タイトル:ライブラ評価試験βマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/31 12:31

●オープニング本文


「いや〜、試験の評判、上々じゃないか! 良かったね、イリス君」
 研究室の自動ドアが開き白衣を着た男が笑いながら入ってくると、イリスは相変わらずだらけた格好でクッションに顔を埋めていた。
「まあ、ここまでは想定通りですよ室長‥‥。私と、私達が作ったライブラですよ?」
「ははは、そうだね。最近は君も研究室の面子と仲良くやって‥‥いや、むしろ仕切ってるくらいかな? いい空気だよ」
 顔を上げたイリスは少しだけ大人びた笑顔で目を伏せた。意地を張っていても事態は好転しないと分かったなら、やるべき事をやるだけだ。
「さて、いよいよ次の試験で全てが決まる。失敗は許されないが、これまでの積み重ねを信じて頑張ろう」
「ふん、当然です。今度のシミュレーションも徹夜で作った自信作ですからね!」
 そんなイリスはいつ寝ているのだろうか? と、ふと心配になる。しかし本人は体力気力共に充実している様子だ。
 これならば大丈夫だろうと頷き、思い出したように男は首を傾げる。それからイリスの背中に声を投げかけた。
「そういえばイリス君」
「何ですか?」
「さっきそこで君のお姉さんと擦れ違ったんだけど、ここに用事でもあったのかな?」
 腕を組みぼやくように言う室長。イリスは暫く目を真ん丸く開けたまま固まっていたが、唐突に動き出し男に掴みかかった。
「何故それを早く言わないんですか!?」
「え? いや、ここに来た後なのかと思って‥‥」
「わ、わ、わ!? ね、姉さんが――姉さんがここに!? あわわわ‥‥!?」
 イリスは慌てて洗面台の前に立ち顔をバシャバシャ洗った後前髪をいじり、しわくちゃの白衣を何とか伸ばそうと努力しつつ走り出した。
「イリス君、どうしたんだね!?」
「ちょっと外します! 後はわかりますね!?」
「いや、全然わからんよ! おーい、イリスくーん!?」
 呼び止める声も無視して飛び出したイリスは通路をきょろきょろ。それからばたばたと走り出した。
 どちらに向かったのか聞いてくればよかったと後悔し、やはりそんな暇はないと思い直す。あれだけ会いたかった人が傍にいるのだから。
「――姉さんっ!」
 肩で息をしながら懐かしい背中に声をかけた。通路の途中、イリスと同じく白衣を着た女はゆっくりと振り返り少女を見つめる。
「アヤメ姉さん‥‥。私です! イリスです!」
「――イリス? イリス・カレーニイか?」
 振り返った長身の女は短い髪を揺らし、腰に手を当て少女の名を呼んだ。まるで他人の名前のように。
 『アヤメ・カレーニイ』――それが彼女の名前だ。イリスとは血の繋がらない姉妹の関係にあり、カレーニイの家に引き取られた養子である。
「お久しぶりです‥‥。姉さん、元気にしていましたか?」
「ああ、見ての通りだよ。尤も、能力者なんて物はいつ『元気じゃなくなる』かわかったものじゃないけれどね」
 そう、アヤメは能力者――傭兵であった。イリスは目をキラキラと輝かせながら姉に飛びつきたい気持ちを抑え喋る。
「姉さん、今日はどうしたんですか? 姉さん、私に会いに来てくれたんですか?」
「いや、それは違うよ」
 クラシックが垂れ流しのヘッドホンを首にかけ、アヤメは首を横に振る。
「イリスがここに居るなんて知らなかった。ただ、仕事でちょっとね」
「――そう、でしたか」
 笑顔は崩れなかった。だがショックは多い。
 ここで働いている事も、いつか遊びに来てほしいとも、何度もメールしていたのに。
「内容は詳しく話せないよ、仕事だからね。でもシミュレーターのテスターとかなんとかで、ULTから」
「もしかして、ライブラの‥‥?」
「ん? イリス、関係者なのかい?」
「はいっ! 私が作ったんです! 『ライブラ』! 皆と協力して――」
 縋るような視線から目を逸らし、アヤメが舌打ちしたのをイリスは聞き逃さなかった。
「相変わらず人工知能の研究かい? いつまでボクの背中を追いかけるつもりかな、イリス」
「いえ、今回はそれだけじゃないんですよ? あの、その‥‥能力者用の、シミュレーターの‥‥」
「分かっているよ。ボクもそのテスターの一人らしいから。つまり、今回は敵同士って事になる」
 何を言われているのか理解が追いつかず、少女は笑顔のまま固まっていた。姉は踵を返し、ヘッドホンに手を添える。
「それじゃ、仕事の準備があるから」
「‥‥はい」
「精々気をつけて、イリス」
「は、はい! 姉さんも気をつけてっ!」
 そのまま返事もせず振り返りもせずアヤメは去って行く。その背中が曲がり角で消えるまでイリスは立ち尽くしていた。
 どれほどそうしていただろうか。いつまでも戻らないイリスを心配して走ってきた彼女の上司が見たのは、震えながら拳を握り締めるイリスの姿であった。
「イリス君‥‥ど、どうしたんだい? 何かあったの?」
「――いえ、なんでも‥‥。なんでも、ありません」
 涙は流れなかった。だが、思い出した事がある。
 一体何を浮かれていたのだろう? 能力者と何度も依頼を乗り越え、親しくなり、強くなったと勘違いしていたのか。
 振り返り、少女は歩き出す。それは全て意味のない事だ。全てはそう、姉に認められる為‥‥その為だけにあったのだから。
「‥‥すごいねって、言ってくれたんですよ。姉さん‥‥」
 脳裏に過ぎるのは傭兵達とのやり取り。少女は顔を挙げ、最も願いから遠い『戦い』に向かわねばならなかった。
天秤は傾く。二つの思い出と、心を乗せて――。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
レイード・ブラウニング(gb8965
21歳・♂・DG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
牧野・和輝(gc4042
26歳・♂・JG
熾火(gc4748
24歳・♀・DF

●リプレイ本文

●最終試験
 暖かくも寒くもない温い空気は動く事も無く今はただ限られた空間を満たし続けている――。
 戦闘シミュレーター、『ライブラ』。その評価試験もいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
 これまでに何度も繰り返されてきた実験――。その成果、価値を今打ち出さねばならない。多くの関係者の目もあり、依頼人の少女の表情は強張っていた。
 今更緊張した所で意味等ないと。ここまで来たからにはもうやるしかないと。分かっているはずだった‥‥だが、今は迷ってしまっている。
「あと一歩ですね、今回も頑張りますよ♪」
 背後からイリスを抱きしめ、頭をぐりぐりと撫でたのは望月 美汐(gb6693)だ。経験上こういう場合イリスは無抵抗だと美汐は理解していたが、あまりの反応の薄さに首を傾げてしまう。
「イリスさん‥‥? どうかしましたか?」
「‥‥いえ、なんでも」
 表情に変化は無かった。だが少女は腕から逃れるように一歩前へ、そして振り返らずに言うのだ。
 落ち込んでいる――というのとはまた少し違うように思える。どちらにせよ心配なのは同じだが、憂いがあるならば自分達が晴らせば良いと一人頷く。
「仮想空間内か‥‥。何か、奇妙な感覚だな」
「多様な場面に対応出来るよう訓練できるのか。‥‥部屋に欲しいな」
 ライブラのテストに初参加するレイード・ブラウニング(gb8965)と熾火(gc4748)が背中合わせに周囲を眺め呟く。
 彼らの周囲に広がっているのは白い砂漠――。風もなく静止したような世界の中、地下基地への入り口がポッカリと口を広げている。
「いつもどおりに戦って、難しいとか違和感があるないとか‥‥それだけコメントすれば良いのでしょう?」
 同じく初参加のナンナ・オンスロート(gb5838)だが、その横顔にはこれといった『感想』の色はない。彼女にとっては数多ある依頼の内の一つ‥‥。傭兵として、能力者として、やる事は変わらないという認識だ。
「挨拶も大事だけれど、早く仕事を始めよう。これで最後だっていうなら、手早く終わりにしたいものだよ」
 腕に装着する形状の超機械を装備したアヤメ・カレーニイが誰に言うでもなく言う。その隣、腕を組んだ牧野・和輝(gc4042)が頷いた。
「気を抜くつもりはない‥‥。最後だと言うのなら、尚更だ」
「いい心掛けだと思うよ。尤も、いくら気をつけていても駄目な時は駄目だけれどね」
「姉、か――。ヨロシク頼む」
 和輝の言葉にアヤメは片目を瞑り微笑むと握手を求めてきた。和輝は自らの手を覆う皮の手袋を見つめた後、その握手に応じた。
「アヤメ・カレーニィさん――か」
 首から提げたヘッドフォンに手を当て微笑むアヤメの様子を眺め、黒瀬 レオ(gb9668)は物思いに耽るように視線を泳がせる。
 イリスとアヤメは姉妹と聞いている。だが二人は先ほどから目を合わせようともせず、挨拶すらする気配がない。
 アヤメが無愛想なのかと言えばそのようにも見えるが、他人の言葉に応じるくらいの社交性はあるらしい。となると、余計にこの空気は微妙だ。
「あ、あの‥‥姉さん‥‥」
 と、そこでイリスが姉に声をかけようと試みる。しかしアヤメはそれに応じずそっぽを向いてしまった。
 姉妹のやり取りを眺め、眉を潜めている男がもう一人。初期段階のテストからずっとイリスに付き合ってきた神撫(gb0167)からすれば、二人の空気は好ましい物ではない。
 姉を一方的に意識するイリスと、妹を意にも介さないアヤメ‥‥。そこには当然理由、しがらみがあるのだろう。それが分からない以上、対応策も直ぐには浮かばない。
 イリスの事は心配だ。だが余計な事をして状況をこじらせる程神撫は子供でもない。今は『様子見』――自分に出来る事をやるまでだ。
「お喋りはそれくらいにして、そろそろ始めないか?」
「――そうですね。では‥‥これよりライブラの評価試験を行います」
 レベッカ・マーエン(gb4204)の急かす言葉にイリスは咳払いを一つ。傭兵達に向き合い、真摯な様子で言葉を紡いだ。
「これまで何度も能力者には助けられてきました。皆さんのご協力、そしてこれまでのテスターの助力に感謝し‥‥この作戦を最終試験とします」
 物珍しさに目を向けていた者も、物思いに耽っていた者も、今は全員が戦士の顔つきをしている。
「‥‥今日までありがとう。皆さん、どうぞ宜しくお願いします」
 少女が頭を下げた時、その胸に去来したのは喜びだろうか? それとも――全く違った色の感情だったのだろうか?
 最後のテストが始まる。時の砂は流転せず、心の惑いなど意に介さず進んでいく。どんな時も、誰にとっても平等に――。

●潜入
「――っと。案外、容易く潜入出来たな」
 エアダクトと通路を隔てているフェンスを蹴破り、先頭を切って着地したレイードが周囲を警戒しつつ呟く。それに続き降りてきたレベッカは白衣の裾を叩きながら一言。
「『地下基地』だからな。サイズの大きいエアダクトがあって当然なのダー」
「通路も広いみたいだね。折角のバイクが無駄にならなくて良かった」
 ナンナにバイク、『SE−445R』を通路に入れるのを手伝って貰いながらレオが苦笑を浮かべた。
 通路の横幅は軽く見積もっても3メートル強くらいはある。これならば何とか振り回せそうだと神撫も愛用の斧、インフェルノの柄を肩に乗せ頷く。
「では予定通り、ここからは二手に分かれて行動しましょう。黒瀬さん、そちらはお願いします」
「うん、ナンナさんも気をつけて。まあ、言われるまでもないかもしれないけど」
 優しく微笑むレオに少しだけ心を許したようにナンナは目を細めて頷いた。その背後、アヤメは首を腕を回しながら周囲を眺めている。
「誰も居ないように見えても、衆目に晒されていると思うと‥‥いい気分はしないね。まあ、給料分の仕事はするつもりだけど」
「‥‥アヤメは作戦通り、俺達とデータセンターへ向かう。同じ中衛のポジションだ、頼むぞ」
「オーライ‥‥。では、楽しくもなんとも無いお仕事の時間と洒落込もうか」
 ゆっくりと歩き出すアヤメ。それに続き、それぞれが逆方向に歩き出した。
「お互い、適時連絡を忘れないようにするのダー。特に合流や撤退、救援要請等は正確に‥‥な」
「ああ、了解。それじゃあお互い気をつけて」
 レベッカと言葉を交わし、神撫は先を行くアヤメを追い越し進んでいく。颯爽としたその後姿にアヤメは小さく口笛を吹いて微笑んだ。

●ライド・アタック
 倉庫爆破を目的として行動を開始した五人の傭兵は今、うねる様に入り組んだ通路を轟音と共に疾走していた。
 AU−KVをバイク形態に変形させたレイードは後ろに乗せ背中に密着する熾火にどこか困ったような表情を浮かべていた。
 というのも、二人乗りに慣れていない熾火の捕まり方は微妙で、レイードの首に腕を回しているのだ。いくらポーカーフェイスで通しても、苦しくないというのは嘘になる。
 レイードのやや左後方をレベッカを後ろに乗せたレオのバイクが。そしてレイードと並走し爆薬を積んだ美汐のパイドロスが走っている。
「すまないな、2人乗りには慣れていなくてな」
 相変わらずがっしりとレイードにくっついたまま、熾火はやや声を大きく言った。
「う〜ん‥‥この通路がこっちに繋がりますから、倉庫はあちらでは?」
 通路、というよりは迷路というのが正しい地下基地の中、美汐はパイドロスを減速させつつ、片手で簡単なマッピングシートを取り出した。
 先ほどからあちこちをうろうろしているのだが、中々倉庫らしき場所に辿り着かない。しかし地道に通ったルートをマップ化していけば、いずれは辿り着くはずだ。
「十字路があるぞ! 死角がある場合は注意しろー!」
 後方からのレベッカの声で美汐は一旦停止。通ったルートをざっと計算し、右へ向かうルートを選択した。
「それにしても広いね‥‥。バイク持ち込んで正解だったかな?」
「乗り心地は中々悪くないぞ」
 背後からの声に『それはよかった』と返し、レオは苦笑を浮かべる。そうして三台が通路を移動していたその時であった。
「――ちょっと待て、何か‥‥何か居ないか?」
 レベッカの声に熾火が顔を上げる。先頭を行くレイードのバイクの正面、何かの影が動いたのだ。
「迷彩か――! よく見ろ、完全に消えているわけじゃない!」
 マントを剥ぎ取ったその中身は全身タイツに機械的な鎧を装備したEB−03『サイレント』である。熾火は拳銃を構え、運転手に問う。
「どうする、レイード?」
「一々相手にしてられるか!」
「同感だ」
 身を乗り出し、パラポネラから弾丸を放つ熾火。しかし揺れるバイクの上という事もあり、攻撃は安定しない。
「慣れてないのは分かるが、首に入りかけているのはどうにかならないのか!?」
「なに、苦しいなら早く着けばいい。私も自分の身が可愛いのでな――」
 EBは真正面から走ってくると、そのまま飛び込むようにしてレイードのバハムートに取り付いてきた。
 腕に装着したナイフを振り上げるEB。その刃がレイードを刻むより早く、背後から伸びた熾火の銃口が弾丸を弾き出した。
 連続で頭部に銃撃を受けたEBは落下、床に転がった所を美汐のパイロドスに跳ねられ、倒れた少女の姿は遠のいていく。
「‥‥なんか、轢いてしましました」
「このペースなら、追いつかれる事はないんじゃないかな――?」
 微妙な表情の美汐の隣、レオが振り返りつつ言葉を紡ぐ。が、その表情は直ぐに変わった。
「えーっと‥‥。後ろからも来てるね?」
 美汐が振り返ると、そこには通路のサイズギリギリに収まった恐竜のようなキメラが猛然と追跡して来る姿があった。慌てて加速しながらレイードに追いつくが、正面にもやはり数体のキメラの姿がある。
「一応、陽動も兼ねているとは言えこれはまた‥‥」
「全部相手には出来ないから、やり過ごしていくしかないね」
「ふう、仕方ありませんね〜‥‥」
 美汐とレオはお互いに苦笑を浮かべエンジンを唸らせ加速する。強風の中、熾火はレイードの背後で銃を構え囁く。
「レイード、貴様の運転に期待しているぞ」
「‥‥了解。振り落とされても文句は言うなよ――!」
 三台のバイクはキメラを掻い潜り、背後を恐竜に急かされながら加速していく。何度も転倒しそうになりつつのギリギリのチェイスの果て、彼らは漸く辿り着いた。
「――行き止まりですか!?」
「いや、扉なのダー!」
「止まっている暇はない、か‥‥! 熾火、しっかり捕まってろ!」
 次の瞬間、完全にレイードの呼吸は停止した。その状態のまま両開きの扉を突き破り、抜け出たのは広々とした倉庫であった。
 衝撃でスリップし、何度かスピンしながらレイードのバイクは金属製のコンテナに激突して漸く停止する。痺れるような痛みが身体を抜けるが、休んでいる暇はない。
「降りろ、熾火‥‥装着する!」
 バハムートを装着するレイードをカバーするように熾火が銃を構える。倉庫内にも数体の『スタンダード』と呼ばれるタイプのキメラが配備されていた。
「押さえ込みます、後はお願いします」
 同じくパイドロスを装着した美汐が槍を構え、隣を抜けるレオのバイクへ声を投げる。停止したバイクから降りたレベッカは美汐から渡された爆薬を手にレオへ目配せした。
「設置に少し時間がかかる。その間フォローを頼むのダー」
「任せて。レベッカさんには指一本、触れさせないから」
 そうして振り返りつつ覚醒し、レオは背後に迫っていたキメラへ紅炎を振るう。流れるような剣捌きでキメラを切り裂きレベッカへと小さく手を振った。
 追いついてきた恐竜、『ロードランナー』は通路の入り口を破壊しながら唸りを上げ、迎え撃つ美汐へ迫る。
「少し装甲が頼りないですが、その分早いですよ!」
 頭上で一度セリアティスを回転させ、美汐はロードランナーへと走り出した。突撃をするだけの単調なキメラの相手はそう苦労するものではない。
 足を狙って槍を放ち、擦れ違う。走り続けるロードランナーを熾火が二丁拳銃で追い続け、よろけながら戻るその軌道を読み美汐は槍を回す。
「広いからって、少しはしゃぎすぎです」
 石突で足払いし、転倒させた所へ追いつきへ槍を放つ。コンテナを薙ぎ倒し動かなくなるその様に苦笑を一つ。
「‥‥もう、派手なんですから〜」
 スタンダードの最後の一体を殴り飛ばし、レイードが周囲を確認する。
「これで倉庫内はあらかた片付いたか‥‥?」
「後はレベッカさんが爆薬を仕掛けるまでの間、ここを死守しよう」
 無傷のレオは余裕の様子で刀を片手に歩き出す。それに続き残りの傭兵も一つしかない入り口へと向かうのであった。

●チーム・プレイ
「――向こうは爆弾設置中だそうだ。早いな‥‥」
 通信機を片手に和輝が仲間に報告する。こちらはデータ収集班、移動は勿論徒歩である。
 敵に見つかる事を恐れず陽動も兼ねてバイクで走り回っていた倉庫爆破班とは異なり、こちらは堅実な陣形のチームプレイの様相だ。
 前衛を神撫、中衛を和輝、アヤメが担当し、後衛としてナンナを配置する布陣でここまで何度かの戦闘を容易く突破して来ている。
 歩みは遅いがこちらの班は確実に目的地へ進み続けていた。曲がり角でシグナルミラーを翳し、状況を確認しつつ神撫はハンドサインを続くメンバーを先導する。
「向こうに集まってくれているのかな? あまり敵と遭遇しないのは有り難いけどな」
 再びの曲がり角、ミラーを片手に神撫は眉を潜めた、一度後退し合図すると、和輝が黙って銃を構える。
 飛び出してきたのは小型の探査キメラ、『サーチャー』であった。すぐさま撃ち抜くと和輝は銃をホルスターに収める。
「こいつが居るのは厄介だな‥‥。これで何体目だったか」
「騎士を呼びつけるキメラなのでしょう? 見つかると厄介ですから、やはり慎重に進むに越した事はありませんね」
 と言いつつ後方の警戒も怠らないナンナ。四人はその陣形のまま時折遭遇するスタンダードを処理しつつ、データセンターへと進軍していく。
 漸くそれらしい場所に出ると、その入り口の前には盾を構えた蠍のキメラが道を塞いでいる。迂回も出来ないT字路で神撫は溜息を一つ、斧を構えた。
「どうやら突破するしかないらしいが‥‥あれ、結構面倒なんだよな」
「確か、尾を飛ばしてくるタイプだったか」
「行動パターンが読めているのは大きなアドバンテージですね。立ち往生しても時間の無駄ですし、行きましょう」
 ナンナの言葉に頷き、神撫が角を曲がる。侵入者の存在を認識した蠍は両腕に装備した巨大な盾を構え、尾から大きな棘を射出する。
 斧でそれを受け、尚神撫は前進――。続いて三人が身を乗り出す。神撫に敵の意識が集中している間に三人は同時攻撃を仕掛けた。
 狙うのは盾ではなく攻撃の要である尾である。ナンナと和輝の放った銃弾で尾に亀裂が入り、その隙に神撫は思い切りインフェルノを叩き付けた。
 轟音と共に拉げる盾、体勢を崩した所へ一斉に畳み掛け、蠍を無力化する。大してダメージも受けていない神撫は腕を回しつつ扉を開いた。
「――っと!?」
 開かれた扉の向こう、二体のEBが待ち構えていた。同時に繰り出された攻撃を咄嗟に斧で受け、後退する神撫。追撃するEBへ銃弾を放ちつつ、ナンナがカバーに入る。同時にアヤメが練成強化を発動し肩を竦めた。
「あまり手間取っている余裕はないよ?」
「やれやれ、手厳しいね‥‥!」
 体勢を立て直した神撫は天地撃を発動、斧でEBを一体空中へ打ち上げた。
 天井に激突するEBへ和輝とナンナが追撃を行い、更に落下してきた所を弾き飛ばすようにインフェルノの二撃目が放たれる。壁に激突したEBは倒れ、そのまま起き上がる事はなかった。
「‥‥やっぱりちょっと罪悪感があるなあ」
 続けて二体目へとインフェルノを繰り出す。四人の集中攻撃という事もあり一方的な展開にEBは膝を着き、そこへ銃口を突きつけ引き金を引いたナンナの一撃で無事に撃破される運びとなった。
「外見に惑わされている場合ではないと思いますが」
「うーん、分かってるんだけどね‥‥こればかりは性分だから。さて、お目当てのデータを回収させてもらおうか」
 データの回収はアヤメが行う事になった。手早くお目当ての情報を引き出すと、後はそれを媒体にコピーするだけになる。
 作業中は和輝とナンナが入り口を警戒し、コピーの間手持ち無沙汰なアヤメは神撫の傷を手当していた。
「君達はライブラのテスト、初めてじゃなさそうだね」
 沈黙を破ったのはアヤメだった。降り注ぐ視線に肩を竦め、『暇なんだからいいだろう?』と続ける。
「何度も参加する意義がある仕事かな。ボクには意味なんて感じられないけど」
「生憎、私は初参加ですから」
「‥‥本当に? 随分落ち着いているんだね、ナンナ・オンスロート」
 茶化すように笑うアヤメへナンナはもう何も返さなかった。代わりに口を開いたのは和輝だ。
「‥‥そう言うあんたも初めてって感じじゃないな。手際が良すぎる」
「当たり前だな。ライブラは元々、ボクが作ったような物さ」
 やや沈んだトーンでそう呟くとアヤメはセンターの壁に触れ、そのまま黙り込んでしまった。それ以上誰も何も言わなかった理由は‥‥それぞれである。
 再びの沈黙は先程よりも僅かに重く、だが直ぐに破られた。データ書き込み完了を知らせる小さなブザーでアヤメは振り返り、端末を手に取った。
「これで目標は一つクリア‥‥と。さて、向こうの様子はどうかな?」
 壁にもたれかかっていた和輝が通信機を手に取る。タイミングは悪くない。倉庫爆破に向かった班も、目標を達成している頃だろう。
 余力がある以上、残りの相談事は一つだけだ。全員に目配せし、和輝は通信を開始した。

●エンド・ガーデン
 二つの班は連絡を取り合い、最後の目的達成を狙い合流する事になった。
 データセンターで大まかな全体の地図が見つかり、それと美汐の作った簡易マップの情報を照らし合わせ、大まかな指揮官の居場所を把握した。
 二手に分かれていた傭兵達は丁度指揮官の部屋の付近で合流する運びとなり、爆破班はやや疲れた様子でバイクを走らせてくるのであった。
「爆弾の設置は完了‥‥。爆破まではまだ時間があるな」
「黒瀬さん、大事はありませんか?」
「うん、こっちも大怪我とかはしてないけど‥‥。もう、数が多くて‥‥」
 遠い目をするレオの心境を察し、ナンナは無言で頷いた。やはり情報収集班への襲撃が少なかったのは、倉庫爆破班に敵勢力が傾いていたからだろう。
「でも節約して戦いましたからね〜、もう一戦くらいは余裕です。さあ、行きましょうか」
 美汐の声で傭兵達は進み、最後の扉を開いた。そうして一行は思わず一瞬黙り込み、我が目を疑ってしまった。
 広がっていたのは入り口の狭さからは想像もつかないような巨大な室内庭園であった。蒼い薔薇が咲き乱れ、噴水から溢れた水が巡らされた水路を流れていく。
 最後の敵は二体の騎士のキメラに守られ待ち構えていた。蒼いドレスを揺らしゆっくりと前に出ると、手にした剣を胸の前で掲げた。
「ほお‥‥。正々堂々勝負、というわけか?」
 呟き、レイードは肩を竦める。やはりやりにくそうな様子の神撫だが、『目標』を見逃すわけにも行かない。
「陣形を変更しましょう。黒瀬さん、神撫さん、私と一緒に前へ」
「前回と少し似た展開ですね、神撫さん」
「ああ、頼りにしてるよ」
 ナンナに続き、やりとりをしつつ二人が前へ出る。美汐は槍を片手に騎士を見つめ、小さく息を吐いた。
「やりあうのはこれで三度目ですかね〜。騎士の一体はお任せを♪」
「そうすると俺はこっちか」
 美汐とは別の一体へレイードが向かう。二人のドラグーンに続き、和輝と熾火も銃を抜く。
「‥‥援護する」
「少しは楽しませて貰いたいものだな」
 布陣が完成すると、レベッカとアヤメがそれぞれに練成強化を施していく。それを合図に各々戦うべき相手へと攻撃を開始した。
 傭兵達が戦いを繰り広げる最中、イリスは現実の世界で大型の端末を前にその映像を眺めていた。周囲には開発室のスタッフがつき、万全のモニタリング体勢が敷かれている。
「彼らはやはりすごいな」
「‥‥室長」
「お客さんの反応は上々だよ。君の願いは程なく叶いそうだ。もう少し、嬉しそうな顔をしたらどうだい?」
 白衣の男はイリスの肩を叩き笑う。少女は一度俯いた後、ゆっくりと顔を上げて強引に笑顔を作った。笑うべきだと思った。その時は、まだ――。
「――いい加減、慣れてしまいましたよっ!」
 騎士のキメラと戦う美汐は槍を使い、上段、下段と巧みに攻撃を振り分けていく。剣を弾き石突でキメラの頭を打ち、よろけた所に槍をねじ込む。
 竜の咆哮を込めたレイードの拳は騎士を吹き飛ばし、そこへ熾火が銃弾を叩き込む。銃撃で援護を続ける和輝の隣、アヤメは傷ついた味方に治療を施し続ける。
 前に出たレベッカは前衛三人の背後からEB、『ブルーローズ』へと練成弱体をかける。レオは先手を打ち横一閃にソニックブームを放ちそれを追うように神撫とナンナが迫る。
 蒼い騎士の少女はそれに蒼く輝く斬撃を放ち対抗する。二つの衝撃波が激突する中、それを盾で抜けたナンナが銃弾を放ち、神撫が斧で斬りかかる。
「あの剣、知覚武器みたいだね‥‥! 神撫さん!」
 レオが声をかけると二人は左右に周り込むように移動を開始する。左右に散った傭兵に一瞬反応が遅れたEBと攻防を交わし、盾で光の剣を受け弾いていく。
 浮かび上がった光の紋章とEBの刃が拮抗している隙に回りこんだ二人のエースアサルトが同時に互いの刃を振り上げると、ナンナは身を引き銃を構えた。
「はああああ――ッ!」
 レオと神撫の強力な一撃が同時にブルーローズを引き裂き、ナンナのスノードロップから放たれた銃弾が騎士の胸を穿つ。
 銃声の音を最後に騎士は吹き飛び、刃は宙を舞って大地に突き刺さった。三人がEBを倒した頃、二体のキメラも丁度倒された頃であった。
「‥‥ふう。ちょっと疲れたけど、これで目標は達成、かな?」
 刃を収め、レオは微笑みながら言う。その表情には流石に疲労の色が見えた。
「後は脱出するだけですね。ささ、爆発する前に帰りましょ‥‥うっ!?」
 全員が振り返ると、美汐は鼻を押さえながらよろけて尻餅をついている所であった。
「どうした。腰でも抜けたか?」
「ち、違いますよ。熾火さん、ここに見えない壁が‥‥」
 言葉通り何も無い場所に手を伸ばす熾火。するとそこには確かに見えない壁の感触があった。
「なんだこれは‥‥?」
「‥‥!? 神撫、危ない!」
 レベッカの叫びが届くよりも早く、神撫は背後からの衝撃で吹き飛ばされた。無防備な所に攻撃を受け倒れた神撫に駆け寄り、レオが刃を構える。
「エネミーブラッド‥‥? 倒したはずなのに、どうして――」
 倒れたはずのEBは立ち上がり、剣を手に傭兵達に接近しつつあった。モニタリング中のイリスも当然異常には気づいている。だが――。
「EB−04再起動! 完全にダメージが回復しています!」
「パ、パラメーターが滅茶苦茶になって‥‥。そんな、こんなの勝てるはずが‥‥!」
「室長、ライブラがこちらの制御を受け付けません! フィールドデータまで勝手に書き換えられます!」
 テクスチャが剥がされるように、世界の全てが塗り変わって行く――。
 美しかった薔薇の庭園は一瞬で荒野と課し、蒼一色のドレスに身を包んでいたブルーローズはノイズ交じりの黒い光に浸食されつつあった。
 人間の形状を捨て、両腕が長くなったEBは絶叫しつつ能力者へと襲い掛かる。ナンナとレオが接敵するも、EBの能力は先程までとは比べ物にならない。
 傭兵達が苦戦する様をイリスは震えながら見つめていた。明らかな異常事態、隠し切れないエラーも全て、『衆目』に晒されている‥‥。
「ええ?! 何です、これ!」
「不具合だろう。ま、これじゃテストは失敗だね」
 慌てる美汐とは対照的にアヤメは冷静だった。最早戦う意思はないと言わんばかりに両手をポケットに突っ込んでいる。
「出来損ないのシステム、借り物の力‥‥。無意味だよイリス。見ろ、これが君の現実だ」
 姉の言葉はイリスにも届いていた。モニタリングするイリスは目を瞑り、歯を食いしばり涙を堪えている。やがて黙ってマイクを手繰り寄せると、息を呑み大声を上げ傭兵達に言った。
「――システムを強制終了します! テストは、中断! 皆さんを何とかそこから現実に引き戻します!」
 震える声で叫ぶイリス。『いいのか?』と訊く室長の声も、彼女の耳には届いていなかった。
 勿論いいわけがない。今は『演出』で通せても、中断すれば間違いなくそれは『異常』になる。観客は失敗作のレッテルを張り、ライブラの計画は頓挫するだろう。
 それよりもイリスは傭兵の命を選んだ。当たり前の、しかし彼女にとっては重大な決断である。どんな影響が彼らに及ぶかわからない。なら――。
「――止めるなよ」
 聞こえた声に少女は顔を上げる。倒れていた神撫が立ち上がり、語りかけてきたのだ。
「俺達はどんなひどい状況でも切り抜けてきたんだ。この程度大した事はない。俺たちに任せろよ」
「でも‥‥だって!」
「それがお前の選択なら構わない――だが、後悔するようなら、選ぶんじゃねぇ‥‥。もし選んだら――撃つぞ」
 傷だらけで笑い和輝が続くと、信じられないという様子でアヤメが割り込んだ。
「君達は馬鹿か? テストが続けられる状態じゃない! 依頼はもう終わったんだよ!」
「――いえ、終わっていませんよ」
 片手を翳しナンナが言葉を遮る。それから顔だけで振り返り言った。
「私はあなた達姉妹の問題に口出しするつもりはありません。イリスさん、あなたを助けるつもりもない。でも一つ確かなのは、あなたが自分で掴み取らねば何も変わらないという事です」
 影を背負い立つEBへ銃を向け、ナンナは続ける。
「私情ではなく、私は任務でここにいます。依頼人、あなたが諦めない限り『任務』は終わらない。あなたは――どうしたいのですか?」
「私、は‥‥」
 諦めたいはずなどなかった。これは自分一人の試験ではない。これまで手を貸してくれた傭兵の、研究室の仲間の、自分の全ての成果なのだ。
 涙を拭いて顔を上げる。まだ自分の為に戦っている人が居る‥‥なのにもう諦めていいのか? 『戦うべき』ではないのか? 自分も彼らのように――。
「十分‥‥いえ、五分下さい! 問題を発見して、速攻で修正して見せます! だから‥‥だから、少しだけ耐えて! 能力者――!」
 異形の影が吼え、戦闘が再開される。圧倒的な力で暴れる怪物へ、それでも能力者達は立ち向かっていく。
「皆さん、力を貸して! 全員でやれば出来ないはずはありません!」
「で、でも‥‥」
「今やらないで! いつ彼らの厚意に応じられると言うんですか!? グダグダ言わないでさっさとやりなさい!」
 イリスらしからぬ怒号に一瞬呆気にとられた職員達も慌てて動き出す。キーを高速で打ち込み、イリスは目を画面に走らせ続ける。
 時間は刻一刻と過ぎていく。そんな時、ついにエラーの原因と思われるプログラムの発見に成功した。だが、それは‥‥。
「――考えている暇は‥‥! お願い――消えてぇえええっ!」
 祈るような気持ちで操作を行い、エンターキーを叩く。次の瞬間EBは元の姿へ戻り、壊れた世界も修復されていく。
 同時にEBへ総攻撃が行われ、暴走していたEBも完全に沈黙――。制御室に歓声が沸きあがった。
「‥‥ありがとう。ありがとう、みんな」
 泣きながらマイクを掴んで語りかける。画面の中では疲れた様子の能力者の中、血塗れの神撫が笑顔でサムズアップしているのであった。
「イリス諦めるなよ、全部な。前に進む意志がある限りあたしは何時でも力になるぞ。まあ、流石に今回のは疲れたけどな‥‥」
 ひらひらと手を振り歩き出すレベッカ。神撫に肩を貸し、レオも声をかける。
「関わった1員として、聞かせて欲しいんだ『ライブラ』の名前の所以‥‥そこに託された願いをさ。だから、そこで待ってて」
 傭兵達は互いに支え合い、何とか歩いていく。そんな中アヤメは一人立ち尽くし固まっていた。
「‥‥どうして」
「彼女が諦めなかったから、ではないですか? それと、私達が『仕事』を完璧に成し遂げた――それだけです」
 アヤメの背中を追い越し、ナンナはそう呟いて去って行く。アヤメは遅れ、何かを呟き歩き出した。
 そうして彼らは来た道を戻り、日の光を浴びた。彼らを出迎えるように待っていたイリスは泣きながら駆け寄り、何度も頭を下げる。
「――――」
 小さな影に和輝は歩み寄り、その頭を撫で小さく何かを囁いた。少女は泣きながら首を横に振り、彼の胸に飛び込むのであった。
 それがこの長かったテストの終わり。そして一人の少女の大きな転機であり、新たな戦いの始まりでもあった。
 しかし今はもう暫くの間だけこの優しい気持ちに浸っていたくて、少女は彼らにとっておきの言葉を送る。これまで以上の、一番の笑顔で。



「――おかえりなさいっ」