タイトル:【BS】遭難温泉・女マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/27 09:01

●オープニング本文


 ある日のこと。
 UPC本部を訪れたカシェル・ミュラー(gz0375)は、久しく顔を会わせていなかったキルト・ガング(gz0430)を発見し、捕まっていた。
「えっと、つまり‥‥一緒に温泉に行く人を探しているんですか?」
「ああ。ここで会ったのも何かの縁だ。ここらでひと休憩入れるってのも悪くないだろ」
 確かにここらでゆっくりしたい。そんな思いはある。
 だがその前に気になることが1つ。
「キルトさん。女性は誘わないんですか?」
 自分はともかくとして良い大人のキルトが自分と行こうと考えることがオカシイ。
 そう思ったのだが、
「‥‥その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
 項垂れながら叩かれた肩に「ああ」と声が漏れる。
「まあ、いないのなら構いませんけど。日取りはいつですか?」
「明日だ」
「へえ、明日ですか‥‥って、明日?!」
 驚くカシェルに、キルトはポケットを探ると1枚のチケットを見せた。
「福引の景品でな。有効期限が明日なんだよ。明日を逃せばこれはパア‥‥勿体ないだろ?」
「まあ、高級旅館らしいですし勿体ないですけど‥‥え゛‥‥き、キルトさん、これ‥‥」
 差し出されたチケットを眺めていたカシェルの顔が強張った。
「カップルご招待♪ なんかどっかで見たことあるようなシチュエーションだけど、今回は違うぞ!」
 自信満々に胸を張った彼に嫌な予感が過る。
 そもそもこの反応、絶対に良いことであるはずがない。
「‥‥念のために聞きますけど、何が違うんですか?」
「そりゃあ、アレだ♪ まあ、俺に任せておけ!」
 そう言って笑ったキルトに、カシェルは嫌な予感満載で表情を引き攣らせた。

●温泉道中萎び旅
 雪深い山道。道行く人の姿もないそこを、2人は黙々と歩いていた。
 近くの駅から歩いて1時間。そろそろ目的の温泉宿に辿り着いても良いのだが、どういう訳か一向に辿り着く気配がない。
「キルトさん‥‥もしかして、道間違えました?」
「いや、そんな筈はないんだが‥‥」
 そう言って広げた地図。それを覗き込んだカシェルの眉間に皺が寄る。
「何ですかこの地図‥‥明らかにオカシイでしょ!」
「何処がだ?」
「何処って‥‥この地図、山の絵に1本線があるだけじゃないですか! 明らかにオカシイでしょ!」
 ダンッと雪を踏み締めたカシェルに、キルトは「ふむ」と頷き地図を眺めた。そして怒っているらしいカシェルに目を向ける。
「‥‥その格好で怒ってもな。迫力ないぞ」
「!?」
 ガーンっとその場に崩れ落ちたカシェル。
 そんな彼はゴシックロリータのワンピースにコートと言う、まるっきり女の子の服装をしている。
 勿論カツラも被り済みで、一応お化粧もしてあるが、その辺は彼の希望で薄く済まされている。そもそも化粧をしないでも充分女の子――
「それ以上の説明は不要ですっ!」
 ガンッと木を殴りつけた彼に、キルトは肩を竦めて呟く。
「良いじゃないか、可愛いんだし」
「か、かわっ‥‥僕は嬉しくもなんともありません! そもそもキルトさんがすれば良かったじゃないですか! キルトさんだって着れば女性に見えますよ! そうすればカップルにだって見えるかもしれないじゃないですか!」
 そう、カシェルがこんな格好をしている理由は、キルトの提案が元だった。
『カップルに見えるようにカシェルが女装すれば問題ない』
 ハッキリ言って馬鹿でしかない提案だが、まあ人が良すぎて断りきれなかったカシェルもカシェルだ。
「まあ、頑張って登れば着くだろ。ほら、手貸せ」
 そう言いながら差し出された手に、若干の虚しさが巡る。それでも歩き辛い服装なので有り難くもある。
「‥‥まあ、こんな姿を他の人に見られないで良かった。そう思うしかないかな」
 カシェルはそう呟くとキルトの手を取っ――
「え゛」
「あ゛」
「嘘でしょおおおおおおおお!!!」
 木霊と共に崖下に落ちて行くカシェル。
 それを崖上から手を伸ばして見送るキルト。
 こうして2人は雪山に遭難し、挙句に逸れてしまった。

●UPC本部
「‥‥と言う訳で、申し訳ないんですが、阿保で馬鹿でどうしようもない傭兵の救助に向かって下さい」
 オペレーターの山本・総二郎は少しだけ据わった目で呟き、集まってくれた傭兵達に頭を下げた。
 彼が急遽依頼を出したのは、雪山にある高級旅館から連絡が入ったためだ。
 その内容と言うのがコレだ。
『そちらに登録されている傭兵のキルト・ガングさんと、カシェル・ミュラーさんが1日経っても宿に到着しないんです。こちらの宿は雪深い場所にもありますし、もしかすると遭難されているのかもしれません。カシェルさんに到っては女性ですし、こちらとしてもとても心配で――(以下略)』
「‥‥色々気になる点はあるけど、遭難してるなら助けなきゃいけない。一応山の中だし、動物の存在にも気を付けてください」
 そう言って山と温泉旅館の位置を記した地図が各人に手渡される。
 その地図は山の地形もしっかりと書かれており、頼りになるだろう。
「あ。救助後は温泉でゆっくりして下さい。勿論お金は救助された2人が払いますから」

●カシェル
 深く積もった雪山の中、カシェルは神妙な面持ちで歩いていた。
「綺麗な森だな‥‥キメラも居ないし、こういう森なら何時間でも‥‥」
 爽やかな笑顔から一転。手にしていたペンと手帳を雪に叩き付け頭を抱える。
「何時間でも調査してる場合かーッ! 僕はバカか!」
 最近色々あって、自然環境の調査にハマって居たカシェル。最初はちょっとだけのつもりだったが、気付けば随分時間が経過してしまっていた。
「しかもこんな格好でか‥‥いやしかし寒いので脱ぐわけにも行かない‥‥」
 咳払いを一つ。それから無線を取り出し頷く。
「どんな時でも持っていれば安心の無線機っと‥‥キルトさん、生きてますか? ええまあ、こっちは個人的な道草で‥‥はい」
 会話をしつつ周囲の様子を眺める。気付けば本来の道からは随分外れた場所に来ていたらしい。
「今から下山するのでは時間がかかりすぎます。一度山頂で合流しましょう。その方が早そうです」
 通信を終え、ゆっくりと歩き出す。そこでカシェルは一つの事実に気付いた。
「‥‥あれ? 無料券の有効期限、切れてるような‥‥」
 ならば自分がこんな格好をしている意味はどこにあるのか?
 果てしない自問自答と共に少年は山頂を目指し歩き始めるのであった。

●参加者一覧

イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
タイサ=ルイエー(gc5074
15歳・♀・FC
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL

●リプレイ本文

「――お前、絶対山を舐めきっているだろう」
 山道と呼んでいいのかもわからないような道の端、正座しているカシェルの前で美紅・ラング(gb9880)がぴくりと眉を動かした。
「まったく、いくら相手持ちとはいえ‥‥下山したら関係各所に謝りに行けなのである」
「まーまー、そんなにカリカリするなよー。見つかったんだから良かったじゃないか」
「良くないのである。見ろ、この有様を」
 ジト目でビシリと指差す美紅。月読井草(gc4439)は頭の後ろで手を組んだまま視線を向ける。
「こんな格好で一人オリエンテーリングとは、腹立たしさを超えて呆れるしかない」
 ご存知の通り、カシェルはゴスロリ女装状態である。この件について彼に非はないのだが、言い訳できる状況でもなし。
 正座しながら心の内でキルト・ガングに恨み言を向けるカシェル。と、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)は美紅の肩をそっと叩いた。
「その事については、触れずにおいてやるべきだ」
「イレーネさん!? 真顔で言われるとショックなんですけど!」
「まあ、そういう趣味に走ってしまうのも止むを得ないかもな。見ろよ、もはやうちより女の子してるぞ」
 カシェルを指差し笑うタイサ=ルイエー(gc5074)。しかしエルレーン(gc8086)だけは状況を把握出来ていない。
「うーん? ねーねー、みんな何のおはなししてるのー?」
「カシェルとキルト、どっちが受けなんだろーかって話」
「そんな話は一切してなかったでしょう!」
 赤崎羽矢子(gb2140)に素早くツッコむカシェル。羽矢子はそ知らぬ顔でそっぽを向いている。
「そもそもあんたは一体なんなんだ! 何をしにきたんだ!」
「何って、折角助けに来て上げたのに随分な言われようねぇ」
 立ち上がり涙目で叫ぶカシェル。彼は決して忘れない。たった数分前に起きた出来事を。
 傭兵達はカシェルを救出にきたが、カシェルはそれを望んでいなかった。故に無線で呼びかけがあった時彼は咄嗟に逃げ出そうとしたのだが、先回りした羽矢子に捕獲されたのである。
「写真まで撮って‥‥僕に何の恨みがあるんですか」
「カシェル子ちゃん可愛いし、あたし達だけで楽しむのが勿体ないじゃない?」
「大丈夫だよ、誰もカシェルだってわかりゃしないって!」
「って言いながら撮るんじゃねえ!」
 怒るカシェルから逃げる羽矢子と井草。まだきょとんとしている井草の肩を叩き、イレーネがこっそり耳打ちする。
「え‥‥おとこのこ? うっそー!」
 
 こうして無事カシェルを確保し、別行動のキルト達と合流した一行は宿へとやってきたのである。
「しかし、こんな山奥で客とか来るのか? こんな山奥、辺鄙にも程がある」
 山の中にある宿は正規ルートからであれば車でも来る事が出来るようだが、この大雪の影響か客の姿は見当たらない。
 エントランスで上着を脱ぎながら呟く美紅。そこへ女将が笑顔で応える。
「仰る通りの場所ですから、今日は殆ど貸切みたいなものなんですよ。ささ、どうぞこちらへ」
 部屋に案内される女性一行と男一人。イレーネは廊下の窓から見える中庭の雪景色に口元を緩める。
「雪の中の温泉宿と言うのは絵になるな‥‥出来れば妹達も一緒に連れてきてやりたかったが」
「ゆかたが借りられるんだよねー? ぴんく、ぱーぷる‥‥うふふ、どれにしようかなあ♪」
「それより先に風呂だな。折角温泉宿に来たんだ、温泉に入らんと」
 スキップするエルレーンの横を体を伸ばしながら歩くタイサ。部屋に案内された一行は各々寛ぎながら女将の説明を聞く。
「ふむ。先に浴衣を選んでおいて、湯上り時に合わせて用意してもらうのか。折角だ、和装も悪くないな」
 サービスメニューを眺めるイレーネ。そこでエルレーンは思い出したように手を叩き。
「ねーねー、カシェル君にもゆかた借りたげよぅ?」
 一瞬の間。カシェルは素早い身のこなしでエルレーンの背後に回り、ずるずると部屋の隅に引きずっていく。
「いやっ、僕はそういうのいいんで‥‥っ!」
「だ、だいじょうぶだよぅ‥‥『ココロはおんなのこなんです!』って言えば、おやどの人も怒らないよぅ」
「ココロも男の子なんです!」
 不審な目を向ける女将。カシェルはエルレーンを引き摺って戻るが、エルレーンは懲りずに浴衣のメニューを指差す。
「じゃあー、これとー‥‥カシェル君‥‥じゃなくてー、カシェルちゃんにこれを!」
 何も言わずサムズアップする羽矢子と井草。カシェルはウィッグを抱えていた。
 そんなわけで各々好みの浴衣を注文。後は温泉に入り、サービスを受けて上がれば丁度用意されている手筈だ。
「僕は部屋に隠れてますから、折角ですし皆さんは楽しんできてください」
「女の子として泊まってるから男湯に入れないなら、女湯に入るのはどうだろう?」
 カシェルの蹴りを異常な身のこなしで回避する羽矢子。
「‥‥幸い内風呂があるようなので、僕に遠慮は不要ですよ」
「まさか一緒に入るわけにも行かないだろうしな。それが一番である」
 頷く美紅。こうして一行はカシェルを部屋に残し温泉へと向かうのであった。



 なお。
 このリプレイ中にはさも裸の女性が堂々と描写されているように見える部分がありますが。
 大事な所は見えていないとか、湯気とかタオルで隠れてるとか、そういう感じでお願いします。



「よっしゃー! 全部の風呂を制覇するぞー!」
 舞い上がる水飛沫。温泉に飛び込んだ井草に美紅は眉を潜めている。
「おい‥‥温泉に飛び込む奴があるか」
「貸切だから広いぞー!」
「泳ぐな!」
 反省の気配が無い井草を指差す美紅。タイサは腰にタオルを巻き、仁王立ちでその様子を見ている。
「まったくなっちゃいないな。まあ、マナーに関してはうちもお行儀よしとは言えないけどよ」
「‥‥念の為訊くのだが、隠す所を間違っているのではないか?」
「あってないような胸だからな。隠すほどでもない。あれくらいあれば話は別だろうが」
 タイサの指差す先、イレーネは井草の暴挙を意にも介さずのんびりと湯に浸かっている。
「ふう‥‥まさに至福の時、だな。思えば戦い漬けで疲れを癒す間もなかったからな‥‥」
 うっとりと溜息混じりに肩にお湯をかける。その動作だけで胸が大分揺れている。
「すげえすげえ」
 笑うタイサ。美紅は何も言わず仏頂面のままお湯に沈んでいった。
「いやー、こんなにいいお湯なのに入れないなんて、カシェルはもったいないなぁ」
「まったくだよ。第一さぁ、こんな女だらけの所に女装してやって来るなんて、僕を弄ってくださいと叫びながら歩いてるようなもんだよね」
 頭にタオルを乗せた羽矢子の隣でろくろを回す井草。タイサはタオルを背に回し、栓等のおっさんよろしくガッシガッシと体を洗っている。
「そういえばー、がんばんよく? と、えすてもあったよねー」
「エステか‥‥いいな」
 頬を赤らめ呟くイレーネ。それから周囲を見渡す。
「自分だってこういうものはやってみたいのだ。意外かもしれんが‥‥」
「いやいや、何も言ってない何も言ってない」
 手を振る羽矢子。イレーネはちょっと沈んだ。
「あたしはエステの必要は無いぞ。何といってもピチピチだからな! でも整体マッサージはやりたいかな」
 立ち上がり両腕を広げる井草。しかしエルレーンが拍手しているだけで、他は気にしていない。
「エステと言われても、何をするのだ? 美紅はこういう事には疎いのである」
「うちもエステなんてガラじゃないしなあ」
「えー? とりあえずもうよやく? しちゃったから、みんなでやろうよー」
 エルレーンの言葉に顔を見合わせる美紅とタイサ。そんなわけで、全員で岩盤浴とエステを楽しむ事になった。
 温泉に隣接した別室に移動した一行。イレーネはうつ伏せになって目を瞑りエステを満喫している。
「んっ‥‥これは‥‥心地良いものだな‥‥」
「ふぐぅっ!? いたいいたい、何!? 猫背矯正? なんかあたしだけ扱いが違くないか‥‥いたいいたい!」
 その隣では井草が仰け反って身悶えているが、美紅もタイサもよくわからないなりにエステを満喫している様子だ。
「美容はともかく、マッサージはいいねぇ。ま、適度に筋肉を鍛えていれば、肩も腰も痛まないもんだが」
「‥‥寝そうだが、個人的な事情で眠れないのである‥‥」
「ちょっとちょっと、何これなんかおかしくない!? ふぐお‥‥背骨が折れるーっ!」
 井草の悲鳴が響く中、エルレーンと羽矢子は順番待ちついでに岩盤浴中。エルレーンはにこにこしたまま横たわっている。
「はふぅ‥‥ぽかぽかして気持ちいいのー」
 暫くすると羽矢子の順番が来たので向い、代わりに井草がへろへろと横たわる。更に暫くしてイレーネ、美紅、タイサがやってくるが、まだエルレーンは横たわっている。
「ん‥‥? いつまで岩盤浴しているんだ?」
「おい、干からびてないか?」
 首を傾げるイレーネ。タイサが倒れているエルレーンの頬を叩くが、なにやらグッタリしている。
「は、はぅはぅ‥‥お、おみず‥‥」
「何をやっているのであるか‥‥」

 エルレーンが軽い脱水症状でダウンするという事態に陥ったものの。
「軽かったのであるか?」
 軽かったんです。そうして風呂を上がった一行を待っていたのは先に予約しておいた浴衣であった。
 イレーネは黒地に金色の蝶のデザインの浴衣。羽矢子は青に白い羽をあしらった物。美紅は黒地に赤い波模様。タイサは若草色、エルレーンはピンクと、それぞれ浴衣に着替えたのだが‥‥。
「いや、あたしが着たかったのはこういう猫じゃなくて‥‥歌川国芳なんだけどなー」
 井草が着たかった着物はなかった為、今来ているのはやっけにかわいいデフォルメされた猫がプリントされた子供向けの浴衣である。
「不満だー! さっきからなんか扱いが酷い気がする!」
「浴衣なんぞ着れりゃいいじゃねえの。それよりさっさと食べ放題に行こう」
「貴公が言うと、和スイーツの食べ放題とは思えんな‥‥」
 袖を捲くりながら握り拳で宣言するタイサ。イレーネはそんな彼女につぶやきながら続く。
 スイーツの食べ放題は部屋に運び込まれるスタイルだ。元々女性向けという事もあり、一度に大量に注文される事は想定していないのだろう。しかし‥‥。
「とりあえず、全部」
「は?」
 聞き返す店員。美紅はメニューを見せ、それを指先でなぞる。
「ここからここまで、全部お願いするのである」
 大慌てで引っ込む女将。こうして本日の締めである和スイーツの食べ放題が開始された。
「ひとりでそんなにたべるなんて、すごいのー!」
「誰かさんに山道を歩かされたので腹が減っていたのである」
「でもよかったじゃないかカシェル。部屋でだったら男だってバレる危険も少ないしさー」
 井草の視線の先には浴衣に着替えたカシェルが座っている。どうやって着たのかはあまり深く考察しないで下さい。
「カシェル君、ゆかたかぁいいねえ! ココロはおんなのこだねぇー!」
「男の子です‥‥」
「カシェル、おそろいおそろい」
 カシェルの肩を抱くエルレーン。羽矢子は自分と同じ柄のカシェルの浴衣を指差し笑っているが、カシェルは握り拳を震わせていた。
「その格好ならスイーツを食べていても問題はないだろう。しかし‥‥浴衣というのはどうにも胸がきついな」
 胸元を気にするイレーネ。カシェルは無言で目を逸らした。
「せっかくだから食べ終わったら撮影会でもしようか、カシェル」
「誰か助けて‥‥」
 ニヤニヤと笑う井草。と、そこへ大量のスイーツが運び込まれてきた。
「おぉー、すごいすごい。制覇するつもりで来てたけど、もういきなりこれで全種類かー」
 ずらりと並んだスイーツの一つを手に取り笑う羽矢子。美紅は一心不乱にスイーツをかきこみ、同じくタイサもがつがつと鷲づかみで口に放り込んでいく。
「うまいけどちょっとしか乗ってないのがなあ」
「見栄えよく可愛らしくというのはわかるのだが、これでは量が足りないのだ。大盛りで」
 次々に飛ぶ追加注文に速攻で女将が引っ込む。その有様にカシェルは苦笑しつつ薬草茶を口にする。
「なんかこれ‥‥んぐ。変な味がするな」
「薬草茶はそんなにがぶがぶ飲むものではないですよ‥‥」
 一気飲みのタイサに冷や汗を流すカシェル。エルレーンは自分の前にあったスイーツを次々に美紅の前に積んでいる。
「あんこのは美紅ちゃんにあげるのー。そのかわりー、わらびもちはちょうだいー!」
「別に構わないは、そればっかりであるな」
「あんこきらいなのー‥‥わらびもちはつるつるしてるから好きー。カシェル君も一緒につるつるしようよー」
「食って飲んでゴロゴロして温泉‥‥なんて素晴らしい生活なんだろうか」
 口にくわえた団子の串をぴこぴこ上下させる井草。羽矢子は茶を飲みつつカシェルに目を向ける。
「そういえばカシェル。部屋に引き篭もってるのはもったいないし、男部屋に泊まって温泉で身体休めてきなよ。こんな事もあろうかと、そういう風に帳簿つけといたからさ」
「え、そうだったんですか?」
「うん。これだけの大所帯なら誰がカシェル子ちゃんかなんてわかんないしね。カシェルはさっきエステにも行ってなかったし、辻褄もあってるはずだよ」
「じゃあ僕はここで薬草茶を飲んでいてはルール違反なのでは‥‥」
「そのくらいは役得って事でいいんじゃない? ‥‥それとも、女部屋に泊まってガールズトークする?」
 無言で首を横に振るカシェル。とはいえ一段落するまでは移動も出来ないので、大方のイベントが終了するまで待ってからカシェルは男部屋に移動したのであった。

 こうして遭難から始まった温泉宿の休暇は無事に終了した。一行はすっかり満喫した様子で宿を去る事になった。
「いやー、いい宿だったな」
「ああ。今度は妹達を誘って来るとしよう」
 宿の前で伸びをするタイサ、腕を組み頷くイレーネ。その隣で美紅だけやけにぐったりしている。
「美紅、どうした? ただでさえ悪い顔色が更に悪くなってるぞ」
「‥‥貴公が‥‥貴公がそれを言うのか‥‥」
 首を傾げるタイサ。美紅は深々と溜息を漏らす。
 ただでさえ眠れないというのに、昨夜は寝ているタイサに蹴られるわ乗られるわでもう散々だったのだ。もうそれを言うのも億劫で、黙って口を紡ぐのであった。
「思う存分飲み食いして温泉入って、これでタダなんだから最高だね」
「お金は出るべきところから出るからねぇ」
 腕組み頷く井草と羽矢子。今頃会計ではキルトが悶えているはずだ。
「うふ、今回はらくしょうなうえに温泉はいりほうだいとか、めっちゃめちゃおいしい依頼だったの!」
 ブイサインを作って微笑むエルレーン。そしてカシェルへ振り返り言うのであった。
「――よかったらまた遭難してね、カシェル君!」

 めでたし、めでたし‥‥。