●リプレイ本文
●落日
夕暮れは逢魔が時に相応しい。吹き抜ける風はやや強く、真紅に染め上げられたティターンの傍を吹き抜ける。
詠子はゆっくりと重い腰を上げた。KVの残骸で作られた山の上、女は一歩ずつ歩みを進める。
まるで歌う様に。まるで踊る様に。開戦の時を惜しむかのように、ゆっくりと‥‥ゆっくりと、ティターンは大地へと降り立った。
ただっぴろい平野にて向き合うティターンとフェニックス。背後には空中に浮かび上がったクライストチャーチ基地にて激戦が繰り広げられている。
「草壁‥‥てめえとの因縁もここまでだ! どんだけてめえが化物染みてようが関係ねえ! ダチと後輩の為に、てめえを討つ!」
「成程、お互い独り身ではないと来たか。部下という物は時に心地良い物だが、こういう時には足枷にしかならんな、玲子」
外山の言葉に苦笑する詠子。ゆっくりと刃を抜き、外山を手招きする。
「遠慮は要らんよ。かかっておいで、ぼうや。痛みを感じる間も無く、茜色に染めてやろう」
「‥‥なめやがって! 吐いた唾ァ飲むんじゃねえぞ、草壁ぇッ!」
腕に取り付けたブレードを振るい動き出す外山。そこへ八機の機影が迫る。
九頭竜隊に遅れ現場に到着した傭兵達は次々に大地に降り立ち、九頭竜隊とデストラクトの間に割って入った。
「全く‥‥馬鹿なのか馬鹿なのか? とは内心おもっていたけど訂正する。君達は大馬鹿だったようだ」
視線だけで背後を見やる鳳覚羅(
gb3095)。UNKNOWN(
ga4276)は帽子を片手で押えながら微笑む。
「うむ、命令違反か――軍をクビだな。軍法会議か。可愛そうに」
それぞれ気まずい様子の九頭竜隊三名。そこへヨダカ(
gc2990)が明るくサムズアップする。
「大丈夫です、きゅ〜ちゃん。ヨダカもうちの社長の仕事をブッチして来ましたから!」
「そ、そうか。何が大丈夫なのかは良くわからんが‥‥しかし、良く来てくれたな」
「折角ここまで来たんだぁ。最後まで付き合うよ、きゅーちゃん」
へらへらと笑うレインウォーカー(
gc2524)。しかしその燃えるような意志を湛えた瞳は草壁をじっと捉えている。
「正直、私達だけじゃ勝てないのはわかりきってるんですけど‥‥こんな個人的な事に皆さんを巻き込んでしまって‥‥」
「復讐、ですか。実は私も『皆の、アイツの敵を討つ』という理由で戦場に立ったクチでしてな」
俯く大和の隣に機体を並べる飯島 修司(
ga7951)。大和はおずおずと顔を上げる。
「ですが戦っているうちに、軍人だったアイツの仇討ちなんてのは、アイツへの侮辱だと気付きまして。覚悟を持ち生き残る為に死力を尽くした戦いの結果を、残された者が受け容れず、それを口実に戦場に立つなどね」
眉を潜め考え込む大和。それから頭を振り、操縦桿を強く握り締める。
「今なら自分も飯島さんの言う事がわかります。だから自分は‥‥親友にもそれをわかって貰う為に戦うと決めたんです」
「色々と面倒な状況なんだろうけど、要するにここで因縁を終わらせればいいんだろ?」
頭を掻きながら地堂球基(
ga1094)は溜息混じりに呟く。
「そうしないと何時まで経っても前に進めないのは明らかだし、そういうのを見てるのは胸糞悪くてな。苦しんでもがいてるのを発散して清算出来るなら幾らでも手伝うぜ。俺で良ければ、な」
「これが最後の戦い‥‥この場に居ない人達の分まで‥‥」
機槍「アテナ」を握り締めるティナ・アブソリュート(
gc4189)。球基の言う『因縁』という物は、間違いなく彼ら傭兵の間にも生まれている。
デストラクトの戦いを繰り返してきた傭兵達。飽くる事なく続いた闘争も、この戦争の幕引きと同時に終わりを向かえるだろう。
「集中集中‥‥よし!」
始まりは些細な事だったかもしれない。けれども彼らは巡り合った。どこかの戦場の片隅で、巡り合うべくして。
その物語の帰着がここに完遂されるのであれば、その双肩に積み重なる責任と想いは一つではない。誰かの分まで、紡げなかった想いを紡ぎ通す。
「へっ、本当にいいんだな? 相手は間違いなく化け物だ、命の保証は出来なねぇぞ?」
「皆まで言わせるな‥‥。君達は確かに大馬鹿だけど、俺達だって賢い生き方が出来るなら傭兵なんてやってないさ」
外山の言葉に笑みを浮かべ応じる覚羅。覚悟を決めた傭兵達の前、そこへ左右からギルデニアとビアンカが立ち塞がる。
「詠子様の願いを邪魔する貴方達は私が相手をしてあげるわ」
「貴様らに討たれた友の分まで、私が最後まで詠子様をお守りするのだ!」
それぞれ鞭と槍を手にするタロス二機。その様子をルノア・アラバスター(
gb5133)はじっと見つめている。
「あのタロスの装備、前回撃ち損じた方、かな‥‥?」
口元に手をやり、ちらりと周りを見やるルノア。仲間達の様子はと言えば、多くの者が邪魔者など気にせず草壁に熱い視線を送っている。
「草壁さんは‥‥思う所のある方達に、お任せ、しましょうか」
こくこくと頷き、改めてビアンカのタロスに剣を向ける。
「というわけで、相対を、望みます」
「機体は変わったみたいだけど、装備はあんまり変わらないみたいだな」
ルノアと並んでビアンカを見やる球基。一方、修司はギルデニアと対峙する。
「ギルデニア、と言いましたか。貴方の相手は私が務めましょう。手を貸して頂けますな? 大和さん、外山さん」
「はいっ! 私に出来る事なら!」
「つっても、あんた一人で十分そうだけどな」
様子を見ていた詠子はそこで僅かに笑みを浮かべ、自らの部下に指示を出す。
「お前達、折角だ。彼らの相手をしてやれ。ここから少し離れて、な」
「し、しかし詠子様、それでは御身が危険に‥‥!」
「ギルデニア。お前は私がこの程度の連中を相手にどうこうされると言うのか?」
穏やかで優しい口調だったが、ギルデニアは冷や汗を噴出しながら姿勢を正す。
「その様な事は、間違っても!」
「では散れ。お前達が傍に居ない方が――私には何倍も動きやすい」
同時に返事をする二名。それぞれが傭兵のKVに先行し、詠子から離れていく。
「お望み通り相手をしてあげるわ。ついてらっしゃい」
ビアンカ、ギルデニア対応者もそれに続く。結果的に敵はそれぞれが干渉しあわない程度の距離を取り、傭兵にとっては都合の良い展開となった。
「護衛を自ら遠ざけるとはね。余程腕に自身があると見える」
「あの二人の力では私の護衛は務まらんよ。私と彼らの実力には、天と地程の差があるのだからね」
覚羅の言葉に穏やかな声で応じる詠子。まるで戦意という物を感じさせず、襲い掛かるどころか身構える素振りも見えない。
「やる前にひとつ言っておく。草壁、どうやらボクはお前の事が結構好きみたいだ」
紅いティターンを見つめるレインウォーカー。そのコックピットに座っている女とは、生身で言葉を交わした事もあった。
奇妙な女である。悪である事はまず間違いの無い事実なのに、どこか掴みどころが無く、傭兵と笑顔で語り合う事すらあった。
「だからこそ、ボクの全てを賭けて挑む。応じてくれるよなぁ、草壁?」
「ああ、勿論だとも。私はね、常に求めていた。恋焦がれていたのだよ。この夢を終わらせてくれる者が現れる事を」
彼女は強すぎた。あまりにも強すぎた。
本気で戦えた事など一度もない。このヨリシロを得てからの彼女は、常に草壁詠子というおぞましい悪夢に苛まれ続けていた。
「私に人の心を理解する力があったのなら、とっくの昔に壊れていただろう。それほどまでにこのヨリシロは病的であった」
わからないから正気で居られる。しかしわからないからこそ、激しい焦燥に駆られるのだ。
「自分で死ぬのは嫌だ。けれども死にたい。より多く! より派手に! 阿鼻叫喚の地獄絵図の真っ只中で死にたい! 私は常々その願望に苛まれてきた!」
目を見開き笑う詠子。普段の落ち着いた様子とは異なり、歓喜に身を撃ち震わせ、両腕を広げる。
「もっと死を! もっと戦争を! 敵も味方も全て滅びよ! 数多輝くこの星の命の全てを焼き尽くし、漸く私は安らぎを覚える‥‥筈であった」
途端に萎えた様子でガックリと肩を落とし。それからいつものように優しい表情を作る。
「だが今は君達に殺されても良いと思っている。こんな小さな戦場の小さな片隅で息絶える事も美しいと感じている。そう私を変えたのは君達だ。であれば、この乙女心の責任は取って貰う」
真紅のティターンが動き出す。ゆっくりと、一歩ずつ、傭兵達へと近づいてくる。
「ヨダカ、ティナ! 二人とも、ボクの背中預ける。勝って帰るぞ、必ず!」
「その言葉、レインウォーカーさんにそのままお返しします。無茶はしないで下さいね!」
「奴の能力はヨダカが徹底的に解析するのです! それが終わるまで持ち堪えるのですよ!」
数で圧倒する傭兵達を前にしても草壁はまるで怯む気配はない。優雅に、そして満ち満ちた自信を滲ませながら、笑顔で彼らの事を見つめていた。
●狂刃
「貴様らの相手はこの私がしてやる! わざわざ詠子様のお手を煩わせる必要もあるまい!」
槍を構え立ち塞がるギルデニア機。草壁の命令もあり、わざわざ傭兵達の望み通り分断された形である。
「私は貴方のような、他人を戦場に立つ理由にする手合いが気に喰わない。貴方は『忠義の為に』と気取っているようですがね」
「気取るだと? 私を侮辱するか、人間風情が! 私は詠子様に真実の忠誠を誓った身であるぞ!」
「真に忠を捧ぐのであれば、死にたがる主君を命を賭して諌めるのが筋‥‥と、失敬。所詮、寄生虫に扱き使われる木偶でしたな。忠道を理解出来ぬのも無理はありませんか」
「貴様ァ‥‥言わせておけば!」
修司の言葉に激昂するギルデニア。そこへ大和が声をかける。
「でも、飯島さんの言う通りじゃないですか。本当に草壁を大事に思っているのなら、どうして‥‥」
「貴様ら人間の尺度であのお方を語るんじゃない! あのお方は貴様らの理解の範疇を超えているのだ! そう‥‥この私の理解すらな」
寂しげに語るギルデニア。そうして真剣に、冷静に、敵を見据える。
「あのお方にとって我々は居ても居なくても同じようなものだ。そして全ての存在が同等でもある。あのお方の真の御心を知る事など、我らには不可能な事‥‥故に!」
槍を掲げるタロス。ギルデニアは目を見開き、高らかに声を上げる。
「あのお方の全てに忠誠を誓ったのだ! その言葉をただ遂行する事でしか、道具と成り果てる事でしか示せる真実は存在しない! 貴様らになんと言われようが、これこそ我が愛の道である!」
「貴方の言ってる事、私少しわかります。でも‥‥それじゃだめなんですよ、ギルデニアさん!」
悲しげに叫ぶ大和。どちらにせよ、ここまで来てしまった以上やる事は一つしかない。戦う事‥‥ただそれだけだ。
「では『竜王殺し』が一騎、飯島修司。推して、参る――!」
一方、ビアンカと交戦する球基とルノア。加速し一気に距離を詰め、ビアンカへと襲い掛かる。
「しかしまあ‥‥勝手に草壁から離れてくれたのはありがたいんだけど」
インファイトに持ち込んだルノアを狙撃で援護する球基。二対一、そしてビアンカ機は改造不十分という事もあり、戦況は傭兵達に優勢だ。
「貴方達程度に遅れを取るなんて、私もいよいよどうしようもないわね。でも、この状況はこちらも望むところよ」
片手に持ったハルバードを振るいルノアと剣戟を交えるビアンカ。二機は互いの得物越しに顔を突き合わせる。
「私達の存在は詠子様にとって足手纏いにしかならない。そんな事はずっとわかっていた事」
球基が放つ銃弾に鞭を振るい応じるビアンカ。軽やかな動きでハルバードを振るい、ルノアと互角の戦いを演じてみせる。
「貴方達は私を詠子様から切り離して足止めしてるつもりかもしれないけど、それは逆よ。貴方達はわざわざお荷物である私達を取り除いたに過ぎない」
「おいおい、一応護衛なんだろ? そこまで情けない事を言わなくてもいいんじゃないか?」
「でも事実よ。だから私は貴方達の相手を全力で行なう。この場所が私に相応しい戦場だから――!」
背後へ跳び、距離を取りながら無数のフェザー砲を放つタロス。ルノアはそれをスラスターライフルで追撃する。
機体は劣化したとはいえ、ビアンカの反応速度と回避運動は実に華麗だ。真正面から撃ち合った所で致命傷を与えるにはルノアでも時間がかかる。
「速いな‥‥。向こうはああ言ってはいるが、草壁に合流されたら厄介だ。逃がさないようにしないとな」
地面を滑るように移動しつつ、外部装甲を切り離す球基。移動力を上げながら回り込みライフルを連射する。
「わかって、ます‥‥ここで、仕留める」
フェザー砲による迎撃を受けつつ、盾を構え吶喊するルノア。ビアンカはハルバードを構え、攻撃に応じるのであった。
「さぁ、行こうかリストレイン。ボクらで奴の夢を終わらせる」
茜色の空の下歩み寄るティターン。レインウォーカーは練機刀を左右の手で握り締め、宿敵を見つめる。
「可能な限りフォローはしますから。もう、どうせ言ったって無茶するのはわかってるんですからね」
「はははは。そうだなぁ。頼りにしてるよぉ、ティナ」
横に並び、溜息混じりに微笑むティナ。覚羅もその隣に並び、小さく息を吐く。
「アレに近づくべきではないと頭ではわかっているんだけどね‥‥俺もまだまだ甘い」
「お前達‥‥草壁に近接戦闘で仕掛けるつもりか?」
冷や汗を流す玲子。そう、近接戦は詠子の十八番。彼女はある意味その一点に特化した戦士であると言える。
「まあ、ああいう人達なので仕方ないのですよ。きゅ〜ちゃんは無理せず射撃でいいのですよ」
しかしヨダカの言葉も虚しく、玲子は傭兵達と肩を並べる。
「私も奴を倒すなら剣でと決めていたのだ」
「れ、玲子さん‥‥危険ですよ?」
「心配は無用だよティナ。今回は私も‥‥その、なんだ。少しは真面目に戦うからな」
苦笑する玲子。しかしティナとしては左右を心配な連中に固められ狼狽もしたくなる。が、頬を叩いて気持ちを落ち着かせるのであった。
「そうだな。中尉‥‥君自身の手で終わらせるんだ。全てを終わらせて、未来へと進むんだ」
「ああ。奴を討ち‥‥時間を解き放つ!」
覚羅の言葉に力強く答える玲子。ヨダカはなんとも言えない表情を浮かべ、後方からスキルを使いティターンの動作を補足する。
「さあ、解析してやるのです。縮地だかなんだか知らないですが、解き明かせない手品なんてないのですよ!」
ゆっくりと迫るティターン。二つの剣を抜き二刀流で顔を上げ、瞳を輝かせる。
「私の得意分野であると知りながらあえてそれで挑む、か‥‥フフフ。嫌いではないよ、その粋がりは」
「今回はその狂気‥‥暫し付き合ってあげるよ」
「願ったり叶ったり。しかしなんだ‥‥食い殺されて泣くなよ、少年」
一気に加速する詠子。覚羅はその挙動を見つめながら冷や汗を流す。
背後で山になっている大量のKV。先ほどからその状態を確認していたのだが――大破の原因はどれも刀傷によるものであった。
全てが見えたわけではないので断定は出来ないが、少なくともこの大軍の内の殆どを刀で切り伏せたのは事実だ。
「それだけだとは‥‥思いたくないけどね」
それぞれ身構える傭兵達。草壁は刃を構え今にも襲いかかろうという姿勢のまま、ふわりと宙へ舞い上がった。
挙動には一切の無駄がない。まるで空に吸い込まれるように跳躍した草壁は前衛を飛び越し、縦に回転しながらそのままヨダカへ迫る。
「い、いきなりですか!?」
跳躍というよりは飛行という様相で回転しながら見る見る迫る草壁。空中から繰り出された強烈な斬撃にヨダカが慌てて身構えた時。
立ちはだかったのはUNKNOWNであった。左右の腕で二対の剣を受け止めている。
詠子はすかさず空中で回転、更に蹴りを放つがこれもUNKNOWNは片手で受け止める。更に足を取り捻り上げ関節を破壊しようと試みるが、詠子は縮地スラスターのスカート部分を展開し横に高速回転し離脱。着地しすぐさま逆手にした刃で突きを放つが、UNKNOWNはこれも腕で受け止めた。
「ほう? 驚いたな」
「それは私もだね、うん。完全に片足貰ったと思ったのだが」
そこへ前衛が背後から詠子に襲い掛かる。一度空中に軽く放った刃を逆手から持ち直し、粉塵を巻き上げながらその真っ只中へと突き進む詠子。
「速――っくう!?」
体当たりを咄嗟に盾で防ごうとするティナだが、そのまま吹き飛ばされてしまう。体勢を崩したティナへ刃を振り下ろす詠子だが、側面から玲子が斬りかかり回避へと動きを切り替えた。
「草壁!」
「遅いな玲子‥‥その機体、君に合っていないんじゃないか?」
避けると同時に刀の柄で打ち怯ませる。そこへ覚羅とレインウォーカーが左右から斬りかかった。
二機の攻撃を左右の剣で受ける詠子。その所作にはまだ余裕が感じられる。ヨダカはその様子を一時も見逃さぬように凝視していたのだが。
「こいつ‥‥」
覚羅とレインウォーカーをそれぞれ片腕だけで圧倒し、悠々と距離を取る草壁。一瞬の攻防は傭兵達にとっては苦い物で終わった。
「ヨダカの認識は甘かったのです。草壁詠子‥‥まさか」
「何か、わかったんですか?」
ティナの声に困惑した様子で応じるヨダカ。
「草壁はまだ縮地スラスターを使っていないのです。起動したのは不明さんとの格闘戦で一瞬のみ‥‥」
通常機動の状態でこの戦闘力であるという事。それに左右から同時攻撃を受けていた時には、そもそもその場から動いていなかった。
「草壁の力は、機体の装備に依存した物だと思っていたのですが‥‥」
「奴の技量って事か」
神妙な面持ちの覚羅。ティターンは動きを止め、傭兵達を眺めている。
「行き成り終わらせてしまっても勿体無いだろう? 少しずつ、少しずつ調子を上げて行くとしよう」
夕日を背に歩み寄る真紅の機体。口調は穏やかだが、そこから感じられる殺気とも呼ぶべき物は尋常ではない。
「一瞬足りとも気を抜くな。油断を捨て覚悟を決めろ。死と絶望の狭間にある生にしがみ付いて見せろ。万に一つの勝機を見つけるその時までな――」
再び接近する詠子。覚羅はスラスターライフルで迎撃を試みるが、当たる気配がない。
「速過ぎる――!」
「この‥‥っ!」
盾を前に詠子へと向かうティナ。しかし詠子は一瞬視界から消え、次の瞬間ティナ機の脇腹に剣が突き刺さっている。
すかさず槍を繰り出すが、詠子は剣を手放した手でその切っ先を掴み引き寄せ、刺した剣に膝を打って破損箇所を押し広げた。
「ティナ!」
側面から斬りかかるレインウォーカー。詠子はその場に留まったまま腕だけを動かし刃を受け止める。
次々に繰り出される攻撃を全く物ともしない。その戦闘力は以前と比べても格段に上がっているように感じられた。
「どうした? 君は全てを賭すと言ったように思ったのだが‥‥私の聞き間違えか?」
火花が散り、押し返されるレインウォーカー。圧倒的な力を前に普段の飄々とした表情も消え去り、真剣さだけが残っている。
「それとも‥‥君は所詮ここで倒れるだけの男だった、という事か」
眼前に迫る刃。レインウォーカーが目を見開いた時、後方からUNKNOWNの砲撃が飛来する。
詠子は回避運動に移り、砲撃避ける。狙いは非常に正確だが、草壁は強烈な攻撃を掻い潜っていく。
「今のをかわすか。うん、素晴らしい反応速度だね」
微笑を浮かべる詠子。真紅の幽鬼は旋回し、再び傭兵達へと突っ込んでいく。
「草壁詠子‥‥まさか、圧倒、されてる?」
友軍の劣勢を察知するルノア。そこへ鞭が繰り出され、剣へと絡み付く。
「余所見している場合かしら!?」
「‥‥いつまでも、構って、いる‥‥わけには!」
巻き取られた剣を手放し、旋回しながら機刀へ持ち替えるルノア。すかさず繰り出した一撃は轟音と共にタロスの胸を切り裂く。
慌てて距離を取るビアンカ。ルノアは迎撃を受けながらも追撃を行なう。
「こっちに追い込め! 挟撃するぞ!」
大地を疾走する球基の天。連続発射したディスクが次々にビアンカへと襲い掛かり爆発を起こす。
「何、この変な武装‥‥くっ!?」
爆炎を突き抜け、タロスの背中に体当たりする球基。機杖で殴りつけ後退、そこへルノアが突っ込んでいく。
先の斬撃で損傷した部分へ機槍を突き刺す。そのまま加速し穂先を深く捻じ込んだ後、炸薬を作動させた。
タロスの胸が内側から爆ぜ、吹っ飛ぶ。肩から上がねじ切れたタロスから槍を引き抜くと、残骸は大地へ倒れこんだ。
「詠子‥‥様‥‥。私‥‥貴女の‥‥」
機能停止したビアンカのタロスを一瞥し反転するルノア。球基と共に詠子へと向かう。
一方、ほぼ単機でギルデニアと対決する修司。外山、大和が援護している事もあり、展開は一方的な物だ。
「私の力では‥‥勝てないというのか」
ボロボロに破損した機体の中で歯軋りするギルデニア。しかし、両手で槍を構え直す。
「だとしても‥‥示して見せる! 私の詠子様への想いを!!」
構えた槍が高速回転し、眩い光を周囲に放つ。凄まじい圧力を前に修司は同じく槍を構え立ち向かう。
「お二人は下がっていて下さい」
「受け取れぇえええ――ッ!! これが私の‥‥騎士道だぁああ――ッ!!」
眩い光の螺旋となって突撃するギルデニア。これに修司は真正面から突っ込んでいく。
激突する互いの切っ先。しかし、崩壊を迎えたのはギルデニアの方であった。修司の機槍はギルデニアのランスを砕き、その腕を吹き飛ばす。
「何ぃ!?」
「いくら回転しているとは言え、軸だけは回っておりません。そこに打ち込むだけですよ」
怯むギルデニアを修司は見逃さない。そのまま踏み込み、胸に鋭く剣を突き立てた。
「申し訳御座いません、詠子様。私では‥‥貴女の、孤独を――!」
剣を引き抜くと同時に倒れるタロス。修司は外山、大和と共に直ぐに仲間の元へと向かうのであった。
●友へ
平野に響く剣戟の音。
茜色の空に下に散る火花。
死闘は平然と繰り広げられる。まるで優雅な踊りのように。
草壁詠子というバグアが駆る一機のティターン。それを相手に、傭兵達は傷付き疲弊しつつあった。
徐々に徐々に、詠子は剣の圧を、速を上げていく。その様相は未だに余裕に溢れ、倒れる気配は全くない。
「つ‥‥強い」
汗だくで呟く玲子。わかっていた事だが。それにしても強すぎる。
「どうした。早く私を殺してくれ。そうでなければ君達を全員殺す事になってしまう」
「データは解析してるのに‥‥動きを読んでいる筈なのに‥‥どうして!」
「考えた通りに動けるかどうかは肉体に掛かっている。読まれていると理解したのなら、それを踏んだ上で動けば良い」
「何なのですか、その出鱈目な屁理屈は!?」
叫ぶヨダカ。そう、全く以って滅茶苦茶だ。スキルはきちんと効いているし、動きも読めている。なのに読みきれず、ついていけない。
「これで読めないなら、どうしろって言うのですか! こんな奴相手に‥‥!」
傭兵達の消耗は激しい。KVは傷だらけになり、パイロットも肉体的に疲弊している。死力を尽くしているが、防戦で精一杯だ。と、そこへ分かれていた戦力が合流する。
「待たせたな。皆無事か?」
「ギルデニアとビアンカは撃破しましたのでご安心を」
ルノア、球基、修司、そして外山と大和が合流。これで数は更に傭兵側が圧倒する形になった。
「揃ったか。では私もそろそろ本気で行くとしよう。流石に手を抜いていては、厳しいだろうからね」
縮地スラスターを開き、そして両腕を開くティターン。その背中から二つ、そしてスラスターの合間から二つ。更に腕が展開される。
「隠し腕‥‥」
ぽつりと呟くルノア。その腕全てに剣を持ち、ティターンは佇む。
「――では、往くぞ」
その挙動は文字通りの縮地。一瞬で傭兵達へと飛び込んでくる。速力も剣圧も、先ほどまでとは比べ物にならない。
「照準が追いつかね‥‥うおっ!?」
擦れ違い様に球基を切り裂く。続けルノアに襲い掛かり四方八方から刃を繰り出す。
「うく‥‥っ」
剣でこれを受けるルノアだが、まるで受けきらない。剣を持っていた腕が吹っ飛んだ頃、修司とUNKNOWNの砲撃が飛来する。
ルノアから離れつつ、砲弾を両断しながら舞うティターン。下がりながら射撃を行なっていた外山機に突っ込む。
「ダメです、もっと下がって!」
「くそっ、なんだよあの動き‥‥がああっ!?」
一瞬で両腕と首を刎ね飛ばされた外山機が倒れる。ヨダカは歯軋りし、プラズマライフルを放ちながら指示を出す。
「大和ももっと下がって! その距離じゃ一瞬で詰められるのですよ!」
「うそ、何‥‥え――っ!?」
両断され、上半身がずるりと落ちる大和機。守りに走っていた玲子の片腕も斬り落とし、そのままヨダカに突っ込んで来る。
「やば――ッ」
割り込み攻撃を受けるUNKNOWN。そこへ傭兵達は一斉に遠距離攻撃を仕掛ける。
「少しでも、ダメージを‥‥!」
呟くルノア。UNKNOWNが動きを止めている間、攻撃を命中させる事に成功する。
「効いているのです! 奴も不死身じゃない!」
「草壁――!」
ヨダカの声に背後から詠子へ襲い掛かるレインウォーカー。次々に繰り出される刃を掻い潜り一撃を繰り出す。
「お前の業には程遠いけどねぇ。それでも、越えて見せる!」
防がれた刀を手放し鎌を振るう。その内側に繰り出された刃を爪で防ぎ、至近距離で真雷光破を放つ――が。
詠子はレインウォーカー機の頭に片手をつき、宙返りするように攻撃を回避していた。
「その隠し腕が君の奥の手だとしても‥‥!」
背後を取られたレインウォーカーの隙を埋め襲い掛かる覚羅。無数の触椀を展開し、更にスキルを使用し連続攻撃を仕掛ける。
打ち合う多数の腕の攻防。繰り出される槍を防ぎ、機杭をかわす。覚羅はスラスターライフルで更に攻撃、少しずつ損傷を与えていく。
反撃に動く詠子。ティナはその攻撃に盾を構えて飛び込む。全身に刃を突き立てられながらも槍を繰り出すが、繰り出した腕を斬り落とされた。
「くぅ‥‥っ!」
更に攻撃を続けるレインウォーカーと覚羅。状況は文字通りの死闘。そしてその決着は、どうにもつかなかった。
夕日はとうに沈み、世界に夜が訪れた。
傭兵と詠子の戦いは尚も続いた。恐ろしい力を持つ詠子を前に一人、また一人と傭兵は倒れ‥‥最後まで立っていたのはUNKNOWNと飯島だけ。その二機も損傷は激しい。
この二機以外は全ての機体が戦闘不能に追い込まれていた。そうなるまで戦いは続いた。とうにクライストチャーチでの戦いは終わったのか、戦場には静寂だけがあった。
「草壁‥‥」
大破したKVから飛び降りる玲子。額から流れる血を押えながら歩き出す。
激戦の果て、傭兵達が倒した‥‥否、相打ちに持ち込んだティターン。玲子は刀を手にそこへ向かう。
破損したコックピットをこじ開け、機体と融合した詠子。に刀を突きつける玲子。二人は静かに見つめ合う。
「愉しかったよ。もっと続けたかったが、そろそろお終いのようだ」
深呼吸し、微笑む詠子。そして告げる。
「ありがとう」
玲子は何も言わずに刃を振るった。ありったけの力を込め、首を落とす。それが戦いの決着であった。
自力での帰還は不可能であった為、傭兵達はUPCによる救助を待つ事になった。
その間彼らは倒れた機体から降り、それぞれが平野に佇んでいる。
「これが草壁の狂気の果て、か。確かに見届けたよ‥‥」
溜息混じりに呟く覚羅。レインウォーカーは倒れたティターンを見つめている。
正直、勝ったという気はしない。技術でも策でも、詠子に有効な手段があったとは言えなかった。
だから大人数で囲み、全員で全力で袋叩きにして何とか倒した、というのが現実だ。詠子との実力差は、結局埋まらなかったように思う。
「お前の存在、ボクの心に刻んだ。お前の事を忘れないよ、草壁。忘れられるわけがないさ」
戦っている間は余計な事を考えなかった。彼女は少なくとも、とても愉しそうに見えたから。
「この命が尽きるその時まで戦い続けると決めた。戦いの先にある可能性、それを見てみたいんだ、ボクは。だから‥‥」
座り込み、空を見上げる。心残りはあるけれど。それでも、生きていく。
「私は草壁さんが嫌いでした。単に自分を慕う部下を切り捨てたりした事など‥‥許したくありません」
玲子の隣に立ち呟くティナ。
「ですが‥‥あの自由とも言える生き方には、ちょっとだけ羨ましさはありましたけどね‥‥」
「‥‥ああ。勝手な奴さ、あいつは」
無言でティナの手を取る玲子。ティナは目を瞑り、今は亡き戦士を弔う。
「さよなら‥‥玲子さんのお友達‥‥」
遠くからKVが接近する音が聞こえる。頭上を見上げる傭兵達の中、UNKNOWNは言う。
「それで、グズ達はクビな訳だが」
「うっ! 忘れてた事を‥‥」
「まあ、方法がないわけではないよ。三人ともバニー姿になるのなら助けるが、どうかな?」
「その三人って俺も含まれんのか?」
青ざめる外山。しかし玲子は首を横に振る。
「自分のした事だ、責任は取るさ。これもケジメだからな」
「私も‥‥フラヴィと一緒に、罪を償わないとですから」
玲子に続き苦笑する大和。そんな彼らの頭上をKVが通り抜けていく。
戦いが終わった大地に仰向けに倒れる真紅のティターン。
罅割れた瞳は夜空を見上げ、ただ星の輝きを映し続けていた‥‥。