タイトル:【JX】パンドラの箱マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/21 13:53

●オープニング本文


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●罪人
「父さん‥‥」
 暗がりに転がった死体を前に少女は乾いた唇でそう呟く事しか出来なかった。
 父は己の研究に没頭しそれ以外には目もくれなかった。母はそんな態度に愛想を尽かし、とっくに何処かへ居なくなった。
 男の背中にあったのはただライバルに負けたくないという心だけで、そこ狭い視野の中に家族が割り込む隙などなかった。
 それでも好きで、大好きで、愛していたから、傍を離れなかった。
 研究以外何も出来ない彼の為に料理も作るし家事もこなす。友達なんて要らない。この暗がりだけしか要らない。他の物なんて要らない。なのに――。
 何も語らぬ父はいよいよ何も語らなくなったらしい。床に広がる血の色は闇と同じに見えた。
「父さんは間違ってなんかないよね? 父さんは‥‥父さんは、正しいんだよね?」
 背後から誰かに腕を捕まれ振り替える。父を撃ち殺したUPCの軍人は、死体から自分を引き離そうとしている。
「父さん! 父さん! 父さんっ!」
 半狂乱に叫んだ。二人で過ごした思い出に彩られた家が荒らされていく。
 何も知らなかったでは済まされない罪があった。抵抗しなければ撃たれなかったろうに、父は銃を手にしてしまった。不幸といえばそれが不幸だったのかもしれない。だがそれは全て予定調和。吐き気がするほど当然の結末だった。
「君が六車の娘か」
 凛々しい瞳で自分を見下ろす背広の男を前に少女はくすんだ瞳を伏せる。
 父が勝てなかった男、カレーニイ。何故彼が自分の身元引受人になると言い出したのか理解出来なかった。だがこれは好機なのだと、少女は内心笑みを浮かべる。
「今日から君はカレーニイ家の人間だ。何不自由ない生活を保障しよう。その代わり、六車の事は‥‥君の父親の事は忘れなさい」
 そう言った男も所詮は科学者、口数の多い性質では無かった。それもまた不幸といえば不幸だったのだろうか。
 アヤメがカレーニイの家に持ち込んだ荷物の中に奇妙な黒い箱があった。多忙で家に寄り付かないカレーニイ夫妻はその存在には気付かなかったらしい。
「勝ってみせるよ。あの男に、ボクが‥‥」
 涙は流れなかった。まるで怨念に急かされるように、彼女の頭は復讐という言葉で一杯になっていた。

 そう、復讐――その筈だったのに。

「姉さん‥‥むにゃ」
 研究室のデスクで眠る妹の寝顔を眺る。この子はどうしてこう真っ直ぐなのだろうか。
 独りぼっちの自分の傍に居てくれた。いつでも味方だった。傷つけても傷つけても、彼女は諦めたりしなかった。
「君はバカだよ、イリス」
 臆病で世間知らずな彼女を変えたのはきっと自分ではない。彼女は自分の戦いの中で素晴らしい仲間にめぐり合い、成長した。
 感謝にも似た感情が沸きあがって来るのは形だけでも姉だからなのだろうかと考え込む。どちらにせよ答えは明白だ。
「君はもう大丈夫。きっと、父さんの研究を正しく使ってくれる。君と君の仲間達なら」
 目尻に涙が浮かんでいたのはきっと嫌な夢を見た所為だ。妹との別れが惜しいなんてそんな事は無いと言い聞かせる。
「さよならイリス。ボクの妹になってくれて――ありがとう」
 妹の髪をそっと指先で撫で、その肩に自らの上着をかけた。寂しげな笑顔を一つ残し、日の昇らぬ内に去っていく。
 これはきっと罰だ。折角妹と分かり合えそうだったのに。ツケはどうしたって支払わねばならない。
 顔を挙げ前を見据える。せめて毅然としていようと思う。そうやってこれまでも、一人で生きてきたのだから。

●襲撃
「いやー良くやってくれたねカレーニイ君! これで我が社も安泰かな!」
 ビフレストコーポレーション本社ビル内、社長室。自分の肩を叩きながら機嫌よく笑う小太りの社長を前にイリスは遠くを眺めていた。
「あの装置を持って君が現れた時はどうしたものかと思ったが、お陰で素晴らしい製品が開発出来たよ!」
「ただの子供に過ぎない私を拾ってくれた事には感謝しています。しかしジンクスはまだ‥‥」
「うん、勿論分っているぞ。まだ開発途中だって言いたいんだろう? だがジンクスもそうだがアンサーと言ったかな? 凄いじゃないか、人工知能とはね!」
 それは紛れも無く画期的な発明だった。この技術が世に広まれば、また新たな発展を誘発する要因となるかもしれない。
「経営苦しい中小企業の我が社が世界的に有名になる日がもうすぐ来る! アンサーはどんどん前面に押し出して我が社の存在をアピールしていかないとな!」
 溜息を漏らすイリス。それにも気付かず社長はイリスの前で両腕を広げる。
「今日君を呼び出したのは他でもない。ジンクス開発室の室長に君を任命する事になって‥‥どうしたね?」
「姉さんはどうしたんですか?」
 あまりにイリスが驚いているものだから社長も何か困った顔になる。
「聞いとらんのかね? アヤメ君なら引継ぎはすませてあるから、役職を降りると」
「聞いてませんし引き継がれてません!」
「そうなの? だが元々君が作っていたものだし、問題ないじゃないか‥‥あ、ちょっと?」
 慌てて部屋を飛び出すイリス。扉を開け放ち廊下に出ると、そこで見覚えのある人物に遭遇した。
「相変わらずばたばたしてるね、イリス君」
「羽村 誠!? どうしここに?」
「君の補佐って事で呼び戻されたんだよ。君の方こそ何処に行くつもりだい?」
「今は急いでいるんです。すいませんが‥‥」
 と、脇を抜けようとしたイリスの腕を羽村が掴む。
「アヤメ君を追うのはもう止めておいた方がいい」
 振り返るイリス。羽村の表情はいつに無く険しかった。
「君に渡したディスクはもう見ただろう? ライブラ‥‥今はジンクスか。あれに使われている技術は異常だ。そのルーツは君の姉‥‥いや、その父親なんだろう?」
「それは‥‥」
「悪い事は言わない、もう彼女には関わるな。本当はこんなシステムを開発している事すら危険なんだ」
 二人が睨み合ったその時である。突然何処からか聞こえてくる銃声、そして悲鳴‥‥。何事かと困惑していると社長室から社長が飛び出してくる。
「た、大変だ! 街に急にバグアが現れたって!」
「社長落ち着いて。どういう事です?」
 脂汗だらだらの社長に苦笑する羽村。社長は身震いしながら言った。
「わからん! 今外に居た社員から連絡があったんだが、何故か我が社の方に向かっているらしい! いいからほら、避難するよ!」
「ま、待って下さい! どうしてバグアが!?」
 社長に首根っこつかまれ引き摺られるイリス。羽村は青ざめた表情で何かを考え込んでいた。
 社長の動きは一階から聞こえてきたであろう銃声でピタリと止んだ。羽村はイリスを担ぎ、社長の背を押す。
「イリス君、研究室は何処だい? 僕もさっき来たばかりでね」
「行ってどうするつもりですか!?」
「向こうに行ってから考えるよ」
 冗談めかした口調だが羽村の横顔は全く笑っていなかった。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
銀・鏡夜(gb9573
16歳・♀・ST
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER

●リプレイ本文

●急行
 ビフレストコーポレーション本社ビル前に傭兵達が到着したのは幸いにも襲撃者の進入間も無くの事であった。
 突然の騒ぎに町はパニック状態になり、しかし幸いな事にバグアを恐れてビル周辺の人気は無くなりつつある。
「どうにも嫌な状況です‥‥無事でいてくださいね、イリスさん」
 胸に手を当て呟く望月 美汐(gb6693)。襲撃者はビルに正面から侵入したらしく、エントランスには遠目にも死体が転がっているのが確認出来た。
「ほほ〜、金持ちの建てるもんは立派なことだ。どれどれ中身は‥‥随分と散らかって。こりゃ掃除しないと駄目だな」
「私の初めての友達は‥‥絶対に護る」
 肩を竦めるニコラス・福山(gc4423)の隣、呟きを残して走り出す銀・鏡夜(gb9573)。確かに目の前の惨状に気を取られている場合ではない。傭兵達は先回りする為に裏にある非常口へと急いだ。
「まずはジンクスとイリスさんがどこに居るのかを探す必要がありますね」
 非常階段を駆け上がりながら呟く美汐。社内の見取り図のような物があればよかったのだが、ジンクス研究開発室はつい最近LH支社から本社に移動したばかりでそれらしい物は見つからなかった。
 これまでの支社であればジンクスにせよイリスにせよ居場所を推測するのは難しくないのだが、初見の場所、そして広いビル内という事もあり、場所の特定は骨が折れそうだ。
「通信もあれっきり途切れてしまったしな‥‥」
 と、レベッカ・マーエン(gb4204)が考え込みながら言ったその時、遠くから銃声と人間の悲鳴が聞こえてきた。非常階段を登る足を止め、傭兵達は振り返る。
「‥‥こっちか。とりあえず足を止めてみて、可能ならそのまま撃破する」
「まあ、騒ぎのする方に行けば会えるだろう」
 レベッカの言葉に頷くニコラス。和泉 恭也(gc3978)は頷き、階段をあがりながら言う。
「分りました。ではこちらはジンクスに直行致します。‥‥御武運を」
 こうして傭兵達はジンクスへ向かう班と襲撃者の迎撃に向かう班の二つに分かれた。迎撃班は非常口からビル内に入り、悲鳴の聞こえた方へと走る。
「会社を襲撃するなら、狙いは研究成果・人員の奪取、破壊‥‥。にしては、襲撃者の出現の仕方、進軍は奇妙です」
 廊下を走りながら疑問を口にする橘川 海(gb4179)。手持ちの情報は僅かだが、それを整理してみれば敵の異常さが浮き彫りになる。
 街中に突然現れた事から始まり、ゆっくりとした進攻‥‥もちろんジンクスの場所が分らず探しているという可能性もあるのだが。狙いが明確なような、不透明なような。腑に落ちるような落ちないような、奇妙な感覚だ。
「バグアの襲撃にアヤメの失踪‥‥一体何が起こっている‥‥?」
 呟きながら走るヘイル(gc4085)。ふと、曲がり角で彼は仲間を制止する。物陰から曲がり角の向こうを眺めると、そこには奇妙だが一目で理解出来る状況が展開していた。
「何を‥‥しているんだ?」
 冷や汗を流しながら眉を潜めるヘイル。彼らの前に続く廊下、その扉は奥から一つ一つ片っ端に開け放たれていた。
 その通り道を示すかのように所々に死体や血痕が散らばり、一番手前の開いた扉の部屋からは物音が聞こえてくる。
「まだこんな所をウロウロしていると思ったら‥‥片っ端からか」
 歯軋りするヘイル。そこへ扉を潜り、ぬっと異形が姿を見せた。
 青白い鱗の様な肌に覆われた巨躯。その外見は敢て例えるのであればカメレオンに似ている。
 顔の半分以上を占める大きな目。裂けた様な巨大な口から伸びる長い舌。無骨に機械化された両腕は腕と言うよりは兵器のようで、その爪は血で赤く染まっていた。
 鳴き声なのか、空気の抜けるような音を鳴らしながら周囲を見渡し、異形はそのまま次の部屋の扉を潜っていく。直後、部屋の中からは人間の悲鳴が聞こえてきた。
「酷い‥‥! こんなの黙っていられませんっ!」
 目尻に涙を浮かべながら身を乗り出す海。ヘイルはその肩を掴み制止する。
「気持ちは分るが別働隊に連絡してからだ。部屋から出てきた所に一気に仕掛ける」
 と、その時。バグアが入っていった部屋から職員が数名逃げ出してくるのが見えた。飛びついてくる女性を抱き留める海。
「大丈夫ですかっ?」
「た、助けて‥‥! あいつ、いきなりオフィスに入ってきて‥‥私達の商品を!」
「ん‥‥? 商品?」
 小首を傾げるレベッカ。見れば出てきた社員は全員無傷の様だ。
「新しいプログラムを開発してたパソコンをいきなり弄り始めて‥‥あろう事か壊したのよ!」
 頭を抱え死にそうな顔の女性社員。傭兵達は顔を見合わせる。
「良くわからないが、行って見るしかないか」
「すまないが、社内放送でここに近づかないように連絡を徹底してくれないか。間違いなく戦闘になる」
 社員にそう頼むと彼女達を見送り槍を構えるヘイル。物音は止み、独特な足音が戻ってくる。
「さてと‥‥。お喋りな奴だと良いけどな。聞きたい事は、山程ある」
 シニカルに笑うニコラス。構える傭兵達の前、異形はゆっくりと姿を見せるのであった。

「イリスさん大丈夫ですか!? アンサーもまだ生きてますよね!?」
 研究室を発見し中に飛び込むと恭也はイリスの姿を捉え、慌ててその小さな肩を掴む。
「和泉 恭也‥‥わ、私は大丈夫です。皆さん‥‥来てくれたんですね」
 怪我が無いか体中撫で回したらイリスの髪はくしゃくしゃになり眼鏡がずり落ちそうになっていた。慌てて恭也は両手を挙げる。
「おっと、失礼‥‥取り乱しました」
「一応、研究室の人間は全員無事だよ。とりあえずは安心してくれて構わない」
 前髪を直すイリスに代わり傭兵達に会釈したのは長身の男だった。神撫(gb0167)は男をじっと見つめ、苦笑しながら問う。
「えーと‥‥誰?」
 一瞬の沈黙。それから口元に手をやり恭也も問いかける。
「貴方は‥‥もしかして羽村さんですか?」
「そうか、すまない。こうして顔を合わせるのは初めてかもしれないね。私は羽村 誠‥‥ジンクスがまだライブラと呼ばれていた頃、研究室の室長を務めていた。こちらはうちの社長」
 羽村が指差す先、机の下にぎゅうぎゅう詰めになっている太った男が見える。男は汗だくで震えていた。
「イリスさん! 後羽村さんと? 兎に角、ここは危険です。避難するか、流れ弾の来ない位置へお願いします」
「そうしたいのは山々なのですが‥‥」
 困った様子のイリスは振り返り研究室を眺めた。それは傭兵達がこの場所を直ぐに見つける事が出来た理由でもある。
 開発室の人間は何故か逃げずにここに残り、なにやら先ほどからあれこれ作業をしたり機材を持ち出したりしているのだ。
「なぜ避難せずにこちらへ?」
「それは勿論ジンクスがここにあるからだね。それに敵の狙いは恐らくジンクスだ」
「どうして敵の狙いがジンクスだと分るんですか? それに狙いが分っているのなら、なぜイリスを危険だと分っている場所に?」
 海に続き、神撫が問いかける。羽村は険しい表情でなにやら考え込んでいる。
「自分は臆病ですから、申し訳ありませんがこんなにタイミングよく出てこられた方をすぐには信用できないのですよ」
「なにか心当たりがあるならお話して頂きません? 対策ができるかも知れませんので」
 恭也と美汐、二人の視線を受けて困ったように交互に二人の顔を見やる羽村。無精髭に手をやり、苦笑する。
「参ったな。理由は様々だが、どこからどう説明した物か‥‥。狙いを推測するのはそう難しい事じゃないよ。単純に、我が社には他に狙われるような製品がないのさ」
「は、羽村君!? それは酷いんじゃないかな!?」
「事実ですよ社長。そしてジンクス本体の取り外しはイリス君にしか出来ない。これがイリス君を連れてきた理由だね」
 ポーカーフェイスの羽村だが、理由はそれだけではない‥‥そんな気がする。しかし筋の通った理由である事も確かだ。
 イリスはジンクスに強い想い入れがある。それは想い入れという言葉では推し量れない程の物だ。放っておいてもここに向かっただろう。
「この子を放っておくわけにはいかない。だから皆ここに残って手伝いをしてる」
 全てに納得が行ったわけではないが、少なくとも嘘を言っている様には見えない羽村。傭兵達が次の言葉を口にしようとしたその時、通信機から交戦開始を告げる別働隊からの連絡が聞こえてくる。
「始まったか‥‥」
 呟く神撫。気になる事はあるが、状況は全ての疑問を解決する事を許さない。傭兵達は急かされるように次の行動へと移って行く。

●真実
 ヘイルの合図で閃光手榴弾を転がすレベッカ。その光を合図に戦闘が開始された。
 異形は足元の閃光手榴弾に気付かず――否、気付いたが不思議そうに見下ろし、その光を浴びる。隙を突いて傭兵達は飛び出した。
 怯んだ敵にレベッカはエネルギーガンで攻撃。ニコラスは煙草を咥えながら海とヘイルの二人に強化を施す。
「気をつけろ、どんな攻撃を仕掛けて来るかわからんぞ」
「わかっている!」
 一気に距離を詰め、槍を繰り出すヘイル。すると異形は顔を片手で押さえたままあっさりその一撃を受け止めてみせる。
 ヘイルと同時に飛び出した海は敵の脇を抜けて背後に回り込むと身体を捻り鋭く蹴りを放つ。攻撃は敵の背中を打つが、リアクションの様なものが一切返って来ない。
 連続で背中を蹴り付ける海。ヘイルは左手の槍を繰り出し機械の腕に突き刺そうとするが、刃が立たず弾かれてしまう。
「何‥‥!?」
 暫く何も反応しなかった敵は突然ヘイルを手の甲で弾き飛ばし、太く長い尾を海に叩き付ける。幸い大したダメージではなく体勢を立て直す傭兵達だが――。
「痛イ」
 ぽつりと呟く声が聞こえた。蹴られた背中を摩り、異形は口を開く。
「痛イ‥‥痛いじゃなイか! 急に何をスルんだ、蛮族!!」
 掠れた声は奇妙に訛っている。化物は漸く傭兵達に気付いた様子で顔を見回している。
「知ってる知ってる知ってるヨ。人間の能力者‥‥他のヨり頑丈で強イ。初めて見た見た見たた」
 嬉しそうに手を叩き笑う化物。そのままぺたぺたと歩き、ゆっくり前進してくる。
「何処へ行く不審者。名前と所属と階級、それと任務の内容を答えろ」
 ニコラスの声を受け、きょろきょろと周囲を見渡す襲撃者。どうやら不審者を探しているらしい。
「こいつ‥‥もしかしてバカか‥‥」
 冷や汗を流すニコラス。表情という物が無いので何を考えているのか全く読めない。敵は尚も前進してくる。
「ここから先は通行止めだ。イリスやアヤメ達の夢を貴様ら等に渡す訳にはいかない」
 槍で道を塞ぐように構えるヘイル。敵は足を止め、首を傾げる。
「何故? 何故邪魔するるる?」
 本当に意味がわからない様子の化物。何と無くペースを乱される傭兵達に敵は頷き頬を掻く。
「邪魔しナイ殺さナイ。邪魔スル殺ス。好きナ方選ぶ」
「聞こえなかったのか? 通さないと言っているだろう」
 鳴き声を上げる化物。そのまま間髪居れずにヘイルへと真正面から突っ込んで来る。
 巨体をくねらせながら旋回、長い尾を思い切り振り回し叩き付ける。攻撃は壁を砕いてヘイルを打ち、槍の防御の上から彼の身体を軋ませる。
「おいおい、拙いんじゃないのこれ」
 レベッカの放つエネルギーガンを両腕で弾きながら足を止めずに突っ込んで来る敵。ニコラスは止むを得ず機械刀を構える。
 突っ込んで来る敵に刃を繰り出す。攻撃は鋼の腕に傷をつけたが止めるに至らず、ニコラスの小柄な体が片腕で吹っ飛ばされて壁に激突する。
「みんなっ!?」
 背後から銃を連射する海。敵は振り返り片腕を翳す。機械の駆動音が響き、腕から放たれた弾丸は壁を抉りながら海へと迫る。
 慌てて回避する海だが、通路は狭く十分な回避スペースは無い。連続で発射された弾は銃撃ではなく砲撃――。部屋に飛び込んだ彼女を狙い、壁を貫いて飛来する。
「やはりあの腕か‥‥!」
 復帰したヘイルは背後から敵に迫る。連続して左右の槍を繰り出すが、鋼の腕に阻まれてしまう。
 何度も火花を散らし傷をつけるが、その機能の停止には及ばない。敵は爪を露に腕を薙ぐ。壁が吹き飛び、無残な状態になったオフィスがお目見えした。
「その腕、貰い受ける!」
 紋章の輝きを受け、光を帯びた槍を繰り出すヘイル。先ほどの銃撃の時、腕から薬莢を排出しているのが見えた。或いはそこが急所に成り得るかもしれない。
 槍は装甲を貫き右腕に突き刺さった。ばちばちと散る火花。敵は銃撃をしようと腕を構えるが、調子が悪いのか弾は発射されなかった。
 しかし腕は二本ある。左腕を構え、至近距離で銃撃する敵。ヘイルの身体は宙を舞い、離れた位置で転倒する。
「こちらに向く砲が一つならっ!」
 一気に距離を詰め、勢いを乗せて回し蹴りを放つ海。頭を蹴られた敵が怯んだ瞬間、その白衣を掴んで更に駆ける。
 元々ボロボロだった事もあり白衣はあっけなく裂けた。ニコラスとレベッカの間に止まり、白衣を眺める海。
「何か身元が分るような手掛かりがあればよかったんですが‥‥」
「しかし、どうする‥‥。こいつバカだが強いぞ」
 口元の血を拭い顔を顰めて呟くニコラス。相手は見た目通り人外の力を持つ強敵だ。このままでは各個撃破される恐れもある。
「直衛班を合流した方が良いかもしれん。幸い奴は全ての部屋をバカ正直に巡っている。直ぐ追ってくる事はないだろう」
 ニコラスの言葉に思案するレベッカ。銃を下ろし、敵に声を投げかける。
「おまえの目的は、ジンクスの回収だな?」
 足を止め首を傾げる異形。話を聞く時は妙に大人しい。
「ジンクス‥‥あれは本来バグアの物だった。そしておまえはそれを取り戻しに来た‥‥違うか?」
 睨みを効かせながら問いかけるレベッカ。化け物は何度か頷き、それから手を叩く。
「お前頭良いネ。正解正解、大正解。ワタシ取り戻しに来たダケ。だから邪魔しなけレバ何もしない。ワタシ他の事興味あんまりナイ」
 鳴き声と共に笑う化物。レベッカは眉を潜め、自らの推測の正しさに静かに目を伏せた――。

「これが‥‥ジンクス‥‥」
 思わず呟くと同時に息を呑む美汐。無数の装置へと繋がる中枢。人の装置に守られたその黒い箱は、明らかに異様だった。
 無数のスリットの入った黒いケースの中、金属のようなゴムのような奇妙な素材で出来たケーブルの塊が犇く様にびっしりと何かを覆っている。
 まるで心臓の鼓動の様に淡く中心より光を発するその演算装置こそがジンクスの中枢――そしてアンサーと呼ばれる存在の眠る場所だ。
「ジンクス‥‥。ここに、アンサーが‥‥」
 ブラックボックスに歩み寄る鏡夜。アンサーの姿からは連想も出来ないその醜い装置こそジンクス。両手で抱えられる程度のこの箱が、研究の全て。
「‥‥やはりジンクスには、バグアの技術が使われているのですね」
 恭也の静かな呟きに振り返る鏡夜。初めての友達を護る為にここに来た。その友達はバグアの技術で作られていた。彼女は今どんな気持ちだったろうか。
「知っていたんですか?」
 美汐の問いにイリスは目を逸らす。羽村は肩を竦め、机の下の社長に目を向けた。
「し、知らなかった! 確かにそうかもしれないとは思ってたけど、我が社はあの頃業績の悪化が‥‥!」
「知っていて利用したんですね。イリスさんを‥‥」
 口を閉じ、脂汗を流しながら目を逸らす社長。イリスは背中を向けたまま首を振る。
「私も薄々気付いていたんです。気付いていて、皆さんを利用してしまった‥‥。悪いのは‥‥私です」
 傭兵の中にも気付いていた者は居ただろう。ジンクス、アンサー‥‥高性能すぎるシステム。いくらイリスが天才でも、『それだけ』で成せる事ではないと。
 そしてジンクスがバグアの技術で作られているという事は目を逸らしていた様々な現実を突きつけてくる。アヤメの事。アンサーという存在‥‥これまでの事。それらは本当に正しかったのだろうか。
「向こうの班から連絡があった。敵はかなり強力らしい。一度引いて体勢を立て直し、こちらに合流するそうだ」
 通信機を下ろしそう告げる神撫。切迫した状況は彼女らに迷う余地を与えない。イリスはジンクスに歩み寄り、そっと手を触れる。
「ジンクスを壊すなら今しかないよ、イリス」
 羽村の声に視線が集中する。彼は真剣な様子で続けた。
「それがある限り君もジンクスも狙われ続けるだろう。その箱は‥‥人の手には余る代物だ」
 要するにそれは、これまでの戦いを無かった事にするという事。そしてアンサーという存在を、消してしまうという事。
 振り返り、両腕を広げジンクスを庇う様に立つ鏡夜。その行動に羽村が困った様に眉を潜めたその時であった。
『私の事ならどうか気にしないで下さい』
 ジンクスに繋がったモニターというモニターに映り込むアンサーの姿があった。アンサーはいつも通り淡々と語る。
『すいません。立ち聞きしてしまいました』
「アンサー!? ど、どうやって‥‥!?」
 驚いているのは暫く研究を離れていた羽村だけだった。アンサーは既に自分の意志でジンクスに干渉、管理する能力を持っている。マイクから音を拾っていてもおかしい事はない。
『私の存在が皆さんに危害を加えるのであれば、壊して頂いて結構です』
「アンサー‥‥」
 悲しげに呟く美汐。アンサーは画面内で頷く。
『消えるとしても私は痛みを感じません。だから‥‥』
 その時、画面の一つに駆け寄り首を横に振る鏡夜の姿があった。カメラに映る鏡夜の姿にアンサーは顔を上げる。
「私達‥‥友達だよ」
「大丈夫、まだ終わっていません。絶対に諦めないのでしょう?」
 イリスの肩を叩き頷く恭也。続け神撫がイリスの頭をわしわしと撫でた。
「あとは俺たちを信じろよ。それとも俺達じゃ不安か?」
 振り返り目尻の涙を拭うイリス。こんな状況なのに彼らは笑ってくれる。こんな自分に笑いかけてくれる。
 いつもそうだった。初めて彼らと会った時からずっと変わらない。彼らは一貫して自分の味方で、自分を支えてくれた。
 困難な事もあった。苦しい事もあった。しかしそれらを彼らは常に乗り越えてきた。予想や予測、常識を飛び越えて‥‥。
「ありがとう‥‥ありがとう、能力者。私は信じています。貴方達と一緒なら、もう何も怖くない」
「それでいいのかい、君達は」
 羽村の問いに答えず神撫が取り出したのはうさぎのきぐるみだった。一緒に野菜ジュースをイリスに手渡しけろりと笑う。
「君はこれと格闘して待ってろ。大丈夫、直ぐに終わるさ」
 きょとーんとしたイリスの肩を叩き部屋を後にする神撫。恭也もそれに続き部屋を出て行く。
「大丈夫、絶対に守り抜きますからね」
 イリスの頭を撫でて出て行く美汐。最後に鏡夜は羽村の前で立ち止まり、じっとその顔を見つめてから出て行った。
「‥‥うーん、なるほど。わかった気がするよ」
 煙草を取り出しながら羽村は苦笑する。
「君を変えたのは、やっぱり彼らだったんだね」
 照れ隠しか、うさぎを被ってジンクスへ向かうイリス。やはり作業しづらいので脱ぎ、黒い箱を見据える。
「私達は私達に出来る事をしましょう。ジンクスをいつでも持ち出せる様に」
 イリスの声に従い職員達は作業を再開する。異形なる敵は直ぐそこまで近づきつつあった――。

●防衛
 床に向かってペイント弾を連射する美汐。その背後で神撫は刀を手に敵を待っていた。
 そこへ非常階段から回り込み別働隊が合流する。傷は粗方練成治療で手当てしてある。
「すみません、遅くなりましたっ」
 駆けつけ声をかける海。ここに来る途中に社員達に声をかけ避難誘導をしたりと忙しく、結果的に合流はギリギリになってしまった。
「警察や消防にも連絡済です。社内放送もしましたし社員はもう全員避難したと思いたいんですけど‥‥」
「それなんですけど‥‥実はこの研究室にまだ人が一杯‥‥」
 苦笑しながら指差す美汐。海は驚いた後、扉を開いて中を覗き込む。総員絶賛作業中である。
「早く逃げてください! 人命が第一ですよっ!?」
「だが、こいつらはきっとここを離れないのダー。言って聞くなら既に避難してるだろうしな」
 肩を竦めるレベッカ。イリスたちは作業に集中していて話を聞いてすらいない。
「ここで奴を退ければ済む事だ」
 槍を構え意気込むヘイル。海は仕方なく溜息混じりに扉を閉めた。
「通信でも言ったが敵の狙いはジンクスだ。ジンクスはバグアの技術で作られて‥‥ん、何か知ってるって顔だな?」
「ええ、まあ‥‥実はさっき聞きまして」
 ニコラスの言葉に頷く恭也。こうして傭兵達は迎撃体勢を整え敵を待ち受ける。幸いこの最上階付近のフロアは一つ一つの研究室が広めに、そして通路も広くスペースを取ってある。
 エレベーターが止まる音が聞こえた。独特な足音と共に、襲撃者が接近してくる。
「来る」
 鏡夜の呟きの直後、敵が角を曲がり姿を見せた。傭兵達は一斉に遠距離攻撃でそれを迎撃する。
 驚いた様子で一度顔を引っ込める襲撃者。ぺたぺたと、美汐の作ったペイント床を踏みながら再び顔を覗かせる。
「光学迷彩の様な能力を疑っていましたが‥‥杞憂でしたか」
「迷彩。イイ読みだヨ。当たってる」
 化物は頷いた。そして徐々にその姿が半透明になっていく。
「見えなイだロウ!」
 一瞬の間。消えたのは所謂生身の部分だけであり、ズボンと破れた白衣と機械化された両腕が完全に見えてしまっている。要するにほぼ消えていない。
 傭兵達は無言で一斉に攻撃する。敵は驚いた様子で後退した。
「何故見えるるる!」
「バカだ。やっぱりあいつバカだ」
 口からぽろりと煙草を落とし冷や汗を流すニコラス。しかし油断は出来ない。奴の戦闘力は身を以って知っているのだ。
「奴の銃撃は壁くらい簡単に貫通しますっ! 撃たせるとジンクス研究室にまで被害が出る可能性がっ!」
「要するに、接近戦で攻めるしかないって事だ」
 海の声に走り出す神撫。ニコラスとレベッカがそれぞれに強化を施す。鏡夜と恭也が肩を並べ同時に超機械で黒い球体を放つ。攻撃が着弾するとそれに続く様にして前衛が一気に接近していく。
 敵は接近する傭兵達に銃撃。それを先頭を進む神撫が盾で受け、美汐と海が左右から挟撃を仕掛ける。
 貫通弾を込めた銃を構え引き金を引く美汐。弾丸は片手で弾かれるが、その隙に海が側面からハイキックを放つ。
 その蹴りもやはり受け止めるが、美汐はその隙に槍を手にして敵の足を打つ。足払いのつもりが片膝を着かせるだけに終わるが、そこへ畳み掛けるように神撫とヘイルが突っ込んで行く。
 神撫の繰り出す刀が袈裟に襲撃者を斬り付ける。更にヘイルは槍に力を込め、左腕にそれを突き刺した。
「左腕も貰った!」
 先の右腕と同じ要領で射撃機能を潰し、後方に飛ぶヘイル。追撃は神撫に受け止められ、射線が開けばレベッカ、恭也、鏡夜の知覚攻撃が飛来する。
「痛イ痛イ痛イ! 邪魔邪魔邪魔邪魔!」
 確かな手応えがあった。状況は傭兵側に優勢、しかし敵は突然地に片腕をついて唸る。
 甲高い機械の駆動音と共に輝く腕。直後、ビルを地震が襲った。否――襲撃者が衝撃波を放ったのである。
 足元に向かって放たれた広範囲の衝撃。それが齎したのは足元の崩壊であった。かわす暇も無く、傭兵達は崩落に巻き込まれる。
 足場を失い落下したのは前衛を務めていた四人だった。突然の事に意識が追いつかないまま二階分下へ転落した傭兵達へバグアは猛然と突撃してくる。
 体当たりで瓦礫に吹っ飛ぶ神撫。続け尾を振るい美汐を壁をぶち抜いて弾き飛ばすと舌を伸ばしヘイルの体に巻きつける。
 一瞬で引き付けられたヘイルの体を蹴り飛ばし元居た場所に叩き付け、振り返り腕を翳す。先程と同じ様に駆動音と共に振動する腕――狙いは海だ。
 激しい衝撃が海を襲おうとしたその時、頭上から連続して攻撃が降り注いだ。次々と着弾する超機械による攻撃に狙いは反れ、研究室の一つを丸ごと吹き飛ばしていく。
「何とか追い出せませんか!? このままではビルが持ちません!」
 響く恭也の声に続きニコラスが白衣をはためかせ飛び降りてくる。そのまま敵の背中を斬り付け、素早く身を引く。
 続け次々に飛び降りてくる傭兵達。振り返りながらニコラスへと爪を振るうバグアだが、その攻撃を恭也が盾で受け止める。
 連続で繰り出される攻撃を恭也が次々に受け止めている間、降り立った鏡夜は超機械の銃を上に向け引き金を引く。
 範囲内の仲間全員に降り注いだ光が傷を癒し、それぞれが立ち上がっていく。レベッカはエネルギーガンを構え恭也が道を空けたタイミングで引き金を引く。
 紋章を潜り加速した光はバグアの肩を貫き爆ぜる。続け立ち上がった神撫が駆け寄り、光を纏った刃を叩き付けた。
 再び衝撃波を放とうと神撫を掴んだ状態で起動するバグア。そこへ美汐が駆け寄り槍を繰り出す。
「それはもう、撃たせません!」
 ヘイルの一撃で破損していた腕に槍が突き刺さる。その隙に敵の顔を盾で打ち神撫は離脱。海は尻尾を掴んだまま竜の翼で高速移動し、そのまま非常口まで突っ切っていく。
「これでぇえええっ!」
 投げるには至らないが体当たり気味に蹴飛ばしビルから押し出す事に成功する。非常階段を突き抜け、バグアは地上に落ちていく。
 ビル周辺で待機していたパトカーの上に落下した敵は周囲を見渡し、それから困ったように首を擡げた。
「こんなに邪魔されルなんて予想してなかッタ」
 潰れたパトカーから飛び降りる。周囲は騒ぎになっているし、正面からは先の能力者達が追いかけてきている。
「仕方ナイ、出直し。もう少シ考えナイとダメダメ」
 両腕に光を帯び、やがてそれは全身へ。バグアは眩い光を放ち、一瞬でその場から忽然と姿を消してしまった。
 追ってきた傭兵達は目前で消えたバグアに足を止める。どうやら一先ず脅威は去ったようだ。
「何とか追い払いましたか」
「何者なんでしょうか‥‥」
 安堵の息を吐く恭也に続き美汐が疑問を口にする。そんな中、鏡夜はビルの中へ駆け戻って行く。
「しまった‥‥そういえばさっきの衝撃‥‥」
 苦々しい表情で呟く神撫。傭兵達は慌てて研究室へ向かうのであった。

●傷跡
 戦闘の影響は研究室にも出ていた。研究室は半壊、その影響を受けて負傷した研究員も居た。
 幸いジンクスは無事で、鏡夜はそれを確認するとその場に膝を着き、胸に手を当て安堵の息を吐いた。
「本当に良かった‥‥」
 薄っすら涙を浮かべながら微笑む少女。しかし状況は決して良くはない。
「お初にお目にかかる。ヘイルだ、よろしく」
 羽村に歩み寄り握手を求めるヘイル。羽村は力なくそれに応じた。
「ジンクスやアンサーの本質、アヤメ達の過去、聞きたいことは多々あるが‥‥貴方はアヤメがどこに行ったか心当たりはないか?」
 その言葉で傭兵達は周囲を見渡す。アヤメの姿はこの部屋の何処にもない。
「彼女はきっとこうなる事を知っていたんだろうね。だからそうなる前に動こうとしたんだろう」
 もしかしたら自分達に連絡をくれたのもアヤメだったのかもしれない‥‥羽村はそう呟いた。
「君達には感謝しているが、もうジンクスに‥‥アヤメ君に関わらない方がいい」
「善意の押し付けは結構だ。未来は俺達が決めるし、絶望に負けるつもりもない」
 羽村の言葉に首を振るヘイル。その表情に迷いはない。
「彼女には言ってやらないといけないことが山ほどあるのでな」
 軽く笑ってみせるヘイル。散々な状況に俯くイリス、その肩をレベッカが叩いた。
「大切なのは今どうあるか、そしてその今よりよい未来を目指す事。アヤメは託したんだ。イリスに、イリスを支える仲間達に」
 顔を上げ、力なく笑うイリス。そうしてレベッカの手を握り締め、何度も頷いた。
「アヤメを探さないとな。全く、妹にもあたし達仲間にも何も言わないで一人で背負う事無いのダー」
「‥‥君達は本気でジンクスを背負うつもりなのか? その咎は君達が背負わなければならないものではないのに」
「例え何が在ろうと護り通します」
 真っ直ぐな瞳でそう返す鏡夜。羽村は肩を竦め、それからゆっくりと目を閉じた。
「そこまで決意が固いならもう何も言わないさ。僕も出来る事があれば手を貸すよ。イリス君の事は大切だからね」
 こうしてこの日の騒動は一応の幕を閉じた。
 しかしビフレストコーポレーションが受けた被害は少なくはなく、ジンクスの開発もまた暗礁に乗り上げる事となった。
 そしてこの事件を皮切りに、彼らは過酷な戦いへと身を投じる事になるのだが――それはまた別のお話。
 崩れた壁の向こうに広がる空をイリスは見つめていた。風は強く、彼女の髪を揺らし続けている――。