タイトル:玲子アフターマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/15 09:00

●オープニング本文


「はいっ、麦茶をどうぞ!」
 ヒイロ・オオガミがずいっと差し出したグラスになみなみと注がれた麦茶。些か季節はずれな気がするが、満面の笑みなので何も言えなかった。
「ははは、ありがとう」
「ヒイロは社長なので、お客様のおもてなしもばっちりできます。でも普段はドミニカちゃんがやっていると言われています」
 LH某所に存在する雑居ビルにあるネストリング事務所。そこに珍しい来客の姿があった。
 九頭竜玲子。『元』UPC軍中尉にしてヒイロの親友、九頭竜斬子の実の姉であるその人がやってきていたのだ。
「それでー、何の話でしたかー?」
「ああ。君がネストリングを受け継いだという話は天笠から聞いている。それで少し様子を見に来た、というのが一つある」
 ネストリングと九頭竜家の繋がりは実は深い。旧ネストリングを率いていたブラッド・ルイスは玲子の父、九頭竜剣蔵と浅からぬ協力関係にあった。
 そして玲子の妹である斬子はそのネストリングで戦い、策謀の渦中に巻き込まれた。そして今はすっかり能力者の資質を失ってしまったわけだ。
 そうした過去から、玲子にとってネストリングという名前はあまり良い響きではなかった。しかし先代の娘であるヒイロが受け継いでから、この組織も変わったと聞く。
「君のお陰で、随分とこの事務所は賑やかそうだ」
 壁に張られた手作りのチラシやら、散らかったデスク。その辺においてある猫の餌箱‥‥とても悪の組織のアジトには見えない。
「最近はヒイロリングにも人が増えて楽しくなってきたのですよー」
「ヒイロリング?」
「通りすがりの人に言われたのです。ヒイロが作っていく人の輪‥‥新しいネストリングは、ヒイロリングだと!」
 握り拳で語るヒイロ。玲子はその頭をぽふぽふと撫でる。
「それは実に頼もしいな」
「ヒイロは実は出来る男だといわれています。それでー、玲子ちゃんはヒイロリングを見に来ただけですか?」
「ん‥‥まあ、それもあるのだが‥‥な」
 麦茶を飲みながら考え込む玲子。LHの中でもこの事務所の中はやけにのどかで、時間がゆっくり進んでいるような気がする。
 クライストチャーチでの決戦以来、玲子の身にも様々な出来事があった。
 出撃停止命令を無視して前線へ向かい、草壁詠子と戦闘。結果詠子は倒れたが、九頭竜小隊は壊滅状態に陥った。
 彼の戦いは玲子すら与り知らぬ様々な要因が絡み合い発生した物であったが、玲子は中尉という階級もあり、当然の処罰と言う物は下されて然るべきであった。
「君もあの戦場に居たのだったな。天笠から我々がどうなったのか聞いているかい?」
「えーと、ざっとですけどー」
 あの後直ぐ戦争が終結し、UPC軍も様々な新しい動きを要求される事になった。
 それが功を奏したという言い方をするのは些か問題があるものの、玲子達の処分と言う物は草壁を落とした事もあり、正直UPCにとってはどうでもいい事だったのかもしれない。
 九頭竜小隊への処分は保留となっていたが、現場を指揮していたフラヴィ・ベナールについては別である。彼女は自らの復讐の為に多くの命を犠牲にした、その罪は玲子達より遥かに問題であった‥‥しかし。
「フラヴィがどうなったのかは私も詳しくない。が、恐らく殺されたりはしない‥‥と思う」
 フラヴィは所詮現場の人間に過ぎないが、彼女があれだけの事を出来た裏にはよりUPC上層部の力があった。
 彼女が裁かれるという事から広がる波紋を考えれば、彼女は速やかに抹殺されるか、今回の件はまるでなかったかのように穏便に扱われるのが順当な展開だろう。
「だが、フラヴィには大和がついている。あの二人なら上手くやるだろう」

 あの作戦の後、二人と別れた時の事を思い出す。
 生気のない顔で項垂れて立つフラヴィの傍に寄り添い肩を抱く大和。生きる意味を見失ったフラヴィだったが、大和の方はそうではなかった。
「大丈夫です。こういうのを何とか乗り切るのは慣れてますから。落ち着いたら連絡します。きっと生き延びて見せますから!」
 頭を下げて立ち去る二人。それを共に見送った外山は振り返り玲子と向き合う。
「あんたはこれからどうするんだ?」
「そうだな‥‥軍人としてやるべき責務は果たした。これからは家族の責任を果たしに行くよ。外山、君はどうする?」
「俺はこれといって社会貢献出来るような人間じゃねえからな。まだ暫く軍人を続けるさ」
 笑いながらズボンで手を拭き、玲子へ差し出す外山。
「これからやるべき事は山積みだが‥‥お互い落ち着いたら連絡しましょうって事で。これまでありがとな、隊長」
 差し出された手を握り締める玲子。申し訳無さそうに笑うその顔に外山は言う。
「中里のバカの事も、たまに連絡してやっから心配すんなよ。あいつの事は俺に任せときな」

「‥‥という感じでな。何から何まで、私は周りに支えられ助けられたまま、恩返しもままならないところだ」
「それで、玲子ちゃんはなぜここにー?」
「実は父の跡を継ぎ、私も会社の経営をする事になった。そういうつもりはなかったのだが‥‥父の部下達がそうしろとうるさくてな」
 冷や汗を流す玲子。会社の社長なんて自分に出来るとは思えない。実際今も殆ど実務は父の片腕であった男がしている。
「ネストリングにもご挨拶というわけだ。それと‥‥斬子の事なのだが‥‥実は、斬子と旅行に行こうと思っているのだ」
 きょとーんとするヒイロ。しかし玲子は至って真顔である。
「行けばよいのでは?」
「そうなのだが、私は家族旅行と言うものをした事がないのだ」
「くず子に行きたい所を聞けばよいのでは? もう記憶も戻って来たですよね?」
「そうだ。例のクライストチャーチ事件以来、斬子は大分回復しつつある。私の事もちゃんと私だと認識するようになった。しかしだ‥‥斬子は元々私の事が苦手だったのだッ!!」
 立ち上がり叫ぶ玲子。ヒイロはぽかーんとしている。
「というわけで、一緒に旅行に行こう。出来れば斬子と親しい人達も誘って。ただ私も忙しいので日帰りくらいが助かる」
「ヒイロは暇で四六時中ごろごろしているですが、そういう事なら日帰りにするのですよーう」
「頼んだぞ、ヒイロリング社長」
「大船に乗ったつもりで任せてよいのですよー。ただし、旅費は出してください!!」
 ひしっとヒイロの両手を握り締める玲子。その一連の様子を遠巻きに眺めている少年が一人。
「‥‥この事務所には変なヤツしかこないんだろうか」
 膝の上に乗せた白い猫を撫でながら、一登は遠い目で呟くのであった。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

「それにしても、あのきゅーちゃんが社長とはねぇ。世の中わからない物だねぇ」
 温泉宿に向かう為、日本にやってきた一行。集合場所に来たレインウォーカー(gc2524)は玲子を眺め頷いている。
「似合わない自覚はあるんだがね。だからこそ軍人をやっていた所もあるんだ」
「もし九頭竜の親父さんが生きていれば、玲子さんに迷惑をかける事もなかったんだけどな‥‥本当に申し訳ねぇ」
 頭を下げる巳沢 涼(gc3648)。彼は九頭竜家とは様々な繋がりがあり、今の状況にも少なからず関係している人物であったりする。
「気に病む必要はない。似合いはしないが、嫌というわけではないのだ。むしろ君達には感謝すべき事の方が多い」
「そうよ涼、過ぎた事をいつまでも気にしないの! 男でしょ!」
 涼の背中をバシバシ叩くドミニカ。今はそんな感じだが、一時は相当ヘコんでいた事をヒイロと斬子は知っていた。
「玲子さんのお父さん達の事は、私も気にしていないとは言えませんが‥‥今回は姉妹仲を改善する事が目的ですからね」
 笑顔を作るティナ・アブソリュート(gc4189)。そのままドミニカの背後に回り、両肩にポンと手を乗せる。
「折角の旅行なんですから、楽しまないと損ですよ? ね、ドミニカさん♪」
「何故私に振るの‥‥?」
「あれー? ドミニク、カシェルと朝比奈は?」
 集合場所に居ない二人の姿を探す月読井草(gc4439)。きょろきょろしながら近づいてくる。
「カシェルは何か依頼だって。朝比奈は最近あんまり連絡つかないわ。あと、ドミニクじゃない」
「ドミンゴだっけ?」
「違うわ! なんか頻繁に名前間違えられるんですけど!」
 井草の頭をハリセンで叩くドミニカ。井草は満足げに頷くと、斬子へ頭を下げた。
「そういえば斬子はごめんなさい。何を隠そう、足を斬ったのはあたしです」
「‥‥止むを得ない状況だった事は重々承知しています。謝るような事はありませんわ」
「いやまー、けじめだからさー。あたしがもっとイカした能力者だったら、他の手段もあったかもしれないけどね」
 そのままじっと斬子を見つめる井草。しかし何の反応もないのを確認し、ふっと笑みを浮かべる。
「なんだ、覚えてないのか‥‥いや、覚えているけど気にしていないのか‥‥」
「なんですの?」
 そそくさと逃げる井草と入れ替わりに近づくレインウォーカー。車椅子の前に屈んで斬子に笑いかける。
「久しぶりだねぇ。ボクの事覚えてるかなぁ? 覚えてないなら改めて。自称道化、レインウォーカー。以後お見知りおきを」
「覚えていないわけではないんですが、色々曖昧で‥‥」
「無理もないさぁ。こっちは気にしてないから、そっちも気にしなくていいよぉ」
 そんなこんなで挨拶を交わす傭兵達。地堂球基(ga1094)は時計を確認しつつ、皆に声をかける。
「ところで、ここに集合してからどうするんだ?」
 視線は自ずとここを集合場所に指定したヒイロに集まったが、ヒイロはベンチに座ってポテチを食べていた。
「わふーん。そろそろ来ると思うのですよー」
 と、丁度その時である。遠くから近づいてきた一台のバスが一行の傍に停車し、そこからUNKNOWN(ga4276)が降りてきた。
「待たせたね」
「ここからはバスで行きます! なぜならー、ヒイロはバスが好きだからです!」
 ぴょこぴょこするヒイロ。玲子は腕を組みその様子を見ている。
「君が手配してくれたのかい? 立派なバスじゃないか」
「ヒイロはただバスがいいですって黒ずくめの人にゆっただけ‥‥むぐむぐ」
「日帰りという事で、時間もそれなりにおしているからね。好きに乗り込んでくれたまえ」
 背後からヒイロの口を塞ぐUNKNOWN。一行はバスへと乗り込み始める。
「これなら移動中遊び放題だな。よーし、今日は思いっきり楽しもうぜ!」
「トランプかぁ、いいねぇ。ゲームとはいえ勝負事、負けるつもりはないよぉ」
「気合入ってるなあ。まあ、俺は気楽に行かせてもらうさね‥‥」
 涼とレインウォーカーのやり取りを他所に、最初にバスに乗り込む球基。ティナは斬子の車椅子を押してバスへ向かう。
「ティナちゃん、こっちなのですよー。黒ずくめの人にお願いして、ばりあふり〜にしてもらいました‥‥もごもご」
 再び背後からヒイロの口を閉じるUNKNOWN。そのままヒイロを担ぎ上げ、ぽいっと車内へ放り込んだ。
「何か色々と手間をかけさせてしまったようだな」
「大した事はしていないからね。それより‥‥うむ。クズは少しやつれたようだな」
「そうか? まあ、忙しかったからな、色々と」
「折角だから企業経営のノウハウを教えよう。基本さえ押えれば、随分楽になる」
「これ以上私をやつれさせるつもりか‥‥」
 会話をしつつバスに乗り込む玲子とUNKNOWN。車内では既にトランプの配布が始まっていた。
「さーて、やるとするかぁ。ちなみに負けた奴は罰ゲームね」
「罰ゲームって‥‥何をするんだよ?」
 レインウォーカーの言葉に手札を確認しつつ眉を潜める球基。そこでティナはいい笑顔で鞄を漁る。
「こんな事もあろうかと、ネコミミを持って来たんですよ♪」
「まさかそいつを?」
「あ、うさみみでも可です!」
「そういう問題じゃなくて‥‥仕方ない、少しは真面目にやるか」
 溜息を漏らす球基。井草はどや顔で手を上げる。
「なーなー、既に猫はどうすればいいんだ?」
「既にウルフはどうすればいいですか?」
 こうして賑やかな日帰り温泉旅行がスタートするのであった。

 数時間後、一行は温泉街へ到着した。独特な賑やかさはあるものの、昔ながらの街並みはどこか温かみを感じられる。
「わふー! ちょっと雪が積もってるのですよー!」
「さ、さびー‥‥猫には過酷過ぎる環境だぜ‥‥」
 雪景色にはしゃぐヒイロ。井草は丸くなっている。そして球基とティナの頭には猫とうさぎの耳がついていた。
「最初から本気を出していれば、こんな事には‥‥」
「いやー、まさか自分に返って来るとは‥‥あはは」
 遠い目の球基。ティナは少し恥ずかしそうに耳を鞄にいそいそとしまった。
「ヒイロちゃん、あんま遠くに行くなよ〜」
 庭駆け回るヒイロに声をかける涼。その様子を玲子は楽しげに眺めている。
「妹に話しかけないのかい、きゅーちゃん‥‥いや、今日はお姉ちゃんって呼んだ方がいいかなぁ?」
 玲子の隣に並ぶレインウォーカー。玲子は苦笑を浮かべる。
「昔から、あまり斬子とは会話が弾まなくてね」
「無理に仲良くなろうと思っても無理さ。焦らずに話して、遊んで、笑えば仲良くなれるさ。あの戦争を生き残れたんだ、お前なら出来るよ、きゅーちゃん」
「だといいのだがな。KVを動かす方が、まだ幾分か気が楽だよ」
「それで、ここからどうするんだ? 何か予定とかあるの?」
 球基の言葉に考え込む涼。それから周囲を眺める。
「とりあえずこの辺を観光しつつ宿に向かう感じかな。きっちりは決まってないから、希望があれば聞くぜ?」
「俺はのんびりできれば特に。強いて言うなら‥‥生ものが食べたいかな」
「海が近いからね、海鮮は期待出来るよ。露天風呂からは、日本海も見えるらしいから、ね」
「へえ。そいつは期待出来そうだね」
 UNKNOWNの言葉に笑みを浮かべる球基。そこで井草がくしゃみを一つ。
「早く行こうよー‥‥ぶえっきし!」

 こうして一行は温泉街を練り歩きつつ宿へ向かった。
 途中で土産物を漁ってみたり、足湯に浸かってみたりしつつ温泉へ着く頃には、日が落ちるのが早くなっている事もあり既に夕暮れ時であった。
 一行が向かったのは小さな温泉宿だ。客の姿は殆ど見えないが、隠れ家的な雰囲気でひっそりと彼らを迎え入れてくれた。
 温泉を楽しみにしていた一部の希望もあり、直ぐに男女に別れ温泉へと向かった。男連中はさっさと服を脱ぎ、露天風呂に入っている。
「雪景色を見ながら酒を飲む。こういうのを風情があるっていうのかなぁ?」
「貸切ならではの贅沢だな。ここを取るの結構大変だったんじゃないか」
 男達は酒を持ち込み、湯船に浸かりながら一杯やっていた。涼の言葉にUNKNOWNは応えず、お猪口を傾けている。
「地堂さんも一杯どうだい?」
「おー、もらうよ。しかしいい景色だなぁ‥‥」
 成人男性しか居ないが故の落ち着きの中、気になるのは女性陣の事だ。
「随分遅いみたいだねぇ。まあ面子が面子だから、何が起きていてもおかしくないけどねぇ」
「何人か心配な奴がいるからなぁ‥‥」
 一方その頃。女湯の脱衣室では、何か色々な事が起きていた。
「さあさあ斬子さん、服を脱ぐの手伝いますよ!」
「な、なんでちょっと食い気味なんですの‥‥?」
 既に服を脱ぎ、タオルを巻いたティナは車椅子に座っている斬子に詰め寄る。
「他意はありませんよー、他意は‥‥あっ! なるほど、やっぱり玲子さんの妹さんだけあってスタイルが‥‥ふむふむ♪」
「ちょ、ちょっと‥‥そこ触る必要ありますの!?」
「いえ、温泉に入る時は車椅子を降りる必要があります。その場合、斬子さんは誰かが運ぶ必要があります。そして運ぶのは私ですから、斬子さんの身体のどこを抱けば安全に運べるのか調べる義務があるんですよ」
 笑顔でつらつら喋りながら斬子を抱きかかえるティナ。玲子がそれを手伝う。
「よし、このまま二人で連れて行こう」
 そうして三人が露天風呂に消えると、ドミニカは深々と溜息を漏らした。
「でかい‥‥」
「仲間だ仲間だ! なーに、あたしらはこれからだよこれから。元気出そうぜアミーゴ!」
「あんたと一緒にするなあああ!」
 井草のどや顔に絶叫するドミニカ。ヒイロはもうコーヒー牛乳を飲んでいた。
 露天風呂に浸かる女性陣。井草は一人だけ泳ぎ回っていたが、ドミニカに粛清されている。
「いてて‥‥ヒイロは泳がないのかー?」
「ヒイロ泳がないちがう。ヒイロ、泳げない!」
 お湯に浸かると非常に大人しくなるヒイロ。井草もその隣に沈んで行った。
「玲子さん、社長になられたんですよね。私も何かお手伝い出来ればいいんですけどね‥‥」
「ははは、それは心強いな。といっても、まだ私は社長見習いだがね」
 男性陣と同じく酒を持ち込んでいる玲子。ティナは会話を振るが、姉妹の間に挟まれ微妙に息苦しい感じだ。
「えーと‥‥お二人は、好きな方とかいますか?」
「急ですわね‥‥」
「困った時はやはり恋話かと‥‥ヒイロさんはいないと思いますが」
「ヒイロいるですよ? 涼君とか」
 どや顔で次々に名前をあげるヒイロだが、間違いなくそういう意味じゃない。
「巳沢さんと言えば、ドミニカさんは‥‥」
「だからなんで私に振るんじゃー!」
 頭の上にタオルを乗せ、玲子は酒を呷る。
「私は色恋どころではなかったからな。しかしティナ、君こそ年頃の乙女だろう?」
「私は‥‥いるにはいるとしか‥‥」
 女性陣がそんな話をしているからか、比較的男湯は静かであった。仕切りの向こうからドミニカの怒号が聞こえる事もなくなった。
「思ってたより大人しいみたいだねぇ。何を話してるんだか」
 肩を竦めるレインウォーカー。涼が振り返ると、仕切りからにゅっとヒイロの顔が見えた。
「ヒイロちゃん、何やってんだ!?」
 次の瞬間ヒイロの後頭部に桶が当たり、小気味のいい音を響かせた。

「ぷはー! やっぱ湯上りには牛乳だぜ!」
 肩を並べ牛乳を飲む涼、ヒイロ、井草。一行は湯から上がり、今は夕食を待っている状態だ。
「そっちはどんな話をしてたんだぁ?」
「内緒ですよ♪」
 レインウォーカーの問いに唇に指を当て笑うティナ。そうこうしていると、涼が何かを取り出した。
「というわけで、温泉の定番! みんなで麻雀しよーぜ!」
「どうして涼君は麻雀を常備してるの」
「あんた何かあるとすぐ麻雀じゃないの!」
「好きなんだって‥‥。やり方知らなければ遊び方教えるからさー」
 ヒイロとドミニカにツッコまれながらも麻雀セットを広げる涼。
「私はやる事が山積みだからね。夕飯までは論文を仕上げているよ」
「じゃあ誰がやるか。言っとくけど、もう罰ゲームは無しな」
 UNKNOWNは隅に向い、代わりに球基は卓の傍に座る。玲子は乗り気な様子で、淡々と牌を混ぜている。
「こうみえてもこういう遊びは得意でな。父や弟と良くやったものだ」
「何か変なオーラ出てるぞ。そんなだから斬子に苦手意識を抱かせてるんだよ。もうちょっとニッコリしてみなって」
「ヒイロもやる」
 牌を構える玲子の左右に座り顔をこねる井草とヒイロ。斬子はその様子に冷や汗を流した。
 部屋で麻雀をしながら時間を潰していると、夕食が運ばれてきた。献立は懐石料理、そして最早お約束の鍋である。
「ヒイロは鍋奉行待ちだといわれています! 誰かヒイロにお肉を下さい!」
 器を差し出しじたばたするヒイロ。なぜか毎回毎回鍋なので、繰り広げられる展開は大体同じである。
 賑やかな食事の中、ティナは隣に座っている斬子へと目を向けた。
「斬子さん、今日はどうでした? 玲子さんと距離が縮まりましたか?」
「う、うーん‥‥なんだか皆さんの勢いに圧倒されていただけだったような気も‥‥」
「斬子さんは、玲子さんの事はどう思ってるんです? 好きとか、嫌いとか」
「それは‥‥難しい質問ですわね」
 嫌いではない。ただ斬子にとって、姉は常に厄介な存在であった。
 自分より全ての分野において有能な姉というのは斬子にとっては苦手な相手で、その反発からあえて傭兵を選んだという経緯もある。
「あまり家族と言う感じがしないんですわ。ずっと離れ離れでしたから‥‥」
 一方、対角上の席で玲子はUNKNOWNと酒を飲んでいた。
「その様子では、捗らなかったようだね」
「ん、んん‥‥こうして大人数で居るとそうでもないのだがな。二人きりだと、な」
「井草も言っていたがね。姉だからと言って仏頂面で構えている事はないよ。姉妹なのだから、頼りあえば良い」
「‥‥そうだな。これを機にもう少し考えてみるよ。尤も、空回りしがちなわけだが」
「ふむ。今日は頑張ったな。玲子も、斬子も」
 酒を置き、玲子の頭を撫でるUNKNOWN。玲子は苦笑を浮かべる。
「こ、子供じゃないんだ‥‥流石に恥ずかしいよ」
 すっと立ち上がるUNKNOWN。そこに視線が集まる。
「さて。宴会芸で手品でも披露しようか」
「ヒイロあれ見たい! 口からトランプ出るやつと、耳がおっきくなるやつ!」
「うむ。ではクズ、アシスタントを。バニーを着てくれたまえ」
「こ、ここでか!?」
 そんな感じで賑やかに食事が進む中、球基は黙々と刺身を堪能していた。
「上に行ったら暫く食えなくなるからな‥‥」
「そんなに魚ばっかり食べて、やっぱり猫だったのかー?」
 刺身を横取りする井草の言葉に端が止まる球基。こうして楽しい日帰り旅行は目的を達成したようなしてないような感じで幕を下ろすのであった。