●リプレイ本文
かつてヒイロの実家があった場所。今は更地になっているそこに、二つの墓が並んでいる。
片方はヒイロの祖母のものであり、もう片方は父親であった男のものだ。
「ここに来るのも幾度目か‥‥な」
「御祖母さん、もう二周忌になるんだな‥‥」
その墓前に並んで立つ三人の男。上杉・浩一(
ga8766)と崔 南斗(
ga4407)は神妙な面持ちで手を合わせている。
「戦いも一区切りついて、やっと墓参りにも来られた。遅くなっちまったけど、やっと手を合わせられるぜ」
どこか悲しげに微笑む巳沢 涼(
gc3648)。彼らにとってここは忘れられない場所でもあるのだ。
「あのさ、この墓ってもしかして‥‥?」
「ああ‥‥。これはヒイロさんのおばあさんと、お父さんの墓標だよ」
気まずそうに訊ねる一登に答える浩一。一登も薄々感づいていたのか、得に驚く様子はなかった。
「ほら、一登もとりあえず手を合わせておけば?」
「お、おう」
茅ヶ崎 ニア(
gc6296)に背を叩かれ手を合わせる一登。その様子をヒイロとレインウォーカー(
gc2524)が背後から眺めている。
「そう言えばここだったな、前にお前と戦ったところ。正確には喧嘩、かなぁ?」
「わふふーん。そんな事もあったようなー、なかったようなー」
「機会があったらまたやらないかぁ。どっちが強いのか、白黒つけるのも悪くないと思うんだけどねぇ」
「あれからヒイロは沢山修行と経験を積んで強くなっているのですよー。それでも構わんというのか?」
「自分だけが経験を積んできたとは思わない方がいいねぇ。ボクもあれから腕を上げたさぁ」
虚空に拳を繰り出すヒイロ。レインウォーカーはその隣で肩を竦める。
「そうだぁ。この前はありがとう、ヨダカ。今日は礼も含めて頑張らせてもらうよぉ」
「ちょ、ちょっと‥‥今その話をすると」
ぎくりとするヨダカ(
gc2990)。次の瞬間にはアホ面のヒイロがヨダカにすがり付いていた。
「何かくれるですか? ヒイロにも何かくれるですか?」
「いや〜」
「ぽてちですか? お肉ですか?」
「プ、プレゼントは自分で見つけ出す物なのです! めでたく正社員になった事ですし、今日は頑張るのですよ〜!」
ヒイロに絡みつかれながらもがくヨダカ。そこへ涼がのしのしと近づき、鞄の中を漁りはじめた。
「プレゼントならあるぜ。ヒイロちゃんと、ドミニカちゃんと、カズにもな!」
どっとプレゼントに群がる三人。後にはもみくちゃにされたヨダカが残った。
「なんか悪いなー。でも素直に貰っとくよ。ありがとな、涼にーちゃん!」
「へぇ。涼の癖に結構かわいいの用意してるじゃないの。見直したわ」
「そんな事より、山を歩く時は髪を束ねといた方が安全だと思うな」
ドミニカの肩をがしりと掴み真顔で語る涼。ドミニカはなんとも言えない目をしている。
「それじゃ、山に入る前に安全点呼しましょう。足元良いかー! 安全帽良いかー! 安全帯良いかー!」
「先生! ジャージの人はどうすればいいですか!」
「ジャージの人はどうなっても知りません。木っ端が目に入って泣きます」
高速振動しつつ涙目になるヒイロ。ニアはその様子にけらけらと笑っている。
「気をつけるのは勿論ですが、まあ熊くらいなら鍋にしてしまえる気もするのですよ」
「よっしゃあ! お宝目指して出発だ!」
目を両手で覆うヒイロの頭を撫でるヨダカ。涼はAU−KVを装着し、ポーズを決めながら宣言するのであった。
「それにしても‥‥モミの木はともかく、隠し財産ねぇ」
山の中を歩きながら呟くレインウォーカー。この山のどこかにあると言う旧ネストリングの隠し財産を見つけ出す事も今回の依頼に含まれているのだが‥‥。
「本当にあるとしたら既にブラッド辺りが回収してる気もするけどねぇ。それならシンクが隠し財産の在り処を知ってた説明もつくし」
傭兵達の多くは彼と同じく、この隠し財産については懐疑的であった。
「通帳を埋める事もないだろうし、仮に金塊であればブラッドさんが使ってしまっているだろう」
最後尾を歩きながら頷く浩一。涼はそんな彼らの言葉に溜息を漏らす。
「なんだよ皆、浪漫がねぇなあ。まあ‥‥確かに情報源がシンクってのは気に食わないんだけどよ。でも罠って可能性は低いと思うし‥‥」
「そうね。彼女が今際の際にそんな嘘が吐けるような器用な子だったら、死ぬような事もなかったろうし‥‥そういう意味では信頼出来るかな」
「シンクか‥‥。俺は、死の間際彼女がヒイロさんと分かり合えたのだと信じたい所だが‥‥」
神妙な面持ちで語るニアと南斗。一方、肝心のヒイロはスコップを手にひょいひょい山道を進んでいる。
「ヨダカとしてはあんまり期待してないのです。タイムカプセルとか、昔の玩具が出てくる予感なのです。それに大金があったらあったで、相続税とか一時資産税が大変な事になるですよ」
「だとしても、大神の宝だ。どうするかはヒイロさんが決めるべきだろう」
「ですね。それにしても隠し財産があるなんて、紫さんは用心深いというか‥‥ヒイロだったら貯めるなんて発想は出なさそうだわ」
「おばあさん‥‥あんな顔で結構やりてだったんだな。人は顔によらん」
頷き合う浩一とニア。ヨダカはそこで小さく溜息を吐く。
「ヒオヒオもやり手になってくれないと困ってしまうのですが‥‥まあ、その辺りはもうヨダカも諦めて、次なる一手を考えるべきなのでしょうか。ね、ドミニカちゃん?」
「な、なんで私に振るの‥‥? 言っておくけどね、私はアホよ」
「‥‥ねぇ一登、ちょっと簿記の勉強をしてみる気はないです?」
「えぇーっ!? 俺小学生なんだけど!?」
「大丈夫、サイエンティストになれば頭の回転は速くなるですから!」
「‥‥それ、私の前で言う?」
肩を落とすドミニカ。ニアはその肩を叩き真顔で言った。
「ところで‥‥お名前は何と言ったかしら? 確かハイチの隣みたいな感じだったと思うのだけど」
「あんたわざと言ってるでしょ? 言っておくけどね、私はアホで、しかも短気なのよ!」
「お、落ち着けドミニカちゃん‥‥ぐおっ!?」
間に入り殴られる涼。しかしAU−KVに素手は痛かったらしく、結局ドミニカも蹲っていた。
わいわいと騒ぎながら山道を行く傭兵達。クリスマスツリーに使えそうなモミの木を探しつつ、川に沿って遡っていく。
「これなんかどうかなぁ?」
「ん。ちょっと見てみようか」
レインウォーカーが小さな木を叩く。南斗は巻尺でその木の大きさを測定した。
正直、大きなモミの木に関してはわりとその辺にあるので探すのに苦労はさほどしない。問題はネストリング事務所用の、そこそこ小さな木の方であった。
南斗は出発前に事務所の天井の高さなど、運び込むのに必要な数字を測定してきた。お陰で木を選ぶのも順調だ。
「うん、大きさはこんなものかな。ヒイロ社長、どうだい?」
「わふー! ちっちゃくてかわいーと思います!」
「それじゃあ、大きい方もこの辺のから見繕うかぁ」
傍にあった大きなモミの木に目をつけたレインウォーカー。そうして刃に手をかける。
「手間をかけたくないんでねぇ。一撃で決めさせてもらうよぉ」
今正に覚醒して一撃を放とうとしたその時、背後から涼が駆け寄ってくる。
「ちょっと待った! こんな立派な木を伐るのは勿体無いだろ? 折角だし、根元から掘っていこうぜ」
「‥‥ボクは今正にその手間を省こうとしたんだけどねぇ。まぁ、やりたいなら任せるよぉ」
肩を竦めるレインウォーカー。そこへヨダカが近づいてくる。
「それじゃあ、Иたんはヨダカと一緒に持ち帰り用のソリを作るのです」
「そうだねぇ。ボクの手先の器用さは、力仕事よりそういうのが向いてる」
ということで、二人は運搬用のソリを作る事に。浩一はその様子をうんうんと頷いて眺めている。
「よかった。かなり力仕事になると思っていたからな」
「何言ってるんですか上杉さん! こっちに力仕事が残ってますよ!」
涼に呼びつけられる浩一と南斗。男三人で大木を掘り返す作業に当たるのであった。
「この木なら孤児院の庭に立派に聳え立ってくれるだろうな。根着きの方が、安全でもある」
「う、うむ‥‥腰が‥‥」
苦笑しながら土を掘る南斗。浩一はそれどころではなく、必死に腰を叩いていた。
分担作業の甲斐もあり、木の確保と運搬用のソリの作成にはそれほどの時間を取られなかった。現在はいつでも運び出せる状態にして川原に設置してある。
「よし。後はこれを引っ張って帰るだけだな」
「こ、腰が‥‥」
手についた土を払う南斗。浩一は跪いて蹲っているが、その上に笑顔でヒイロが飛び乗っている。
「さてと。問題は宝探しね‥‥」
腕組み川原を眺めるニア。そのまま視線を上流へと移す。
「正直、ノーヒントは厳しい。もう少し詳しい情報が聞ければ良かったんだけど」
「‥‥なあニアねーちゃん。さっきから深刻な顔で考えてるフリして、作業サボってたろ」
「ヒントが無い以上、スキルでも何でも使って怪しい所を探すしかないわ」
「聞いてますか?」
一登を無視して歩き出すニア。というわけで、一行は帰りに木を回収していく事にして、次に川の上流へと向かうのであった。
「‥‥で、何で俺が針金持たされてんの?」
「宝探しと言ったらダウジングだろー!」
握り拳で言う涼。現在、一登は針金を持ち、一行の先頭を川沿いに歩かされている。
「こういうのは年少の方が勘が鋭い気がするっていう、ただの俺の先入観なんだけどな」
針金を渡した張本人である南斗が笑う。しかしヒイロはそれが面白くないらしい。
「南斗君、ヒイロも針金したい! カズ君だけずるいと思います! ヒイロもやりたいやりたいー!」
「ヒイロにはチョコがあるよ。ほら、チョコをあげよう」
南斗がチョコを取り出すと、ヒイロはピタッと黙り込んだ。
「こんなんで宝が見つかるのかよぉ〜」
ぼやきながら歩く一登。そうこうしていると、一行の前に大きな滝が姿を現した。事実上の行き止まりで、迂回してルートを変えるか、険しい段差を昇っていくしかないという状況だ。
「行き止まりみたいだねぇ」
「やはりノーヒントで探すのは難しかったのか‥‥と誰もが思った次の瞬間!」
苦笑するレインウォーカー。その隣で唐突にニアが声を上げる。彼女が指差す先は一登のダウジングだ。
「見て! ダウジングが反応してるわ! つまり、お宝は実在したのよ!」
「な、なんだってー!?」
駆け寄る涼と南斗。一登は信じられない様子でポカーンとしている。
「うーん、バイブレーションセンサーには反応はないのですが‥‥」
「皆見てみろぉ。ここだよ、ここ」
眉を潜めるヨダカ。と、一行をレインウォーカーが呼びつける。向かった先には滝の裏へと通じる小さな道が。
「この裏側にある岩、カモフラージュだぁ。ただの布だよ」
「えぇー‥‥こんなんで見つかっちゃっていいの?」
「一登、余計な事言わないの! 上手くすればネストリングと私達の将来は安泰よ!」
「さっき宝は社長のだって話してたよな!? 貰う気まんまんじゃねーか!」
一登を取り押さえずるずると画面外に引っ張っていくニア。入れ替わりで傭兵達がどっと隠し通路になだれ込む。
「むう‥‥結構本格的だな」
「大金だったら事務所に麻雀卓置こうぜ!」
「あんたはそれしか頭にないわけ? 折角見直したと思ったら‥‥!」
「いやそんな物より冷暖房とかキッチンとか、手に入れたい物は山ほどあるのですよ! ヨダカ達の生活環境がかかっているのです!」
「おいおい、ぎゅうぎゅうだなぁ。これじゃあ誰が喋ってるのかわからないよぉ」
薄暗い通路の中を進む傭兵達。道は地下へと進み、彼らの前には鋼鉄の扉が現れた。
「ここまで来ると、それなりに面白くなってきたねぇ」
「皆、トラップに注意するのですよ!」
「どんな形で宝を残しているのか、俺も興味があるな‥‥」
「うーん‥‥温泉の源泉とか? いやヒイロさん、開けてみよう‥‥ここは狭いしな」
「じゃああけまーす!」
南斗に急かされ扉を空けるヒイロ。すると彼らの目の前には広大な暗闇が広がった。
「わふー! ヒイロ暗いの怖いのですー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ‥‥今灯りをつける‥‥!」
壁の蜀台にライターで火を灯すと、ヒイロに飛びつかれた南斗の姿が浮かび上がる。
一つ一つ、壁に光を与えていくと、その広大な空間の正体が明らかになった。
「これが‥‥大神紫が残した遺産‥‥?」
呟く浩一。そこにあったのは、只管の空洞。そしてその中央にちんまりと設置された錆びたデスクだけだ。
「まさか、宝とは君たちの心だ! ってオチ?」
苦笑するニア。ヒイロはデスクに駆け寄り、引き出しを開けてみる。そこから取り出したのは一通の古びた手紙とアルバム、そして不自然に新しい映像記憶媒体のディスクであった。
「これ、おばあちゃんからの手紙だ‥‥」
そう、それはヒイロへの手紙。そしてアルバムを開くと、そこにはヒイロの幼い頃の写真が。しかしそれはただのヒイロの昔の写真ではなく‥‥。
「この人、ヒイロちゃんのおばあちゃんだよな?」
「それにこっちは‥‥水鳥さんと、ブラッドさん」
色褪せた写真には赤ん坊のヒイロを抱きかかえる両親と、傍らに立つ祖母の姿があった。
どの写真も、ヒイロ一人だけではない。父と母、祖母‥‥家族が傍にいた。
「赤祢ちゃん‥‥」
写真を遡れば、祖母の若かりし頃へ時代も移る。そこには若き日の大神紫と、彼女を慕う仲間達の姿があった。
「やっぱり、タイムカプセルのようなものだったのですね」
「うん。でも、おばあちゃんの言いたい事は伝わったよ」
ヨダカの声に微笑むヒイロ。どの写真の中にも、『ひとり』はいない。必ず誰かと誰かが繋がっていた。
「一つの傭兵団を運営するに足る財産‥‥その答えがわかった気がする」
無事に遺産を回収した一行。ディスクと手紙の閲覧は後回しにし、大木をソリに乗せ下山を試みていた。
「モミの木を運ぶ、ある意味これもサンタの仕事かなぁ? 道化サンタの頑張りどころ、なんてねぇ」
「孤児院の子達、喜んでくれると良いなぁ」
木を引きながら笑うレインウォーカー。ニアもちゃんと運搬に協力しています。
「こ、腰が‥‥」
「浩一君、頑張るのですよ〜」
「社長も引くの手伝えよ!」
夕暮れの中、大木の上にちょこんと座ったヒイロのシルエットが揺れる。一登が叫ぶと、ヒイロは手紙を折り畳んで目尻を拭う。
「仕方ないですねー。社長が直々に手伝ってあげるのですよー」
「ヒイロ、ハイホー!」
「はいほー!」
声を上げるニアに続き笑うヒイロ。こうして傭兵達は無事に任務を終えたのであった。
その後、モミの木は無事孤児院の中央に鎮座し、ネストリングにもささやかなツリーが設置されクリスマス会を盛り上げたという。