タイトル:十字架は黒を語るマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/20 23:23

●オープニング本文


●墓守の神父
「――というわけで、アッサリ九号がやられたアル」
 とある海沿いの村にある岬に小さな教会があった。そこへ降り立った怪鳥の背から声を投げかけるチャイナドレスの少女を見上げ、神父は無言で頷く。
「そうか。セプテムが死んだか」
「元々戦闘用の身体じゃなかったアルからなーっと。あらよっこいしょ」
 鳥の背から降りたレイ・トゥーは先日傭兵に討伐された強化人間、『セプテム』の末路について神父に説明する。
 レイはセプテムの死に際に居合わせたのだが、特に何もする事なく戻ってきた。ここへ足を運んだのは同じバグアの部下である彼に事情を伝える為であり、他の理由は持ち合わせていない。
「そうか。あいつの実験はこれで中断だな」
「ちっとばかし派手にやりすぎたアルね。人間おっかないアル。何かあったら些細な事でも即飛んでくるアルよ」
「そうだな。それが奴らの仕事なら当然だろう」
 腕を組み頷く神父。と、そこへ教会の中から数人の幼い子供達が飛び出してきた。なにやら楽しげにレイに駆け寄ると、子供はその服を引っ張りまくる。
「わーい、アルの姉ちゃんだー!」
「アルちゃんだー!」
 左右からぐいぐい引っ張られ、レイは冷や汗を流す。やがて耐え切れなくなったのか両腕を振り回して吼えた。
「取って食うアルよ!? これだからガキは嫌いアル!!」
「わー、怒ったー!」
 笑いながら散り散りに去っていく子供を見送りレイは溜息を一つ。
「‥‥七号、いつまでガキを育ててるつもりアルか?」
「ああ。それが俺の仕事だからな。セプテムに頼まれた事だ」
「人体実験の素材アルか‥‥? しかし九号はもう死んだアルよ?」
「それでも頼まれた事だ」
 無表情に男は繰り返す。話にならないという様子でレイは苦笑を一つ。
「それにセプテムの事だ。バックアップは残しているだろう」
「‥‥んまぁ、そうアルな。死体は回収しなかったから、どの程度『継承』するかは謎アルが」
「ならそれまで待つさ。人間の子供の面倒を見るのは、意外と楽しいぞ?」
 そんな神父に背後から一人の少女が駆け寄る。服の裾を引く少女の頭を撫で、無表情に男は去っていく。
「相変わらず、変な奴アル‥‥。おーい、能力者はここもすぐ突き止めるアルよー? 逃げた方が賢明アルー」
「命令があるまでは動かん。俺の仕事はここでこの子達を育てる事だ」
 腕を組み、レイは盛大に溜息を一つ。言っても無駄と判断し怪鳥の背に乗るとその場を飛び去るのであった。

●作戦直前
「‥‥鳥の方は行っちゃいましたけど、先輩」
「ああ‥‥行っちゃったな」
 岩陰から二人の強化人間のやり取りを眺めていたカシェルとデューイは何とも言えない表情を浮かべた。
 先日の戦いで入手した情報から、ここに七号――『ユリウス』と呼ばれる強化人間が潜んでいる事が判明した。
 ユリウスは先日撃破したセプテムと精通しており、連絡の頻度や物資の行き交いから場所の特定は簡単であった。
 既に無人となったこの地にて孤児を集め、セプテムの人体実験の素材にしていたらしい――のだが。
「先輩、僕の想像とちょっと違ってるんですけど‥‥」
「そうだな。なんか、ちょっといい人そうだな‥‥」
 長身痩躯の神父は子供を肩車して歩いている。完全な無表情から心理を読み取る事は出来ないが、『極悪』という雰囲気には程遠い。
「前にやりあった奴が外道だっただけに意外ですが‥‥」
「相手がバケモノならやるしかないだろ? 余計な事は考えず集中しろカシェル。戦力は恐らくあいつだけじゃないからな」
 戸惑いを隠せないカシェルの肩を叩きデューイは笑う。見た目はどうあれ強化人間、その力は侮れないだろう。
「‥‥やるしか、ないんですよね。それがあの子達の‥‥為なんですよね」
 孤児院出身のカシェルの胸に去来するのは様々な感情。しかしそれは今彼にとって何の役にも立たない。
 重さだけをその身に纏わせるのならば今は忘れよう。自分は能力者――戦わねば生きていけない生き物なのだから。
「――やります。やりましょう、先輩」
 きつく目を瞑りカシェルは告げる。デューイはライフルを肩に乗せ少年の肩を軽く何度か叩くのであった。

●参加者一覧

鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
悠夜(gc2930
18歳・♂・AA
籠島 慎一郎(gc4768
20歳・♂・ST
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●陽だまりの中
「孤児院なのですね。こんな厳しい時勢ですのに、流石です神父様」
 ステンドグラスから教会内に降り注ぐ虹色の光は優しく、世界の希望を象徴しているかのようだった。
 その日教会を訪れたのは三名の旅行者であった。時の流れを感じさせる、しかし手入れの行き届いた長椅子に腰掛けナンナ・オンスロート(gb5838)は神父へと語りかける。
 ナンナとは恋人同士の関係にあると言う籠島 慎一郎(gc4768)は教会の中を興味深そうに練り歩いている。二人と神父の他、今この場所には静寂だけが同席していた。
「それが神父の仕事らしい。こんな辺鄙な教会を見に来るような君にこの物言いも無礼だろうが」
 自分は本物の神父ではないと白状し、ユリウスは腕を組んで語る。
「元々ここは人気の無い場所でな。勝手に住み着いていたら神父扱いというわけだ」
「神父でもないのに孤児の世話とは‥‥実に素晴らしい」
 慎一郎の言葉に神父は顔色一つ変えず背を向けた。奥の部屋に消えたユリウスを見送り慎一郎はナンナの隣に腰掛ける。
「カップルに見えますかね、我々」
 そう、勿論全ては嘘だ。彼らはカップルでも旅行者でもないし、ただの人間でもない。
 教会の外では和泉譜琶(gc1967)が孤児達に混じって大縄を跳んでいた。無邪気に笑う譜琶の様子に子供達も警戒を緩めすっかり馴染んでいるようだ。
「お祈りですか?」
 光の下で手を組み目を瞑るナンナ。慎一郎は席を立ち教会から出て行く。祈りを捧げるナンナの様子はただの『嘘』には見えなかった。
 子供に混じって縄跳びをするも、引っかかってよろけてしまう慎一郎。笑い声が響くその様子を遠くの岩場から別働隊が見守っている。
 楽しげに遊ぶ子供の様子に鐘依 透(ga6282)は戸惑いを隠せない。同じくセラ(gc2672)も困った様子で子供を眺めていた。
「う〜、子供たちが悲しみそうでやりづらいんだよ‥‥」
「ま、どちらにせよ後味が最悪な依頼になりそうだな」
 悠夜(gc2930)の言葉に『意地悪な事言わないでよー!』と頭を抱え静かに抗議するセラ。雨宮 ひまり(gc5274)は単純に初依頼で緊張しているのか、自分の役割を必死に反芻していた。
「そういえばデューイさんはどこ行ったんスか?」
「あ、先輩は後ろの方で見てるって‥‥。『六堂君、後は任せた』だそうです」
 余りにも投げっぱなしなデューイの伝言に六堂源治(ga8154)は冷や汗を流す。伝えたカシェルも困った様子だ。
「三人とも‥‥頼みます」
 胸に手を当て透は祈る。子供達を戦場から遠ざける事、それが全ての合否を決めると言っても過言ではないのだ。
「皆さん、神父様が好きですか?」
 慎一郎の問いかけに子供達は即答する。男は続け、子供に語りかけた。
「そうだ! では皆で協力して神父様にプレゼントをしましょう!」
 あえて明るい口調で語る慎一郎。海岸で硝子や貝殻を集めてオブジェを作る事になると子供達は何も疑わずについてくる。
「さあ、海岸まで競争ですよーっ!」
 完全に子供達のリーダーとなった微妙なお年頃の譜琶に続き皆が海岸へ向かっていく。神父はそれを見送りナンナに声をかけた。
「わざわざ子供の面倒を見てくれて感謝する。ここはあまり人がよりつかなくてな」
 足を止め振り返るナンナの目に映ったのは無表情な神父が僅かに微笑み、譜琶にひっついている子供を眺める姿だった。
「ありがとう。あの子達を頼む」
 それが何を意味している言葉にせよ、ナンナは笑顔を作る。嘘はまだ続いている。彼がその命を失うまで、終わらないのだ。
 教会を背に携帯電話を手に取るナンナ。砂浜では子供達が笑っている。だがそれが長く続かない事を譜琶は悟っていた。

●咎人は踊る
 偽りを引き裂くように襲撃班による攻撃が始まった。先陣を切った透の一撃を片手でいなし、神父は振り返る。
「俺に傷をつける‥‥能力者という奴か」
 続いて悠夜とカシェルが挟撃するが、神父はそれを左右の手で受け流す。転倒した二人をフォローし源治が切り込み刃を交えるが、互いに決定打を出せずに身を放した。
「おぉ、やるッスね‥‥。二人とも立てるッスか?」
「ああ。野郎‥‥ブチ壊してやる!」
「あの動き‥‥厄介ですね」
 構えを取り、神父は攻撃を誘っているように見える。改めて布陣を立て直し傭兵達も武器を構えた。
「レイから聞いたな。お前がセプテムを殺した人間か」
 源治を見つめ神父は静かに呟く。それに応じ源治も刃を構えた。
「弔い合戦でもするつもりッスか?」
「いや。そういう意識はないからな。ただ――油断もしないつもりだが」
 戦場に突如ベルの音が響き渡った。教会から現れたのは配置を予想していたキメラだ。亡霊型の物が一体、、そして人型の物が二体現れる。
 音色が奏でられた瞬間傭兵達の脳裏に目まぐるしく過去の情景が過ぎる。足が止まる彼らの中、響いたのはセラの声だ。
「しっかりしろ! 幻に惑わされるな!」
 襲い掛かるDスケイルから仲間を守りつつ叫んだのは厳密にはセラではない。彼女の第二人格であるアイリスである。
「ど、どどーしよ‥‥キメラあれ、キメラ!?」
 弓を携えおろおろしているひまりだが、戦闘経験の少なさが幸いして殆ど幻を見ていない。アイリスに言われ仲間に呼びかけ、少しずつ状態を立て直していく。
「く‥‥っ。因縁は乗り越えたはずなんだけどね‥‥」
 状態復帰した透がナイトメアへエアスマッシュを放つ。同時に源治もソニックブームを放ち、交差する斬撃を受けナイトメアはよろけながら墜落して行った。
 アイリスへ攻撃を続けるDスケイルへと小銃を撃ちながら駆け寄り、悠夜が鋭い一撃を放つ。アイリスと肩を並べ悠夜は頭を振って一言。
「嫌なもん思い出させやがって‥‥。悪いな、助かった」
「どういたしまして。さあ、反撃と行こうか」
 一方二体のDスケイルの内もう一体は透とカシェルが相手をしていた。
 透は二対の刃で素早く斬り付けるが、キメラは非常に頑丈で手応えは随分と硬い。
 一瞬でライトニングクローに武器を持ち替え、更に攻撃を繰り出す。予想通り先程より明らかにダメージが通っている。
 人型をしている以上、このキメラもまた被害者の一人なのだろう。眉を潜め、透は関節にクローを突き刺す。
「う、うぅ〜! あ、当たってくださ〜い!」
 今にも泣き出しそうな様子で何と無くひまりが放った矢が透の弱らせたキメラに突き刺さる。知覚攻撃だった事もあり、意外と倒せてしまった。
「‥‥あ、あれ?」
 思わぬ活躍にひまり本人が一番驚いたのは言うまでもない。少しだけ喜んだ後、また慌てながらひまりは攻撃に参加するのであった。

●神様はいない
 子供が拾い上げたシーグラスは淡く光を弾き不思議な色合いを見せる。子供達と一緒になって宝探しに夢中な『フリ』をする譜琶と慎一郎をナンナは少し離れた所で眺めている。
「シーグラスってどうしてこんなに綺麗なのかなぁ?」
 幼い少女はシーグラスを片手に首を傾げる。何故と問われると答えに詰まる譜琶の隣、慎一郎が言った。
「荒波の中で硝子は削られ、傷ついて美しくなっていくのです」
 いつか流れついた時、それは独特の風合いで人々を魅了する。まるで長い人の旅路のようだと男は語った。
「ねえお姉ちゃん。神父様、喜んでくれるかな?」
 少女の問いかけに一瞬笑顔が崩れそうになる。だが譜琶は精一杯に笑い、少女の頭を撫でて答えた。
「喜んでくれるに決まってますよ。だって、皆がこんなに一生懸命なんですから――!」

「さて、残りはてめえだけだぜ?」
 倒れたDスケイルを横目に悠夜がユリウスに銃を向ける。神父は『そうか』と短く答え前に出た。
 迅雷を発動し素早く近づいた透が様子見に斬撃を放つ。神父はそれを受け止め透へと顔を寄せた。
「何故浮かない顔をしている」
 神父が片足で大地を叩くと紫電が周囲へ広がった。一瞬硬直した透の胸倉を掴み、その身体を教会の壁目掛けて放り投げる。
「遠慮する必要はない。それがお前達の役割なのだろう?」
「ごちゃごちゃうるせえ! こいつがブチ当たれば――!」
 背後から悠夜が渾身の一撃を放つが、それも受け流されてしまう。雷撃を伴った拳が悠夜を襲うが、盾を構えたアイリスがそれをフォローする。
「アイリスッ!?」
 カウンターを受けて吹き飛んだアイリスは膝を着いて何とか立ち上がる。続いてカシェルが斬り込むがやはりカウンターを受けてしまう。
「これは‥‥一気に決めないと、厳しいですね‥‥」
 口から血を吐きカシェルが呟くと傭兵達は神父を取り囲むように布陣する。全員の一斉攻撃が始まった。

 激しい戦闘の物音に子供の一人が振り返り岬にある教会へ目を向ける。
 『私が見てきましょう』と告げ、慎一郎が来た道を戻っていく。ナンナはそれを見送り静かに呟いた。
「理を取るか利を取るか。どちらにせよ、私は後悔したくない――」
 仮に今更子供達が戻った所で全てが手遅れになっているだろう。潮風は冷たく、彼らの頬を撫でて行く。

 後悔したくない。だからこそ、嘘を吐いた。その結果彼らから大切な物を奪ってしまうと知っていても。
 カシェルが再び神父に斬りかかるがそれは成功しなかった。反撃で吹っ飛ぶカシェルに続きひまりが放った矢が偶然にも神父の視界を奪う。
 側面から悠夜が雄叫びと共に一撃を放った。更に透が次々と斬撃を放ち、それを神父が受ける頃には源治の刃が迫っていた。
 畳み掛ける重い攻撃に受けは間に合わず、ユリウスの身体は引き裂かれていく。しかし神父の目に憎しみや後悔の色は無かった。
 猛攻によろけ、膝を着く神父。刃を突きつけ透は小さく何かを呟いた。神父は微笑み――そして目を瞑る。
「胸を張れ、人間。お前達は見事、役割を果たしたのだから――」
 子供を助けたいと思った。その為には彼らの大切な物を奪わなければならなかった。矛盾した、だがそれだけの事実が刃に重く圧し掛かる。
 坂道を戻ってきた慎一郎が見たのは倒れた神父の姿。そして彼らの嘘の末路であった――。

●嘘
「うそつき! あくま、ひとごろし! 神父様をかえせ! かえして!」
 譜琶に投げつけられたのは皮肉にも彼女が集めるのを手伝った宝物の一つだった。
 懸命に説明を試みても幼い彼らにそれを理解する事は出来ない。そう知っていても全てを打ち明けたのは譜琶なりの誠意だったのかもしれない。
 何度も頭を下げ謝罪の言葉を重ねても子供達は彼女達を許さないだろう。泣きながら糾弾する子供の声に譜琶は必死に耐え続けていた。
「幼い希望を奪い取った気分はどうですか?」
 教会の影では負傷したカシェルを慎一郎が手当てしていた。カシェルは口元の血を拭い溜息を漏らす。
「良い訳ないでしょう。僕は貴方とは違うんです」
「おや、どう違うのですか? 我々は望んで孤児達にとっての光を奪ったのです。そこに違い等あるはずもない」
 立ち上がりカシェルは慎一郎へ掴みかかろうとする。しかし冷静さを取り戻し、手を放すと黙ってその場を去っていく。
「傷の手当はもう宜しいのですか?」
 返事もしないカシェルに肩を竦める慎一郎。アイリスの手当てをしながらひまりはその様子を眺め戸惑っていた。
「け、けんかでしょうか‥‥?」
「さあな。まあ気持ちはわからねえでもないが」
 壁に背を預けつっけんどんに悠夜が言う。ひまりは少し怯えた様子でなにやら気合を入れ‥‥。
「痛いの痛いのとんでけーっていうおまじないがあってね、ええと、どうやるんだっけ‥‥」
 謎のおまじないに奮闘するひまり。微笑ましいその様子にアイリスは苦笑し子供達を見やる。
「完全に私達が悪者だな。これはセラには見せられそうもない」
「ガキ共なんてどうでもいい。俺達は依頼内容に沿ったヤり方をヤっただけだ」
 そう応じる悠夜もまた浮かない様子に見えたのは、アイリスが彼の本音を理解していたからだろうか。
「透は手当てしてもらわなくていいんスか?」
 一人離れた場所で震える手を見つめていた透の肩を源治が叩く。浮かない様子で透は力なく微笑んだ。
「悪いのはバグアで‥‥僕らで。なのに、泣くのはいつも‥‥」
「‥‥割り切れとは言わないッスよ。でも俺達は子供達の命を繋ぐ事が出来た――俺はそう信じてるッスよ」
 透は思い出す。神父は死に際謝る彼に何故か微笑んだのだ。彼が『これでよかった』と思って逝ったのであれば、少しは赦されるのだろうか。
 いつまでこんな事が続くのだろうか。震える手を握り締め透は遠く想いを馳せる。憂いはまだ、当分晴れそうにもない――。
「泣かないでとも怨まないでとも、言いませんし言えません。大切な人を奪ってしまったんですから‥‥でも、後悔はしていません」
 子供達に背を向けてとぼとぼと戻ってくる譜琶。ナンナは静かに頷き少女の小さな肩を叩いた。
 避けられない事だったと。仕方の無い事だったと。譜琶の言葉は誰に言うでもなく自分に言い聞かせているようだった。
「――帰りましょう。私達は、その役割を果たしたのですから」
 優しいナンナの声が今は何よりも辛かった。譜琶は黙って頷き、砂浜を去っていく。
 孤児達はそれぞれ別の孤児院に引き取られ離れ離れになる。それでもきっとこの日の事を忘れる事は無いだろう。
 いつか大人になって世界の残酷さを理解した時、彼らは能力者にどんな想いを抱くだろうか。
 その日の答えを聞くまでは、恐らく終わらないのだ。この夕闇の中を去っていく、彼らの戦いもまた――。