●リプレイ本文
●再戦
ミュウ達の強烈な雷撃を受け、朝比奈の身体はがくりと傾いた。
強力なバグアが複数相手では、幾ら朝比奈がベテランの傭兵だからといってどうにかなる筈もなく。無様にその場に倒れる事しか出来なかった。
「フン。一人で突っ込んで来るからどれ程の猛者かと思えば‥‥ただの馬鹿だったか」
鼻を鳴らし見下すシルバリー。止めを刺そうと動き出す老人の顔を眩い光が照らした。
乱戦の中を突き進んでくる二台のAU−KV。望月 美汐(
gb6693)と巳沢 涼(
gc3648)が運転するバハムートがエンジンを唸らせながら滑走路を疾走する。
「見つけたぜ! 見間違える筈がねぇ‥‥奴らだ!」
「同じ姿形のバグアが二体‥‥?」
眉を潜める美汐。しかし今はそれよりも死に掛けている朝比奈の方が問題だ。
二人は一気に加速し、揺れる雷を纏ったミュウへと突撃する。バハムートは風を切り、光の翼を纏って敵集団の中へと吶喊した。
弾き飛ばされるネストリング兵。ミュウとシルバリーはそれぞれ的確に対応するが、敵の陣形を乱すには十分な効果であった。
二人は最奥のミュウを追い抜き、火花を散らしながらドリフト気味にUターンを決める。すかさずそこでバハムートを変形させ、自らの鎧として纏った。
「同一固体が複数‥‥エアマーニェと同じタイプと言う事でしょうか?」
「朝比奈さん、無事か!?」
二人はすかさずミュウへ突撃し、体当たり気味に突き飛ばす。空を舞いながら紫電を纏うミュウ、その頭上から火炎が降り注いだ。
帽子を片手で押さえながら着地するUNKNOWN(
ga4276)。それとほぼ同時に藤村 瑠亥(
ga3862)が朝比奈の傍に降り立った。
二人はバハムートの後ろに乗り、突撃と同時に真上に跳んだのだ。奇襲を成功させ朝比奈を確保した二人、それに遅れて仲間が駆けつける。
「情けない姿だな、朝比奈」
「う、うるせぇ‥‥こちとら瀕死なんだ、もうちょっと優しく扱え‥‥」
朝比奈の首根っこを掴み持ち上げる瑠亥。そこへすかさずUNKNOWNが治療を施す。
一瞬で全ての傷が癒えた朝比奈は驚きながらも立ち上がる。落ちていた刀を拾い、強く拳を握り締めた。
「こいつはすげえ。余裕で第二ラウンド突入だぜ!」
「ついさっきまで病院送り寸前だった癖に調子がいいな」
「うっせぇ、数の暴力だ! あんたには助けられちまったな」
瑠亥と言い合う朝比奈はUNKNOWNに目を向ける。男は帽子をくいっと上げ、目線だけで応じた。
「なに、気にする事はないよ。また倒れても三秒あれば復活させよう。錬成治療ならぬ錬成再生、だ」
「‥‥なんかそれはそれで過労死しそうな気がするんですけど」
「ぶつくさ言っている場合か? 全く、俺の時はもう少しは格好がついてたぞ。まだやれるだろう、働け、とな」
「カッコイイ所は、これから見せるんだよ」
すっかり万全の状態になった朝比奈が黒ずくめの二人と肩を並べる。シルバリーは退路を塞ぐドラグーン二名と交互に視線を配り、小さく舌打ちした。
「全く、次から次へと‥‥我らに付き纏うか、下等生物め」
「それはこちらの台詞です。貴方の顔‥‥いい加減見飽きました。もう、此処で終わらせます」
拳を組んだシルバリーの前に立つラナ・ヴェクサー(
gc1748)。吹き抜ける風が覚醒したラナの金色の髪を靡かせる。
「ふん、どこの小娘かと思えば‥‥性懲りも無く挑むか。身の程を弁えたらどうかね?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。ただ逃げ延びるだけの貴方には‥‥ここは過ぎた舞台です」
ラナを押し退ける勢いで前に出てきたキア・ブロッサム(
gb1240)。老人は片目を瞑り不愉快そうに毒づく。
「‥‥つくづく長い付き合いになってしまったな。貴様が我々を追うのは元ネストリングだからか?」
「理由なんて特に‥‥。あえて理由を添えるのならば‥‥それは取るに足らぬ‥‥兄妹の仇討ち、ね‥‥」
「それはお門違いだな。殺したのは我々ではない。あのブラッドの狂犬であろう?」
「ま‥‥何でも良いでしょう。幕を下ろす時間、かな‥‥。先の彼女の様に取り逃がすミス‥‥致しませんから、ね」
「悪かったですね‥‥」
ぐいっと戻ってくるラナ。キアとラナは視線だけをぶつけながらシルバリーの正面ポジションをさりげなく争っている。
「あら‥‥別に責めているわけではありませんよ。ただ、言葉の通りですけれど‥‥?」
「二人とも随分仲がいいのね」
そんな二人をぐいっと左右に押しのけ割り込む加賀・忍(
gb7519)。溜息混じりにシルバリーを見つめる。
「実際‥‥今度こそ逃がすわけにはいかないわ。その為には三人で力を合わせなければならない」
「‥‥ええ、承知しています。そもそも私は気にしていませんし、ね」
「それはこっちの台詞です‥‥」
構え直す二人。忍は刃の峰で肩を叩きつつ笑みを浮かべるのであった。
「‥‥では、供給源。闘争を始めようか」
銃口を向け、目を細めるイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)。かつて倒した筈の敵と彼女は再会を果たした。それをどこかで嬉しく思っている自分がいる。
「それでだね、朝比奈。何かわかった事等はあるかね?」
「いや、てんで意味はわからんが‥‥」
UNKNOWNの質問に考え込む朝比奈。ミュウの存在についてはわからないが、少なくとも把握出来ている事はある。
「あいつらの連携はハンパじゃねえ。まるでお互いに考えている事がわかってるみたいだ」
「ふむ‥‥なるほど。厳密に言えば個、か‥‥。もしかしたらこの戦い、少々厄介な事になるかもしれない、ね」
「何故何体も居るのかはどうでもいい。『そういうモノ』なのだろう。それでも自分は貴公を殺し尽くすまでだ。それが例え十万億土の道程としても‥‥な」
まるで誘うように揺れ動き、無数の触手で手招きするミュウ達。イレーネはその光を目で追い、引き金に指をかけるのであった。
●双眸
戦闘が開始された。それぞれが担当する相手に向かって動き出す傭兵達に対し、二体のミュウは後退、代わりにシルバリーが前進し、その周囲をネストリング兵が固めるようにして展開する。
即ちミュウを守りつつ、ミュウが得意とする遠距離からの高火力攻撃を生かす陣形である。忍は大地を駆け、突撃するシルバリーと衝突。その間に瑠亥は脇を抜けミュウを目指す。
進路に立ち塞がる仮面の軍勢。その攻撃を次々に掻い潜り、瑠亥は急加速で乱戦を突破していく。
「ブラッドの残滓は引っ込んでろ。ネスト名乗るなら、うちのリーダー位になってからこい」
すかさずミュウへと襲い掛かる瑠亥だが、ミュウは全身に纏った光を放出。大気が爆ぜるような轟音と共に光の柱が立ち上り、滑走路を引き剥がしていく。
咄嗟にバックステップで回避したが、ミュウの反応速度はやはり早く、近距離攻撃に対するカウンターとしてはかなり優秀な性能の攻撃を有しているのがわかる。
「気をつけろよ藤村! まともに貰ったらお陀仏だ!」
瑠亥を追いかけ走る朝比奈。その前に立ち塞がるネストリング兵を涼が体当たりで弾き飛ばす。
「こいつらは俺達に任せてくれ!」
「悪いな涼、恩に着るぜ」
「朝比奈さんには助けてもらった礼もあるからな。こんな所で死なれちゃ困るぜ!」
ネスト兵の銃撃を盾で防ぐ涼。その間にイレーネとUNKNOWNもミュウへと向かう。更に彼らをフォローしつつ、涼と背中合わせに構えるのは美汐だ。
しかしネスト兵を抑えるというのは言う程簡単ではない。彼らの立ち回りには傭兵に通じる物がある。長らく人外を相手に戦ってきた者達ならではの動きだ。
「やはり人間の最後の敵は人間、という事ですか」
「数が上で連携も上手いと来たもんだ。油断したらやられるな」
「余計な事を考えている余裕はなさそうです。いえ、考える必要もないのですが」
この場に戦えない者はいない。皆それなりに修羅場を潜ってきた傭兵達だ。安心して背中を任せる事が出来るだろう。
「思えば、庇わずとも良い戦いは久しぶりですね」
襲い掛かる敵兵を槍の一振りで纏めて弾き返す。ネスト兵は一人一人が戦闘力の高い強化人間だが、手応えはある。
「巳沢さん、孤立しないように注意してください。一斉に襲われると凌ぐのが難しくなります」
「こいつらとも長い付き合いでね。危険は承知の上だ」
視線を交わす二人、敵の数は二人の三倍以上だが、他のメンバーの戦いに加勢させるわけにはいかない。
「さてと‥‥。ごく個人的な理由で申し訳ねぇんだが、てめぇら全員死んでくれ」
二人がネストリング兵を引き受ける中、忍は果敢に正面からシルバリーに挑む。繰り出される長大な太刀の刃を男は手刀で的確に捌いていた。
「何度やろうと同じ事だ! 貴様らに私は倒せんよ!」
両手に銀色の陽炎を纏い拳を繰り出すシルバリー。その側面に回り混み、キアはマシンガンを連射する。
腕を十字に組んで防御するシルバリー。キアは掃射を続けながら移動し背後へと回り込む。続け、ラナは一息にシルバリーの間合いへと踏み込んだ。
飛び退くシルバリー。ラナは左右に爪を装備し追撃する。二つの影は武器から放たれる光の残像を刻み、サーチライトに照らされ闇の中で激突する。
交わる視線。鈍い光を湛えた老人の瞳にラナの瞳が映り込む。言葉にはしなかったが、老人には確かな焦りがあった。
ラナとシルバリーは何度も戦ってきた間柄だ。しかしラナは遭遇する度、飛躍的な速度で成長を続けている。
シルバリーの拳は力強く、そして柔らかだ。人間の武術を取り入れた格闘術は剛と柔を兼ね備える。当然その軌道も威力も生半可ではない。
しかしラナはそのシルバリーとのインファイトを有利に進めつつあった。彼が得意とする間合いの中でありながら、次々にその拳をかわしていく。
「ほう‥‥楽しませてくれる!」
「言った筈です。ここで‥‥終わらせると!」
シルバリーとネストリング兵、それぞれが抑えられる中で二体のミュウは野ざらしであった。瑠亥、UNKNOWN、イレーネ、朝比奈の四人はそんなミュウと対峙する。
二体のミュウは全く同じ動作で触手を動かし、腕を前に出す。すると淡く発光を初め、傭兵達は奇妙な耳鳴りを感じた。
「無線機にノイズが混じっている‥‥何か喋っているのか、ね?」
首を傾げるUNKNOWN。イレーネはお構いなしに引き金を引くが、放たれた弾丸はミュウへ到達する前に纏った紫電に弾かれてしまう。
「近づけばバースト、遠距離には自動迎撃か。チート性能め」
舌打ちする朝比奈。UNKNOWNは続けカルブンクルスによる攻撃を放つ。
カルブンクルスは見た目は銃だが実際は超機械であり、火炎弾を発射する武器だ。この火炎弾というのが良かったのか、或いは防げる威力には限度があったのか。この一撃はミュウに命中しダメージを与える事に成功した。
「ふむ」
そしてダメージを受けた瞬間、ミュウが纏った光が途切れるのを彼は見逃さなかった。
「イレーネ、私が先に仕掛ける。あの自動防御はどうやらダメージを受けた直後には機能しないようだから、ね」
「そういう事か‥‥承知した」
「二人も私の牽制に合わせて仕掛けると良い。無闇やたらと身体を焼かれる必要もないだろう」
頷く瑠亥と朝比奈。UNKNOWNはコートの裾を翻し、真紅の銃を怪物へと向ける。
「――さて、と。忘れ物を取りに行くとしようか。二度目はないよ、ジェリー・フィッシュ」
走り出す瑠亥。二体のミュウは同時に無数の雷を放つ。一撃一撃がアスファルトを引き剥がし、闇夜を照らす致死の雨。その中を瑠亥は突破して行く。
「何躰もあり、それに適する器か。ブラッドが新たな器を欲しがるわけだ‥‥」
傍から見ると当たっているのかいないのかも良くわからないような激しい攻撃を掻い潜る瑠亥。二体の間を通り抜け、Uターンしながら刃を抜く。
「これ以上増えられても困るのでな」
その瞬間、UNKNOWNは二体へ火球を撃ち込む。案の定一瞬光が消え、擦れ違い様に瑠亥は二体を斬りつけた。
「良し、効いてる! 勝てるぞ藤村!」
ソニックブームを放つ朝比奈。イレーネは銃弾を連射し畳み掛ける。電撃が消えているのは一瞬で銃弾は半分以上弾かれてしまったが、怯んでいる間なら難なく命中させる事が出来た。
攻撃を受け、二体のミュウは互いの触手を連結する。すると先ほどまでとは比べ物にならない程の光が二体に宿りつつあった。
「何だ‥‥?」
と、イレーネが呟いた時だ。二体のミュウは同時に輝き、真正面を薙ぎ払う強力な雷を放ってきた。
爆発音にも似た音と衝撃が戦場を突き抜ける。イレーネは気付くとUNKNOWNの腕の中でそれをやり過ごしていた。
「情熱的、だな‥‥」
帽子が吹っ飛び、前髪で目元が隠れたUNKNOWN。直ぐに回復に移りたい所だが、体が痺れて動かない。
片膝を着いたUNKNOWNの前に出て銃を連射するイレーネ。銃弾を焼く紫電に舌打ちし、ミュウの足元目掛けて弾を放った。
地面に兆弾させてからの一撃。以前の戦闘でミュウが意識していない部分に対する攻撃は有効だと判明している。この攻撃で片方を抑え、もう片方には瑠亥が斬りかかった。
雷撃の嵐を凌ぐ瑠亥。その間にUNKNOWNは復帰し、落ちていた帽子を拾い上げる。
「‥‥やれやれ。起きろ朝比奈」
立ったまま気絶していた朝比奈を即回復する。朝比奈は目を白黒させながら頭を振った。
「な、何が起きた!?」
「見事に黒コゲにされていたぞ」
跳躍から傍に立つ瑠亥。その平然とした様子に朝比奈は溜息を漏らす。
「何でお前は無事なんだよ」
「範囲と威力は凄まじいが‥‥溜めが長かったのでな。こう、一生懸命走ったら避けられてしまった」
UNKNOWNも全力ダッシュすれば逃れられそうだったが、傍にいるイレーネはそうもいかない。故に彼は『避けられた』とは言わないのであった。
「まあ、やられてもすぐ回復するからね。じゃんじゃん焼かれて構わないよ」
「何かあちこちイテーっつうか痒いっつーか、身体に悪そうな感じがあるんだが‥‥」
「大丈夫だよ。恐らく細胞が死滅と再生を繰り返している痒みだろうからね」
新しい煙草を取り出しながら笑うUNKNOWN。冗談は兎も角、あれが恐らくミュウの最大攻撃だろう。それを凌げたというのは大きい事実だ。
「助けが無ければ危険だったが‥‥勝機が見えてきたな」
「防御と牽制は任せたまえ。イレーネはその勝機を掴む事だけを考えてくれればいいからね」
溶けたアスファルトから煙が昇る滑走路。傭兵達は再び対の光に向かい攻撃を開始するのであった。
●断線
行き交う仮面の兵士達が纏う翼のエンブレム。涼にとってそれは決して忘れられない物であった。
一度は背負い、そして地に落とした誇り。だがそれは今も彼の前に敵として存在し続けている。
「‥‥ネストリングの残党は、一人残らず叩いて潰す! やられっぱなしは性に合わねぇんでな!」
迫る影が刃を振るう。その軌跡に紅い影を重ねる。繰り出される刃は鋭いが、決して止められない物ではない。
彼が追う相手は、彼が戦ってきた相手はこんな物ではなかった。確かに数は多いが、一人一人の力なら涼には及ばないだろう。
「なら、連携さえ潰しちまえばこっちのモンだろ!」
徒党を組む敵に銃弾を乱射する涼。回避するネスト兵の側面、突然現れた美汐が槍を繰り出す。
「仮面をつけて戦う等‥‥隙を作っていますと告白しているようなものですよ?」
腕を貫く槍。そこへ左右から襲い掛かる別の兵士。美汐は槍を抜き、それを回転させて二体の敵を同時に弾き返す。
「その死角、存分に突かせていただきましょう」
槍を回し、石突で側頭部を打撃する。よろけた所で爪先に槍を突き刺し大地へ相手を縫い付けた。
伸びるバハムートの大きな手が動けないネスト兵を掴んで押し倒す。その胸を踏みつけ、美汐は銃を突きつけた。
「私の轍となって消えてくださいね?」
紅く輝くバハムートの瞳。頭目掛けて連射された弾丸はネスト兵を倒し、美汐は槍を引き抜いて振り返る。その身体に周囲から銃撃が加えられるが、竜の鎧は銃弾を物ともしない。
「軽い攻撃ですね。その程度では私は砕けませんよ?」
大剣の一撃を槍で受け押し返す美汐。その暴れっぷりに涼は冷や汗を流す。
「な、なにやらすげぇな。人は見かけによらないってか‥‥」
「あらら? 巳沢さんだってこのくらいは出来ると思いますよ。もっと自分に自信を持ってください♪」
涼へと襲い掛かるネスト兵。その猛攻を涼は難なく受け流す。複数同時攻撃に対しても慌てず余裕を持って対応する事が出来た。
「巳沢さんは私と戦い方が良く似ています。私に出来て巳沢さんに出来ない事はありませんよ」
「そ、そうかな?」
「はい♪ 自分の力を信じる大胆さも時には必要ですよ‥‥なんて、偉そうに先輩面をするつもりじゃないんですけどね」
襲い掛かる敵を次々にやり過ごす二人。背中合わせに構えた二人のドラグーンは鉄壁で、正直な所まだろくに傷も負っていなかった。
「自分を信じる、か‥‥」
顔を上げる涼。そうしてネスト兵の中へ飛び込んでいく。
美汐は制圧射撃で涼を援護。そして涼は襲い掛かるネスト兵の攻撃を弾き上げ、そこに槍を叩き込む。
正面から睨み合う瞬発力と判断力を要求される戦いより、頑丈さを生かした一対多の乱戦の方が涼にはマッチしていたのか。やられないだけではなく狙いを絞る事で敵の数を減らす事にも成功する。
「ガードを上げて、死角をついて‥‥か」
「やってみると、案外出来てしまうものでしょう?」
人数差は圧倒的だったが、二人は次々に敵兵を撃破していく。こうなってしまうとネスト兵も他の援護へ向かえるような状況ではなく、むしろ二人を抑えるのに必死な様子だ。
「シンク・オオガミって奴の居場所を知らないか? 教えてくれたら色々手間が省けるんだがね‥‥」
しかし敵兵は何も答えない。呻き声さえ上げない所を見ると、そういう調整を受けているのかもしれない。
「ま、いいさ。てめえらを始末してりゃ、いずれ行き当たるだろ‥‥!」
ネスト兵を槍で貫く涼。美汐はその間に別の相手に接近し、槍を振ると見せかけ強引にガードの内側へ拳銃を持った腕を突っ込んだ。
引き金を引きまくり、よろける相手を蹴倒す美汐。敵を死体を一瞥しリロードする。
「銃は近接では撃たないなんて、誰が決めましたか?」
「‥‥色々と勉強になるねぇ」
美汐の迫力はそれだけではすまないような気もするが‥‥ともあれ持ち帰る物が多い戦いになりそうだ。涼は気を引き締め、次の相手へ向かうのであった。
放出された銀色の斬撃を掻い潜るラナ。シルバリーへと急接近し、擦れ違い様に一撃を加える。その様をキアはじっと見つめていた。
シルバリーと戦うのはキアもまた何度目か。そしてその度にシルバリーと同じ感想を彼女も抱いてきた事だろう。
ラナは前回この男を取り逃がした事を気に病んでいた。額に浮かんだ汗を輝かせながら真っ直ぐに敵を追うラナの姿を見やり、キアは拳銃を構える。
「‥‥とうとう追いつかれましたね、シルバリー」
高速戦闘真っ只中にあるシルバリーへ合わせ、銃口をゆっくりと動かすキア。そこから光を帯びた銃弾が連続発射される。
縮んだ時の中、光の軌跡を描いて弾丸は男を追いかける。ラナの対処で手一杯のシルバリーにそれを避ける事は出来なかった。
走りながら銃撃を加えるキア。正面からプレッシャーを書けるラナと側面の動きを制限するキア。忍はそこへ合わせて刃を引き摺り加速する。
最早全てを避けきる事など出来ない。ならば忍の重い刃もいちいち避けられる心配をする必要はない。
光を纏い刃を振り下ろす忍。ラナの対処をしつつこれを受け止めるシルバリーは流石だが、お構いなしに忍は太刀を叩き付ける。
爆ぜる金属音と共に軋む老体。二人の間から逃れ移動するが、キアの制圧射撃でルートは限定される。
「この私が‥‥たかが小娘相手に逃げの一手、だと‥‥!?」
「貴方には理解出来ないかもしれないわね。紛い物の力で強さを手にしたつもりの貴方達バグアには」
火花を散らす斬撃。忍は一気に畳みかけながらシルバリーを見つめる。
「私達は最初から強かったわけじゃない。負ける事もある。迷う事もある。それでも生き残り、戦場に立ち続けてきた‥‥」
強さとは何か? 力とは何か? その定義はヒトとバグアでは大きく異なるだろう。
バグアは強い。何もしなくても強い。人は弱い。しかしだからこそ、強くなろうと思う事が出来る。
「戦う度に、敵を斬る度に私達は強くなる。成長する力‥‥それは貴方の知らない力よ。そして――」
長話は別に意味のある事ではなかった。本命は注意を引きつけ、二人に合図を出す事。
思い切り刃を振るい、足払いを仕掛ける忍。シルバリーは咄嗟にこれを回避し、跳躍してしまった。
回避不能なシルバリーに銃弾を連射するキア。両手でそれを防いだ時、ラナが背後へ回り込んでいた。
空中で回転するように斬撃を放つ。それを受け落ちてくるシルバリーへ忍は刃を突き立てる。
シルバリーと同時に着地するラナは更に舞うように追撃を加える。そして忍は突き刺した刃を真横に思い切り振り抜くのであった。
「‥‥これが、仲間と力を重ねる事が出来る――人の強さよ」
「‥‥‥‥有り得ん。私が‥‥強者が弱者に敗れるなど‥‥」
膝を着き呆然と呟くシルバリー。そこへ歩み寄り、側頭部に銃口を突きつけるキア。
「結果が全て‥‥。ですから、要するに‥‥貴方は別に、強者でも何でもなかった‥‥ただそれだけの事、ね」
銃声が鳴り響く。最後まで己の敗北を理解出来なかった老人は呆けた顔で血の中に沈むのであった。
遂にシルバリーを倒し、名誉挽回したラナ。それが嬉しかったのか、ついキアにかなりいい笑顔を向けてしまった。
「あら‥‥随分穏やかな笑顔ね。まだ戦闘中だというのに‥‥」
微笑むキア。ラナは直ぐに仏頂面に戻ったが、言い辛そうに声をかける。
「キア君、さっきは‥‥その‥‥」
と、顔を上げるとキアがいない。忍はそんなラナの肩を叩く。
「まだ終わってないからって、あっちに行ったわよ」
「そうですか。そうですね。その通り、です」
走っていくラナ。忍は小さく息をつき、優しく笑うのであった。
他の戦闘が終わりに近づく中、対ミュウ戦も佳境を迎えていた。
超速、超威力の雷撃を物ともしない瑠亥が敵を翻弄し、UNKNOWNが火炎弾でガードを崩し、朝比奈とイレーネが一撃を加える。
一見すると‥‥というか実際にミュウは恐ろしい力を持ったバグアであったが、このパターンが見事にハマっていた。
勿論そんなに簡単に成立する状態ではないのだが、それを可能に出来るだけの力が彼らにあったのだから仕方ない。
何よりこの攻略の中核となったのがUNKNOWN。彼はミュウの攻撃、防御のパターンを分析し、攻防の起点を作り出している。
並外れた行動力は傷ついた朝比奈を瞬時に回復させる為、彼は持ち前の力を生かした強引な攻めが可能になる。
ガードを崩し、回復し、高威力広範囲の必殺攻撃は身を挺して守る。非常に忙しいが、それが可能だからこその優勢があったのだ。
「しゃあ! 行ける‥‥行けるぜ! もう生きてるのか死んでるのかわからなくなってきたがな!」
衣服だけボロッボロの朝比奈がミュウの触手を切り裂く。イレーネは火炎弾に続き、タイミングよく銃弾を打ち込んでいく。
「あの時は苦戦したが‥‥相手が悪かったな、供給源」
「全てはリズムだから、ね。難しく考えず、相手の呼吸を感じれば良い」
イレーネの腰に手を回し身体を寄せるUNKNOWN。戦場の真っ只中、二人は踊るように銃撃を繰り返す。
防御が崩れれば朝比奈と瑠亥が擦れ違い様の一撃を叩き込む。瑠亥は攻撃をかわし、朝比奈は強引に雷を突き破る。
「ハッ! 負ける気がしねぇな!」
「少しは格好がついてきたか‥‥朝比奈」
繰り返すが、ミュウは強い。しかも二体居る。それを前に笑っている彼らはある意味異常である。
「この感覚‥‥滾る、滾るぞ。そうだ‥‥! 私はずっと求め焦がれていたのだ‥‥!」
身体が軽い。銃が思い通りに、弾が自在に飛んでいく。UNKNOWNのエスコートは心地よくイレーネに戦場の音色を伝播させる。
何故戦場に立つのか。何を求めるのか。わからないままに、ただ手繰り寄せるようにしてここまで歩いてきた。
「貴様が死んだ時、私は失望すら覚えた‥‥! このまま終わらせたくないと、心の何処かで叫んでいたのだ‥‥!」
それは今も同じ事だ。終わりは近づいている。それを勿体無いと、まるで夢見がちな少女のように感じている。
「貴様に逢えて良かった。供給源、自分は――自分の宿敵を見つけたぞ!」
炎を纏った弾丸に貫かれ仰け反る供給源。言葉がわからずとも理解出来る。それは悲鳴だと。
「ふむ‥‥? 少し、妙な感じが‥‥」
目を細めるUNKNOWN。駆け寄る朝比奈に声をかける。
「朝比奈、まあ少し待て」
「何だよ、倒せそうだろ!?」
「朝比奈、藤村‥‥あれをそれぞれ同時に倒せるかね?」
その言葉で二人は顔を見合わせる。そして次にミュウを見た。
二体は全く同じ動き。同じ外見。今も同じ様に悲鳴を上げている。
「‥‥そういう事、なのか?」
「片方だけ倒すんじゃダメって事か!?」
「まあ、わからないが、ね。二人なら出来ない事もないだろう?」
そんな声を受け二人は同時に走り出す。先に瑠亥が雷撃を掻い潜り、二体の向こうまで突破する。それを負う形で朝比奈が駆けつけ、渾身の力を剣に込めた。
「今だ、イレーネ!」
UNKNOWNとイレーネは同時に攻撃を仕掛け、ミュウの守りを引き剥がす。そのタイミングを見計らい朝比奈と瑠亥は最後の一撃を放った。
両断され、奇声と共に倒れるミュウ達。青い光が爆ぜ、液状化しながらその身体は形を失っていくのであった。
「――しゃああ、最強ッ! やったな、藤村!」
爽やかにハイタッチを要求する朝比奈。瑠亥は真顔でそれをただ見つめている。
「‥‥何故ここで乗ってこないんですか、藤村さんは?」
「いや‥‥」
「まあいいだろう。握手しようぜ、握手‥‥」
しかしスーっと瑠亥は後退する。無表情に逃れる瑠亥を朝比奈は暫く追いまわすのであった。
こうして供給源勢力を含むバグアの残党狩りは無事に完了した。
ミュウ二体とシルバリーを倒したという成果は大きく、戦線の拡大を阻止した貢献は大きいと言えるだろう。
「供給源‥‥これで終わりではないのだろうな」
死体とも呼べぬ死体の傍らに立つイレーネ。少なくともミュウはまだあと一人――ブラッドをヨリシロとした個体が生存している。
「倒しても倒しても宿敵を供給してくれるとは、正に名前の通りだな」
掌に溶けた水を掬うイレーネ。それは青く美しくまだ僅かに光り、まるで血のように暖かかった。
「シルバリーは死んだか」
「ええ」
瑠亥の言葉に腕を組んだまま頷く忍。そのまま二人は視線をスライドさせ、遠巻きにキアとラナを眺める。
「仲直りしたのか、第二ラウンドが開始したのか‥‥どっちかしら?」
瑠亥は特に何も言わなかった。いつもの事だというのはわかっているし、あれが二人のコミュニケーション手段なのだ。外野がつべこべ言う事ではないだろう。
「これで旧ネストリング勢力も大分始末出来たと思いたいんだがね」
疲れた様子で歩み寄る涼。その手には血染めの仮面が握られている。
「どうやら女子供まで兵士に仕立て上げられてるみたいだ。もうあんなのネストリングでもなんでもねぇよ‥‥」
「ブラッドはこうなる事を理解していたのか‥‥」
「どっちにしろ、只管に胸糞悪い話だぜ」
瑠亥の前で溜息を零す涼。それでもまだ彼の戦いは終わっていない。むしろこれからが本番だと言えるだろう。
「人間の思いあがりが生んだ被害者だったのかもしれませんね」
ぽつりと呟く美汐。戦闘終了ムードで集まる傭兵達の中、UNKNOWNは朝比奈へ歩み寄りその肩を抱く。
「さて。そろそろ帰るとしようか。行きたい所もあるし、ね」
「は? まだどっか行くのか?」
「朝比奈には案内を頼みたいのだよ。そうだ、花も買って行こう。ここが荒地でなければ現地調達したのだが、ね」
よくわからないで首を傾げる朝比奈。そのまま傭兵達は任務を終え、戦場から帰還するのであった。
ネストリングと供給源。二つの敵はいよいよ一つに収まりつつある。
全てに終止符を打つその時は、目前まで迫っていた‥‥。