タイトル:ヒイロアフターマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/05 06:10

●オープニング本文


 俺の名前は風間一登、十一歳。現在はLHで能力者として傭兵をやっている。
 能力者になってからまだ何ヶ月かしか経っていないのだが、バグアとの戦争は終わりを迎えようとしている今日この頃。いや、それはいい事なんだけど。俺は一体何をしていたんだろうと、そんな事を考えたりする。
 LHにやってきて直ぐに、俺はヒイロ・オオガミという変人に出会った。ヒイロはネストリングという、自称『正義の味方』集団の頭を張っているチビだ。
 このネストリングという会社が問題なのだ。何がっていうと、俺もそのネストリングに所属している一人だっていう事。
 ぶっちゃけた話、俺はこのネストリングっていう組織がなんなのか良く知らない。俺がLHにやってきた時、ヒイロはまだ割と真面目に活動していたように思う。しかし今となっては奴は‥‥。
「かーずとくーん。こんな所におなかをすかせたヒイロとマリーさんがいるのですよー。ごはんをー買ってきてほしいのでーすよーう」
 ソファの上に猫と一緒に転がってゴロゴロしてやがる。こいつマジで朝からずっとこの調子だ‥‥。
「ちょっとヒイロ。ちったぁ真面目に働きなさいよ」
「だってぇ、仕事がないのですよーう。だから今日はお休みの日であるといわれています。マリー副社長もそういっています」
 ヒイロが掲げているのがマリー副社長。猫だ。白い、猫! まさか副社長が猫の会社が存在するとは‥‥世界は広いってやつだ。
 で、そんなヒイロにキレてるのがドミニカねーちゃん。最近ネストリングに入った人で、社長がぐうたらしている間に事務仕事をやっているらしい。
 そうそう。最近ネストリングにはどっと人が増えた。元々ネストリングには正式に加入している傭兵以外にも、外部に結構な数の協力者がいた。でも今回なだれ込んできた人達はそういうのとも違うらしい。
 何でも、元々ネストリングって組織は結構でかい戦闘集団だったそうだ。社長がヒイロになる時になんか色々あってネストリングを去っていった連中が、わーっと帰ってきたという事らしい。ちなみにドミニカねーちゃんも出戻りなんだとか。
「仕事がないのは他の連中が頑張ってるからでしょ‥‥? そんなんじゃ天笠に叱られるわよ」
「わっふー‥‥ドミニカちゃんはガミガミうるさいのです。ヒイロは疲れているから寝るのですよー」
「おいこら寝るんじゃねえ! 起きろーッ!!」
 冷や汗を流しつつその様子を眺める。これも最早日常茶飯事‥‥当たり前の事になってしまった。だから俺はコーヒーを淹れてドミニカねーちゃんを連れ戻す。
「まあまあ落ち着いて。ヒイロ相手に真面目に怒っても意味ねーからよ」
「はあはあ‥‥あいつどんどん態度がふてぶてしくなっていくわね‥‥」
 二人で茶を飲みながら寝ているヒイロを眺めていると、そこに数名の傭兵が入って来た。先頭に立っている女がこちらに歩いてくる。
「ピアース隊、只今帰還した」
「お疲れセルマ。どうだった?」
「ただの残党狩りだ。これといって問題もなく完了したが、これから報告書を作成させてもらう」
「何もなかったらいいんじゃないのと言いたい所だけど、うちの活動に関してはUPCが目を光らせてるからねー。宜しく頼むわ」
 二人のやり取りに耳を傾けつつコーヒーをもう一杯。セルマねーちゃんや帰ってきた連中に出す俺。最早完全にお茶汲みである。
「そういやさ、何でネストリングってUPCに睨まれてんの?」
 どうもうちの会社はUPCの監視下にあるらしく、ことある毎に眉間に皺を寄せたいかつい顔の軍人さんがやってくる。
 この間のマグ・メル2攻略戦でもあのおっさんが指示出してたみたいだし‥‥普通の傭兵でそういう事ってないはずだよな。もっと自由なわけでしょ?
「ふむ。そうか、君は例の事件の時にはまだ傭兵ではなかったのだな」
「例の事件って‥‥先代社長の、ブラッド・ルイスだっけ? が、起こしたっていう?」
 二人は顔を見合わせる。それからなんとも言えない気まずい表情を浮かべた。
 まただ。ネストリングの連中は、昔の話を聞くとみんなこういう顔をする。まるで俺には聞かせたくないみたいに。
「うーん‥‥それ、ヒイロには訊かないであげてくれる? そのー、結構色々あったからさ」
「ヒイロ社長が関係してんの?」
「彼女が、というより彼女達が、だな。実は私も事件の全貌を理解しているわけではないのだ。当時ブラッド直下で動いていたごく一部の腕利きだけがあの事件を知る、という所だろうな」
 腕を組みながらコーヒーを口にするセルマねーちゃん。ねーちゃんも十分過ぎる程強いと思うんだけど、それを言うと決まって『彼らには及ばない』と誰かに向かって謙遜している。
 俺はよくセルマねーちゃんに稽古つけてもらってるけど、冗談抜きで手も足も出ないくらいに強い。それよりも強い連中っていうのが、ブラッド直下の特殊部隊の連中だったんだろう。そしてそこにヒイロもいたと。
「俺にはあの社長が凄いようには全然見えないんだけどなー。俺の前だと寝てばっかりだしさぁ」
「ははは、そうか? だが実際、あれは私よりも強いと思うぞ」
「それは言いすぎだろ‥‥絶対ないって」
「ふむ。では、試してみるか?」
 セルマに背中を押されごろごろしているヒイロに近づく俺。その手には愛用の薙刀を握る。
「こっそり襲い掛かってみろ」
「え、えぇ〜!? 死ぬんじゃねえのこいつ‥‥!」
「覚醒しなければ大怪我はあるまい。ここにはドミニカもいるからな」
 マジか。ざっくり刺さって死んじゃいましたとかなったら、俺今後生きていけないぞ‥‥。
「ええい、ままよ! 食らえーッ!!」
 意を決して薙刀を振り下ろす。するとヒイロは一瞬で飛び起き、右手の人差し指と中指の間に刃を挟み受け止めて見せた‥‥ってぇ、人間技じゃねーぞ!?
「一登君」
「は、はい!?」
「部屋の中で刃物を振り回したらだめなのですよー。特訓はお外でしましょうねー?」
「はい‥‥」
 笑顔で手を振り、再び寝転がるヒイロ。俺はバクバクいう心臓を片手で押さえながら戻る。
「覚醒したとは言え相変わらずの反応ね‥‥」
「風間は知らないかもしれないが、あれはあれで色々と修羅場を潜っているのだ。一見ぐうたらに見えても、色々と考えているのだよ」
 笑いながら語るねーちゃん二人。俺は自分の薙刀を見ていた。
 ヒイロ・オオガミ。旧ネストリング。ブラッド・ルイス事件‥‥。
「俺‥‥」
 ネストリングの事、何も知らないんだなって。そんな事を考えていた――。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「まったくもう、仕方ない人達なのですよー! 社長をお使いに行かせるなんてー!」
 事務所を飛び出すヒイロを見送る傭兵達。各々なんとも言えない表情を浮かべている。
「文句の割に嬉しそうに飛び出して行ったな‥‥」
「余ったお金でぼてちOKが効いたですかね?」
「まあ、あの子牛乳好きだしな。鍋も久しぶりだから楽しみなんだろ」
 須佐 武流(ga1461)、ヨダカ(gc2990)、巳沢 涼(gc3648)はそんな話をしつつ席に着く。
 今回の依頼ではお邪魔であるヒイロを追い出す為、彼らはヒイロをお使いという名目で出撃させたのである。
 そしてヒイロは牛乳を片手に嬉々として飛び出して行った‥‥というわけだ。
「さてさて、まずはお茶を淹れましょうかね。話はお茶を飲みながらするものよ」
 皆の前にカップを置いていく茅ヶ崎 ニア(gc6296)。崔 南斗(ga4407)はニアに礼を言いつつ切り出す。
「依頼を受けといて何なんだが、一登君は、過去の事を知ってからどうしたいと思う?」
「え? どうって?」
「君に話してくれる人がいなかったという事は、君には積極的に知らせない方が良いと判断してる人が多いって事だ」
「一登の知りたくないような事もあるかもって意味よ」
 ニアの言葉に気まずそうな様子のドミニカ。一登は少し考え、真っ直ぐな目で頷いた。
「それはなんとなくわかってる。でも知りたいんだ」
「覚悟があるというのなら止める理由もないのです。これは一登にとっても無関係ではない話なのですしね」
 紅茶を口に運ぶヨダカ。それから静かに息を吐く。
「とはいえ、ヨダカもヒオヒオに出会ってから一年くらいですから、それより前の事は報告書でしか知らないですけどね」
「この中で一番付き合いが長いのは俺と上杉さんだな。もう二年になるか‥‥って、あれ? 上杉さんは?」
「どうやらまだ来ていないみたいだね」
 周囲を見渡す涼。南斗は苦笑を浮かべながら補足する。
「そ、そうか。じゃあ俺が話すよ。あの頃のヒイロちゃんは、普通のおばあちゃん子って感じだったなぁ」
 懐かしむように笑う涼。ヒイロの実家でおばあちゃんの前で寸劇をした事もあった。
 あの頃のヒイロはまだ未熟で、それを祖母に心配させたくなくて嘘をついていた。
「ま、元々基礎は出来てたんだろうな。どんどん強くなっていったよ」
「今とあんま変わってないような‥‥」
「そうね。ヒイロってぐうたらで、アホで、猫好きで、アホで、ぽてちで、そういう奴だっていうのは間違いじゃないわね」
 笑いながら語るニア。思い返せば、まともな戦闘よりへんてこな依頼の方が多かったくらいだ。
「ヒイロって片付けが出来ない娘だけど、あれは筋金入りなのよ。皆でヒイロの部屋を片付ける依頼なんてのもあったんだから」
「あったあった。まあ、俺としては若干思い出したく無い記憶が含まれている気がするけどな」
 冷や汗を流す涼。武流はそっぽを向きながら話を聞いている。
「俺から言えるのは‥‥あいつはただの馬鹿だって事だ。そして面倒なやつだ。それにものすごいへぼだったな」
「ホント、カシェルに迷惑ばかり掛けててねー。生活面ではダメダメ女子ね」
 頷きニア。そこで少し間を置き、目を瞑る。
「でもそれは大神ヒイロの半分だけ。今日は一登に違う話をしようか」
「半分だけって‥‥あいつは何者なんだよ?」
「ヒイロが何者か‥‥何者かねぇ」
 腕を組み考え込む武流。それから顔を上げて問う。
「では聞くが、お前はどう見てる? まずはそれからだ」
「俺? 俺は‥‥」
 時折見せるおかしな一面。それをはっきり認識したのは親バグア難民キャンプでの出来事だ。そこにはこの場の傭兵も何人か立ち会っていた。
「自分でも、よくわかんねーんだ。でもなんか‥‥不安なんだよ」
 顔を見合わせる傭兵達。ニアは紅茶を飲みながら切り出す。
「さっき話題に合ったヒイロの祖母、ユカリさんっていうんだけどね。その人はもう殺されてるの」
「えっ?」
「人形師事件って知ってる? ユカリさんを殺したのは、ヒイロの先輩であるカシェルの双子の姉、ルクスだったわ」
 ヒイロの故郷はバグアに襲われ全てが燃えてしまった。その事をまだ悔やんでいる者もいる。
「俺が初めてヒイロと一緒の任務になったのは、強化人間のアジト跡を制圧する依頼だったな。あの時はまだ、旧ネストリングにいたヒイロの友達も生きていたよ」
「生きて‥‥いた?」
 俯く南斗に生唾を飲み込む一登。人形師事件と言えば、随分と凄惨な出来事が続いた案件であった。
「あの時は、上杉さんと涼君も一緒でしたね。基地内でグロい物を見たのか、ヒイロが具合を悪くしてたな‥‥今からすると嘘のようだ」
 そして、ヒイロの祖母が死ぬ事になった戦い。それもまた、ネストリングとは切り離せない件である。
「旧ネストリングはバグアとの繋がりが深くてな。強化人間になった者も何人かいた‥‥」
 祖母の亡骸を背負い歩くヒイロの姿を思い出す。救えた者、救えなかった者‥‥既にあの時から過酷な選択がヒイロの前にあった。
「俺達は黒幕を追い続けた。一登も行ったあのマグ・メルのような場所でバグアのヨリシロを倒したよ。だが、偶然そのバグアに深く関わっていた旧ネストリングのメンバー‥‥二人のヒイロの友達を連れて帰る事は出来なかった‥‥」
「それって‥‥死んだって事?」
 頷く南斗。あの事件では敵も味方も随分死んだ。南斗にとって大切な人達もその渦中からは逃れられなかったのだ。
「俺に出来たのは、運命的とでも言うしかない彼らの生き様を、知る限りヒイロに伝える事だけだったよ。一つだけ言えるのは‥‥ヒイロは、自分の預かり知らぬ理由で、大切な人達を何人も失ってしまったんだ」
 最早想像も及ばぬヘビーな内容に固まったままの一登。ヨダカは南斗から話を引き継ぎ口を開く。
「最初、ヨダカにとってヒイロ・オオガミは『友人の友人』でした。す〜ちゃんの友人で、たまに報告書で見かけた人です」
「す〜ちゃん?」
「スバル・シュタイン。人形師事件を終えたヒイロが出会った新しい仲間ね」
 補足するニア。一登はその名前に覚えがあった。
 一登が傭兵になる直接のきっかけとなった少女。そして今は亡きヒイロの友人である。
「実際に出会った頃には随分と不安定な感じでした。あれがバランスを崩したのは三人組の強化人間と戦ってから。ネル・カイナ・リップスでしたっけ? 後々ですが、ヒオヒオの関係者だったと聞いたのです」
「カイナ‥‥大神赤祢は、ヒイロの姉みたいな人だったのよ。ヒイロは結局、赤祢を殺せなかった」
 冷たい雨の中、倒れたカイナに刃を振り上げて泣いたヒイロの姿を思い出す。それはしくりとニアの胸に僅かな痛みを呼び起こす。
「ヒイロは戦いを止めようとしたけど、結局止まらなかった。それどころか私はヒイロに赤祢を殺すように言ったわ」
「え!? な、なんで!?」
「それがヒイロとヒイロの正義の為だって思ってたのよ。でも‥‥」
「そこでヒオヒオは一度壊れてしまったのです」
 現実から逃れ過去に縋るように家出をしたヒイロ。武流はそれを連れ戻した一人だった。
「あいつはやっぱりただの馬鹿で、へぼだった。まさに役に立たなかったというか何と言うか‥‥それどころか余計な事を増やしてくれたりとかそりゃもう‥‥」
 武流は口を挟まなかったが、彼は人形師事件でも外して語れない人物であった。
 ヒイロと武流の関係を上手く語る事は難しい。だがそうは見えずとも、武流は彼なりにヒイロの想いに応えてきた。
「あれはあれで色々大変だったらしいな。そこらへんは俺も良く知らんし、知ろうとも思わないが」
「そんな時、旧ネストリングの秘密作戦が始まったのです。細かい内容はヨダカも知らないのですが」
 視線は自然とブラッドの部下であった涼へと集まる。
「旧ネストリングか。あの中じゃ俺は弱い方だったが、いいチームだったぜ。新人育成から親バグア狩り、生身でKVと戦った事もあったな。まぁ、ふざけた依頼があって離反したけどよ」
「なんかその話の時点で十分ふざけた依頼だと思うけど‥‥何があったんだ?」
「それはそのー‥‥私が殺されそうになったというか」
 おずおずと挙手するドミニカ。セルマは笑いを堪えている。
「その節は、涼には随分とお世話になりまして‥‥」
「いやいや、俺がそうしたかっただけだからよ。ドミニカちゃんこそ、斬子ちゃんの事ありがとな。傷痕とか残ってないか?」
「べ、別に心配される程の事じゃないわ。結局私も何も出来なかったし‥‥」
 落ち込んだ様子のドミニカ。涼はそんな彼女の肩を叩く。
「涼にーちゃんも旧ネストリングの一員だったのか?」
「ああ。まあ、あの戦いは全部ブラッド・ルイスが仕組んだ、ヒイロちゃんを育てる為の物だったんだけどな」
 神妙な面持ちで語る涼。ブラッド・ルイス――誰もが忌み嫌うその名に漸く少年は辿り着いた。
「ま、親の事が今ヒイロがああなっている一番の要因だろうな。アイツの親父はネストリングの創設者だ‥‥ま、娘に殺されちまったがな」
「え!? まさかそれが‥‥!?」
「ブラッド・ルイス。嘗て私達を一つにし、世界に反逆を試みた男の名だ」
 武流に続き語るセルマ。一登は食い入るように話を聞いている。
「私達旧ネストリングは、ブラッドの語る『正義』‥‥『理想』に大なり小なり魅入られた者達だった。奴はこの世界を『永遠の戦争』の力で平和にしようと考えていた」
「え? ちょっと意味がよくわかんねーんだけど‥‥」
「ヨダカも詳しくはないですが、大雑把に言うと‥‥『世界』の為に他の命を否定する『正義』を掲げ、バグアに手を貸したブラッドを皆で殺した‥‥というのがネストリング事件なのです」
 世界を救済する。人類同士の戦争を根絶する。そう理想を掲げたブラッド・ルイスの戦いは娘の手で幕を下ろした。
 腕利きの傭兵達との激戦の果て、ネストリングは壊滅した。紆余曲折を経たとは言え、『父親殺し』がこの戦いの真相である。
「ブラッドのヨリシロ化なんかあってな。最後のケリがついたのはつい最近だ」
 涼の声に呆然とする一登。そこへヨダカが声をかける。
「ヨダカは裏の流れを追う仕事をしていて、す〜ちゃんと出会って、ヒオヒオと出合って、放っておけないと感じたから一緒に行く事にしたのです。二人に共通していたものは‥‥正義、ですかね」
「正義?」
「『正義』なんて碌なものじゃないのです。世界を単純化させるイミティション、そういえば分かり合えると錯覚させる毒薬でしかありません。少量なら薬にもなるですが、過ぎれば人類の敵になるだけなのです。ブラッド・ルイスのように」
 何と無く一登も感じていた事だ。本当に正しい正義なんてどこにもないと。
「ヨダカは人殺しです。相手がバグア派だっただけで、結果としてより多くが助かっただけでヨダカは虐殺者にすぎません。それと同じ事なのですよ」
「人形師事件の時、ヒイロは体を張って村人を説得しようとした」
 口を挟むニア。それは難民キャンプでの出来事にも通じる。
「でもね。行き違いやすれ違いがあって殆ど助けられなかった。そしてあの時村を焼いたのは私だった」
「そ、そんな‥‥」
「そういう酷い事もやって来たのが私達。故意か事故かは関係ない。やったのは私達なの」
 時にその行いは正義とは程遠く。夢見た理想に比べれば暗すぎた。それが彼らの歩みの真実である。
 血で血を洗い続けるような旅路の果てが今ならば、どんなに辛く切ないものだろう。
「いつかヨダカは誰かに殺されるです。一登も手を引くなら人を殺してからじゃ取り返しがつかないのですよ?」



「‥‥なるほど。それで、何も言い返せずに出てきたと」
 夕焼け空の下、広場のベンチで一登は上杉・浩一(ga8766)と肩を並べていた。
「ち、ちげーよ! ただ‥‥ヘビー過ぎてちょっと頭を冷やしたかったの!」
「そうだな。皆色々な物を背負ってきた。君が気にしているヒイロさんもそうだ」
 ぼんやりと眺める雲。それと共に懐かしい記憶が流れて行く。
「一番大事な人から始まり、家族、友人が殺し殺され、あの子自身がどれだけの地獄を見たか。その上でどれだけ他人の想いを背負わされたのか‥‥」
 ベンチに胡坐をかいて黙り込む一登。浩一はその肩を叩く。
「あの子は強くなった。自分に胸を張れるようになった。しかしこの先幸せになれるかどうか‥‥俺はそれだけが不安だ」
「多分それは俺が感じてる不安と同じだと思うよ」
「そうか。君が傭兵を助けたい、と言った時嬉しかったぞ。そんな子がネストリングのような場所に来てくれた事が」
 正直な所、ネストリングの負債は簡単ではない。ヒイロは何一つ捨てずに全て背負ってきた。そこには父の罪も含まれている。
 ネストリングという組織は今でも暗い過去を払えずに居る。だからこそ、何も知らぬ一登の様な存在が必要だと浩一は感じていた。
「君はヒイロさんの『正義の味方』になれるか?」

 少し前の事、出てくる時の事を思い出す。頭から湯気を出す一登に武流は言った。
「難しく考える必要はないだろ。とりあえず今の姿は見たとおりだ。それ以上もそれ以下も無い。過去なんて今となっては些細な事だ。お前が知らなきゃいけないのは今だろう」
「一登はどうして決戦に付いて行ったの? わざわざあんな危ないところにまでさ」
 ニアの言葉。そして力強く背中を叩く感触を思い出す。
「それがわかってるなら、もう答えは出てるんじゃないかな」

 考え込んでいた一登は顔を挙げ、それから立ち上がる。
「武流にーちゃんの言う通りだな。昔の事なんかどうだっていい。俺は‥‥それでもみんなを守りたいんだ!」
 スバルの死を知った時、少年は泣いた。
 その死に様を知って墓参りをした時、もう一度泣いた。
 ネストリングに来て、傭兵達が抱えている問題や現実、闇を知った。それでも‥‥。
「やっぱなるっきゃねえだろ。この俺が正義の味方ってやつによ!」
「そうか。では帰って皆にその意気込みを伝えるといい。俺はもう少しここにいるから」
「おう! おっちゃんも風邪引く前に戻ってこいよ!」
 手を振り走り去る一登。おっちゃんという言葉に若干表情を翳らせながらベンチに転がる浩一へヒイロが近づく。
「やはり気付いていたか」
 両手に紙袋、頭には猫。ヒイロは浩一の隣に腰を下ろす。
「いつか、自分の言葉で言うべきは言うんだぞ。さらりと嘘をつくのは君の悪い癖だ」
 苦笑を浮かべるヒイロ。それから夕焼けを眺め呟く。
「浩一君も帰るのですよ。今日は久々に皆でお鍋なのです」
 荷物を半分受け取り歩き出す浩一。こうしてネストリングの一日は、緩やかに終わっていくのであった。