タイトル:燭光マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/24 10:27

●オープニング本文


 暗闇の中、一人で歩く夢を見た。
 目の前には頼り無い細道が一本だけあり、その周囲は全て闇。一歩踏み外せば奈落へと突き放されるだろう。
 だから一歩一歩確かめながら進むのに、背後からも闇は迫ってくる。もたもたしていると追いつかれそうで、また先を急いだ。
「君はどこに向かっているの?」
 遠く、少女の姿が見える。幼い着物姿の少女は長い前髪の合間、鬱屈とした視線を向けてくる。
 背後から肩を掴まれ振り返る。そこには鋼の鎧があった。機械で出来た、竜騎士の鎧。
「オオガミさん‥‥貴女は哀れな人。貴女は救われない。貴女の夢が叶う事は永遠にない」
 手を振り払う。噛み合わない歯がガチガチと音を立てる。騎士の鎧の継ぎ目から鮮血があふれ出すのを見て、再び先を急ぐ。
「正しい事をしなさい。人を傷つけるのではなく、守る為に戦いなさい」
「その手を汚してでも戦い続けろ。理想を追うって事はそういう事だ。偽善を翳す者に、夢は微笑まない」
 分かっている。だから言われた通りにしてきたじゃないか。なのにどうしてまだ追ってくるのか。
「貴女に僕の理想を否定する権利があったのですか?」
「ヒイロちゃんに、その夢を追う権利があったのかしら?」
 背後から伸びる無数の手。血塗れの指先から逃れ、泣き叫びながら走り続ける。
「教えてくれ。どこへ行けばいい? どうすれば良かった? 戦士達はいつになれば安らげる。後どれだけ戦い続ければいい?」
 きつく目を瞑り、両手で耳を塞いで走る。そんな物は知らない。そんな事考えていたらおかしくなってしまう。
 身が持たない。一人の人間が抱えられる限度を超えている。だから壊れてしまう。このままでは狂ってしまう。
 ふと、頼り無く続いていた足場が消えて。少女は闇へと落ちていく。どこまでもどこまでも落ちて、やがて墜落した。
 闇の中には無数の武器がそそり立つ。その刃に全身を貫かれ、少女は安らかに息を吐いた。
 数多の戦士が数多の戦場で流した数多の血と涙と怨嗟の声が身体を満たしていく。それがとても心地よい。
 ああ、ならば最初から虚無ならば良かった。この身体に流れる血を全て流しきれば、冷えた心に答えが宿るのだろうか?

 そこに神は――宿るのだろうか?



「供給源?」
「そう。ヒイロ達ネストリングは、そのバグアと戦ってきた。尤も全てはブラッド・ルイスの仕組んだ茶番だったんだけどね」
「それで俺達に話が来たって事か?」
「だろうね。まあ、妥当な流れだよ。だってヒイロ達が散々殺して、散々募らせた恨みだもの。彼らには復讐を果たす権利がある」
 軍用ジープの荷台で揺られるヒイロ・オオガミと風間一登。二人が向かう先はとある場所の難民キャンプである。
 その場所には親バグアの関係者が保護されている‥‥というのは都合の良い言い方で、実際にはUPCが監視しやすいように纏められているというだけの話である。
 供給源の支配下にあった人間の多くは同じ人間に対し強い憎しみを抱えている。今でも彼らは暴動を繰り返し、キャンプの治安は最悪に近い。
 UPCに人類の全てを保護しろというのは無理な相談であり、このまま問題が解決しないようであれば相応の措置が取られる事になっている。
「そうならないように説得しに行くんだろ? 誰も血を流さずに済むようにさ」
「うん。だけど、それは難しいかもしれないね」
「何でだよ?」
「何で、だろうね。うん、本当に‥‥誰も泣かないで済むのなら、それが一番なのにね」
 寂しげに微笑むヒイロ。一登はその横顔をじっと見つめる。
「なんだよその言い方。やる前から諦めたのかよ」
「そうじゃないけど、全員血を流さないのは多分無理って事」
「どういう意味だよ?」
 質問にヒイロは答えなかった。そしてその言葉の意味を、少年は直ぐに知る事になる。

「私はネストリングの社長、ヒイロ・オオガミです。皆さんの家族を殺し、皆さんを『保護』した者です」
 キャンプに到着したヒイロの第一声がそれであった。無論、住人達は集まってくる。
「ネストリングは供給源と呼ばれるバグアと裏で結託し、皆さんの命を道具のように扱い、場合によっては殺戮の対象としてきました」
「お、おい!? ヒイロ!?」
 慌てる一登だが、ヒイロは片手でそれを制する。しかし住民達は無言でヒイロを取り囲んでいく。
「その罪が消えるとは思いません。なのでネストリングを代表し、皆さんへの謝罪に来ました。どうか怒りを収め、新しい生活の為に結託してくれませんか?」
 一瞬の間。風が吹きぬけヒイロの髪を撫でる。直後、周囲から夥しい量の怒号が彼女を襲った。
「ふざけんじゃねえぞ! 許されると思ってんのか!」
「あの人を返して! 貴方達が殺したんでしょう!? 返して!」
「女子供まで皆殺しとは、本当に惨すぎる‥‥人間のやる事ではないよ」
 息を飲み後退する一登。これほどまでに大量の憎悪の感情を目の当たりにした経験など少年にはなかった。
「よくもお父さんを殺したな! お母さんを殺したな!」
「お前が死ねば良かったんだ! お前が代わりに死ねば!」
 周囲から跳んでくる物に頭を打たれよろけるヒイロ。しかし彼女は怯まない。
「みんなの言う事は尤もです。なので、君達が望むのであれば私を殺しても構いません」
「なっ」
「但し、私を殺したら一切の憎しみを捨て、新しい人生の為に手を取り合ってください。皆が笑顔で暮らせるように努力すると約束してください」
 唖然とする一登。しかしヒイロは優しく微笑んでいるだけだ。
「どうせ口だけだ! そんな事出来るわけねえ!」
 刀を抜き、徐にそれを肩に突き刺すヒイロ。続けて腕に二度、それから太股に突き刺したそれを引き抜き、近くにいた男に手渡した。
「良く切れる刀です。見ての通り私を殺せる筈です」
 血染めの刃に青ざめる男。ヒイロは銃を抜き、それを小さな少女の手に握らせる。目の前に屈み、銃口を己の額に突きつけた。
「さあ、後は引き金を引くだけだよ。殺してごらん。君のご両親の仇を」
「ひぃっ」
「逃げちゃ駄目だよ。ほら、人を憎むっていうのはこういう事なんだ。死ねというのなら殺してみせて。私に正義を示してみせて」
 震え、泣き出す少女。ヒイロは立ち上がりその頭を優しく撫でる。
「さあ、他に私を殺したい人は? ここで憎しみを終わらせる覚悟がある人は?」
 答えはなかった。それどころか全員逃げ出していく。ヒイロはその様子を微笑みと共に見送るのであった。
「どういうつもりだあんた!」
 駆け寄る一登。しかしヒイロはただ笑っているだけだ。そこで漸く少年は気付く。
 あのドラグーンの少女よりもずっと。ずっとずっと、この少女は壊れているのだと。
「違う方法を考えないと駄目だね。止血して、皆の意見を仰ごう」
 既にけろりと次の相談をしている。それが一登には恐ろしく、そしてとても哀れに見えた。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

 自傷行為により血を流すヒイロ。話の流れを見ていた傭兵達は一斉に駆け寄っていく。
「ヒオヒオ、もうちょっと後先考えるのです」
 呆れた様子で声をかけるヨダカ(gc2990)。終夜・無月(ga3084)と共に練成治療でヒイロの傷を癒しにかかる。
「ああいう時は首を絞めさせるのです。そうじゃないと命の感触が伝わらないのですよ」
「いやいや、そういう問題じゃねーだろ」
 ツッコむ一登。治療の甲斐もありヒイロは既にぴんぴんしている。上杉・浩一(ga8766)はその様子にほっと胸を撫で下ろした。
「あーあー。住民はドン引きして逃げちゃったか。このまま避難所に入っても逆効果ね」
「なんでこう、近頃の娘っ子は自分の身体を傷つける事を厭わんのかね‥‥。まあ、社長の覚悟は伝わったが」
 頬を掻く茅ヶ崎 ニア(gc6296)と腕組み思案する崔 南斗(ga4407)。無月はじっとヒイロを見つめている。
「緋色‥‥貴女には後で話す事が在ります‥‥」
「は、はい‥‥。えーと、とりあえずどうしようか? 妙案があれば、賜りたいなーなんて」
 苦笑を浮かべるヒイロ。イレーネ・V・ノイエ(ga4317)は遠巻きにキャンプを眺め、目を細める。
「茅ヶ崎の言う通り、このまま行った所で話になるまいよ。ほとぼりが冷めるのを待つついでに、状況確認と行こう」
 傭兵達は一先ず難民キャンプから離れた所で準備を進めつつ、相談を始める。
「先に確認しておきたいのだが‥‥オオガミ、貴公はどういうつもりだ?」
「わふー?」
「念の為の最終確認だ。彼らを説得するにせよ、我々の中で見解の相違があっては話にならんだろう?」
 考え込むヒイロ。正直な所、彼女にはただ依頼としてだけではない理由もあるのだが。
「勿論、彼らの幸福の為に。彼らが歩む人生に、希望を齎す為なのです」
「それは良いですが、もしさっきのでヒオヒオが死んでいたなら、ヨダカがあいつらを皆殺しにしたのです。それじゃお仕事失敗なのですよ?」
「な、なんでですかー!?」
「そりゃあ、俺達の社長だからな」
 頷く南斗。ヒイロは小刻みにぷるぷるしている。
「あんたの無茶は今に始まった事じゃないけどさ。これはあんただけの問題じゃないんだから」
 ヒイロの頬をつんつんするニア。こうして傭兵達は大まかな方針を取り決めた。
「とりあえずヒイロ、あんたはここで留守番ね」
「がーん!?」
 膝を抱えるヒイロを見下ろすニア。至極妥当な判断である。
「とりあえずヒオヒオは置いて、あいつらを懐柔しにかかるのです」
「そして代表者を決めさせ、UPCとの話し合いの場を作る‥‥そんな所か。天笠隊には話をしておこう」
 ヨダカに続き頷くイレーネ。そこで思い出したように仲間に告げる。
「くれぐれも軽い気持ちで口約束等は行なわない事だ。我々に出来る事は限られている。必要以上の期待を持たせれば、交渉の足枷になりかねん」
 視線を動かし、膝を抱えるヒイロへ。
「特にオオガミ。感情的になるなとは言わないが‥‥全員確実に救済するだとか、無茶な約束はしてくれるなよ」
「は、はい‥‥皆さん、いってらっしゃいませ‥‥」
 こうしてヒイロを道端に残し、傭兵達はそれぞれ行動を開始するのであった。

 難民キャンプの中心にある広場でお湯を沸かすニア。その様子を一登が眺める。
「何してんだ、ニア?」
「お茶の準備をしてるのよ。先ずは和やかな雰囲気を作らないと」
「一登はそんな事もわからないのですか?」
 肩を竦めるヨダカ。むっとした様子の一登にニアが串に刺したマシュマロを差し出す。
「はいはい、一登はこれ焼いて」
「お、おぉ?」
 固形燃料でマシュマロを焼く一登。微妙に腑に落ちない様子だ。
「一登、それが終わったらお菓子を配って子供を集めてくるのです」
「ヨダカがやればいいだろ?」
「ヨダカは後で酷い事をする予定なので、お前がポイント稼いでおくのですよ」
 首を傾げる一登。ヨダカはそれを無視してお菓子を広げる。
「じゃ、ヨダカは怪我人の治療に行ってくるのです! あ、こいつはこき使って構わないのですよ」
 ニアに手を振り立ち去るヨダカ。一登は串を両手に立ち上がる。
「ちょっと待てー! これ全部配ってくるのかよー!」
「一登、燃えてる燃えてる」
「うわっちゃー!?」
 暴れる一登。その挙動が面白かったのか、周囲に子供が近づいてくる。ニアはそんな子達にマシュマロを差し出した。
「こんにちは。こっちに来て一緒にお茶でも飲みませんか?」
「‥‥私もマシュマロ焼いてみたい」
「どうぞどうぞ。そこのお兄さんに教わってくださいねー」
 コーヒーを淹れながら笑うニア。一登の周りに子供がたかるのを確認し、遠巻きにヨダカは苦笑するのであった。

 一方、南斗は一人黙々とテントの修理を行なっている。彼が近づくと住人は逃げてしまうが、やる事は変わらない。
「暴動が起きたら俺達の黒星だ。阻止する為に、出来るだけの事をやらなきゃな」
 額の汗を拭いながら呟く。そこへしょんぼりした浩一が歩いてくる。
「上杉さん。どうでしたか?」
「だめだ。近づくと逃げてしまう」
 頭をわしわしと掻く浩一。南斗は苦笑を浮かべる。
「手持ち無沙汰だ。手伝わせてくれ」
「それは助かりますけど。実は俺、これからトイレを作ろうと思ってまして」
「トイレ?」
「見ての通りの状況ですからね。少しでもちゃんとしたトイレが必要だと思うんですよ」
 見渡せば本当に最低限の設備しかない難民キャンプだ。足りてる物は少なくとも、足りない物なら星の数ほどだ。
 こうして二人は黙々とトイレ作りを進める。そうしているうちに様子を見ていた住人の一人が近づいてきた。
「あの‥‥何か手伝える事はありますか?」
 その声に二人は顔を見合わせる。浩一は頷き、南斗は笑顔を浮かべた。
「ありがとう! それじゃ、生活物資を運ぶのを手伝ってもらえますか?」

「怖がらせてごめんなさい。あの子は私達の友達件リーダーなんです。悪い子じゃないんですけど、今ちょっと思い詰めてて‥‥」
 ニアの周りにはお菓子を求める子供達が集まり、一登を中心に遊んでいる。その様子をヒイロと言葉を交わしていた少女が眺めている。
「ヒイロは多分、どうしたらいいのかわからなかったんだと思います。あなた達と向き合った時、それがああいう形で暴走してしまった」
 甘くしたコーヒーを差し出すニア。少女はくすんだ目でニアを見る。

「あの子の肉親は、バグアと人間の両方に殺されてな‥‥。その糸を引いていた実の父親と戦って、自分の手で止めを刺したんだ」
 南斗はそれを報告書で見ただけだ。戦いの決着‥‥ただそう呼ぶには辛すぎる内容だった。
 ヒイロは本当にそれを望んでいたのだろうか? 他に手段が見つからなくて、結局そうなってしまっただけではないのか?
「あの子は人類側と親バグア側、両方を憎む権利がある。だがそれをせず、憎しみを止める為に父親を殺したんだ」
 物資を運びながら住人達に声をかける南斗。自らに刃を向けた少女の背中は、まるで泣いているようだった。
「‥‥きっと誰より、ここの皆に生きて欲しいと思ってる。俺はそんな社長の覚悟を無駄にしたくないんだ」

「私も人形師というバグアの街を焼いた事があります。私が運んだ爆弾の所為で、人形師を慕っていた多くの人々が犠牲になりました」
「どうして‥‥?」
 マグカップを手に顔を上げる少女。そして問う。
「どうして、そんな事を? その人達は‥‥殺されなければいけない程の悪人だったの?」
 答え等持ち合わせていない。少女は続け、ニアに問う。
「私達には‥‥幸せになる権利もないの? 人間じゃ、ないの?」
 ニアはきつく目を瞑り、お菓子を山ほど持ってきて少女に渡す。
「そんな事ない。謝っても取り返しはつかないと思う。だけど、あたしはあなた達を助けたい。もっと生きていたいと、そう言って欲しい‥‥」
 お菓子の包み紙を開き、自分も食べて見せる。そうして笑顔を浮かべた。
「お菓子もお茶も美味しいよ。生きる事は辛いけど、投げ出したりしないで。あなたも、あなた達の命も、決して捨てた物じゃないのだから」
 そこへ歩いてくるイレーネ。遊んでいる子供達を端目にニアに近づく。
「UPCの方は話し合いの準備が出来たそうだ。後はこちらの代表者を連れて行くだけだ」
 そこへ泥だらけの浩一と南斗が合流する。遅れてヨダカが戻り、彼らの活躍で打ち解けた住民達に声をかける事になった。
「そういう事であれば、ワシらが行こう」
 難民側からは老人が一人、それから数人の男が代表として赴く事になった。傭兵達は作業を切り上げ、会談の場へ向かった。

 UPCの代表は天笠隊より高峰と数名の軍人が参加し、話し合いが始まった。イレーネは状況を改めて説明する。
「UPCはバグアの支配下にあった貴公らに再び人類側での生活を願っている。しかし親バグアであったという過去を鑑みるに、手放しに社会へ投げ込む事も出来ないと考えている」
「それは、当然じゃろうな」
「しかし、貴公らの態度には問題が多く残されている。これらを改善しなければキャンプでの生活は終わらないが、ここを維持し続ける事は難しい。どちらにせよ早く結論を出さねばなるまい」
 顔を見合わせる難民達。そこへ無月が声をかける。
「謝罪の言葉‥‥其の言葉を口にする積りは在りません。何故ならば、其の言葉を口にする事は殺めた人達の命と覚悟への冒涜だからです‥‥」
 無月もまた供給源の配下と戦った一人だ。その時は、助けようとしても助けられない命があった。だが――。
「貴方達の家族や友人は皆さんを護る為、武器を取った。選択の余地や自覚の有無問わず‥‥其処には反バグアに属す者の命を踏付け殺す覚悟と、先行き次第で殺される覚悟が在った筈です‥‥」
「それは‥‥バグアを追い返せなかった軍人に責任があるだろうが!」
「そうだ! そもそもお前達がちゃんとしてれば、こんな事にはならなかった!」
 口々に文句を言い出す難民達。イレーネはそれを目を瞑り聞き流す。
「だからってこのままだとお前達も処分されるのですよ。まぁ、ヨダカは皆殺しでもいいのですけどね?」
「おいヨダカ、そんな言い方はないだろ?」
 眉を潜める一登。ヨダカは立ち上がり、テーブルを叩く。
「そうやってゴネてりゃ誰かが問題を解決してくれるのですか? バグアに飼いならされて魂まで家畜に成り下がったですか?」
「何だと、このガキ!」
 男の一人が激昂し拳を振り上げる。それを一登が受け止めた。
「いい大人がやる事じゃないぜ。自分達の事ばかりじゃなくて、周りの事も少しは考えろよ」
「皆さんの気持ちは分かります。でも、その皺寄せを受けるのは女子供なんですよ? それでいいんですか?」
 ニアの言葉に気圧され引き下がる男。一登は舌打ちし腕を放す。
「どうか我慢を、妥協をしてもらえないだろうか。そちらにとっては俺たちは侵略者であり、殺戮者だろう。だが俺達に、俺達が殺した者達が守ろうとしたものまで壊させないでくれ」
「彼らが守ってきた貴方達の命を、どうか投げ捨てたりしないでくれ。生きて欲しいんだ‥‥頼む!」
 頭を下げる浩一と南斗。こんな時どうしたらいいのか、不器用な男にはわからない。ただ兎に角、誠心誠意頭を下げるしかないと思ったのだ。
「頭を上げてください。ワシらも本当はわかっておるんじゃよ。こんな事をしていても、なんにもならないと‥‥」
 首を横に振る老人。そうして深く息を吐くように語った。
「ただ、やるせなくてな。さびしくてな。あんた方が憎いんじゃあない。何も出来なかった己の無力さが、痛いほど憎いのさ」
 老人が語り出すと男達も声を殺して泣き始める。それを見て無月は言った。
「許せないでしょうし、決して許すべきでは無い‥‥。何が在ろうと私達への怒りは持ち続けて下さい。其れが生きる意味や活力に繋がるでしょう‥‥。其の対象で在り続ける事も私達の責任と義務です‥‥」
 あの時ヒイロがそうしたように。ただそこで憎まれ続ける事もまた、一つの答えなのだ。そして‥‥。
「そして願わくば‥‥貴方達を護った命を無駄にしない為に、生きて下さい‥‥」
 頭を下げる無月。それを横目にヨダカは席を立つ。
「皆甘やかしすぎなのですよ。お前達は自分達の方は誰にも憎まれていないとでも思っているのですか?」
 睨みを利かせ、声を上げる。
「ヨダカのお父様はお前達みたいな親バグアの人間に殺されたのです! バグアへのおべんちゃらの為に!」
 眉を潜める老人。ヨダカは彼らに背を向ける。
「お前達を皆殺しにするくらい簡単なのです。これからを想うのなら、誰に味方するべきなのかよく考えるのですね」
「おっさん達さ、ヨダカとあんたら、ガキなのはどっちだよ!?」
 後を追い走り去る一登。子供二人から痛恨の指摘を受け、老人は深く深く息を吐くのであった。

「話は纏まりそうだな。後はUPCと彼らの問題だろう」
「彼らが再び故郷で生活出来る様になればいいんだがな‥‥」
 煙草に火をつけ空に煙を吐き出すイレーネ。南斗は難民の行く末を案じる。一先ずこの地の問題は解決に向かっていくと信じたい所だ。
「いやー、めでたしめでたしなのですよー!」
 何故か偉そうなヒイロ。その頭を浩一が撫で回す。
「いい子だ。だが、次無茶をする時は俺たちも一緒にする。いいな?」
「そ、それは困るのですよー」
「緋色‥‥貴女を想い護る存在に対し、先の行いは‥‥」
 緋色を抱き締め頭を撫でる無月。
「貴女にも常闇の中に在ろうと消えぬ光は在ります。会いたいと‥‥彼女は頷きましたよ。友達に‥‥」
「そうだったですか」
 やんわりと無月から離れ背を向ける。そしてヒイロは空を仰ぎ見る。
「良く考えておくのですよ。誰に味方して、誰を殺すのか。祈ったって神様なんかいないのですから」
「‥‥そうだね。でも、神様以外にも祈る事は出来るよ」
 ヨダカの言葉に背を向けたまま応じる。そしてヒイロは目を閉じた。
「無月君。私はね、光なんて要らない。永遠の暗闇で構わない。その代わり、世界中の人に光をあげたい。そう祈ってるんだ」
「緋色‥‥斬子は」
「――もう役に立たないよ。私の理想を遂げるのに、彼女はただのお荷物だ」
 あまりに冷淡な声に驚きを隠せない無月。そこにニアは告げる。
「自分のケツは自分で拭く物よ。ヒイロが皆の全てをどうにか出来るなんて、それは余計なお節介ってもんよ」
「だとしても、やりたい事をやる。見たい夢を見る。その為に全部捨ててきたんだ。今更立ち止まるなんて、そんなのは笑えない冗談だよ」
 風に吹かれ髪を靡かせる。振り返り、無邪気な笑顔で敬礼した。
「お仕事ご苦労様なのです! さあ、みんなで帰るのですよ!」

 迷いの無い笑顔。浩一にはそれが不安だった。
 言葉に言い表せないこの危惧が現実にならない事を、今はただ祈る事しか出来なかった。