タイトル:【JX】ジンクス評価試験マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/31 14:27

●オープニング本文


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●チャンス
「ジンクスの評価試験、ですか?」
「元々ライブラは正式採用の一歩手前までは進んでいたからね。君も覚えているだろう? あの試験の事を」
 ディスプレイの光を瞳の中に落としてイリスは過去を回想する。
 かつてライブラと呼ばれたこの戦闘シミュレーターは、傭兵の協力を得て何度かのテストを行った。
 その結果は概ね良好で、ライブラがULTやUPCで正式に採用されるのも時間の問題であるはずだった。
 二度目の評価試験、それをクリアすれば研究開発は一つの成功を収められた‥‥そのはずだった。
 しかし二度目の評価試験、そこでライブラは原因不明の暴走を見せる。結果、プロジェクトは一時凍結という失敗を迎えた。
「勿論、覚えています。忘れたくても忘れられない記憶です」
「あれからバージョンアップを繰り返し修正を加え、ジンクスは十分に調整されたと言える。そこで再評価試験の話が回ってきたわけだ」
 姉であり室長でもあるアヤメ・カレーニイの話をイリスはどこか他人事のような気持ちで聞いていた。
 あの日起きた事、あの日から変わってしまった事、沢山の事を思う。一度は全てから逃げ出したくなり、それでもまたここに居る。
 アヤメが室長になった事は、とても嬉しかった。とても、とても嬉しかった。
 長年追い続けた背中が目の前にある。手を伸ばせば届く場所にある。それが幸福以外の何だと言うのだろう?
 だが少女は知っているのだ。今はもう自分の中に単純な幸福以外の感情が芽生えてしまっているという事も。
 試験が失敗に終わったあの日、その戦場にアヤメも立っていた。そしてイリスはトラブルを解決し、一つの結論に至った。
「‥‥今度は、成功するでしょうか?」
 決して弱気になったわけではなく、むしろそれは祈りに似ていた。
 ゆっくりと振り返り、背後の姉を見上げる。アヤメはディスプレイの光で眼鏡を輝かせながら小首を傾げる。
「何故ボクに訊く? 自信がないのかい?」
「あ、い、いえ‥‥決してそんなわけでは‥‥」
「ジンクスは確実に既存のシミュレーターを凌駕するスペックを持っている。だが、それが証明出来なければ意味が無い。これはチャンスなんだよ、イリス」
 姉の言葉に小さく頷くイリス。だが胸の内では複雑な感情が入り乱れ、息苦しさにも似た重さになって身体を締め付け続けていた。
 問いかけたい事があった。否定してほしい疑問があった。
 だがそれを投げかけてしまったら、今ここにある幸せも全て壊れてしまうような気がする。
 全てが気の所為で、全てが妄想で、現実には何一つ関係なくて、一切合財が杞憂で済めば、それが一番良いのに――。
「姉さん。姉さんは、どうして‥‥」
 振り返るともう姉は居なかった。離れた場所で別の研究員に言葉を飛ばすその背中を見て少女は小さく呟く。
「どうして‥‥ここに戻ってきてくれたんですか? 大嫌いな、私の所に‥‥」
 目を瞑り、想いごと言葉を飲み込んだ。今はただ、全てが恐ろしく思えたから‥‥。

●疑心
 『ライブラには問題がある』――。研究室を去った前室長は、その事を常々気にかけていた。
 イリスが追いかけようとしている夢を知り、その背中を唯一押した男。彼が最後に託したディスクを手にイリスは泣き出しそうな顔で呟いた。
「ねえ、アンサー‥‥。どうしたらいいんでしょうか。私、姉さんを‥‥あの人を信じられそうになくて‥‥」
 ディスクの中身が気になっても、今まで一度も目を通した事はなかった。
 見れば、戻れなくなる。知れば、引き返せなくなる。問い質せば、偽りは晴れてしまう。
 前に進んできたつもりだった。立ち止まれば諦めや後悔が簡単に足をすくってしまうから。
 背中を押してくれた彼らの為に。共に歩もうとしてくれた彼女たちの為に。
 だがそれはただの言い訳に過ぎず、結局は目の前にある問題から逃げているだけなのかもしれない‥‥そう思える。
 本当に前に進んでいるのか、或いは足踏みをしているのか‥‥後ろ向きに進んでいるのか。
「元通りになれるって信じたい。でも‥‥時計の針は巻き戻らないのでしょうか? 幸せだった、あの頃には‥‥」
 画面の中のアンサーは何も答えない。音声すら切っているのだから、そもそも聞こえてすらいない。
 目を瞑り、顔を挙げ、窓の向こうを見やる。闇の中でも月は変わらず輝いている。
「それでも、今出来る力で‥‥その全てで‥‥」
 そうする事が前に進んでいるのだと。そう信じるしかなかったから。
 一人で研究室に残り、真夜中に作業をするイリス。暗闇の中に浮かぶディスプレイの光を研究室の入り口でアヤメが見つめていた。
 腕を組んで聞き耳を立てていた彼女は一度部屋に入ろうとしてしかし思い留まり踵を返す。
「アンサー‥‥『答え』、か」
 ゆっくりとその場を立ち去るアヤメ。血の繋がらぬ姉妹は、今日も擦れ違い続けていく――。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
牧野・和輝(gc4042
26歳・♂・JG
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

●評価再び
 無人のコロッセオの中、傭兵達はそれぞれの思惑を胸に試験開始の時を待っていた。
 この戦場はまるでチェスボードのようだと嘗て一人の傭兵が言っていた。白と黒の大地、認識する事の出来ない観客、確かに傭兵達は駒のようですらある。
「懐かしいですね。以前ここに立った時は、今のような状況はまるで想定していませんでした」
 白衣のポケットに両手を突っ込みイリスが語る。少女の複雑な横顔を目に神撫(gb0167)は嘗ての戦いを思い返していた。
 彼だけではない。彼の試験に参加した傭兵達は一様に疑念や不安を消し去れずに居た。そしてそれはイリスにも言える事だ。
「あなたの思う様に手を伸ばしてください。私達はそれを支えますから‥‥」
 望月 美汐(gb6693)はイリスを抱き締め耳元でそっと囁いた。少女は苦笑を浮かべ、美汐に頷きを返す。
「ジンクスはともかくアンサーの有用性を示すには‥‥」
 和泉 恭也(gc3978)は口元に手を当てそんな事を考えていた。
 今回アンサーの件は秘匿されているが、いずれそれが公表される事になればこの試験も評価に十分関わる事になる。彼なりに先を見据え、自分に出来る事を考えた結果である。
 そんな彼らとはまた別の過去に想いを馳せる者も居た。橘川 海(gb4179)は友と呼ぶミカエルを撫でながら呟く。
「‥‥ミカエル、またあなたの力を貸して」
 一度目を瞑り、過去を振り切るように視線を前へ。彼女にとってもまた、この一戦は新たに踏み出す大きな一歩らしい。
 と、そんなシリアスな傭兵達の中興味深そうに周囲を見渡しているのは『ジンクス』初体験の月読井草(gc4439)だ。過去の因縁は関係無いので表情に陰りもない。
「アンドロイドは電気猫の夢を見るの?」
 そうして各々の準備時間が過ぎ、イリスが手元に浮かべた時計のホログラムを目に試験の開始を告げる。
「では、試験開始です。ここからは衆人環視に晒される事になりますので、くれぐれも気をつけて」
 そう言い残しイリスはその場から姿を消した。そして代わりに次々と敵陣にキメラが出現し始める。
「‥‥考えても仕方がない、切り替えて目の前の事に集中なのダー」
「何が起こるかわからんからな。注意しておくに越した事はないだろう‥‥」
 レベッカ・マーエン(gb4204)と牧野・和輝(gc4042)が配置につきながら呟く。敵陣には最後、リーダーであるアンサーが姿を現した。
 黒を基調とした装甲を纏ったアンサーは彼らが知る姿と違いキメラの勢力に馴染んでいる。レベッカは小さく息を吐き、一言。
「戦場で敵は選べない、か‥‥。ならば加減は無しだ」
 傭兵達と同時にキメラ達も武器を構える。繰り返される二度目の戦いは静かに火蓋を切った。

●盤上輪舞
「ではイリスさん分も補給した事ですし、頑張りますよ♪」
「猫鉄拳の月読井草がお相手しよう」
 美汐と井草のそんな言葉と同時に双方の陣営が動き出した。傭兵側はリーダーである海を後衛と前衛の間に配置し、様子を見つつ敵の数を減らしに掛かる。
 飛び出したのは神撫、美汐、そしてニコラス・福山(gc4423)の三名。珍しく真面目な様子で走るニコラスはシニカルな笑みを浮かべる。
「素早い身のこなしには自信があるが‥‥剣術の心得なんぞまったくない、はっはっは」
 超機械の刃、凄皇弐式を軽く振るい、白衣を翻し向かう先には死神のキメラが待つ。
「面白い玩具があれば遊んでみたくなるものさ」
 前衛の三人に対しキメラは死神を先頭にそれを追う形で皇帝が続く。その馬の背には節制を象徴するキメラが乗り込んでいる。
 衝突よりも先に和輝が弓で先制攻撃を行う。狙うは死神、放たれた矢は鎌の防御を抜け頭部を鋭く射抜く。
 手応えを感じ続けて和輝は矢を放つが、今度は通らない。水流を操る女神のキメラはデスの周囲に水流の壁を作り、矢を弾いてしまう。
 続けて壷から溢れた水が狙ったのは前衛の三人である。服が濡れただけで特に違和感もないまま三人はそのまま前へ。
「サポートか。そうは問屋がおろさないってな」
 死神の懐に飛び込み、ニコラスが水流の壁を切り裂く。守りを崩した所へ神撫が続き、美汐が側面へと回り込んだ。
「では、バランスを崩しに行きましょうか」
 くるりと槍を回し、死神の腕を狙い美汐が鋭く突きを放つ。攻撃は成功するが美汐的には少し不完全燃焼だったりする。
「ああ‥‥足払いがしたいです」
 浮いている死神の足元を見やり恨めしげに呟く美汐。続け、正面から斧を引っ提げ神撫が迫る。
「悪いが速攻撃破させてもらう」
 死神の正面まで踏み込み、大斧を繰り出したその時であった。皇帝のキメラが杖で地を叩くと同時、死神の目の前に半透明の壁が出現する。
 斧は壁を砕く事に成功するが、死神は身を引いてしまい仕留め切れない。結果、一度目の攻防は拮抗した状態に終わった。
 一方、そんな前衛の戦闘を横目に悪魔のキメラは翼を広げて飛行。そのままアンサーの肩を足で掴み、上空へと飛び上がった。
「やはり移動サポート‥‥来るぞ、気をつけろ!」
 後衛に練成強化を施しつつレベッカが声を上げる。悪魔は前衛の頭上を飛び越え、真っ直ぐ海へと向かってくる。
「上から来たか‥‥」
「こっちには来させないよ!」
 レベッカに続き和輝と井草が上空への迎撃を開始する。それに対しアンサーは悪魔にぶら下がったまま、左右の手に別々の装備を構築する。
「でかい盾と‥‥でかい銃?」
 かくりと首を曲げる井草。次の瞬間アンサーは上空から攻撃を開始する。光の盾で悪魔への攻撃を防ぎつつ、大型の銃を乱射して来たのだ。
「おい、無茶苦茶だぞ‥‥。攻撃も効いてねえ‥‥!」
 アンサーの狙いはリーダーである自分だと確信し、海はバイク形態のミカエルを走らせる。
「私の狙いに対応できるかなっ?」
 追跡してくるアンサーの攻撃を掻い潜り、コロッセオの中を走り抜ける。リーダー同士のカーチェイスの様相は、海にとっては好都合だ。
 敵の中で最も厄介なアンサーを順当に足止めし、引き付けられている。猛攻の中を逃げ続けるだけの戦略的価値はそこにある。
 前衛も後ろで戦いが始まっている事には気付いているが、前衛を通す訳には行かずその場に踏みとどまっている。
 自分達の役割は敵の前衛を抑え、数を減らす事‥‥。後衛の戦力を信頼しているからこそ、役割に徹する事が出来る。
 暫く海の追撃をしていたアンサーだが、仕留めきれないと判断してか悪魔から飛び降り、後衛の陣の中に着地、盾の上に銃を乗せ、狙撃の体勢に入る。
「手を抜いて勝てるとは思っていませんでしたが‥‥貴方の成長、見せて頂きましょう」
 悪魔に追われる海を狙うアンサーの射線上、恭也が盾を構えて守りに入る。構わず放たれた一撃を弾き、超機械で反撃を試みるが同じく盾で防がれてしまう。
 エネルギーガンを手に守りを剥がしに掛かったのはレベッカだ。アンサーの持つリング型の装置は以前同じ物を見た事があった。
 放たれた一撃は結界を貫通、装置は守りの機能を失う。すぐさまアンサーは左右の装備を破棄、虚空より長大な剣を取り出した。
 向かったのは弓を構える和輝である。光を帯びた剣から衝撃波が放たれるがそれも恭也によって防がれてしまう。
「後ろで大暴れしてるな」
「早くケリをつけないといけないね」
 前線で戦っていた三人も一気に勝負を決めにかかる。
 美汐が死神を引き付ける間に皇帝へと向かった神撫。やはり壁を発生させ守りに入るが、それをニコラスが叩き斬る。
「何度やっても無駄だぞ」
「エンペラーを名乗るにしては甘いな」
 ニコラスと入れ違いに飛び込んだ神撫が大地を抉り、エンペラーを打ち上げる。続けて自らも跳躍し、インフェルノを一気に叩き付けた。
 一刀両断された皇帝は消失。節制のキメラも巻き沿いを受け不恰好に大地に落下した。
「皇帝の称号、返上だな」
 倒れていた女神もニコラスがあっさり止めを刺す。子供にしか見えない男は腕を回し、溜息混じりに振り返った。
「体がなまってていかん、もう歳かな‥‥」
「いや、何かされたのかもしれない。体が妙にだるい」
 震える手を握り締め神撫が応じる。思い当たるのは浴びせられた水くらいだが‥‥。
 三人で死神を仕留めに掛かっている頃も後方での戦いは続いていた。
 ミカエルで疾走する海をしつこく追跡する悪魔は何度も攻撃を加えるが海を倒すには至らない。飛行する悪魔を狙い、井草が攻撃を続けている。
「この、いい加減に落ちろー!」
「海がこっちに連れて来た時を狙うしかないが‥‥」
 走りながらレベッカは振り返る。アンサーは大剣で恭也に猛攻を仕掛けている。攻撃は苛烈の一言で、良く耐えているが長くは持たないだろう。
「お待たせしました。さぁ、テストの時間ですよ」
 そこへ前衛の三人が死神を片付け駆けつける。傷ついた恭也は後退、膝を着いて呼吸を整えている。
 前衛が戻った事を確認し、海はスピンターン。攻撃に近づいていた悪魔を刎ね飛ばし、自らもミカエルを装着して銃を構える。
「皆良く頑張ってくれましたっ! さあ、ミカエルの本気を見せてあげるっ!」
 吼える悪魔だが、着地したのが拙かった。井草、和輝、レベッカに加え戦闘に参加した海の一斉射撃が飛来する。
 そんな激しい銃声を背に美汐はアンサーと刃を交えていた。その戦いは以前とは一味違う。
 フェイント、時間差攻撃は美汐の専売特許だ。だがそれを覚えていたかのようにアンサーは緻密に反応を返す。
 アンサーもまた同じく視線や挙動によるフェイントを織り交ぜ、二人の攻防はまるで鏡写しの応酬のようだ。
 何度も刃を交える二人。一方神撫は背後から悪魔へと迫っていた。巨体でかつ頑丈な悪魔はまだ海を狙い前進するが、そこへ斧を叩き込む。
「そっちが悪魔ならこっちは天使だ――なんてね」
 正面からの一斉射撃と後方からの攻撃、耐え切れずに悪魔は悲鳴と共に地に伏していく。しかし神撫は思いがけず力を使い切ったように膝を着いた。
「ダメージはないが、動けない‥‥となると‥‥」
 次の瞬間、アンサーの一撃で倒れる美汐の姿があった。致命傷は負っていないが、明らかに息が上がっている。
「まだやれるはずなのに、どうして‥‥っ」
 起き上がろうとする美汐の手から槍を弾き、アンサーは振り返り海へと向かう。それを動ける傭兵達は一斉に迎撃。
 形振り構わず海目掛けて走るアンサー。海は蹴りを放ち、アンサーはそれに大剣で応じる――が、それはフェイント。
 剣を振りぬかず、途中で武器から手を離すアンサー。海は剣を弾き飛ばし、振り返りながら銃を向ける。
 それは同時であった。海がアンサーの額に銃口を向けた時、海の額にも銃口が向けられていた。持ち替えを済ませたアンサーは冷たい瞳で海を見ている。
 一瞬の静寂、二つの指が引き金にかけられた直後――どこからとも無く声が響いた。
「そこまでです。十分な結果が得られました。試験はここまでとします」
 大人しく銃を下ろすアンサー。海は遅れて銃口を下ろし、途切れていた呼吸を再開した。

●進化
 試験が終わり、照明が落ちたコロッセオ。環視の無くなった場所でアンサーは佇んでいた。
 状況は終始傭兵側が優勢だったように見え、恐らく戦いが続いてもそれは覆らなかっただろう。引き分けと呼べるかどうかは微妙な所だ。
 しかしアンサーは一つの成長の形を見せ、ジンクスという存在を盛り上げ、人々に印象付ける事に成功しただろう。試験としては、成功を口にして差し支えない結果だ。
「今のロボットって進んでるんだなー。イリスはすごいな!」
 興味津々な様子で井草はアンサーに駆け寄り、その身体をぺたぺた触ってみる。『中国拳法を教えてやろう』と言い出し、アンサーと一緒になにやら動き始めた。
「どんどん真似されて、流石に私も戦術のタネが尽きそうですね」
「ちったぁ成長した姿を拝ませてもらえたな。相変わらず力押しの部分はあるが」
 井草と並んで拳法の型を決めているアンサーを遠巻きに眺め美汐とニコラスが呟く。
 戦う度アンサーは欠点を克服し、新たな戦術を取り入れ、こちらの戦術を看破してくる。嬉しいような何とも複雑な気分だ。
「今日も良く頑張ったね、アンサーちゃんっ」
 そんな海の声にアンサーは振り返り、海の頭を撫でる。それから傍らのミカエルを見やり、そのボディも同じ様に撫でた。海はそんなアンサーの様子を隣で微笑み見つめている。
「相変わらず何か悩んでいらっしゃいますね」
 薄暗いステージの上、恭也はイリスに声をかける。
「こんなことを言うのは何ですけど、絶対に過去には戻れません。過去を変えることなんて出来てはいけませんしね」
「イリス、おまえが信じなくてどうする? 言っただろ。信じてやれるのは、家族のお前だけなんだ」
 振り返るイリスへレベッカも言葉を投げかける。特にイリスが驚いたのは恭也の一言だった。
「貴方は頭が良すぎます。まずは行動。後悔なら後でしましょう、ね?」
 的を射た言葉だった。子供にしては小利口に考えすぎるのがイリスの欠点である。それに気付いたのか、イリスはその言葉を小さく反芻した。
「『根性』と『想い』‥‥この二つが科学者の最上の資質、じいちゃんの教えだ。信じる想いは必ず通じる‥‥あたしはそう信じるぞ」
「ありがとう。そうですね‥‥少し元気が出ました。貴方達には励まされてばっかりです」
 微笑むイリスを和輝は遠巻きに見つめていた。何も起きず試験が終わった事には安心しているし、イリスの働きには感心している。だがまだ声はかけない。
 ここはただの通過点。本当の意味で全てが終わるまで気を抜く事は出来ない。次があるのは良い事だ。そして同時に戦いが続くという事でもある。
 こうして僅かな時間それぞれが今回の反省点や今後について語り、試験は無事に終了するのであった。



「アンサーのことは知っていたんですよね? 例えばそう、前室長からの引継ぎとか」
 全てが終わり解散となった研究室の廊下、恭也はアヤメ・カレーニイの背に問いかけていた。
 白衣の女は振り返り眼鏡越しに鋭い視線を向ける。同刻、別の廊下で神撫はイリスを呼び止めていた。
「注意、ですか?」
 普通に稼動していればジンクスは優秀、採用されるのは難しくない。だがそれはライブラにも言えた事だ。
 しかし結果としてライブラは未知の要素で一度は計画が凍結された。生まれ変わった今も、同じ脅威は潜んでいる。
「チームには気をつけた方が良い。お姉さんのアヤメも含めて‥‥ね」
 俯いて目を逸らすイリスは小さく唇を動かした。そしてアヤメは恭也に背を向け歩き出す。
「ボクは何も聞いていないよ。ただもしも、引継ぎにない不利益な行いがあるのなら――その時は」
 去っていくアヤメの背を見送り恭也は目を瞑る。まだ交わらない物語は不穏なしこりを残したまま、不器用に先へと進んでいく――。