タイトル:【JX】不協和音マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/31 23:58

●オープニング本文


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●嘘
 イリス・カレーニイの独断によるアンサー開発は研究室に少なからぬ衝撃を与えた。
 彼女の行いは共に研究開発を進める者にとっては裏切り以外の何物でもない。これには流石に誰もが落胆の色を隠せなかった。
 前室長、羽村 誠はイリスに好意的だった。彼は他の研究員との折り合いも良く、上手くイリスをカバーしていた。
 イリスの我侭や突拍子のない行動には流石に研究員達も馴れて来て居たが、アンサーを見せられては言葉を失ってしまう。
「俺達の知らない所でこんな物を作っていたなんて‥‥」
「馬鹿にしてるよな。俺達をなんだと思ってるんだ」
「『天才少女』のやる事は私達には理解出来ないと思ってるんじゃないの?」
 ジンクスのシステムにアンサーを介入させ、性能を向上させた。
 アンサーは紛れも無く驚異的な成果を意味する存在だ。それをイリスがほぼ一人で成し遂げたというのは、同業にしてみれば当然面白くない。
 研究室の隅、アンサーのマスターとしての権限を奪われたイリスは小さくなって仕事をしていた。辛くはあったが、これも自業自得だ。
 羽村も、傭兵も、一人で抱え込む事の危険性を指摘してくれていたのに、それに素直に従えなかった。今更何を言っても言い訳にしかならない。
 肩を落としてキーを叩くイリス。その背中を姉のアヤメが叩いた。だがそれは姉としてではなく、ジンクス研究開発室室長としての行動だ。
「イリス、先日のアンサーの件だが、君の処分が決まった」
 振り返るイリス。姉の目を見ないまま、俯いて少女は立ち上がった――。

●乖離
「今日からお前のマスターはボクになった。お前はジンクスを守護する存在として今後ボクの指示通り行動してもらう」
 仮想空間内部にある町でアンサーはアヤメと対峙していた。無表情で沈黙を貫いていたアンサーだが、やがて質問を口にする。
「マスターは、イリス・カレーニイは?」
「彼女は処分を受け、ジンクス開発の任を外されたよ。もうお前のマスターじゃない」
「マスターじゃ、ない」
 鸚鵡返しの後、アンサーは沈黙する。無表情なりに瞳が動き、動揺を表現していた。
 イリスの処分は簡単であった。ジンクス開発の第一線から退かされ、アンサーに関与する権利の一切を奪われた。
 綺麗に片付けられた研究室の彼女の机、そこに小柄な少女が腰掛け徹夜で作業する姿はもう見る事はないだろう。
 アンサーは沈黙していた。長く長く沈黙した。それからぽつりと声を上げる。
「イリス・カレーニイは、家族です」
「‥‥は?」
「家族は離れてはいけない。傍で支えなければいけない」
「‥‥何を言ってるんだ? 下らない事を‥‥」
「私はイリス・カレーニイを守らなければならない。そう、約束したのです」
 拙く、ゆっくりと言葉を刻むアンサー。アヤメは舌打ちを一つ、アンサーの頬を平手で打った。
「思い上がるな紛い物。お前はボクの言うとおりにしていればいいんだよ」
「家族は、離れてはいけな‥‥」
 今度は拳だった。顔面を殴られアンサーは倒れこむ。その額を踏みつけ、アヤメは冷たい視線を向ける。
「下らない‥‥下らないんだよ。何が家族だ。何が傍で支えなければ、だ。お前の主はボクだ。黙って言う事を聞いていればいいんだよ」
 殴られても蹴飛ばされてもアンサーが痛みを感じる事は無く、その暴力には何の意味も無いとアヤメは知っていた。
 この躯体はアンサーそのものではない。仮想空間に存在する肉体は彼女の存在とイコールではなく、幾ら壊した所でアンサーという存在には何の影響もないのだ。
「顔色一つ変えず、か。当然だな。ここは仮想空間で、お前の身体はただの幻‥‥。そんなお前の言葉にどれだけの価値がある? どれだけの意味がある?」
 最後にもう一度アンサーを蹴飛ばしアヤメは仮想空間から姿を消す。残されたアンサーは大の字に寝転がったまま、作り物の空をじっと見つめ続けていた。

●不調
「室長、またです。あちこちでエラーが‥‥というよりフリーズですか。レスポンス、さがりまくりですよ」
 それから数日後。ジンクス研究室は正体不明のエラーに頭を悩ませていた。
 アンサーがジンクスの管理の一部を担い始めた事により、システムは全体的にグレードアップした筈だった。しかしここ数日、まるでそれが嘘だったかのようにシステムは不調続きだった。
 それどころか、これまで普通に出来ていた事でさえ次々に問題が発生し、エラーはジンクス全体に浸透し、脅威となっている。
「これもやっぱり、女神様がご機嫌斜めだからですかね」
「‥‥あいつはそんな事を考えられる程利口じゃない」
「けど、実際イリスさんが居なくなってから――」
「黙れ! イリスが居なければジンクスは正常に作動させられないって言うのか? あいつ一人に、この研究室全体が劣るとでも!?」
「そ、そういうわけでは‥‥」
 机を叩き声を荒らげるアヤメ。しかし原因はやはりアンサーにあるとしか思えない。女神の不機嫌は、今やジンクス全体の不調と同義なのだ。
「そういえば、確かイリスさんと一緒にアンサーを教育していた傭兵がいたはずです。その協力を得てはどうでしょうか?」
「‥‥そんなわけのわからない連中の手を借りなければ、ボクはこいつを制御出来ないのか」
 項垂れるアヤメの様子は研究員が引いてしまう程だ。筆舌に尽くしがたい焦燥と苦悩が彼女を支配し、苦しめ続けている。
 傭兵になど頼りたくはない。これは『自分の』問題なのだ。だがジンクスがまともに作動しないのであれば、それは致命的な問題に他ならない。
 深く溜息を漏らし、アヤメは顔を上げる。手段選べないのはいつだって同じ、これまでも変わらない。女は白衣を翻し、研究室を後にした。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
牧野・和輝(gc4042
26歳・♂・JG
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER

●リプレイ本文

●不調
 長い間ジンクスと呼ばれる仮想空間にて依頼をこなして来た傭兵達。しかしその日、世界の様子はいつもと少し違って見えた。
「アバターの再現度も落ちているようだな‥‥」
 自らの指先に走る小さなノイズ。そっと握り締め、レベッカ・マーエン(gb4204)は顔を上げる。
 ビルも、空も、大地も、見慣れたこの無機質な町がいつもより冷たく感じられるのは、恐らく彼女の気のせいではないのだ。
「アンサー、また会えてよかったです」
 いつも通りアンサーを抱き締めながら望月 美汐(gb6693)が囁く。しかしアンサーは我ここにあらずと言った様子でぼんやりしている。
 続け美汐はアンサーの背後に立つアヤメにも抱きついてみせた。アヤメは無言で眼鏡の向こう、切れ長の瞳で美汐を睨む。
「アンサーの警戒心を少しでもほぐした方が良いですからね。茶番に付き合ってくださいな」
「君達と仲良しならアンサーも安心、か? ふん、ボクはこの世界の異物ってわけだ」
「そういう事ではありません。私はただ‥‥」
 身体を離して向かい合う二人。その視線の中に美汐は何を見ていたのか。少なくとも、それはアヤメに対する否定でない事だけは確かだ。
「えへへ、望月さんの真似ー」
 一方、橘川 海(gb4179)は珍しくアンサーをハグしていた。アンサーはやはり呆けた様子だが、その頭を撫でて海は笑う。
「アヤメさんと話してみるねっ? きっと帰ってくるから。みんなを信じてあげてねっ?」
 漸く反応らしい反応を見せたアンサー。感情を宿さないはずの瞳は、今はどこか寂しげに見えた。
「アンサーが不調らしいがどうしてなんだろうな。何か心辺りはあるのかい、アヤメさん?」
 アヤメの隣に立ち、アンサーを眺めながら問う神撫(gb0167)。アヤメは疲れた様子で溜息を一つ。
「さてね‥‥。心当たりは勿論あるけど、それじゃ納得行かないから君達を頼ってる」
 元々アンサーはぼんやりしている事が多かったが、今日は比べ物にならない程気の抜けた様子に見える。
 何が不安定の原因なのか。聞けば彼女は答えてくれるだろうが、答えの推測は出来る。
「家族はいつも一緒にいるから家族なのではなくて、いつでも精神的に繋がっているから家族なんだって思うんだけどな‥‥」
 生まれてからずっとイリスと一緒だった彼女に、まだ幼子も同然と言える彼女に、それを理解しろというのも酷な話だろう。頬を掻き、神撫は苦笑する。と、その時である。
「みんなーあつまれー! なぜなにジンクス始まるよー!」
 妙にカクカクな動きで声を上げるニコラス・福山(gc4423)。何故かうさぎのきぐるみを着用している。
「‥‥場を和ませる、私なりの気遣いなんだが」
 呆然とする傭兵達の中、特にアヤメが殺意にも似た視線を向けてくる。しかしアンサーだけは気に入ったのかニコラスに駆け寄り耳を鷲掴みにしていた。
「大切な人に捨てられる気持ち、良く分かっていたはずなのに‥‥!」
 アンサーに捕獲されてニコラスがもがいている一方、和泉 恭也(gc3978)は思いつめた様子。
 前回の結末は彼にとって望ましい物ではなかった。だからこそ今は姉妹の、そしてアンサーの仲を執り成す事を誓っている。
 そして彼は今日、どうしてもアヤメに問わねばならない事があった。決意を胸に少年は顔を上げる。
「しかし、初めて会った時のイリスを思い出すな」
 遠巻きにアヤメを眺め、呟くレベッカ。その隣で瓦礫に腰掛け牧野・和輝(gc4042)もイリスの事を考えていた。
 傭兵達と出会ったばかりの頃、イリスもあんな目をしていた。イリスが今どうしているのかは気懸かりだが、今はアンサーの方をどうにかするしかない。
 こうして傭兵達はアンサーの不調を解決する為、行動を開始するのであった。

●対話
「あっ」
 鈍い音がすると同時に美汐の繰り出した槍の石突部分がアンサーの横っ面に減り込み、軽く身体を捻りながらアンサーは無様に転倒した。
「だ、大丈夫ですかアンサー?」
 アンサーは頬をすりすりしながら立ち上がる。が、相変わらず上の空な様子が続いていた。
 不調の原因究明、解決の為に始まった模擬戦。しかしアンサーの動きは鈍く、不調である事を傭兵達に見せ付けるだけの結果となる。
「おかしいですね‥‥前はこんな簡単にフェイントに引っ掛かる子じゃなかったんですけど」
「これだと弱い物いじめって感じだね。俺は好きじゃないなぁ」
 斧を下ろして困った様子の神撫。今のアンサーは全員で掛かるとボコボコにされてしまう子なので、人数を制限してゆっくり戦う事になった。
「アヤメ女史、少し話があるのだが」
 無様な模擬戦を眺めていたアヤメは無表情にヘイル(gc4085)を見やる。彼はアヤメをアンサーの傍から引き離し、廃墟の路地裏へと向かっていった。
 それを見ていたアンサーはヘイルの頷きに何かを感じたのか。やはりボーっと路地裏の方を見ている。
「アンサー、レベッカ・マーエンだ。わたしが分かるな?」
 正面、エネルギーガンを向けるレベッカへアンサーは漸く反応する。
「ジンクスが多くの人の役に立つ事はイリスの願いだ。だが今のままではそれが出来なくなってしまう。最悪の場合、シミュレータと一緒にお前も凍結されるかもしれない」
 そんな事は誰も望む所ではないのだ。傭兵も、アヤメも、そしてアンサーもイリスも。
「イリスが戻ってくる場所を守る為にも、少しの間我慢して協力してくれ。そうすればあたし達がなんとかアヤメを説得してみる」
 レベッカの言葉にアンサーは漸く『レベッカを見た』様子だった。するとレベッカの指先のノイズも消え、空の色も晴れ渡っていくように見える。
「本当ですか?」
 漸く言葉を紡ぐアンサー。傍から様子を見ていた美汐は口元に手を当て思案する。
 アンサーは恐らく、無意識にジンクスのレスポンスを落としている。意図的に悪さをしているのではなく、別の事を考えすぎていて本業が疎かになっているような、そんなイメージ。
「あの嬢ちゃんの事が気になって如何にもならないって事か‥‥」
 腕を組み和輝が呟く。神撫は斧をその場に突き刺し、アンサーへと歩み寄る。
「以前やった、武器無しの近接格闘訓練でもやり直すか。同じ事を同じ相手とやれば少しは落ち着くかもしれんし」
 アンサーの肩を叩き微笑む神撫。しょんぼりした様子のアンサーを背に、彼は仲間へ語る。
「難しい事はわからないが、アンサーは人格のある子供みたいなものだろ? そしてイリスは家族だとすると、うちらは教師とか学校の先輩とかそんな感じかな?」
 アヤメの言葉には応じず、レベッカには反応したアンサー。だとすれば、アンサーにとって自分達とアヤメが同じ存在になれば良いのだが‥‥。
「気持ちは分かりますけど‥‥難しいですよ」
 胸に手を当て呟く美汐。誰にも届かない言葉は、風と戦いの合間に消えていった。

「――ジンクスの残りのシステムに人格を、か」
 ビルに背を預けアヤメが呟く。彼女の正面、ヘイルは提案を続ける。
「イリス一人で約三ヶ月。開発室全体でなら短期間で同程度の存在を生み出せるのではないかな。それともその自信が無いか?」
 最後の一言で眉間に皺を寄せるアヤメ。ヘイルは指を立てながら語る。
「『アンサー』と『ジンクス』、そして二人が対立した時にシステムを制御する『三人目』。この三柱でシステム制御すれば成長も早く、エラーも減ると思うのだが如何か。『ジンクス研究開発室室長』殿?」
 俯き、沈黙して話を聞いていたアヤメ。それが突然口元に手を当て笑い始める。
「成程、面白い案だ。だがその必要はないよ。そしてそれは不可能なのさ」
「‥‥どういう意味だ?」
「ジンクスのシステムはボクと、ボクからその方法を教わったイリスにしか理解出来ない。或いはあれを創った者か‥‥兎に角、言う程簡単じゃないのさ」
 肩を竦め、アヤメはヘイルへ歩み寄る。その笑みからは激しい敵意にも似た黒い感情が見え隠れする。
「そしてあれはボクの物だ。ボクの手の中に、ただ一つだけあればいい」
「それがイリスさんを嫌う理由、ですか」
 気付けば近づく恭也の姿があった。少年はアヤメと向き合い、問う。
「話していただけませんか? 不調の理由がイリスさんにあるのなら、依頼を果たすためには自分たちは知らなくてはならない」
「必要のない事だ。お前達はアンサーを使い物にするだけでいい」
「逆にお願い致します。悲しんでいるイリスさんを助ける為に、手伝ってもらえませんか?」
 眉を潜めるアヤメ。しかし恭也は続ける。
「自分は何があろうとイリスさんの味方です。それに貴方の味方でもありたいんです」
「馬鹿な事を‥‥」
「いけませんか?」
「余計な事に首を突っ込まない方がいい。ボクもイリスも、関わっただけで害を成す」
 自嘲気味に笑い、それからアヤメはその場を去っていく。
「ところで今、イリスさんはどちらに?」
「実家から呼び出しが掛かっているから、もう帰ったかもしれないね」
 その言葉にはヘイルも振り返らずには要られなかった。アヤメは足を止めず、路地を去っていく。
「その方がきっといい。イリスにとっても、君達にとってもね――」
 去り際の言葉に顔を見合わせる二人。仕方なく二人もまたアンサーや仲間達の所へ戻るのであった。

●願望
「‥‥とんだ茶番だな」
 アンサーとの模擬戦の最中、まるで耐えかねたかのようにニコラスが呟いた。
 そしてそれは彼だけではなく、この場の全員が感じていた事でもある。全く意味が無い訳ではない。しかし原因が明らかな不調、その原因を探れというのは不毛にも程がある。
「理由はなアヤメちゃん、心が足りないんだよ」
 うさぎのきぐるみ脱ぎ去り、ニコラスは指差す。押し黙るアヤメに彼は肩を竦めながら言う。
「人間を、動物を、ひいては機械まで愛し慈しむこのマインドこそ、貴様とイリスちゃんの器の違いなのだ」
「‥‥余計な事を」
「模擬戦しろと言うならするさ、私はこれでも仕事熱心だからな。だがそれだけでは解決しないという事は分っているんだろう?」
 仮想空間に入った直後、神撫と言葉を交わした時アヤメは言っていた。『納得行かないから君達を頼ってる』と。
「これは一人の科学者としての提案だ。解っているとは思うがアンサーはまだ調整が必要、それにはやはりイリスの協力が必要だ」
 レベッカの言葉を聞いてもアヤメは渋い表情を変えない。
「権限はアンサー教育のみ、出来れば前室長の羽村氏を補佐につければ無用な問題も減るだろう。このまま再度凍結、最悪開発中止よりはマシだと思うが?」
「成程‥‥要するに、結局あいつが居なければ君たちにもどうにもならいわけだ。イリスめ、厄介な事をしてくれる」
「イリスさんは自分がいないと走らなくなるような、皆さんがお困りになるようなことはしませんよっ?」
 慌ててイリスを弁護したのは海だ。この不調の原因は誰かが仕組んだ物ではなく、アンサーの『心』が原因なのだと説明する。
「アヤメさんは、結構初めの方から私たちが協力してたこと、ご存知ですよねっ? これまでの経緯もご存知のはずっ」
 直感で問いかけた海だが、それは当たっている。そしてアヤメの反応は待たず、彼女は次の言葉を紡ぐ。
「イリスさんが、私たちのいない間にアンサーちゃんにしていたことがあるはずです」
 それは例えば、ただ話しかけたりするだけの他愛のない事。まだアンサーが言葉すら持たなかった時から少女がしてきた、当たり前の事――。
「それを、アヤメさんや皆さんがしなきゃダメですよっ?」
「いい加減にしてくれ、何が心だ。機械に心なんてあるはずないだろう。全ては仕組まれたロジックに過ぎない」
「ねぇ、アヤメさん。あなたの望みは何ですか? アンサーはついででしょうし、イリスさんも利用するにしても傷つけるにしてももっと上手いやり方があったはずですよね」
 海に続き、美汐が問う。美汐は哀しげに、核心へと触れた。
「本当の望みはジンクス‥‥いいえ、その元になった根幹のシステムの『自身の手による完成』なんじゃないですか?」
 沈黙と共に重苦しい空気が降り注いだのは、アヤメがまるで人でも殺しそうな様子で美汐を見ていたからだろう。
「私の勘違いならご免なさい。ただ、一人で出来る事なんて少ないですよ。協力が嫌なら利用でもいいんです、私でよければ声を掛けてくださいね」
 白衣のポケットに手を突っ込み、アヤメはあからさまに舌打ちする。
「どいつもこいつも知ったような口を‥‥! 君達に何が‥‥!」
 その時、唐突に廃墟に鼻歌が響いた。視線の先、ヘイルはどこかで聞いたメロディの後、アヤメに笑いかける。
「その歌は‥‥『虹の女神』?」
「そういう名前なのか。アンサーが、イリスが、歌っていた歌だ」
 アンサーへと目を向けるアヤメ。アンサーは無表情に、しかし懸命に何かを訴えかける様にアヤメを見ている。
「‥‥貴女が嘗て幸せを感じた記憶があるのなら。それは否定するべきではないな。その時そう感じた貴女は間違いなくそこにいたのだから」
 うろたえるアヤメに歩み寄り、その肩を叩くヘイル。
「俺のようにそういった大切な原風景を失くしてしまった人間からするとな。貴女達2人は羨ましいし、憎らしいな」
「そんな記憶が無ければ、失う事を恐れる事もない」
「イリスはあの後に貴女と向き合おうとしていた。貴女はイリスと向き合おうとしたか? 反抗しない事をいい事に押し付けるだけというのは、大人としてどうなのだろうな?」
 ヘイルを睨み付け、手を振り払うアヤメ。そんな様子を眺めるアンサーの背を神撫はポンと叩く。そうして何かを決意したかのようにアンサーは口を開いた。
「アヤメ・カレーニイ。ジンクス開発研究室室長、マスター」
 名を連呼され振り返るアヤメ。アンサーは一呼吸置き、静かに告げた。
「私はもう一度、イリス・カレーニイと会いたい。そして、貴女とも」
 それが家族という物だから――と、抑揚も無く語るアンサー。そこに心と呼べる物はあるのだろうか。
 少なくともその一言はアヤメを絶句させるだけの威力を持ち、この場を急速に収拾させていく。
 こうして依頼は終了。アヤメは一足先に仮想空間から退去する。その様子を見送り美汐は唇を噛み締めていた。
「自分の時とは違う。諦めるには早すぎますね」
 空を見上げて呟く恭也。今回の件が状況の好転に繋がれば良いのだが――。



 荷物を纏め白衣を脱ぐと、少女は無人の研究室を振り返る。
「‥‥ごめんね、アンサー」
 キャリーケースを押して立ち去る小さな影。寂しげな背中を呼び止める声は、どこにもなかった。