスとキャロル。そんな二人の頭を撫で、ツギハギは笑う。
「お前ら本当に仲いいなぁ‥‥よしよし、ちゃんと別々にしてやるから安心しろ。ペリドット、お前らはキャロルと行動しろ。レイがルクスの面倒をみる」
 一人で黙々と食事を続けていた少年が顔を上げる。更にその背後、椅子に座れない大男が無言で頷いた。
「おれは構わないけど、こっち三人でいいのか?」
「ああ。ルクスとレイは二人とも戦闘力が高いし‥‥そっちはペリドットとキャロルで一人前って所だろ?」
「成程な、確かにおれは修行中だもんな! 一緒にがんばろうな、キャロル!」
 口の周りを汚したままペリドットと呼ばれた少年はキャロルに握手を求める。が、キャロルは無言でパスタを啜っていた。
「さて、本題だ。少し俺様に考えがある。よーく聞けよー」
 ニヤリと白い歯を見せて笑うツギハギ。噛み合わない悪党達は彼の言葉に耳を傾けた。

●迷い
「ねえデューイ、私に何か‥‥隠し事、してない?」
 身を切る様な冷たさの風が吹き、足元の空き缶を転がしていく。
 LHにある広場にてメリーベルはデューイの背中に声を投げかけていた。黒い外套の裾を揺らし、少女は男に歩み寄る。
「何だ急に‥‥気持ち悪いな。これまで俺がお前に隠し事をした事があったか?」
「無いとは言い切れないと思うけど」
「そ、それもそうだが‥‥なんだ? 何かあったのか?」
「そういうわけじゃないけど」
 腕を組み、少女は男の優しい笑顔から目を逸らした。
 二人の付き合いは長く、出会いは二人が傭兵になるより前になる。二人は共通した友を持ち、それを通じて知り合った。
 デューイは昔から飄々とした性格で、メリーベルはそんな彼に振り回されてきた。しかし彼が嘘を吐いた事だけはないと、彼女は知っている。
「‥‥ねえ、デューイ。もしも死者ともう一度会えるなら‥‥会ってみたい?」
 そんな質問に意味はない。だがそうしなければ気が済まなかった。
 望んだ答えが返って来る保証はない。聞くまでも無く、それが間違いなのだと気付いている。
 それでも少女は男の背中を見つめ続ける。否定してくれる言葉を待ち望みながら。
「俺は、会ってみたいと思う。会えるものならな」
「‥‥そう」
「大切な人にもう一度会いたいと願う事は、そんなに愚かしい事なのか? 絶対に失いたくなかった人を取り戻したいと祈る事は‥‥そんなに無理な事なのか?」
 紫煙が静かに立ち上る。メリーベルは何も言わずに男の小さな背中を見つめ続けた。
「‥‥なんてな。どうした、変な質問して。おセンチな年頃なのか? んっ?」
「別に‥‥。それじゃ、私はもう行くから」
「ああ。気をつけてな、メリーベル」
 二人はそうして当たり前に別れた。男は一人噴水の前で足を止め、掌の中でライターを遊ばせる。
「――おセンチなのは、俺の方かもな」
 元気一杯に少女が差し出してきたクリスマスプレゼント。男はそれをポケットに捻じ込み歩きゆっくりと歩き出すのであった。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

●突破
「浮かない顔だな。何かあったのか」
 ドールズの施設を目指し、下水道を進軍する傭兵達の中、崔 南斗(ga4407)がメリーベルに声をかける。
「別に何も。相変わらず心配性ね、貴方」
 制圧完了域を突き進む傭兵達は罠を警戒しつつ、地図を片手に先を急ぐ。二人は小声で会話を続けていた。
「大切な者への思いを弄ぶ奴等の仕業、俺には許せん。絶対にな」
 南斗はかつて対峙した別のドールズとの戦いを思い返していた。そうして無意識に腕に巻いたベルトへと手を伸ばす。
「まだつけてたのね、それ」
 見ればメリーベルは困った様に笑みを浮かべていた。その様子に頷き、南斗は正面を見据える。
 傭兵達の足が止まったのは下水道を暫く進んだ時だ。周囲に明らかな戦闘の痕跡が見え、まだ新しい血痕が奥へと続いている。
「聞こえるか、人形共。我々はこの場所を制圧する。止めたければ出て来い」
 暗がりへと声を投げかけたのは月城 紗夜(gb6417)だ。音は反響し吸い込まれて行き、やがて二つの足跡が返って来た。
 現れたのは二刀を構えた少年、そして巨躯の竜人である。二人はあからさまに傭兵達の前へ立ち塞がる。
「待ちくたびれたぜ! おれの名前はペリドット! 強化人間八号だ!」
 なにやら元気に自己紹介する少年だが、傭兵達はそんな話は聞いていない。気懸かりは、敵の数が少ない事。
「月読さん‥‥」
 鐘依 透(ga6282)は月読井草(gc4439)へそっと目配せする。ペリドットは相変わらず何か喋り続けているが全員無視である。
 先ず動いたのはメリーベルであった。ペリドットへと駆け寄り、槍にて一撃を放つ。二人は刃を交え、一瞬だが拮抗の状態へ。
 その隙を見て透と井草が走り出す。二人の狙いは強行突破、姿の見えない三人目のドールズの下へ向かう事にある。
 巨躯の男はメリーベルへと得物を叩き付けるが、メリーベルはそれを回避。ペリドットは突破する二人へ攻撃を仕掛けようとするが、それは南斗の援護によって阻止されていた。
「今の内だ、早く行け!」
「こら、無視すんなっ!」
 脇を通り抜けた透と井草を追いかけようと背を向けたペリドットへ加賀・忍(gb7519)が斬りかかる。続けて犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)が銃弾を放ち、笑みを浮かべた。
「うちは犬彦や、よろしく‥‥!」
「礼儀正しいなぁ、お前! 好きだぞ!」
 ペリドットは回転するようにして刃を振るい二人を弾き飛ばす。三人は互いに構え直し、戦闘の様相へ。
 しかし巨躯の男はまだ突破した二人の追撃を諦めていなかった。巨大な得物を振りかぶり、遠距離の二人へと思い切り振り下ろす――その時。
 男の足を強烈に叩く一撃があった。六堂源治(ga8154)が放った蹴りで男はよろけ、放たれた斬撃は狙いから大きく反れていく。
 壁と床に鋭い亀裂を作った衝撃波を何とか逃れた透は振り返り、源治の目を見た。源治は何も言わずに頷き、透もまた何も言わず走り去っていく。
 源治の刀と竜人の得物とが激突し、甲高い金属音が響く。強烈な力と力のぶつかり合いに二人は互いの力量を理解した。
 竜人は追撃を諦め、改めて構える。光の差し込まぬ薄暗闇の中、掻き消せない鋭い殺気が戦場を支配して行く――。

●剣舞
「ここがドールズのヤサか‥‥!」
 奥へと進んだ透と井草の二人は下水道の中に作られた敵施設へと到達していた。
 以前見たドールズの施設と似たその様子に井草は周囲を見渡す。長く使われていないからか、施設はどこか寂れて見えた。
 やがて幾つかのコンピューターと手術台のような施設のある部屋に出た時、二人は目当ての人影を発見する。
「思いの他早い到着ですね。爆薬の仕込みが間に合いませんか」
 作業の手を止めキャロルは振り返る。透は一歩前へ進み、キャロルを見つめて言う。
「キャロル‥‥投降してくれないか?」
 透の声に井草はいつでも攻撃を仕掛けられる状態で待機。キャロルは驚いた様子で首を傾げた。
「何故?」
「‥‥ユリウスという強化人間を知ってるかい?」
 眉を潜めるキャロル。しかし攻撃してくる気配は無い。透は深く息を吐き、かつて彼が倒したドールズの事について語り始めた――。

 人気の無い下水道、そこに剣戟の音が幾度と無く響き渡る。
 ペリドットと対峙する忍と犬彦。二人は二刀流のペリドットの左右から攻撃を仕掛け、その本懐を封じていた。
 挟撃し、それぞれがペリドットの剣を片方相手にするという作戦は成功し、戦いは傭兵に優勢に進んでいく。
「考えたなぁ! おれ、かなりやり辛いぞ!」
 ペリドットは強い。ふざけた様な喋りだが、左右からの攻撃を的確に捌いている。一度二刀を交差させるようにして構え、強烈な回転斬りを放つ。
 しかし忍は先に一度見たその攻撃を読んでいた。ぎりぎりで身を引いてかわし、迅雷で接近、カウンターを繰り出す。
「のわっ!?」
 三日月を思わせる刃の煌きは確かにペリドットへ届いた。しかし反応が早く、当たりは浅い。
「足元がお留守やで!」
 そこへすかさず犬彦が槍で足払いを放つ。ペリドットは姿勢を崩し倒れこむが片方の刃を着き、逆立ちするようにして追撃を回避する。
 槍を銃に当て、ブレを押さえて犬彦が拳銃で攻撃するもペリドットはそれを二対の刃で弾いてしまう。
「凄いな! おれわくわくして来たぞ!」
 笑いながら突っ込んで来るペリドットと二人が戦っている頃、やや手前では巨躯の男が大槍を振り回していた。
「厄介ですね‥‥。このドールズ、明らかにこれまでの物よりも‥‥強い」
 盾を構えた沖田 護(gc0208)が意識を集中し、呟く。
 巨体と大きな得物から繰り出される攻撃はこの狭い空間では避ける事も難しい。壁や床に切っ先が接触しても簡単に切り裂いて振り回し続けるその膂力も脅威だ。
 身体は龍の鱗で守られ、見た目以上に素早く、尾による打撃はただでさえ少ない隙を見事にカバーしている。
「エミタに、竜の力を!」
 源治に強化を施し、更に治療を施す護。彼は盾を構え仲間を守りつつ、指示を出し戦況を支えていた。
 竜人と源治の打ち合いは苛烈の一言に尽きる。互いに力と技、そして意志を込め剣舞を繰り返し続ける。
 周囲の空間ごと薙ぎ払う様な強烈な一撃に源治は弾かれ後退。傷を護が治療する中、紗夜が超機械で、南斗が銃でそれぞれ攻撃を加える。
「‥‥効いてないの? そんな筈は‥‥」
 竜人は腕を十字に組み、攻撃を防ぎながらゆっくりと進んでくる。強い威圧感に思わずメリーベルが洩らした言葉を否定するように紗夜は超機械で攻撃を続ける。
「攻撃は効いている筈だ。足から出血もある‥‥!」
「くそ、これだけ撃って止まらないのか!」
 弾幕を張る南斗だが、竜人の足は止まらない。体を捻り、長大な武器で薙ぎ払う様に一撃を放ってくる。
「月城さん、僕を盾に――!?」
 足場も壁も切り裂き、烈風が襲い来る。護は盾を構え攻撃を防ぐが、守った紗夜ごと弾き飛ばされてしまう。
 接近が遅いのは源治の初手が効いているから。それが無ければ猛攻を防ぎきる事は出来なかっただろう。
 無名のドールズはゆっくりと迫ってくる。情を感じさせない、冷たい刃を引っ提げて――。

●願い
「貴方の話は分かりました。でも、それは投降する理由にはなりません」
 施設でキャロルと対峙していた透と井草。透は説得を続けていたが、やはりキャロルは応じない。
 透は武器を構え、迷いを振り払うように頭を振る。開いた瞳には確かな戦いの意志が宿っていた。
「透、悪いけど話はここまでだ。行くぜキャロル! 天下のかぶき者、月読井草が相手だー!」
「賑やかな人です、全く」
 十字架を変形させ、電撃を放出するキャロル。放たれた紫電に井草は超機械で応じる。
 雷が迸り周囲の機械をショートさせる中、キャロルは武器を振り上げ前へ。攻撃を盾で防ぎ、井草は距離を取る。
 入れ替わりに飛び込んできた透とキャロルは互いの武器を合わせ、至近距離で見詰め合った。
「いい顔になりましたね。以前の貴方は、そんな目はしていなかった」
 武器を交えた状態でキャロルは放電。弾かれた透へ続けて十字架を振り下ろす。
「言葉は矛盾だらけでも、強い意志を感じる。貴方は面白い」
 体の痺れを堪え、何とか回避する透。それを援護するように井草の攻撃がキャロルを襲う。
 後方へ跳んだキャロルは踊るように十字架を変形させ、二つに分割すると左右の腕でそれを構えた。
 透の放つ衝撃波と井草の超機械による攻撃、それを左右の装備で弾き飛ばし、少女はゆっくりと歩み寄る。
「なんだそれ、卑怯だぞ!」
「私は非力ですから、装備に頼らないと」
 井草とのそんなやり取りの中、キャロルは笑っていた。透は改めて刃を構え、想いを乗せる。
 自分の矛盾には気付いている。身勝手である事も承知の上だ。
 かつて子供達を救う為に神父を斬ったその刃は、今は守りたかった物へと向けられている。もしかしたら理屈ではないのかもしれない。
「それでも、助けたかったんだ‥‥。君のことも、僕は‥‥! だから――っ!」
 透は刃を振り上げる。奪う為ではなく、返す為に。迷いを消し、願いの為に‥‥。

「お前ら元気だなあ、きりないよ‥‥っと、師匠?」
 下水道での戦いの中、ペリドットは後退し巨躯の男と合流した。男は得物を構え、道に立ち塞がる。
「先に行けってか? でもこいつら強いぞ?」
 男は声を発さなかったが、少年は何かを理解したのか刃を収める。それから忍と犬彦に軽く手を振って笑った。
「悪いな、勝負はまた今度! おれ、やる事あるからさ!」
「こら、待たんか‥‥くそっ!」
 走り去るペリドットを追いかけようとする二人だが、行く先を竜人の矛先が断つ。
「‥‥問題はこいつね」
「明らかに他のドールズより強い‥‥なんやねん、全く‥‥!」
「ここは通さない、って顔ッスね‥‥」
 武器を構え直す源治の声に全員が理解する。ここでこの敵を倒さなければ、先へは進めないのだと。そしてそれは敵を討ち取る好機でもある――。
 護と紗夜が超機械で、南斗と犬彦が銃で一斉に攻撃を開始する。しかし敵は意に介さぬ様子で足を止める気配も無い。
「何故、倒れん‥‥!」
「ダメージは蓄積されているはずです! 攻撃の手を休めないで下さい!」
 猛攻の中、竜人は迫ってくる。メリーベルと忍が同時に強襲をかけるが、やはり止まらない。ヒット&アウェイで攻撃する忍だったが、引きの際足を掴まれ、投げ飛ばされてしまう。
「加賀さん! 今、手当てを‥‥っ」
 壁に叩きつけられた忍へと声をかける護。そこへ衝撃波が放たれ、防御するも吹き飛ばされてしまう。
 南斗と紗夜がフォローする中、メリーベルが再び前へ。無謀にも見える踏み込みを止め様と南斗が声を上げるが、意外にも彼女の攻撃はすんなり竜人を貫いていた。
 防御の反応がなかった‥‥僅かな違和感、そして静寂。槍を引き抜いたメリーベルと入れ違いに、源治が前に出る。
 隙を突く強烈な一撃。護の強化も受けた刃は重く鋭く、竜の鱗に食い込んでいく。
「待――っ」
 誰かの声が聞こえたが、手を止める余裕は無い。唯一の好機にして勝機、源治は全力で猛攻を仕掛ける。

 ――元々、気の進まない戦いだった。
 透の願いを聞き、彼はしかしそれを手助けしたいと思った。
 敵を救う、という事は単純ではない。
 今までに二人、ドールズを斬り伏せた。これまで沢山の敵を斬ってきた。
 一人だけ救うなんて虫のいい話だ。だがそれでも、やらないよりは――。

 雄叫びと共に繰り出した相討ち気味の一撃は巨大な敵の得物を両断し、文句無しの手答えがあった。
 肩で息をする源治の前、漸く巨躯の男は倒れこむ。必殺に相応しい攻撃が決まったのだ、起き上がる事はないだろう。
「倒‥‥した、のか?」
 誰かがそう呟き、戦場に静寂が戻った。次の瞬間メリーベルはその手から槍を落とし、暗がりに寂しい音が反響した。

「キャロル、引き上げっぞ! 苦戦してるのか!?」
 ペリドットが乱入してくると、透と井草の劣勢は明らかだった。キャロルに対しては拮抗を保っていたが、敵が増えれば話は別だ。
「すいません、爆破には失敗しました」
「いいって! 向こうは師匠が足止めしてる。こっちは――片付けてくか?」
 刃を構え、笑うペリドット。その傍に駆け寄り、キャロルは首を横に振る。
「必要ありません。それにあの二人は‥‥私の獲物ですから」
 二人は短いやり取りの後、視線を残し走り去っていく。透はそれを追いかけようとするが、満身創痍なのは明らかだ。
「無理しすぎだって! ほら、手当てするから!」
「く‥‥っ、僕は‥‥」
「気持ちは分るけど、またチャンスはあるよ。お楽しみはこれからなんだから」
 片膝を着いた透を治療し苦笑する井草。追いかけたいのが本音だが、分の悪い勝負になるのは明らかである。
 何より敵の証拠隠滅を防ぐ事が出来たのだ。十分すぎる、勝利と呼べる結果だろう。
 やがて足止めされていた傭兵達も合流し、周辺の調査が行われた。危険は無いと判断されると、その時点で施設の再制圧は完了するのであった。

●善悪
 ドールズの内一体を撃破し、施設から情報も得る事が出来た。この成果は後の戦いへの大きな貢献となるだろう。
 施設の調査や傷の治療等に時間を割く傭兵達の中、メリーベルは倒したドールズの死体の前に屈んでいた。彼女は背後に立つ南斗に声をかける。
「貴方は‥‥死んだ人に会いたいって言うのは、許せないのよね」
 死体を前に南斗は思案し、それから真剣な様子で答えた。
「俺も娘に万一の事があったら、例えキメラでも‥‥と思うかもしれない。だが俺が死んだ後、大切な人に俺の抜け殻と暮らして欲しいとは思わんよ」
「そっか‥‥そうだよね。それが、正しいんだよね」
 様子のおかしい彼女に声をかけようとする南斗。それより早く、少女は声を震わせ呟いた。
「それでも、会いたい。偽者でもいいから‥‥。そう思う私は‥‥正しくない私は、悪なのかな」
「‥‥メリーベル?」
「ずっと探してた、師匠なの。大切な人‥‥。こんなになって分らなかったけど、でも‥‥間違いない」
 大柄な男の死体のを抱き、メリーベルは泣いていた。倒れたドールズの男は安らかな表情で眠っている。
「間違いなら、そう言って否定して欲しい。私は‥‥間違ってるの?」
 言葉を失う南斗と泣きじゃくるメリーベル。その様子を遠巻きに眺め、護は悲しげな表情を浮かべていた。
「これも望まれた結果ですか、デューイさん‥‥」
 呟きを残し、護はその場を後にする。
 勝利という結果が残る戦場に響く泣き声はとても不似合いで。
 とても空しく、とても瑞々しく、闇の中に溶けて行った――。