●リプレイ本文
監視カメラが侵入者の存在を捉え、傭兵達は直ぐに集められた。
進行速度はあまりにも早く、相手がまともな人間ではない事は明らかである。そして何より、彼らの格好には見覚えがあった。
「ネストリングの亡霊か‥‥それとも供給源の差し金か」
「腐れ縁って奴かねぇ。全く、こんな嵐の夜にご苦労なこった」
神妙な面持ちのイスネグ・サエレ(
gc4810)。軽口を叩く巳沢 涼(
gc3648)だが、イスネグと同じく内心穏やかではない。
「ネストリングにしても、ヒイロさんがこんな事をする意味はない筈‥‥。だとしたら、ブラッドさんの配下の生き残りでしょうか?」
思い当たる節は色々とあるが、今はまだ何もわからない。
「こればかりは聞き出すしかりませんが‥‥まずは護り抜いて追い返す、ですね」
ティナ・アブソリュート(
gc4189)の声に頷く傭兵達。ふと、ドミニカは振り返り茅ヶ崎 ニア(
gc6296)の胸倉を掴む。
「ちょっとニア、あんた何時まで飲んでんのよ!?」
「ロハで南の島でバカンス‥‥これに勝る物はないわね。ヒック‥‥」
つい先ほどまでバカンスを満喫していたニア。その頬をドミニカのビンタが往復する。
「しっかりしろー! 目を覚ませー!」
「お、起きてる起きてる! ガッデム‥‥せっかくのリゾードが台無しだわ!」
水を一気に飲み干すニア。そこでドミニカは周囲を眺める。探してみたが、須佐 武流(
ga1461)の姿が見当たらない。
「あれ? 武流は?」
「そういえば、部屋で寝てるとか言っていたような気がします」
「どいつもこいつもー!」
イスネグの応えに走り出すドミニカ。ニアは頬を撫でつつカメラの映像を眺める。
「楽園に来てまですることは仮装して殺し合いとはね。元ネストリング先輩達は仕事を選ばないんだな」
「あのう、私達はこれからどうしたら‥‥?」
「この屋敷で立て篭もるのに都合のいい場所はありますか? 確か、ワインカーヴがありましたよね?」
地下のワインカーヴならば頑丈で、かつ出入り口は一つしかない。避難場所としては上出来である。
「そこに皆で避難して欲しいんです。多分真っ当な相手ではありませんから」
ニアの指示で避難が開始される。そこへ入れ違いで武流とドミニカが入って来た。
「叩き起こしてきたわ」
文字通り叩かれたのか、ちょっと頬が赤い武流。ティナは苦笑しながらある事に気付く。
「あれ? なんだか巳沢さんも頬が腫れているような‥‥」
「ああ‥‥。美少女の御髪に気安く触るとこうなるのさ。覚えておくといいよ」
遠い目の涼。意味は全くわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
その時、急に屋敷の照明が全て消え去った。同時に監視カメラの映像も途切れてしまう。
「停電か‥‥やられたな。予備は?」
「予備もありますが、切り替わらない所を見ると‥‥」
武流の声に眉を潜める執事。これでもう敵の接近感知すら難しくなってしまった。
「避難を急いで下さい‥‥大丈夫、貴女は必ず守ります」
斬子に笑いかける終夜・無月(
ga3084)。しかしその身は負傷しており、万全には程遠い状態にあった。
「えっと、一体何がどうなってるんですの?」
「大丈夫だ、嵐で騒がしくなるからな。停電の間、斬子ちゃんは皆と一緒にいるんだ」
涼に見送られ避難する斬子。島の住人は居なくなり、暗闇と静寂が訪れる。
「バイブレーションセンサーで探索してみますが、それでも半径100メートルが限界です」
「屋敷に入られたら対応が難しくなりますね。私は屋敷周辺で打って出ます」
イスネグの言葉を聞きながらレインコートを羽織るティナ。相手の出方を考えても、これは分の悪い戦いになる。
傭兵達はドミニカ、無月をワインカーヴ前に配置。そこへ続く通路を涼と武流が固め、残りが迎撃に出る策で対応する事にした。
「また茅ヶ崎さんの仕込みなら良かったんだがな」
ぼやく涼。ニアはと言えば、何の事かとすっとぼけていた。
「皆、気をつけて。相手が相手だから、油断しないでね」
見送るドミニカ。こうして彼らは各々配置に着くのであった。
屋敷前、嵐の中に立つティナ。そこへ正面から仮面の人物が駆け寄り足を止める。
「この感じ‥‥やはり」
二対の剣を構えるティナ。相手は薙刀を回し、静かに構える。その一連の挙動は薄気味悪い程に冷静だ。
「何か強そうね」
「近くにはとりあえずあの敵だけのようです」
照明銃を打ち上げるニア。イスネグはバイブレーションセンサーで索敵を試みるが、移動する気配は感じられない。
敵が走り出した。ティナはこれに接近し刃を打ち付ける。二人の白兵戦は互角の様相で、相手はティナの攻撃に遅れずついてきている。
引き金を引きまくるニア。制圧射撃に対し相手は薙刀を回転させるようにして防御。イスネグが超機械で攻撃し、更にティナが追撃。
「その仮面くらいは外させて貰いますよ」
穂先をかわしながらバック転し、足元の泥を散らすティナ。視界を奪い、すぐに大地を疾走。背後に回り回転しながら刃を叩き付ける。
無防備な背中に連撃が命中。これに怯んだ相手に止めを刺そうとしたその時。
「ティナさん、危ない!」
ニアの声に反応が間に合ったのは幸運であった。咄嗟に仰け反り、目の前を通過する弾丸の軌道を見る。
「狙撃!?」
驚いたのはイスネグだ。バイブレーションセンサーは発動していた。要するに、100メートル以上先からの狙撃。更に‥‥。
どこから現れたのか。ティナの背後に太刀を担いだ少女が迫っていた。狙撃回避の動作で足が縺れている所、回避は不可能。
背中を斬り付けられ、更に薙刀使いとの連携攻撃。ティナはこれを何とか凌ぎつつ後退する。
ティナを回復するイスネグ。その身体を狙撃銃の弾丸が貫いた。傷は浅くないが、まだ回復が追いつかない程ではない。
「あいつ何処から現れたの!」
「恐らくですが、元々風で揺れている木から木へと飛び移ってきたのでは‥‥」
「何でそんな事を?」
「それは‥‥」
センサーを警戒して、としか思えない。
制圧射撃でティナの後退を支援するニア。更にイスネグが回復し、状況は再び拮抗する。
「良く凌いだねぇ。今ので殺れると思ったのに」
その容姿にはどうにも見覚えがあった。苦笑しつつニアは問う。
「初めまして、私は茅ヶ崎 ニアよ。あなたのお名前聞かせて貰える?」
「いいよぉ。私はシンク・オオガミ。ブラッド・ルイス私設部隊、『大神』の隊長です。以後よろしくー」
「オオガミ‥‥それにブラッド? まさか、血縁者ですか‥‥?」
「血の繋がりはないよー残念ながらね」
笑うシンク。ティナはその笑顔をじっと見つめる。
「この島には何をしに? まさか、復讐という事もないでしょうが」
「うん、違うよ。憂さ晴らしさぁ。私達の正義を否定した人類に対する嫌がらせかなー」
「今や貴方達は過去の亡霊に過ぎない。正義や平和は人の為の物であって、その為に誰かが不幸になるなんて本末転倒だ」
イスネグの言葉に呆れた様子のシンク。眉を潜めながらにたりと笑う。
「良く言うよ、イスネグ・サエレ。君だって元ネストリングだろぉ? 説得力ないね」
やはり、身元が割れている。当然と言えば当然だが。
「だとしても、もう嫌なんだ‥‥誰かが死ぬのは」
「パパを殺しておいて、良く言うよ」
薙刀使いが迫る。ティナは間に入りこれを受け止める。その間に引き金を引きながらニアは後退。
「イスネグさん、屋敷に入らないと狙撃される!」
そうしている間にシンクが迫り、ニアを斬り付けながら正面を突破。屋敷への侵入を許してしまう。
「痛ーっ! 速‥‥!」
すかさず呼笛を取り出す。兎に角今は、この事を伝えねば‥‥。
「こんな島に何の用だ? まぁちょいと遊んでけよ」
呼び笛が鳴り響いた事から侵入者には気付いていた。涼と武流は接近する影に気付き、通路を塞ぐ。
すかさず矢を放つ武流。しかしシンクは危なげなくこれを切り払う。涼はSMGを構え、相手の姿に目を凝らす。
闇の中、雷光に照らされた姿に戸惑いを隠せない。それは武流も同じであった。
「似ているな‥‥お前は誰だ? まさか本人なわけないだろ?」
「どうもこうもー、シンク・オオガミ本人ですよー」
「シンク・オオガミ‥‥? 良くわからねえが、ヒイロちゃんではないみたいだな」
舌打ちする涼。ヒイロはあんな目で笑わない。あれはもっと不気味で邪悪な者だ。
「どちらにせよ、ここでお帰りいただく」
装備を持ち替え、拳を構える武流。駆け寄るシンクに対応し、接近しながら超機械を発動する。
攻撃を飛び越え接近するシンク。早く鋭く重い斬撃、これを武流は手甲で捌く。
身体を捻り、カウンターの蹴りをシンクに当て、光を纏った拳を叩き込む。更に後退するシンクを涼が銃撃で追撃した。
「痛いなあ、もう」
「諦めるんだな。この家の人間が狙いなんだろうが、お前に突破は無理だ」
「一般人に被害が出る前に叩き出してやる!」
武流と涼の声に首を鳴らすシンク。そうして溜息を一つ。
「そういう陣形なのは見ればわかるけどさぁ。逆にどこに隠したのかバレバレだよねー」
屋敷の中を走ってみて、ここで待ち伏せしている。であれば、護りたい物はこの先。シンクがそう予想するのはおかしい事ではない。
「ちなみに私達は六人でこの島に来たんだけどさー。外で二人戦ってて、私がここ。残り二人、どこいったと思う?」
はっとする二人、シンクは太刀を掲げ、一歩踏み込む姿勢を見せる。次の瞬間、二人の側面にあった窓が割れた。
虚を突かれ反応は遅れる。投げ込まれたのが催涙弾である事に気付いた時には既にシンクの姿は無く、代わりに二人の前後に二名の敵が飛び込んで来た。
「くそ、こいつら‥‥!」
「やはりあれは特殊なマスクってわけだ」
前後から迫る二人の剣士。涼は槍に持ち替え、敵を弾き飛ばす。咄嗟に対応したが、今度は傭兵側が退路を立たれる形になってしまった。
「シンクは!?」
「あいつも窓から外に出たらしい」
背中合わせに構える二人。立ち塞がる敵もやはり腕利きであり、油断をすれば敗北も有り得る。迂闊に動けない状況、それが苛立ちを募らせていく。
「こんな所で足止め食らってる場合じゃねえのに‥‥!」
「負ける事はないだろうが、突破するのは骨が折れるな」
二人の実力なら簡単に打倒される事はないだろうが、それはじっくり戦ったらの話。無理に進もうとすれば、背後から刺される事だろう。
二人が止むを得ず応戦を開始した頃、無月とドミニカはシンクと対峙していた。ここが最後の防衛線である。
「ヒイロ‥‥じゃないわよね?」
驚くドミニカ。無月は現れた敵の姿を見つめる。
「これは‥‥斬子と会わせるわけには行きませんね」
シンクとヒイロ。似過ぎた二人の大神。運命を感じるなという方が難しい話だ。
「シンク・オオガミです。ヒイロではないんだよー」
「真紅‥‥貴方は緋色の何なのですか?」
「ある意味姉妹のようなもの、かな。忌々しい事にね」
笑顔を曇らせ吐き捨てるように語るシンク。そうして太刀を構える。
「目標は九頭竜剣蔵の殺害。彼はネストリングを知りすぎた」
「あんたもネストリングなの? 九頭竜さんは関係ないでしょ!」
「君達が知らないだけだよ。尤も、もう知る事もないだろうけどね」
襲い掛かるシンク。無月は前に出て迎撃するが、やはり身体は思うように動かない。盛大に空振りする聖剣を横目にシンクは笑う。
「君本当に怪我してるの? 凄い膂力だね‥‥でも」
刀身を撫でるシンク。刃は赤く発光し、熱と振動を帯びる。
「やっぱり遅すぎるよ」
斬撃は地を這い、火柱を上げながら無月に迫る。攻撃は直撃、無月は身体が焼ける痛みに歯を食いしばる。
「無月!」
直ぐに回復するドミニカ。しかしシンクと無月の戦闘は一方的で、回復しても回復してもきりがない。
「微妙に本気出しちゃったりして。怪我人相手に大人気なくー」
シンクは強い。文字通りここまで出し惜しみしていたのだろう。身体が動けば話は別だが、今の無月で対応出来る相手ではない。
斬り付けられ、身体を焼かれ、想うのはヒイロと斬子の事だ。ここを突破されれば、二人の関係は取り返しのつかない事になる‥‥そんな確信めいた予感がある。
「無月は怪我してるんだからね! わ、私が相手よ!」
「ドミニカ、いけない‥‥!」
横から超機械で攻撃するドミニカ。そこで注意が向いてしまい、炎の斬撃がドミニカを襲う。
驚く間も無いまま直撃し仰け反るドミニカ。更にシンクは接近、擦れ違い様にドミニカを薙ぎ払った。
「う、そ‥‥?」
「ドミニカ!」
大量の血を流し動かないドミニカ。しかし無月も余裕はない。
「長く楽しみたいのは山々だけど、後ろが追いついてきそうだからね」
赤い軌跡が無月を斬りつける。同時に刃は爆発し、炎に無月の身体は弾かれ壁に激突するのであった。
薄れ行く意識の中、無月は何とかシンクを阻止しようと這う。その目の前でシンクは手を振り地下へと姿を消した。
続き、聞こえて来たのは女性の悲鳴と無数の銃声。しかし直ぐに静かになり、それが意味する所を噛み締めながら無月は意識を失った。
「ドミニカちゃん! しっかりしろ!」
敵が撤収し、引き返してきた涼。そこで倒れるドミニカに駆け寄る。
「り、涼‥‥ごめん、私‥‥まもれなか‥‥」
「お、おい‥‥ドミニカちゃん? おい!」
ピクリとも動かないドミニカに青ざめる涼。武流も無月の様子を伺う。
「こっちも拙いな‥‥」
「皆さん、状況は‥‥!?」
更に駆け込むイスネグ達。しかし見るからに状況は最悪だ。
「巳沢さん、ちょっと診せて!」
直ぐに治療を開始するニア。涼も救急セットを取り出しそれを手伝う。
「死ぬなよドミニカちゃん‥‥これから。これからじゃねえか‥‥!」
同じくイスネグが無月の治療を開始。その間に武流とティナは地下へと向かった。
「‥‥そんな」
思わず口元を抑えるティナ。ワインカーヴの一面を染める赤はワインの色ではない。無残に散らばる亡骸がそれを物語っていた。
「斬子さん!」
「大丈夫だ、斬子は無事だよ」
唯一、その中で斬子だけが無事であった。全身に血を浴びてはいたが、傷は一つもない。
「だが‥‥」
何を語りかけても反応しない。その視線の先には父親の亡骸が転がっており、そこですっかり意識が停止しているように見えた。
何故斬子だけが無事だったのかはわからない。ただ、彼女がこの騒動の唯一の生存者である、それが事実である。
嵐の為、救援が来るのにも時間がかかった。ドミニカと無月が病院へ搬送されたのは、五時間後の事であった‥‥。