タイトル:ライト・スタッフマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/21 06:36

●オープニング本文


「今更になって思ったんだ。僕は本当は戦いたくなかったんだ‥‥ってね」
 斬子の病室へ訪れたヒイロ。そこに居合わせたのはカシェルであった。二人は眠る斬子の傍らに立って居る。
「でも、あの時はそんな事を言える状況じゃなかった。結果的にはそれで良かったと思う。でも、本当の気持ちでは嫌だったんだ」
 頬を掻きながら苦笑するカシェル。それは裏切られてきた二人が交わす久々の言葉であった。
「デューイ先輩もメリーベルも‥‥姉さんも。僕は本当は助けたかった。あんな終わり方にしたくなかった‥‥」
 あれから随分時間も過ぎて、新しい敵とも戦い、勝利し、更に仲間を失っても戦場に立って居る。そんなカシェルだからこそ、思う事がある。
「僕は諦めすぎていたのかもしれない。失敗した時の事ばかり考えて、気持ちを殺していたんだ。まあ、それはそれで不正解ではないんだけど‥‥」
 そうしてヒイロへ視線を向ける。少女は夕焼けに照らされ、真剣な表情で斬子を見ていた。
「無理に大人になる必要はなかったんだ。誰かの目を気にせずに、思うままに生きてもよかった。僕はそう思うんだ」
「わがままに‥‥ですか?」
「そうだね。僕らはいつも誰かに支えられている。一人じゃない。だから少しくらいの我侭なら、きっと誰かが助けてくれるさ」
 それはあまりにも他人本意な。しかし、誰かを信じるが故の言葉。
「だって、僕らはこれまでだってそうやって壁を乗り越えてきたんだからさ――」

 でも本当は知っている。
 乗り越えたつもりになって、超えられていなかったんだって。
 終わらせたつもりになって、終わらせていなかったんだって。
 大人になったつもりで、子供のままだったんだって。
 どうしたらいいのかわからなくて、ただ前だけを見ていたんだって‥‥。



 夜の闇を照らす炎には見覚えがあった。
 人質に取られた母の姿を見れば、どうしたってあの日を思い出す。
「やあーヒイロちゃん。ご機嫌いかがー?」
 ここに足を踏み入れるのは二度目だ。もう二度とここには来ないと思っていたが、現実はそう上手く行かなかった。
 炎に包まれた孤児院は仮面の軍勢に占拠されていた。子供達は一箇所に集められ、彼方此方から銃を向けられている。
 一方、そこから少し離れた所で一人の女性が拘束されていた。恐らく抵抗したのだろう、傷つき意識を失った身体に刃が向けられている。
 そんな景色の中、二人の少女が対峙している。背格好も服装も手にした得物すら良く似ている。まるで鏡に映したかのように。
「初めましてだよね。だから挨拶するね。私はシンク・オオガミ‥‥悪の味方だよ」
「君がシンク‥‥斬子の家族を殺した」
「そうだよー。だってほったらかしなんだもん、殺してくれって言ってるようなもんじゃーん。そしてほったらかしたのは、キ・ミ・★」
 ケタケタと笑うシンク。ヒイロは無表情に少女を見ていた。
「ねえ覚えてるこれ? 君のおばあちゃんが死んだ時と同じ状況を再現してみたんだけどー、どう?」
 あの時はカシェルに瓜二つだった。しかし今回は自分に瓜二つと来ている。面白い筈も無い。
「どうしてこんな事を?」
「どうして‥‥? 逆に訊くけどさー、どうして君はネストリングを‥‥パパを見捨てたの?」
 強烈な憎悪を滲ませるシンク。今にも飛び掛りそうな形相と同時に軽薄な口調が鳴りを潜める。
「君はパパの娘だったんでしょ? 夢だったんでしょ? それがどうしてパパを殺したの?」
 ――出来る事なら。自分がそうなりたかった。
 でも出来なかった。シンクには『能力者』の才能がなかったから。
 いつも彼の傍に居たかった。彼の夢を叶えたかった。心から彼を愛していた。なのに‥‥。
「ヒイロにはそれが出来た筈でしょ? 何で君なの? 私はパパの為に死ねた! どんな事だって出来た! なのにどうして本物じゃないの!?」
 ヒイロになりたかった。ヒイロになりたかった。ヒイロになりたかった。
 愛されていたかった。彼らの輪に入りたかった。理想を叶えたかった。だけど自分には力が無い。
「どれだけの救われない人々が! どれだけの子供達が! 君になりたかったか! 君になりたいと夢見ながら死んで行ったか!!」
「‥‥そっか。それじゃあ、君達は‥‥『予備』だったんだね」
 ネストリングとは、実働部隊よりもそれ以外の人数が多い組織だった。
 能力者になれるのは一握りだ。そうなれない人間は、強化人間にするなり親バグアの工作員にするなり、傭兵の補佐に回るなりするしかない。
 力は救いだった。力は権利だった。力は愛だった。それがないから何も無い。だから羨望の眼差しを向けるしかなかったのに。
「君は私達の権利を全て拒絶したんだよ! それがどんなに憎いかわかるか!? どんなに悔しいかわかるか!? 私達にはもう何もない! 何もないんだ! 夢はとっくに終わってしまったんだよ、ヒイロ!」
「――ごめんね」
 口から出たのはそんな安い言葉だった。でも、それ以上に何も言えなかった。
 ぼろぼろと涙が零れ落ちる。それは自分の為では無く相手を思う涙。シンクの言葉は、余りにも胸に痛かった。
「でもねシンク、だからこそブラッドは死ななきゃいけなかったんだよ。君達みたいな子を、もう絶対に増やしちゃいけないから」
「そんなのは偽善なんだよ! 誰がそんな事してくれって頼んだ!?」
「偽善でもいい。それでも夢は終わらせない。君達の想いも‥‥死すら背負っていく。私はそうやって生きる事を決めたんだ」
 鼻をすすり、涙を拭うヒイロ。真っ直ぐに見つめる視線にシンクは笑顔のまま、『キレ』た。
「これから君の母親を殺す。それかそっちの子供達を殺す。ただ、どちらか片方は助けてあげる。ヒイロ‥‥どっちを助けたい?」
「どっちも」
 あっけらかんと答える。
「本当の正義なら、きっと数の多い方を‥‥多くの人が喜び救われる方を選ぶんだろうね」
 でも、それじゃあダメだと気付いたのだ。
 自分を支えてくれる人達がいる。一人じゃない。だから、『正しくなくても良い』。
「両方助ける。それが私の正義の答えだ」
「甘えんなよ。お前達がどんな策を練ろうが、こっちは指先一つ動かせば殺せるんだ。どんなに足掻こうがどちらかは確実に殺す」
 そう、シンクはそういう少女だ。相手がなんだろうが全く躊躇いなく殺す。油断や隙もない。それでも‥‥。
「やってみなくちゃ、わからない」
「‥‥君には心底失望したよ。そして理解した。君は欠陥品だ。不良品だ。駄作だ。だからブラッド・ルイスを殺した。君は速やかに命を絶たれるべきなんだ」
 唇を舐めるシンク。ヒイロは思う。どんな結末を迎えたとしても、最初から諦めなかった事に意味があるのだと。
 だから、それでいい。譬え誰かが、自分が命を落としても。その責任は――背負っていけるから。

 欠陥品と予備品。あの日の再現は、こうして火蓋を切るのであった。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG

●リプレイ本文

「確かに私は、出来損ないなのかもしれないね」
 正直な所、ヒイロは決して頭が良いとは言えない。
 力も不足しているし、経験だってまだ浅い。戦士として、人間として、夢を叶える装置として‥‥彼女はまだ未熟だと言わざるを得ないだろう。
「どうしたらいいのかなんていつもわからないよ。何が正しかったのかなんて考えてもわからない。それでもね、諦めたくないんだ」
 敵を倒せと。敵を倒せと。敵を倒せと――。
 世界が望んでいる。歴史が望んでいる。誰もが望んでいる。それはバグアの有無に関係なく、人が抱えた業の形だ。
「だからねシンク。もしも君が私に負けるような事があったら。そんな理不尽があったらね。その理由は簡単なんだよ」
 燃える孤児院を背景にヒイロは手を差し伸べる。幾度と無く倒れた者達へと差し伸べた小さな手を。
「かわいそうなシンク。君はあまりにも――独りぼっち過ぎたんだ」
 光を失わないヒイロの瞳。それと対称的にシンクの瞳にはただ闇が渦巻いていた。
「御託は良いんだよ。お前の言葉なんか全部無意味だ。お前達の存在も全て無意味だ。いいからとっとと絶望しろよ。少しは私を慰めてみせろ!」
「くっくっくっ‥‥なるほどお互いに青い事だ」
 肩を竦めて笑う錦織・長郎(ga8268)。シンクはゆっくりと、殺意の滲んだ視線を向ける。
「しかしながら、だ。既に亡霊になった思想に拘って何になるかね?」
 シンクは何も言わない。焦点が合っているのか合っていないのか、生気の感じられない顔で長郎を見ている。
「いい加減脱すれば良かろう‥‥つまりだ。君達が抱えている人質は人質に有らず。一人一人が『ブラッド・ルイス』と思って清算すれば良いさ。恩師を撃ってこそ道を開ける‥‥そうは思わないかね?」
「‥‥‥‥あのさぁ。オジサン‥‥誰?」
 片手で顔を押さえ、シンクはニタニタと笑う。しかしその顔も身体もひくひくと痙攣しており、その様相を表現する言葉は『狂気』以外に見当たらない。
「ぼ、僕‥‥私さぁ。今すっごくイライラしてるんだよね‥‥これ以上何か言われると直ぐにでも全員殺しちゃうかもしれないから‥‥少し黙っててくんない?」
 ミドリの首筋に当てた刃を少しずつずらすシンク。首筋から流れる血を見つめ、シンクはかくかくと首を揺らしている。
「が、あが、我慢してるんだよねっ! 今殺しちゃったら気持ちよくないでしょ‥‥だから我慢しなきゃいけないんだがまんがまんがまん‥‥がまんんんぁぁあ‥‥っ」
 異常としか言いようの無いシンクの様子に険しい表情の長郎。これ以上ちょっかいを出せば爆発しそうだが、精神的な揺さぶりをかけるという意味では成功したと言えるだろう。尤も、これを生かせるかどうかは自分達次第なのだが。
 深呼吸を繰り返すヒイロ。『仕掛ける』タイミングは本当に一瞬。見誤れば人質は全滅して然るべきである。
「やれやれ‥‥会話が成り立たないのでは仕方ない。こちらも始めるしかないようだね」
 ゆっくりと語りながら銃を取り出す長郎。傭兵達は合図を待っていた。起死回生を賭けた、たった一度きりのチャンスを。それを確認し、ヒイロは一気に駆け出した。
「――行くよ、無月君!」
 ヒイロと共に動き出した終夜・無月(ga3084)。同時に他の傭兵達も動き出すが、シンクにとって注目すべきはこの二人であった。
 真正面から、見え見えにもほどがある強行突破。二人がどんなに努力しようと、どんなに早く動こうと、シンクは本当に一瞬でミドリを殺す事が出来る。
「結局真正面から突撃? ホンット、バカの一つ覚えだよねぇええッ!!」
 ゆっくりと、ゆっくりと引き伸ばされる意識の中、シンクは余裕を持って行動する事が出来た。何せミドリを殺すのは本当に一瞬で出来るのだ。
 故に、ほんの僅か。それこそまた一瞬だけ他の人質へと意識を向ける。別に指示を出す必要はない。何かあれば人質は殺すようにあらかじめ命じてあった。
 だが――視線を向けたままシンクの顔は一瞬固まった。何故か全く意味がわからないが、人質を囲んでいた四人の兵士の内一人が倒れ、残り三人もよろけているではないか。
 そこでシンクは考えてしまった。理由。意味。それは彼女が『傀儡』に過ぎない兵士達を操る指揮官であるという立場故の反射であった。
 故に気付く。どこからかわからないが、遠距離攻撃を受けたのだ。地面に矢が刺さっているのが見える。一人は直撃を受けたのだろう。
 そうして考えるという事が戦闘中にどれだけ命取りなのか、シンクは理解していた。思考を切り替え目の前に集中した判断力は見事である。
 目の前に接近している無月とヒイロ。無月は大剣を手にし、今にも一撃繰り出しそうだ。その重さは重々承知している。
 シンクは冷静にミドリを盾として使った。直ぐに彼女を殺さなかったのもそれが理由だ。無月の攻撃を防ぐ事、その重要性を思えば当然の選択である。
 そうして無月を防いでいる間に、側面からヒイロが飛び込んでくる。それはわかっていた。要するにヒイロがミドリを助ける役割。
「浅いなあ‥‥浅すぎるよ、戦略が!」
 しかしシンクにはヒイロに対応するだけの自信があった。行動は読んでいたので、既に刀での迎撃が間に合っている。と、そこへ――。
 子供達の方へ走っていると思われた三日科 優子(gc4996)が回り込むように近づいていた。
 元より優子はシンクにとって注目に値しない人間だ。戦闘力は低く、元ネストリングでもない。どうせヒイロについてきたどっかのお人好し、程度の認識である。
 シンクにとって影が薄いという事実は彼女が息を潜め気配を立って行動する事で更に効果を増す。無月、ヒイロ、その両方に対応する体勢の今のシンクに優子をどうこうする余裕はない。だが‥‥。
 シンクの表情には歓喜だけがあった。そう、この状況も想定済み。自分の手が回らずとも部下に指示してある。
 腕の良いスナイパーがこの園内には潜んでいる。優子が接近するのを確認し、狙撃して彼女を殺す。後は無月を抑えヒイロを斬り殺し、ミドリも殺す。それで完璧な筈だった。

 ――筈、だったのだ。

「おい」
 銃声が聞こえない。
「なんで」
 近づく優子。必死で駆け寄り、今にも叫びだしそうな顔で腕を伸ばしている。
「狙撃――しないッ!?」
 無月は既に剣を停止している。ヒイロは優子とは反対側より接近し、刃を繰り出していた。
 攻撃を受けるシンク。ここまでは問題ない。まだ大丈夫、対処出来る‥‥と思ったところで何故か身体がぐらついた。
 何を食らったのかわからない。見ていなかった。だがその正体よりも今は――もっと重要な事がある。
 左手で盾にしていたミドリが優子に攫われる。その影から飛び込んでくる無月。大剣を振り上げ、鋭く一撃を繰り出した。
 致死の火力を持つ無月の斬撃。シンクはこれを冷静に回避していた。否、冷静ではない。まさかあんなノーマークの傭兵にミドリを奪われるなんて。
 何かが壊れたように絶叫するシンク。黒い炎を帯びた太刀を手に優子へと襲い掛かった。
「その女だけは――殺すッ!!」
 地を這う黒い斬撃。優子は気絶したままのミドリを庇うように抱き締め、攻撃に対して背を向けた。
「優子ちゃん!」
 ヒイロが叫ぶと同時、優子の身体は爆ぜる炎に巻き込まれて空を舞った。孤児院の壁に激突して落下した優子はぴくりとも動かず、地面に血の赤が広がっていく。
 状況を確認するシンク。無月は既に次の攻撃に入っている。ヒイロは優子をフォローするように移動中。他の部下は――人質は。
 思わず舌打ちした。良くわからないが、子供達も無事だ。何故か。無事なのだ。何がどうなったのか考える暇はない。太刀を翻し無月の攻撃を掻い潜る。
 無月の攻撃力は脅威以外の何者でもないが、真正面で対応に専念すれば凌げない速さではない。故に視線をヒイロに向けるくらいの一瞬の余裕はあった。
 走るヒイロと視線が交わる。少女は何故か悲しげにシンクを見ていた。

 ――何が違った?

「それは‥‥私達の孤独の違い、だよ」
 聞こえる筈のないヒイロの答え。シンクは止まった時間の中でその声に目を見開いた。



「‥‥真にもって絶体絶命のピンチであり、一つ間違えれば人質全て失う事になるかね」
 現地へ向かう高速艇の中、長郎は足を組んで語る。それは作戦が開始される、少し前の話。
「しかしだ。先の脅威を見越して考慮すれば、保護すべき人員を失ったとしても、残党全て打ち払えるのであればお釣りが来るかね」
 苦い表情の巳沢 涼(gc3648)とティナ・アブソリュート(gc4189)。二人にとって、その言葉はとても重い意味を持っていた。
「確かにあいつらは危険すぎる。これまでの事を思えば腸が煮えくり返ってるくらいだ。だけどよ‥‥優先すべきは今生きてる人間、そこんとこは間違っちゃいけない」
「‥‥そうですね。もう戻らない命‥‥ならせめて、目の前の人達だけでも‥‥」
 決意を固めるように語る涼とティナ。長郎は目を瞑り、肩を竦めながら言う。
「まあ、それでも全員を救うと言うのであれば、その旨に従うのみさ。だが、言う程簡単な事ではないよ」
「向こうはこっちが使うであろう手を予め想定して待ち構えている筈だ。そこを崩す為には、こちらも向こうの手を読むしかない」
 孤児院のある街の地図を広げる上杉・浩一(ga8766)。そうして周囲の仲間達の顔を見渡す。
「当然だが、こちらが別働隊で叩きに来る予想はしているだろう。そして向こうも別働隊を配置して、対応出来るようにしているに違いない」
 ペンを取り出し蓋を取る浩一。そうして無表情に地図に丸をつけた。
「恐らくこの辺だろう」
「へぇ。随分細かくあたりをつけてるんだねぇ。どうしてそう思うんだぁ?」
 首を傾げるレインウォーカー(gc2524)。浩一は後頭部を掻きながら答える。
「連中の中に狙撃手がいるのはわかってるんだ。大体の有効射程と威力も承知してる。なら、自分が狙撃手ならどこから撃つか考えればいい」
 勿論絶対とは行かないだろう。だから何箇所かポイントを想定する。だがそこまで絞れていれば、見つけるのはそこまで難しくない。
「‥‥過去の経験は利用せねばな」
 少し嬉しそうに微笑むヒイロ。浩一は咳払いし、地図の上を指差す。
「狙撃手は俺が始末する。それで少しは奴らの予定調和が狂う筈だ。だがこれだけではまだ足りんだろう」
「‥‥なら、俺にやらせてくれないか? いや、上手く行くかどうかは賭けになってしまうんだが‥‥」
 地図を見つめながら口を開く崔 南斗(ga4407)。そうして指先で地図上をなぞりながら頷く。
「狙撃出来そうなポイントを見ていて思ったんだ。ここからなら、相手に全く見えずに狙撃が出来るかもしれない」
「え‥‥? そんなに遠くから、ですか?」
 驚くティナ。南斗が狙撃ポイントに選んだのは孤児院の建屋の裏にある民家。距離的には60メートル程離れた場所だ。
「確かに見つからないだろうけど、こっちからも見えないじゃないかぁ。というか、届くのかぁ?」
「俺の弓の射程を考えると、少し足りないな。でも、飛距離を伸ばす事は出来ると思うんだ」
 浩一からペンを受け取り、孤児院の屋根に丸をつける南斗。そうして一息置いて切り出した。
「この屋根の上に矢を兆弾させ、子供達を囲っている四人を同時に狙撃する」
 ちょっと一瞬静まり返ってしまった。実際かなり難しいというか、博打になるところが大きい。
 そもそも、狙いがブレれば命中しなかったどころか子供に当たってしまう可能性だってあるのだ。
「出来るんじゃないかな?」
 そう言ったのはヒイロだった。笑顔で浩一を指差し。
「狙撃手倒したら浩一君暇でしょ? 位置情報を南斗君に教えてあげればいいよ」
「うーむ。まあ、それくらいは出来るだろうな」
 この四人の敵兵は、恐らくシンクから指示があるか大きな動きがあるまでピクリとも動かないだろう。
 洗脳をされている強化人間故に彼らは命令に従順であり、無駄な動きなんてしない。
「だとしても、四人全員に命中させられるかね?」
「全員に命中は‥‥しなくても良いのではないでしょうか?」
 長郎の言葉にそう返す無月。そう、一瞬でも隙を作り、混乱を生めれば良いのだ。
「動ける切欠があれば、私が子供達を助けます。考えがあるんです」
 と、ティナが続く。無論レインウォーカーや涼もいるのだから、一人でも動きを封じられれば救出の可能性は上昇するだろう。
「ならそっちは三人に任せて、うちらでミドリさんを助けるで」
 気合を入れてヒイロと無月の肩を叩く優子。そうして南斗からペンを受け取り地図の裏側に孤児院の見取り図を書いていく。
「ここまでの皆の策が成功しとれば、シンクにも隙が生まれている筈。だからシンプルに三段構えの救出で行こか」
「と、言うと‥‥?」
「無月がシンクに攻撃すると見せかけて、盾にされた女性をヒイロが助ける‥‥と見せかけて、うちがミドリさんを助ける!」
 握り拳で宣言する優子。そうして心配そうなヒイロの頭を撫でて笑った。
「大丈夫や。人質はうちがこの身に代えても必ず助けるからな」
「優子ちゃん‥‥」
「それで優子君が犠牲になったのでは、『全員救う』という作戦に反するとは思わないかね?」
 苦笑を浮かべる長郎。そうして咳払いを一つ。
「僕の方でシンクに揺さぶりをかけてみよう。それで少しはやりやすくなるかもしれない」
「なら、行動開始の合図もお願い出来るだろうか?」
 浩一の声に頷く長郎。こうして傭兵達はわずかでもと成功の確率を上げるように準備し、作戦に挑んで行ったのである‥‥。

 彼らの作戦は孤児院に到着するより前から既に始まっていた。孤児院へ向かった傭兵達と別行動を取り、浩一は街を走っていた。
「思えば、あの時もあの子の傍には居なかったっけか」
 孤児院の周囲を迂回して移動する。目指す場所は孤児院を狙撃するのに適していると思われる地点だ。
 物陰に隠れながら周囲を見渡す浩一。そこで彼は孤児院付近に潜んでいる狙撃手を発見する。
 既に孤児院ではシンクとヒイロのやりとりが始まっている。狙撃手はいつでも狙撃が可能なようにスコープを覗き込んでいるようだ。
「‥‥狙撃手を見つけた。こちらを警戒している気配は無い。予定通り奇襲を仕掛ける」
 イヤホンに繋いだ無線機を確認しポケットに捻じ込む。そして刀を抜き、気配を消して浩一は一気に狙撃手へ襲い掛かった。
 輝く刀を一振りする浩一。狙撃手の首から上が吹っ飛び、倒れる死体を押さえて寝かせる。完全に隙だらけの敵を倒すのに手間は掛からない。
「こちら浩一、狙撃手は始末した」
 無線を聞きながら走る南斗。浩一とは別地点、やはりスコープを覗いている狙撃手を発見していた。
 駆け寄りその頭に銃口を押し当て引き金を数度引く。狙撃手はそれで悲鳴一つ上げずに絶命した。
「‥‥こちらも無事完了した。引き続き狙撃の準備にかかる」
 銃を収め、弓を取り出す南斗。今頃長話で時間を引き延ばしている筈だが、それでもいつまで持つかはわからない。
 急ぎ、しかし慎重に事を進める。予定していた狙撃ポイントへ南斗が移動している頃、浩一は他の狙撃手を探していた。
 しかし狙撃手は二名だけだったのか、他に敵の姿は見当たらない。よって浩一は先に倒した狙撃手がいた地点へ戻り、落ちていたライフルのスコープを手に取った。
「人質を取っている四人はやはり動いていないようだ。これから場所を伝えるぞ」
「‥‥お願いします」
 民家の屋根の上に立つ南斗。弓を片手に孤児院を見下ろす。
 彼が立って居る場所から孤児院全体を見渡す事が出来るが、肝心のターゲットは建屋の向こうにいる為しっかりと目視する事が出来ない。
 しかしチャンスは一度きり。しかも失敗は決して許されない。万が一人質に当たれば間違いなく死んでしまうだろう。
「やれるのか‥‥俺に」
 束ねた矢を構える南斗。緊張が高まるにつれ、その頬を汗が伝っていく。
「いや‥‥やれるかどうかじゃない。やるしかないんだ‥‥俺が」
 イヤホンから長郎の声が聞こえる。シンクが何か喚いているようだがもうただの雑音にしか聞こえない。
 兎に角集中するしかない。これは反撃の狼煙だ。僅かでもいい、切欠を作る事が出来れば――後は仲間を信じればいい。
「運も実力も、俺には無いとわかってはいるが‥‥頼む」
 雑音が止んだ。そろそろ長郎の合図が来る。
「メル、デューイ、ビリー‥‥虫のいい願いかもしれない。だが一瞬でいい、あの子の為に――力を貸してくれ!」
 光を帯びた矢が放たれる。四つの軌跡は孤児院の屋根を掠り、跳ねるようにして再び空に舞い上がった。
 落ちていく光を祈るような気持ちで見つめる。そう、結局の所――ここでやれるかどうか、だ。
 あれからずっと迷いながら生きてきた。自分に何が出来るのか? 何の為に自分は生き延びたのか?
 あの時も、あの時も助けられなかった命。だったらここだ。ここでやれるかどうか。それで全てが決まる。
 無駄に生き長らえたわけじゃない。そう、これまでの全てが無駄ではなかったと思う為に――今度こそ、救うべきを救ってみせろ。
 背中を押された気がした。だからその祈りはきっと届く。いや、届かなくたっていい。完璧な人間なんていない。でも‥‥。
 シンクと無月が互いに目を向け合っている間、矢は降り注いだ。しかし当然ながら無理のある行動だ、きちんと命中したのは一人だけ。残りの矢は外側に外れ、ネストリング兵の足元に落下した。
 元々やや外側に撃たねば子供に当たるリスクが高まる。だからこそ外めに撃つしかなかった。しかし、切欠としてはそれで十分だったのだ。
 一気に走り出すティナ。その手には閃光手榴弾が握られている。
「‥‥三秒!」
 先に手榴弾を投げながら声を上げるティナ。閃光手榴弾は起爆までの時間を調整する事が可能。それはネスト兵も知っている。
 故に身構え閃光をやり過ごし反撃に移るという一連の挙動をスムーズに実行する。だがそれが彼らの間違いだった。
 手榴弾は三秒では爆発しなかったのだ。そうこうしている間にティナは敵兵の懐に飛び込み、二刀で同時に左右の兵士の銃を打ち払った。
「みんな、目と耳を塞いで!」
 そのまま子供達に覆いかぶさるうようにして叫ぶティナ。三秒より遥かに遅れ十五秒、閃光手榴弾の光がネスト兵を襲った。
 一人が矢を受け倒れ、二人が銃を失った。それでも残り三人、まともに動ける敵が残っている。そこへ涼とレインウォーカーが突っ込んでいく。
「さぁ、行くぞ。敵を殺しに、人質を救けに」
「救ってみせるさ‥‥今度こそ!」
 まだ銃を持っていたネスト兵を銃撃で怯ませる涼。そこへレインウォーカーが突っ込み大鎌を叩き付けた。
 涼は更に別のネスト兵へ向かい、その足に槍を突き立てる。すかさずそこから相手の頭を押さえ、腹に膝蹴りを叩き込んだ。
 衝撃波が爆ぜ、血を吐くネスト兵。そうして二人が敵を抑えている間にティナは子供達を左右の腕で抱え、背後に大きく飛び退いた。
「上出来だ」
 走りながらシンクへエネルギー弾を放つ長郎。向こうも向こうで上手くやるだろう。なら今は自分のやるべき事をやる。
 子供達を担いで走る長郎。ネスト兵はそれを追いかけようとするが、涼とレインウォーカーが立ち塞がる。
「そう簡単に殺らせるわけにもいかないんでねぇ」
「皆が作ってくれたチャンス‥‥無駄にするわけにはいかねぇな!」
 二人がネスト兵と戦う間にもう一度往復を済ませるティナと長郎。ティナは座席に乗せた子供の頭を撫で、刃を手に叫ぶ。
「これで全員です!」
「了解した‥‥出すよ!」
 孤児院につけていたジーザリオを走らせる長郎。走り去る車を追う者は居ない。ティナはそれを確認し振り返る。
 子供達を物理的に遠ざけてしまえばもう殺す事は出来ない。ならばここから先は守る必要の無い戦い。能力者として、一人の人間としての戦いだ。
「せめてここで‥‥終わらせる!」



 シンクが状況を把握する頃には全てが終わっていた。
 目の前には無月が立ち、負傷した優子に駆け寄ったヒイロを守るように構えている。無理に突破を試みれば手痛い反撃を受けるだろう。
「優子ちゃん‥‥優子ちゃんしっかりして!」
「ヒイロ‥‥うちの事より、人質は‥‥」
「無事だよ‥‥全員助けた」
「全員‥‥?」
 青ざめた表情の優子。ヒイロはその手を握り締め力強く頷いた。
「そうだよ。全員。一人残らず、助け出した!」
「そっか‥‥良かった、な‥‥」
 気を失った優子の頭をそっと抱き寄せるヒイロ。そうして優子とミドリ、気絶している二人を担ぎ上げる。
「私は二人を安全な所に送って、優子ちゃんの応急処置をします」
「俺がついていながら‥‥すみません」
「大丈夫だよ、多分死にはしないと思うから。それより無月君はシンクをお願い。絶対に逃がさないで‥‥ここでやっつけて」
 頷く無月。ヒイロは二人を連れ、孤児院を後にする。それを追いかける余裕もシンクにはなかった。
「何でだ‥‥何でこうなった‥‥?」
 飛び退くシンク。そこへ残っていたネスト兵も集まり守りを固める。
「つまんねぇ‥‥つまんねぇ! 全然面白くないよ! クッソッゲーだよッ!!」
「喧しいから喋るな阿呆共。戦争屋同士、やるのは殺し合いだけで十分だろぉ」
 鎌を肩にかけながら歩くレインウォーカー。その隣を涼が進む。
「ヒイロちゃん達新生ネストリングの未来に、亡霊の出る幕はねえよ。てめぇらは、てめぇらがしてきた事の始末をここでつけなきゃならねぇんだ」
「貴女達を殺した所で、彼女は喜ばないかもしれません。こんな事したって、何の意味もないのかもしれません‥‥」
 ゆっくりと歩み寄るティナ。そうして剣を握り締めたまま、そっと顔をあげる。
「シンク‥‥貴女達の事情には同情します。でも、許すつもりはありません。その存在だけは消す。それが無力な私の謝罪‥‥いいえ、復讐です」
「復讐‥‥か」
 沈んだ様子で苦笑を浮かべるシンク。今の状況は何故かシンクに過去の事を思い起こさせた。
「だからパパは‥‥憎しみが管理された世界を作ろうとしたのかな」
 当たり前の事だ。やったらやり返される。
 でもそれが永遠に続いてしまったら、この世界はどうなる。わかりあえない者達が突きつける銃口が痛みを作るだけの世界。それを変えたいと願った彼を愛した筈だったのに。
「私‥‥何もわかってなかったんだね」
 だとしても。
「いいよ、やろうよぉ! どちらか片方が完全にグチャグチャになって潰れるまで殺しあおう! そうやってこの世界が真っ赤に染まって、全てがまっ平になってしまえばいい!! 私達はその為に生まれてきたんだよ!!」
「全く喧しいねぇ。この力が何の為にあるのかなんて関係ない。ボクはボクの意思で選んだやるべき事をやり、ボクの意思で選んだ道を歩き続けるだけだ」
 頭上で鎌を回し構えるレインウォーカー。ここから始まるのは真っ向勝負。互いの実力でのみ結果を得られる戦いだ。
 レインウォーカー、ティナ、涼の三人はそれぞれネスト兵へ向かって走り出す。しかしネスト兵は既に負傷しており、明らかに動きも鈍い。
「嗤え」
 敵の攻撃を掻い潜り背後に回りこむと、レインウォーカーは大鎌を一閃、ネスト兵の首を刎ね飛ばす。
 涼はスキルで一気に接近、槍を突き刺した後回し蹴りで敵を吹き飛ばし、燃え盛る孤児院の壁を抜いて中へと叩き込んだ。
 ティナは敵の振り下ろす剣を片方の刃で受け、もう片方の刃で顔を切りつける。そうして怯んだ相手の背後に回り込み、左右の剣を同時に胸に突き立てた。
 要するに、一対一でバタバタ倒れたネスト兵達。元々奇襲続きで負傷していた事も勿論あるのだが‥‥。
「何だぁ? 大した事ないなぁ。これじゃあ殺し合いにもならないねぇ」
「本物のネストリングの連中はこんなもんじゃなかったぜ」
「もう負ける要素がありません。シンク‥‥貴女はここで死ぬんです」
 三人がシンクの退路を塞ぐ。そこへ剣を担いだ無月が歩み寄り、切っ先を突きつける。
「‥‥覚悟は‥‥出来ていますか?」
 シンクは何も言わずに太刀を構える。そうして二人は駆け寄り互いの刃を打ち合わせた。
「どうして‥‥どうして、ヒイロに味方するの‥‥!?」
 無月の攻撃に必死に食らいつくシンク。しかし明らかにシンクが防戦一方であり、反撃を繰り出せるような余裕はない。
「なんであの子ばっかり‥‥ずるい、ずるいよ‥‥!」
 激しく舞い散る火花と黒い炎。衝撃で大地が裂け、窓硝子は割れ、シンクの身体に血が伝っていく。
「私はお前達を許さない‥‥! 私達から全てを奪ったお前達を! いつかきっと繰り返すよぉ‥‥私達みたいなのは、沢山いるんだからね!」
 無月は聖剣を頭上に掲げるように構える。そうしてそこから一気に斬撃を繰り出した。
 超高速の連続攻撃。剣閃が光の渦のように迫り、シンクの身体を引き裂いていく。血をばら撒き、絶叫しながらもシンクはそれに食らいつく。
「終わるわけないんだ、この戦いが‥‥人間が人間である限り、同じ‥‥同じ事の繰り返しにぃいいい!!」
 最後の一撃で太刀が砕け、シンクは笑顔のまま吹っ飛んで倒れた。大量の血痕を残して転がった小柄な身体から全てを奪うように血が流れ出していく。
「どう、して‥‥殺さ‥‥な‥‥っ」
「俺の役目はここまでだからです。後の事は‥‥緋色、貴女が決めなさい‥‥」
 刃を収め振り返る無月。その視線の先にはヒイロが立って居る。長郎に二人を預けて戻ったヒイロは肩で息をしながらシンクへと駆け寄った。しかし‥‥。
「待つんだヒイロちゃん」
 その前に涼が立ち塞がった。涼はヒイロを制止、銃をシンクへと向ける。
「こいつは俺が殺す。これ以上ヒイロちゃんに背負わせるわけにはいかない‥‥!」
「ま、待って涼君! 殺しちゃだめだよ!」
 縋りつくヒイロに驚く涼。ヒイロはそのままシンクの傍に駆け寄り、血塗れの服を脱がしていく。
「なに、を‥‥」
 ヒイロが取り出したのは救急セットであった。それでシンクの傷をあろう事か治療していくではないか。
「おいおい‥‥何やってるんだぁ?」
「別にいいでしょ。こんなに血を流したら、シンクはもう助からない。だから手当てしてるの」
「そ、そいつは一体‥‥?」
 困惑するレインウォーカーと涼。ヒイロは黙々とシンクに包帯を巻いていく。
「彼女が斬子さんの仇であると、そうわかった上での行動‥‥なんですね?」
 ティナの問いに頷くヒイロ。シンクは完全に呆気に取られている。
「君が死ぬまでどれくらい時間があるのかわからないけど、ずっと傍に居てあげる。だからね、君の話を聞かせて欲しいんだ」
「やめ‥‥っ、は‥‥話すわけないだろ‥‥!? 私は‥‥!?」
「独りぼっちで寂しかったんだよね。辛かったんだよね。悲しかったんだよね。わかってあげられなくてごめんね。ずっと知らなくてごめんね‥‥」
 シンクを抱き締めるヒイロ。シンクは最初もがいていたが、身体がもう動かない。
 泣きながらヒイロの首筋に噛み付くシンク。それでもヒイロは彼女を放そうとしなかった。
 それからシンクが絶命するまでの僅かな間、二人は只管格闘を続けていた。
 ヒイロを拒むシンクとシンクを受け入れようとするヒイロ。しかし最後には暴れる力も無くなり、シンクはヒイロの成すがままになっていた。
 二人は一言二言会話を交わした。それでシンクが死ぬと、ヒイロは彼女の目を閉じ、顔に上着をかけて空を見上げた。
「‥‥最後まで向かい合ったか、ヒイロさん」
 途中で合流していたが、声をかけられずにいた浩一と南斗。ヒイロは涙を拭い、返り血塗れで、しかし笑顔で振り返った。
「これで、旧ネストリングは終わりました。だから、憎んだり殺したりするのはここで終わりにしましょう」
 刃を収め、シンクを一瞥するティナ。涼も銃を下ろして息を吐く。ネストリングの戦いは‥‥終わったのだ。
「まあ、いいんじゃないか。お前は自分が選んだ道を進め。大丈夫、お前が間違った時はボクが殺しに行くからさぁ」
「ふふん。望むところなのですよう♪」
 レインウォーカーに笑い返すヒイロ。何故かその笑顔は見た目以上にスッキリして見えた。
「私には皆がついている。だから、間違いや失敗を恐れる必要なんてない。だって、私は皆の事を信じているから」
 風に髪を靡かせながら語るヒイロ。その迷いの無い言葉に傭兵達は顔を見合わせ、頷くのであった。
「ていうかレインウォーカー君も入社しない? 今ならお安くしておくですが‥‥」
「何をだぁ?」
 そんな様子を見守る涼。その肩を浩一が叩く。
「お疲れ様だ。今度こそ、やったな」
「ああ。今度こそ‥‥守ったんだ」
 空を見上げて呟く涼。こうして今回の一件は終わりを迎えるのであった。

 孤児院の子供達もヒイロの母も無事に保護され、優子も入院する事になったものの、命に別状はなかった。
 ネストリングという組織が抱えた闇は打ち払われ、漸く新しい歴史を刻み始める。
 その先を信じ、真っ直ぐに見つめるヒイロ。彼女が思い描く未来‥‥そこには沢山の仲間達の笑顔があった――。