タイトル:無理解のキャロルマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/07 12:23

●オープニング本文


●我を想う
「私の名前は強化人間十二号ではなく、『キャロル』です」
 急にそんな事を言い出した物だから、レイ・トゥーは開いた口が塞がらなかった。
 地下にある彼女達のアジト、その食卓でシスター服の少女は自らの名を語った。スパゲティをフォークに巻きつけたまま、レイは停止する。
「お前‥‥急にどうしたアルか?」
「急ではありません。私はキャロルです」
 パンを頬張りながらそう語る自称キャロル。レイはジト目で振り返りツギハギを見つめた。
「お前まーたなんか吹き込んだアルか」
「ん? わかってねぇなぁ、レイ。物には名前が必要だぜ? 強化人間十二号よりキャロルちゃんの方が可愛いじゃねえか」
「別に誰も可愛さは求めてねぇアル」
「まあ聞けよ。あれは今から数日前のクリスマスの事だ」
 両手に料理を盛った皿を乗せ、男はその場でターンする。気取った動きにイラっとしながらレイは彼の話に耳を傾けた。

 世は正にクリスマス。しかし彼らには別に関係のない話であった。
 しかし何故かテーブルにはケーキ。椅子には赤い帽子を被ったキャロルが座っていた。
「人間は今日、ケーキ食ったりカップルでイチャついたりする。後はプレゼントがもらえたりする。子供限定だがな」
「はあ、そうですか」
「というわけで、お前に名前をやろう! あー‥‥十二だから、ノエルとか‥‥」
「名前ですか?」
「人間には皆名前がある。ゴミみたいな命でも全ては名を冠する物だ。俺様がツギハギであるように、レイがレイであるように」
 ちなみに他の連中も俺が名づけたんだぜ? と語る白衣の男。少女は暫し思案、口を開いた。
「では、クリスマスという名前はどうでしょう?」
「いくらなんでもそれはまんますぎだろ。クリスマス‥‥んー、クリスマス・キャロルってのはどうだ?」
 と、そんな流れで彼女に名が与えられた。キャロルは相変わらず無表情だったが、何度も己の名を呟いていた。

「というわけよ」
「物好きアルなぁ‥‥。ついでにキャロルが聖書を読み出したのもお前の仕業アルか?」
「レイ、お前は神を信じないのか?」
 食事を続けるレイの横、テーブルに両足を投げ出しツギハギも席に着く。
「アホか。本当に神が居るなら世界はこうはならないアル」
「俺は神を信じるぜ。誰も肯定出来ないなら、誰も否定出来ない」
「救わぬ神を信じてどうするアル」
「逆だ逆。信じる事こそ神に通じるんだ。少なくとも『想う』事に関して人は驚異的だ。賞賛に値するぜ?」
 食事を終えてレイは立ち上がる。キャロルはいつの間に持ち込んだのか、血の付いた教科書を手にしていた。
 こうしてパンを齧りながら勉強しているのを見るとまるでただの人間を見ているかのようだ。
「児戯に浸ってどうする。あいつにはあいつの仕事がある」
「そうカリカリすんなって。大丈夫だ、仕事もちゃんとやらせてるからよ」
「‥‥人に寄り過ぎる事、仇と出なければ良いアルがな」
 肩を竦めてレイは去っていく。二人のやり取り等興味の外、キャロルは血の付いた教科書を夢中で読み耽っていた。

●欲
 ――能力者ともう一度戦ってみたいと、そう思うようになった。
 撫でれば壊れてしまう人間とは違う。自分達と同じ、人の形をした怪物。
 名を与えてやると言われ、少し自分が人に近づいた気がした。
 人間を理解してみたくなり、本を読んだ。神を信じる心を味わいたくなり、聖書を開いた。
 別に、彼らに同情しているわけではない。
 理解し合える等と、思慮する価値もない。
 ただ単純に興味を持つ。子供が虫の羽をちぎってみるように、手を伸ばしてみる。
「‥‥どうして直ぐに壊れてしまうのでしょう」
 かつてセプテムと呼ばれた強化人間が居て、その知識を彼女は継承した。
 人に限りなく酷似したキメラを作ってみる。だがそれは人ではない。
 もっと似せてみたいと思う。だが『材料』も、『場所』も、ここでは物足りない。
 血染めの両手から滴る赤い雫を見送った。もっとイジってみたい。バラしてみたい――。
 何とかして能力者を手に入れられないだろうか? きっと彼らならいい『素材』になるだろうから。
「セプテムが使っていた研究施設がまだ残っているでしょうか」
 無造作に黒い外套の裾で血を拭いながら立ち去っていく。少女の背後、暗がりには原型を留めぬ人の塊が転がっていた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
メアリー・エッセンバル(ga0194
28歳・♀・GP
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

●問答
「ULT傭兵。バグアの建造物が残されていると言う情報を入手した。思い当たることは?」
 村長と思しき老人に突きつけた月城 紗夜(gb6417)の言葉を口火に村の調査が始まった。
 数える程しかない民家から次々に住人が集められ、村の中心にある小さな広場に人だかりが出来ていく。
 メアリー・エッセンバル(ga0194)の指示で集められていく住人だが、中には自主的に集まりたがらない者も居る。そうなれば傭兵が出向くしかない。
「この村にキメラが紛れていると通報されて来た、ULTの傭兵です‥‥失礼します」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)が民家に踏み込み住人の一人を見つめる。虚ろな目で椅子に座ったままの男の手を取り、ラナは眉を潜めた。
「ラナ、こっちはどう?」
 続いて入ってきた月読井草(gc4439)がラナが手を引く男を見やる。手を引けば歩くが、その顔には生気が宿っていない。
「あの‥‥夫をどこへ?」
「彼らは特殊な検査が必要ですから別所へ移送します」
 部屋の隅に居た女性の問い掛けに井草が答える。女性は恨めしげな目で男を連れて行くラナの背中を見つめていた。
 広場では住人がキメラかどうかを判別する作業が始まっていた。鐘依 透(ga6282)は自らで実践しつつ、メアリーと共に住人の髪を切りFFの有無を調べている。
 彼らの予想通り、住人の中には多くキメラが混じっていた。今は大人しくしているものの放置は出来ず、キメラは次々に拘束されていく。
「まだ逃げたり隠れたりしとる奴がおるかもわからんな」
 村を隅々まで確認してくると歩き出す犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)。メリーベルはその背中を見送り、目を伏せる。
「まるで魔女裁判ね。嘘で誤魔化して‥‥」
「今必要なのは優しい嘘なんだよ」
 その隣に並び、井草が続ける。
「ねえメリーベル、貴女はどうするべきだと思う?」
 キメラは人類の敵だ。百害あって一利なし、生かしておく理由はない。
 だが何故だろうか。ここの住人は皆沈黙を貫いてはいるが傭兵達にいい顔をしていないように見える。
「村長が口を割った。此処はセプテムと言う強化人間が作った村らしいな」
 近づきながら紗夜はそう告げ、腕を組んで足を止める。彼女の視線の先には教会、メリーベルはそこへ行きたいように見えた。
「要救助者を見捨てる訳にも行くまい。施設内も少数で突入するには不確定要素が多い。少しだけ待ってくれるか」
 そこへ周囲の警戒を終えた白鐘剣一郎(ga0184)が近づいてくる。周囲の敵の姿は無かったらしい。
「村全体を人質に取るのとは少々趣が異なるようだな‥‥」
 人の形をしたキメラと住人は共存しているように見える。住人は強制されてここにいる、という気配ではない。
 剣一郎の危惧、それと同じ物を紗夜もまた感じていた。しかし今、やるべき事は他にある。
「村人が集まったら此処はエッセンバル達に任せ、施設の調査に向かおう」
 紗夜の言葉に頷く傭兵達。和泉譜琶(gc1967)は遠く教会を見つめ、小さく呟いた。
「また‥‥教会ですか、縁があるんですかね‥‥?」
 脳裏を過ぎるとある村の記憶。悲劇を繰り返さない為に、今は前に進むしかなかった。

●対話
 傭兵達は村で住人を相手にする班と施設を探索する班に分かれた。
 教会の地下にあると思われる施設へと傭兵達は注意深く進んでいく。先頭を行く譜琶は罠を警戒、設置されていた蜘蛛の糸を発見する。
「‥‥やっぱり。皆さん、糸を意識して進んで下さい」
 譜琶の声に頷き、彼らは地下へと進んでいく。狭い階段を下りるとやや広い通路へと出た。そこで彼らは足を止める。
「意外と遅かったですね、人間」
 待ち受けていたのは大きな蜘蛛のキメラ、そしてその脇に立つキャロルであった。
 キャロルは片手にアタッシュケースを持ち、傭兵達を見つめている。
「ここで出てくるという事は強化人間か」
「‥‥キャロルです。クリスマス・キャロル」
 剣一郎の言葉を少女は不満げに訂正する。井草はキャロルを見やり一言。
「相変わらずあぶねーかっこだな」
 キャロルはシスターの服の上から白衣を羽織っていた。微妙なセンスである。
「自ら名乗るとはな。ではキャロル、幾つか聞かせてくれるか」
 剣一郎は刀を下げつつも警戒を怠らずキャロルへと問う。少女は答えず、しかし動く気配も無い。
「何故この村のキメラは揃いも揃って人の姿をしている?」
「人を知りたいから、でしょうか」
「見てくれだけ真似た人形を幾ら造ろうと、人間を理解など出来るはずもあるまい」
 再びの沈黙。剣一郎は刃を握り、静かに声をかける。
「敢えて聞こう。人を知る事でお前は何を成したいのだ」
 黙っている、と言うよりは考えている沈黙だった。少女は口を開き、しかし拒絶を口にする。
「貴方達には‥‥関係の無い事です」
「迷っているなら、話してみませんか? 言葉にしなきゃ、誰にも伝わりませんよ‥‥?」
 胸に手を当て譜琶が声を投げかける。彼女は嘗て戦った二人の敵を思い出していた。
 それは確かに敵ではあったが、不思議と信念の様な物を感じとれた。だがキャロルは違う。
 楽観視する訳ではなく。もしも、分かり合う事を願うのであれば‥‥彼女にとって言葉を投げるに十分な理由なのだ。
「あたしの事覚えてる? 忘れてるなら‥‥体で教えてあげるよ!」
 井草が超機械を構えるのとキメラが動き出すのは同時だった。キメラは攻撃を受けながらゆっくり前進してくる。
「貴女は確か、猫ガール」
「そっちはお名前が付いたってわけだ。キャロルだっけ?」
 無言で傍らにあった十字架を手に取るキャロル。それを合図に傭兵達も臨戦態勢へ移る。
「最早会話は不要だな。生まれも付いた勢力もただの手段‥‥。互いを殺す為の兵器は、共存出来ん」
 会話が終わるのを待っていた紗夜も刃を構える。しかしキャロルは武器を下ろし、白衣のポケットに手を突っ込んだ。
 直後、傭兵達の背後で爆発が起こる。地上へ続く階段が崩れると、続け地下の各所で連続して爆発が起こった。
 扉を吹き飛ばし通路に炎が噴出す。崩壊を始める地下の中、気付けばキャロルの姿は無く、どこからか声だけが聞こえてくる。
「何故か貴方達が中々来なかった物で、手を打たせて貰いました。精々ここで遊んでいて下さい」
「ああ、出口が‥‥!?」
 ここは地下、爆発の所為で脱出せねば生き埋めになる可能性もある。譜琶が冷や汗を流し周囲を見渡す。
「こら、どこだー! これから人間同士の会話って物を教えてやろうというのに!」
「そうそう。貴方達は一つ勘違いをしています。あの村は――」
 声が聞こえなくなり、井草は思わず地団駄を踏む。剣一郎は正面のキメラを睨み息を吐く。
「少し来るのが遅かった、か」
「この状態じゃ情報収集は無理ですね。何とか脱出しないと、村の方も心配です」
「あちあちっ!? ど、どうやって脱出するの!?」
 戸惑う傭兵達にキメラが迫る。そんな中紗夜は刃を構え前に出た。
「確か、地下に通じている水路があったはずだ。上手く行けば脱出出来るやもしれん」
「では、あのキメラを突破して‥‥あれ? メリーベルさんは?
 周囲を見渡す譜琶。剣一郎は額に手を当て溜息を漏らす。
「‥‥今は脱出が先だ。行くぞ、走れ!」
 通路を塞ぐ大型のキメラへ向かい傭兵達は走り出した。崩れ行く施設の中、全てを炎が焼き尽くしていく――。

●懇願
「この人は既に人ではなくキメラ。事前に命令された行動通りに動いているだけ‥‥いつか突然あなた達を襲うかもしれない」
 地下での爆発より僅かに時を巻き戻した村の広場、そこではメアリーが村人へ必死の説得を試みていた。
 彼女の背後では拘束された人型キメラを犬彦とラナが監視していた。透はメアリーの隣、沈痛な面持ちで立っていた。
「今は一緒に暮らせているけど‥‥彼らだって、こんな事は‥‥」
「僕、知ってるよ。キメラだって事」
 幼い少年の声に透は顔を上げた。大人達はそれを止め様としたが、子供は話し続ける。
「皆知ってるよ、自分で望んでここに来たんだから!」
 村人の中にどよめきが広がる。困惑は傭兵達も同じであった。それがキメラだと知っていたのか知らなかったのか、それは見逃せない相違だ。
「ここに居させて。父さんも母さんも悪い事なんかしない。これまで平気だったもん!」
「ま、待って! キメラはここでしか生きられない! あなた達も、ここでしか生きられなくなるんだよ!?」
 少年を口火に住人達は一斉に口を開いた。『ここでいい』と。『これこそを望んだのだ』と。
「仮に今私達が見逃しても、殲滅依頼が別に来るかもしれない! 明るい希望なんて――」
 子供が数人縋りつき、メアリーの言葉が止まる。全て、承知の事だったのだ。
 彼らは死者との再会を望み、死者の身体を差し出した。人の世を捨てこの閉ざされた村に幸福を見出したのだ。
 連れて行くなと、見逃してくれと、懇願する声に囲まれた。ここに悪意はない。だが――赦される道理も無い。
「こんな状態では、施設の方には‥‥!?」
 ラナがそう呟くと同時、地響きと共に重い音が響いた。それが教会からだと知り、ラナは眉を潜める。
「向こうで何かあったようです! ここで油を売っている場合では‥‥!」
 騒ぎの中、キメラに銃を向けたのは犬彦だ。その様子にどよめきが走る。
「‥‥こうなったら後腐れ無く始末した方がいい。このままでいいわけがない」
「待って! 村を隔離して、この生活を続ける事が出来る可能性も!」
「あると‥‥本気で思っとるんか?」
 メアリーの言葉に犬彦は寂しげな視線を向けた。メアリーも解っているのだ。希望が無くとも、せめて選ばせてあげたかった。
「‥‥彼らは、どう思うかな」
 ぽつりと、透が呟く。
「僕ならこんな状態で生かされ続けるのは‥‥。大切な人を傷つけるかもしれない状態は‥‥嫌だな」
 拳を震えごと握り締め、彼は顔を上げる。
 考えを押し付けるつもりはない。ただ、彼は真っ直ぐに住人を見つめるだけだ。しかしそれで徐々に騒ぎは沈静化していく。しかし――。
「何とか‥‥出来ないかな」
 現れたのはメリーベルだった。施設へ向かう途中引き返して来たのか、息を乱して言う。
「私達が見なかった事にすれば、何とか‥‥」
 俯くメリーベルに歩み寄り、犬彦が胸倉を掴み挙げる。そうして静かに、強く言った。
「目の前で罪のない子供が爆破される様を見た事はあるか‥‥? 一般人を自分の手で撃ち殺した事は?」
 例え、ここで見逃しても。いつキメラが暴れるとも限らない。
「そんな綺麗事で世の中上手く行くと思うな‥‥! 先送りにして逃げて、見捨てろって言うのか!?」
 俯いたままの胸倉から手を放し、犬彦は目を逸らす。キャロルが彼らの前に現れたのはそんな時であった。
「こんにちは、人間」
「‥‥こんにちは。そこで何を?」
「見物です。興味深い見世物の」
 ラナの問いに無表情にキャロルは答える。住人を背に傭兵達は布陣、キャロルを見据える。
「随分と物好きですね。君のお名前は?」
「良く訊かれますね。私はクリスマス・キャロル――」
 と、そこでキャロルは飛来したナイフを片手で弾いた。ラナは武器を構え、少女に告げる。
「いい名前ですね。今後駆逐する敵の名前、憶えさせて頂きました」
「‥‥無作法ですね」
 睨み合う二人。そこへ透が歩み寄り、声をかける。
「ユリウスが育てた子供‥‥。君にはその時の記憶は無いの‥‥?」
「ユリ、ウス‥‥?」
「この村の人達だって、君が以前‥‥通り掛かっただけで殺した人達だって。本当は‥‥」
 人それぞれ、在るべき幸せがある。
 その定義を押し付ける事も一括りにする事も出来ない。しかし――。
 彼は思うのだ。キャロルにもまた、在るべき幸せがあったのではないかと。彼女もまた、ドールズの被害者なのだと。
「何も‥‥感じないの? 本当に‥‥?」
「‥‥人間は不思議ですね。個体によってこんなにも違う」
 ラナと透を見比べ、悲しげに微笑むキャロル。そこへ犬彦が歩み寄り槍を突きつける。
「その格好、いつぞやのシスターそっくりやな。なぁ嬢ちゃん、うちと遊んでいかへんか? ‥‥今は虫の居所が悪いからな。手加減できる気分やないで」
「遠慮しておきます。目的は果たしましたし‥‥それにお仲間が来たようです」
 見れば教会に向かっていたメンバーがこちらへ戻って来ている。キャロルはお辞儀を一つ、背を向けた。
「さようなら。また会いましょう、人間」
 追撃しようか一瞬迷ったが、村を放置するわけにも行かない。傭兵達は武器を下ろし、駆け寄る仲間の声に耳を傾けるのであった。

●墓標
 キメラの処理は当然すんなりとは行かなかった。
 だが放置する訳にも行かず、そして住人も全員ではないが理解を示してくれた。
 住人についての扱い、その後について傭兵達は知る由も無く、村の事に関してはUPCに任せるしかなかった。
 村外れに並んだ十字架達の前、土で汚れたメアリーが立っていた。
 誰もいなくなり、村は無くなった。ここは忘れ去られた土地になるだろう。手作りの墓標は寂しく佇んでいる。
 メアリーは二日前の事を思い返していた。あの日キメラが処分される事になり、傭兵達はこの地を去る事になった。
 理解を得られなかった住民からは酷い言葉も投げかけられたし、お世辞にも楽しい作業ではなかった。それでも‥‥。
「ここに残る、ですか?」
 ラナの問い掛けにメアリーは無言で頷く。遺体の様子を見てきた井草は困った様に目を伏せる。
「葬式? 墓参り? あたしは遠慮しとくよ。その方が‥‥きっといい」
「同感だな。一時的な墓参りや懺悔の言葉が意味を成すとは思えない」
 民家に背を預け、紗夜が言う。そして彼女は背を向け、立ち去りながら言い残す。
「‥‥だが、止める理由も無い。貴公の好きにすれば良いさ」
 こうしてメアリー以外の傭兵は最低限の手伝いだけして村を後にした。
 今彼女は時間をかけ、沢山の墓を作り、沢山の想い出を埋葬した。もう仕事はないと、UPCに任せて立ち去ろうとした時だった。
 軍人の運転するトラックに揺られ、小さな子供がやってくる。幼い少年はメアリーに駆け寄り言った。
「‥‥ありがとう、お姉ちゃん」
 沢山の罵倒を浴びた彼女に小さな花が差し出される。メアリーはその花を受け取り――そして。

 一つの村の呪われた日々が終わり、時計の針が動き出した。
 傭兵は後にする。忘れ去られる村を。きっと忘れる事の出来ない、その村を――。