●リプレイ本文
●目覚め
「機動要塞、か。単なる森林調査が、すげぇ事になってきたな」
森へと足を踏み入れた傭兵達。六堂源治(
ga8154)は彼方此方から聞こえる銃声と爆音に怪訝な表情を浮かべる。
とはいえ、こういう風にいつの間にか騒動に巻き込まれるのは慣れたもので、既にそれについては達観している様子だ。
「少し来なかった間に森が機動要塞になっていた。何を言っているのか自分でもわからない」
遠い目で呟く時枝・悠(
ga8810)。南 十星(
gc1722)は小さく息を吐き、首を横に振る。
「まったく、寝ている子を無理矢理叩き起こすから‥‥」
「‥‥此度の目的はルリララ様の確保。しかしながら、マグ・メルとやらが起動準備を始めたとすると、迎撃システム等も始動しているかもしれません」
実際、緋桜(
gb2184)の言う通り森の雰囲気は以前とは随分違っている。以前は立ち居る者にも穏やかな顔を見せていた森も、今となっては侵入者に対して厳しい顔だけを見せるだろう。
「マグ・メルだかなんだか知らないけど、もう行くとこまで行くっきゃないよ! あたし達でルリララを助けるんだ!」
握り拳で声を上げる月読井草(
gc4439)。その気持ちは少なくともこの場の人間にとっては共通であった。
「敵も味方もない‥‥。救える命は救う、ただそれだけ‥‥」
「ルリルリさんは悪くありません。爆撃で黒こげになっちゃったら、皆悲しいです」
御沙霧 茉静(
gb4448)と雨宮 ひまり(
gc5274)の言葉に頷き、倒れている木の上に飛び上がる井草。
「そうだ、ルリララを死なせない! マグ・メルとかUPCとか、そんな空気は読まない! 猫は自由だからね!」
「私も基本、戦わなくていい時は戦わない主義ですから。相手がバグアでも、共存できるならそうしたいです」
「ルリララはもう俺達の仲間だ。森が変わっても、その事実は変わらないッスよ」
十星と源治の言葉を聞き、木からぴょこんと飛び降りる井草。そうして森の奥を指差す。
「よーし! では、早速出発だー! 時間もないしね!」
「と、その前に‥‥カシェル、例の笛はまだ持ってる?」
「ルリララから貰った奴ですよね。ええ、ここに」
悠の質問に笛を取り出すカシェル。悠はそれを手に取り、自ら吹いて見せた。
「‥‥反応がないな」
続け、何度か笛を鳴らす悠。少しの間待った後、やはり反応がない事を確認してから笛をカシェルに返した。
「ルリルリさん、聞こえてないんでしょうか?」
「聞こえてはいるだろうさ。だから、私達が来てるって伝える事に意味があるんだよ」
ひまりの言葉に歩きながら応じる悠。こうして傭兵達はルリララを探し、マグ・メルへ突入を開始するのであった。
森の中の地形大きく変化し、は既に歩き慣れ始めていた傭兵達にとっても困難な道となっていた。
至る所を行き交う大量のキメラを全て無視する事は出来ず、移動しながら最低限の攻撃で切り抜けていく。
「テスラ。もしルリララを大事に思っているなら、彼女の元へ導いてください」
走りながら森の語りかける十星。しかし返事はなく、森の中に変化も見られない。
「やはり駄目ですか‥‥」
「テスラさん‥‥一度も見た事ありませんけど、悪いバグアさんなんでしょうか」
「おーい、聞こえるかー! テースラー! ルリララどこだよー!」
ぽつりと呟くひまりの隣、ぴょこぴょこしながら井草が叫ぶが、やはり返事は聞こえない。
「こっちの声が聞こえててもおかしくないとは思うけどな‥‥っと」
足を止める悠。傭兵隊の視界の端、多数のキメラに追われ銃を乱射しながら後退しているUPCの小隊が見えた。
「こいつら次から次へとキリがない!」
「で、出口はどっちなんだ! うわあああ!」
頬を掻き、駆け寄る悠。銃を乱射し、一瞬で多数のキメラを横から撃破した。
「は? え、一撃‥‥」
「ねーねー、女の子見なかった?」
リロードしている悠を追い越し兵士に声をかける井草。兵士達は顔を見合わせる。
「見たが、どっちに行ったのかもうわからないんだ。この森の中は無線が使えないし、コンパスもめちゃくちゃで‥‥地形は変化するわあちこちからキメラがくるわで、逃げるだけでも精一杯なんだよ」
「‥‥そのようですね。厄介な事です」
緋桜は周囲を見渡し、木の上に駆け上がる。そうして周囲を見渡し、兵士達の傍に飛び降りた。
「離脱するのならあちらへどうぞ。我々がキメラを対処した後ですので、比較的安全に離脱出来るでしょう」
「あ、ありがとう‥‥そうだ、この先にある塔に気をつけろ」
兵士曰く、この森には二種類の塔があるらしい。
一つは大型で、キメラを吐き出すプラントらしき塔。もう一つは比較的小型だが、先端部分から光線を撃って来る塔である。
「対侵入者用の迎撃装置か」
腕組み思案する源治。兵士達は負傷者に肩を貸しながら歩き出す。
「礼は言わせて貰うが、悪い事は言わない。これ以上先に進まない方がいいぞ‥‥じゃあな」
兵士達と別れた一行は更に森の奥へと進む。傭兵達があたりをつけているのは、森の中にある遺跡だ。
「この先に迎撃塔がありました。如何致しますか?」
「とりあえず、ぶっ壊しておくかね」
緋桜の言葉に剣を抜き、木々の合間を抜け開けた場所に出る源治。そこには青い鉱石で作られた塔があった。
降り注ぐ光の矢を掻い潜り、塔に一撃叩き込む源治。すると塔は根元から真っ二つに折れ、森の中に倒れこんだ。
「‥‥さ、流石ですね」
苦笑するカシェル。しかしこの装置を放置しておけば、UPCの被害が広がるのも事実だ。
「さっきの様子だと、UPCも離脱には時間が掛かりそうですが‥‥もし定刻通りに爆撃が行なわれるとすると、UPCにも被害が出るかもしれません」
「滅茶苦茶だな。頭の悪い指揮官を上に持つと現場は大変だ」
「そんな事はないと信じたいですが‥‥迎撃塔はなるべく破壊して行きましょう。幸い、手間なく壊せる人が揃ってますから」
肩を竦める悠。こうして傭兵達は迎撃塔を破壊しつつ、UPCを手助けしつつ、キメラを倒しつつ、しかし足を止めずに森を駆け抜けるのであった。
●イノセンス
「ルリルリさん!」
遺跡へと辿り着いた傭兵達が見たのは一人でそこに佇むルリララの姿であった。
泉に半ば浸水した遺跡を傭兵達は水面を揺らしながら駆け寄っていく。
「ルリララさん‥‥無事で良かった」
「怪我をなさってはいるようですが、深手を負ってはいないようですね」
「ルリララ、心配したんだぞー!」
茉静と緋桜の間を通り抜けルリララに飛びつく井草。遅れ、ひまりがそんな二人の傍に立つ。
「やっぱりここに居たんですね」
「み、皆‥‥どうして?」
「仲間を助けに来るのに、理由が必要ッスか?」
源治の笑顔に頷く傭兵達。ルリララは目尻に溜まった涙を拭い、はにかむように笑った。
「ありがとう、皆‥‥迷惑かけてごめんね」
「いいんですよ。それより此処に残ったら危険です。また爆撃が始まるんです」
ルリララの手を取るひまり。ルリララはそれに対し困った表情を浮かべていた。その時‥‥。
『――そなた達が、この森に災いを齎した者達であるな』
どこからか声が聞こえた。今まで聞いた事のない女の声だ。
「テスラ、か? やっぱりこっちの声は聞こえてたんだな」
『如何にも。そなた達がこれまでこの森の中でしてきた事、その一部始終を知っている』
悠の問い掛けに応じるテスラ。それから静かに語り始めた。
『そなた達が、他の人間より多少善良であるという事は知っている。だが‥‥やはりそなた達はこの森に来るべきではなかったのだ』
「テスラさんは何をしようとしているんですか? マグ・メルって、何なんですか?」
『マグ・メルとは‥‥私の世界。私が愛するこの星の命を守る為の箱庭』
「ルリララのような命を生み出す場所か?」
『そう、命を育み、守り、記録する為の場所。私はこの星にやってきてからずっと、世界中の自然を採取し、それを箱庭の中に再現し続けてきた』
――この星は、本当に美しい。掛け値なしに守るべきだと思った。
だから、守り続けられる場所を作った。この星の持つ命の美しさを、人間もバグアも理解していない。
テスラに言わせればどちらも同じ、五十歩百歩。結局自分達の勝手な都合で星を壊していく。
この戦争でどれだけこの星が疲弊しているのかなんて考えもしない。否‥‥それはバグアであるテスラにとってもそのはずであった。だが。
『数多の星を渡り地球へ辿り着いた時、私は純粋にこの星を欲しいと、守りたいと思った。バグアでありながら、バグアにはもったいないと。しかし‥‥人間、それはそなた達にも言える事だ』
もう、この森は終わりだ。爆撃を受け、戦場となり、本来あるべき姿からはかけ離れてしまった。それはテスラの望む所ではない。
『人の子よ。何故争いを望む? 何故争いを運ぶ? 何故、そなた達の業に無関係な者まで焼き尽くし行くのか? この星は本来罪を持たぬ。それをそなた達が穢すというのであれば、我は最早それを看過する事は出来ぬ』
「確かに、人間ってしょーもないと思うよ。結局森焼いちゃったし、同じ人間同士でだって全然分かり合えない。人間に愛想尽かしたってんなら、それはしょーがないけどさ‥‥」
握り締めた拳を放し、腕を振るう井草。そうして空に叫ぶ。
「だからって、ルリララのことを放ったらかしにするなよ。産んだら産み捨てみたいにするなよ。この森は! ルリララは! 何のために在ったんだ!? あの娘は何のために戦ってきたんだ!」
『その意味を決められるのは、ルリララしかいないのではないか?』
きょとんとする井草。テスラは優しく、しかし厳しい声で語る。
『ルリララは、この森の傍に捨てられた人の子であった。我は彼女を拾い、そして育てた。この森の中で一人で生き抜けるだけの力を与えた。そこから先は、ルリララの物だ』
人と人とがわかりあえるのか。人が自然を愛する事が出来るのか。テスラはルリララを使って試したのだ。
そして人は結果を出した。森の者とルリララはわかりあった。そして傭兵達とルリララもまた、わかりあう事が出来たのだ。
『だがな、人間。そなた達は希少例に過ぎぬ。人類全体を見渡せば答えは明白だ。やはり、番狂わせは起きなかったのだよ』
結局、人もバグアもこの森を愛する事はなかった。己の欲と恐怖に負けて、あっさりと火を放つ。
『ルリララ。そなたはもう自由に生きるが良い。我の世界はもう、直に終わる』
「テスラ‥‥そんな! ボクはどうしたらいいの!?」
『子はその足で歩き出した時、広大な大地に放たれる。親はいつまでもそれを守りはしない。そなたも人ならば。その足で歩き、その瞳で見つめ、世界を感じ、生きるべき道を探せ』
それっきりテスラの声は聞こえなくなった。ルリララはその場に崩れ落ち、肩を震わせる。
「わかんないよ‥‥だってボクには、この森しか‥‥」
「だったら、いっその事ここで死んでおくってのはどうだい?」
声に振り返る傭兵達。森の中から姿を現したのは大斧を担いだレイディ・ボーンである。
「レイディさん‥‥」
「話は大体聞かせて貰ったよ。もうその子はテスラとは関係ないみたいだし、生かしておいても意味がなさそうだ」
ゆっくりと歩み寄るレイディに対し、茉静はルリララを庇うように立ち塞がる。
「話を聞いていたのなら、わかるでしょう‥‥? ルリララさんは今まで誰も殺めていませんし、人ともバグアとも戦いたくないと言っています‥‥危険はないんです」
「いいや、危険はあるね。親に見捨てられたその子がこれからどう動くかなんて神様でもなきゃわかりゃしないさ。何かあってからじゃ遅いんだよ」
「罪なき命を奪うというのですか‥‥? 互いに分かり合う事こそ、未来へと進む道標だと、私は信じています‥‥」
「そいつは不可能だよ。テスラって奴の言う通りさ。人間がわかりあう事なんて永遠にないし、人は己のエゴで何でもぶち壊す。人間ってのはね、そんなに上等じゃないんだ」
紫煙を吐き出し、両目を瞑るレイディ。それから悲しげに語る。
「その子を生かしておけば、問題が起こるかもしれない。誰かが死ぬかもしれない。そんな恐怖に私は耐えられないのさ」
「でも‥‥そうはならない可能性もあります。ルリララさんは、私達を仲間だと思っている」
「仲間同士の裏切り殺し合いなんて幾らでも見てきた。『可能性』? 『かもしれない』? そんな安っぽい博打を打って、どこかの誰かが死ぬ『かもしれない』可能性はどうする?」
「ルリルリさんは悪くありません。一方的にそういうのは良くないと思います!」
レイディを指差すひまり。しかし女は静かに笑う。
「悪いか悪くないかじゃないんだよ、お嬢さん。怖いか怖くないか‥‥それが戦争ってもんだ。それにルリララはテスラの部下だ。事が大きくなれば、その存在をUPCも無視出来なくなる。当然、ルリララと関わってるあんた達にも追求は及ぶだろうね」
びくりと背中を振るわせるルリララ。恐る恐る振り返る彼女にレイディは言った。
「あんたが生きてるって事が仲間を苦しめるんだ。仲間を本当に大切に思うのなら分を弁えな。バケモノは所詮、バケモノなんだよ」
「‥‥レイディさん、それ以上は!」
茉静の怒号が響く。ルリララは頭を抱えながら立ち上がり、泣きながら走り去って行った。
「ルリルリさん!」
「いけません‥‥追いかけなくては」
声をあげるひまり。続き、十星が走り出す。ルリララを追いかける傭兵達だが、二人だけこの場に残る者が居た。
「‥‥あんた達は追わないのかい?」
立ち塞がる源治と茉静。前回と同じ顔合わせで向き合う三人。
「まだ、名乗ってなかったな。俺は六堂源治。宜しくな」
「次はないと言った筈だよ?」
「‥‥退く気はないのか? ルリララを見逃してくれれば、俺達はそれで良いんだ」
「愚問だね。あの子に罪がないのは私でもわかる。だけどね、人はそれでもあの子を畏れる。ここで殺してやるのが情けってもんだろう」
「レイディさん、あなたはどうして‥‥」
目を瞑り笑うレイディ。それから頭上で斧を回し、鋭く振り下ろして構えた。
「殺す気で行く。そっちも全力で来な」
躊躇いを消すように目を瞑る茉静。そうして刃を抜き、構えた。
「憎しみではなく、レイディさん‥‥あなたとわかりあう為に。私の信念をお見せします!」
もう戦いは避けられない。源治も刃を抜き、レイディを睨み付ける。
「そうかい。なら見せてご覧よ‥‥あんたの想いを!」
「御沙霧 茉静、参る――!」
「ルリララ、待てー!」
ルリララを追う傭兵達。井草はさっきから何度も声をかけているが、ルリララは止まらない。
「脱出まで時間がありません。このままでは‥‥」
焦りを募らせる緋桜。ルリララはこの中では最も足が早く、強引に止めようにも誰も追いつけないのだ。と、その時。
「見つけたぞ。テスラの強化人間だ」
ルリララの前方に立ち塞がるバルガガンとジライヤ。思わずルリララも足を止めた。
「今それどころじゃないんだけどなー‥‥でもナイス!」
ルリララを確保する井草とひまり。すかさず二人を飛び越え、悠が頭上から二体のバグアへ襲い掛かる。
「こいつらの相手はしてやる。今の内にルリララを」
「またユー達デースか。いい加減邪魔はやめて欲しいデース」
「今日はこのままやり合って貰うよ。なに、そんな暇が無いってのはお互い様だ」
仲間がバグアの足止めをする間、井草とひまりは左右からルリララを捕獲する。
「は、放して! あの人の言う通り、ボクはここに居ない方がいいんだ!」
「ここで死のうなんて思ったらダメだよ! あんたを待ってる人が居る、あんたにはまだ帰る場所があるんだ!」
「難しい事情とか良く分からないけどルリルリさんを放っておけません。折角お友達になったのに、死んじゃったら悲しいです」
俯くルリララ。その頬を十星が平手で叩いた。
「貴女が死んだら悲しむ人がどれだけいると思っているのですか」
「でも‥‥だって、ばっちゃん達にだって、迷惑が‥‥」
「グラティスは助かる道があると言ってた。死ぬ前に出来る事は試しておいて損はないだろ?」
井草の言葉に頷く十星。そして屈んでルリララの肩を叩く。
「私に考えがあります。最後まで諦めず、足掻いてみませんか?」
三人が説得している間、強力な二体のバグアを悠、緋桜、カシェルの三人が相手をしている。
「お前達に用はないんだがな」
「私達も用はありませんが、ここで邪魔をされる訳には参りません」
銃を連射しバルガガンの注意を引く緋桜。巨体を揺らし、バグアは火器を展開する。
「お前達には前回酷い目にあったからな。その仕返しをするのも悪くはない」
機関銃を放つバルガガン。緋桜は刀を構え猛攻に耐える。悠はその間に銃を放ちながら接近を試みるが、真上からジライヤの攻撃を受けた。
反撃は空を斬る。飛び退きながら引き金を引く悠だが、ジライヤはそれを容易く掻い潜ってくる。
「速さがたりまセーン! チェストッ!」
光の刃を太刀で受け止める悠。今の所良く凌いでいるが、やはりこの二体相手に三人では手が足りない。
「どうした。やられっぱなしか」
ロケット弾を放つバルガガン。カシェルは緋桜の前で盾を構えるが、二人纏めて吹き飛ばされてしまう。
「やっぱり強い‥‥このままじゃ」
口元の血を拭うカシェル。その時、背後から無数の矢がバルガガンとジライヤに襲い掛かった。
「お待たせしました」
「もう邪魔はさせません。こちらも全力で戦います!」
弓を構える十星とひまり。そこにはルリララも混ざっている。
「ルリララ様‥‥宜しいのですね?」
「‥‥うん。先の事はわかんないし、怖いけど‥‥自分の事なんか信じられないけど‥‥でも、ここまで来てくれた皆の事は信じられる。だから戦うよ、君達の為に!」
すかさず井草が傷付いた仲間達に練成治療を施す。持ち直した傭兵達は立ち上がり、得物を構え直した。
「形勢逆転で御座います」
刀を突きつける緋桜。バルガガンは苛立った様子だ。
「ルリララ‥‥バグアを裏切ったか」
「ボクは何も裏切ってなんかいない。ボクはボクだ! もう自分の足で歩いていく! 皆がボクを信じてくれる限り!」
「バグアは裏切りを決して許さない。処刑人として、お前を始末する」
機関銃を連射するバルガガン。その銃弾からカシェルが後衛を守り、ひまりと十星が矢を放つ。続け井草と緋桜が前へ。
「なんとぉー!」
「疾くとあの世へご案内申し上げます」
ソニックブームを放つ井草。更に緋桜が斬撃を加えるが、バルガガンは倒れない。
火力の要である悠はジライヤの猛攻を凌ぐので手一杯で、バルガガンまで注意を向けられずにいた。そこへルリララが飛び掛り、ダガーでジライヤを弾き返す。
「こいつはボクが足止めしとくよ!」
「やれるのか?」
「この森の中ならね!」
木々の間を跳び回り、無茶な姿勢から自在に刃を繰り出すルリララ。ジライヤの超高速機動を相手にも引けを取っていない。
「チイッ、裏切り者が!」
「森育ちを舐めんなよー!」
悠はルリララに敵を預けバルガガンへ。刃を手に一気に駆け寄る。
「得るモノが少なくてね。その首の一つくらいは獲らせて貰う」
近づく悠に巨大な拳を振り下ろすバルガガン。その一撃をカシェルが受け止め、逆にバルガガンを弾き返し体勢を崩す。
ひまりと十星は再び矢を連射しバルガガンを攻撃。続け、よろけたバルガガンを井草と緋桜が斬りつけ、最後に悠が飛び込む。
光を帯びた太刀を振り下ろす悠。その瞬間、無数の斬撃の軌跡が奔りバルガガンの身体を引き裂いた。
「な、にぃ‥‥!? この俺の、鋼鉄の身体が‥‥!?」
「覚えときな。これが本物のゴリ押しって奴だ」
振り返り刃を収める悠。その背後でバルガガンが爆発し、悠は思い出したように呟く。
「あ。死ぬ奴に言っても無意味か」
「バルガガン‥‥マジですかー! 修理箇所があったとはいえ、こんなアッサリ!」
回転しながら跳躍し木の上に乗るジライヤ。と、その時。森の上空をKV隊が飛んで行くのが目に付いた。
「あれは、爆撃機? 予定時刻よりも早いですね」
時間を確認する緋桜。傭兵達は慌てて撤退を始める。
「何か嫌な予感。拙者も撤収デース!」
一方、レイディと刃を交える源治と茉静。レイディはやはり強く、その戦闘力は生半可なバグアより上だ。
「しっかし、色んな相手と戦ったが‥‥ここに来て人間相手とはな。何とも、皮肉なもんだ」
「この戦争はもう終わる。そうなれば人間同士が争う時代が来るかもしれない」
互いの得物を激突させる源治とレイディ。悠長に話しながらも、激しい金属音が鳴り響く。
「私はそれだけは避けたいのさ。だから後の時代の為に、人々の争いの種は刈れるだけ刈っておく!」
巨大な斧を巧みに操り源治と打ち合うレイディ。源治は眉を潜めながらその猛攻についていく。
「だから殺すのか。バグアに少しでも関係のある者を」
「平和な世界が訪れた時、人々が怖がるのは何だと思う? バグアの関係者、そして‥‥私達能力者さ!」
強烈な一撃で弾き飛ばされる源治。構え直しながら見たレイディの瞳は静かな情熱に燃えていた。
「だからこそ、私達能力者は人類の味方で在り続けなければならない! 正義で在り続けなくてはならない! 私達がバグアを倒す、その構図をブラしちまったら、誰が安心して生きていけるんだい!」
「では、あなたもルリララさんが憎いからではなく‥‥?」
「誰かがやらなきゃいけない事なんだ。だったら大人がやるのが筋ってもんだろう!?」
悲しげにレイディを見つめる茉静。レイディもまた、信念を持って戦っているのがわかる。だからこそ‥‥。
「わかって欲しい。人と人とはわかりあえると‥‥それだけの力が、人にはあるのだと!」
一気に駆け寄る茉静。素早く刃を叩き付けるが、レイディは難なくそれを斧で受け止める。
その一瞬で空いていた手に短剣を取り出す茉静。すかさずレイディの利き腕を鋭く斬りつけた。
「ちっ、癪な真似をするじゃないか!」
茉静を蹴り飛ばすレイディ。そこに入れ替わり、源治が飛び込み刃を繰り出す。
激しく衝突する刃と刃。轟音と衝撃が大気を打ち振るわせる中、源治が取り出したのは銃であった。
「――俺にコイツを抜かせたのは、手前が初めてだ」
ケルベロスから放たれた三つの銃弾が斧の持ち手に命中。眩い光を放つと同時にレイディの手から得物を遥か上空に吹き飛ばした。
しっかりと握って居たつもりだったが、源治の攻撃は重くレイディを疲労させ、茉静の傷もありこのような結果を迎えたのである。
「くっ、私もヤキが回ったもんだねぇ‥‥」
「能力者はSES搭載武器がないと力を発揮出来ない‥‥そうッスよね?」
無言で俯くレイディ。そこへ茉静は歩み寄り、救急セットを使いレイディの手首の傷を手当てした。
呆れた様子で溜息を零し、それから笑うレイディ。そうして茉静の髪を撫でる。
「私の負けだ。そら、とっとと行っちまいな」
「レイディさん‥‥」
「今日は何も見なかった事にしてやる。負けたんだから言い訳はしないよ。やれるだけ‥‥やってみな」
レイディに頭を下げ立ち去る茉静。源治は二人の様子にほっとしたような笑顔を浮かべ、茉静の後を追った。
「っとに‥‥ヤキが回ったねぇ‥‥ふふふ」
一人煙草に火をつけるレイディ。そうして斧を拾いに歩き出すのであった。
●共に生きる
「何とか、脱出出来ましたね。皆様、ご無事でしょうか?」
「ああ。不思議な事に生きてる」
森から全力疾走で脱出した傭兵達。緋桜の声に黒コゲになった悠が無表情に頷いた。
「あの爆撃やばかったなー。悠とカシェルが吹っ飛んだだけで済んで良かったよ」
「良くないよ‥‥死を覚悟したよ」
井草の言葉に同じく黒コゲになったカシェルが呟く。何発か直撃しそうになったが、まあ、当たり所が良かった。
「レイディさんは無事でしょうか‥‥」
「あいつも相当タフだったし、ちょっとやそっとじゃ大丈夫ッスよ」
途中で合流した源治と茉静も無事だ。レイディはわからないが、今は信じるしかない。
「皆さん、お待たせしました」
そこへ木陰から出てくる十星。背後にいるのはルリララだが、カンパネラの服装がジャージになっている。制服もあったが、ルリララが自分で着られずジャージになった。
「ルリララさんは、今の戦いで死んだ事にしましょう。少なくともUPCの追求は逃れられる筈です」
「レイディさんは、やれるだけやってみろと言ってくれました。彼女の方は‥‥大丈夫だと思います」
十星の言葉に続き説明する茉静。ルリララはそれに頷いた。
「暫く森の人とは会えなくなりますが、我慢出来ますね?」
「うん。皆に迷惑をかけない為だもんね。胸を張って会いにいけるようになるまでボク、頑張るよ!」
「後々の受け入れ先にも心当たりがありますから、話をつけておきますよ」
ルリララの肩を叩く十星。カシェルは顔を拭きながら笑顔を浮かべる。
「後はグラティスさんに相談して、ですね」
「オバちゃんが駄目でもあたしは諦めないよ。ルリララを助けるって決めたんだからね!」
「私達にも、カー君のおせっかいが移ったのかもしれないね」
笑顔を浮かべる井草とひまり。と、そこへグラティスが駆け寄ってくる。
「皆無事だったのね!」
「グラティスさん! ここはまだ危険ですよ!?」
慌てるカシェル。グラティスはお構いなしに傭兵達と合流し、ルリララを見つけると笑顔を浮かべた。
「よかった。貴方達ならきっとやってくれると思ってた。この子については、私に任せて。絶対に悪いようにはしないから」
「頼むよオバちゃん、ルリララを人間にしてやってくれー!」
ぴょこぴょこ跳ねる井草。無事に目的を達成し安堵したのも束の間、悠の一言で場が凍りついた。
「なあ‥‥私の気のせいならいいんだけどさ。この森‥‥浮いてないか?」
一斉に振り返る一同。そこにはゆっくりと浮き上がり、大地から離れつつあるマグ・メルの姿があった。
「これは‥‥飛行、ですね」
「まさかこれ、そのまま飛ぶんスか!?」
呆れた様子の緋桜。流石の源治も驚いた様子でマグ・メルを見上げている。
その挙動は非常に緩慢だが、確実に空を目指して動き出している。傭兵達は落下してくる岩や土砂から逃れ、慌ててその場を後にした。
「そんな‥‥これが、マグ・メル‥‥なのか?」
遠くまで距離を取った傭兵達。高台から眺めるその要塞の姿にカシェルが呆然と呟く。
「‥‥ボク、やっぱり人間になるのはもうちょっと後にするよ」
ルリララはそれを見つめ、決意を湛えた瞳で言う。
「テスラに会いにいかなきゃ。そして伝えるんだ。人間は‥‥そんなに悪いもんじゃないよ、って」
真の姿を現したマグ・メルを背に傭兵達は帰還を果たす。
最後の戦いは、目前にまで迫りつつあった。