タイトル:グッバイ・イエスタデイマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/31 06:15

●オープニング本文


「うむ。単刀直入に言うと‥‥正直、私だけではこのシステムは解析出来そうにない!」
 白衣をばさりとはためかせ、ポーズを決めるミドラーシュ。イリスは無言で振り返り、なにやら棒のような物をミドラーシュに突き出した。
「うぉう!? ま、待て小さいの! 何を繰り出している!?」
「これは、半田ごてというものです」
「知っている! そうではなくてなぜそれを‥‥!?」
「半田付けしようと思って」
 ビフレストコーポレーションビルに響き渡る男の悲鳴。ジンクス開発研究室では額を抑えたミドラーシュが蹲っていた。
「それで、どういう事なんですか?」
「はい‥‥。あの‥‥このJXシステムというのが私の所にあったのはもう大分前で‥‥知らない間に、凄く進化していたというか‥‥」
「それで?」
「つまり、私一人ではJXシステムの解析は不可能というか‥‥のぉおおおおうッ!?」
 頭部に半田ごてを突き刺し舌打ちするイリス。のた打ち回るミドラーシュを羽村が青ざめた顔で見ている。
「あ、あれはいいのかい?」
「バグアにはフォースフィールドというものがあり、ダメージを大幅にカットしてくれるそうです。後はわかりますね?」
「いやそうなんだろうけど‥‥」
「あっ、あんまりだ!! 折角協力するという事で、危険を冒してここまで来たというのに! 貴様、それでも人間かー!?」
 涙目で抗議するミドラーシュ。イリスは額に手を当て、生ゴミを見るような目で男を見ていた。
 先の邂逅で互いの利害の一致から一時的に手を組む事になった二人。ミドラーシュはイリスの権限で新たに研究室に加えられたスタッフという事で研究に参加していた。
 無論様々な問題は全て後回しにしているだけで解決したわけではない。ミドラーシュは一見すれば人間だが中身は完全にバグアなので、それがバレれば問題にもなるだろう。
 しかしそれでもJXシステムの根幹に関わったバグアの知識は得がたい。イリスはそう考えてこの男を受け入れたのだが‥‥。
「役に立たないのであれば貴方の存在意義なんてありませんよ。出ていって下さい」
「ま、待て落ち着け! 私一人では無理だと言っている!」
「どういう意味です?」
「このJXシステムというのはな。元々は確かにバグアの物だが、人間的な技術がふんだんに使われているのだ」
 イリスにとってバグアの知識がちんぷんかんぷんであるように、ミドラーシュにとって人間の技術は謎である。
 JXの厄介な所は、この二つの技術が複雑に絡み合っているという事だ。そうでなければイリスだってここまで苦戦はしない。
「このシステムを構築した六車という男は間違いなく天才であるな。バグアの技術をここまで自分の物にするとは」
「当然です! 姉さんのお父様なのですから!」
「ん、んん? えー、あー、まあなんだ。この六車という男は死んでいるのだろう? 六車が生きていれば話が簡単なのだがな」
 が、六車はとっくに死んでいる。六車の血と技術を継承したアヤメさえも、既にこの世には存在しないのだ。
 悩むイリスとミドラーシュ。そんな二人を見かねた様に羽村が手を上げる。
「あのー。一人だけ、六車と同じ研究をしていた‥‥つまり、恐らくJXの基礎的な部分を共有している人に心当たりがあるんだけど」
「本当ですか!? 羽村、地味なくせに意外と顔が広いんですね! それで、その人物というのは‥‥?」
 笑顔で食いつくイリス。羽村はそれに複雑な様子で応えた。
「別に顔は広くないよ。だってその人は‥‥イリス君、君のお父さんなんだからね」
 あからさまに嫌そうな顔をするイリス。羽村は苦笑を浮かべる。
「やっぱりお父さんは苦手なんだね」
「苦手というか‥‥なんというか‥‥」
 彼女が父と顔を合わせたのは、フィロソフィアとの最後の戦いの少し後だ。
 戦場がイリスの実家だった為、色々な事後処理の為に顔を合わせ説明する機会が設けられたのだ。
「あの人は私に興味が無いんです。自分の研究が全てという、典型的な科学者ですから」
「じゃあ、君のお母さんは? 六車博士とカレーニイ博士が取り合った二人の親友なんだけど‥‥」
「ちょっと待って下さい、勝手に私の知らない両親の過去を暴露しないでくれませんか!? 心の準備がっ!」
 耳を塞ぐイリス。それから羽村は自分の立場をイリスに告白した。
 実はカレーニイ博士とは繋がりがあり、イリスの監視も兼ねていた事。それからカレーニイと六車、二人の研究室に過去所属していた事などだ。
「そんな事だろうと思っていたので驚きはしませんが」
「それは助かる。で、折角だからお父さんに協力を求めてみないかい?」
「いえ、私は‥‥」
「カレーニイ博士は君が思ってるほど冷血な人間じゃないと思うけどなぁ」
 しかしイリスはそっぽ向いたままだ。こういう時だけは歳相応の少女に見える。
「ふむ。では私がそのカレーニイという男に会って来よう」
「えっ」
「それで、JXシステムへの協力をとりつけてくる。それでどうだ?」
「いやいや、それは問題が‥‥」
「貴重な人間に危害は加えんし、必要なら身分も偽る。それでどうかね?」
 思い悩むイリス。そんな時、研究室に入ってくる影が一つ。
「‥‥ズルフィカール」
 黒いコートを着込んだズルフィカール。メカメカしいデザインを隠す為にこういう服でしか外出出来なかったりする。
「小さいのにはズルフィカールの教育を任せたい。私が帰って来るまでに、そちらも成果を上げるのが筋だろう?」
「それは、そうですが‥‥むむむ」
 汗だくになって考えるイリス。そうしてやがて観念したのか、深々と溜息を漏らして頷いた。
「わかりました。但し、貴方の監視には能力者をつけます。それと、絶対に人間に危害は加えない事」
「ああ、承知したよ」
「羽村も一緒に行って下さい。ミドラーシュだけでは何が起こるかわかりませんし、案内が必要です」
 こうして男二人に指示を出し、ズルフィカールと向き合うイリス。その瞳は複雑な色に満ちていた。
 自分自身の行いの迷いを突きつけるように、ズルフィカールはあまりにもアンサーに似すぎている。
「でも、違う。この子はアンサーを元にしているけれど‥‥アンサーではない」
 人とまるで相違ないと言えるほどに進化したアンサー。その失われた魂を取り戻す為に全てを賭けてきた。だが‥‥。
「‥‥いえ、悩んでも仕方の無い事でしたね」
 ズルフィカールの頬を撫でるイリス。慌てすぎず、急ぎすぎず。折角のこの時を有効に利用しよう。
 自分の過去と未来を見つめ直すチャンス。そう思えば、この数奇な状況もそう悪くはないのだから‥‥。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

「ここがカレーニイ博士がいる大学だ」
 羽村に案内されレイズ・カレーニイに会いに来た傭兵達とミドラーシュ。彼らは大学の敷地に入りながら周囲を眺める。
「こちらにレイズ博士がいらっしゃるんですか?」
「ああ。彼は大学教授でね。尤も、今となっては他の分野が本業みたいになってるけど」
 望月 美汐(gb6693)の言葉に頷く羽村。今日はここにあるレイズの部屋で会う約束になっている。
「カレーニイ博士か。うまく力を借りる事が出来るのやら」
「今日は不安要素もついてきてるしな」
 神撫(gb0167)とレベッカ・マーエン(gb4204)が同時に目を向けた先、ミドラーシュが興味深そうに彼方此方を見回している。
「あんまり俺達から離れるなよ。俺が完全武装でついてきた意味をわからないわけではないよな?」
「これくらい良いではないか。前々から学校という所には興味があったのだ。何も悪さはせんよ」
「ただでさえこっち側はピリピリしている時期なんだ。些細なことでもバレる可能性があるからやめとけ」
 不満げな様子のミドラーシュ。一見すると人間と変わりないように見える彼だが、その実はバグアそのものである。
 神撫に引っ張り戻されて歩くミドラーシュ。その隣を美汐が並行する。
「かわいそうですけど、我慢してくださいね? 何が起こるかわかりませんし、これは旦那様を守る為でもあるんですから」
「ううむ‥‥君が言うなら仕方ないな」
 今回もメイド服の美汐。ミドラーシュはやけに彼女のいう事は素直に聞くようだ。
「どこか行かない様にお手手を繋いで行きましょうねー?」
「はぁーい!」
「‥‥中身がどうしようもない奴で助かったのダー」
 二人のやり取りを聞きながら呟くレベッカ。そうして一行はレイズの部屋に通されたのだが、まだ博士は来ていないとの事であった。
「羽村さん、待っている間に聞きたい事があるんだけど」
 やたら几帳面に整理整頓された部屋で待つ間、神撫は羽村に話を聞く事にした。内容はレイズ博士や六車博士の過去についてだ。
「二人は元々共同研究をしていたんだったね?」
「ああ。二人は実は‥‥ロボットについて研究していたんだよ」
「ロボット?」
「アンドロイドと言えばわかりやすいかな。要するに人型のロボットさ。二人は同じSF小説が好きで、学生の頃意気投合。そして二人とも馬鹿正直に、ロボットを自分の手で完成させると言い出した」
 しかし当時は突飛な話であった。故に二人はまずそれぞれの分野で成功し、その後手を組む約束をした。
 レイズはハード面を。六車はソフト面を。それぞれロボットの為という部分を隠し、別の用途の為として研究を進めていった。
「転機が訪れたのはバグアが現れてからだ。レイズ博士の研究は、兵器開発に転用できる部分が多かった。一方、六車博士の研究は‥‥まあ、金にならなかったんだね」
 ここで成功者としての二人に格差が生まれた。更に、まずは二人の夢の為にも兵器を作って金を溜めるべきだというレイズと、兵器開発に反対した六車で対立が発生。二人は袂を分かつ事になった。
「でもまあ、レイズ博士は六車博士を親友だと思っていた。だから六車博士が親バグアとして殺された後、迷わずアヤメさんを引き取ったんだね」
 その話は大筋だけならば傭兵達も知っていた。記憶の中に残る懐かしい名前に、どこか湿っぽい空気になってしまう。
「‥‥それで? 羽村さんはどうして博士を『イリスが思っているのと違う』と思うんだ?」
「そりゃ、僕を監視につかせたり、以前研究室に押しかけた事もあったろ? 本当は一人娘が心配で仕方ないんだよ」
 苦笑し肩を竦める羽村。そうして壁に背を預ける。
「研究よりも家名が大事って人だけど、あの時は周囲の反対を押し切ってアヤメさんを養子にしたんだ。実は結構熱い人だと思うよ」
「ふむ。その話だけ聞いていると好感が持てる人物のようだな」
「そういうお前はどうしてついてきたんだ?」
 どや顔のミドラーシュに問う神撫。男は愚問だといわんばかりに。
「無論、研究の為である」
「お前、人間をどう思ってるんだ?」
「難しい質問であるなぁ。ううむ‥‥私は‥‥」
 と、そこで扉が開きスーツ姿のレイズ博士が入ってくる。顔立ちは整っているが、どこか冷淡な色合いの瞳や佇まいはイリスの父親らしい。
「待たせたようだな。時間がないのでな、手短に聞こう」



「ふさふさーっ♪ これが『ふさふさ』だよっ!」
 一方、こちらはビフレストコーポから近いショッピングモールの手前。イリスと傭兵達はズルフィカールの教育にやってきていた。
 橘川 海(gb4179)はけもみみ付きパーカーをズルフィカールに着せ、ついでに尻尾までつけている。
「‥‥こういうものだと言われれば納得してしまいそうです。美汐もメイド服で普通に出てったし」
「えーと‥‥まあ、似合ってますよね?」
 冷や汗を流すイリス。和泉 恭也(gc3978)は苦笑を浮かべながら様子を見守る。
「この状況‥‥どうするべきか」
 腕組み思案するヘイル(gc4085)。イリスは両手を挙げお任せしますのポーズだ。
「うーん‥‥とりあえず、呼びづらいのでフィルさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「いや、あだ名はフィーだ。前回それで本人も良さそうだったからな」
「私も愛称はフィーがいいと思いますっ」
「そうですか? えーと、貴方はどちらが良いですか?」
 三人同時にズルフィカールを見る。しかし返事はいつまで経っても返ってこない。
「‥‥イリス、フィーは喋れるんだよな?」
「え、ええ。その筈ですが‥‥」
 ひそひそと話すヘイルとイリス。しかし今日、彼女が言葉を発している場面に一度も遭遇していない。
「いつもお出かけしているみたいですが‥‥街では何を見ているんですか?」
 めげずに話しかける恭也だがやはり返事はない。ただ棒立ちしているだけだ。
「急に喋れーって言われてもわからないのかもしれませんよ? 赤ちゃんってそういうものじゃないですか」
「赤ちゃんですか?」
「赤ちゃんは私達の行動を見て、言葉を聞いて、それをずっと蓄積しているんです。そしてある日突然、堰を切ったようにしゃべりだすんですよっ」
 ズルフィカールの頭をぽふぽふする海。イリスはその言葉に考え込む。
「そうかもしれませんね。では、色々試してみましょうか」
「イリスちゃんもやるんですよ? ここでは『育ての親』ですからねっ!」
 イリスの頭もぽふぽふする海。恭也はズルフィカールに近づき声をかける。
「何か気になる物はありませんか? 何でもいいんですよ、気になった事なら何でも」
 しかしやはり反応はない。心という概念で比較すると、アンサーの方が何倍も優れているようだ。
「あの変態はツンデレメイドが大好物のようだったな。とりあえずツンデレにしてみるか? こんな事もあろうかと、昔のイリスの依頼の報告書も持って来た」
「‥‥どういう意味ですか?」
 ジト目でヘイルを見るイリス。そんなこんなで、とりあえず一行はその辺をぶらぶらしてみる事になった。
「行くよ、フィー! バランサーは最大で起動しておいてねっ!」
 ズルフィカールの手を引き歩く海。そうして店先に並んだ色々な物を実際に手に取り教えていく。
「うふふ、これはかなり弱く――優しく触らないと、壊れちゃいますからねっ」
 雑貨屋でマグカップを見る二人。その様子に恭也は呟く。
「フィー、こうして見ると人間と何も変わりませんね」
「非常に大人しく、余計な事もしないから失敗もしません。それに人間らしい力加減というか、程度を弁えているようです。かなり高性能ですね」
「あ、折角こういう所に来たんですし、新しい服を買って行きましょうか。ところでイリスさんは、服はどうしてるんですか?」
「え、常時これですけど‥‥同じのいっぱい持ってます」
「‥‥ついでですから、そちらも買って行きますか?」
 こうして五人はショッピングモールを巡り、必要物資を購入して行くのであった。



「そうか‥‥そんな事になっていたとはな」
 その頃、レイズ博士の部屋では博士の説得が行なわれていた。
「地球と異星の技術の融合を示す道標であり、一人の人間と一人のバグアの妄執の結晶であるJXシステム。その深淵の蓋を開けるには相応の覚悟が必要。だから幾つかの事を知る必要があります」
 レイズと向き合い語りかけるレベッカ。レイズは葉巻を片手に耳を傾けている。
「六車博士と貴方が共に夢見たもの、それがJXシステムの基礎部分だと考えます。それはアンドロイドの完成でしたね?」
「羽村‥‥余計な話を」
「六車博士とバグアの研究者、種の異なる二人の科学者が作り上げた一つの成果物‥‥何を以って完成だったのか。もし六車博士が初心を忘れていなかったのなら、その完成形はやはりアンドロイドだったのではないでしょうか?」
 だとすれば、バグアが協力していた事の筋も通っているし、ミドラーシュの話とも合致する。
 今ミドラーシュが行なうズルフィカールの完成とは、即ち六車に協力したバグアの『完成』とも一致する筈だ。
 そして仮に強力な身体能力、思考能力を持つAIを搭載したアンドロイドが完成したとすれば、それはヨリシロにする事も可能なのではないか。
「もしJXシステムを解析する事が出来れば、貴方の夢を叶える事にも繋がるのではないでしょうか?」
 目を瞑り考え込むレイズ。ミドラーシュはそこで声をかける。
「貴方はハード面の研究を行なっていたのだろう? アンドロイドの『素体』について、研究は進んでいるのですか?」
「今はそれ所ではない。私のその夢も六車が死んだ時に潰えたのだ。今はKV関連の部品や能力者用の装備の製造に関わっている」
「では‥‥自分の夢はもう諦めたと?」
 黙るレイズ。ミドラーシュは咳払いし、傭兵達の視線を気にしながら喋る。
「実は今、バグア側のアンドロイド? のような素体を、この傭兵達が『鹵獲』しているのだ。そこからハード面の技術も学べる物があると思うぞ。何を隠そう私もその分野の研究者でして、博士の頭脳には非常に興味がある‥‥まてそういう意味じゃない」
 斧を掴んだ神撫に慌てるミドラーシュ。慌てて隅っこで口を閉ざした。
「イリスさんは六車博士の研究を継承している‥‥それって凄い偶然だと思いませんか? 二人が力を合わせれば、もう一度‥‥」
「あれはそんな事を望まないだろう。今更力を合わせて等‥‥下らん」
 その言葉で美汐は我慢ならずに立ち上がった。そうして身を乗り出してレイズに語る。
「どうしてイリスさんと向き合おうとしないんですか? 忙しいからとか時間が無いからとかじゃなくてです。言ってました、誕生日にも帰ってこないって」
「君達には関係のない事だろう」
「子供が、どんな気持ちで待っているか分かりませんか? パーティーもプレゼントも必要ない。ただ傍にいて、抱きしめて大好きだよって言って欲しいだけなのに‥‥」
「あれはカレーニイ家の娘だ。何度も言うが君達には関係ない」
「いいえ、無関係ではありません。確かに余計な事かもしれませんが‥‥イリスはあたしの大切な友達です。出来る範囲でいいから力になりたいんです」
 口を挟むレベッカ。レイズは落ち着いた口調だが、傭兵達を鋭く見つめる。
「私はそれを認めた覚えはない。こんな事は言いたくないが、アヤメの死も、イリスが危険に晒された事も、私は君達の責任だと考えている。君達が余計な事をしなければ、アヤメは死ななかったかもしれない」
「それは違いますよ。彼らが居たからこそ、二人は元通りの姉妹に戻る事が出来たんです」
 傭兵達を用語する羽村。レイズは立ち上がり腕時計を確認し。
「時間だ。ここで失礼させてもらう」
「‥‥レイズ博士!」
 背を向けるレイズ。レベッカは立ち上がりその背中に声をかける。
「無礼を承知で言わせてもらいます。カレーニイ博士、貴方にとっては過去と向き合う機会ではないでしょうか。妄執の闇を掃い純粋な技術として未来に繋げる、それが今を生きる科学者の使命だと、矜持だとあたしは考えます」
 返事はない。しかしレベッカはその背中に頭を下げた。
「お願いします、イリスに力を貸してください」
 沈黙で時が過ぎていく。やがてレイズは部屋の扉に手をかけ、廊下へと出て行った。その去り際、一言を残して。
「‥‥考えておこう」
 扉が閉まる音と共に緊張感から開放される。そうして傭兵達はソファに座り直した。
「お前が喋る度に冷や冷やしたぞ、ミドラーシュ」
「うーむ。あれは難敵であるな」
 神撫の心配等どこ吹く風、男は顎鬚を撫でる。美汐は胸に手をあて呟く。
「まだ間に合いますよね。六車博士とレイズ博士の夢も、イリスさんとの事も‥‥」



「べ、別にあんたの為じゃないんだからね!」
「か、勘違いしないでよね! 多く作りすぎちゃっただけなんだから!」
 顔を赤らめながら叫ぶヘイルとイリス。その前でズルフィカールが無表情に座っている。
 買い物を終えた一行は研究室へと戻っていた。そこで何故かズルフィカールはメイド服に着替えさえられ、ツンデレの勉強をしていた。
「これ、意味あるんでしょうか?」
「あると信じたい‥‥でないと参考資料を大量に持ち込んだ意味が‥‥」
 冷や汗を流すヘイル。イリスもマンガを読みながら死んだ魚のような目だ。
「よし、次は紅茶の淹れ方だ。メイドと言えば紅茶だからな!」
 張り切るヘイル。その様子をイリスは疲れた様子で見ている。
「こうしていると、敵だという事を忘れてしまいますね」
 恭也はヘイルが先に入れた紅茶を飲んでいる。しかもかなりうまい。
「どのような意図を持ってうまれようとも彼女らに悪意はありません。戦いを強要するのは、いつだって私達です」
「アンサーは‥‥戦いたくなかったんでしょうか‥‥あ、美味しい」
「さて、どうでしょうか。それを確かめる為にもアンサーともう一度話す必要がありますね」
「そういえばイリス、アンサーと話は出来るか?」
 エプロンをつけたまま振り返るヘイル。イリスはそこでぽんと手を打ち。
「そういえば皆さんには教えていませんでしたね」
 研究室の置くにある装置のスイッチを入れる。すると台座の上に青白いアンサーの立体映像が浮かび上がった。
「暇を見て作ってみました。アンサー、聞こえますか?」
『はい、マスター。感度良好です』
 向き合うズルフィカールとアンサー。実体と虚構の存在。ヘイルはその二つを交互に見やる。
「久しぶりだな、アンサー。彼女はフィー‥‥見ての通り実体を持っている」
『そのようですね』
「羨ましくないか?」
『いえ。所詮、私はデータ上の存在ですから』

 無機質な視線で見つめあう二つの心無き者。
 その出会いが一つの運命を狂わせて行く事を、傭兵達はまだ知らない。
 過去と現在の偶然が交わる時。それは既に目前まで迫りつつあった。