タイトル:うけつがれるものマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/11 06:12

●オープニング本文


 LHにある喫茶店。そこでキラと一人の青年が向き合っている。キラはテーブルの上に茶封筒を置き、青年は静かにそれを受け取る。
「これで調査は完了だね。ご苦労様。それで、君の評価はどうだったんだい?」
「何の為の報告書ですか」
「まあまあ」
 肩を竦めるキラ。それからテーブルの上のコーヒーに視線を落とす。
「ネストリングは親バグアではありません。彼らは‥‥バグアに優しいのではなく、全てに対して優しいんです」
 あの組織にいるのはどうしようもないお人好しばかりだ。一癖も二癖もあるくせに、彼らはどうしてもお人好しなのだ。
 その固い決意と希望を信じ行動する強さは過去の悲惨な経験に裏打ちされた物だ。誰も安易な考えで正義だの平和だの口にしているわけではない。彼らは何かを失ったからこそ平和を求め、過ちを正せなかったからこそ正義を叫ぶ。
「では、ネストリングは親バグア組織ではないと?」
「私はそう思います。勿論彼らの行いが正しいとは言い切れません。それでも私に出来なかった事をやり遂げようとしているのは事実です」
「成程ね。意外だな、君が私見を交えて評価を下すなんて」
 無言で席を立つキラ。そうして立ち去ろうとする少女に男は声をかける。
「一つネタばらしをしておこうか」
「はい?」
「この依頼、実は依頼人は僕じゃなくてヒイロちゃんなんだよね」
 振り返るキラ。男はカップを傾けながら微笑む。
「どういう事です?」
「戦争中色々なトラウマを抱えた能力者がいるでしょ。そういう人達の救済じゃないけど、心のケアも自分の仕事だって言ってね。君を彼女に紹介したのは僕だけど、僕にこの話を持ちかけたのは彼女だよ」
 席に戻り男を睨むキラ。しかし男は飄々とした様子で気にもしない。
「そういう事ですか。道理であんな癇に障る依頼ばかりだったわけです」
 戦争中、キラは率先して強化人間やバグアと戦う依頼に参加してきた。それは強敵を倒す事が死んだ人々への弔いになると考えたのもあったが、何よりもそうして過酷な戦いに身を置かねば後悔に囚われてしまいそうだったからだ。
「私は‥‥嘗ての仲間を撃ち殺しました。私が傭兵になったばかりの時からの付き合いで、大切な友達だと思っていました。なのに‥‥」
 能力者の中にも親バグアであったり、寝返ってヨリシロになったり強化人間になったりする者はいた。
 そんな有り触れた事情の中の一つ。有り触れた悲劇の一つ。キラはその引き金を引いて友を撃ち殺したのだ。
「仕方なかったんです。敵だったんです。裏切られたんです。あの状況から救う術はありませんでした。なのに‥‥」
 彼らはまるで当たり前のように誰かを助ける事を諦めようとはしない。
 難しいのは知っている。敵だのなんだの、そういう事情も知っている。でも諦めない。
「ずっと辛かった‥‥仲間を救う事を簡単に諦めた私を、彼らが責めているような気がして‥‥」
 きつく目を瞑る。涙は流れなかった。簡単に流せる程、心は潤いを残していなかった。
「どうして今更迷わせるんですか。どうして今更希望を見せるんですか。全部諦めていたから生きてこられたのに‥‥」
 男は何も答えない。キラは深呼吸を一つ、ゆっくりとまた立ち上がった。
「これからどうするの、キラ?」
「決まっています。これまで通りです。私は‥‥迷ってはいけないんです。何かを信じられるほど、強い人間ではなかったから」
 立ち去るキラを見送る男。それから溜息を一つ。
「なんだか面白いくらい君の思い通りな展開だけど‥‥すごいねぇ、ヒイロちゃん。君のほうが僕より裏社会に向いてるよ」



「カズくーん、大変なのですよー!」
 事務所にやってきた一登。扉を開けた途端ヒイロがばたばたと駆け寄る。
「キラちゃんが急に退職してしまったのです! さっき退職届を置いていったのですよ!」
「それもビックリするけどよ、なんで退職届に銃創があるんだ!?」
「なんか凄く怒ってたみたいで、ヒイロの頭の上に退職届を立てて、それをバンバン撃ち抜いて帰りました。キレる十代!」
「なんでどや顔なんだよこんな時に! ったく、しょうがねぇなあ‥‥俺がキラを連れ戻してくる!」
 鞄をソファに投げて振り返る一登。その手をヒイロが掴んだ。
「カズ君、キラちゃんを宜しくお願いするのですよ」
「ん? なんだ急に?」
「この世界には辛い事が沢山ありました。だから傷付いて動けなくなっている人も居ます。そういう人を助けるのもネストリングのお仕事なのです」
 真面目な話らしいので振り返る一登。ヒイロはきらきらした瞳で笑いかける。
「カズ君は言ってくれましたね。傷付いた能力者を助けるのも自分の役目だって。ヒイロはそれを聞いてとても嬉しかったのです」
 スバルを初め、一登は色々な事情を抱える傭兵達と出会ってきた。ネストリングなんて事情の塊のようなものだから当然なのだが、それは少なからず彼の成長を促進させてきたものだ。
「ヒイロはカズ君の想いは本物だと思うのです。誰かの為に夢中で戦える君は、きっと誰よりも正義の味方に相応しい人なのです」
「‥‥お、おう? なんだかよくわかんねーけど、俺はこれからも変わらないぜ?」
 困惑する一登をてしてし叩き、ヒイロは笑顔で扉を指差す。
「それでは任務です! キラちゃんを連れ戻し、思いっきり笑わせてあげてください! もう悲しい顔なんて出来なくなるくらいに!」
「お、おう! 任せとけ! 行って来るぜぇええええ‥‥ってあいつどっち行ったんだかわかんねええええ!!」
 叫び声が遠のいて行く。ヒイロは小さく息を吐きソファの上にちょこんと腰を下ろした。
「んで、私らはどうすればいいわけ?」
「ドミニカちゃんは待機でよいのですよー。ルリララちゃんと遊んでてください」
「いい加減蚊帳の外も慣れたけどね‥‥あんた時々何を考えてるのかわからない時があるわ」
「ヒイロが考えてる事なんて一つだけなのですよ。この世界を平和にし、正義を貫く為にはどうするべきなのか。その方法だけなのです」
 一登はキラがどうして退職届を出したのかとか、連れ戻した方が迷惑かもしれないとか、そんな事は最初から考えていない。
 そう、考えていないのだ。何も考えないまま、迷わないまま、ただ想いのままに正しいと信じる行動を取っている。
 どんな事情があっても関係ない。少なくても独りぼっちよりは皆と一緒の方がいい。そう、理屈ではなく理解しているから。
「正義の味方はなるものではない。たぶん、作るものなんだよ」
「‥‥げぇっ! 今のセリフ、完全にブラッドだったわよ!」
「ぅでゅふふふふ‥‥!」
 げんなりした様子のドミニカに笑いかけるヒイロ。その笑顔はやっぱり子供っぽいままであった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「こんな穴だらけの書類を持ち込んだのは誰です? 書き直し!」
 キラの退職届をシュレッダーに食わせるヨダカ(gc2990)。物理的に穴だらけだった紙は完全に寸断されてしまった。
「それで、キラを連れ戻せば良いのですね?」
「ヒイロリングは寂しげな目をした少女を放っておけないよいこの組織!」
 両手を胸の前で組んでキラキラと瞳を輝かせるヒイロ。それを時枝・悠(ga8810)が眺める。
「一ヶ月かそこらで退社とかやっぱブラックなんじゃねーの? ちゃんと給料出てんの?」
「そんな事はーないのでーすよーう」
「そ、そうなのです! 一応給料はちゃんと‥‥出ているのですよ!」
「社歌まであるまともな企業なのよ、ここは‥‥」
 アホ面のヒイロ、慌てるヨダカ、窓際に立つ茅ヶ崎 ニア(gc6296)。その様相に悠は冷や汗を流す。
「何はなくとも本人見付けないと話にもならないってわけか‥‥。とりあえず、四の五の言ってないでさっさと探しに行こうぜ」
 須佐 武流(ga1461)の言葉に頷く一同。そうして出発しようとして足を止める。
「そのキラってヤツが良く行くところってのはわかるのか?」
「それがさっぱり‥‥キラちゃんはお友達もいない独りぼっち子なので、普段何をしているのか謎なのです」
「謎なのに飛び出したのね、一登は。青春だねぇ‥‥走り出したら何か答えが出るだろうなんて私も思っちゃいないけど、走らずにはいられない時もあるんだよね」
 腕を組み頷くニア。その横でヨダカはドミニカと話している。
「ドミニカちゃんはお鍋の準備をしておいて欲しいのですよ。追加の具材も一緒に買ってくるですから‥‥すき焼きか豚しゃぶで良いです?」
「鍋パーティーか‥‥いいね。早く依頼、済ましちゃおう」
「タダ飯より美味いものはないぜ」
 楽しげに身体を揺らす夢守 ルキア(gb9436)。悠は真顔でサムズアップしている。
「よし行くか。あぁ、それと悪いが‥‥別に無理に引き戻すとか連れて帰るとかということはするつもりはないから。別にその必要があることじゃないだろ?」
 右手でOKサインを作るヒイロ。それを確認し武流は仲間と共に事務所を後にした。


 ヒイロの言う通り行き場を失ったキラは噴水のある公園へと足を運んでいた。途中一登が物凄い勢いで追いかけてきたのでわけもわからず逃げ出し、お陰で肩で息をしていた。
 ベンチで一休みするキラ。その近くにやってきた上杉・浩一(ga8766)が空き缶を拾いながら振り返る。
「こんな所で会うとは‥‥偶然だな」
「貴方は‥‥こんな所で何を?」
「公園の清掃だ。暇なら手伝ってくれないか?」
「え‥‥」
 キラの目には公園がそんなに汚れているようには見えなかった。ゴミ拾いしているのも浩一だけだ。
「ダメか? そうか‥‥」
 すると浩一はベンチとベンチの隙間に膝を抱えて納まってしまった。どんよりと黒いオーラが滲み出ている。
「そ、そんなに落ち込まなくても‥‥」
「いや、いいんだ‥‥俺のようなロリコン野郎と一緒にゴミ拾いだなんて‥‥むしろ俺の方がゴミだって言いたいんだな」
「わ、わかりました。拾えばいいんでしょう‥‥」
 こうして二人は黙々とゴミ拾いを始めた。するとあまり間を置かず傭兵達を連れた一登が走ってくるのが見える。ぞろぞろ走ってくる面子にぎょっとするキラ。さりげなく浩一が退路を塞ぐ。
「まったく、これから歓迎会なのにどこへ行くのです?」
「私はもうネストリングを辞めました。皆さんとは関係の無い人間です」
 ヨダカから視線を逸らすキラ。浩一は背後から語りかける。
「ネストリングかどうかは関係ない。君が抜けたとしても、同じ戦場に立つならば俺達はちょっかいを出し続ける事だろう。そういうメンツだ」
「貴方、私をここに留める為に変態のフリを‥‥」
「俺達は昔‥‥まあ今でも嘘つきの集団だったが、それでもそれなりの絆があったと思っておる。君の事も仲間だと思っておるよ」
「つーかなんで行き成り辞めるんだよ? 理由はなんだよ? 給料が毎月遅れるからか?」
「やっぱり遅れてんじゃねーか」
 一登の言葉に振り返る悠。ヨダカとニアは同時にそっぽを向いた。
「いいでしょう‥‥確かに私も貴方達には一言物申したかったと思っていたのです」
 目を瞑り笑うキラ。そうして少女は自らの過去について語りだした。
 かつて友を撃ち殺した事。迷い無く戦う事で理性を保っていた事。ネストリングに入り調子が狂いっ放しであった事‥‥。
「貴方達の綺麗事にも仲良しごっこにもうんざりしていたんですよ」
「成程な。まあ‥‥アレだ。ぶっちゃけネストリングから出てって貰っても全く問題はないんだ。道なんて掃いて捨てるくらいには溢れてる物でさ。手前の人生なんだから、引き止められた程度でブレる理由なんざ欠片も無い。好きな道を進めば良いだろ」
 頭をわしわし掻きながら語る悠。それから付け加える。
「で‥‥好きな道選んでるか? 義務だの罪だの資格だのと、変な理屈並べて面倒な道に飛び込む奴を時々見るけどさ。ありゃマゾなのかね」
「きみのセカイが、望んでいるモノは、何? 分からないなら、一つずつ捨てていく。消してもいいモノ、自分の枷、建前‥‥」
 前に出て胸に手を当てるルキア。キラはそっぽを向きながら話を聞いている。
「この世界は、哀しすぎたよね。でも――ヒトはその一部分であって、全てじゃない。君の世界に残ってる感情は何? 他人からの借り物じゃない、君というソンザイの中に何があるのか‥‥それを考えてみて」
「その事件の事で、キラに文句を言う奴でも居たのですか? もしそうならヨダカの前へつれてくるといいのです。片っ端からぶん殴ってやりますから」
 握り拳を作って笑うヨダカ。そして過去へと想いを馳せる。
「その場にいる全員が力を尽くし、十全に機能しても誰かを助けられない時というのはあります。ヨダカも戦友を亡くしました。でもそれは力を尽くした結果‥‥何もしてない奴にごちゃごちゃ言われる筋合いはないのです」
「何故‥‥貴方達は‥‥」
 拳を握りしめ目を瞑るキラ。そうして悔しげに歯を食いしばる。
「何故そうやって立ち向かえるんですか。私は貴方達のそう言う所が一番嫌いなんです。決して諦めず、絶望と砕き続ける‥‥そんな強さが大嫌いなんです」
 顔を挙げ、そして少女は震える声で叫んだ。
「怖いんですよ! 努力しても何も救えない自分が! 諦めてしまう自分が! ならいっそ、最初から全て諦めてしまった方が楽なんです!」
「ちょっと前までは‥‥それでよかったのかもしれない。だが今は何をしてしまったのかではなく、これから何をするべきなのか‥‥そちらの方が重要なんじゃないか?」
 咳払いし声をかける武流。そしてキラの肩を叩く。
「それに、お前は本当に親友を救えなかったのか?」
「‥‥え?」
「間違った道を正してやるのも親友のできることなんじゃないか。ま、結果的に死んでしまったが、それでも最後は道が戻ったんだろう。そう思えなくてもそう思っとけ。でなけりゃ一生解決なんかしねぇ」
「それでも私は‥‥彼に生きていて欲しかったんです。ただ、生きて‥‥」
「じゃあこれからは胸張って生かすようにすりゃいいだろ? そいつの分までさ」
 一登の声に顔を上げるキラ。そして傭兵達を見渡す。
「赦される、って。怖いよね‥‥でも、生きてるんだよ。そして、誰かがいる。泣いてもいいんだよ」
「そんな‥‥」
「誰も許してくれないなら俺が許してやるよ。とりあえずそれでいいじゃねえか」
 ルキアに続き頷く一登。キラは呆れた様子で溜息をついている。
「キラ、ヨダカが一ついい事を教えてあげるのです。馬鹿は人の話を聞かない! なので観念した方がいいと思うですよ?」
 一登はキラの手を取り強引に引き戻す。そんな少女を傭兵達は暖かく見守っていた。
「さーて、話も纏まった事だし‥‥買出しして帰りますかー!」
「とりあえず飲むといい。一息ついたらみんなで帰ろう」
 手を叩き声を上げるニア。浩一はキラへそっと缶コーヒーを差し出して微笑んだ。
「‥‥確かにヨダカの言う通り、馬鹿ばっかりですね」
 そう言いながらキラは初めて、この集団の中に入って初めて微笑んだのであった。


 事務所に戻ると傭兵達は鍋会の準備を始めた。いつも通りのドタバタ騒ぎの中、ニアはキラを引き止める。
「走ったり落ち込んだりして疲れてるだろうからお風呂に入ってきたら? 風呂は命の洗濯よ♪」
「むしろ嫌な事を思い出す方が多いのですが」
「そんなベタな返しはいいから、早く行ってきなさい!」
 風呂場にキラを押し込むニア。そして鍋のセッティングを再開する。
「流石に毎回毎回鍋なので、今回は仕切りのある鍋を用意しました。これで色々な味が楽しめます」
「そこに気付くとはやはり天才ですか!?」
 ニアの用意した鍋に愕然とするヒイロ。既に涎が滝を作っている。
「あぁ、鍋やつっていうからカニ持って来たぞ? そんなに数はないから奪い合いとかするなよな‥‥っていってもなるんだろうな」
「大丈夫、ここに鍋奉行が居ますからね! ヒイロが全部食わないようにします」
「あまりにもむごすぎる!?」
 カニを取り出す武流。だがすぐニアが取り上げてしまう。
「そうそう、お肉とカニは平等にね!」
 晴れやかな笑顔でそんな事を言うルキア。しかし数十分後、いざ鍋が始まると‥‥。
「鍋はやっぱり肉だよね!」
「肉肉野菜肉野菜」
「あーっ! ヒイロばっかりガード固いから全部食べられてる!? これはあまりにも‥‥むごすぎるのですよーッ!」
 次々に肉を食うルキアと悠。ヒイロは床をのた打ち回っている。
「落ち着け‥‥ほら、俺のカニやるから」
「武流君‥‥アッー! カニが上手に食べられないのです! 尖ってる所がお手手に刺さるのですよーッ!」
 再びのた打ち回るヒイロ。となりに座っているニアに縋りつく。
「ニアちゃんとって? カニの中のやつとって?」
「あーはいはい‥‥出してやるからちょっと待ちなさい」
「ヒイロ君、大食い勝負するー? お肉あげるよー」
「ルキアちゃん‥‥ヒイロは誤解していました。悪い子は悠ちゃんしか居ませんでした」
 ルキアから小皿に肉をよそられ瞳を潤ませるヒイロ。そして悠をジト目で睨む。
「あー‥‥そういや今日は土産持って来たんだ」
 ポケットをごそごそ漁り、ポイっと投げ渡したのは猫缶であった。
「ポテチもあったけど道中で私の胃に収まったよ」
「ヒイロは猫缶も好きです!」
「お前が食うのか!?」
 猫缶を頬張っているヒイロに唖然とする武流。キラはその騒動を見て苦笑を浮かべていた。

 鍋会騒動は深夜まで続いた。キラは疲れていたのかそれとも安心したのか、ソファで眠ってしまっている。
「これでヒオヒオの思惑通りなのです?」
「ぅゎふーん? 何がですか?」
「とぼけるでない。ヒイロさん、何か手をうっておったな? 後そのカニの甲羅はもう味しないからしゃぶっても意味がないからな?」
 ヨダカと浩一の視線の先、コタツに入っているヒイロの姿がある。
「ったく、ヒイロは相変わらず何を考えてるかわかりゃしねぇ‥‥いや、明確なのかもしれないな、これでも」
 ヒイロのアホ面を横から眺めながら苦笑する武流。これまでの事を思い返してみると、何と無くヒイロの一貫性を感じる気がした。
「にしてもアレだ。最初会った頃はこういうキャラになるとは思いもしなかったからさ。人生ってのは面白いもんだなー、なんて」
 悠の言葉は他の者も考えていた事であった。まさか最初からあのヒイロがこんな事になるとは誰も予想していなかったであろう。
「思えば色んな事があったなぁ。ヒイロの実家に行ったり、斬子の別荘に行ったり、敵の基地に乗り込んだり雪山に登ったり、UMA探した事もあったっけ」
「そうだな‥‥ヒイロさんとは本当に長い付き合いになったな」
「死にかけたこともあったけど、今はもう思い出の中だわ」
 過去を懐かしむニアと浩一。この数年ヒイロと共に歩んできた二人だ。思い出は数知れない。
「私の喜びや悲しみは誰かから貰ったもので、私もそれを誰かに渡すことで繋がっている。その繋がりが今を‥‥そして未来を作って行く。上手く言えないけどそうなんだと思う」
「まさにヒイロの輪、ヒイロリングなのです!」
 握り拳で叫ぶヒイロ。それからチラっと武流を見る。
「あ、ネストリングには入らないよ、俺は」
「入っても良いのですよ? 良いのですよ?」
「ネストリングか。私には、合わないだろうな。――歪みの無い意志と、歪みの無い意志は噛み合わない」
 ルキアの言葉に唇を尖らせるヒイロ。そして床に転がってふてくされた。
「私が求めるのはセカイ‥‥ヒトが紡ぐモノガタリ。それを拾い上げる時、また会えるよ」
 屈んでカニの足をぴこぴこするルキア。ヒイロは起き上がりそれに飛びついた。
「正直こんな道を歩むとはあの頃思ってなかったが‥‥」
 ヒイロを眺めながら呟く浩一。その続きの言葉は胸の中にしまいこんだ。
 この三年に渡る戦争の日々が、確かにかけがえの無い物を残してくれた。その道程は決して楽ではなく、悲しみに満ちてはいたけれど。
「ヨダカは正義の味方じゃないですがヒオヒオの味方です。迷ったらなら一緒に考えますし、間違ってたらぶん殴ってあげます」
 カニの足をしゃぶるヒイロに笑いかけるヨダカ。
「だから、いつかヨダカが誰かに殺されるその日まで。よろしくお願いするのですよ?」
「もしかしたらその日はあっさりと訪れるかもしれないね。だけど‥‥」
 カニを吐き出し立ち上がるヒイロ。そして扇子を開いて微笑む。
「私達の想い出まで消えるわけじゃない。だからもしヨダカちゃんが居なくなっても悲しまず、ヒイロは前に進んで行くよ」
「そしてネストリングの将来は一登の双肩に掛かっている!」
「な、なんで俺なんだよ!?」
 一登の肩をがしりと掴むニア。そして笑いかける。
「なんちゃってね。これからも一登の思う通りやればいいよ」
「言われなくてもそうするよ。安心しな社長。あんたの正義って奴は、俺が守ってやるよ」
 一登の言葉にヒイロは嬉しそうに――本当に嬉しそうに。穏やかに、落ち着いた笑みを浮かべた。
「で、ドミニカは最近彼氏とどうなのよ?」
「ニア姉ちゃん、その話すんなよ‥‥マジで長ぇから‥‥」
 真面目な空気になるのも一瞬の事。事務所の中はまた普段どおりのおちゃらけた雰囲気に戻ってしまうのであった。



 そんな日々が永遠に続かない事を彼らは知っている。
 だがそれでも、今この瞬間に歴史に刻んだ己の足跡は消えない。
 誰もが離れ離れになったとしても、夢半ばで倒れたとしても。
 確かに繋いだ絆が、想い出が消えてなくなる事はない。

 明日へと確かに受け継がれる物。
 彼らが存在した今は、きっと――未来へ。









「――みんな、ありがとーなのですよ!」