タイトル:イリス脱走マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/17 02:47

●オープニング本文


●悪いお知らせ
「えー、今日は皆に二つお知らせがある。ちなみに両方悪いお知らせだが‥‥まあ、大体予想はしていると思う」
 ライブラ研究開発室、そこには集められたスタッフを前に腕を組んでいる室長の姿があった。
 先日の評価試験後、彼らの活動は停止していた。その時点である程度これから何が発表されるのかは分っているのだが、誰もが固唾を呑んで見守っている。
「まず一つ目‥‥。先日、上の指示で正式にライブラのプロジェクト凍結が決定した」
 落胆の声が広がり白衣のスタッフ達はがくりを肩を落とした。勿論取りまとめていた室長も同じ思いである。
 先日の試験中、システムの根本的な部分に問題があった事は避けようの無い事実であり、まだライブラは完成には程遠いという評価が下ったのだ。
 ライブラの完成度に関しては是非もないが、そこには上層部の思惑も絡んでいる。能力者や軍人が相手の商売なのだ、実装されてから不具合がありました、では済まない。万全を期したいと言う意見に対し彼は何も言い返せなかった。
「プロジェクトの再開の目処は立たず‥‥このまま打ち切りの可能性もある。僕も責任を負って転属、だそうだ」
「そんな‥‥。ライブラ自体には何も問題は無かったはずでは‥‥」
「あのトラブルは何か人為的なものを感じる‥‥それも確かだけどね。結果を出せなかった以上、僕らの敗北だよ」
 研究員の一人の言葉に首を横に振り室長は応じる。沈んだ空気の中咳払いを一つ、彼はもう一つの報告を始めた。
「それでもう一つ、悪いお知らせがあるんだけど」
「これ以上何があるっていうんですか‥‥」
「うん。実は、数日前からイリス君と連絡がつかないんだ。つまり分りやすく言うと――家出、だね」
 一瞬の沈黙の後全員がうんざりした様子で悲鳴を上げた。室長も冷や汗を流し、一通の手紙を取り出す。
「これがイリス君の置手紙だ。ここに、大体の事情が書いてある。じゃあ読み上げますよ‥‥っと」

●行き場を無くして
 ライブラプロジェクトの凍結をイリスは一足早く耳に挟んでいた。
 切欠は疎遠になっていた父親からの連絡である。父から送られてきたメールはイリスに実家に帰るように促していた。
 元々学者の家系、イリスの父親は大学教授でもある。姉を追って家を飛び出したイリスの行動は当然父にはよく思われては居ない。
 戻ってきて当たり前の学業に勤しむ事こそが正しく、そして幸せなのだと説くそのメールに背を向けイリスは手紙を書いていた。
「‥‥どうせすぐに父さんの手の者が迎えに来る。それなら‥‥」
 イリスはライブラのデータに誰も手を出せないように細工を施し、荷物を整理すると直ぐに研究室を出た。
 それが悪い事だと分っていても、そんな事をしても意味などないと分っていても、それでも逃げずには居られなかった。
 背負った鞄はとても軽い。中に入っているのは彼女のペットである白いうさぎが一羽と、ほんの僅かな私物だけ。
「今日までありがとう‥‥羽村室長。それと、ごめんなさい――」
 少女は白衣を翻し逃げ去っていく。深夜の静寂の中、誰にも見送られる事も無く――。

●‥‥で?
「つまり、イリス君は実家に帰りたくないのとライブラの研究を続けたいのと、まあそんな理由で脱走したわけだが‥‥」
 そんな事が許されるはずもない。バレれば即刻クビ、それこそライブラの計画は無かった事になってしまうだろう。
「な、なんとか連れ戻せないのでしょうか‥‥」
「この件はくれぐれも内密に‥‥。皆は普段通りの仕事を続けて、イリス君のことはしらばっくれてほしい」
 確かにそうする以外に手段はないだろう。二つの悪い情報に肩を落とし散っていく部下を見送り室長は溜息を一つ。
「――この程度で諦めてしまうようには見えなかったんだけどね。イリス君‥‥何があったんだい‥‥?」
 同時刻、LHの一角をとぼとぼと歩くイリスの姿があった。冷たい風に吹かれ少女は空を見上げる。
 今日も世界は平穏に、そして残酷に時を刻み続けている――。

●参加者一覧

レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
牧野・和輝(gc4042
26歳・♂・JG
龍乃 陽一(gc4336
22歳・♂・AA
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER

●リプレイ本文

●イリスを探せ
 その日は秋晴れのとても清清しい日だった。
 脱走したイリスを連れ戻して欲しいと依頼を受けた能力者達は自分達のホームグラウンドであるLHを何故か練り歩いている。
 結論から言うとイリスはわりとアッサリと発見されたのだが、そこに至るまでは傭兵達のドラマがあったりなかったりである。
「最近は寒いですし、体を壊してないと良いんですけど」
 左右をきょろきょろと眺めつつ街角にすっかり溶け込んでいるのは望月 美汐(gb6693)だ。
 いきなりのイリスの家出を心配しつつも彼女がまず向かったのはとあるケーキ屋であった。
 乗っているバイクがもう少し可愛らしければ普通に女性の休日に見えない事もないだろう。
 ケーキ屋から少しだけうきうきした様子で出てきた美汐は再びパイドロスに跨り移動を開始する。
「すいません、こんな子を見かけませんでしたか?」
 コンビニを何件か巡り、店員に美汐は身振り手振りでイリスの特徴を伝え情報を得ようと奔走する。
 両手で小さい少女の輪郭を描いてみせるのだが、店員は見覚えが無いという。美汐はメモにある店名に×印をつけ、次の場所へとまた移動を開始するのであった。

「んー‥‥。いないですねぇ‥‥」
 パイドロスに乗った美汐が去っていったコンビニの路地裏から現れたのは張 天莉(gc3344)である。
 路地裏にひっそりと隠れているのではないかとあたりをつけた天莉は地道に徒歩でイリスを探していた。
 ちょっとゴミ箱を開けてみたりするが、勿論イリスが入っているはずもない。その様子は一見すると猫か何か探しているかのようだ。
 と、そこで何かを思いついたようにポンと手を叩くとそのまま彼はコンビニに入っていった。暫くすると彼は少し大きめの袋を片手に提げ、苦笑を浮かべて出てくる。
「コンビニ物でも無いよりはマシ‥‥でしょうか?」
 絶賛家なき子中であるイリスの事だ、お腹を空かせているかもしれない。イリスの誕生日も考慮し一応ケーキも購入している。
「そうだ。兎さんがいるペットショップに行ってみましょうか♪」
 もしかしたらショーウインドウにイリスがへばりついている‥‥かもしれない。天莉は空を見上げ、一息ついて歩き出した。

「――ったく、本当にガキだな。メンドくせぇ‥‥」
 眉間に皺を寄せ紫煙を吐き出し、牧野・和輝(gc4042)は空を見上げてごちる。
 先程からLHにある公園を渡り歩くという苦行に従事している彼はぶつぶつと文句を言いながら実に不機嫌そうである。
 その割には何故か兎のぬいぐるみを持っていたり、中々熱心に草木の陰等を探している辺り実は心配なのだろう。
「全く、本当に骨が折れるな‥‥」
 ふと、何故自分はこんな事をしているのかと彼は思い直した。携帯灰皿に煙草を捻じ込み自分に言い聞かせるように思う。
「――散歩だと思えば良いだろう」
 何度か頷き歩き出す和輝。勿論普段から散歩なんてしていないのは彼自身が一番良くわかっている。
 ふと振り返ると、背後の広場で何やら人だかりが出来ていた。その正体を確かめると男は一度目を擦り、何も見なかった事にして次へと向かった。

 広場に集まる子供の中心、ニコラス・福山(gc4423)はそこに立っていた。
 とは言え今の彼を一目でそれと理解するのは難しいだろう。何故なら彼は今うさぎの着ぐるみに身を包んでいるからである。
「プラン1‥‥失敗、か?」
 確かに子供は集まってくるがイリスらしい人物は見当たらない上にやたらと疲れる。そもそもサイズが合っていないのだと気づきニコラスはスポっと被り物を脱いだ。
「可愛いさに惹かれて寄ってくるかと思ったが、やれやれ‥‥これは割に合わんな」
 大人用の着ぐるみをずるずる引きずりながらニコラスは額に汗して移動する。暫く子供がついてくるのだが、親が『ついてっちゃいけません!』と言うと急に周囲は静かになった。
 物陰で完全に着ぐるみから脱出したニコラスは疲れた様子で行きつけの店に立ち寄り煙草を購入する。彼曰く、『他の店だと説明が面倒』らしい。
 人気の少ない公園にやってきたニコラスは先程の店で購入した大量のプリンを黙々とベンチの上に並べ始めた。
 プリンで出来たピラミッドを眺め何やら一仕事終えた様子のニコラス。これでイリスが釣られてやって来る‥‥らしい。
「‥‥ふう、めっきり寒くなってきたな」
 木枯らしが吹いてもピラミッドは崩れない。何故ならプリンで出来ているからだ。
 プリンが大好きなニコラスは、科学者は全員プリンが大好きだと思っている。そう信じている。間違いないのだ。
 ピラミッドの隣に腰掛け紫煙を吐き出す。空はこんなに青いのに、何故か彼の胸に去来する空しさ‥‥。
「寒く感じるのは、風が冷たくなったから、だけじゃないってか‥‥」
 通りがかった子供が言う。『ママ、ピラミッド!』と。ママは言う。『見ちゃいけません!』と――。

 その頃、龍乃 陽一(gc4336)はバイクでLH内を走り回っていた。
 以前少々面識があった陽一はイリスと依頼で会えると思ってやって来たのだが、いきなり妙な役回りになってしまった。
「今の時期は寒いでしょうからね‥‥。なるべく早く見つけてあげたいものです」
 赤信号なのか、バイクを止めて陽一は周囲を眺めながら呟く。しかし中々車が流れ始めない。
 余りにも信号待ちが長いと違和感を覚えた陽一がひょっこりと交差点を覗き込むと、信号は既に青になっていた。
「あれ?」
 一度バイクを降り、クラクションが鳴りまくる交差点へ向かう。するとそこには道の真ん中でうつ伏せに倒れているイリスの姿があった。
「ふむ‥‥」
 腕を組み、一瞬陽一は固まった。それから慌ててイリスを回収しバイクの所まで戻る。
「イリスさん、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
 路肩にバイクを停めてイリスの身体を軽く揺さぶる。するとイリスはゆっくりと瞼を開き言った。
「貴方は‥‥確か、戻る男‥‥」
 真顔のままの陽一はまた一度固まった後深々と溜息を漏らし、仲間へと連絡をつけるのであった。

●逃げ出した先で
「考え無しで飛び出すとは、全くビックリさせるな。怪我は? 風邪とかひいてないか?」
 集まってきた傭兵達の中、レベッカ・マーエン(gb4204)が溜息混じりに言う。イリスは当然だが薄汚い格好でやつれてしまっていた。
「え、ええ。問題はありません」
「問題ありませんじゃねぇ‥‥。あんま、心配掛けさせんじゃねぇよ」
 そっぽを向きつつ和輝が言うと、『よほど心配だったんですね〜』と天莉が微笑んだ。
「無茶しないで相談してくださいね? みんなで探し回ったんですよ」
「そ、そうだったんですか‥‥。それは、申し訳ありませんでした。まさかそうなるとは‥‥」
 申し訳無さそうに項垂れるイリスの頭を撫で回し美汐は苦笑を浮かべる。その様子を陽一は頷きながら見守っていた。
「で、だ。とりあえずは‥‥風呂か?」
 少し離れた位置でニコラスが言うと、イリスを抱きしめていた美汐が眉を潜めて言った。
「非常に言いにくいのですが‥‥臭いますよ」
 こうしてまずはイリスを風呂に入れる事になった。銭湯までやって来た傭兵達の中、美汐は『覗いちゃ駄目ですよ♪』と言ってレベッカと共に暖簾を潜っていった。
「‥‥流石に覗かないだろ」
 額に手を当て溜息を漏らす和輝。ニコラスはごそごそと袋を漁り、残った男性陣にプリンを差し出した。
「まあのんびり待つとしよう。経験上、女の風呂は長いぞ」
 素直にプリンを受け取り嬉しそうな様子の天莉。だが陽一と和輝はプリンを片手に冷や汗を流していた。
 子供にしか見えないニコラスだが――彼は立派な『夫』である。
「どうした、味は保証するぞ?」
「え、ええ‥‥いただきます」
 こうして男四人が並んでプリンを食べている頃、女性陣は湯船に浸かっていた。
 美汐に体中を洗われ綺麗になったイリスは、頭の上にタオルを乗せ蕩けた表情を浮かべている。
「全く‥‥うさぎはちゃんと動物病院に連れて行けよ」
 ちなみにそのうさぎは現在天莉の肩の上に乗って大人しくしている。
「これはあたしの私見だが――この間のライブラのエラー、あれはハッキングによる人為的なものだろう。イリス、おまえ犯人に心当たりがあるんじゃないか?」
 核心を突くレベッカの言葉にイリスは身じろぎする。それから小さく息をつき、目を瞑って言った。
「‥‥はい。そしてあんな事が出来るのは、私以外には一人しか居ません」
 ライブラの基本骨子を生み出したのはイリスではなく、姉のアヤメであった事。姉が捨てたライブラをイリスが引き継いだ事。
 まだ自分にも解明出来ないブラックボックスがある事。そして先日のトラブルはそのブラックボックスからの影響であった事‥‥。
 ぽつりぽつりと語り、イリスは泣き出しそうな表情を浮かべた。レベッカは片手でイリスの頭を撫でる。
「それが何だ? 自分の夢も、仲間の努力も全部捨てて逃げ出す理由になるのか? 背中を見せれば恐怖に押し潰されるだけだぞ。誰も知らない領域を目指す、それがあたし達科学者の矜持だろ」
「レベッカ‥‥」
「イリス、おまえが揺らいでどうする。信じろ、家族だろ。歪みを正せるのは多分おまえだけだ。だから信じろ、自分を、家族を」
 レベッカの言葉にイリスは何度も頷き、そして小さく笑みを浮かべた。そこへ美汐が背後からイリスに抱きつくと、女湯に少女の悲鳴が響き渡るのであった。
「――LHは今日も平和ですね」
 お茶を飲みつつ陽一が頷く。暫くして戻ってきたイリスはのぼせた様子でぐったりしていたという。

●一人じゃない
 風呂から上がったイリスは何故かツインテールになっており、乙女チックな衣装に身を包み頭にはうさみみが生えていた。
 何が起きたのかわからなかったがイリスにもそれはわからなかった。全てはレベッカの策略である。美汐も着替えは用意していたが、こっちの方が面白そうなので乗ったらしい。
「わぁ、イリスさん似合ってますね♪」
「うんうん、可愛いですよ? 可愛い」
「‥‥何故でしょう。そこはかとなく納得しかねます」
 天莉と陽一に頭を撫でられイリスは照れくさそうにそっぽを向いた。その様子を和輝が笑うとイリスは無言で和輝を睨みつける。
「それだけ元気なら大丈夫だろ。さて、とりあえず何か食うか?」
「‥‥え? 皆さん、仕事はもう終わりでは?」
 和輝の言葉に首を傾げるイリス。陽一は肩を竦め、イリスにそっと手を差し伸べた。
「折角の休日ですよ? このままただ帰るだけではつまらないでしょう」
「戻らない男、龍乃陽一‥‥?」
 がくっと一度脱力した後、陽一は咳払いを一つ。
「何処へでもご案内しますよ。何もお力にはなれませんが、せめて僕からの誕生日プレゼントとさせてください」
 驚いた後、イリスは嬉しそうにその手を取った。こうして僅かばかりとは言え、本当の意味で少女に安らぎの時間が与えられたのであった。
 美汐は以前約束していたスイーツの店にイリスを連れて行った。瞳を輝かせ、口の周りをクリームだらけにするイリスを見て満足気に微笑み、頬についたクリームを取って舐めた。
 天莉はイリスと共にペットショップへ向かい、ショーウインドウにくっついてうさぎを眺めたりした。結局自分のうさぎが一番可愛いという結論に至ったが。
 陽一のバイクに乗せてもらい、ツーリングもした。落ちるのが怖いのか陽一の背中にぎゅうっとしがみついていたが、初体験なのかイリスは楽しげに笑っていた。
 そんなイリスの様子を眺め和輝は安心したように煙草に火をつける。心配事は山程あったが、それもどうやら良い方向へ向かっているようだ。
 イリスは一人ではない。周りに手を差し伸べてくれる人達がいるのだ。今日、それを彼女が思い出してくれたならいいのだが。
「随分とあの子を気にかけているようだな」
 隣に並んで同じ様に煙草を咥えたニコラスが笑う。和輝はまた空を見上げる。問いかけには当然、答える事はなかった。

●次のステージへ
 約束通り傭兵達はイリスを連れて研究所へ戻って来た。考えも纏まったのか、イリスは清清しい表情で前を見る。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました。それと‥‥ありがとう」
 少しだけ寂しそうなその横顔に美汐は隣に並んで夕日を仰ぐ。
「私も家族との折り合いは悪かったですからね。帰りたくないと言うのも分からなくもありませんが」
 それからイリスの肩を叩き、優しい目で続けた。
「伝えてみればどうです? 『諦めていない』と言うことを。逃げるのは出来る事を全部やってからでも遅くは有りません。私も手伝いますから」
 『助けてって、言えばいいんですよ』――美汐の唇が優しく言葉を紡ぐ。
「手が必要だってんなら、いつでも呼んでくれれば良い。俺の手も‥‥差し延べられているものの1つだからな」
「牧野・和輝‥‥ありがとう」
「そしてー‥‥誕生日おめでとうございます♪」
 クラッカーを鳴らし、天莉が笑顔で告げる。突然の事に目を真ん丸くするイリス‥‥しかし傭兵達は同時に笑い出した。
「え? え?」
 おろおろするイリス。そこへ彼女の上司である羽村室長がやって来て告げる。
「実は望月さんから連絡を受けてね。君の誕生日パーティーをすることになったんだよ」
「は?」
 傭兵達は既に聞いていたのか特に驚く気配もない。陽一はバイクに跨ったまま一言。
「実は時間稼ぎの為にツーリングにお誘いしたんですよ」
 ぽかーんとしたままのイリスを背後から抱きしめ美汐は笑う。
「誕生日に家出するとは悪い子です。ハッピーバースデイ、イリス♪ 大好きですよ♪」
 こうして長いようで短かった一日が終わり、また新しい一日が始まる。笑顔も涙も超えて、新しい舞台へ少女は一歩を踏み出したのだ。
「――あとな、家族に顔くらい見せてやれ。なんだかんだであたし達はまだ子供だからな」
 イリスのうさ耳を指先で弾き、レベッカが言う。イリスは苦笑を浮かべ、そして振り返る。
 和輝に渡されたうさぎのぬいぐるみを抱いて歩き出した。子供の自分を見守ってくれる人がいる。子供なりに今出来る事、そして未来の為に出来る事がある。
 顔を上げたイリスの目に迷いは無かった。しかし困難へ立ち向かうのはもう少しだけ後の話にしよう。
 今はまだ、この楽しい一日を終わらせてしまいたくはないから――。