タイトル:ザ・グローリーマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/30 08:50

●オープニング本文


「――単刀直入に言おう。小さいの‥‥私と手を組まないか?」
 ミドラーシュの言葉にイリスはゆっくりと目を細める。それはとある夏の昼下がりの出来事であった。
 イリス・カレーニイが勤務するビフレストコーポレーション。そのビルに正々堂々とこのバグアが訪れたのがつい一時間程前の事。
 驚愕したイリスが慌てて通報しようとしたが、ミドラーシュは戦いに来たわけではないので外で話そうと言い出し、現在に至る。
「手を組む……ですか?」
「そうだ。手を組むと言っても、それほど大それた事をするわけではない」
 通りに面したカフェテリアの窓際の席に腰掛け、ミドラーシュはコーヒーにミルクを流し込んでいる。
 イリスが彼の言葉に応じたのには理由がある。それは過去に彼女が関わったバグアとの出来事に起因する。
 バグアにとって利用価値があるのなら直ぐに殺される事はないとイリスは踏んでいた。尤も確実な安全など有り得ないが、身を挺して話を聞くに値する理由が彼女にはあった。
 そう、イリスはすっかりアンサーの再生に困窮していた。手詰まりの状況が終わらない現状、一縷の光明に縋りたいと考えるのはある意味自然な事である。
「平行線ですか。そんな結論が出るほど、貴方と議論を交わした覚えはありませんが」
「ふん。言葉を交わさずともわかる。イリス・カレーニイ‥‥貴様はマッドサイエンティストではないな!」
 ビシリと指差し叫ぶミドラーシュ。イリスは両手でグラスを持ったまま普通に頷いた。
「この私、ミドラーシュはマッドサイエンティストだ! 己の理想を叶える為、その研究の為には手段を問わない! そしてその行き着く先は、究極の進化である!」
「究極の進化?」
「それはバグアの至上目的‥‥否、生来持ち合わせた本能的欲求でもある。我々は呼吸をするのと同じ様に、新たなる知を欲する生き物なのだよ」
 店員が持って来たケーキの皿を受け取り、それにフォークを突き刺す。
「私はそれに新たな形でアプローチしているに過ぎない‥‥もぐもぐ。つまり、単独無限究極進化への問いなのである」
「単独無限究極進化ですか‥‥壮大なテーマですね」
「だろう? フッ、やはりわかるか、小さいの」
 溜息混じりの嫌味は笑顔で返されてしまった。イリスは眉を潜め話を続ける。
「それで? 協力というのは、具体的に何をするのですか?」
「私の隣に控えるこのズルフィカールに心を与えて欲しいのだ。それにより、ズルフィカールは漸く完成する」
 この数ヶ月、ミドラーシュはズルフィカールの強化に没頭してきた。
 各地の戦場を巡り、様々な戦闘経験を積ませ、改造と強化を繰り返し、最早ズルフィカールの戦闘力は主であるミドラーシュを容易に凌駕している。
「しかしそれでは足りぬのだよ。このままではいかんのだ」
「そうでしょうか? それだけ強くなったのなら十分だと思いますが‥‥この後に及んで何が足りないのですか?」
「萌えだ!」
 立ち上がると同時に両腕を広げ、鬼気迫る表情で叫ぶ男。イリスはゆっくりと席を立ち、白衣に手を突っ込んだまま歩き出す。
「帰ります」
「待て待て待て! 何故帰ろうとする!?」
 イリスを強引に着席させるミドラーシュ。そして咳払いを一つ。
「小さいの‥‥私は貴様の研究の一部、アンサーの存在についてだけは評価しているのだ。あれぞ私の理想の嫁である」
「勝手にアンサーを嫁にしないで下さい! そういう事は先ず親に挨拶をするものでしょう!?」
「な、何故キレた‥‥? まあいい。とにかく、私はズルフィカールに心を与えたいのだ。そこで初めてズルフィカールは完成する。つまり、自己思考、自己学習、自己進化が揃うのだ」
「私がそれに協力するとでも?」
「するさ。小さいの、貴様はアンサーの復活において手詰まりの状態にある‥‥違うか?」
 鋭い指摘に思わず黙り込むイリス。しかし何故そんな事まで知っているのか。
「この数ヶ月私が何もしないままだったと思うか? 貴様らの過去については既に調べがついている。フィロソフィアとの戦いの事も、アンサーが消えてしまった事もな」
 そこで男は指をパチンと鳴らし、再びイリスを指差した。
「私と貴様が手を組めば、アンサーの復活は不可能ではない。何せあのシステムの根幹を築いたのは、この私なのだからな」
「え‥‥? でもあれは、フィロソフィアが‥‥」
「あの落伍者は私の研究を盗んで逃げたのだ。尤も、あの時はこんな風に完成させられようとは思っても見なかったので、特に執着はなかったがな。ああ、完成させられたジンクスに関しては君の手柄だ。今更私の物だとか言い出すつもりはないが‥‥」
「貴方なら、ジンクスのブラックボックスを‥‥私の手の届かなかった領域を‥‥解明出来る?」
 暗闇の中に差し出された光明。しかしそれはバグアの手だ。まさか一方的に知識が与えられる筈も無く、その為には人類を裏切る事にもなりかねない。
「だとしても‥‥そんな手には乗れません。私はこれまで自分と仲間達の力だけでやってきたのです。そんな卑怯な手で得た回答なんて、何の意味も無い」
「ふん。貴様、研究を‥‥科学者をバカにしているのか?」
 しかし男の言葉は冷ややかであった。
「私は自分の研究に手段を問わない。それは全力だからだ。その為に全てを賭しているからだ。誰に何を言われようが後ろ指を差されようがそれでもやり通す、そう決意しているからだ。貴様は違うのか?」
「それは‥‥」
「少なくとも貴様の姉、アヤメ・カレーニイはそうだったのではないか?」
 はっとする。それは考えないようにしてきた可能性の一つだ。
 アヤメはバグアに屈したからフィロソフィアと組んだわけではない。全ては研究、自分の為だった。
 天才ではなかった彼女が、それでも手を伸ばす為に使った手段。努力の軌跡。形振りを構わず走り続けた結果論。それがバグアとの協力である。
「どちらにせよ、貴様を放置するつもりはない。協力出来ないというのであれば、ジンクスは直に戴く事になる。だがそれを私は望んでいない」
 静かに席を立つミドラーシュ。その傍にズルフィカールが歩み寄る。
「時期を改め再会しよう。その時に貴様の答えを聞こうではないか、小さいの」
 立ち去る二人を見送りながらイリスは考えていた。自分が求める物、自分が本当に何をすべきなのか。
 欲しかった物は名誉でも地位でも金でもなく、ただ愛する姉の興味だった。
 このまま研究を続ければ、ジンクスはシミュレーターとして大成するだろう。だが、アンサーを取り戻す事は出来るだろうか?
 首から提げたヘッドフォンに触れる。冷たい鉄の感触は、何の答えも聞かせてはくれなかった――。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

「‥‥着いてしまいましたか」
 森を前にしてぽつりと呟くイリス。この場所を訪れる度、姉と別れた日の事を思い出す。
「イリス、君の望むことは何だ? それを実現するための協力は惜しまないよ」
 神撫(gb0167)はそっとイリスの肩を叩く。彼の言葉は嬉しくはあったが、それでも『巻き込む』事を考えれば判断は慎重にせざるを得ない。
「ミドラーシュの話、分からん事もないが‥‥手段を選ばないのは二流止まりの発想だ。短絡思考は良くないのダー」
 腕を組みイリスと肩を並べるレベッカ・マーエン(gb4204)。目を瞑ったまま言葉を続ける。
「妄執は光を奪う‥‥悲しみしか生まない。困難すらも楽しむ、それがマーエンの科学だ」
「楽しむ、ですか。そうですね‥‥最近の私は、研究を楽しむ気持ちを忘れていたのかもしれません」
 楽しんでいる余裕等なかった。必死だったし、何よりも時間が無い。
 世の中は大きく動き出している。人類がバグアを打倒する事になれば、能力者向けのシミュレーターも人工知能もお役御免となるだろう。
 勿論、それ以外の使い道はあるだろう。しかし戦争という特需故にかけられた金と時間、それを取り上げられてしまえば、文字通り先は真っ暗になる。
 しかし結果を出す事を急いでいれば、アンサーの復活に裂く時間は減ってしまう。その両方を叶える手段があるのなら、縋りたいというのが本音であった。
「そもそもイリスとアヤメは別人だ。アヤメがそうだったとして、イリスがそれに倣う必要がどこにある?」
「どんな道でも協力しますから、自分を信じて決断を下してくださいね」
 いつもの様にイリスを抱き締める望月 美汐(gb6693)、声をかけるヘイル(gc4085)。自分は信頼されていると感じる。それがくすぐったくも嬉しかった。
 だが、いつからだろうか。周囲の期待を重く感じるようになったのは。
 アンサーの事は自分だけの問題ではない。やりとげられなければ悲しむ人達がいる。期待を裏切ってしまう。
 一人ではなくなったという事が。期待に応えたいと願う事が。躓く事の無かった天才の脆さに拍車をかけていた。
「ところで美汐、何故そんな格好を?」
 見れば美汐はふりっふりのメイド服を着用していた。美汐はその場でくるりと回り、唇に人差し指を当てる。
「これも交渉を有利に進める為ですよ」
「そろそろ行きましょうか。あまり相手を待たせるのも失礼ですしね」
 車に鍵をかけて歩いてくる和泉 恭也(gc3978)。イリスは頷き、胸に手を当て深呼吸をした。
「迷う事は当然だと思う。だから君の中で何が一番大事なのか、それをしっかりと考えて、出した結論に後悔のないようにな」
「あたし達も、アヤメも、お前の出す答えを信じている。だが答えを出すのは自分自身‥‥それを忘れないでくれ」
 神撫とレベッカの言葉に頷くイリス。こうして一行はかつて訪れた森の中へ、再び足を踏み入れるのであった。

 森の中腹辺りまで歩いた所で、ミドラーシュとズルフィカールが待ち構えていた。そこは奇しくもあの日アヤメを置き去りにした場所であった。
「随分と大所帯で来た物だな。護衛と呼ぶには物々しいぞ」
「自分達の事はお気になさらず。必要なら武器は全て捨てても構いませんよ」
「ここで争うつもりはありません。話の結論がどうあれ、今回はお互い紳士的に振舞いませんか?」
 目の前で武装を解除してみせる恭也と美汐。二人の態度にミドラーシュは頷き、自らもロッドを手放した。
「殊勝な心がけだ。私は何でもかんでも武力で解決するような馬鹿とは違うのでな」
「そっちが紳士的で良かった。これで落ち着いて話が出来る」
 頷く神撫。橘川 海(gb4179)はミドラーシュの前に出てぺこりと頭を下げる。
「初めましてっ! 私の名前はは橘川海と言います! 宜しくお願いしますねっ!」
「ん? ああ、こちらこそ宜しく‥‥」
「これが噂のズルフィカールさんですかー‥‥すごいですねっ!」
 棒立ちのズルフィカールに駆け寄り、頬をぺたぺたする海。ミドラーシュは冷や汗を流し、咳払いを一つ。
「さて、では議論を開始するとしようか。イリス・カレーニイ‥‥貴様の答えを聞かせてもらおう」
「その前に、この話の内容について先に整理にしておかないか?」
「ほう? というと?」
「協力する場合としない場合、俺達はどうなるのか。特に、今のイリスには立場というものがあるからな」
 そう、この協力はかなりのリスクを伴う選択なのだ。協力するとどうなるのか、しないとどうなるのかを明確にしておく必要がある。
「成程な。では説明しよう。まず私と協力する事による貴様らのメリットだ」
 ミドラーシュはバグア側の研究者であり、JXシステムについても詳しい。
 イリスがアンサー復活にてこずっている理由は、ずばりJXのブラックボックスである。この不可侵領域を開放出来れば、アンサーの再構築は容易いだろう。
「その話、少し待ってもらおうか」
 そこで口を挟んだのはレベッカだ。ビシっとミドラーシュを指差す。
「JXシステム、本当にお前の成果物か? フィロソフィアの話と辻褄が合わないのダー」
 場の空気が変化する。この前提条件がぶれてしまえば、イリスが得るメリットは激減してしまうからだ。
「確かに、JXシステムは六車博士が開発した物だった筈だ。だからこそイリスの手に渡る事になった」
 腕を組み補足するヘイル。それに対しミドラーシュは顎に手をやり。
「ふむ、それは事実だ。しかし貴様らがJXシステムと呼んでいる物は、元々私とフィロソフィアが共同で研究していた物なのだよ」
「何?」
 眉を潜めるヘイル。男は目を瞑り、過去について語り出した。
 ミドラーシュとフィロソフィア、二人は同じ研究に携わっていた。否、厳密には三人である。
「我々はそれぞれ別のアプローチで自己進化について研究していたのだ。全ては強力なヨリシロを確保する為だったがな」
 その際、研究成果の一つとして完成したのがJXシステムであった。しかし三人の共同研究は長らく持たず‥‥。
「その内一人がアレを持ち逃げしたのだ。私はそれはそれで別に良かったので放置したが、フィロソフィアは後を追っていたようだな」
 三人目は地球で六車博士という協力者を得て研究を続ける。しかしその半ばでUPC軍の手により葬られる事となった。
「その後の事は貴様らの方が詳しいのではないか?」
 フィロソフィアにとってその三人目はライバルであり、超えるべき相手でもあった。故に彼は残されたJXシステムを狙い、我が物としようとしたのである。
「私も別に興味はなかったのだがな。奴の研究所に残されていたデータを見れば、欲しくなるのも当然であろう」
「貴様もフィロソフィアと同じか。完成したのならそれを寄越せ、だと? 馬鹿にするなよ」
 腕を振るい、ミドラーシュを睨み付けるヘイル。
「アンサー・ジンクスは六車博士が執心し、アヤメが命を懸け、イリスが大切に育み、俺達が共に歩んできたかけがえのないモノだ。脅されてはいそうですかと渡せるものでは無い。見くびりすぎだ阿呆が」
「勘違いするなよ人間。だからこそ私はこうして会談の場を設けたのだ。一方的奪略ではなく、共同研究‥‥そういう手段を用意してやったのだ」
 睨み合う二人。そこへ割り込んだのは美汐だ。メイドの格好で、恭しくミドラーシュに紅茶を差し出す。
「こちらをどうぞ、旦那様」
「おぉ、これはどうもご丁寧に‥‥」
 紅茶を口に運ぶ男。何と無く場が和んだような気がする。
「メイドさんは良いものだ。貴様は三次元の中では比較的良質な部類だと言える」
「ありがとうございます、旦那様♪」
「‥‥お前の趣味はどうでもいいのダー。それより話を続けるぞ」
 ジト目のレベッカの声で議論は再開される。
「こちらの申し出を受けない場合は、武力行使に出ざるを得ない。私は手段を選ばないタイプなのでな」
「そうなってしまえば、争いは避けられませんか‥‥」
 神妙な面持ちの恭也。しかも、協力するにしても危険は大きい。
「協力するのであれば、そのままだとまずいですよね」
 美汐の言う通りだ。何せこのJXシステムには、文字通りジンクスがある。
 バグアの協力を得た研究者は、例外なく悲惨な末路を辿っている。親バグアとして抹殺された六車博士の焼き直しになる可能性すらあるのだ。
「その場合は、設定が必要ですね。アヤメさんの学友で、協力に駆けつけたとか。ばれた時には、ミドラーシュさんに利用されていたという振る舞いが必要になるでしょう」
「ふむ。まあ必要なら付き合おう。だが私も同じリスクを背負っているという事を忘れるなよ」
 傭兵達の話を聞き、イリスは考え込んでいる。
「もう一つ確認したい事があります。ミドラーシュ、貴方の目的についてです」
「そういえば、何で最強なんて目指してるんですかっ?」
 海の疑問に対し、男は真剣な顔で応える。
「理由は無い。強いて言うのならば、時間が無いからか。今の私には、心が必要なのだ」
「どういう意味だ? そもそもお前の求める心とは何だ?」
「心とは即ち強さだ。勇気、愛、友情‥‥それが人類の強さに他ならない」
 冗談ではなく、彼は本気でそう考えている。レベッカは思わず黙り込んだ。
「でも心を植えると、力と知恵の不均衡から性格が歪み、ツンツン罵られ踏まれしたりした挙句命令無視される危険性もありますよっ」
「構わん。ツンデレは好きだし、その不安定さこそ人の強さだからな」
「なんだか‥‥すごく人の心の力を信じてるんですね?」
「ああ。人には多種多様な心がある。だからこそ、バグアは負けるのだ」
 ぽつりと呟いた言葉に傭兵達は驚いた。まさかそんな事を言い出すとは誰も予想していなかった。
「ズルフィカールはお前にとって何だ? 唯一無二のパートナーか? 自身の力を誇示する為の人形か? それとも‥‥兵器か?」
 更なるレベッカの問い。これに男は堂々と告げる。
「そのどれも違う。こいつは私にとって――人生そのものだ!」
 問答の後の静寂。そしてイリスが出した答え、それは‥‥。
「――わかりました。手を組みましょう、ミドラーシュ」
 イリスの声が響く。その言葉に異を唱える者はいなかった。
「交渉成立、か。そういう事なら貴様に心を与えるコツを教えてやろう」
「それはありがたい。これでズルフィカール萌えっ子計画が進展する」
「ちなみにお前は‥‥何萌えだ?」
 鋭い目付きで語りかける神撫。ミドラーシュは目を見開き。
「二次元全てが守備範囲だッ!」
 二人の男は熱く握手を交わした。
「だが先に言っておくぞ。アンサーは俺達の嫁で、娘だ!」
 そこへ割り込むヘイル。三人は仲良く手を繋いで環を作った。
「それは兎も角、そういう事なら一度ジンクスとズルフィカールを交換してみないか?」
「ほう?」
 研究に携わっていたとは言え、ミドラーシュもジンクスを解き明かすには時間が掛かるだろう。
 その間ズルフィカールに心を芽生えさせる事が出来れば、互いにとって一石二鳥となる。
「悪くない提案だと思うが。無論、借りたものは返す事」
「そうですね‥‥実はズルフィカールには興味がありましたし、お互い絶対に手放せない物だからこそ、約束は反故に出来ないでしょう」
 ヘイルの言葉にイリスの意外とすんなり同意した。恭也はそこでミドラーシュに言う。
「心は皆と一緒にあって始めて生まれるもの、ですよ。どうでしょう。自分達は実際、一度アンサーに心を与えた実績があるわけですが」
「確かにな‥‥」
「アンサーがそうであったように、彼女も変われる。彼女がそう願い、望めばこそ!」
 恭也の熱弁に腕を組み頷くミドラーシュ。そこで美汐は手を上げる。
「気になるのですが‥‥究極の一たりえたなら、ズルカフィールにとって『他』はすべて余分となります。つまりはミドラーシュさん自身もズルカフィールには必要なくなると思うのですが‥‥寂しくはありませんか?」
「勿論寂しいさ。だが、子供の成長を妨げる親など、あってはなるまい?」
 そう語ったバグアの顔は本当に優しく、理性を感じさせる物であった。
「‥‥彼女に命令拒否権を与えて、目的の為の道具では無く自分と同列の存在として接してみろ」
 頬を掻きながら告げるヘイル。ミドラーシュが余りにも意外な顔をするものだから、何と無く目を逸らしてしまった。
「助言は確かに聞き入れた。それでは互いに準備もあるだろう、今日の所はここまでで構わんかな?」
「ええ。とりあえず連絡先だけは交換しておきましょう」
 こうしてイリスとミドラーシュは協力する方向で互いに納得し、別れるのであった。
「フィー、と呼んでいいかな。これは再会の約束の証だ。次に会う時にでも返してくれ」
 最後にズルフィカールの手に鈴のついた髪飾りを渡すヘイル。ズルフィカールは何も答えず、表情も動かさず、ただそれを握り締めるのであった。

「ミドラーシュさん、思っていた以上に話が通る人でしたね。マッドサイエンティストというか‥‥」
「研究に対して一途っていうか‥‥そんな印象でしたね」
 帰り道を歩く一行。恭也と海の言う通り、いざ冷静に話し合ってみるとあれは決して会話が成立しないバグアではなかった。
 何より彼は人間以上に人間が持つ心の力を信じている、そんな印象を与えられた会談であった。
「それでもバグアはバグアです。私の選んだ事は‥‥」
「大丈夫。これが罪だというのなら皆で背負います。皆貴方の、いえ貴方たちの味方ですよ」
 優しく笑う恭也。しかしイリスの自分を責める気持ちを晴らす事は出来なかった。
「そもそも、アンサーを取り戻す‥‥その考え方が間違っているんじゃないでしょうか?」
「え?」
 足を止めるイリス。その背中に海は語る。
「今の私が生まれ変わっても、決して今の私にはならないと思うんですっ。再生したアンサーちゃんは、かつてのアンサーちゃんは別の心を持つんじゃないでしょうか?」
 それは考えてもみなかった可能性だった。故にイリスは呆然としている。
「『自分』を見てくれない新しいアンサーちゃんは、ずっと悲しんでいると思いますよ? 姉妹で違うことを、責めちゃだめです‥‥」
 イリスは青ざめていた。ふらふらとし始め、倒れそうになる身体を美汐が慌てて支える。
「でも、それは‥‥だって、私も‥‥」
「イリスさん‥‥?」
「ごめんなさい‥‥少し、考えさせてください‥‥」
 ふらつきながら歩き出すイリス。傭兵達は久しぶりに見るイリスの拒絶の表情に困惑するのであった。

 こうして交渉は成功し、今後の方向性は決定された。
 ミドラーシュ、そしてズルフィカール。二つの存在がJXシステムにどのような影響を齎すのか、それはまだわからない‥‥。