●リプレイ本文
●仮面の逢引
「お嬢ーサーン! ちょとお話しナイー?」
謎の敵との戦いはラウル・カミーユ(
ga7242)の明るい声から始まった。
月明かりの下、砂浜に留まっていた敵はラウルの声に反応し視線を向けた。一歩前に出たのはスーツ姿の青年である。
「凄い睨まれてますけど‥‥本当に大丈夫なんでしょうか」
「攻撃する気なら既にしてきているだろう。向こうも話をするつもりがあるという事だな」
不安げなカシェルの呟きに小声で答えたのは須佐 武流(
ga1461)だ。ラウルを先頭に武流とカシェルが並んで続き、男性三人が接近を試みている状況である。
そんな男性陣の挙動を女性陣は物陰から遠巻きに眺めていた。相手の出方次第では直ぐに飛び出す準備は出来ている。
「なんというか、微妙なファッションセンスの方ですね」
「随分目立ってるケド‥‥一体何がしたいんダ」
「なんか、光ってますよ?」
望月 美汐(
gb6693)の言葉に続き、サングラスをかけたラサ・ジェネシス(
gc2273)と双眼鏡を覗き込んだ雨宮 ひまり(
gc5274)が呟く。
色々な意味で突っ込み所満載だが、これまでに何度も戦闘を潜り抜けているからには実力も相応だろう。
「油断せずにいこウ」
拳を握り締めるラサの隣、岩陰で澄野・絣(
gb3855)と橘川 海(
gb4179)は通信機から聞こえてくる声に耳を傾けていた。
男性陣が通信機を持って接近し、可能な限り情報を聞き出す作戦だ。
「月明かりが綺麗です。こんな状況じゃなければ楽しみたいのですけどね」
和泉譜琶(
gc1967)の視線の先ではラウルがひらひらと手を振りながら話しかけている真っ最中である。
「コンバンハ。こんなトコで何してるのカナ、綺麗なお嬢サン? 海風冷たいし風邪ひいちゃうヨ?」
「‥‥イケメンだ」
女はそう呟くと竜の背より飛び降りた。スーツ姿の男が何か言おうと駆け寄るが、女は裏拳を顔面に叩き込み派手に吹き飛ばす。
「あの男の人‥‥可愛そう‥‥」
遠巻きにひまりが呟くと女性陣に何とも言えない空気が降り積もった。
「僕の名前はラウル・カミーユ。お嬢サンの名前、聞いてヨイ?」
「‥‥ふうん。アタシはカリン」
「カリンさんか、ヨイ名前だネ♪ で、カリンさんはどして男性攫ってるのカナ?」
まさかの会話成立に仲間達はどよめく。カシェルは冷や冷やした様子で何度も武流の顔色を窺っていた。
「それは秘密だから喋れないし」
「素直に教えるなら‥‥多少はこちらも考えてやらなくもないが」
「武流さん、正気ですか!?」
驚いた様子で飛びついてくるカシェルの額を小突き、武流は小声で『そんなわけあるか』と耳打ちする。当然だが作戦の内である。
「マジで? ついてきてくれるなら教えてあげてもいーけど」
最早突っ込み所しかない。女は腰に手を当て、あっさりと白状した。
「人間攫う理由は知らないし。アタシは頼まれただけだから、どうなるのか不明ー。男ばっか狙ってるのは‥‥ただの趣味」
「趣味だと?」
「どうせ拉致るならイケメンの方がいいじゃん? 人間なら何でもいーけど、男を選んでるのはアタシの趣味。ま、男でもイケメンじゃなかったら死ねばいいと思うけど?」
ケロリと白状されたのは余りにも幼稚な殺意であった。理由も知らず。意味も無く。ただ趣味で奪うか殺すかを選択する――。
「そんな‥‥そんな事の為に‥‥!」
通信機を握る手を震わせ海は目を瞑り呟いた。理由が上等であれば良い訳ではない。だが無意味な殺傷はより多くの悲しみを生んでしまう。
「――止めましょう。私達の手で」
自らの手を海の手に重ね絣が頷く。そう、ここで止めなければ被害はまた広がってしまうだろう。
十分過ぎる程情報は得られた。傭兵達は一斉に飛び出し、敵へと向かうのであった。
●かわいそうな人
「カリン様、下がって下さい!」
急接近した美汐の槍を自らの槍で受け、スーツの青年が叫ぶ。カリンは目をぱちくりさせ、一言。
「あれ? 一緒に来るんじゃなかったの?」
「生憎だが、いくら美人でもお前のようなタイプはこちらから願い下げだ!」
「ゴメンね、僕売約済みなんダ」
武流とラウルが武器を手にそう返すとカリンは無表情に溜息を一つ。それから竜の背の上に飛び乗り言った。
「ニコロー、殺していいわ」
美汐と数回攻防を繰り返し、槍を回しながら男は後退、カリンを守るように構え、頷いた。
「失礼――これも仕事ですので」
「槍使いって意外と少ないんですよね。では、お手合わせ願いましょうか」
美汐の攻めに応じるようにニコロも槍を繰り出す。互いに手の内を探るような攻防が続く中、入れ替わりで武流が前に出る。
素早い連続攻撃を繰り出し、軽い跳躍から身体を捻り蹴りを放つ。武流の攻撃を槍で防ぐニコロだが、更に続けて海の攻撃が待っている。
棍棒の一撃をニコロが防ぐのを確認し、海は足元の砂を蹴り上げた。目を瞑ったニコロを吹き飛ばすと同時にクロッカスを装備した手を翳す。
「私たちの連携、見せてあげるっ!」
青白い光がニコロを包み込むと同時に後方より矢が飛来する。普段のニコロなら防いだであろう一撃は足を鋭く貫いた。
「あんまり、動き回らないで頂戴ね?」
「男性ばっかり拉致して‥‥実は男好きなんですか?」
足を射抜いたのは絣の桜姫だ。それに続きラウルと譜琶の矢が次々に飛来する。視界を取り戻すニコロだが、足に受けたダメージは大きい。
「ナルホド‥‥馬を射んとすれば先ずは将からカ」
反撃に動き出そうとしたニコロを色々と間違った台詞と共にラサの制圧射撃が襲う。機動力を大きく削がれたニコロは前衛の攻撃に対応しきれなくなっていた。
「さて、これを捌けますか?」
「く‥‥っ」
低い姿勢から石突を繰り出すように前に出る美汐。身体を捻るようにして槍先から派手に砂を巻き上げる。その衝撃は先程の比ではない。
吹き飛んだニコロを追って飛び出したのは武流だ。浮いたニコロを蹴り上げ自らも跳躍、空中で連続で攻撃を放ち、止めと言わんばかりにニコロの身体を大地目掛けて蹴り落とす。
砂場に叩きつけられたニコロは竜の足元に倒れたが、槍を突いてまだ立ち上がってくる。
「まだ、倒れるわけには‥‥はうっ!?」
と、突然悲鳴を上げて倒れるニコロ。彼の即頭部にはこっそり移動し近づいていたひまりの放った弾丸が命中していたのだ。
「は、はう〜‥‥当たっちゃいました‥‥」
猛攻の後の不意打ちは効いたらしく、ニコロは唸りながら倒れている。ひまりはそっと物陰から顔を出し父の言葉を思い出していた。
「ニコロ、ふざけてんの?」
「い、いえ‥‥カリン様、彼らは強いです。それに僕も連日の戦闘で‥‥うぶぅ!」
竜の背から飛び降りたカリンはニコロの頭の上に着地する。それが止めになったのかニコロは喋らなくなった。
「拉致された方々は無事なんですか? いったいどこに?」
「さあ? そんなのアタシ知らないし。それよりさあ‥‥邪魔しないで欲しいんだけど?」
譜琶の問い掛けににカリンは不機嫌そうに息を吐く。どうやら本当に彼女自身は拉致した人間がどうなるのか知らないらしい。
「残念だけどそれは聞けないお願いよ」
「あなたは簡単に悲しみを撒き散らしすぎる‥‥! もう、ここで終わらせます!」
絣と海がそう告げるとカリンは足元に転がっていたニコロを蹴り飛ばし竜の後ろに下がらせた。
「せっかくいい男が現れたと思ったのに――邪魔過ぎだよ、お前ら」
「はぁ‥‥。いい男って言うのは誰より先に駆け出すからカッコいいんじゃないですか。待っていたって置いていかれるだけですよ」
「あっそ。じゃ――さっさと次に行くから」
扇を広げ、美汐に突きつけながら女は笑う。
「踊りに付き合ってあげる。気持ち良くなって‥‥逝っちゃえば?」
●烈風
指を鳴らす音を合図に竜の流す音楽肥大化する。耳を劈く様な爆音は最早音楽ではなくただの暴力だ。
同時、竜は眩く閃光を放った。七色の光は一瞬周囲の全てを飲み込み包み込み、押しつぶしていく。
視力を取り戻した美汐が見たのは眼前に迫ったカリンの瞳であった。袈裟に叩きつけられた扇は信じられない重さで竜の装甲に衝撃を響かせる。
防御が間に合わず蹴り飛ばされた美汐の次にカリンが狙ったのはカシェルと武流であった。舞うように二対の扇を振るい二人を襲いに掛かる。
カシェルは防御の上から更に吹き飛ばされるが武流は回避し、カウンターで蹴りを放つ。二人は互いの蹴りを数度激突させ、一歩身を引いた。
「アタシ割と強い男って好きかも」
「悪いが俺はもっと‥‥お淑やかな女のほうが好みでな」
キメラの閃光にサングラスで備えていたラサは浮き足立つ仲間の中で一人冷静だった。
「こんな事もあろうカト、閃光対策はばっちりダ!」
と、銃を構えるラサ。そこへキメラが猛スピードで駆け寄り、口から光を放出した。熱閃は彼女の頭上を掠め、頭をばっちりアフロに仕立てていく。
「ホワッツ!? なんてコッタイ!」
「えぇー!? なんでそうなっちゃうんですか!?」
思わず突っ込む譜琶ごとラサを刎ね飛ばしキメラは走り続ける。砂を巻き上げ夜を音と光で切り裂きながら。
「油断はしてなかたケド‥‥これは少し、きついネ」
走る竜へ矢を放つラウルだが攻撃は命中しない。突撃してくる竜を前にSMGとエネルギーガンに持ち替え、一気に弾幕を張る。
キメラの表皮は鱗のようになっており弾丸を弾いている様だった。突撃を二丁の銃を十字に構えて受けるラウルだが、勢いが激しく吹き飛ばされてしまう。
「動きが早すぎる‥‥!」
猛スピードで走り回るキメラを捉え切れず絣が唇を噛み締める。先の閃光を防いでいれば、普段の彼女なら当てられる敵だ。
「は、はう〜!? こっちに来ないでくださ‥‥はうーっ!?」
逃げ回っていたひまりが竜に追いつかれ、悲しくも跳ね飛ばされる。その動きを制止したのはラサの攻撃だ。
制圧射撃で竜が減速した所へすかさず海が近づき棍棒を叩きつける。衝撃で倒れこんだ竜を見てラウルと絣が一斉に猛攻をかける。
降り注ぐ弾丸と矢は頑丈な鱗に弾かれつつも確かに効果を見せている。起き上がった竜は剣のような両翼を広げ、その場で回転して海を弾き飛ばした。
一方カリンに狙われている武流と美汐は彼女の素早い動きに翻弄されていた。こちらもまだ閃光の影響が抜けきっていない。
「頑張ってないで楽になっちゃえば〜?」
両手の扇から放たれた衝撃波が次々と飛来する中、二人は中々身動きが取れずに居た。
風の剣は砂浜を切り裂きながら二人へと襲い掛かる。目視し辛い事もあり、防ぐのも避けるのも一苦労である。
「小賢しい攻撃だ‥‥だがっ!」
襲い掛かる斬撃の列を回避しながら武流は前に出る。ステップを踏むようにして衝撃波をかわし、時には弾きながらカリンへ接近していく。
敵の注意がへ向いた隙を突き美汐は素早く背後へ回り混み、挟撃の構え。二人の攻撃を左右の扇で受け、カリンは眉を潜める。
「めんどくさー」
美汐が槍を回すようにして石突から穂先を当てるように連続攻撃を放つ。攻撃は防がれたが続けて繰り出した足払い、それを回避する為にカリンの身体が浮いた。
背後から蹴りを放ったのは武流だ。一撃目は扇で防がれたが、空中で続けてもう一発――これは防御を貫き彼女の顔に命中させる事に成功する。
攻撃を受けたカリンは後退しながら風の刃を放つが、二人とも段々とコンディションが戻ってきた事もあり対応に成功する。
「やっと本調子になってきましたね。さあ、次はどんなダンスをご所望ですか?」
槍を向ける美汐の背後から竜が走ってくる。一斉攻撃を受けて傷ついた竜は急ブレーキをかけてカリンの傍らに停止した。
「ぐえぇっ!?」
――途中でニコロを踏み潰して。
「ヴァルファーレ‥‥アンタまでボロボロになっちゃって」
竜は申し訳無さそうに小さく鳴き声をあげた。派手な音楽も光も鳴りを潜めている。
「‥‥ああ、めんどくさ。止めた。帰るし」
唐突に武器を下ろしカリンは竜の背の上へ。ついでに竜はニコロの頭をがぶりとかじって持ち上げた。
「わりとマジでやったらめんどくさそうだし帰るわー。でも、次に会ったら絶対殺すから」
「待ちなさい! 連れ去った人達は何処に‥‥!」
海の問い掛けにカリンは面倒くさそうに闇に染まった水の底を指差した。
「天国とか――或いは、闇の底とか?」
その指先に視線を向けた時、再び竜が閃光を放った。今度は警戒していたので直撃は受けなかったが、気付けば竜は猛スピードで走り去っている。
「速っ!? 前に火の玉を吐く竜を見ましたけれど、それとはまた違った感じですね‥‥」
遠ざかっていく竜を見送り譜琶が冷や汗を流す。その隣、ソウルフルになったラサはアフロを指先で摘みながら遠くを眺めていた。
「はう‥‥カシェルさん、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう。いてて、まさか一発で気絶するとは‥‥」
倒れていたカシェルを助け起こすひまり。何と無くデジャヴな光景である。
「闇の、底‥‥」
潮風に髪を靡かせながら海は呟く。その肩をぽんと叩き絣は微笑みながら頷いた。
「少し冷や冷やしたケド、これなら暫く悪さはしないんじゃないカナ?」
「僕はラウルさんの言動の方が冷や冷やしましたけどね‥‥」
「カシェるんは初心なんだカラ♪」
真面目な様子で話しかけてくるカシェルをあしらうラウル。そんな様子を横目に武流は腕を組み呟く。
「また出て来たその時は――また叩き潰せばいいだけの事だ」
こうして傭兵達は無事に謎の敵勢力の撃退に成功した。
しかしこれが後に繰り広げられる大きな戦の前触れに過ぎない事を、この時彼らはまら理解していなかった。
夜空の月は淡く光を降り注がせる。この地を覆いつつある暗い脅威等感じさせぬ程、優しく彼らの頭上へと――。