●リプレイ本文
●メイド達の午後
「これはひどい‥‥」
扉を開いた彼らの気持ちは巳沢 涼(
gc3648)の一言に集約していたと言える。
ヒイロの部屋は一言で比喩するならば『ゴミ屋敷』であった。ゴミではない物もかなり混じっているが、そうとしか言えない。
呆然と立ち尽くす涼の隣に立ち、肩を叩いたのはイスネグ・サエレ(
gc4810)だ。彼はこの状況を改めて認識し、一言。
「ひどいのは多分、この部屋だけではありませんよ‥‥」
そう、兎に角全てが酷い状況だった。何故ならば並んだ男性陣は全員がメイド服に着替えていたからである。
どうしてこうなったの一言に終始する状況だが、男達は無言で廊下に佇むしかない。兵舎の通路に並ぶメイド達は正直奇妙以外の何者でもなく、居た堪れない空気だけがどんよりと流れていた。
「みんなー、お待たせですよーう!」
と、手を振りながら女性陣もメイド服に着替えて歩いてくる。先頭に居たヒイロは涼に近づくなり一言。
「何か涼君だけずば抜けて似合ってないですよ‥‥がくぷる」
確かに他の男性陣と言えば、張 天莉(
gc3344)と南 十星(
gc1722)はうっかりすると似合っている部類に入ってしまう。イスネグも身長さえもう少し低ければ違和感は丸くなるだろう。
だが涼に関してはそういう問題ではないのだ。筋肉質な彼のメイド姿は色々な意味ではち切れんばかりである。ヒイロはぷるぷるしながら笑いを堪えていた。
「じゃ〜ん! 犬耳メイドに金髪メイドの完成ですよ。可愛いでしょう〜?」
事の元凶である福山 珠洲(
gc4526)は満足げに微笑みながらヒイロと斬子の頭を撫でている。が、男性陣はそれどころではない。
「何故わたくしが使用人の格好なんて‥‥」
「くず子さんは普段働いて貰っているメイドの気持ちになりましょう♪」
「斬子ですわッ!」
「ヒイロ初めてスカートはいたですよーう!」
非常に突っ込み所の多い女性陣の中、茅ヶ崎 ニア(
gc6296)は自らのスカートの裾を摘みながら一言。
「メイド服って‥‥スズさん、ババァ自重しろって言ったのに」
即座に小さな呟きに反応し珠洲がニアの頭をがしりと掴んだ。
「あらあら、何か言ったかしら〜?」
「‥‥イエ何デモアリマセン」
じっとりと嫌な汗を流すニアの背後、全体の様子を眺めながら奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は冷静だった。
杖を突いたまま静かに佇んでいるその様子はメイド服を着せられた事等気にもなっていないようだが――。
「‥‥しかし、斬子×ヒイロも捨てがたいですね。斬子は‥‥潜在的に素質がありそうです」
一人どこか遠い物語の事を考えていた。
その後も色々とボケと突っ込みが飛び交ったが、大筋に関係が無いので時をやや進めよう。
「んー‥‥予想以上に荒れ放題ですね」
「ヒイロさん、あなたという人は‥‥。まあいいでしょう、予想はしてましたし」
天莉の苦笑に続き十星が呟くと、ヒイロはぷるぷるしながらイスネグの背後に隠れていた。
「さてと、とにかく片付けないとですね。ヒイロさん、さっさと終わらせてお鍋食べましょうね♪」
「う? お鍋ですか?」
「調理器具は持ち込みましたから、後で食材の買出しに行きましょう」
天莉と十星の言葉にヒイロは目を輝かせ部屋の中へ入っていく。
自分の放置した空き缶を踏んで盛大に転び、後頭部を強打して泣き出す‥‥そんなヒイロのアホから戦いの幕は上がった。
●レッツ掃除
兎に角まずは掃除である。片付けない事には何も出来そうにない部屋の惨状が自然と彼らをそう仕向けた。
メイド姿は伊達ではないのか、各自テキパキと掃除をこなして行く。ヒイロと斬子は戸惑いながらもそれなりに真剣な様子だ。
「はぅう、めんどくさいですよぅ‥‥」
「真面目に掃除しないと、ヒイロちゃんだけ飯抜きにするぞ?」
「涼君は悪魔ですか!?」
「服は回収して後のゴミはさっさと捨てるわよ。さあ、拾った拾った!」
「1つ使ったら1つ片付ける、そうすれば部屋はいつも綺麗なんだな」
ニアとイスネグに言われ、ヒイロはばたばたと右へ左へ。
「あ。十星さん、下着踏んでますよ〜」
「おっと‥‥本当に足の踏み場も、ない‥‥」
珠洲の一言で足元を見やる十星。彼が踏んでいたパンツには『漢』の文字が記されている。
良く見ると衣類の趣味が若干おかしい。シャツには『情熱』だとか『狼魂』だとか変なプリントがされている。
「‥‥‥‥」
十星は何も見なかった事にして無言で衣類を拾い上げた。
「片付けはこんなもんか? 次は部屋の掃除だな」
水を張った持参したバケツに雑巾を突っ込み豪快に絞る涼。ニアはそれを見て『逞しいメイドもいいかも‥‥』と少し思った。
そんな時である。がちゃりと扉が開き、遅刻してやって来た上杉・浩一(
ga8766)が姿を現した。
全員の視線が浩一に集中する。勿論全員メイド姿である。浩一は小さく頷いた後、悪びれも無く片手を挙げて言った。
「すまん、寝坊した」
「絶対わざとだろーっ!? 今ちょっと俺の事見て笑っただろ!?」
「いや、わざとじゃないんだ。笑ってもいない」
猛然と駆け寄り肩を激しく揺さぶる涼だが浩一は相変わらずぼんやりとした様子である。実際彼はメイド服に着替えさせられる危険を察知し、回避する為に遅れてきたのである。
そんな浩一の腕をがしりと掴んだのは珠洲と斬子であった。二人はずいっと浩一に顔を寄せ、にっこりと笑う。
「何事も形から入るのが一番!」
「一人だけ助かろうなんて許しませんわよ‥‥?」
そのまま両脇を二人に掴まれ、浩一は部屋から引きずられていった。無慈悲に扉が閉まり、傭兵達は無言で掃除に戻る。
戻ってきた浩一は例外なくメイド姿に変身しており、ヒイロに爆笑されたのは言うまでも無い。
●君が帰る場所
「先輩も一人暮らしという未知の航海に旅立つんだな」
「俺達も未知の世界に旅立ちそうになったけどな」
部屋の片付けと掃除が終わり、イスネグと涼は肩を並べて一息ついていた。掃除も終わったのでメイド服の必要性はもう無いと言う事で一応全員着替えを済ませている。
珠洲は大分ごねたのだが、ニアが身を粉にして説得してくれたお陰で彼女以外に特に被害は出ていない。
「全自動の洗濯機があれば難しくないでしょう、あとはやる気の問題です」
「最近の機械は便利ですねー!」
拾い集めた衣類を洗濯機で洗っている珠洲とヒイロ達。その傍らにニアが倒れている気がするが恐らく気の所為だろう。
「ヒイロさん、洗濯機が回っている間に買出しに行きましょう」
「あ、私も一緒に行きます。歩きながらでも教えられる事はありますし」
という事で十星とニアがヒイロと斬子を連れて買出しに向かう。その間に天莉は準備していたトレーニング機材の設置を開始する。
「体術練習用に実家から木人を送ってもらったんですよ♪」
「どんな実家だ! というかこれは流石に怖いぞ!?」
「‥‥ただでさえ狭い部屋が、大変な事に‥‥。部屋の四割くらい木人ですね‥‥」
天莉がずらりと並べた木人に涼がツッコミを入れ、更に奏歌が続く。とりあえず木人は撤去となった。
そんなこんなで種類も中々充実。設置場所を決めるのは奏歌で、自らが盲目であるが故に身についた整理された物の配置について指示していく。
「なるほど〜トレーニングルームか。これなら帰って来たくなるねぇ」
「イスネグさーん、そっち持って貰っていいですか〜?」
天莉に手招きされイスネグも設置に参加する。そこへ出かけていた浩一が戻ってきて紙袋から壁紙やカーテンを取り出した。
「あんまり殺風景だと寝起きが悪いからな」
模様替えは見る見る進み、涼と珠洲が小物を飾りつけると小奇麗な部屋へと変身していく。中央にパンチングマシーンが鎮座しているが‥‥。
「‥‥見違える程綺麗になりましたね」
奏歌の呟きにそれぞれが満足気に頷く。最早あの壊滅的環境は見る影も無い。そこへ買い出し班が戻ってくるのだが‥‥。
「何故、ヒイロは泣いているのですか‥‥?」
「豚の‥‥えぐっ! 女の子がぁ‥‥っ!」
「犬の少年は‥‥彼は、そんなつもりでは無かったんですわ!」
号泣するヒイロの傍ら斬子も胸を熱くさせていた。二人はそのままニアに飛びつくのだが‥‥彼女がどんな話をしたのかは十星にしか分らない。
「あはは‥‥。それよりヒイロ、部屋が綺麗になってるよ」
「ふぉお、本当です! 何かもう別の部屋になってるですよぅ!?」
はしゃぎながらルームランナーの上で延々と走り続けるヒイロ。何と無くハムスターと滑車を思い出す傭兵達であった。
●暖かい夜
それから賑やかに鍋の準備が始まった。
「まずは、カシェルさんにおいしいと言わせることを目標にしましょう」
鮭を一匹使った石狩鍋の準備はヒイロや斬子が盛大に指を切り出血する等のトラブルにも見舞われたが周りの支えもあり順調に進んでいく。
それぞれが得意分野で二人に料理を教え、初めての経験だが楽しかったのか常にそこには笑顔が溢れていた。
ぐつぐつと煮える鍋をコタツの上に設置し、一同は鍋の完成を待つ。部屋が狭い事もあり全員同時にコタツには入れないのだが。
「部屋を片付いてると皆で楽しく過ごせるんですよ♪」
「天莉君の言う通りですねー。とっても楽しかったですよぅ」
「一人が寂しいなら‥‥あえて完全な自立は控えて。カシェルに自室に来て貰う口実を作れば‥‥良いと思いますよ」
奏歌の呟きにヒイロは目を丸くすると、自分の隣に奏歌を座らせる。コタツに並び、ヒイロは言った。
「ヒイロ、出来るだけ頑張ってみるです。一人は寂しいけど、早く一人前になる為に!」
奏歌の手を取りヒイロは目を輝かせる。その様子に奏歌は小さく微笑み頷いた。
涼はヒイロの前にサボテンを置き、少女の頭をポンと撫でる。
「あんまり水やりすぎると根が腐っちまうからな、今の時期は月に一回で良いぜ。因みに名前はマレウス君だ」
それを切欠に続々と傭兵達はヒイロにプレゼントを差し出していく。
「これは良く出来たご褒美です」
「まねきねこ、好きかしら〜♪」
「特製自立ノートと、トナカイの縫い包みをどうぞ」
「姿見があれば身嗜みをチェック出来るの。ちゃんと使ってね」
「ほわぁ!? 十星君も珠洲ちゃんもイスネグ君もニアちゃんもありがとうです!?」
怒涛の勢いで傭兵に取り囲まれるヒイロを眺めながら微笑む斬子。彼女へイスネグはうさぎの縫い包みを手渡す。
「斬子さんもお疲れ様。君はやっぱり友達思いのいい子だね」
「こ、こんな子供っぽいの‥‥嬉しくないですわ」
「まあそう言わずに」
続いて十星がリングを手渡す。斬子は顔を赤らめそっぽを向きながら縫い包みを抱いた。
「二人ともママとのお約束を忘れないでね。さて、教会の鍋奉行としては黙っちゃいられないわ!」
ニアの一声でいよいよ鍋会が始まった。喧騒の中浩一は苦笑し、安心したようにコタツに入って寝転がる。これならカシェルが見てもきっと褒めてくれる事だろう。
「火が通ってれば大体食べられますよ♪」
「天莉さん、具材の入れ方にも順番ってものがー!」
「奏歌ちゃん、ヒイロが食べさせてあげるですよぅ! はい、あーん!」
無理に食べさせられて少し困った様子の奏歌。狙いを逸らす為もあり、思い出したように呟く。
「‥‥斬子はヒイロとライバルだそうですが‥‥より身近に‥‥競い合う場が欲しくは無いですか?」
「どういう意味ですの?」
「ですから‥‥一緒に住んでみてはどうでしょうか‥‥」
目をぱちくりさせる斬子とは対照的にヒイロは鮭を頬張りながらにっこりと微笑む。
「くず子、一緒に住むですかー? ヒイロはくず子と一緒に暮らしてやってもいいですよぅ。コタツはヒイロのですけど」
「きゅ、急にそんな事を言われても困りますわ‥‥! でも、ヒイロさんがどうしてもというなら‥‥」
「鮭うまうま‥‥♪」
既にヒイロは鮭に魅了されて話を聞いていない。斬子は無言で背後から頭を叩いた。
「‥‥やはり、素質がありそうです」
呟く奏歌の背後、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の頭をがしりと珠洲が掴む。ピタリと静まるその様子にニアは目を逸らした。
「斬子さん、これからも部屋に遊びに来た時に色々と協力してあげて下さいね?」
笑顔で語る天莉に小さく頷く斬子。一応喧嘩は収まったようだ。
「そうだ、せっかくだしカシェル先輩も呼ぶか」
「それならもう声をかけておいたぞ」
涼の声にぱくぱくと鮭を口に運びながら応じる浩一。ヒイロは負けじと鮭を集中攻撃する。
「浩一君黙々と鮭を食べないで欲しいのですよぅっ!」
熾烈な鮭争奪戦とニアの仕切りで大騒ぎになってしまったが、こうしてヒイロは無事に部屋に帰る事が出来たのである。
トレーニングルームも兼ねるというアイデアはヒイロも大変気に入った様子で、そうそうどこかへ行ってしまう事もないだろう。
全てはめでたしめでたし。暖かく賑やかな夜は彼女の自立の始まりを祝うかのように遅くまで続くのであった‥‥。
余談だが、後日十星が手配した巨大なヒイロの祖母の写真が届き、彼女はぷるぷるする事になる。が、これはまた別にお話である――。