●リプレイ本文
●作戦開始
「これは‥‥流石に暗いですねぇ」
御守 剣清(
gb6210)の第一声通り、エレベーターにて発電所に降り立った一行を待っていたのは非常灯の赤に染まった暗闇の世界だった。
提灯を片手に比企岩十郎(
ga4886)が地図を広げる。事前に潜入した能力者から大まかな内部情報や地図を受け取っているとはいえ、闇はやはり障害に違いない。
「耐えられない程ではない。直に慣れるだろう」
懐中電灯を取り出しつつ番 朝(
ga7743)が呟いた。続き、それぞれドラグーン達が放つライトが周囲を照らし出した。闇に沈んだ無人の地下発電所は不気味としか言い様が無い。
「地図が無かったら迷子になってたかも。岩十郎に感謝しないとね‥‥っと、カシェル君大丈夫?」
「すいません、肩を貸してもらって‥‥。でも、ここからは自分で歩きます。皆さんに迷惑はかけられませんから」
カシェルは自らマルセル・ライスター(
gb4909)から身を離し、頭を下げる。そんなカシェルに霧島 和哉(
gb1893)はガントレットを差し出した。
「‥‥これ。よかったら、使って‥‥みて?」
「い、いいんですか?」
和哉は黙ってこくりと頷いた。カシェルはそれを手に取り、直ぐに装備する。
「ありがとうございます。姉さんを助ける為に、少しでも皆さんの役に立たなきゃ意味が無いですから」
「わかっているとは思いますが、各自蜘蛛の糸には十分注意を払ってください! カシェルさん、付いて来るのは構いませんが――貴方を気遣っている余裕はありませんよ?」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)の口調は静かだが厳しかった。しかしこれは命を救う戦い、能力者の戦場なのだ。当たり前の警告、カシェルにはそれがナンナなりの優しさのように見えた。
「外周ルートは先に行くぞ! 我輩に続け!」
「じゃあな兄貴! 兄貴は頼りねぇけど、無駄に丈夫にできてっからよ。ボロ雑巾にするつもりで、遠慮なく盾にしてやんな!」
岩十郎に続き、エリノア・ライスター(
gb8926)が声を上げた。遠ざかっていくその後姿を見送り、マルセルは溜息を一つ。
「あはは。エリノアは双子の妹なんだけど、何から何まで真逆でね‥‥いつも血の気が多くて困るよ」
「双子‥‥ですか。そうか、あなたたちも‥‥。少し、わかる気がします」
「‥‥こちらも隔壁を開くぞ。警戒しろ、『坊や』」
牧野・和輝(
gc4042)が隔壁傍に埋め込まれた端末を操作すると、重苦しい音と共に閉ざされた扉が開き始める。作戦が始まろうとしていた。
●闇への進撃
スブロフとバンダナ、槍を組み合わせ松明を作るという剣清のアイデアは秀逸だった。大きな光源の有無は進行速度に大きく影響を及ぼす。
「早いとこ終わらせて、怪我人には病院に戻ってもらいましょ‥‥。二人揃って、ね」
「この調子なら、こちらが先に着くかもしれんな。それにしても‥‥」
岩十郎と剣清の前、槍を豪快に振り回し糸を駆除していく朝の姿があった。纏まった糸と見ればエリノアがトルネードでまとめて吹き飛ばしてしまう。
「――頼もしいなあ、うちのお嬢さんたちは‥‥」
遠い目で苦笑を浮かべる剣清。しかし岩十郎は闇へと続く通路の奥に目を凝らし、足を止める。
「あれが、糸を張り巡らせた張本人というわけか」
「エリノア君、前」
朝がエリノアの肩を叩き制止する。一行の進行方向の闇が蠢いていた。それは闇ではなく、剣清が松明を翳せば正体を現してくる。
それは大量の蜘蛛キメラであった。大量の虫が蠢いているという生理的な気味悪さに一瞬エリノアと剣清は固まった。しかし朝は小首を傾げるだけである。
「駄目なのか、蜘蛛?」
「いや、駄目と言いますか‥‥。あれだけ量がいると、ちょっとね」
「――そういうものなのか」
槍から大剣へと持ち替え、朝はそれを正面に構えつつ覚醒する。岩十郎は周囲を確認しつつ、走り出した朝に続く。
「進むのに必要なだけ倒せば良かろう! 皆声出して! 要救助者を探しつつ行くぞ!」
「ったく、ウジャウジャウジャウジャ‥‥! めんどくせえなあ、おい――っ!」
●再会と剣と
エリノアがトルネードを蜘蛛達に放った頃、隔壁を開放しつつ進むメンバーも戦闘の最中にあった。
隔壁を開放した途端、開く扉の隙間から小さな蜘蛛が現れたのである。警戒していた和哉のお陰で被害は無かったが、隔壁で閉ざされていたエリアに溜まっていた蜘蛛は集まって追いかけてくる。
「‥‥数が多すぎる。一匹ずつ‥‥は、弱いけど‥‥」
「隔壁の開放を急いでください! 全て相手にしていてはこちらが消耗するだけです!」
既に二つ目の隔壁に到着していたが、その開放に手間取っていた。端末を操作するカシェルの背後から和輝が腕を伸ばし、素早くパスコードを入力する。
「和輝さん!?」
「‥‥落ち着いてやれば大丈夫だ。パスコードは既に聞いているんだからな」
ゆっくりと開き始めた隔壁をカシェルと和輝、マルセルが屈んで潜る。それを確認し殿を務める和哉とナンナがスライディングで隔壁を潜り、続く。
「ナンナ、正面にも‥‥敵‥‥」
「キリがありませんね――! 霧島さん、進行方向はお願いします‥‥っ!?」
背後からの敵を迎撃しながら進むナンナの身体に糸が絡みついた。その隙に飛び掛る蜘蛛を前にナンナはバハムートをフル稼働させ、盾で蜘蛛を糸ごと薙ぎ払う。
「バハムートのパワーなら、この程度――!」
「姉さん、どこにいるの!? 姉さん! 姉さんっ!!」
声を上げながら移動するカシェル。その視界にまるで引き摺ったような血痕があった。カシェルは蜘蛛を飛び越え、血痕が続く部屋へ飛び込んでしまう。
「‥‥またこのパターンか」
「く、蜘蛛なんて怖くない‥‥怖くないぞ! カシェル君、一人になっちゃ駄目だ!」
カシェルを追いかけるマルセルを援護し、和輝は小銃を連射しつつ続く。それを見送り和哉は次の隔壁を開放するコードを入力し、近づく蜘蛛を斬り払った。
「要救助者を見つけたんですか!?」
和哉と背中合わせになり背後の蜘蛛を倒すナンナ。二人の視線の先、闇へと続く小部屋では双子の再会が果たされていた――。
●復讐か弔いか
「どうやら、あちらで姉を見つけたらしいな!」
トランシーバーによる別働隊からの報告に岩十郎が声を上げる。相変わらず背後から蜘蛛が迫ってきているが、これでどうやら相手をせずに済みそうだ。
「こっちは声出し損かい!?」
「人一倍一生懸命探していたからね〜、エリノアさんは」
「な、何言ってんだ。何ニヤニヤしてんだって! おいこら!」
外周を進む四人は敵のブレインが潜むという管理室へと辿り着いていた。隔壁を朝が開くと、巨大モニターと無数の端末、コンピュータが並んだ管理室の景色が飛び込んでくる。だが、それよりも目を引くのは――。
朝の視界、殆どを覆い尽くす蜘蛛の巣‥‥。それはこれまでにあった物とは明らかに違う。松明で部屋全体を照らし唖然とする剣清の横、エリノアは部屋を覆う糸へとトルネードを放つ。しかし蜘蛛の糸は少々ちぎれただけで、取り払う事が出来ない。
「何!? これで吹っ飛ばねえって、どういう――!?」
「エリノア氏、上だっ!」
岩十郎の声に反応し飛び退くエリノア。そこへ真上から落下して来た蜘蛛のキメラが爪を立てる。巨大なその外見はこれまでに蹴散らした雑魚とは明らかに違う。口を開き、キメラは甲高い鳴き声を上げた。
「へぇ。ドイツだと朝蜘蛛のが縁起は悪いんだが、日本じゃ逆なのか。ま――相手がキメラなら、んなこたぁ関係はねぇんだがよ!!」
まだ覚醒していなかった面々も覚醒し、キメラに迫る。朝が繰り出す大剣を受け、怯んだキメラに獣化した岩十郎が棍棒を叩きつける。みしみしと音を立てて蜘蛛の頭がへこむが、敵はまだ健在だ。
「むう、硬い‥‥! ここで火はまずいな。全てに燃え移ったりしたら‥‥! 御守氏!」
身体ごと回転し、蜘蛛の巣を蹴散らしながら大剣を振り回し戦う朝。剣清は入り口付近に松明を固定し、刀を抜いた。
「向こうの班の様子がおかしいんですよ! さっきからカシェル君が何かを叫んでる!」
「‥‥っ! 大丈夫だよな、兄貴‥‥!? こいつさえ何とか出来りゃあ――!」
大蜘蛛は素早く跳躍し、天井にへばりつく。そこから下方に腹部を突き出し、一気に糸を連射した。それぞれが素早く回避行動を取るが、エリノアの足が糸に引っかかってしまう。
「避けるって言ったってね‥‥! 避けられるスペースがないんじゃ‥‥!? エリノアさん!」
「糸が取れねえ!? 糸の強度もここまでとは‥‥!?」
片足が動かなくなるエリノアにどこからとも無く小さな蜘蛛達が群がってくる。それを振り払おうと腕を上げれば腕に、逃れようともがけば足に、糸は絡み付いてエリノアを放さない。避ける事も防ぐ事も出来ないとエリノアが覚悟したその時、近づく蜘蛛ごと糸を切り裂くマルセルの姿があった。
「兄貴!?」
「エリノア、大丈夫!? この、このおっ!」
左右の手に握り締めた二対の刃を振るい、エリノアを開放するマルセル。二人へ近づく残りの子蜘蛛は剣清が切り払った。
「マルセルさん‥‥という事は、他の皆もいますか」
開きかけの最後の隔壁を潜り、ナンナを先頭に別働隊が管理室に入ってくる。それを横目にエリノアは舌打ちした。
「べ、別に助けてくれなんて頼んでねえぞ、兄貴‥‥」
「それでも助けるよ。だって、兄妹だもの‥‥。当たり前じゃないか」
そう呟き身を寄せるマルセル。臆病者だけれど、いざとなれば妹を守る頼りになる兄の姿がそこにはあった。しかしエリノアは双子故にか、何かを悟ってしまう。
「兄貴‥‥そっちで何か、あったのか‥‥?」
マルセルは答えない。だが彼の代わりに答えとなる声があった。出発前には持っていなかったはずの大剣を両手で握り締め、カシェルが無謀に走り出したのだ。
「よくも‥‥! よくも姉さんをやったなあ、お前ぇえええ――ッ!!」
カシェルの憎しみに満ちた声が響き渡り、誰もが状況を認識してしまった。そう――全ては手遅れだったのだ。駆けつけた時、姉の血はとっくに乾いていた。姉はとっくに事切れていて。カシェルの大切な物はとっくに失われていたのだ。
形見となってしまった姉の大剣を手にカシェルは傷を負った身体で大蜘蛛へと走り出す。迎撃で放たれた糸――。カシェルを抱えて跳んでいたのは和輝だった。
「落ち着け、『坊や』‥‥! そんな身体で突っ込んでどうする‥‥!」
「邪魔をしないで下さい和輝さん! あいつが姉さんを殺したんだ! 仇討ちくらい、させてくださいよっ!!」
叫ぶカシェルの頬を打ち、胸倉を掴んだのはナンナだった。ただ見つめ、言葉にはしない瞳‥‥。しかしそれで十分過ぎたのだ。カシェルは泣き出し、崩れ落ちてしまった。
「仇は討ってやろう‥‥! いつまでも高見の見物とはいかんぞ!」
岩十郎がオセで壁を蹴り、天井まで飛び上がる。大蜘蛛を蹴落とすと、その落下地点には大剣を振り上げた朝と双剣を構える和哉が待っていた。
落下後ひっくり返った蜘蛛の腹に同時に刃が食い込み、血飛沫があがる。その悲鳴を合図としたように子蜘蛛達が次々に死滅し、戦いは終わった。
●また背負って
気絶していたカシェルが目を覚ましたのは、和輝の背中の上だった。隣を歩く和哉が足を止めると和輝もカシェルの目覚めに気づき立ち止まる。
「‥‥カシェルさん‥‥大丈、夫?」
カシェルは無言で和輝の背中から降り立つ。発電所の外に脱出した彼らの頭上には瞬く星の光があった。それを見上げ、少年はまた涙を流す。
「僕が弱かったから‥‥。僕が姉さんの傍を離れたから‥‥。死ぬ時だって一緒だって言ったじゃないか、姉さん――っ」
「それでも、おぬしは歩いて行かねばならん。おぬしの姉が、生きるはずだった明日だ」
「カシェル君は、独りなんかじゃないよ。独りなんかじゃ、ないんだ」
岩十郎が少年の肩を叩き、マルセルが涙を浮かべながらその手を握り締める。カシェルはマルセルの肩を借り、涙を流した。
「命は、大事にしなければね。生きられなかった仲間達の分まで‥‥。そうでしょう?」
遠巻きにカシェル達を見守り、剣清は朝の肩を叩いた。朝はかつての痛みと苦しみにカシェルを重ね、静かに目を瞑る。
「守りたくても守れない戦いもあります。救いたくても、どんなに願っても、届かない戦いがあります。背負っているのです――私達は。仲間の命も、過去も」
「きっと強くなりますよ――彼は」
「‥‥そうですね。そう、信じたいものです」
泣き止んだカシェルへ歩み寄り、エリノアが強引にその手に姉の形見を握らせる。カシェルはそれを背負い――顔を上げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。僕、強くなります。誰かを守って戦えるくらい‥‥強く。今度は、皆さんに恩返しが出来るくらい‥‥。姉さんに、笑われないように」
「‥‥きっと、出来る‥‥よ。カシェルさん‥‥なら」
姉の形見を背負うカシェルの背中に和輝はかつての自分を見ていた。大切な懐中時計を握り締め、我慢していた煙草を咥える。
カシェルはエリノアに背中をばしばし叩かれ励まされている。その横顔には少しだけ笑顔が戻りつつあった。和輝が吐き出す紫煙は夜空に舞い上がる。それぞれの想いを重ね合わせ、夜空の星は輝き続ける。悲しみや決意を乗せて――。
「さあ、皆で帰るとしよう。おぬしの姉も、一緒にな」
カシェルはマルセルとエリノアに背中を押され、つんのめりながら前に出る。それから涙を拭い、頷いた。
「――はいっ!」
背負う物が大きければ、人はその重さに押しつぶされそうになりながらもまた強くなれる。少年が背負った姉の剣は、非対称な双子を一つに繋げる絆となれたのだろうか。それを決められるのは、きっと彼自身だけなのだろう――。