タイトル:ノブリスオブリージュマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/17 08:21

●オープニング本文


「久しぶりね、イリス。前に会ったのは確か‥‥アヤメの葬儀の時だから、一年以上前かしら」
 作戦会議終了後、騒いでいるヒイロ達を背景に向き合うグラティスとイリス。女と少女、二人の間にはカシェルが立っている。
「グラティスさん、彼女と知り合いなんですか? ビフレストコーポとか言いましたっけ?」
「はい。そこで能力者向けのシミュレーターの開発等を行なっていました。確か、ネストリングと言いましたか? 彼女の組織にも利用して頂いた筈です」
 腕を組んだ姿勢のまま頷くイリス。視線の先ではヒイロがリュックサックにお菓子を詰め込んでいる。
「あー、多分君の知ってるネストリングと今のネストリングはちょっと違うと思うよ。説明すると凄くややこしいんだけど」
「そうですか? まあ別にあまり興味も無いし、ただの顧客に過ぎませんからどうでもいいですが。しかしあんな子供が社長とは」
「‥‥それを君が言うんだね」
 苦笑するカシェル。それから改めて二人の間に視線を行き来させる。
「それでグラティスさん、イリスちゃんとはどういう関係なんです?」
 グラティスがこの場に居るのは偶然ではない。彼女はイリスとカシェルを引き合わせる為にここまでやってきたのだ。
「どういう関係って、見てわからない?」
「私とこの人の関係は‥‥そうですね。親子、と言う事になります」
 イリスの言葉に考え込むカシェル。それから思い切り仰け反った。
「ええーっ!? 姉妹じゃなくて!?」
「あら、お世辞が上手ね」
「私の姉は後にも先にも一人だけです! 失礼な事を言わないで下さい!」
「なんで僕怒られてるの‥‥?」
 おずおずと後退するカシェル。イリスはメガネを外し母の顔を見つめる。
 カレーニイ家の親子関係が正常から程遠い事は最早語るまでも無い。特にイリスは父親が苦手であったが、母親も例に漏れず苦手であった。
 いや、この母の場合、苦手というよりは母親に思えないだけなのだが。なにせ一緒に居た時間があまりにも短すぎた。
 子育てはメイドに任せ、自分は仕事の為に世界中を飛び回り、ろくすっぽ家にも帰らない。破天荒で自由気ままな性格は見た目からも、そして旧姓を名乗っている事からも見て取れる。
「相変わらずフラフラしているようですね」
「そうね。でも、そろそろ気持ちに踏ん切りがつきそうなの。こっちはこっちで色々あったから」
「‥‥そうですか。まあ、貴女がどこで何をしていようが私には関係のない事ですが」
 皮肉をこめた言葉だったが、グラティスは余裕の笑顔だ。母のこういう所が、なんとも苦手なのである。
「それで、後ろのがそうなの?」
「はい。今回の戦場で実戦投入する試作型人型戦車、ズルフィカールです」
 黒いロングコートで全身をすっぽりと覆った女。彼女こそ、イリスがここへやってきた理由である。
「人型戦車って‥‥え、ロボットって事?」
「要約するとそうなります」
 驚くカシェル。勿論、そんなデタラメな技術が存在する筈が無い。
「それってどういう‥‥」
「企業秘密です」
「明らかにバグアの‥‥」
「企業秘密です」
 ピシャリと言われ、黙るカシェル。グラティスはその様子に微笑む。
「全く、やっぱりイリスは私の娘ね。自分の好きな事を始めたら、もう誰にも止められない。レイズがかわいそうだわ」
「彼から話を聞いたんですね?」
「ええ。まあ、聞くだけのつもりだったけど、丁度こういう形でめぐり合うのも何かの縁かと思って」
 笑いながらイリスに歩み寄り、その頭を撫でるグラティス。
「大きくなったわね。本当、アヤメの後ろにくっついてまわってチョロチョロしてた君がねぇ」
「‥‥よ、余計なお世話です! 私は作戦前の最終調整がありますので失礼します!」
 その手を払い除け走り去るイリス。その背中をグラティスは苦笑と共に見送っていた。
「そんなわけだから、あの子にマグ・メルの事を教えてあげてくれる?」
「わかりました。しかしやっぱりあの試作兵器、気になるなぁ」
「君だって色々ギリギリな事してきたでしょ? 多目に見なさいよ、みみっちいわね」
「‥‥ハイ」

 母や他の傭兵達から離れ、イリスは空に浮かぶ要塞を遠巻きに眺めていた。
「フィー、調子はどうですか?」
「‥‥問題ありません」
 しっかりとした口調で語るズルフィカール。風に長い髪を揺らしながら憂いを帯びた瞳で遠くを見る。
「ありがとうございます。ここまで連れて来てくれて」
「いいんですよ。私もミドラーシュのデータには用がありますから」
 彼女の主、ミドラーシュという男は死んだ。
 その瞬間からだ。ズルフィカールの何かが変わった。イリスにもその理屈はさっぱりわからなかったが、兎に角彼女が理性的な言葉を口にしたのだ。
 一つ言える事があるとすれば、それは彼女に組み込まれた新型アンサーシステムの存在。
 それはあのアンサーの人格、即ち人工知能をコピーして組み込んだ物である。それが正常に作動すれば、少なくともアンサーと同等の知性を得られる理屈。
 まるで目覚めるように急激にそれが遂行された事は疑問であったが、もうイリスは驚かなかった。元々わけのわからないものだし、アンサーだって奇跡の存在だった。
「フィー、貴女は何故戦うのですか?」
「わかりません。ただ、戦わなければならない気がします。マスターの事を思うと、このままではいられないと感じるのです」
 そう語り、イリスと向き合うズルフィカール。無表情にぺこりと頭を下げた。
「ありがとうイリス。マスターに代わって礼を言います」
「礼には及びませんよ。その代わり、奪われたミドラーシュの研究成果‥‥必ず奪還してくださいね」
「はい、必ず」
 彼の協力があったから、アンサーを復元する事が出来た。しかしイリスはまだアンサーを目覚めさせてはいなかった。
 それをするのは、研究の一つを終わりにするのは、まだ早いと感じていたからだ。
 ミドラーシュとの事は、覚悟しておくべき事であった。最初は利用するつもりで、後で切り捨てる事も考えていた。
 だが、彼は真っ直ぐだった。何よりも欲望に忠実だったとも言える。
 人に憧れ、人に恋をし、だからこそ人を作ろうとしたバグア。彼の為に弔い合戦だなんて、そんな馬鹿げた事を言うつもりはないけれど。
「勝ちなさい、フィー。そして必ず帰ってきなさい。貴女には、アンサーが目覚める時そこに居てほしいから」
 手を差し出すイリス。ズルフィカールはその手をぎこちなく握る。
「‥‥不思議ですね。こうしているとなぜか、懐かしい気持ちになります」
 僅かに表情を緩めるズルフィカール。そして顔を上げて誓う。
「必ず戻ります。そしてイリスに、マスターの想いを引き継ぎます」

●参加者一覧

イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

●奪還
 空中要塞マグ・メル2を巡る戦闘は激化の一途を辿り、戦場は傭兵とバグアの入り乱れる混戦の中にあった。
 マグ・メルに着陸したクノスペ隊から次々に傭兵が出撃する中、そこに彼らの姿もあった。ビフレストコーポより派遣された傭兵達である。
「ほう‥‥これは大騒ぎだな。空の上の要塞とは、世の中にはまだ面白い闘争の場が残っているようだ」
 楽しげな声を上げるイレーネ・V・ノイエ(ga4317)。先行して敵陣に切り込んだ傭兵達は既にキメラを蹴散らし始めている。
「ある意味辺境の戦場ともいうべきここNZにこんな隠し弾が有るとはね」
 クノスペから降り周囲を眺める錦織・長郎(ga8268)。そうして振り返り、背後のズルフィカールを見やる。
「尤も、僕らが引き受けるのは本筋から外れた目標打倒と情報回収なのだがね」
 そう、彼らはこの戦場において特別な役割を持っている。いわばこの場に便乗させてもらった、というのが正しい。
 彼らはこのマグ・メル2での戦闘に紛れ、この地に潜んでいるというペイルヘッジを見つけ出す為にやってきたのだから。
「ここにマスターを殺した敵がいる‥‥私は‥‥」
 機械の身体を覆うコート。ズルフィカールはフードの下から覗く瞳で要塞を見つめる。そんな彼女に傭兵達は集まっていく。
「心配は無用なのダー。ペイルヘッジを討伐しデータを回収、そして脱出する。あたし達が力を合わせれば必ず出来る」
「色々と返して貰わなければなりませんね。利子をつけて‥‥」
 腕を組み微笑むレベッカ・マーエン(gb4204)。望月 美汐(gb6693)は笑顔なのだが、何かこう、迫力がある感じだ。
「あいつにはアンサー復活の為に手を尽くしてくれた借りがある。ミドラーシュが命懸けで残した物は、ちゃんとイリスの手に届けてやらなきゃな」
「今更こんな事をしても、それはただの感傷かもしれません。それでも‥‥力を貸しますからね。あなたが主人の仇を討てるようにっ!」
 ズルフィカールの肩を叩く神撫(gb0167)。橘川 海(gb4179)は手を取り微笑みかける。
「喪われたものは確かにあったが、これ以上は譲れない。ここで決着をつけて、またイリスやアンサー達に会いに行こう」
「仇討ちもわかりますが、必ず生きて帰るんですよ。それが何よりも優先されるべき事なんですから」
 優しく頷いてみせる和泉 恭也(gc3978)。ヘイル(gc4085)は懐から幸運のメダルを取り出しズルフィカールに手渡す。
「処刑人はお前も狙ってくるかもしれない。気をつけろよ、フィー」
 そっとメダルを握り締めるズルフィカール。顔を上げれば仲間達がいる。その状況に何故かありもしない筈の部品が暖かくなる。
「貴方達と共に過ごした時間は僅かな筈なのに‥‥何故かとても懐かしく感じる」
 血の流れない身体に、心を持たない心臓に、存在しない筈の記憶。何と無く、彼らの事がわかる。人柄も、戦い方も、その気持ちも。
「‥‥力を貸して下さい。これが最初で最後の我侭です」
 傭兵達は各々力強い返事をする。ズルフィカールは機械に過ぎない存在だが、今この瞬間彼女は確かに彼らの仲間であった。
「高度AIとバグアの技術のコラボ存在か。些か興味をそそられるね」
「自立する機械の闘争、か‥‥その行く末に何を見るのか。私にも見せてもらおう」
 長郎とイレーネもそれぞれの視点でズルフィカールに注目している。この戦いの中心は、敵も味方も自立機械という事になるか。
「さて、そろそろ行くとしようか。前線の連中は既に突破口を開いたようだ」
「くれぐれも脱出時間には気をつけるのよー。流石に要塞が落ちるまではお姉ちゃんも待ってられないからねー」
 クノスペからの声に片手を挙げて応じる長郎。こうして傭兵達は他の傭兵達の後に続き、マグ・メルへと突入するのであった。

 内部突入に関しては彼らも他の傭兵と同じく、キメラや強化人間と交戦しつつ、という形になった。
 しかし突入戦力の中には手慣れの傭兵も多く、マグ・メルの防衛戦力を破竹の勢いで撃破しつつ進んでいく。その為イリスの依頼でやってきた八名はそれほど消耗する事はなかった。
 全ては順調だったが、肝心のペイルヘッジを発見出来ないという意味では先行きは不透明であった。
「確か先程のバグアも『処刑人』でしたか。ペイルヘッジは同行していなかったようですが‥‥」
 壁にペイント弾を撃ちながら走る美汐。先程突入部隊はジライヤというバグアと遭遇。彼を撃破する為に数人が別行動を取った所だ。
「迷子とか言っていたか。あいつとは多少縁があるが、まあ‥‥ああいう奴だ。迷子になっていたとしてもおかしくはない」
 無表情で走りながら呟くイレーネ。となれば、ペイルヘッジが居るのはジライヤとは別の場所と言う事になる。
「確か、皆さんはペイルヘッジを探しているんでしたね?」
 前衛の方から移動速度を落とし並走するカシェル。ズルフィカールは走りながらゆっくりと頷く。
「一応、イリスちゃんから話は聞いてます。ペイルヘッジは『処刑人』の中でも他を統べるような立場でしたから、居るとしたら中枢だと思うんですが‥‥それか、既に脱出の準備を始めているか、ですかね」
「ほう? まだNZの戦いがどうなるかわからないというのにか?」
 長郎の言葉に頷くカシェル。ペイルヘッジというのは、他の処刑人と比べても引き際の判断が早いという特徴がある。
「恐らくはリーダーだからでしょうね。戦場の保全より、上への報告や裏切り者の処分を優先するんだと思います」
「確かに以前戦った時も、俺達を倒す事には拘っていなかった様子だったな」
 思案するヘイル。だとすれば、ここで幾ら暴れてもペイルヘッジを引っ張り出すのは難しいだろう。
「だからこうしましょう。僕らはこのまま中枢に突撃します。そこでペイルヘッジを発見したら連絡しますから、皆さんはペイルヘッジの『退路』に先回りして下さい」
「確かに、手分けした方が効率はいいのダー」
「マップデータは既に把握しています。外部の状況と照らし合わせ、まだ生きているワームの発着場を当たれば良いかと」
 レベッカに続き語るズルフィカール。そのまま足を止め、中枢へ向かう傭兵達とは別ルートへ目を向ける。
「こちらです。案内します」
「マグ・メルはヒイロ達が止めておくのでー、皆も頑張るのですよーう!」
「ああ。わんこ社長も気をつけるのダー」
 手を振るヒイロに軽く手を挙げるレベッカ。こうしてビフレスト班は中枢突撃組とは別れ、別の通路を進む事になった。
 主戦場と呼ぶべき場所からどんどん遠ざかっていく八人と一機。その進路上には先程までと比べれば規模は大分縮小されるものの、キメラや強化人間が待ち受けている。
「やれやれ。先程までは最前列の連中が倒してくれたので楽だったのだがな」
「この後にまだペイルヘッジ戦が控えてる。あんまり錬力を消費しすぎるのは得策じゃないな」
 銃を構えるイレーネ。神撫も斧を構えるが、後々の事を考えると全力で戦うわけにもいかない。
 しかしそんな傭兵達の心配を他所に、ズルフィカールはキメラの集団へ突っ込んでいく。そうして光の剣で擦れ違い様にキメラを切り裂いて行った。
「うわーっ、流石ですね!」
「バグアの兵器そのものをイリスが改造したわけだからな。性能は折り紙つきだろう」
 驚く海にしれっとした様子のレベッカ。敵として対峙した時よりもズルフィカールは強くなっている。ならばこれほど心強い味方もあるまい。
「しかしなあ。フィー、あんまり一人で先走るなよ。近接戦闘は俺達がやるから、フィーは射撃支援を頼むよ」
 声をかける神撫だが、返事は無い。フィーは尋常ではない脚力でダッシュを続けており、正直傭兵達でもついていくのがやっとだ。
「あらら‥‥聞こえてないみたいですね?」
「それだけ一生懸命なんでしょう。当然ですよ‥‥父親同然のミドラーシュを殺されたんですから」
 苦笑する美汐。恭也はそれ程慌てた様子は無く、むしろ当たり前くらいの気持ちでそれを見ていた。
「生まれたばかりの感情。上手く制御しろというのは難しいですよね」
「それはそうかもしれないが、心配だ。フィーが暴走したらどうなるか俺達にだってわからないんだからな」
 神撫の言う通り、ズルフィカールは未知の存在だ。
 人類の技術、しかもまだ確立されていない人工知能を搭載したバグアの兵器なのだ。『わけがわからない』ものの中でも、かなり上位に食い込む事だろう。
 それはそれで受け入れている傭兵達だが、問題は暴走したフィーがどれほど危険なのかと言う事。これは自分達がではなく、彼女が、である。
 戦闘力は傭兵を上回る程だが、精神面では赤子同然。感情の暴走がペイルヘッジの付け入る隙を生まないとも限らない。
「でも、自分はそれでいいと思うんです。抑えろとは言えません。だから、全力でフォローします」
 恭也はズルフィカールの事はあまり心配していなかった。勿論心配と言えば心配だが‥‥ここには彼女を守ろうとする仲間達がいる。
「結局自分に出来るのはいつも通りの事です。だからこれまで通り、どんな事があってもフィーを守るしかありません」
 その言葉に決意を新たにする傭兵達。何、特に問題は無い。これまでだって色々あったのだ。今更子供一人守るくらい、やってやれないわけがない。
 立ち塞がる敵達を蹴散らしながら突き進んでいく。彼らが倒すべき相手、まだ姿を見せぬ敵を捜し求めて。

●E=mc2
 一行がペイルヘッジへ辿り着いたのは三箇所目の発着場へ訪れた時であった。無用な戦闘を可能な限り避けたとは言え、時間も相応に掛かっている。
「‥‥見つけました。ペイルヘッジ‥‥!」
「おや? 貴方達は‥‥驚きましたね、何故こんな所に?」
 ワームの格納庫に佇むペイルヘッジ。既に大方のワームは出撃が終わっているのか、格納庫はがらんとしている。
「はじめましてですね、バグアの処刑人さん。そしてさようならですっ」
「何故も何もありませんよ。あなたが私達から奪った物を返してもらいに来ただけです」
 戦闘態勢に移行する海と美汐。ペイルヘッジは状況が理解出来ないのか、首を横に振っている。
「‥‥まさか、ミドラーシュのデータを奪いに来たというのですか? 馬鹿馬鹿しい‥‥まさかそんな事の為にここまで追ってくるとは」
「お前にとっては『そんな事』かもしれないが、俺達にとっては違うんだよ。フィーを含めて、あいつの残したものはすべて守ってみせる」
「自分達は確かにわかりあったんです。それは一瞬の事だったかもしれません。しかし‥‥その一瞬を無駄にはしたくないのです」
 構える神撫と恭也。ペイルヘッジは暫し沈黙した後、応戦の様相を見せた。
「貴方達の愚かしさには眩暈がします。しかし‥‥その理解不能な行動には危険を覚えます。貴方達は或いは、私にとっての障害足りえるのかもしれません」
「科学者一人狩れない処刑人にあたし達をどうにか出来るのか? あいつは最後に人として生き、人として死んだ。お前はミドラーシュに負けたんだよ」
「ライブラ、ジンクス、アンサー、ズルフィカール‥‥彼女達に託された怒りも妬みも夢も希望も誇りも愛も、その全てと共に俺達はここにいる。彼女達がそうで在るようにと願われ、こう在りたいと願う未来の為に。いい加減、余計な奴らには退場願おうか」
 笑みを浮かべるレベッカ。ヘイルは静かに槍を構える。
「僕は特に君に恨みはないが‥‥ズルフィカールという新存在が何を示すのか、その踏み台になってもらおう」
「そういうわけだ。来い、機械の処刑人。生身の戦闘狂がお相手しよう。狂喜と狂気と兇器を以てな」
 背中合わせに銃を水平に構える長郎とイレーネ。ペイルヘッジは構えると同時に周囲の強化人間やキメラを呼び集める。
「これ以上貴方達に煩わされるのはうんざりです。相手をしてあげましょう‥‥その不可解な命、私が刈り取って差し上げます」
 キメラ達を差し向けるペイルヘッジ。ズルフィカールは低い姿勢から一気に駆け出し、鋼鉄の大地を軋ませながら跳躍。上からペイルヘッジへと襲い掛かる。
「速い‥‥!」
「フィー、突っ込みすぎだ!」
 冷や汗を流すヘイル。神撫が慌てて叫ぶが、ズルフィカールは聞いているのか聞いていないのか、ペイルヘッジへ攻撃を続ける。
「‥‥くっ。一体何なのですか、貴女は‥‥!」
 ズルフィカールが繰り出す光の剣を同じく光の剣で受けるペイルヘッジ。ズルフィカールの攻撃は理性的とは言えず、剣術というよりはただの暴力である。表情こそ一切無いが、その瞳は獣のようにぎらついている。
「フィー!」
「あの様子なら直ぐにやられる事はないだろう。雑魚を先に殲滅するぞ!」
 叫ぶ恭也。ヘイルは敵集団に閃光手榴弾を投げ込み、一気に距離を詰める。
「邪魔だ‥‥退け!」
 左右の手で構えた槍を振るい次々にキメラを串刺しにするヘイル。美汐は制圧射撃で敵の頭を抑え、神撫や海の近接戦を支援する。
 跳びかかるキメラをショットガンで撃ち払う海。神撫は大斧を振るい、複数のキメラを纏めて吹っ飛ばしている。
「雑魚で俺達を止められると思うな!」
「でも、数だけは多いですねっ。やっぱりペイルヘッジは彼らを壁にするつもりなんでしょうっ!」
 銃撃でキメラを処理するイレーネ、長郎、レベッカ。機械化されたキメラはそれほど彼らの脅威ではないが、頑丈でしぶとく数も多い。
「この力は紛れも無くバグアの物。それがこうして処刑人である私に手を出すとはどういう事か、理解しているのでしょうね?」
 刃を交える二機のシルエット。鍔迫り合いが起こす光の瞬きに顔を照らされながら、異形は互いの瞳を覗き込む。
「バグアは決して裏切りを許さない。貴方が何者であれ、人類に与するというのであれば‥‥処刑するのみ!」
 ズルフィカールを弾き返し、全身からビームを放出するペイルヘッジ。ズルフィカールは後方に大きく跳び、くるくると回転しながら傭兵達の傍に着地する。
「捕まえたぞ! おいこら、いい加減にしろフィー!」
「気持ちはわかりますが、あの敵は一人で倒せる程容易くはありませんよ?」
 ズルフィカールの腕を掴む神撫。恭也は盾を構えフォローしながら語りかける。
「ミドラーシュの仇を討ちたいんですよね。でもそれは私達も同じなんですよ?」
 優しく声をかける美汐。そこで首を横に振り、改めて構え直す。
「‥‥いいえ、私は二度と復讐はしないと決めているんです。ですからこれは、不当に奪われた物を取り返すだけです」
「貴女達にそのように言われる筋合いがないのですが。あれは我々バグアの技術です」
「あれは私『達』の物です。断じてあなたの物ではありません。分かり合えた事を無にはさせませんよ!」
「お前がミドラーシュから奪ったコイツの片割れ、その所在を教えてもらおうか」
 HDを取り出し問いかけるレベッカ。ペイルヘッジはそれを見つめ首を横に振る。
「まさか、わざわざそれを教えるとでも?」
「処刑人程度が科学者の深慮遠謀を理解できると思ったか? お前にあれは勿体無い代物なのダー」
 そんな会話を他所に周囲を見渡す長郎。他と比べても積極的に戦闘に参加していない彼だが、そのデータの在り処を密かに探していた。
「レベッカ君。もし奴がデータを持ち帰ろうとしていたのだとすれば、それは既にあのHWの中にあるのではないかね?」
 ここに来た時、ペイルヘッジはHWへ向かう途中だったように思える。この格納庫に残っているのはあのHW一機だけであり、そしてペイルヘッジは現在手ぶら。もし何かを積み込むのであれば、それはもう終わっていると予測出来る。
「奴は機械人のバグアだ。奴そのものがデータを保管している可能性もあるが‥‥」
 眉を潜めるレベッカ。そうなればペイルヘッジを撃破してその亡骸を回収するつもりだが、それでデータが消えてしまわないという保証もない。仮にペイルヘッジが既にデータを取り込んでいるのだとしたら、状況はかなり厄介だろう。しかし‥‥。
 つい先程自分が言った言葉を思い出す。ペイルヘッジにデータを吸い出す事が可能だろうか?
 ミドラーシュはバグアのデータを人類用に変換するのにかなり手間取ったと言っていた。そしてHDを見せた時の反応からして、ペイルヘッジが保持するデータも既にHD化‥‥即ち人類側の情報として変換されている可能性が極めて高い。
「成程。ミドラーシュが手間取ったデータだ、それをペイルヘッジが短時間でどうこう出来る筈も無いか」
「ああ。であれば、そのままHDの状態で積み込んで有ると考えるのが妥当ではないかね?」
 頷くレベッカ。そうしてデータを奪取する為、HWへ向かって走り出した。
「あたしはデータを回収してくる! 援護を頼むのダー!」
 レベッカの動きに若干慌てた様子のペイルヘッジ。そこからもこの行動が間違いではないと確信できる。
「任せて下さいっ! この人達は、ずばっとやっつけちゃいますよーっ!」
 移動するレベッカを支援する傭兵達。ペイルヘッジはビームを連射してレベッカを妨害するが、恭也とズルフィカールが盾を構えて防御を行なう。
「光の盾‥‥!?」
「ナルキッソスの内蔵、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
 手の甲のユニットを展開し光の盾を広げるズルフィカール。急な搭載の為使用制限はあるが、効果は十分だ。
「フィーちゃん、これを!」
 小銃を投げ渡す海。ズルフィカールは剣を腰にマウントし、それを受け取る。
「実弾銃ですっ。使い方のデータは私とアンサーちゃんとの戦闘データを参照してくださいねっ」
「フィーは銃で援護してくれ。少し頭を冷やして、俺達の動きを見ておくんだ」
 ズルフィカールの肩を叩く神撫。それから懐から弾丸を取り出しズルフィカールの掌に零す。
「さて、ここからが本番ですよ。あなたがデータを持っていないのなら、遠慮する必要はありませんね♪」
 人差し指を振る美汐。ペイルヘッジは左右に腕を広げ、ツインアイを輝かせる。
「図に乗らない事です。その出来損ないの兵器も、ミドラーシュのデータも、全てはバグアの帰結するべきなのですから」
 両手両足のユニットを解き放ち飛行させるペイルヘッジ。MSU――前回はこれの奇抜な動作に翻弄された。
「往きなさい!」
 自由自在に飛行しながら接近するMSU。傭兵達の周囲を飛び回りながらビームを連射する。
 四方八方から繰り出される攻撃に晒される傭兵達。海は身をかわしながらペイルヘッジを見やる。
「このMSUって兵器、使っている間ペイルヘッジ本体は行動に制限がかかるはずですっ」
 見れば実際ペイルヘッジはMSUを切り離した時と同じ姿勢のまま停止している。その守りを固めるように周囲にはキメラが集結しているようだ。
「本体にっ、攻撃するチャンスですっ! MSUを封じて活路を開けば、勝機はありますよっ!」
 一方その頃、レベッカはHWへと取り付いていた。ハッチを開き内部へ侵入。コックピットへ入ると幾つかのケースが置いてあるのを発見する。
「一応対衝撃用のケースに保管されているか。むしろありがたいな」
 ケースは半透明だったので直ぐにHDは発見できた。それを引っ手繰り、HWから離脱を図る。
「これは‥‥中々に厄介だな」
 飛び交うMSUは高い精度で強力なレーザーを発射してくる。イレーネはMSUを撃ち落そうと引き金を引くが、MSUがバリアを内蔵しており攻撃が届かない。
「早めに対処しなければ、こちらが消耗するばかりだな」
 左右の槍を振るいレーザーを防ぐヘイル。四機のMSUを妨害し、キメラの壁を突破し本体を攻撃するというのは言う程簡単ではない。
「ちっ、攻撃しても防がれるか‥‥!」
 MSUに槍を繰り出すヘイル。しかし光の盾で弾かれ、小銃を撃っても結果は同じである。
「大丈夫です! 全員で一気にペイルヘッジに突っ込みましょう!」
 声を上げる海。傭兵達は彼女に注目する。
「こちらが本体に攻撃を仕掛けようとすれば、MSUは妨害に入ってくる筈です! それって考えようによっては『当たりに来てくれる』ってことですよねっ!」
「なるほど、確かにその通りです」
 両手を合わせる美汐。MSUは四機。四人以上が同時にかかれば、本体までは辿り着ける計算。
「雑魚は我々が排除してやる。早い所あれを黙らせてくれ」
 銃を構えるイレーネ。ズルフィカールは恭也を一瞥し前に出る。
「私もあれを止めます。貴方は後衛の防御を」
「フィー‥‥大丈夫なんですか?」
「はい。見ていて何と無くわかりました。いえ‥‥『思い出し』ました」
 その横顔にはアンサーを重ねる事が出来る。恭也は息を吐き頷く。
「わかりました。但し、無理だけはしないで下さいね」
 走り出す傭兵達。海がまず閃光手榴弾を投擲し、その間に傭兵達は距離を詰める。
「無駄な事です」
 しかしMSUは的確に接近する傭兵達を捉えている。レーザーの攻撃を受け、しかし四機のMSUへ傭兵達は飛び込んでいく。
「とりゃああっ!」
「アンサーシステム起動、突貫します」
 海と美汐はMSUと激突すると同時にスキルを使用。防ぎに来たMSUを逆に弾き飛ばしてみせる。
 更にヘイルとズルフィカールがMSUに攻撃。イレーネ達後衛が閃光手榴弾を食らっているキメラを撃ち倒し、仲間が開いた道を神撫が駆け抜ける。
「‥‥直接私を狙ってきましたか。判断は悪くない‥‥しかし!」
 弾き返されるヘイルとズルフィカール。スキルでの吹き飛ばしを行なった海、美汐とは異なり、この二機は立ち直りが速い。
 素早く反転しペイルヘッジの前にバリアを展開する二機。これで神撫が押し返されれば全てが振り出しに戻ってしまう‥‥しかし。
「何とか間に合ったのダー!」
 虚実空間を使いMSUの動きを止めるレベッカ。しかし止められたのは一機だけで、まだ一機盾を展開している。
「――知るか!」
 そこへ神撫は下段から斧を叩き込んだ。淡い桃色の光がバチバチと爆ぜる中、思い切り力を込める。
「何が立ち塞がろうと、イリスの敵は全て屠る! 俺は‥‥力を持たないイリスの剣だからだ!」
 バリアを打ち破り、MSUを真上に吹っ飛ばす神撫。その好機を待っていましたと言わんばかりに一斉に傭兵達が攻撃を行なう。
「く――ッ!」
 全身の火力を解き放ち、周囲に閃光を放出するペイルヘッジ。傭兵達はその攻撃を受けながらも強引に突撃を仕掛ける。
「そのくらいの攻撃っ、受けるのは想定済みです!」
 ショットガンを連射する海が飛び退くとそこへ美汐が飛び込んで槍を叩き込む。シールドで防がれた槍を放り、ペイルヘッジの頭を掴んだ美汐は銃口を胸に押し当てて引き金を引きまくる。
「生憎と本命はこちら。武器の使い方は一つじゃない、あなたと同じです」
 更に飛び退く美汐。復帰したMSUを張り巡らせるペイルヘッジだが、そこへイレーネが銃弾を撃ち込む。
「MSUとかいったか。それはこういう攻撃に対しても有効なのかね?」
 ペイルヘッジの足元に着弾した銃弾は反射し、彼方此方から本体を狙う。それをやっとの思いで防いでいると、レベッカがMSUの機能をまた停止させてしまう。
 二機が動かなくなると、左右からヘイルとズルフィカールが銃撃を行なう。周囲を移動しながら銃を連射し、そこに長郎とと恭也が正面から銃撃を行なう。
「アクセス、AS。――力を貸してくれ、アンサー。一緒に戦って、勝とう」
 前進するヘイル。MSUに槍を連続で繰り出し、それが防がれている間に真上からズルフィーカルが落下、ペイルヘッジの頭を踏みつけ跳躍する。
「行くぞアンサー! 遠慮なく全力でぶちかます!」
 ヘイルと入れ替わり斧の乱舞で攻撃を仕掛ける神撫。ペイルヘッジを踏み台に真上に再度跳躍したズルフィカールは光の剣を振り上げる。
「AS起動。スキュラ、オーバードライブモード‥‥フルバースト!」
 長大化した光の剣を振り下ろすズルフィカール。同時に神撫が真横に一撃を振るい、十字の斬撃がペイルヘッジを引き裂いた。
 派手に吹っ飛び倒れるペイルヘッジ。その全身から火花が散り、破損したパーツが彼方此方に散らばっている。
「ば、ばかな‥‥なんですか、貴方達のその動きは‥‥?」
「貴女にはわからないでしょうね。私達を繋いでいる力の事なんて」
 剣を収めるズルフィカール。無残な姿で倒れるペイルヘッジ。二つの機械は、全く違う眼差しで互いを見やる。
「一人ではない、不完全である事が人の力になる‥‥マスターは私にそう教えてくれました。心こそ、魂こそが人の強さだと」
「機械に過ぎない貴女が、何を‥‥」
 胸に手を当てるズルフィカール。そうしてまるで当たり前の事のように、異形は微笑んだ。
「それでもここに熱を感じる。魂の重さを感じる。貴女には無い物を、私は彼らに与えられた」
「‥‥理解、不能。不能‥‥不能‥‥不能‥‥」
 針の跳んだレコードのように同じ言葉を繰り返しペイルヘッジは動かなくなった。傭兵達へ振り返った時、ズルフィカールの顔から笑顔は消えていた。
「今の話、実に興味深いね。魂を感じる機械か‥‥くっくっく」
「ペイルヘッジか。ジライヤと比べると、随分とバグアらしいバグアであったな」
 低く笑い声を上げる長郎。イレーネは銃を収めつつ周囲を眺める。
「さて、あまりここに長居をしているのも拙い。脱出を始めなければ、要塞と心中する事になりかねんからな」
「HDは無事回収したのダー。さっさとこんな所からは離脱して、全員で帰るぞ」
 レベッカの声に頷く傭兵達。彼らはマグ・メル2から脱出する為、来た道を引き返すのであった。

●ワレオモウ
「早く早くー! もう他の皆は脱出したんだからねー!」
 最後まで残っていたクノスペに乗り込んだ傭兵達。どうやら彼らが脱出組では最後だったらしい。
 マグ・メルから飛翔するとほぼ同時、巨大要塞は失墜を始める。その様子を眺め傭兵達は胸を撫で下ろした。
「ぎりぎりだったな‥‥待たせてしまってすまない」
 パイロットと話をする長郎。それから奥に仕舞いこんでいたバスケットを取り出した。
「無事脱出した事だし、一息入れないか?」
「これは‥‥リンゴか?」
「楽園に茂る知恵の実とならばやはり『林檎』が相場だろうかね。ならばそこへ行き着く『蛇』としては用意しなければならいだろうかね、くっくっくっ‥‥成功の乾杯代わりに食してくれたまえ」
 首を傾げるヘイル。恭也は苦笑しながらリンゴを受け取る。
「ありがとう御座います‥‥ハハハ、こんなときでも空腹は覚えるんですね」
 ふと見ると、ズルフィカールはリンゴを手に戸惑っていた。彼女はこういう形での食事をする機能がついていないのだ。
「こういう時、自分が人間ではないのだと痛感します」
「フィー‥‥」
「いえ、良いのです。私は所詮人ではないのですから」
 恭也はそんなズルフィカールの手を取る。
「忘れないで下さい。それでも貴方はあの人と同じ様に、皆の仲間なんです」
「恭也‥‥」
「貴方の人生を決められるのは貴方だけです‥‥後はわかりますね?」
 恭也の笑顔に目を瞑るズルフィカール。イレーネはリンゴを齧りつつその様子を眺めている。
「林檎とは随分暗示的であるが‥‥今は、良いのではないかな。時が来れば答えは自ずと出る。そういう顔をしているよ、あれは」
「そのようだね。だからこそ実に興味深い‥‥くっくっく」
 そうして傭兵達を乗せたKVはイリスが待つ前線指揮所へと辿り着いた。
 他のKVの何機かは別の場所へ向かったらしく、着陸しているKVは少ない。傭兵達は漸く地上に降り立ち、夜空の下で各々リラックスした様子だ。
 ふと、そこへイリスが駆け寄ってくるのが見える。傷だらけの傭兵達、しかし誰一人として表情を曇らせている者はいない。
「おかえりなさい」
 穏やかな笑顔を浮かべるイリス。傭兵達は黙り込んでいるズルフィカールの背中を叩いた。
「‥‥た、ただいま」
 手を繋ぐイリスとズルフィカール。その様子をヘイルは感慨深く見つめている。
 ここまで本当に色々な事があった。失った物も多かったが、今その一つの流れがズルフィカールに帰着したように思う。
 想いから想いへ。人から人へと受け継がれてきた運命のシステム。それは今も、流れ流れて新しい道を探し続けている。
「さあ、帰りましょう。皆で一緒に」
「‥‥しかし、私は」
 胸に手を当てるズルフィカール。海はその胸の上に手を重ねて笑う。
「フィーちゃんは言いましたよね。魂の重さを感じるって。それってきっと、彼が受け継いだ物なんですよ?」
「マスターが?」
「いいじゃないですか、化物でも。少なくともミドラーシュは、自分自身に誠実な『人』でした」
 白衣をはためかせ語るイリス。そうしてズルフィカールに告げる。
「貴女は人間ではありません。でも、貴女は人間と同じ‥‥いえ、それ以上に高貴な魂を持つ事が出来るんです」
 小指を差し出し、少女は笑う。
「約束してください。彼の魂に殉じ、気高くあり続けると」
 ゆっくりと、機械の指を絡めるズルフィカール。涙を流せぬ機械の瞳は、ただ喜びと誓いに打ち震えていた。



 こうして、ミドラーシュ・データはイリスの手に渡った。
 ズルフィカールの今後は不透明だが、少なくともすぐさまどうにかなる事はないだろう。
 彼らの手の中には、ほんの少しの時間と懐かしさ、そして奪い返した魂と明日への希望があった。
 肩を並べて歩き出す戦士達。海に落ちた要塞を背に、彼らは帰路に着く。
 それがこの戦いの‥‥否、一つの魂のあり方を巡る物語の終わり。そして新しい魂の始まりであった。