●リプレイ本文
「輝く太陽‥‥砂埃‥‥機械油の匂い。こうして戦闘せずに後方業務でまったり機械弄りしてるのは、初心に帰って楽しいものだなあ」
光に手を翳し、額の汗を拭う地堂球基(
ga1094)。闘争の痕跡色濃い僻地の街に、爽やかな労働の雫を流す。
「‥‥あの、地堂さん」
「機械系メンテナンスは得意中の得意だからな。発電機の再始動も朝飯前っと‥‥」
「地堂さん、もしもし」
灯りの消えた街に光を取り戻そうと労働に勤しむ球基。その肩をミルヒ(
gc7084)がちょんちょん突いている。
「どうして一人で隅っこに離脱しているのですか?」
「どうしてって‥‥そりゃ」
振り返る球基。そこでは笑顔で詠子が小さく手を振っている。
「やばくない?」
「やばいでしょうか?」
「ていうかおかしいだろ。現実逃避もしたくなるぜ」
UPCの軍服を纏っているが、中身は強力なバグアである草壁詠子。ただの復興支援の筈が、とんでもない事に巻き込まれてしまった。
「久しぶりに働こうと思ったのが運の尽きでした。これは働くなという神のお告げね‥‥」
独り言を垂れ流す皆守 京子(
gc6698)は目が死んでいる。これまで何度か戦場で出くわしたあの集団の頭目なのだ。関わりたい筈がない。
「玲子さん、お久しぶりです♪」
一方、玲子に抱きついているティナ・アブソリュート(
gc4189)。玲子は目を輝かせティナの頭を撫でている。
「お仕事の都合で居ると分かっても会えなかったので寂しかったです。まぁ‥‥こんな状況で、というのは少し残念ですが‥‥」
「そ、それは私もそうだが‥‥まあ、我慢してくれ。いざと言う時には頼りにしているぞ」
「全く、少しは時と場所を選んで欲しい物だねぇ」
二人に歩み寄るレインウォーカー(
gc2524)。その視線の先には暢気な様子の詠子が。
「何とも素直に喜びづらい状況だけど久しぶりだねぇ、きゅーちゃん」
「ああ。お互い無事で何よりだな。噂は色々と聞いているよ」
苦笑を浮かべる玲子。一方、詠子は退屈そうにその場で小さく地団駄踏んでいる。
「おーい、早く何かしようよー。私は退屈だよー」
「では、一緒に瓦礫の撤去に行きましょう。こっちです」
詠子を連れて歩いていくミルヒ。その様子に京子が冷や汗を流す。
「こ、怖くないんでしょうか‥‥凄い」
「ぐぬぬ‥‥バグアがいるのに耐えねばならんトハ‥‥。放って置くと何をしでかすか分からないノデ、我輩も同行するのデス!」
二人の後を追うラサ・ジェネシス(
gc2273)。そんな感じで傭兵達も詠子を監視しつつ、銘々に活動を開始する。
「本人は大方平和的接触で来たんだろうけど、民間人が多いからなあ」
「出来るだけ怒らせないようにしましょう」
真顔で頷く京子。球基は後頭部を掻きつつ工具箱を片手に立ち上がる。
「じゃあ俺、ライフラインの復旧に行くから」
「あ、ずるいですよ、そんな人気の無い方向に‥‥! 私もそっちがいいです!」
慌てて球基の腕を掴む京子。球基はジト目で首を振る。
「いや‥‥機械弄りする事になるからな。出来んの?」
「自慢じゃありませんが、私は家事は出来ません。料理も繕い物も無理です。当然、機械弄りなんて出来ません」
胸に手を当てどや顔の京子。球基は無言で腕を振り払い、後ろ手を振りながら立ち去る。
「じゃ、そういう事で」
「諦めて、草壁と一緒に瓦礫の撤去しようかぁ」
ぽんと京子の肩を叩くレインウォーカーであった。
「どっこいしょー!」
巨大な瓦礫を持ち上げて運ぶラサ。能力者の作業というのは見ていても爽快なのか、若干人だかりが出来つつあった。
「草壁詠子‥‥きちんと仕事をして‥‥」
視線を向けるラサ。詠子は木陰に座ってミルヒとお喋りしていた。
「いなーイッ!!」
「おぉ、凄いぞミルヒ。あの子はあんなに小柄だと言うのに、随分と力持ちじゃあないか」
「そうですね」
「そうですが、そうではなくテ! 何故さぼっているのですカ、草壁詠子!」
瓦礫を運んで走って戻ってくるラサ。詠子とミルヒはその様子に拍手している。
「いやあ、見ていたら面白かったのだ。すまない」
「手伝いに来たのではなかったのですカ?」
「そんなに怒らないでくれよー。反省してるよー。そんなに怒るとバレちゃうぞー」
唇を尖らせる詠子。ラサが振り返ると、住人達はきょとんとした目で彼女達を眺めている。
「ほらほら、仲良し仲良し! ピースピース!」
「ぐぎぎ‥‥今は耐えるのダ‥‥」
肩を組み、引き攣った笑みのラサ。詠子は割りと楽しそうだ。
二人が注目を浴びている影で、せっせと京子も瓦礫を運んでいるが、影が薄いのか静かなのか、殆ど目立っていなかった。
「何だか変に目立ってしまっていますね」
「そうだな‥‥。何事も無ければ良いんだが」
その様子を遠巻きに眺めるティナ。住民への炊き出しに参加し、エプロンをつけ鍋を掻き混ぜている。
「玲子さん? 気を張るのは仕方ありませんが、ずっとその状態では玲子さんが先に参ってしまいますよ。私達もいますから、ね?」
傍らに立つ玲子は帯刀した得物の柄から手が離れない。顔を覗きこむティナの笑顔に頷き、少しだけその力を緩めた。
「ああ‥‥そうだな。すまない‥‥」
複雑な表情の玲子。その視線の先、レインウォーカーが詠子へと歩み寄る。
「自称道化、レインウォーカー。お前に踏み台にされた機体の操者だぁ」
「ああ、君か。あの時は楽しかった‥‥今度は万全の機体で闘争に興じたい所だよ」
自然に握手を求める詠子。レインウォーカーはその手を握り返す。
「先に行っておくけど、次戦う事になったら負けないよぉ」
「口で言うのは容易い。君が証明してくれる日を楽しみにしているよ」
詠子は常に微笑を湛えている。それ以外に表情が変わる時は、ふざけた様子になる時だけだ。
「なぁ、草壁。お前は一体何なんだぁ?」
「曖昧な質問だな、青年よ」
「ボクはヨリシロになる前の草壁を知らないけど何となく分かる。お前は草壁そのものの様に振る舞っている事は」
腕を組み視線を逸らす詠子。レインウォーカーは更に続ける。
「生前のヨリシロを演じるのが趣味なのか? それとも‥‥お前の人格は、草壁詠子そのものなのか?」
「興味深い問い掛けだが、逆に問おう。君は何を以ってして、己の存在を証明するのかね?」
楽しげに瞳を覗き込みながら語る詠子。レインウォーカーの胸に軽く拳を当てる。
「君の魂は、意志は、心は何処にある? それはどんな色で、形で、何を以ってして己の物だと明示する?」
君の問いはそういう事だ――と、一言残し立ち去る詠子。煙に巻かれてしまったが、興味は余計に強くなるのであった。
こうして復興作業を手伝っていると、徐々に日が暮れてくる。それに伴い昼間の暑さが嘘のような冷え込みが街を飲み込みつつあった。
夕暮れの街の彼方此方に灯る焚き火の一つを囲み、炊き出しで余ったスープを飲む傭兵達。まだ手伝いが終わったわけではないが、一段落である。
「草壁さん、お茶でもいかがですか? これはなかなか手に入らない逸品ですよ。ささっ、どうぞ」
内心ビビりつつマグカップを差し出す京子。草壁は目を閉じ香りを楽しむと、ゆっくりと口をつけた。
「‥‥心が落ち着くよ。誰かが淹れてくれた茶は温かいな」
「あの〜‥‥生前、ご兄弟などは? あ、生前っていうのもあれですけど」
「そう怯えてくれるな。こう見えても傷つくのだ」
苦笑する草壁。それから焚き火を眺めながら語った。
「草壁詠子の生涯は孤独だった。彼女は親も兄弟も知らない。この時代では珍しくもないがな」
地雷を踏んだかと黙り込む京子。詠子は彼女に笑いかける。
「君には家族がいるのか?」
「はい? 四人姉弟の長女で、三人の弟がいますが‥‥」
「そうか。血縁とは重く、濃く、そして尊い物だ。大切にすると良い」
詠子の言動にはどうしても首を傾げずには居られない。なんというか、どうにも人間臭すぎるのだ。
「お伺いしますが‥‥バグア、なのですよね? 草壁詠子という、ヨロシロを得た」
焚き火越しに問いかけるティナ。詠子は目を伏せる。
「何故そんな事を訊く」
「私は元をよく知らないので憶測ですが、貴女の立ち振る舞いはちょっとヨリシロとはまた違う気がするんですよね」
「ふむ。まあ、そうかも知れんな。稀有であるという事は、それだけで恐ろしい物だ」
溜息を一つ、それから顔を挙げはっきりと告げる。
「私は草壁詠子ではない。草壁詠子を語り、その皮を被ったバグアに過ぎないよ。残念ながらね」
「お前の部隊、デストラクトって言ったなぁ。お前の騎士を自称する奴とかもいたけど、アイツらはお前にとってなんなんだぁ?」
続け問いかけるレインウォーカー。詠子は微笑で答える。
「大切な仲間だよ」
「人殺しと人助けが同じぐらい好きって言ったな。要するにお前は人間って言う存在が好きなのかぁ?」
「ふむ、その発想は無かったな。概ね正解だが、微妙に違う。私が好きなのは、この世界そのものだからな」
人間とバグア。
敵と味方。
黒と白。
世は常に対立する二つから成る。
争い無しには成立しない世界。そうであるが故に、唯一無二の回答を持つ事はない。
「君達は常に何かしらの正解を求めているように感じるが、そこに何の意味があるのかね。どうせ全ては遷ろうもの‥‥一つの在り方に拘る事は愚かしい」
故に、人助けをするバグアがいたって別にいい。
バグアに組する親バグアの人間だっているし、それは間違いではない。
心一つで世界は常に表情を変える。決め付けてしまえば道は失われるが、形を定めぬ限り全ての物には無限の自由がある。詠子はそう語った。
「仮に私が草壁詠子そのものであるように感じられるのであれば、それはこの考え方の所為であろうな」
「何言ってるのかサッパリだぜ。変人にも程があるだろ」
呆れた様子の外山。ミルヒはそこに口を挟む。
「そうでしょうか? 戦争も人助けもする傭兵も、似たようなモノな気がします」
思わず口を噤む外山。だがそうだ。能力者もまた、様々な形がある。形があっていい。そこに絶対の正解は存在しないのだから。
「人が真面目に作業して戻ってきたら、何で全員一息ついてるんだ?」
溜息混じりに歩み寄る球基。傭兵達は苦笑を浮かべる。
「ご苦労様です。地堂さんもスープいかがですか?」
「貰うよ‥‥お、そろそろだな」
ティナから器を受け取りながら街を眺める球基。そこに一斉に灯りが点って行く。
微かな、間に合わせでしかない光。それでもこうして夕暮れの街に希望が戻っていく。その様子を満足げに見つめる球基であった。
「これで夜間も作業可能だ。ほら、いつまでも休んでないで仕事しろ仕事。何しろ人手が足りないのは責任はそちらにあるからな」
「ふむ、道理であるな。よし、ここは一つバグアの力を見せてやるとしようか」
「ちなみに、料理とか出来るんですか? これから炊き出しの続きなのですが」
立ち上がる詠子はいい笑顔で言った。
「料理は全く出来ないよ。はははは!」
歩き出す詠子。ラサはスープを一気に飲み干し玲子に歩み寄る。
「そういえば玲子殿、皆でドレアドルを倒してきましタ」
「この手で討つ事は出来なかったけどねぇ」
肩を竦めるレインウォーカー。ラサは苦笑を浮かべる。
「その報告に来たつもりが、騒ぎで遅れてしまいましたガ‥‥」
「ああ。すまなかったな。内村の友人として、礼を言わせて貰うよ」
「一人では無理でも、仲間がいれば2倍にも3倍にも強くナル。それがバグアには無い人類の強さだと思いマス」
詠子の背中を眺めつつ、話を続けるラサ。
「だから玲子殿も皆さんも一人で解決しようと考える前に、仲間を頼ってもいいんじゃないカナ」
「‥‥情けないな、私は。皆に心配されてばかりだ」
眉を潜める玲子。その身体にラサは飛びつく。
「玲子殿、背中が煤けているのデス!」
「あ、ずるいですよ! 私も!」
更に背後から飛びつくティナ。玲子はぷるぷると震えている。
「こ、ここが楽園だったのか‥‥!」
「ではなんとなく私も‥‥」
「あ、隊長私もご一緒します!」
更にミルヒと大和がくっつき、何か凄い事になっているが、レインウォーカーは見なかった事にして通り過ぎた。
「玲子め、羨ましいな。どれ、私達もこう‥‥イチャイチャしてみようではないか」
「ツ、ツナギの中に手を入れないでください‥‥!」
京子の背後からねっとりと絡む詠子の肢体。球基は無言でその様子を見つめる。
「草壁の機嫌を損ねない為だ。まあ頑張ってくれ‥‥」
「ちょ、ちょっと‥‥! このままだと私、お嫁にいけない感じになってしまいそうな‥‥ああっ!」
「そろそろ暗くなりますし、良い子はお家に帰る時間です」
夜も深まってきた頃、ミルヒの一言で詠子が動きを止める。少し考えた後、満足気に頷いた。
「うむ。では、私はそろそろ帰るとしようか」
「何しに来たんだあいつ‥‥」
「さあ‥‥」
乱れた着衣を黙々と直しながら遠い目で球基の呟きに応じる京子。全員で詠子を街の外れまで送っていく。
「今日はありがとうございまシタ。でももし貴方がここを壊そうというのなら、先ずは私達が相手になりマス。でももし私達を倒しても、私達の志を継ぐ者がいつか貴方を倒すでしょう。決して忘れない事デス」
見送るラサの言葉。それに詠子は頷き、穏やかに微笑を返す。
「‥‥そうか。それは怖いな」
「確認ですが、帰りはどうするんですか? まさかタロスを呼びつけたりしないですよね?」
「ははは、ちゃあんと歩いて帰るよ。安心したまえ」
ティナの問い掛けに笑う詠子。それから振り返り玲子を見やる。
「九頭竜玲子。草壁詠子の今際の言葉を君に伝えよう」
唐突なセリフに驚く玲子。しかし容赦なく淀みなく詠子は告げる。
「殺されてやれなくてすまない、だそうだ」
「なんだ‥‥それは」
「私は本人ではないのでな。さて、何だったのやら‥‥」
肩を竦め、ゆっくりと歩き去る詠子。傭兵達に手を振り、笑みを浮かべる。
「いざ去らばだ。次の戦場で君達と再会出来る事を楽しみにしているよ」
こうして詠子は去っていった。残ったのはどっと疲れた様子の傭兵達の姿である。
「嵐が去ったなぁ」
「やれやれ‥‥爺さんに取り付いてたのと言い、本当に厄介な性格の持ち主が勢揃いだよなあ‥‥」
レインウォーカーに続き溜息を漏らす球基。黙って拳を握り締める玲子の背中をティナは静かに見つめていた。
「我々も引き上げましょうか。帰りますよ、ミルヒ殿」
ラサの声に振り返るミルヒ。夜空の星はLHよりもずっと多く、眩く光を放っている。
「‥‥さようなら」
祈りの言葉を残り立ち去るミルヒ。この地での闘いに一つの決着がつき、彼らは次なる戦場を求め歩き出すのであった‥‥。