●リプレイ本文
「こーら。ヒイロ。つまみ食いばっかしとらんで、準備手伝い」
マリーさんのお別れ会の準備を進める三日科 優子(
gc4996)。ネストリング事務所内は手作り感溢れる装飾で彩られ、沢山の料理が作られつつあった。
「きゅーん‥‥だっておなか減ったですよー。そもそもー、何故か全員居ません」
振り返るヒイロ。この事務所には六人ほど傭兵が居た筈だが、今は茅ヶ崎 ニア(
gc6296)の姿しか確認出来ない。
「皆色々と準備で忙しいんやろうな」
苦笑する優子。実は彼女は他の面子がどこで何をしているのか知っているのだが‥‥ヒイロは気付いていない様子だ。
「折角のマリーさんのお別れ会‥‥じゃなくて壮行会を盛り上げる為だからね。準備は万全にしておかないと」
猫じゃらしでマリーさんと遊ぶニア。そこで思い出したように立ち上がる。
「さてと。そろそろ予約しといた猫用ケーキを取りに行って来ようかな」
「ほな、ついでにこれも頼んでええか?」
優子からメモを手渡されるニア。そこにはマリーさん用の品がずらりと記入されている。
「おっけー。帰ってきたら料理も手伝うから。あとこれあげる」
優子にねこじゃらしを手渡すニア。優子は何を思ったのかヒイロの前でそれを振る。するとヒイロは何故か優子に飛び掛るのであった。
そんなドタバタ音を聞きながら事務所を出るニア。青空を見上げながら一息吐くのであった。
「皆、上手くやってるといいけど」
時を遡り、数時間前。ヒイロがまだその辺の床で寝ている中、傭兵達は相談を進めていた。
「正味の所、ヒイロからマリーさんを引き離せば問題解決ってわけじゃないんだよね」
腕組み考えるニア。そう、『敵』はそのくらいで諦めるような生易しい相手ではないのだ。
「気を使って遠ざけた斬子とその家族も狙われた。敵はヒイロから全てを奪い取り壊そうとしている。笑顔で送り出したマリーさんの遺体が届けられたって不思議じゃないよ」
「彼女の事です‥‥そのくらいの事はするかもしれませんね‥‥」
悔しげに呟く終夜・無月(
ga3084)。二人はその脅威‥‥『敵』の姿を確認している。彼女が如何に残忍であるかも、だ。
「そもそも、今回の依頼はいくらなんでも胡散臭すぎるのです。こんなの疑ってくれと言わんばかりなのですよ」
「ヒイロがマリーさんと出会ってからもう一年近く経ってるのに、最近行方不明になったような口ぶりだったしな」
唇を尖らせるヨダカ(
gc2990)に続き崔 南斗(
ga4407)が疑問を口にする。
『敵』の事も考えれば、依頼の裏を勘ぐるくらいで丁度いいのかもしれない。それは彼らの共通認識であった。
「マリーさんがヒイロさんの所に来るまでには、実は色々な経緯があったんだ」
ぽつりと呟く上杉・浩一(
ga8766)。彼はヒイロとマリーの出会いについて知る数少ない人物の一人である。
「マリーさんは元々野良猫でな。ヒイロさんは責任を持って育てると言った。その覚悟をこんな形でふいにしてしまうのはな‥‥」
「ペットとの別れは必ず訪れるものだが‥‥ちょっと唐突すぎたよな」
全員で振り返り、アホ面で寝ているヒイロを見やる。それから再び顔を合わせた。
「これはやはり、おばさんの後ろを洗ってみる必要がありそうやな」
顎に手をやり頷く優子。こうして傭兵達は準備と平行して依頼の裏について調べる事になったのである。
「お疲れ様ー。首尾はどうです?」
買出しと称して出かけたニアは広場へ向かっていた。そこにはヨダカ、浩一、南斗の姿がある。
「うーん、芳しくないような、上々なような」
「微妙な感じですね」
文字通り微妙な顔の南斗。ヨダカは悔しげに拳を握り締めている。
「ぐぬぬ‥‥おばさん自身については怪しい所はなかったのですよ‥‥」
「ただ、どうやらエカテリーナちゃんがいなくなったのは一週間くらい前らしいんだ」
南斗の言葉に首を傾げるニア。その事実は調べてみれば直ぐにわかった。何せおばさん本人の言なのだ。
「マリーさんは一年近くヒイロと一緒に居る。つまりエカテリーナちゃんじゃないんだよ」
「じゃあ、あのリボンは?」
そう、マリーさん=エカテリーナちゃんの決め手となった名前入りリボン。あれは何だったのか。
「まて? あの時マリーさん、リボンなんて巻いていたってか?」
広場に居た野良猫を抱きかかえながら考える浩一。大分前の事なので記憶はハッキリしないが、リボンはなかった気がする。
「要するに、誰かがでっちあげる為にリボンをマリーさんに装着させたという事なのですよ」
「誰か‥‥あの伊達男くらいしかいないだろうな」
南斗が言うのは依頼人と一緒に現れた青年である。如何にも怪しいのだが、行動の理由がいまいちわからない。
「わかりました。それじゃあ、私があのイケメンと接触してみます」
「気をつけた方がいい。旧ネストリングと関係があるかもしれない」
ニアの言葉にそう返す南斗。朝比奈に裏が取れればよかったのだが、生憎彼は依頼に出ていてLHにいなかった。
「大丈夫です。こんな事もあろうかと一登を用意しておきました」
少年の首根っこを掴み持ち上げるニア。一登はなんとも言えない顔をしている。
「どういう事だ‥‥」
「子供相手なら油断するかもしれないし」
「あんた絶対子供の意味履き違えてるぞ‥‥」
そんなわけで残りの調査はニアと一登に任せ、三人は事務所へと引き返すのであった。
事務所へ戻って来た三人が見たのは、ねこじゃらしでじゃらされるヒイロの姿であった。優子は暫しの間ヒイロで遊ぶ事に没頭していたようだ。
「わふーん」
「よーしよし、こっちやでー」
「わふふーん」
「ヒオヒオ‥‥犬なのか猫なのかどっちなのですか!」
ビシリと指差し突っ込むヨダカの声で正気を取り戻す優子。こうして壮行会の準備が再開された。
そうしていると、暫く送れて無月が事務所に戻ってくる。浩一は飾りつけをしながらそちらに目を向けた。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ‥‥すみません、準備を抜けてしまって」
首を横に振る無月。彼が向かっていたのは斬子の病室であった。
見舞いに行ったはいいが、斬子は何の反応も返さなかった。せめて罵ってくれればいくらかマシだったのだが、それすらもない‥‥否、出来ない状態であった。
無月は長髪を結び、エプロンをつけて台所に向かう。そこでヒイロを手招きした。
「緋色‥‥手伝って貰えますか?」
「わふーん。よいのですよー」
二人並んで料理の仕込を進めつつ、無月は口を開いた。
「緋色、先日の斬子島での事件‥‥既に聞いていますね?」
頷くヒイロ。無月は言葉を続ける。
「斬子は話も出来ない状態でした。真紅はこれからも‥‥緋色を狙ってくるでしょう」
「わかってる。でもその話は‥‥まだ待って欲しいんだ」
そこで会話は打ち切りになってしまった。無月はただ黙々と準備を進める。これからの事を案じながら‥‥。
「あのー、二人とも気合入れてるのは良いんやけど‥‥ちょーっち作りすぎやない?」
山盛りになった皮をむかれたジャガイモを見やり、優子は苦笑するのであった。
更に準備を進め、いよいよ壮行会開始直前になった頃、ニアと一登が戻って来た。しかし‥‥。
「うーん、その話はちょっと後でいいかな?」
という、ニアの微妙な言葉もあり問題は一先ず先送りになった。そしていよいよおわか‥‥壮行会が幕を開いたのであった。
壮行会はとても賑やかに、盛大に行なわれた。
猫であるマリーさんは放って置くとどこか行ってしまうので、ヒイロが抱きかかえて特等席に座った。
「みんな‥‥ありがとうなのですよ」
マリーさんは猫だ。猫を副社長だと言い張っていたのはヒイロだけで、他の誰も認めてはいないと思っていた。
しかしそれは違った。少なくとも彼らはマリーさんも仲間として扱っていたのだ。だからこんなにも一生懸命に準備をしてくれた。
「皆遠慮せんでどんどん食べてな! あ、お好み焼きおかわりいるか? ウチはちょっとお好み焼きにはうるさいでー」
「マリー副社長に乾杯!」
「あんた自分が飲みたいだけだろ!?」
決して他の誰にもお好み焼きを焼かせない優子、ジャッキを掲げるニア、それに突っ込む一登。
マリーさんの形をしたケーキを囲み最後の時間を過ごすネストリング社員一同。ヒイロはマリーさんを抱え、優しく微笑むのであった‥‥。
「さてと。ヒオヒオ‥‥そろそろ本題に入るのですよ」
オレンジジュースの注がれたグラスを置くヨダカ。それは避けては通れない話の始まりであった。
「ずっと一緒だったマリーさんをこんな事くらいで手放して良いのですか?」
ヒイロは答えない。ただマリーさんの顎をなでている。
「我侭を言ってもいいのです。それとも一緒に死ぬつもりも無いのに共にいたのです?」
「‥‥うん。覚悟っていうのが‥‥足りなかったんだろうね」
ずっと一緒には、居られないかもしれない。
どんなに頑張っても、願っても、傍には居られない事もある。そんな風には考えていなかった。
「もう、友達が居なくなるのは嫌だよ。だから‥‥傍に居ちゃいけないんだ」
「だったら尚更‥‥!」
「マリーさんが死んじゃうのは‥‥嫌だよ」
泣き出しそうな声で呟くヒイロ。南斗はそんなヒイロの肩をそっと叩く。
「それでも、ヒイロさんはマリーさんを助けた‥‥それは事実じゃないか」
「野良猫だったマリーさんを連れて、君は一生懸命面倒を見たじゃないか」
ヒイロが子猫を連れて現れた時の事を思い返す浩一。あの時確かにヒイロは命と向き合ったのだ。
「自分守る‥‥大切に思う‥‥傷ついて欲しくない人やモノ‥‥。其の決意も、想いも‥‥尊く素晴らしいモノでしょう」
話を聞き、無月は静かに語る。
「でも‥‥忘れてはいけません。そう決めた対象にも、心や意思や考えが在る事を‥‥」
「マリーさんが、どう思っているか?」
猫は言葉を話さない。ただ黙って縮こまっているだけだ。
「いつ死ぬかわからないから大切な物は持たない‥‥それは少し寂しすぎるんじゃないか?」
南斗の言葉に黙り込むヒイロ。そこへ現れたのは依頼人のマダムと伊達男であった。
「やあ。予定より少し早く来てしまったかな?」
前髪男の明るい声に身構えるヒイロ。傭兵達も席を立った。
マリーさんがヒイロの所へ来たのが役一年前。おばさんがエカテリーナを探し始めたのが一週間前。これは間違いない。だが‥‥。
「さあ、いい加減エカテリーナちゃんを返して頂戴!」
実際マリーさんの首にリボンが巻いてあったのだがら、そう言われるのは当然であり‥‥二つの猫が別物であると証明し納得させる事は簡単ではない。
「おばさん‥‥この猫、譲ってもらえないでしょうか?」
切り出したのはニアだ。しかし無論おばさんは意味がわからない様子である。
「そんなの無理に決まってるでしょう?」
「調べたが依頼内容は『エカテリーナを見つける』までやったはずや。その依頼は達しとる筈やけど?」
腕組み睨む優子。おばさんは驚き仰け反る。
「まあ!? 意地でも渡さないつもりですの!?」
「マリーさんとはこの一年近くずっと一緒だったのです。同じ屋根の下で、同じ食事をして、同じお風呂に入って来たのです。時々でも良いです、ここに遊びに来させてもらえないですか?」
土下座して頼み込むヨダカ。おばさんもこれには困惑した様子だ。
「マダム、本当にこの子はエカテリーナちゃんなのか? 確認する方法はないのか?」
「だから、そのリボンが証拠ですわ! なんなんですの貴方達!?」
浩一の言葉も通用しない。そこで前髪男はヒイロの手を差し伸べた。
「さあ、猫を渡してもらえるね?」
震えるヒイロ。そうして悩んだ彼女が出した結論、それは‥‥。
「いやなのです! マリーさんは渡さないのです!」
拒絶を明言するヒイロ。そうして自らも頭を下げる。
「マリーさんはヒイロだけの猫じゃないのです! 皆が認めてくれたから‥‥ここにいてもいいって、言ってくれたから‥‥! もう、離れ離れは嫌なのです!」
「ま、ま、まま‥‥まあ!」
青ざめるマダム。青年は何故か楽しげに笑っている。
「それは依頼を放棄するって事かい? 君の正義は、誰かを思う気持ちはその程度だと?」
「正義は大事です。私以外の誰かの為に私が居るのも変わらない。でも‥‥筋は通さなきゃいけない。誰かの想いを裏切る事は出来ない!」
もし傭兵達が適当に壮行会をしていたら。こうして頭を下げなければ。考えは変わらなかっただろう。だが。
「仲間が頭を下げるのなら。それを通してあげるのが社長だと思うから!」
「それが君の答えか。成程ね」
青年は頷き、それからあっさりと言う。
「それじゃあ仕方ないね。マリーさんは君に預けよう」
ポカーンとするヒイロ。それ以上にポカーンとするマダムと傭兵達。青年は一度事務所から出ると、大きなペット用の籠を持って戻って来た。
「マリーさんを借りるよ」
そうしてマリーさんの首からリボンを解き、籠の中に隠れていた白猫の首にリボンを巻く。
「というわけで、依頼は完了っと」
完全についていけないマダムに猫を渡す青年。そのまま一方的に説明する。
「実はその猫はエカテリーナちゃんではなかったんです。だから僕が本物のエカテリーナちゃんを探して置きました。これで一件落着ですね――」
「黙っててごめん、実はそういう事だったんだ」
頭を下げるニアと一登。二人はこの顛末を既に知っていた。
要は全て仕込みである。本物のエカテリーナはこの男がとっくに発見していた。そして彼はリボンをマリーさんにこっそり巻き、マダムをここへ案内したのである。
「ひいろ、ちょっと、こんらん」
「意地悪してごめんよ。皆さんにもご迷惑をおかけしました。ですが、どうしても確かめたかったのです。ブラッド・ルイスとこの子の違いを」
「という事は、やはり君は?」
「ええ。お察しの通り、元ネストリングです。尤も、僕は能力者ではありませんがね」
南斗の質問に応じると青年は席を立ち、そのまま事務所を立ち去る。
「貴方達が一緒なら彼女は大丈夫でしょう。これからも宜しくお願いしますね」
こうして嵐はさった。残されたのは多大な徒労感のみである。
「ヨ、ヨダカの土下座は一体‥‥」
「まあ、マリーさんが行かなくて良かったじゃない」
「そ、そやな! 折角料理もあるんやし、マリーさんお帰り会でもしよか!」
手を叩きながら言う優子。マリーさんはヒイロの手の中から抜け出し、窓から出て行った。
「‥‥本人にとっては、どうでもいい話だったのかもしれませんね」
「猫は猫だからな。誰かが独占するというのが少し変な話だったのかもね」
無月に続き苦笑する南斗。こうして二次会が賑やかに開始されるのであった。
「‥‥お疲れ様。ゆっくり休むんだぞ」
ヒイロの頭を撫でる浩一。少女の笑顔は、不思議ととても晴れやかに変わっているのであった。