●リプレイ本文
「うお‥‥少し見ない間に様変わりしたなあ、こいつは」
機動要塞マグ・メルが眠っていた森は、その大半の敷地を占めていたマグ・メルそのものが浮遊し去った事、そしてUPC軍の大規模爆撃の被害もあり、すっかり見るも無残な状態へと変わり果てていた。
「一応、前にマッピングした時の資料を持って来たんだが‥‥使えねーなこれ」
地図から視線を上げ、眉を潜める時枝・悠(
ga8810)。彼女がこの森の土を踏んでから再来するまで、色々な事がありすぎたのだ。
「まったく、森を全部吹き飛ばしたやがって‥‥地球の自然を何だと思ってるんだ、アイツらは‥‥!」
須佐 武流(
ga1461)の言葉に苦笑するカシェル。この森を守ろうとした人達の心、それぞれの思惑‥‥しかし残された現実といえば、ただ破壊しつくされたこの景色だけである。
その森に住んでいたルリララも今は複雑な表情でその様子を眺めている。嘗ては美しく聳えていたであろう、今は横倒しになった大樹に手を当て黙りこくっていた。
「わかってはいたつもりだけど、やっぱりこうなっているのを見るのは寂しいね」
「ルリララさん‥‥」
「いいんだ、一応あれから時間も経ってるし、気持ちの整理も出来てるから。それに、どんな形であれもう一度ここに来られたのは嬉しいからね」
頭の後ろで手を組みながら微笑むルリララ。御沙霧 茉静(
gb4448)は笑顔を返しながら頷く。
「私も‥‥久しぶりに貴女と会えて、とても嬉しい‥‥」
「その様子じゃー、ちゃんと元気にやってたみたいだな。偉い偉い!」
「元気は元気だけどさぁ、ずうっと狭いところに居たから身体が鈍っちゃって‥‥ボク、じっとしてるの苦手なんだよね」
ぐぐっと体を伸ばすルリララ。そのまま無造作に逆立ちし、片手でバランスを取っている。身体能力は大幅に弱体化したが、それでも体を動かすのが好きなようだ。
「そうかー。そういえば牢屋に入れられてたんだったな。でもそれはルリララを守る為でもあると思うぞ」
腕を組み、したり顔で頷く月読井草(
gc4439)。そうして人差し指を立てて語る。
「新しい猫を連れてきたらまずはケージに入れるのと同じだ。そうやって新しい環境と先住猫とに慣れさせるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの。確かに牢屋はルリララを縛るものだけど、外から守る役割も有るんだ。外は何て言うか‥‥野良猫には厳しいところもあるからな」
人間と強化人間、そして能力者。バグアが星を去りつつある今、この三つの存在はうまくバランスを取る必要がある。
特に強化人間の扱いに関しては、元々明白な敵であったという事もあり、簡単に白黒つけられるような問題ではない。
「猫が嫌いな人もいるし‥‥能力者と強化人間も同じだ、同じ」
「そ、そうなんだ‥‥まぁ、イグサがいうならそうなのかな‥‥」
なんとも言えない表情のルリララ。その様子を六堂源治(
ga8154)は遠巻きに眺めている。
ルリララは明るく朗らかで、非常に強化人間らしくない強化人間であった。今こうして傭兵と話しているのを見ても、まるで普通の人間同士のように見える。
しかし源治は知っている。ルリララの笑顔というものは、それほど容易く語れるような代物ではない事を。
強化人間にせよ親バグアにせよ、ここ今現在に至るまで、激しい議論のぶつかり合いがあった。強化人間救済という概念が成立したのだって、まだ記憶に新しい事だ。
彼が駆け抜けた四年半の中で、戦争は少しずつ変わった。それは傭兵達が世界を変えた日々であったとも言える。
救う事が出来ないからと斬り捨てた命も数多あった。その重さを知っているからこそ、今のルリララの様子に思うところがあるのだ。
「今ルリララがこうして生きていられるのは皆さんのお陰です。昔に比べたら考えられないですよね、こんなの」
歩み寄りながら語るカシェル。源治は肩を竦めながら空を見上げる。
「戦争が終わった‥‥って事ッスね。まあ、厳密には終わっちゃいないんだけど、よ」
「実感は沸きませんけどね」
「それは俺もだな。俺が傭兵になって、大体四年半。戦争が日常になるには充分な時間だ」
森を臨む草原に風が吹く。穏やかな風は今は聞こえない銃声に代わり、彼らの傍に寄り添っていた。
「そろそろ森の調査を始めましょうか。とは言え、偶発的な遭遇戦以外は至極平和な道程でしょうが」
緋桜(
gb2184)の声にその辺で各々過ごしていた一行が集まり始める。
「まー、行かないわけにもな。はい調査しました、何もありませんでしたってのは、報告上問題ある気がするし」
首を鳴らしながら息を吐く悠。緋桜は頷き周囲の顔を見渡す。
「気を抜き過ぎて大変な事になっても困りますからね。何も無いとも言い切れません。此処にまた人や動物が戻ってくる事を考えれば尚更です」
「‥‥うん、そうだね! それじゃあ、皆には頑張ってもらおうかな!」
緋桜の声にぱっと明るくなるルリララ。そう、今はこの有様だが‥‥全てを諦めるにはまだ早すぎる。
「とはいえ遭遇戦程度であれば平和でしょう。遭遇戦があって平和なのかと問われますと私も些かの疑問はありますが‥‥」
「まあ、面子が面子ですからね」
苦笑するカシェル。ついこの間まで巨大要塞とか処刑人とか相手にしていたのだから、それに比べてしまうと‥‥。
「しかし、カシェル様は慌しくなるかもしれませんね」
「え?」
森の方を指差す緋桜。ルリララは誰よりも先に森に向かって駆け出していた。
「ちょっと! 君今は戦えないんだから、後ろから来なきゃ危ないでしょ!」
「だって皆遅いんだもん! 早く早くー!」
駆け出すカシェル。緋桜は口元を緩め、その後にゆっくりと続くのであった。
森に入った傭兵達。何度も足を踏み入れた彼らですら、もう何がどうなっているのかさっぱりわからない。
あれだけ命の息吹に溢れていたはずの森も、今やすっかり静まり返っている。
「しっかし‥‥こうするのならきちんと後片付けくらいしていってからやって欲しいもんだな‥‥これだから宇宙人は」
薙ぎ倒された木々を飛び越える武流。焼けた木々は倒れ、森の中は文字通り崩れ去っている。
茉静は森を歩きながら、この地を治めていたテスラというバグアの事を考えていた。
森の支配者テスラ。マグ・メルの主であった彼女は、自らマグ・メルを破壊し共に眠るという最後を選んだ。
この森での傭兵達の戦いは全てテスラの監視下にあった。故にこの地の物語とは、テスラに語る為の物語だったとも言える。
地球を愛し、地球を守ろうとした異端のバグア。彼女は人類に絶望しながらも、最後には傭兵達を信じて散っていった。
「テスラさんは、何を思って私達にこの星を託したのだろう‥‥」
それは言ってしまえばおかしな事だ。テスラは異星人で、この星の正統な継承者は人類だというのに。
しかし考えずにはいられない。考えなければならないのだ。この星を、この星に生きる全ての生き物の幸福の為に。
「この辺に皆の村があったような気がするんだけど‥‥もう何がなんだかわかんないや」
「ひでぇ有様だな‥‥よし、俺は片付けるのめんどくさいから、お前らやれ、お前ら」
「え、えぇ〜? この広さですから、相当時間かかりますよ‥‥」
「できんだろこのくらい‥‥俺なら一人で出来るぜこんなもん。でも面倒だからやらない」
「いや、無理ですよ無理! 一人じゃ絶対無理です!」
武流の言葉に慌てるカシェル。ルリララは村があった辺りに立ち、跡形もなくなったその地に想いを馳せる。
「周囲にキメラの気配も無いようですし、休憩にしませんか? 私、お弁当を作って参りましたので」
村の跡地で休憩する事になった傭兵達。緋桜はそれぞれにお握りを渡していく。
「うわー、ありがとヒオウ!」
「凝った物ではありませんが、手早く食べられるかと思いまして」
「十分だよ、十分! 牢屋のゴハンは‥‥あんまり美味しくないんだ‥‥」
「なにー、飯が不味いのは死活問題だぞー! 猫を何だと思ってるんだ!」
お握りを片手に立ち上がる井草。緋桜はルリララと井草のやりとりを静かに眺めている。
「ルリララ様は太陽の下が似合うお方。牢と言う陰鬱な空気はやはり合わなかったのですね」
「まー、イグサの言う通り、アマガサはボクの事守ってくれてたんだろうけどね。でもやっぱり狭くて暗くてジメジメしてるのはやだなぁ」
「ルリララさん‥‥今のこの森を見て、どうかしら?」
茉静の質問にルリララは複雑な表情を浮かべる。こんな状態の故郷を見て、ただニコニコしているのもおかしな話なのだが‥‥。
「確かに酷い有様だけど、でも全部死んじゃったわけじゃないと思うんだ。皆にはわからないかもしれないけどね」
そう、ルリララは感じていた。この森はまだ死んではいないと。
木々も動物も虫達も、微かな息吹を感じられる。それは長年森で育ったルリララだから分る事だ。
「ボク、いつかここに戻ってくる。グラティスや、森のみんなと一緒にもう一度やり直したいんだ。そしてテスラの意思を継いで、この星を守っていくよ」
「ルリララさん‥‥」
笑顔を浮かべるルリララの肩に手を置く茉静。
「貴女が普通の女性になって、生き残ってくれて良かった‥‥。共に歩んで行きましょう‥‥この星の未来へ」
ルリララは既に先の事を見据えていた。それがテスラを倒し、その想いを継いだからなのか、或いは性分なのか‥‥それはわからない。
ただ茉静は今ルリララが生きている事を嬉しく思う。悩み苦しんだ優しいルリララだからこそ、共に支えあって行きたいと‥‥。
「ルリララは凄いな。人生に目標があって」
「カシェルはどうするんスか、これから?」
少し離れた場所で様子を見るカシェル。しかし源治の問いには上手く答えられない。
「わかりません。これまで色々ありましたから‥‥」
「俺もまだ、答えをキチンと出せていないな。今まで奪ってきた命に対する責任をどう償っていくか、どう向き合っていくか‥‥そういう『戦い』をしていかなくちゃな」
「そうですね。僕達は急に平和を満喫するには、命を奪いすぎました」
拳を握り締めるカシェル。悠はそんなカシェルの脇腹を肘で小突く。
「そんなに考えまくってるとそのうち禿げんぞ。命の責任って奴はまあ、私も無関係ってわけでもないが‥‥」
頬を掻き、それからルリララを見やる。
「別に目的がなくても死にゃしない。充実してなきゃ人生にあらず、って訳でもないだろうに」
「そうですけど‥‥僕の周り、皆しっかりしてるんで」
「ルリララ様を見ていると、焦りを感じてしまうのも無理はないかもしれませんね」
いつの間にか此方にやってきていた緋桜が隣に立つ。
「想い出の地に足を踏み入れ、過去の自分を見つめて前に進む‥‥そんなルリララ様を見ていると、私も歩み出さなければと思います」
「戦争の終わり、か。その辺どうなんだ? 軍の人」
後方に佇んでいた高峰に声をかける悠。高峰は槍で肩を叩きながら首を擡げる。
「別に好きにしたら? 軍人やってると特に思うけど‥‥考えている間にあれよあれよと時間は過ぎて、いつの間にか行動してるものよ」
「軍人は仕事があるからな。私ら傭兵はそろそろ考えないとニートになりかねん。別に私は構わんが」
「そこは、構って下さい‥‥」
悠のNEET宣言に肩を落とすカシェル。その様子に武流はニヤリと笑う。
「ま、それはともかく‥‥正直言うとお前、途中で死ぬと思ってたよ」
「あはは‥‥実は僕もです」
「今無事であると言う事は、俺の言った事はきちんと理解してくれているようだな」
「果たして理解していると言えるのかどうか‥‥ですけどね」
苦笑するカシェル。源治はその肩を叩く。
「とりあえず俺は傭兵として仕事をしながら各地を巡ろうと思う。戦後にもまだ能力者は必要だろうしな。各地を巡るにゃ、傭兵のフットワークの軽さは魅力だ」
「そうですね。答えを急ぐ必要は‥‥無いのかもしれませんね」
「会いたい奴もいるし、墓参りにも行きたいしな。色々報告しながら、ゆっくり考えるッスよ」
源治の言葉に空を見上げる緋桜。彼女にもまた、会いに行くべき人がいた。戦後という世界を歩み出す為に、いい切欠になるだろう。
「私も‥‥近いうちに参りましょうか」
「つーわけで、お前この辺のキメラ倒して来い。俺はこの辺の調査をしていく」
森の奥を指差す武流にカシェルは仰け反る。
「なんでそうなるんですか!?」
「調査中の襲撃に備えてお前はキメラを倒すんだ。四の五の言わずに‥‥いいから行って来い!」
「り、理不尽だ‥‥」
そんな訳で、森の調査は順調に行なわれた。
森の中にキメラの姿は殆ど見当たらなかった。稀に遭遇しても脅威となるような戦闘には発展しなかった。
他に特にバグアの施設らしいものも見つからず、そして過去の面影も見つからず。ただ壊れた森を再確認するだけの作業であった。
そうして調査も終わりに差し掛かった頃である。木々の合間を駆け抜け、一匹のキメラが彼らの前に飛び出してきたのだ。
「あれ? こいつって、ルリララが連れてた狼じゃないか?」
構えを解く井草。大型の狼キメラには見覚えがあった。ルリララがよく背中に乗っていた個体だ。
「うわぁー! 良かった、無事だったんだー! あはは、いたた‥‥痛い痛い力強い!!」
昔のようにじゃれていたら身体が悲鳴を上げたルリララ。慌てて井草が治療を施す。
「だ、大丈夫ですか‥‥?」
「う、うん‥‥ちょっと首を痛めたくらいだから」
茉静の案じる声に震えるルリララ。キメラは傭兵達に襲いかからず大人しく座っている。
「高峰さん、このキメラは‥‥」
「うーん‥‥まあ、とりあえず殺さなくてもいいんじゃないかな? 殲滅戦でもないし」
「ありがとうございます‥‥」
狼の上に乗って大きな顎を撫でるルリララ。
「お前、ここでボクらを待っててくれたんだね」
「よかったなー、無事だったみたいで」
井草の声に笑顔で手を振るルリララ。井草はそのままカシェルの横に移動する。
「カシェルー、ルリララなんてどう?」
「何がですか?」
「恋だよ恋! 君もお年頃の少年だろ? カシェルは女っ気とか浮いた噂がなさすぎるんだよ」
「またその話ですか‥‥」
「周りを見回してみな。年下、同い年、年上、おまけで美魔女のグラティス等等、よりどりみどりじゃないか!」
「グラティスさんは人妻ですよ!」
「あたしとしてはルリララに一票だね。気立てが良くて優しい子だし、悔しいけど発育も良い。あたしも涙を飲んであの娘に譲るよ」
井草をスルーしてルリララを見つめるカシェル。笑顔で狼と戯れるその様子に小さく息を吐くのであった。
こうして調査という名を借りた森への訪問は終わった。
そこに残されていたのは彼らが作った現実。そしてそこから芽生え始めた僅かな希望であった――。