タイトル:【JX】知識欲の代価マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/03 18:16

●オープニング本文


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●告白
 アヤメから連絡があったのは、例の襲撃でジンクス開発計画が頓挫し、イリスが途方にくれていた時だった。
 両親はもう諦めて帰って来いという。今度ばかりは娘の命がかかっている以上多少強引な手段にも出てくるだろう。それに逆らう意志も今のイリスにはない。
 復旧作業を急いでいるが、会社がどうなるのかすらまだわからない。このまま計画が凍結される可能性を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「単刀直入に言うよ。ボクはバグアのスパイだ」
 そこへ姉から電話が掛かってきた。イリスはただ受話器を手に愕然とする事しか出来なかった。
「ジンクスの根幹を担うブラックボックス、それはバグアの技術で作られた演算装置だ。ボクの父は親バグアの研究員として、あるバグアと共にそれを研究していた」
 父はその力に魅入られたのだろうとアヤメは呟いた。
 男はバグアの手先として研究に従事した。表の顔として人類側の研究員として活動していたのはカモフラージュなのか、或いは手柄を見せびらかす相手が欲しかったのか。
「手を組んでいたバグアが死んで、父の事も明らかになった。父は射殺され、ボクは隠されていた父の研究成果を持ってカレーニイの家に迎えられた」
 そこでイリスと出会い、そして天才という存在を知った。
「ボクは家を出て能力者になった。そして父と同じくバグアと手を組んだわけさ」
 そうしなければ父の研究を解き明かせないと思った。無駄になってしまうと思った。
「まさか君が独力で仕上げてくるとは思わなかったけどね‥‥」
「そんな‥‥」
「ずっとジンクスの情報を流していたんだ。完成に近づき、奴もジンクスに興味を持つようになったんだろう」
「姉さん、どこに居るの? そんな事より姉さんは‥‥」
「ジンクスを捨てて逃げるんだ、イリス。もうボクには構うな。迷惑をかけてごめん。今まで‥‥ありがとう」
 まくし立てるように告げ、音は途切れた。膝から崩れ落ち受話器を落とす少女。その背中は小さく、とても小さく見えた。

●交錯
 それからどうしていたのか、イリスは良く覚えていない。
 これまで通りにしていたかもしれないしそうではなかったかもしれない。
 ただ抜け殻のようになって、只管復旧作業に打ち込んだ。何かしている間は何も考えずにいられた。
 真夜中まで会社で仕事をした帰り道、これまでの出来事を思い返しながら歩いていた――その時。
「コンバンハ、お嬢サン」
 背後から声が聞こえ振り返るとそこにはあの異形のバグアが立っていた。
 暗がりから姿を見せ、手招きするその姿に後ずさり、しかし考え直し前に出る。
「貴方と姉さんは‥‥仲間、なんですか?」
「意外と驚かナイのネ。まあ、そうトモ言う。違うと言えバ、違ウ」
 少女はやや思案する。近くで対峙すると改めて思う。これは人外の化物なのだ。身体は震えるし、威圧感に押しつぶされそうにもなる。
「怖がらないデ。ワタシ、キミを迎えにきたダケね」
「迎えに‥‥?」
「キミ、人間にしてはスゴいヨ。ワタシ興味ある。キミ、連れて行きたイ」
 戸惑うイリス。化物は胸に手を当てぺこりと頭を下げた。
「何も怖くナイ。一緒に来る。凄いチカラ得られル。もっと頭ヨクなる。一緒に研究スル」
 ぎょろりとした目玉が蠢き、細長い舌が頬を舐めて来る。イリスは怯え、何か決意したかのように顔を上げた。
「‥‥そこに、姉さんも居るんですね?」
「イルイルイルイル」
 構うなと言われた。実際そうするしか無いと思う。でももう一度だけ‥‥一目だけでも彼女に会いたかった。
 話をしたかった。今ならわかってあげられる気がした。危険だと、馬鹿な事だと分っている。それでも‥‥。
 少女が踏み出し頷くと怪物は機械の腕で少女を抱きかかえ、闇の中を凄まじい速さで駆け抜けていく。
 風の中、少女は誰にも聞こえない声で誰かに謝っていた。

 アヤメがやっとの思いでビフレストコーポレーション本社ビルまで辿り着いたのはその翌朝の事であった。
「我ながら愚かしい程に女々しいな‥‥」
 肩の傷を庇いながら自嘲気味に呟くアヤメ。血の滲んだコートを引き摺り、ビルの中へ足を踏み入れた。
 イリスを守る為、ジンクスに手出しをしないようにバグアを説得した。自分に出来る事はもうそれしかないと思った。
「フィロソフィアの奴‥‥」
 いざとなれば刺し違えてでも奴を倒し、イリスを守るつもりだった。しかしギリギリになって、急に命が惜しくなった。
 理由は明白だ。心残りがあった。イリスがどうしているか心配で仕方なかった。泣いていないだろうか。身体は大丈夫だろうか。強く生きていけるだろうか‥‥。
 裏切り者として奴に追われる身となった今、奴を倒すしかイリスを守る方法はない。今度は本当に死が待っているだろう。その前にせめて、一目だけでも‥‥。
「イリス君と連絡が取れない」
 たまたまビル内で会った羽村にそう言われ、アヤメは自分の浅はかさを悔やんだ。
「フィロソフィア‥‥くそぉおおおっ!」
 珍しく感情をむき出しにし、壁に拳を叩き付ける。自分と言う右腕が居なくなった今、彼が代役を欲しがるのは当然といえば当然の事。
 ましてやイリスは独力でジンクスを形にした天才だ。奴がその才能を欲する事なんて分っていた筈なのに。
「君のこれまでの行動の結果がこれだ。君に誰かを責める資格はない」
「分ってるよ! でもボクはイリスが‥‥あの子は関係ないんだ、ボクが巻き込んでしまっただけで! ボクにはなくても、あの子には幸せになる権利があるんだ!」
「どこに行くんだい?」
「決まってる‥‥奴の所だ」
「一人でどうにかなるとでも思ってるのかい?」
 足を止め、背中を振るわせるアヤメ。羽村は深々と溜息を吐き、アヤメの肩を叩いた。
「頼れる仲間ならいるさ。罪を償う気があるのなら、彼らと共にイリス君を取り戻してくる事だね」
 黙って振り返り、涙を拭うアヤメ。羽村はイリスとアヤメはつくづく姉妹だなあと思いつつ、ハンカチを差し出すのであった。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
銀・鏡夜(gb9573
16歳・♀・ST
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER

●リプレイ本文

●交渉
「ここが奴の研究所だ」
 森の中、車を走らせる事数十分。生い茂る木々に埋もれるようにしてその研究所は姿を現した。
 停車させた車から降りつつ振り返るアヤメ・カレーニイ。『協力者』こと彼女の道案内でここまで辿り着いたが、問題はここからだ。
「当然だが扉はロックされている。幸い造りは脆いから強引に突破するのは問題ないが‥‥」
「あのクソバグアが! こんな扉さっさと破壊して‥‥!」
「気持ちは分るが落ち着け。俺達は相応の準備をしてここに来た。焦る必要はない」
 いつに無く荒々しい感情を露にする神撫(gb0167)。斧を構えるその肩を掴みヘイル(gc4085)が制止する。
「可能な限り隠密潜入が無難だろうな。それにイリスの安全を考えれば戦闘は避けるべきだ」
 口元に手を当てながら思案するレベッカ・マーエン(gb4204)。そこへ咳払いを一つ、橘川 海(gb4179)が手を挙げる。
「あのっ、私に考えがあるんです。上手くすれば警戒を弱められるかもしれませんっ!」
 白衣を纏って神妙な面持ちで頷く橘川 海(gb4179)。こうして傭兵達は研究所への突入を開始する――。

「研究者の仲間、カネ?」
「そうですっ。イリスちゃんに会わせてくれれば、あなたに協力するよう説得出来るかもしれませんっ!」
 研究所の扉の前、海は扉に向かって一人で話をしていた。残りの仲間達は物陰に隠れその様子を見守っている。
「上手く行けば御の字という所だが‥‥さてさて」
 草葉の影にて呟くニコラス・福山(gc4423)。他の仲間も緊張した面持ちだ。
「というカ、ドウやってココへ? 研究者が一人デ歩いてこられる距離でもナイ」
「それは‥‥」
 思わず生唾を飲み込む海。そこへ歩み寄り、アヤメが代わりに答える。
「ボクが道案内した。移動は車でボクが運転だ」
「どうイウつもりダ?」
「イリスの代わりになる研究者を連れてきた。仕事が早く終わればイリスを解放してくれるかもしれないだろ?」
 ぺらぺらと余裕の様子で語るアヤメ。やがて一応納得したのか扉についた小型モニタの中で異形が頷いた。
「ま、イイヨ。でもアヤメ、裏切り者のお前は許さナイ。覚悟シロ」
 扉が自動的に開きほっと胸を撫で下ろす海。身を寄せ、アヤメは耳打ちする。
「監視カメラの数は多くない。ボクが案内する」
 先に中に入るアヤメに続き、施設に足を踏み入れる海。二人に続く形で残りの傭兵達は身を隠し施設に潜入していく。
 海とアヤメの誘導に従い研究所内を移動する傭兵達。フィロソフィアから通すように指示を受けているのだろう、ガードマシンが襲ってくる気配はない。
「考えましたね‥‥警備のキメラも自分達を認識していません」
 敵の目の前を横切りながら和泉 恭也(gc3978)が囁く。事前にアヤメからの情報で作成した地図を片手に望月 美汐(gb6693)は敵や周囲を観察しつつ決意を込めて呟いた。
「イリスさん‥‥今行きますからね」
 そんな傭兵達の最後尾、背中に大型の機材を背負った銀・鏡夜(gb9573)は複雑な表情で荷物を見やる。
 彼女が背にしたその荷物こそが今回の切り札であり、そして全ての原因――。気乗りしないのか、鏡夜は俯いたまま先を急ぐ。
 やがて傭兵達が到達したのは研究所の中枢と思しき部屋であった。
 壁際に並んだ無数のコンピューターらしきマシン、大量のモニター‥‥。部屋に中心部にはビフレストコーポレーションで見たジンクス本体を巨大化させたような装置が鎮座している。
「ようコソ、我が研究所‥‥へ? おっ? ナンカ、多くナイ?」
 両腕を広げながら振り返るフィロソフィア。彼の視界には明らかに数の多い傭兵達の姿がある。
「フィロソフィア‥‥!」
 敵意を露に斧を構える神撫。その行動を制止するように片腕を翳しニコラスが首を振る。
「よせ。目的はイリスちゃんの救出であって奴を倒す事ではない。忘れるなよ‥‥」
「クエッ! アヤメ! また騙したナ!」
 怒りを露に腕の銃を構える異形。そこへレベッカが声を投げかける。
「こちらは人を探しにきた。邪魔をしなければ戦う理由はない」
 一歩前に進み、毅然とした態度で問う。
「イリス・カレーニィがいるだろう。話をさせて欲しい」
「応じるとデモ?」
「ここで戦うか? あたし達はお前の研究所を壊滅させてでも勝ちにいくぞ」
 そうしてレベッカは部屋の中枢、何か凄そうな装置を指差して言う。
「こっちはイリス以外興味は無いからな。平気で壊すぞ」
「ギイッ!? やめろ野蛮人! この装置の価値もわからんクセに!」
 明らかに焦ったその様子に確信を得てレベッカは銃を向ける。
「さっさとイリスを出す事だな。早くしないと撃ってしまうのダー」
「わかっタやめロ! 落ち着ケ! これだカラ人間はッ!」
 慌てて端末の一つに駆け寄り一言二言呼びかけるフィロソフィア。ボタンを押すと奥に通じる扉が開き、そこからイリスが姿を現した。
「み、皆さん‥‥どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞だ! 一人でどうするつもりだったんだ!」
 初めて聞く神撫の怒声に縮こまるイリス。左右の人差し指を合わせながら俯く。
「だって‥‥姉さんに‥‥」
「この‥‥バカが! 小学生か! もうちょっと利口かと思っていたが‥‥」
「バ、バカじゃないもん! 私は色々考えて‥‥」
「いやっ君はバカだ! このバカッ!」
 神撫に続き身を乗り出しアヤメが怒鳴りつける。
「姉さん‥‥もしかして迎えに?」
「当たり前だろバカ」
「‥‥まぁいい、帰るぞ」
 二人に怒られながら何故か顔を赤らめ口元が緩んでいるイリス。ちょっと嬉しそうである。
 そのままの流れで二人がイリスを連れて行こうとするが、慌ててフィロソフィアが妨害する。
「行かセないカラね!? イリスだけ渡すワケがナイヨ!」
 当然だがイリスは捕まり睨み合いの様相になってしまう。
「野蛮人め‥‥こっちの物ダケ勝手に持って行こうとするトハ」
「全く、保護者の許可も取らずに女性を拐すのは野蛮でないとでも言うつもりですか?」
「しかも騙して拉致したんだからな」
 恭也に続き反論する神撫。しかし状況が好転する事はなく‥‥そんな静寂に美汐の声が響いた。
「そちらは研究所を荒らされたくない。こちらはイリスさんを傷つけたくない‥‥このままではずっとにらめっこです。どうでしょう、お互いにとってこの場を収める方法を話し合ってみては?」
「無駄だネ。交渉の余地ナドなイ」
「本当にそうでしょうか? 貴方の目的はイリスさんではなく、もっと別の物だった筈です」
 イリスを片腕で拘束したまま暫し沈黙するフィロソフィア。それから傭兵達を一人一人眺め、視線を止める。
「‥‥まさカ」
 ぎょろりとした瞳が捉えたのは鏡夜であった。厳密には彼女が背負う大型の荷物だ。
「‥‥えっ!? そんな、まさか――持ってきてしまったんですか!?」
 慌てた様子で叫ぶイリス。それが決め手だった。フィロソフィアは驚いた様子で身を乗り出し、問い掛ける。
「持ってキタのカネ? 『JXシステム』を‥‥」
 問い掛けに対し鏡夜は荷物の中身を取り出して見せる。独特の奇妙な形状をした黒い箱――即ち、ジンクスと呼ばれるシステムの中枢である。
「オォ‥‥やっと会えタ‥‥!」
 ゆっくりと一歩前進するフィロソフィア。しかしその行く道に美汐が立ち塞がる。
「だめですよ? イリスさんと交換です」
「望月 美汐、正気ですか!? それにはアンサーが!」
 青白い腕の中でもがきながら叫ぶイリス。そんな彼女を鏡夜はじっと見つめていた。やがて視線が合わさると奇妙な沈黙が生まれる。
 鏡夜は両手でアンサーを抱えている、ただそれだけだ。しかし目が何かを訴えているように見えた。イリスは改めてジンクスへと目を向ける。
 それから一瞬驚き、それを隠すように目を見張る。二人はもう一度視線を交え、それからイリスは仲間達一人一人を眺めた。そして――。
「‥‥早くジンクスを持ってここから逃げて下さい! そんな交渉、本末転倒です!」
「ギキィ‥‥イリス・カレーニイは惜しイ‥‥ケド、JXシステムは欲しイ‥‥」
 片手で頭を抱えるフィロソフィア。そこへ美汐が問いかける。
「JXシステム‥‥? 結局何だったんですか、これは? 何をさせたかったんです」
「さァ? 何をさせたカッタのカネ?」
 小首を傾げる異形。そのまま化物は淡々と語る。
「ソレはあるバグアの研究成果ダ。奴は劣等種だったガ、人間の力に目をつけタ。人間と手を組ミ、ソレを造っタ」
 当初それはJXシステムと呼ばれていた。
 協力者だった人間の趣向もあり、その演算装置の方向性は『AI』という形に向かっていった。
 劣等種と呼ばれたバグアは常に二番手だった男と共にそれぞれが見返したい相手に成果を誇示する為、それだけに時間を費やした。
「結果、ソレが造らレタ。造られタ世界に君臨スル、作られた天才‥‥。奴はワタシを越える物を造りタかったのカモネ」
 『箱』を造ったバグアは人間に討たれ、協力者も裏切り者として同じ道を辿った。箱は何処かへ紛れ、その成果は分らない。だがそれに特に興味も無かった。
「アヤメがワタシの前に現レルまでハ」
 システムがライブラと名を変え今も稼動している事。そしてそれがイリス達の手によって改良され、新しい可能性として進化しつつある事‥‥。アヤメの齎した情報が彼の興味を引いたのだ。
「アヤメには感謝してイル。君が現れなけレバ、ワタシは箱の存在を知ル事すらなかッタ」
 話を聞きながら俯くアヤメ。或いは彼女という存在が居なければ、この物語は別の方向へ進んでいたかもしれない。
 こんな事にはならなかったかもしれない。あのまま皆で笑って、ジンクスとアンサーの完成を祝福出来たかもしれない。
 箱へと近づくフィロソフィア。その横顔を眺め、アヤメは目を瞑る。思い返すのは数時間前の出来事であった。

●仲間
「‥‥すまない。全てはボクの責任だ」
 半壊したジンクス研究開発室にて深々と頭を下げるアヤメの姿があった。
 彼女の前には藁にも縋る思いで呼び寄せた傭兵達の姿が。今アヤメは全ての事情を話し終えた所だった。
「色々と言いたい事はありますけど‥‥乗り込むなら最初から呼んで下さいよ」
 頭を下げたままのアヤメに恭也は語りかける。顔を上げると彼は少し怒ったような顔で、しかし直ぐに笑顔を作り言った。
「言ったはずですよ? 自分は何があろうと貴女の味方でもあると。貴女の敵は、自分の敵です」
「バグアに与したのは手段であって目的ではないのだろう? 最初から正しい奴は少ない。気にするなとは言わないが程々にな」
 優しい言葉をかけるヘイル。神撫は強めに律するように声をかける。
「後悔は後回しだ。今はイリスのために全力を尽くせ。失ってからじゃ後悔の意味はない」
「手を‥‥貸してくれるのか?」
「私は、あなたに生きていて欲しい。イリスちゃんの悲しむ顔を見たくないから」
 胸に手を当て頷く海。レベッカは腕を組み、アヤメに問いかける。
「おまえはこれからどうしたい? おまえの正直な気持ちはどうだ」
「ボクは‥‥」
 目を瞑り、暫し思案するアヤメ。それから顔を上げ、真っ直ぐに言った。
「イリスを助けたい。あの子に幸せになって欲しい。こんなボクを愛してくれた彼女を‥‥守りたい」
「それは、嘘ではありませんよね?」
「ボクのプライドに誓って」
 海の質問に即答するアヤメ。レベッカは小さく笑い、肩を竦めながら呟く。
「それなら仲間として、今のアヤメの想いを信じるさ」
 傭兵達を見渡し、それから目尻に涙を浮かべアヤメはまた頭を下げる。
「ありがとう‥‥すまない、力を借りる」
「話は纏まったかな? 一応言われていた物を用意してみたんだが」
 咳払いを一つ、声をかける羽村。彼の隣にはジンクス――を、模して造った偽者の箱が置いてあった。
「俺はやっぱり反対だな。偽者のジンクスを交渉に使うなんて」
 ごちる神撫。そう、それは彼らが用意した偽者の交渉材料なのだ。
「可能な限り頑張ってみたんだがね」
 近くで見るとそれは明らかに本物とは違っていた。そもそも箱そのものはブラックボックス、その材質も構造も謎に包まれている。見た目を似せようと努力はしているが、見る者が見れば分ってしまうだろう。
 偽の箱を手に取り複雑な表情を浮かべる鏡夜。そこへ研究室のモニターの中からアンサーの声が聞こえる。
『残念ながらダミーに映像と音声はつけられませんでした。ジンクス本体と専用の設備がかなり大型になりますから』
「偽者とは言え、君を囮にするのはなんだかこの辺がモヤモヤする」
 胸に手を当て目を瞑る鏡夜。それから顔を上げ、アンサーに言った。
「確実性を上げるのに自分を犠牲にとか、交換条件にとかはもう無しですよ」
『しかし、やはり本物を使った方が‥‥』
「自分を軽く扱う事は君を想う者の意と心を踏み躙る行為となる‥‥。僕は僕を拾ってくれた人からそう教わった」
 本物のジンクスに歩み寄り、冷たく鈍く光るそのパーツに手を触れる。
「僕も君と同じ作られた存在。でも、もう互いに一人じゃない」
 映像のアンサーと見つめ合う鏡夜。鏡夜のその横顔は初めてアンサーと出会った時とは違う。淡々と、しかしその言葉からは意志を感じる事が出来る。
「彼女は必ず連れ帰るよ。だからここで安心して待っていて」
 そんな二人のやり取りを横目にアヤメは気まずい様子だった。その背中をレベッカが軽く叩く。
「‥‥償って差し引きゼロになる罪は無いぞ。背負う覚悟はあたしにもある」
「『おかえり』と説教はイリスを助けた後だ。楽しみにしていろよ?」
 そう言って笑うヘイル。思わずアヤメもそれに笑い返すのであった。



 これは全部自分の所為だ。自分さえ居なければ、全てが順風満帆、上手く行っていたのに。
 それでも彼らは受け入れてくれた。力を貸してくれた。
 一人で生きられると思っていた。実際、一人で生きてきた。自分以外の全てを否定して、そうやって歩いて来た。
 何度も邪魔をした。何度も彼らの存在を疎ましく思った。それでも彼らは受け入れてくれる。こうして笑いかけてくれる。だから――。



「お願いだ、フィロソフィア! ボクはただイリスと一緒に居たいだけ! 皆と――仲間と一緒に帰りたいだけなんだ! その為ならジンクスを失ったって構わない! 頼む‥‥フィロソフィアッ!」
 心から懇願するアヤメの姿に場は静まり返った。そうしてフィロソフィアは前進し、片腕を差し伸べながら告げる。
「――良いだろウ、交換ダ」
 イリスを拘束する腕の力を緩めながら長い舌を出し、けらけらと笑う。
「ジンクスさえあレバ、ワタシの全ての研究がグレードアップする‥‥! その力さエあれバ、全てノ兵器を強化する事スラ夢ではナイ‥‥! 自立し考えル兵器の代価なら、イリス・カレーニイ等安いモノ‥‥!」
 長い舌でイリスを捕らえるとそれを差し出すように傭兵達に近づけ、床を指差す。
「交換ダ。ジンクスを置いて下ガレ!」
 箱を床に置き、後退する鏡夜。ゆっくりとそれに歩み寄り拾い上げるとフィロソフィアは舌からイリスを解放する。
「イリス、帰ろう。おまえもアヤメも、居場所はここじゃない」
「レベッカ‥‥」
 差し伸べられた手を取り頷くイリス。一方異形は箱を上機嫌に様々な角度から眺めていた。
「ヤッタ! ジンクスを手に入レタ‥‥ゾ? おっ?」
 違和感に気付いたのか首を傾げる異形。そのまま振り返り、傭兵達を睨み付ける。
「また騙したネ?」
 一斉に構える傭兵達。フィロソフィアは大口を開け、わなわなと身体を震わせる。
「ギィイイイイイイッ! 許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ!! ィィィイイイイッ!」
 直後部屋の各所にあった扉が開き、一斉にガードマシンが進入してくる。一瞬で取り囲まれる傭兵達の中、落ち着いた様子でニコラスが片手を翳した。
「当然囲まれているか。なら‥‥」
 傭兵達のすぐ背後に出現したガードマシンに小型超機械を向けるニコラス。するとキメラは機銃を構え、そのままフィロソフィアへと攻撃を開始する。
 機銃程度特に気にする様子も無く腕で防ぐが、自分の手駒が攻撃してくるという状況に首を傾げる。
「悪いが操らせて貰った。こいつらを動かしている限りお前の敵になる。さっさと止めることだな」
「全てを操ル事なド‥‥ギッ!?」
 ニコラスは左右の指に大量の超機械を構えて見せた。異形は数度尾を振り、苛立った様子で前進する。
「ならバ、ワタシが直接始末スルまで!」
 巨躯を揺らしながら猛然と突撃してくるフィロソフィア。ニコラスの『ハッタリ』でキメラの動きは封じられたが、問題はここからだ。
「来ますっ! イリスさんを連れて撤退を!」
 刀剣袋から棍棒を取り出し構え、海が叫ぶ。フィロソフィアの狙いはアヤメで、彼女目掛けて真っ直ぐに突っ込んで来た。
「その人たちに――触るなッ!!」
 盾を構え、攻撃を防ぎに入る恭也。強烈な体当たりに怯みながらも敵を睨み返す。
「囚われのお姫様は返していただきます!」
「イイイイイッ!」
 連続で繰り出される爪に体中を引き裂かれる恭也。そこへ側面からヘイルが仕掛ける。
 狙いは生身部分と機械化された腕の継ぎ目である。爪を振りかぶった所へ槍を突き刺すと確かな手応えが返って来る。
「今です! アヤメさん、イリスさんをお願いします!」
 恭也の叫びを受けアヤメはイリスを担ぎ上げる。ニコラスはそんな背負われたイリスに駆け寄りクッションを押し付けた。
「私のとっておきだ、これでも持って大人しくしてるんだぞ」
 脱出を開始するアヤメ。それに続いて恭也とヘイルが距離を離すと入れ違いに海とニコラスがフィロソフィアに突っ込む。
「生身部分を狙え! 腕を狙うよりは効果的だ!」
「どうやらそうらしいな‥‥!」
 駆け寄り機械刀を突き刺すニコラス。反撃が彼を襲うが、それより早く飛び込んできた海が棍棒を叩き付け巨躯を弾き飛ばした。
「出し惜しみは無しだ、フィロソフィアッ!」
 怯んだ所へ斧を叩き付ける神撫。こうしてイリスを連れた撤退戦が開始されるのであった。

●脱出
「退くぞ、こっちだ!」
 味方に強化を施し終え、アヤメを誘導するレベッカ。ヘイルと恭也が護衛につき、撤退を開始する。
「さてと。ここで決着をつけます‥‥なんてね♪」
 口元に人差し指を当て、閃光手榴弾を投げつける美汐。眩い光にフィロソフィアが怯んだ直後、残りの傭兵も一斉に脱出へと移行していく。
「グギィ‥‥逃がすカ!」
「ついでだからこれも壊しておこう」
 と、思い出したように中央にあった何やら巨大な装置を滅多切りにするニコラス。唖然とした様子でそれを見届け、異形は金切り声を上げて追跡してくる。
「追いつかれる‥‥逃げ切れない」
「やっぱり簡単には逃がしてくれませんよね」
 走りながら振り返る鏡夜と美汐。フィロソフィアの移動速度は見た目以上に速く、簡単には振り切れそうもない。
 両腕から銃弾を放ちつつ追撃するフィロソフィア。神撫は足を止め、敵に向かって転進する。
「先に行け! 追っ手は引き受ける!」
 銃撃を防ぎながら前進し斧を繰り出す神撫。強引に突破しようとする巨体を受け止め、攻撃を試みる。
 弱点は生身部分だと分っているのだが、大振りの得物では細かな狙いを定めるのが難しい。鋼鉄の腕との打ち合いになると神撫の劣勢は必至だった。
「神撫さんっ!」
 そこへ飛び込み、海が棍棒でフィロソフィアを突き飛ばす。すかさず神撫は斧を思い切り壁に叩き付け、通路を一気に破壊していく。
「よし、これで‥‥!」
 崩壊した通路を跡目に走り出す二人。これで追撃を止められるかどうかは分らないが、少なくとも時間稼ぎには十分である。
「追ってくる気配がないな‥‥。後ろで足止めが上手く行ったか」
 一方後続よりも先を進む先行班。レベッカは道中でまだ停止しているキメラをエネルギーガンで撃ち抜きながら走り続けていた。
「もう直ぐ出口です!」
 走りながら声を上げる恭也。出口は目前、扉を潜れば後は車に乗って逃げるだけ。だがしかし――。
 突然の事であった。背後で足止めを食っている筈のフィロソフィアが、出入り口の扉を潜って目の前に現れたのである。
 慌てて足を止めようと試みるアヤメだが待ち伏せによる利は敵にあった。両腕を構え、一気に銃撃を開始する。
「アヤメさん‥‥ぐああああっ!?」
 連続で飛来する銃弾に晒され、庇いに入った恭也の全身が貫かれる。銃弾はそれだけで収まらずアヤメにまで迫るが、更に守りに入ったヘイルのお陰で何とか撃たれずに済んだ。
「恭也、しっかりしろ! 拙い‥‥傷が深すぎる‥‥!」
 血塗れで倒れた恭也に駆け寄るレベッカ。ぐったりとして意識のない恭也に治療を施しながら敵を睨む。
「瞬間移動、か‥‥!」
「精度の悪い能力だがネ。自分の庭ダ、回り込むノハ容易いヨ」
 そうして笑い、突っ込んで来るフィロソフィア。槍を構えながらヘイルは叫ぶ。
「レベッカ、アヤメ、下がれッ!!」
 状況が崩れた――。焦りを胸に槍を繰り出すヘイル。狙いはやはり急所と成り得る生身部分、しかしフィロソフィアはそれを防がずに受け、ヘイルの両腕を掴んだ。
 そのままヘイルを思い切り床に叩き付け、倒れた彼の背中を押さえ込むようにして片腕を突きつける。
「弾ケてみるカイ?」
 発光し振動する腕。それが何を意味しているのかヘイルには直ぐわかったが、強烈な力で抑え込まれ身動きが取れない。
「ヘイル、避けろ!」
 エネルギーガンを構えながら叫ぶレベッカ。収束して放たれた光の弾丸がフィロソフィアに直撃するとヘイルは身体を捻り脱出、辛うじて腕を蹴りつけた。
 次の瞬間、轟音――そして衝撃。直撃を避けた物のヘイルの身体は人形のように吹き飛び、頭から床に落ち、立ち上がる事が出来ない。
 化物がアヤメとイリスを捉える。イリスを背負って下がるアヤメを護るようにレベッカは攻撃を続けるが、フィロソフィアは止まらない。
「良く知恵を使ったと思うヨ。ダガ、裏切り者をバグアは許サナい‥‥アヤメ、君にハ死んでもらウ」
 銃口がアヤメに向けられる。青ざめた表情でアヤメがイリスを下ろし、レベッカへと投げるようにして渡したのは自分が狙われているのだとはっきり自覚したからであった。
 反射的にイリスを抱き留めるレベッカ。そんな二人の前で銃声が鳴り響き、アヤメの身体は宙を舞い壁に当たって床へと落ちた。
「‥‥‥‥姉さん?」
 姉に駆け寄ろうとするイリスを背後からレベッカは抱き締める。行かせてはいけない。イリスは一発として、あんな攻撃には耐えられない。
「姉さん‥‥姉さぁんっ!!」
 化物が悠々と近づいてくる。イリスは生かして手に入れたいのか、銃撃を行わずその鋼の腕を伸ばして、ゆっくりと――。
 その時、レベッカを追い抜いてフィロソフィアに迫る影があった。一気に駆け寄り体当たり気味に放った一撃で巨体を吹き飛ばし、倒れた仲間に目を向ける海。
「もう少しだけ早ければ‥‥っ」
 後続のメンバーが合流し、イリスとレベッカを護るように布陣する。脱出口は目の前、しかしそこにはフィロソフィアが立ち塞がっている。
 ニコラス、鏡夜、レベッカの三人が倒れた仲間を治療する中、海、美汐、神撫の三人がフィロソフィアに向かう。
 まずは海が敵を研究所から弾き出すと美汐と神撫が挟撃する形でフィロソフィアを襲う。屋外に出た事もあり、大きな得物も存分に振るう事が出来た。
「いつもの行きます、隙が出来たら仕掛けてください!」
 目を狙い槍を繰り出す美汐。防がないわけには行かず腕で顔を覆った所へ駆け寄り、胴体に神撫が斧を叩き込んだ。
「ギィイイッ!?」
「邪魔すんなァ! もう間に合わないのは‥‥嫌なんだよ!」
 舞い上がる青白い血飛沫。傷を庇いながら後退し、フィロソフィアは両腕から銃撃を繰り出す。
「敵を引き離します! 早く車へっ!」
 海の声に負傷した仲間を連れ、治療に当たっていたメンバーが移動を開始する。施設を脱出し負傷者を車に担ぎ込んでいると、フィロソフィアはそれに気付いて銃口を向ける。
 放たれた弾丸から仲間を庇う美汐。彼女が強烈な攻撃に耐えている間、海と神撫が接近し攻撃を仕掛ける。
 背後に回りこんだ海がフィロソフィアを弾き飛ばしたその先、自らも前進しつつ吹っ飛んでくるフィロソフィアへ神撫が斧を叩き込む。
 血を流し怯みながらも倒れる気配のないフィロソフィア。しかしその隙に神撫と海も後退し車に乗り込むと傭兵達は一気に離脱を開始する。
 フィロソフィアは走って追いかけながら銃撃してくるが、やがて振り切り追ってくる姿は見えなくなった。
「振り切った、のか‥‥?」
「姉さん! 大丈夫ですか!?」
「腹を撃たれただけだよ、大げさだな‥‥」
 涙目ですがり付いてくるイリスの頭を撫でながら笑うアヤメ。しかしその顔色は決して良いとは言えない。
「ヘイルちゃんと恭也ちゃんのダメージが大きい。早めに安全な所で治療しないと危険かもしれん」
 鏡夜と共に二人の治療をしつつ眉を潜めるニコラス。アヤメは上体を起こし、眉間に皺を寄せながら言う。
「‥‥これで終わりとは思えないな」
 二台のジーザリオが進む道はこの森の中の唯一の道である。それでもお世辞にも整備されているとは言えないような悪路だ。木々の生い茂った森の中をジーザリオで快適に進むのはそれより更に難しい。
 つまり森を抜けるまで脱出の道は今進んでいる道一つしかないという事。であれば、先程と状況も理屈も同じである。
「もう一度先回りされる可能性がある。車を潰されたら‥‥次はもう逃げ切れない」
 冷静に状況を鑑みて呟く鏡夜。重苦しい沈黙に耐えかねアヤメの手を握り締めるイリス。
「‥‥大丈夫。きっともう、大丈夫」
 血に濡れた手で妹の頬を撫でる。何が大丈夫なのか、それはアヤメ自信にも分ってはいなかった。だが――。
「やはりそう来ましたか‥‥!」
 苦々しい表情で呟く美汐。二台のジーザリオの正面、待ち構えるように立つフィロソフィアの姿があった。
 執念を隠そうともしない呪いのような雄叫びが森に響き渡る。真正面から、フィロソフィアは両腕による銃撃を開始した。
 飛来する銃弾に貫かれる車体。運転を担当する神撫と美汐は攻撃を何とか避けながら突破を試みる。
「‥‥‥‥そうだよな」
 衝撃と轟音の中、俯きながらアヤメは呟く。それからドアを蹴破り身を乗り出し、超機械による攻撃を試みる。
 そうしてそれぞれが遠距離攻撃でフィロソフィアを牽制。何とか突破しようと擦れ違ったその時――。
 振り返り妹の顔を見つめる姉。そうして笑みを作り、アヤメは車から飛び降りた。
 機械剣を手にフィロソフィアに飛びつくと刃を振り下ろす。縺れ合いながら転倒する二人。森の中に声が響き渡った。
「――行けぇえええええええッ!!」
 何度瞬間移動で回りこめるのかわからなかった。
 次は上手くやり過ごせるかわからなかった。
 今この状況下で、全員が無事に脱出出来る選択で。最低限の代価で実現可能なプラン。
 要するに――身を挺した時間稼ぎ。
 二台の車が遠ざかっていく。敵の姿が遠ざかっていく。
 やがて暗がりを抜けて、日の光の下へ。森を背に、遠ざかっていく。
 少女が叫んでいた。泣きながら暴れながら、大声で大切な人の名前を叫んでいた。
 脱出は成功した。イリスの救出という目的は無事に達成された。ただ鳴き声だけが響き渡る重苦しい沈黙の中、傭兵達は来た道を引き返して行った‥‥。



「グ、ギ‥‥ッ! ワタシの、身体が‥‥!」
 遠ざかる車をむざむざ見送り、身体には大きな傷をつけられた。アヤメに先程つけられた胸の穴を押さえつつ異形は顔を上げる。
「残念だったな。その瞬間移動、ノータイムでは使えないんだろう?」
 隙を見せれば攻撃する――アヤメの不敵な笑みがそう告げていた。だが先程の攻防でアヤメも深い傷を負っている。
「そちらも残念だっタネ。裏切り者アヤメ・カレーニイ‥‥君だけは逃がサない」
 フィロソフィアは血を流しながらもゆっくりと迫ってくる。傷を手当しながら得物を構えるアヤメの脳裏に傭兵達の言葉が過ぎった。
「‥‥ボクは所詮裏切り者だ。バグアにとっても人類にとっても、ね。そんなボクを彼らは受け入れて仲間だと呼んでくれた」
 それはただの偽善だ。仮に彼らだけが自分を受け入れたとしても、多くの人間は自分を許さないだろう。
 だからそれは偽善なのだ。ただ結果を先送りにしているだけ。それなのに‥‥嬉しくて仕方がなかった。
 機械剣を構える。バグアは‥‥フィロソフィアは自分を許さないだろう。
 仮に逃げ延びたとしても自分を追ってくる。そうすればイリスとは一緒に居られない。
 イリスの傍に居られなければ彼女を護る事も出来ない。だからこいつに勝つしかない‥‥そう思っていた。だが、今は。
「何故ソンな顔をスル? 君はこれカラ死ぬノニ」
 笑みさえ浮かぶ。自分はイリスを守れない。だが彼らがきっと守ってくれる。
 だからこれは最善の策。悔いがあるとすれば、捨石になった自分の事を彼らが悔やむであろう事だけ。
「君にはわからないさ、フィロソフィア」
 それから――もう妹に会う事が出来ない事、それだけ。
「イリスもジンクスも君には渡さない。ここで‥‥終わりだ!」
 土を蹴り走り出すアヤメ。異形の怪物は呆れたように笑い、発光する腕を突き出すのであった。