タイトル:ドミニカアフターマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/09 07:51

●オープニング本文


『はーい、どちら様でしょうかー?』
「すいません、斬子さんはいらっしゃいますか?」
『斬子お嬢様ですか? 失礼ですが、どのようなご用件で?』
「私、ドミニカ・オルグレンと言います。斬子さんの友達です」
『残念ですが、斬子お嬢様にお友達はいませんよー』

 ガチャッ。

 そこで私は暫し固まり、すっとぼけたメイドの言葉を反芻した。そしてすぐさまチャイムを連打する。
『はーい、どちら様で‥‥』
「お前の家はどこぞの暗殺一家か! いいからとっとと斬子を出しなさい!」
 ついでに扉をガンガン叩いてやる。もうガンガン。
 私ことドミニカ・オルグレンは十九歳の美少女で、ついでに傭兵だ。ここはとある場所にある島、九頭竜家の別荘の一つである。
 ヒイロやらなにやらから聞き出した情報を頼りに私は漸くこの私有地に足を踏み入れる事が出来た。途中執事の妨害に遭ったが、とりあえず押し通らせて貰った。
 この島は突っ込み所しかない。まずでかい。でかすぎる。私有地ってレベルじゃない。そして警備が厳しすぎる。私有地ってレベルじゃない。
『はわわわ‥‥こんなに乱暴な訪問者は初めてです! キメラが来たりした事もありましたが、その時より怖いです!』
「いいから斬子を出せっつーの! あんたじゃ話になんないわねー、偉い奴を出しなさい偉い奴をー!」
『そんなクレーマーみたいな‥‥こっちにも考えがありますよー! 腕っ節の強い人出しますからね! いいんですか!』
「はっはーん、こっちは能力者よざけんじゃないわよ! あたしの知り合いはRPG片手で受け止めるわよ! かかってこいっつーの!」
『なんですかそれ人間じゃないですよー怖いですー! も、もうどうなっても知りませんからねー!』

 ガチャッ。

 おお、ちょっと熱くなりすぎた。本当に腕っ節の強い奴が出てきたらどうしよう。怪我させてしまう。
 こちとら腐っても能力者。普通にパンチしたって岩が砕けるっつーの。ヘイヘイカモーン、かかってらっしゃい。
「あまりうちのメイドを困らせないでやってくれないか? パートなんだ」
 そして出てきた女を見て私は仰天した。いやまあ、ある意味至極当然なんだけど。
 スーツ姿のガタイのいい女。やたらキリっとした目とこの顔の傷‥‥この間会ったばかりの相手だ。
「九頭竜中尉?」
「ん? 君は確か、ネストリングの‥‥」

 私がこの島にやってきた理由。それはずばり、九頭竜斬子に会う為だ。
 彼女は私と同じ能力者で、先日ある戦いの中で酷い怪我をした。それで両足が動かなくなり、利き腕は切断。ついでに記憶もなくしてしまった。
 この斬子という奴が、本当にいい奴なのだ。割と悲惨な戦いの中において、彼女はいつも誰かの為に戦っていた。
 ド外道と裏切り者を散々見てきたからこそ、私は納得出来ない。彼女のような善人があんな目に遭うなんて、あんまりじゃないか。
 しかも親友のヒイロ・オオガミは、別にこのままでいいとかほざいている。いいわけないだろうが、誰にとっても。
「というわけで、斬子さんが記憶を取り戻す力になれればと思ったんです」
 広すぎる応接室で玲子と向き合う。しかし彼女の反応は微妙だ。
「記憶を取り戻すか‥‥ふむ」
「えと、勿論‥‥ご家族が反対なら、諦めますケド‥‥」
「いや、嬉しいよ。愚妹の為にわざわざ有難う。ただ、あれはな‥‥」
 玲子は腕組み唸る。それから立ち上がり言った。
「実際に見た方が早いだろう。ついてきたまえ」

 斬子は島の浜辺に居た。車椅子に乗ったまま、海を眺めている。その瞳には何も映っていないように見えた。
 ただ、風が吹いている。斬子はぼんやりとした様子で髪を揺らしているだけだが、私には玲子が何を言いたいのか分かってしまった。
「見ての通りだ。あれはもう、九頭竜斬子とは呼べないのかもしれない」
「そんな‥‥」
「私の事も分からないそうだ。記憶がある時点まで遡り消えてしまっているようで、記憶の中の私と今の私が一致しない」
「その、ある時点って‥‥」
「私達の母親が死んだ時、だな」
 少し聞いた事がある。斬子の母親は軍人だったとか‥‥。
「というわけでな。私も正直お手上げだ。尤も、これがあれの選んだ結果だ。どうしようもない」
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ! お姉ちゃんの癖に諦めるの!?」
 声を荒らげると、玲子はちょっと驚いた様子で笑う。
「君はまるで、他人の事を自分の事のように怒るのだな」
「はい?」
「いや‥‥。兎角、私はあれに関与するつもりはない。無論姉として出来る事はするつもりだがな」
「それなら、私が斬子の記憶を取り戻してもいいって事ですよね?」
「是非もない。むしろ出来る事なら協力しよう。君という友人がそういう行動に出るというのも、あれの行動の結末だろう」
 なんなのこいつ、仙人かなんかなの? あんたの方こそ、家族に対して他人事すぎるだろ。
「残念ながら私はもう戦場に戻らねばならない。かなり無理を言った休暇だったからな。家の者には話をしておくので、好きに滞在してくれて構わないよ」

 そんなわけで、私は斬子の記憶を取り戻す為にこの島に残る事になった。
 しかしぶっちゃけどうしたらいいのかわからない。ていうか、私はそもそも斬子とそれほど親しくもない。
「ヒイロは手伝ってくれると思ったんだけどなー」
 ま、無い物強請りしても仕方ない。とりあえず出来る事からこつこつやってみるか。
「というわけで斬子、久しぶりね。一緒に頑張りましょう!」
「貴女‥‥誰ですの?」

 ‥‥先行きは、かなーり不安だが‥‥。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

 ドミニカに連れられ九頭竜家の島にやってきた傭兵達。海岸から屋敷まで続く道を歩いている。
「さあー、斬子の記憶を取り戻すわよー!」
 意気揚々と歩くドミニカ。その背後で上杉・浩一(ga8766)は首を傾げている。巳沢 涼(gc3648)はそんな浩一に声をかけた。
「なあ上杉さん、ドミニカちゃん‥‥なんか初めて会った時に比べてア‥‥かるくなったよな」

そうだな。こんな感じの子だったっけ?」
「そりゃあ、あの頃は色々いっぱいいっぱいだったからね」
 立ち止まり腕を組むドミニカ。浩一と涼も思い返してみるが、確かに色々あった。
「明るくなったのはいいけど、アホも程々にしないと致死量に達するわよ」
「アホで死ぬか! っていうかアホいうな!」
 往復でハリセンを食らう茅ヶ崎 ニア(gc6296)。涼と浩一は冷や汗を流す。
「しかしこの島に来るのも久しぶりね。斬子が実家に帰った時以来だっけか」
 島の景色を眺めるニア。傭兵達の中にはこの場所を過去に訪れた者もいる。あの頃と比べると状況は一変してしまったが。
「あの時は大変だったなー。過激派の襲撃やらあって。結局あれは誰だったのかな?」
「ヒイロさんですら見破っていたが‥‥何も言うまい」
 首を横に振る浩一。そこで楽しげな会話は途切れ、常夏の島に風が吹き抜ける。
「彼女の記憶を取り戻す事が‥‥必ずしも必要でしょうか?」
 腕を組み口を開くキア・ブロッサム(gb1240)。口にしたのが彼女であったというだけで、その疑念は全員の中にあった。
 九頭竜斬子のこれまでの戦いは、彼女達も知る所である。その多くは苦く悲しい記憶で構成されている事も、余す所なく。
「辛い事だけだった‥‥とは思いません。ただ、彼女に待つ現実は幸せだけとも思えません」
「私は戻っても戻らなくてもいいと思っています。辛い事ばかりの過去なら、何も知らず生きるのもいいでしょう」
 憂鬱そうに揺れる瞳を伏せるティナ・アブソリュート(gc4189)。
「でも、斬子さんなら‥‥それを良しとはしないのでしょうね」
 ティナの知る斬子なら、きっと逃げたりはしないだろう。だがそれはティナが知る斬子なら、である。
「本人は忘れた事すら忘れてるからね。現状に苦しんでいないなら、無理する事はないかな」
 ニアの言う通り。斬子は記憶喪失という事実すら正確に把握出来ていない。今となっては全て『未来』の話なのだ。
「確かに記憶がなくなって良かった部分もあるかもしれない。けれど、あの子が決めた決意、見つけた答えまでなくなるのはどうだろうか」
 そう語りながら、それが自分の願望に過ぎない事を浩一は理解している。どうする事が最良なのか、それはわからない。
「結局の所、斬子自身がどうしたいか‥‥ですね。ただ、現状のままで良いとは俺には思えません‥‥」
「そりゃそうだぜ。姉ちゃんの事すら分からないなんて寂しすぎるだろ」
 終夜・無月(ga3084)に続く涼。無月は腰に手を当て顔を上げる。
「緋色と斬子‥‥二人の絆もこのままにはしておけません。この先どんな事があっても、二人は友達であると信じています」
「でも、ヒイロの奴ここに来る事さえ拒否してたわよ?」
「オオガミさんは、これ以上辛い思いをさせぬようにと‥‥気遣ったのでは?」
 ドミニカの声に応じるキア。しかしドミニカは納得行かない様子だ。
「ヒイロさんの事は、思い出して欲しいですね。だって彼女は、ヒイロさんという友達を守る為に戦ったのですから」
 ぽつりと呟くティナ。そこで会話は再び中断され、沈黙が降り注いだ。
「一つ言えるのは‥‥既に彼女の戦いは、終わっているという事です」
 仮に記憶を取り戻しても、全ては過去。
 憎むべき敵も、守るべき者も居ない。最愛の友でさえ、もう隣を歩く事は出来ない。ただただ全てに置き去りにされるだけだ。
「今の彼女に‥‥何が出来るでしょう?」
 人に寄れば辛辣にも見える言葉。だがそれは単なる事実。現実に過ぎない。
「忘れて欲しくないと思うのは‥‥人の我侭なのやも知れませんね」

 結局明確な正解を導き出せないまま、彼らは屋敷へ向かった。
 プライベートビーチを一望出来る白い洋館の中、傭兵達は家主である九頭竜剣蔵と対面する。
「親父さん‥‥娘さんをお願いされていたのに、すみませんでした」
「こんな事になってしまって、本当に面目ない」
 頭を下げる涼と浩一。しかし剣蔵はけろりとしている。
「どうぞ気にせずに。我々はそれ程状況を重く考えていないのでね」
「それはどうなんですか? 九頭竜中尉もそうでしたが、他人事過ぎませんかねぇ?」
 怒りを露に突っかかるドミニカ。しかし剣蔵はのらりくらりと笑う。
「あれも九頭竜の女だからね。傭兵になると家を飛び出したのもあの子だ。全ては自己責任だよ」
「はあー!? あんたの娘でしょうが‥‥むぐぐー!」
 今にも飛び掛りそうなドミニカを背後から取り押さえるキア。傭兵達は苦笑している。
「友人がこうして訪ねてくれるのは素直に嬉しい。私に出来る事があれば遠慮せず言ってくれ給え」
「それなら、これからも何度かここに来てもいいですか?」
「おお、構わんよ。メイドには伝えておこう」
 剣蔵と話す涼。ドミニカはじたばたと暴れている。
「あのオヤジ!」
「大人しくして下さい‥‥ここで暴れれば、出入り禁止にされる可能性もあるのですよ」
 耳打ちするキア。ドミニカは何とも言えない表情で大人しくなった。
「あ、そういえば訊いてもいいですか? 斬子のお母さんと、玲子姉さんについての事です」
「奥さんは、亡くなってるんですよね? こういう事を訊くのもあれなんですけど‥‥」
 ニアと涼の言葉に頷く剣蔵。男は暫し思案し、それからテーブルにかけるのであった。
「座りたまえ。少し長い話になるので、紅茶でも用意させよう‥‥」

 斬子は中庭で車椅子に座っていた。何をするでもなく噴水から湧き出る水を眺めている。
「やっほー斬子、元気にしてたー?」
 片手を挙げ明るく声を駆けるニア。斬子は慣れない様子で車椅子ごと傭兵達へ振り返る。
「貴方達‥‥誰ですの?」
 当然の言葉だが、これまで長らく共に戦ってきた者も居る。寂しさを感じるなという方が無理な相談だ。
「今は初めまして‥‥になるかな」
「今の貴女にとっては、未来で出会う事になる友人ですね」
 涼に続き声をかけるティナ。しかし斬子は意味が分からない様子だ。
「‥‥皆、貴女の友達になりたいらしいですよ」
 肩を竦めながら笑うキア。斬子はすっかり警戒しているが、傭兵達は何とか取り付く島を探すしかない。
「よ、良かったらお兄さんとトランプでも‥‥」
「何でそんな事しなきゃいけないんですの」
 中庭の隅で膝を抱える涼。入れ替わり、無月が前に出る。
「やぁ‥‥私は終夜・無月。斬子の為にお菓子を作ってきました」
 トレイの上に並ぶ色とりどりのお菓子を目にすると、斬子も興味を持った様子だ。ニアはそれを横目に涼の肩を軽く叩いた。
「よし、初めて会った時の事を思い出して話そう‥‥」
「本当に大丈夫ですか、上杉さん」
「大丈夫、子供の扱いは慣れておる‥‥いや、俺はロリコンじゃないぞ、うん」
「いや、別に何も言ってませんが」
 ニアの言葉にサムズアップする浩一。キアとドミニカがそんな彼にしっとりとした視線を向けていた。
 軽い世間話やお菓子で釣り、斬子と会話が可能になった傭兵達。少し間を置き、漸く過去についての話を切り出していく。
「斬子、覚えてない? こう、狼だけど犬っぽい、アホの子で部屋が汚い正義の味方を目指しているポテチジャンキーの事を」
「へっ?」
 ニアの言葉に素っ頓狂な声を上げる斬子。頬を掻き、ニアは話を続ける。
「まあそういう私の友達が居るんだけどね‥‥」
 と、そこで何か思いついた様子のティナ。慌てて前に出ると、斬子の手を両手で確りと握り締める。
「斬子さん‥‥くず子と呼ばれたら、何か感じませんか?」
「へっ?」
 後ろで苦笑する無月。キアは肩を竦めている。
「なあ、カレー作らないか、カレー!」
「唐突な提案ね、涼‥‥」
「いや、これまでの経験を追体験してもらうとかさ。前にそういう事があったんだって!」
 ドミニカの視線に弁解する涼。ニアはそれにつられ過去を思い出す。
「思えば色々な事があったわよねー。チョコ作り対決とか面白かったなぁ。斬子も必死になっちゃってさ」
 楽しい思い出を語ると、何と無く切ない空気になってしまう。それを振り切り涼は走り出す。
「よし、親父さんに話をしてこよう!」
「料理でしたら‥‥俺も力になりますよ」
 その後を追う無月。何と無く間が空くと、キアが斬子に歩み寄る。
「時間が空いてしまいましたね。では、そう‥‥何か御話しましょうか」
「どんなお話ですの?」
「そうですね‥‥不幸なお話はどうでしょう? 救われなかった兄妹と、二人を救おうとした少女の涙の御話‥‥」



 ――九頭竜家の女は戦士であれ。それは古くから伝わるこの家の掟であった。
 九頭竜剣蔵が語った斬子の幼少時は、引っ込み思案で内気な少女であった。
 母は軍人。まだバグアがこの世界に存在しなかった時代。それでも戦場に立っていた。
 少女は寂しかった。母も父もいない家は広すぎて、いつも心に空虚さを抱いていた。
 何故戦うのか。それが当たり前なのか。戦争は家族よりも、娘より大事なのか。斬子はいつもそう考えていた。
 母が戦場であっけなく散った事を知った時、姉も父も眉一つ動かさなかった。そういう物だからと、それしか言わなかった。
 少女が知らせを聞いたのは、母と口論した翌日の事であった。自分より戦争が好きな母親なんて嫌いだと、泣きながら叫んだ後だった。

「あの子はね、多分その事をずっと引き摺ってるんだ。だからこそ母の意志を継ぎ、大嫌いな戦争に足を踏み入れたんだよ」

 九頭竜たれと、声が聞こえる。
 気付けば自分が本当にやりたかった事が何なのか、全ては叫びに溶けて消えていた。



「斬子ちゃん、髪をポニーにしてみようぜ!」
 結局全員でカレー作りをする事になった傭兵達。涼は斬子の髪を勝手にポニーテールに括っている。
「涼‥‥そんなにポニーが好きなのね‥‥」
 遠巻きに眺め冷や汗を流すドミニカ。ちょっと自分の髪を括ってみるが、キアが近づくと慌てて中断した。
「どうかしましたか?」
「いや、別にっ」
 二人並んで様子を眺める。悲しげなドミニカの横顔にキアは咳払いを一つ。
「オオガミさんは、ちゃんと彼女を想っていると思いますよ‥‥」
「‥‥あんたはどっちがいいと思う?」
「さて‥‥どうでしょう。今はなんとも、ね」
「でもやっぱり見てらんないのよね、あんなのは」
 溜息を零すドミニカ。そこへ無月が歩み寄る。
「ドミニカは‥‥ヒイロに協力する気はないのですか?」
「それこそ‥‥わかんないわよ」
 ドミニカは変わったと傭兵達は言う。それはその通りだ。
 彼女にとってあの組織はそういう場所だった。心を押し殺し、非情にならざるを得なかった苦い記憶だ。
「今更戻れって言われてもね。ヒイロはどうかしてんのよ。あんな事があったのに」
「ドミニカ‥‥」
「あーもううっさい! 言われなくても分かってるわよ!」
 無月を突き飛ばし走り去るドミニカ。その後姿を無月はじっと見つめていた。
「折角カレー作ったんだし、海岸に出てみない? 海辺で食べるカレーは乙なもんよ」
「そうだな。運ぶのを手伝‥‥」
 ニアから皿を受け取る浩一。そこへ走ってきたドミニカが激突し、浩一は回転する。服にはカレーが飛び散っていた。
「なんか、散々ですね」
 けろりと言うニアに浩一は黙って頷くのであった。
 こうして傭兵達は海辺でカレーを食べる運びになった。メイドや執事の手もかり、透き通った光を反射する波を眺めながらカレーを味わう。
「美味しいですわ! 自分が手伝ったとは思えないくらい!」
 喜ぶ斬子の頭を撫でる無月。ニアはそこで思い出したように問う。
「お母さんのカレーとどっちが美味しい?」
 すると途端に顔色が曇る斬子。先程からたまに家族の話題を出すとこの調子で、直ぐに塞ぎこんでしまうのだ。
「まあ、それもそうか‥‥」
 剣蔵から聞いた話を思い出し視線を逸らすニア。ティナはカレーを食べる手を止め、斬子に目を向ける。
「今の斬子さんに聞くべき事ではないのかも知れないですが‥‥貴女がもし、何か大切な、大事な事を忘れている時、それにとても辛い記憶が付いて来たとしても思い出したいですか?」
 それはある意味単刀直入な話であった。斬子は少し考え、ゆっくりと口を開く。
「わかりませんわ‥‥」
「そう‥‥ですよね。でも、貴女は‥‥」
 言葉を飲み込み、整理しながらゆっくりと吐き出す。
「どれだけ時間が掛かってもいいです。貴女がどれだけ傷ついても守りたかった友達の名前‥‥それだけは、絶対に思い出してください」
「友達‥‥?」
 やはり斬子は何もわからない様子だ。ニアはそこに割り込み、笑いかける。
「まあまあ。とりあえず私達は友達って事でいいよね、斬子?」
 握手を求め差し出す手。斬子はおずおずとその手を取るのであった。

「結局、斬子さんの記憶は戻らず‥‥ですか」
 溜息混じりに呟くティナ。あれから色々な事を試してみたが、斬子の記憶は戻らずじまいであった。
 夜になり、傭兵達も引き返す時間がやってきた。潮風に吹かれながらティナは遠く斬子を見つめている。
「こんな調子で本当に記憶が戻るのかしら」
 肩を落とすドミニカ。そこにキアは言う。
「折角選んだのでしたら‥‥成し遂げねば、かな。正義の味方には‥‥ハッピーエンドが似合いますし?」
「ハッピーエンド、ですか」
 血を流しながら微笑んだ彼女の言葉を思い出す。それは斬子の記憶が戻った時、ティナが伝えなければならない言葉だ。
 今はまだそれを胸に抱き、顔を上げる。この行動が無駄ではない事を信じて。
「マリスさんも‥‥私達と同じだったんですよ? 斬子さん‥‥」
 口々に別れを済ませる傭兵達。そんな中、涼は懐から一枚の写真を取り出し斬子に差し出す。
「これは?」
「‥‥何か分からないよな。でも、良かったら貰っててくれないか?」
 そこには八人の男女が並んで笑う、とても鮮やかな景色が閉じ込められている。
 斬子は写真をじっと見つめていた。その中で笑っている自分を見つめ、そしてぽたりと雫が零れ落ちる。
「わたくし、何で‥‥」
 知らない筈の景色を見て、胸を締め付けられるような気持ちになる。
 ぎゅっと抱き締めて、頬を伝う熱い涙を感じる。一つ一つ落ちていく雫は、意志とは関係なく。
「どうしてこんなに‥‥切ないの?」
「会いたいですか? 彼女に」
 問いかける無月。涙を流しながら斬子は顔を上げる。
「貴女の‥‥友達に」

 世界はこんなにも綺麗だと、誰かが笑っていた。
 泣きながら頷く斬子の姿を、傭兵達は黙って見つめるのであった。