●オープニング本文
前回のリプレイを見る●天才
『それ』が何なのか、アヤメ・カレーニイには理解する事すら難しかった。
父が遺したパンドラの箱が演算装置であると気付き。父が追い求めていた理想の欠片だと気付き。読み解こうとして、難解さに行き詰って数日。
「姉さん! 私、これが何なのかわかったんです!」
幼い妹が一人で読み解き、自分には理解不能だったその箱を開いて見せた時。アヤメの脳裏に過ぎったのは殺意にも似た絶望だった。
嘗てアヤメの父とイリスの父は同じ研究者であり、同時にライバルでもあった。アヤメの父はカレーニイの名に敗北し、結果的に非道な人生を送る事になった。
父はいつも悔しそうだった。言葉にした事はないが、背中を見ていれば分る事もある。彼は常に、敗北に追い回されていた。
「でもこれは何なんですか? 現行のマシンとは比べ物にならない程の恐ろしいハイスペックですが‥‥」
「‥‥どうして? どうやって?」
そんな間の抜けた事を呆然と立ち尽くし問いかけた。幼い妹は父が遺した手記を手に取り、上目遣いに笑う。
「これ、姉さんの本当のお父さんの残したメモですよね? たまたま見つけて読み解いてしまったんです」
それは複雑な暗号が気の遠くなる程の勢いで並べられた呪文の羅列だ。アヤメはそれを一生を賭けて解読するつもりだった。
それはマニュアル。アヤメの父が娘に宛てて遺した、自分の研究の集大成を操る為のヒント。
自分は優秀なのだという自負があった。自分は天才なのだと思っていた。そしてそれは決して間違いではない。だが――。
あどけなく微笑むこの少女は、その上を突き抜けた天才。生まれた瞬間神に祝福されたとしか思えない生粋のジーニアスだった。
●決意
「このまま船に乗れば、全てが終わる‥‥」
ベンチに腰掛け、イリス・カレーニイはぼんやりと空を見上げていた。
ジンクス開発室をクビになり、実家からは帰って来いと呼び出しが掛かっている。最早行く所も無く、自分は誰にも求められていないのだと分っている。
小さく溜息を一つ。膝の上のくたびれたうさぎは何も答えてくれない。少女は憂鬱を湛えた瞳で思い返す。
これはきっと罰だ。出来る事もは沢山あった。自分は一人ではなかった。それでもこうなってしまったのは、自分に信じる気持ちが足りなかったからだ。
姉を。傭兵達を。そして何より自分を。頼る事は信じる事。絆を信じきれなかった弱さが、この結果を招いてしまった。
「‥‥姉さん」
彼女を喜ばせたかった。彼女が笑ってくれればそれだけで良かった。いつからだろうか、『それだけ』ではなくなっていたのは。
認めてもらいたかったのかもしれない。理解してあげたかったのかもしれない。理由をつけようと思えばいくらでもつけられる。だが――。
「理由に意味なんて無い。ボクは‥‥ボクが選んだ道から外れる事は出来ない」
イリスの事が憎かったのだろうか。それとも彼女の事を信じたかったのだろうか。
信じた所で、愛した所で、何かが変わるとは思えなかった。結局自分が矜持と夢を取り戻す為に、彼女の存在は目障りだったのだ。
イリスのデスクの前に立ち、アヤメは目を瞑る。思い返せばこれまでの人生、ロクな事がなかった。
寂しくて辛くて哀しいだけの日々、それを変えてくれたのがイリスだった。
彼女だけが自分を受け入れてくれた。自分に懐いて、笑って、何も掴んだ事のない手を握り締めてくれた。
「――それをボクは、自ら突き放したんだ」
能力者としての適正が見つかった時、心の底から安堵した事を思い出す。
これで自分は『イリスと同じフィールドで戦わなくて済む』と。
違う生き方をすれば、距離を置けば、また分かり合えると思った。この心に宿った闇を食い潰せると思ったのだ。
だがそれは叶わなかった。時が過ぎてもイリスはあの日の純粋な目のまま、逃げ出した自分に微笑みかける。
弱さと醜さを見透かされていると思う度、心が磨耗していくのを感じていた。傍に居るだけで傷つけ合うなら、最初から出会わなければ良かったのに。
「アンサーはボクではなくイリスを選んだ。父さんの夢は‥‥後継者をボクではなく、イリスに仕立て上げた」
――誰も、このシステムの中枢に潜む闇を知らない。
誰も、このプロジェクトの裏にある間違いを知らない。誰も、この物語がただの姉妹喧嘩である事を知らない。
白衣を調え、凛と顔を上げる。踵を返し、決意を固める。確かめる必要があるのだ、どうしても。
ここで逃げる事はきっと簡単だ。辛く苦しい人生を強いる権利など誰にも無い。
それでも重いトランクを両手で引き摺り、沢山の重みを背負いこの道をまた引き返すのなら――それを止める権利もまた誰にも無い。
「姉さんは私を認めてくれないかもしれない。それでも私‥‥!」
ヘッドフォンから流れる音を止めて、ゆっくりと。歩くような速さから、やがてそれは駆け足へ。
息を乱して走るのは決して誰かの為ではない。もう偽っている場合ではない。いつまでも子供ではいられない。ならばどうする?
「確かめるしかないか」
分っていた事だ。これはきっと、一人きりでは成し遂げられない御伽噺。
自分だけでも。イリスだけでも。アンサーだけでも、きっと夢は成し遂げられない。
「君が本当に、女神に愛された存在なら‥‥!」
まだ人生は始まったばかり。絶望するには余りにも早すぎる。そう――全てのベストを尽くし、その結果に満足するまでは。
研究所まで走って戻ったイリスの前に立っていたのは自分に駆け寄る姉の姿だった。少女は歩みを止め、息も絶え絶えに叫ぶ。
「――もう一度、私にチャンスを下さい!」
黙っていては伝わらない。
「私はもう逃げたくない! 研究室の皆が私を認めないなら、認めさせて見せる! どんな手を使っても、どれだけかかっても!」
言葉にするのが苦手だった。思いを伝えるのが苦手だった。でも、背中を押してくれた人達がいる。
「これは私だけの問題じゃない! 私と姉さんと! そして、アンサーを育ててくれたみんなの問題だからっ!」
思い返せば色々な事があった。自分はその優しい時間に甘えていたのかもしれない。
夢は戦って掴み取るものだ。誰かが与えてくれる物でも、敷かれたレールの先にある物でもない。
叫んだ後、少女は項垂れる。姉はそんな少女に歩み寄り、それから手を差し伸べて言った。
「これが最後のチャンスだ。ボクを、研究室を‥‥アンサーを。従えて見せろ。君が女神に愛された天才なら」
文字通り、これがラストチャンス。結果が全てを語り、敗者は黙して去るしかない。それでも妹は姉の手を取り、強く笑ってみせる。
「――当然です。私達は決して諦めない。後はわかりますね?」
今こそ克服する時なのだ。このシステムに纏わる、哀しい因縁を。
死に至る、恐ろしい病を――。
●リプレイ本文
●決意
「いい顔になったな。それでこそだ」
こうして造られた世界で顔を合わせるのは何度目だろうか? レベッカ・マーエン(
gb4204)の声にイリスは振り返る。
「レベッカ‥‥その、私‥‥」
「さあ、やるからには必ず結果を出すぞ、イリス」
言葉を遮るように肩を叩くレベッカ。イリスは笑みを浮かべ、友に頷き返した。
「何も言わずにいなくなっちゃうんじゃないかって少し心配しました」
「イリスちゃんは、もう一度ちゃんとお姉さんに謝らないといけませんねっ」
苦笑を浮かべた和泉 恭也(
gc3978)に続き、橘川 海(
gb4179)が人差し指を立てながら笑う。イリスは申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げている。
「あ、こちらは無月さん。私の料理の先生なんですよっ」
「‥‥終夜・無月です‥‥宜しく」
海に紹介され、終夜・無月(
ga3084)がイリスに挨拶する。人見知りからか、イリスはおどおどしながら握手を交わしていた。
そこへアンサーを連れ、依頼人のアヤメが姿を現した。傭兵へと歩み寄り、アヤメは眼鏡を中指にやりつつ告げる。
「これが最後のチャンスだ。君達とイリスの力‥‥もう一度見せてもらう」
「アヤメ・カレーニイ‥‥貴女のこの意志は、敬意と好意に値するな。その決断に感謝する」
頷きながら語るヘイル(
gc4085)。その脇を抜け、望月 美汐(
gb6693)はアヤメを抱き締める。
「機会をくれてありがとう、アヤメさん。活かして見せますね」
更に続けてアンサーへ、そしてイリスへと次々に抱きつき、にっこりと微笑んだ。
「良かったですね、アンサー。イリスさんはお帰りなさい‥‥覚悟は宜しいですか?」
「相変わらずで安心しました。無論、覚悟は出来ています」
力強く頷くイリス。その様子は少し以前と違うように見える。
「アンサー、調子はどうだ? 行けるか?」
イリスと美汐のやり取りをじっと見つめるアンサー。そこへ神撫(
gb0167)が声をかける。アンサーは無表情に、しかしどこか嬉しそうに頷いた。
「一人にしてごめんね、アンサー。もう貴女を置き去りになんかしないから」
歩み寄り、優しい瞳でアンサーに語るイリス。アンサーはイリスの髪を頬を、体中を触り、小さな身体を抱き締めるのであった。
●決戦
仮想空間に白い巨人が降り立ち、物語の命運を分ける一戦が幕を開けた。
「勝てると思っているのか、君は」
現実の無人の薄暗い研究室、イリスとアヤメは対峙するように端末に構え、仮想空間の戦いを見つめている。
ぽつりと姉が呟いた言葉に少女は顔を上げた。問い掛けに対し、少女は迷わず答える――。
「まずは目を奪わせて貰います!」
出現したエーデルヴァイスの頭部目掛け先制攻撃を仕掛ける美汐。連続で放たれる弾丸はカメラを狙った物だ。しかし‥‥。
「何て頑丈な‥‥!」
弾丸はカメラの破壊に至らない。巨人は胸部の機関銃を連射、美汐はAU−KVに跨り廃墟を疾走する。
「向こうの準備が完了するまで引き付けるぞ!」
同じくAU−KVに跨り移動するヘイルが声を上げる。二人は降り注ぐ弾丸の雨を辛うじて掻い潜り、巨人の注意を引き続ける。
まともに対峙すれば高火力で一気に制圧されてしまう。路地を曲がり、倒れたビルを壁にし、縦横無尽に駆け回り時間を稼ぐしかない。
反撃に転じる事さえ難しい銃撃で二人を追う巨人。その背後、遠距離から飛来した弾丸が命中する。
EVの後方、瑠璃瓶を構えた海の姿があった。紫電を纏う腕から放たれる弾丸はEVに命中するが、損傷を与えるには至らない。
バイク組から海へ狙いを変えたEVは虚空にライフルを構築し、それを片手で突き出すように構える。
「あれはアンサーと同じ‥‥っ」
放たれる弾丸の威力は海の物の比ではない。着弾点が文字通り吹っ飛ぶ一撃を高速移動で回避、海は続けて射撃を加える。
容赦なく繰り出される攻撃にダッシュし、前転気味にビルの陰に飛び込む海。そのビルをも砕き、弾丸は海の身体を吹き飛ばす。
「今なら狙えるか‥‥!?」
「ヘイルさん!」
バイクで疾走する二人はEVを追い抜き、正面で交差すると同時に銃を構える。狙いはEVのカメラ――弾丸はペイント弾だ。
オレンジ色の液体がEVの顔と肩のカメラを染める。若干狙いが甘くなり、二人は猛攻の中何とか耐えながらAU−KVを走らせ続けた。
「姉さんはあの人達の事を分ってないんです」
画面の中では海が瓦礫を掻き分け立ち上がろうとしている。イリスは目を伏せ、静かに語る。
「彼らは出会う者を、世界を変える力を持っている」
眉を潜めるアヤメ。イリスは息を吐き、顔を上げる。
「独りで足掻いていた私に彼らは明日をくれた。希望をくれた。彼らは負けない――。彼らはとても、諦めが悪いんです」
「こちら戦闘班、配置完了いたしました」
通信機でヘイルに連絡する恭也。EVに陽動を仕掛ける三名以外の戦力は全てこの広場に集結していた。
「兎に角、勝たなければ話にならんな」
味方と自分への強化を終えたニコラス・福山(
gc4423)はEVが現れるであろう直線通路を見つめ、隣に立つアンサーを見やる。
「おい、初弾のタイミングを合わせろ、あのデカ物を黙らせるぞ」
「了解です」
エネルギーキャノンを構えるニコラスの隣、アンサーも巨砲を構える。
「来るぞ!」
レベッカの声を物陰で聞き、頷き合う神撫と無月。陽動班の三名は大通りの角を曲がり、EVから逃げるようにして広場に向かって来る。
「渾身の一発をお見舞いしてやる‥‥!」
バイク班に追いつき攻撃を加えようとするEVの身体を遠距離からの攻撃が襲った。光と炎が爆ぜ、劈くような轟音が鳴り響く。
「全身装甲でも駆動部はどうしても脆くなる。狙うならあそこだな」
「了解、デカ物を黙らせます」
怯んだEVにニコラスとアンサーの第二射が命中する。肩の付け根を狙った攻撃は効果を見せ、傷だらけの陽動班は縺れ込むように広場に到達する。
追跡しつつライフルを構えるEV。そこへ物陰から神撫と無月が飛び込んでいく。カメラが万全ではない所為か、EVはその接近に気付かない。
二人は同時に足の関節を狙い巨大な得物を振るう。強烈な威力を誇る一撃は巨人の装甲に食い込み、傷つける事に成功する。
「‥‥行ける」
確実な手応えに呟く無月。次の瞬間EVは巨大な剣を構築し、それを二人の中間点へと叩きつけた。
大地が砕け、揺れる二人。続け横に凪ぐように繰る斬撃はビルまで吹き飛ばし、二人は後退を余儀なくされる。
「これからが正念場だ。アンサー! お前の本気、見せてみろ!」
リロードを済ませ、砲を構えるアンサー。神撫の声に背を押されるように煙る闇の向こうを鋭く見据えた。
「反撃が来るな。アンサーは移動しろ、私はいざとなれば練成治癒でなんとかする」
「いいえ、ここからの砲撃が効果的です。それにまだ、あれを黙らせていません」
「やれやれ、どうなっても知らんぞ」
再び砲撃を開始するニコラスとアンサー。EVがそれを剣で受けている間に海と恭也は接近、周囲を旋回しつつ間接に攻撃を続ける。
「上手い‥‥! 巨体故に奴は小回りが効かないからな!」
EVの股の間をスライディングで抜けながら足の損傷箇所に弾丸を撃ち込む海を見て舌を巻くレベッカ。EVの弱体と味方の再強化を終え、エネルギーガンを構える。
銃口に光が収束し、放たれた閃光はEVの内蔵機銃を穿つ。連続で射撃を繰り返し、遂にはその無力化に成功した。しかしそのレベッカをEVの銃口が捉える。
「狙うなら此方を狙いなさい!」
黒い閃光を放ち、叫ぶ恭也。放たれた弾丸は盾で防いでも余りある威力、彼の身体は宙を舞う。
壁に背を打ち、口の端から血を流しながらも立ち上がる。ここで倒れるわけには行かない理由があるのだから。
「イリスさんが立派にやり遂げようとしているのに‥‥倒れてはいられませんね」
逃げ出して、しかし彼女は戻ってきた。その姿に自分の想いを重ねる恭也。イリスが立ち向かうと決めた以上――。
「何度でも、諦めずに。そう決めたのだから!」
迫るEV、その背後から神撫が斧を叩き込む。傭兵の猛攻に振り返り、EVは剣を振り下ろした。
大地を砕く刃の上に飛び乗り、無月は跳躍。飛び越すようにして身体を捻り、空中でEVの頭部を力強く斬り付ける。
「人型をしているなら私のやる事は変わりません!」
砂煙を巻き上げながら広場でAU−KVを旋回させる美汐。片手で槍を回し構え、EV目掛けて加速する。
めくれた大地を飛び越すようにしてEVへと槍を突き出す。衝撃が巨体をぐらりと傾かせるが、まだ足りない。
そこへニコラスとアンサーの砲撃が命中。更に巨体が傾く。続けレベッカ、海、恭也の三人が連続して状態に遠距離攻撃を加える。
「攻撃の手を休めるな! 一気に押し切れ!」
「俺達の新しい一歩の踏み台になってもらう!」
レベッカの声に跳躍し、槍を構えるヘイル。
「これで――沈め!」
頭部への一撃が決定打となり、背後に倒れこむEV。そこへすかさず駆け込み、無月と神撫が武器を振りかざす。
二人の攻撃で首を刎ねられたEV。そのまま復帰を許さず、傭兵達は猛攻を続けた。
「成程、流石と言っておこうか。だが分っているんだろう? それだけでは私には勝てないと――」
突如衝撃が程走り、吹き飛ばされる傭兵達。首と腕を落とされたEVは立ちあがり、前進する。
黒い光に覆われたその体に再び頭と腕が接続され、損傷部も見る見る回復していく。
素早く接近し斬撃を放つ無月。しかし先程までは意味を成した彼の剣も今は傷一つ負わせる事が出来ない。
「攻撃が‥‥効いていない?」
「ちっ、アヤメも人が悪い‥‥」
舌打ちするヘイル。復活したEVは傭兵達へゆっくりと近づいてくる。しかし――。
「分っていましたよ、こうなることは」
顔を上げるイリス。この状況にも関わらず彼女は冷静だった。驚くアヤメ――しかし冷静なのはイリスだけではない。
モニターの中では怪物と対峙する戦士達の姿がある。しかし彼らの表情に焦りや恐怖と言った物はない。むしろそこにあるのは――。
「落ち着いてやれば大丈夫、信じてますからね」
「期待してるよ、イリス」
「明日は自分の手で掴む。今のイリスなら出来る」
空を見上げ微笑む美汐と神撫、そして頷くレベッカ。イリスはその声に応じ、現実でキーを叩く。
「何!?」
EVの状態が正常に戻り、機能停止して膝を着いた。アヤメは慌てて操作を施し、再びEVを立ち上がらせるが‥‥。
「無駄です。ジンクスをハックしました。後はわかりますね?」
「馬鹿な、私は管理者だぞ‥‥!」
「私が愛し、私達が育てた世界です。私に利があるのは当然の事」
愕然とするアヤメをイリスは哀しげに見つめていた。しかし姉は肩を震わせ笑みを浮かべる。
「ならば次の手を使うまでだ」
仮想空間に立っていたアンサーに光が落ち、その身体を黒い光とノイズが覆っていく。
渦巻く風の中心で頭を抱えるアンサー。しかし傭兵達はこの状況も想定済だった。
「アンサー‥‥アンサー、聞こえますか!」
風に腕を翳し叫ぶ恭也。続け、ヘイルが声を上げる。
「お前はこの世界を司る存在だ。イリスもアヤメも関係なく、お前がシステムを掌握して制御しろ! 己自身の、意志を示せ!」
「私の‥‥意志‥‥」
「アンサー、おまえはおまえだ。自分の好きな自分でいいんだ」
「私、は――」
レベッカの言葉に目を見開くアンサー。次の瞬間光は爆ぜ、解き放たれたアンサーは息を吐いて振り返った。
「おいどうなってる!? 何をした!?」
ジンクスへのアクセスを拒絶され慌てふためくアヤメ。以前は通用した手が今、あっさりと破られてしまった。
「私達は成長しています。それはアンサーも同じです。あの子は命令に従うだけの機械じゃない。私達と一緒に戦ってきた、仲間なんです」
モニターの中では傷だらけの傭兵達が並んでいる。その瞳は強く、そして真っ直ぐだ。アヤメにとって、直視するのが苦しい程に。
「‥‥チェックメイト」
項垂れるアヤメの頬に触れ、少女は呟く。戦いはアヤメ・カレーニイの完敗で幕を下ろすのであった。
●進歩
現実世界に戻った傭兵達を出迎えるイリス。アヤメは椅子に座ったまま項垂れ沈黙していた。
「えっと、アヤメさんにはイリスちゃんの助けが必要だと思いますよっ?」
遠慮がちに声をかける海。続け、あっけらかんと言い放つ。
「だから、この件はアヤメさんが謝ってください。そこはそれ、年長者ですから!」
「はあ?」
「人は一人じゃ生きていけない。其れは天才でも同じです。彼女たちを支えてあげていただけませんか? イリスさんは今でも貴女を信頼していますから」
恭也の説得に顔を上げるアヤメ。海はイリスの背中を叩き、言葉を促す。
「私、姉さんの事が好きです! 姉さんの手伝いがしたくて‥‥約束を叶えたくて頑張ってきたんです! だから‥‥っ!」
泣き出しそうな顔で言葉を詰まらせるイリス。見かねた様に神撫が言う。
「協力すれば凄い物が作れると思うんだが。二人とも天才なんだろ?」
と、アヤメが口を開いたその時。研究室の扉が開き初老の男性が踏み込んで来た。
「ここにいたかイリス。さあ、家に帰るぞ」
「急に何ですか! 乱暴はやめてください!」
徐にイリスの腕を掴み、強引に引き摺ろうとする男。その腕を払い、イリスを背に美汐が睨みを利かせる。
「退きたまえ。私はイリスの父親だ」
「嫌がってるじゃないですか!」
「他人には関係の無い事だ」
「‥‥なんだ、ここにも子離れできてない馬鹿親がいるのか」
二人の間、ニコラスがそっぽを向きながら呟く。続け、ヘイルが男の前に立ち塞がる。
「イリスはこの研究に必要な人材だ。彼女も覚悟を決めてここに戻ってきたんだ」
「それが何だ。私は‥‥」
男の声を遮ったのはアヤメであった。イリスの横に立ち、父を見据える。
「イリスの事はボクが責任を持って面倒みます」
その言葉に全員が驚きを隠せなかった。アヤメは深く頭を下げる。
「お願いします。彼女の夢を‥‥ボクの夢を、叶えさせてください」
顔を挙げ、呆然と立ち尽くす父親をぐいぐいと押しやり、研究室の扉を開く。
「あ、お、おい!?」
「とりあえずお引取りを」
そのまま扉が閉まると父が戻ってくる事は無かった。アヤメは振り返り、照れた様子で周囲を見渡す。
「‥‥何?」
「姉さん‥‥姉さん、姉さんっ!」
姉に飛びつくイリス。それに続け美汐が二人を同時に抱き締めた。
「ホントにもう‥‥ツンデレ姉妹ですね」
緊張が途切れ柔らかい空気が広がっていく。泣きじゃくる妹を抱き締め、アヤメは初めて笑顔を見せたように見えた。
「例えどれだけ天に愛されようと、隣に誰も居ないのでは意味が無い‥‥よかったですね」
微笑む無月。この日開発室は初めて一つとなり、全てが一つ、新しい段階へと繰り上がっていくのであった――。