タイトル:優しさを君にマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/31 10:35

●オープニング本文


●前を向いて
「あたたたたたたたたーっ!」
 扉を開いて真っ先に聞こえてきたのは謎の奇声、そして部屋の壁際に置かれた木人を連打するヒイロの姿であった。
 無言で扉を閉じ、額に手を当てるメリーベル・エヴァンス。一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかった。
 気を取り直して扉を開くと、ヒイロは首からかけたタオルで汗を拭いながらくるりと振り返り言った。
「メルちゃん、何してるですか?」
「‥‥ヒイロが引っ越したって聞いて、引越し祝いに」
「わふ、ほんとですか!? うれしいのですよー、ささ、あがってあがってです!」
 部屋に上がったメリーベルはほぼトレーニングルームと同意義なヒイロの部屋を眺めながら彼女が緑茶をいれるのを眺めていた。
「あちあちあち!?」
「‥‥別に無理しなくていいけど?」
「これくらい自分で出来ないと‥‥は、はいどうぞっ」
 湯飲みを受け取りメリーベルは小さく会釈する。
 ヒイロが大切な人を失った戦いからまだ間もないその日、メリーベルがわざわざ訊ねてきたのはただ引っ越し祝いを告げる為だけではなかった。
 大切な者を奪われる苦しみを知っているだけに、ヒイロが落ち込んでいるのではないか。再起不能になってしまったのではないかと心配だったのだ。
 しかし見ればヒイロはまるで何事も無かったかのように平然としており、落ち込んだり塞ぎこんでいる様子は全くない。
「元気そうね、君」
「わふ、ヒイロはいつでも元気はつらつですよ?」
「唯一の家族が殺されたって言うのに?」
 我ながらストレートすぎる言い方だと思った。寂しげな目でヒイロを見つめるメリーベルへ、少女はにっこりと微笑んでみせる。
「別れは、いつか来るですよ。ずっと覚悟していた事なのです」
「‥‥割り切るって言うの?」
「出来るなら、そうしたいです」
「大切な人を奪われて、怒りも苦しみも感じないって?」
 沈黙が部屋を支配する。言い過ぎたと後悔し目を逸らすメリーベル。しかしヒイロはやはり笑顔で答えた。
「やられたからやり返して。それじゃ、ずっと皆苦しいです。だから許さなくてもいい。ただ憎まないようにしろ――って、おばあちゃんに教わったですよ」
 言葉を失うメリーベルに身体を寄せ、その手を取ってヒイロは頷く。
「心配してくれてありがとなのですよ、メルちゃん」
「君は‥‥あの敵がもう一度目の前に現れたら、どうするの?」
「戦うです。でもそれは憎いからじゃない――」
 目を瞑り、少女は息を吐く。その様子がメリーベルには何故かとても大人びているように見えた。
 力も技術も経験も無い、甘ったれた子供が連ねる言葉。何故それがこんなにも羨ましく響くのだろうか。
「――憎しみを広げない為に。悲しみから誰かを守る為に。わかりあえない人を倒す事、その覚悟はあるですよ」
「綺麗事ね。いつかは折れて飛べなくなるわ」
「そしたら歩いていくですよ。ヒイロは元々のんびり屋さんなのです」
 あっけらかんと答えるヒイロに釣られたかのようにメリーベルも笑い出した。二人して暫く笑った後、メリーベルは担いでいた荷物を床に下ろした。
「引越し祝いにこれ、あげる」
 取り出したのは古びたギターだった。ベッドの上に腰掛け、メリーベルは指先で弦を弾いてみせる。
「メルちゃん、ギター弾けるですか?」
「まあね」
「ヒイロにくれるですか!?」
「元々貰い物だし‥‥いいの。もう、新しいのを買うから――」
 紡がれる旋律は穏やかで、どこか寂しげだった。
 懐かしいような、切ないような、そんなメロディ。
 ヒイロは正座してメリーベルの演奏にじっと耳を傾けていた。
「わふー‥‥。メルちゃん、上手ですー」
「どうも。君もやってみる?」
 こうして暫しの間メリーベルのレッスンは続いた。結果は散々だったが、ヒイロはとても楽しそうだった。
 あれこれはしゃぎながら肩を並べる二人の姿を、壁にかけられた祖母の写真は笑顔で見守っているようだった。

●優しい気持ち
「そうだ! メルちゃん、ちょっとヒイロに付き合って欲しいですよ!」
 ギターを弾きながら顔を上げるメリーベル。指先と共に音色が止まると、ヒイロは拳を握り締めて言った。
「ヒイロ、カシェル先輩とデューイ先輩にクリスマスプレゼントを買いたいのです! あとついでにくず子」
「そういえばあの二人は今頃中国か」
「くず子は病院だし、クリスマスは離れ離れですが‥‥帰ってきたら感謝の気持ちを伝えたいのですよう!」
 瞳を輝かせるヒイロ。普段なら面倒の一言で切り捨てる所だが――不思議と今日はそんな気分ではなかった。
「いいわよ、別に」
「ほんとですか!?」
 自然と微笑んでメリーベルは頷いた。そんな自分の優しい気持ちを思い出せたのは恐らくヒイロのお陰なのだろう。
 憎しみも怒りも簡単に消せるような物ではない。だが今は――ヒイロを見ているとそれを信じられる気がしたから。
「で、何を買う予定なの?」
「パイロンです!」
「ちょっとなにをいっているのかわからない」
「工事現場においてあるやつですよ?」
「そういう意味じゃなくて‥‥」
 深々と溜息を漏らすメリーベル。ただの買い物が何故か波乱を巻き起こすような――そんな気がしてならなかった。

●参加者一覧

上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
紫藤 望(gb2057
20歳・♀・HD
南 十星(gc1722
15歳・♂・JG
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●パイロン
「ひーいーろーちゃーんっ!」
 そんな第一声と共にヒイロに抱きつく紫藤 望(gb2057)。ヒイロは望を抱き返し、同じく叫ぶ。
「望ちゃーんっ!」
 そうして暫く抱き合った後二人は距離を取り、お互い次にどうすればいいのか分らずじりじりと睨み合いの様相になる。
「相変わらずお姉ちゃんっぽい人にどうすればいいのか謎です」
「うちも妹はいないからねー」
 と、何故か笑い合う二人。どうやら二人にしか分らない不思議な距離感があるようだ。
「ヒイロさんは大丈夫でしょうか。お婆様を亡くされて‥‥私はとても心配です」
 賑やかにじゃれる二人を遠巻きに眺め、南 十星(gc1722)が呟く。
 見た様子彼女は元気そうなのだが、十星は前回ヒイロのピンチに駆けつけられなかった事を悔やんでいた。
 他の傭兵達もヒイロが心配な様子だが、そんな彼らの不安を他所にヒイロは相変わらず望とじゃれあっている。
 そんな何とも言えない空気の中、プレゼント選びの為に一行は移動を開始するのであった。

「‥‥むー、プレゼントなあ‥‥」
 とりあえず歩き出したは良いが、プレゼント選びなどやった事もない上杉・浩一(ga8766)が唸る。
 暇なので何と無くついてきた様子の彼は歩く傭兵達の中、頭を掻きながらのんびり歩く。その隣、同じような様子でメリーベルが歩いている。
「とりあえず雑貨屋さんに行ってみますか? ヒイロさんも選びやすいでしょうし」
 というのは張 天莉(gc3344)の提案だ。それに同意し、ぞろぞろと雑貨屋へ入っていくプレゼント選び一行。
「わふ? 色々な物があって楽しいですが‥‥パイロンが売ってないですよ?」
「とりあえずパイロンは止めておきましょうか‥‥」
 ヒイロの肩を叩き苦笑する天莉。茅ヶ崎 ニア(gc6296)は腕を組んで首を傾げる。
「却下に決まってるでしょ。パイロンなんて何に使うつもりだったの? 」
「それは、カシェル先輩の部屋の前に置くとか」
 カシェルの部屋は諸事情で戸締りが甘い。それを心配して置いてみようと思ったらしい。
 その対応が正解なのかどうか、理由になっているのかどうか、つっこみ所は山程あるが、ある意味いつもの事だ。
「というわけで今回はこんな物を用意してみたわ」
 ニアが手渡したのは『こんなプレゼントは絶対ダメ!』と書いてある手作りの冊子だった。
 ヒイロはそれを開いて数十秒後、ぷるぷると小刻みに震え出した。ちなみに何が書いてあったのかは謎である。

 そんな訳でまずはカシェルへのプレゼントを選ぶ事になった。
「パイロンをもらってもあまり使い道がありませんから、カシェルさんが好きな本関連の物がいいと思いますよ」
「本が好きならこーゆーのとかどうです?」
 十星の言葉に天莉が可愛らしい小さな栞を手にとって微笑む。
 二人はそのまま栞やブックカバーを見ていたのだが、ヒイロは全く別の事を考えていた。
「‥‥あのメイド事件以来、時々二人が女の子に見えるですよ」
 小さな呟きに二人が首を傾げ振り返るが、ヒイロはぷるぷるし続けていた。
「年頃の男の子が貰って嬉しい物かー‥‥うーん」
 望はやや表現不能な本を思い浮かべたが、一人で首を横に振って危険な発想を払った。
「大切なお姉さんを亡くしてるなら‥‥綺麗な写真立てもいいかも」
「そういえば先輩、いつも写真見てるですよ?」
 望、十星、天莉の三人が和気藹々と話を進める。ヒイロはまたぷるぷるしていた。
「自分が本当に贈りたいと思ってる物を選べば良いのよ」
 ニアの一言でヒイロは目をきらきらさせ、口を開く。
「じゃあパイ――」
「却下!」
 ヒイロとじゃれつつニアは彼女に自分の気持ちを重ねていた。
 誰かの為に何かを想う事、それはきっと素敵な事だ。結果がどうあれ、想い考える事に意味がある。
 そんなこんなで結局一つに絞れず、ヒイロは栞とブックカバーと写真立てを一つずつ購入した。
 ちなみにヒイロが最後までパイロンを諦めようとしなかったのは内緒である。

 次にデューイのプレゼントを選ぶ事になったが、これはジッポライター案が満場一致で採用された。
 ヒイロはジッポは良くわからないとの事で、『ウルフっぽいの宜しくです!』と浩一の背中を叩き雑貨屋の中をうろうろしている。
「‥‥ウルフっぽい柄、と言われてもな」
「折角だからメトロニウム製にするとか。胸にしまうと奇跡起こしてくれそー!」
 困り顔の浩一の胸に指で作った銃口を向け、撃つ仕草をする望。浩一はライターを手に取り『ふむ』と一考する。
「もしそうなったら、望が命の恩人ね」
 腰に手を当て冗談交じりにメリーベルが言う。二人が話をしている間、浩一は狼をモチーフにしたデザインのライターを発見した。
「ジッポライターなら、何か好きな言葉を彫ってもらうのもいいのでは?」
「デューイさんのイニシャルとかどう? イマイチ謎な人で好みがわからないけど」
 十星の言葉に続け、ニアが提案する。それはいいという話になり、ライターを購入してイニシャルを入れてもらう事になった。
 少し時間が掛かるとの事でヒイロを探して店から出た一行。その視線の先、ヒイロは店の前でイスネグ・サエレ(gc4810)に肩車してもらっていた。

●優しさ
 時計の針を少し進めたとある病室。斬子が一人でベッドの上に座るだけの部屋にノックの音が響いた。
 見舞いにやって来たのはイスネグ、十星、浩一の三人だ。既にプレゼント選びは一段落つき、ヒイロ達とは行動を別にしている。
「‥‥貴方達ですか」
 斬子は明らかに憔悴していた。三人とは目を合わせようともせず、吐き捨てるように言う。
「わたくしの無様な姿を笑いに来たんでしょう‥‥っ」
 泣き出しそうな声と顔で少女は言う。浩一は普段と変わらない様子で小さく息を吐き、十星に目配せする。
 差し出されたのはパッチワークの手編みマフラーであった。青空が茜色に染まるまでの間、彼らは皆でそれを作っていた。
「これは‥‥?」
「ヒイロ先輩や皆が作ってくれたんだよ。斬子さんの為に」
 イスネグの言葉に斬子は打ちのめされた様子だった。複雑な様々な思いが交錯し、彼女から言葉を奪っている。
「私達だって悔しく無い訳じゃないけど‥‥ヒイロ先輩は私達よりずっと辛い筈なのに頑張って前を向いて歩いてる。だから私達が後ろを向くわけにはいかないよ」
 買い物の途中、十星はヒイロに投げかけた言葉を思い出していた。
 あの戦いの事、祖母を失った事‥‥どう声をかければいいか分らない十星に、ヒイロは笑って言った。
「落ち込んでないですよ? 泣いてもおばあちゃんは帰ってこないから。安心してもらう為に、今は笑っていなきゃ」
 だから、十星君も笑ってて欲しいと。辛い筈の彼女は、もう前を向いていた。
「‥‥わたくしはヒイロさんとは違いますわ」
 俯き、少女は震える声で呟く。
「わたくしは臆病で‥‥卑怯で――っ」
 恐ろしい敵と対峙した。
 殺されると思った。逃げ出したくなった。全てをかなぐり捨ててでも。
 だが逃げようとしたのは自分だけだった。ヒイロは逃げずに立ち向かおうとした。
 結局を背中を見せた自分が斬られ、倒れ、そしてヒイロに迷惑をかけてしまった――。
「――最悪ですわ」
 合わせる顔も、戦う資格も無い。夕闇に飲まれた病室に、そんな少女の言葉が空しく響いた。

 時を同じくした夕暮れの広場。軽やかにギターの音色が空に吸い込まれていく――。
「ふおぉー! 望ちゃん、ギター上手です!」
「ありがとー! ヒイロちゃんにも教えてあげるよ。兄貴直伝のギターテク!
 噴水の前のベンチに腰掛け、ヒイロは望に教えられながら必死にギターを弾いていた。
 勿論聞けた物ではなく、望と違って酷い音色だ。しかしヒイロは楽しそうに、真剣にギターを弾いていた。
 今はまだ連なる事の無い音。それがいつか噛みあえば、一つの美しい旋律と成り得るのだろうか。
「ヒイロさんの素直な気持ち、彼女にも届いているでしょうか」
 二人が座るベンチの前に立ち、天莉が寂しげに微笑む。音は止み、少女は顔を上げる――。

「――実はもう一つ、プレゼントがあるんだ」
 病室にまで、不出来な音は届かない。しかしイスネグは確かに斬子へと気持ちを届けていた。
 彼が手渡したオルゴールの上、人形は小さな手紙を手にしていた。斬子はそれを受け取り、開いてみせる。
「生きてれば、そのうち借りも貸しも返せるよ」
 手紙には『はやくげんきになれよ、くずこ!』と汚い字で書かれていた。それはヒイロからの手紙だ。
 まだ今は会わない方が良いと考えるヒイロ、そんな彼女に天莉が提案したのだ。
 顔を合わせるのが辛くても、きっと伝えたい気持ちはあるはず――そしてそれは、きっと届くはず。
「だから‥‥斬子だって言ってるでしょうに」
 オルゴールが回ると空気も回る。重苦しく悲痛な表情は薄れ、斬子は苦笑を浮かべる。
「貴方達、どうしてここまで‥‥」
「それは、斬子さんは大切な友達だし! 勿論友達以上でも嬉し‥‥ぶべらっ」
 イスネグの後頭部に減り込んだのは十星の手刀であった。震えるイスネグに微笑み、彼は一言。
「つっこんで欲しそうな顔をしていたので」
 そうして病室に笑顔が戻った。何かが変わったわけではない。しかし――優しさは届いたのだ。
「そうだ、今度うちの屋台に遊びにくるといい」
 客が少ないから言っているわけではないぞ? と言い残し、浩一は去っていく。続いて十星とイスネグも退室する。
「ありがとうって、伝えて下さる?」
 背中に向かい斬子は言う。
「わたくしの、大切な友人達に」
 イスネグは振り返り笑顔で返した。その言葉はきっと当たり前な、形にするに及ばない物だった。

「ヒイロの所為で、くず子に沢山怖い思いをさせてしまったのですよ。だから、せめてヒイロはしゃんとしてないと」
 夕暮れの中、ギターを抱いて少女は言う。そんな彼女の頭を撫で、望は言った。
「‥‥無理しなくてもいいんだよ? 沢山泣いて、その後沢山笑顔になれって兄貴言ってたもん」
「でも、ヒイロは‥‥おばあちゃんを安心させて‥‥」
 笑顔のヒイロを抱きしめ、頭を撫でながら望は優しく囁く。
「よく頑張ったよー。ちゃんと帰って来てくれて‥‥アリガト」
 まるで堰を切るかのようにヒイロは泣き出した。止めようと思っても止まらないその気持ちはただ瞳から熱く零れ落ちていく。
 我慢しなければいけない涙と共に、子供のように声を上げた。殺された気持ちがやっと得た意味を、望はきちんと受け止めた。
「‥‥本当に、アリガト」
 噴水が高く飛沫を上げる。
 沢山泣いて、きっと笑って。
 その時にこそ乗り越えられるのだろう。過去も、今も。
 整理等出来るはずも無い、悲痛な気持ちも――。
 見舞いに行っていた傭兵達が合流したのはヒイロが泣き止んでからだった。
 望も天莉その事は誰にも言わなかったし、ヒイロも笑顔で彼らを迎えるのであった。

●相違
 夜になると傭兵達はヒイロの部屋で鍋をする事になった。
 ついでに何故かロールパン作りの練習も行われる事になり、今は騒々しく室内で準備をしている所だろう。
 そんな喧騒から逃れるかのように通路に出たメリーベル。彼女は壁に背を預け、夕暮れの事を思い出していた。

「ヒイロさんに何か贈りたいんですよね?」
 望が弾くギターの音色に広場の隅で耳を傾けるメリーベル。そこへ声をかけたのはニアだ。
「ヒイロには秘密で協力してあげますよ」
「‥‥ありがとう。でも、もういいの」
 風に吹かれ、どこか清清しい様子で答える。
「私が何か贈らなくても、あの子には沢山の仲間がついてる。きっと余計なお世話よ」
「そうかもしれない。けど‥‥大切なのはヒイロを想うあなたの気持ちじゃないんですか?」
 ニアはそう告げるとメリーベルに買い物の合間に買っていたギターの弦が入った紙袋を手渡した。
「――余計なお世話でしたか?

 壁に背を預け、目を開くメリーベル。薄暗い通路の中、ニアの言葉はまだ胸に残っていた。
「‥‥どうした、もう鍋が出来るぞ?」
 部屋から出てきたのは浩一だった。視線を逸らし、腕を組んでメリーベルは無視を決め込む。
 しかし浩一はメリーベルの隣、同じ様に壁に背を預け腕を組んでみせる。
「余り、メルヘンな話は好きじゃないが‥‥彼女の心にはおばあちゃんがまだ、生きているんだろうな」
「‥‥急に何?」
「生きているなら、心配させるわけにはいかんだろう。そういうことだ。本音はどうあれ、な」
 視線を逸らしつつ、メリーベルはヒイロが泣いていた事を思い出した。
 悲しいのも辛いのも当たり前。問題はその気持ちとどう接するかだ。
「本当、あんた説教が好きなのね」
 浩一は答えない。少女は目を瞑り、呆れるように笑う。
「分ってるわ、言われなくても。それでも、私には――」
 と、その時。
「先輩、今回は前回の教訓を生かして鮭多目ですよ」
「ちょっと! 食材を入れる順番は私が仕切るから!」
 部屋の中から賑やかな声が聞こえ二人は同時に顔を見合わせる。
「あ、メルちゃん浩一君! ヒイロ、かっちょい〜DVDを貰ったですよ!」
「それはよかったな」
「あ、メルちゃんにもヒイロプレゼントを買ったのですよ! 天莉君がねー、こういうのがいいってねー‥‥」
 ごそごそと紙袋を漁るヒイロの腕にブレスレットがきらりと光る。メリーベルはそれが意味する所を察し、小さく息を吐く。
「続きは中で。鍋、無くなっちゃうわ」
「わふ!? それは困るですよっ」
 脱兎の如く部屋へ引き返すヒイロに続き浩一とメリーベルも帰っていく。
 部屋の中では鮭の争奪戦、いつもの賑やか過ぎる日常が繰り広げられている。
 こうして騒がしい買い物は終了し、夜遅くまで鍋会が続けられる事となるのであった。

 余談だが、ヒイロが練習で作ったロールパンは余りにも酷い出来で、『これは酷い』という感想しか思いつかなかったという。