●リプレイ本文
●いざ実家へ
山奥へと進む田舎道を歩き始めて数十分。能力者達の前に姿を現したのは巨大な武家屋敷であった。
もう少し規模を大きくしたら城になるんじゃないの? という勢いの家を眺め、ヒイロは瞳をきらきらと輝かせる。
「ついに帰ってきたですよ〜! まだ家を出て半年も経ってない気がするですがっ!」
両腕をばたばたと振り回し喜ぶ(?)ヒイロ。そこへすっと身を寄せ、南 十星(
gc1722)が礼儀正しく頭を下げる。
「ヒイロさん、今回はよろしく」
「今回セラはヒイロさんの後輩役なのです! よろしくね♪」
十星に続き、セラ(
gc2672)も明るく挨拶を一つ。更に爽やかに挨拶をしたのは安原 隼(
gc4973)だ。
「今日は可愛い後輩としてきました。どうぞよろしくね☆」
「こ、後輩‥‥っ! あまりに聞きなれない単語にヒイロはどきどきなのですよ‥‥! 今日はよろしくですっ!」
ぺこぺこと三人に頭を下げるヒイロ。その横顔はどこか照れくさそうだ。
「しかしでかいな‥‥。ここが本当にヒイロちゃんの実家なのか?」
武家屋敷を冷や汗を流しつつ眺める巳沢 涼(
gc3648)。確かにこの家はとても老人が一人で暮らせるような規模には見えない。
「お袋、今頃何やってるんだろうか‥‥」
誰にも聞こえないような小さな声で呟いたのは上杉・浩一(
ga8766)である。彼はヒイロ達とは少し離れた場所でぼんやりとしていた。
「まずは打ち合わせだな。ダラダラするのはそれからだ」
ベーオウルフ(
ga3640)がヒイロ達を集め、作戦の最終確認を行う。
今回はヒイロの希望を叶える為、傭兵達はそれぞれが何らかの役割を持っている。先輩や後輩と言ったシンプルな物から悪の組織のボスまで様々だが、彼らは戦闘依頼ばりの緻密さで全力で打ち合わせを済ませてきた。
ヒイロは気軽な気持ちで依頼をしたのかもしれないが、彼らはヒイロの為を思い真剣に作戦を練ってきたのだ。ややヒイロの理解の追いつかないハイレベルな打ち合わせが行われた。
「‥‥大体こんなものですか。あとどんな嘘をついてるんですか? 話をあわせるためにも詳しく教えてもらいたいのですが」
と、笑顔でヒイロに語りかけつつ十星はこっそりとレコーダーのスイッチを入れる。何も知らないヒイロはぺらぺらと喋り始めた。
その内容は最早嘘と言うより荒唐無稽な夢物語の域である。段々と顔色が悪くなっていく傭兵達に気づかず、ヒイロは楽しげだ。
「それで、だめんずなカシェル先輩はヒイロが作ったご飯を美味しそうに食べて涙を流すのです‥‥っ」
ややカシェル先輩を小ばかにしたような嘘が多いのは気のせいだろうか。
「うーん‥‥。ヒイロさんのおばあちゃんの為とはいえ、嘘をつくのはどうなのかなぁ」
腕を組み、小さな声で呟いたのはイスネグ・サエレ(
gc4810)である。
可能であればヒイロを改心させ、嘘を止めたい――それはこの場の全体の気持ちであった。
「御祖母様を心配させたくないがための嘘、それはわかりますよ。でも結局嘘は、自分も相手も苦しめてしまいます」
それとなく言い聞かせるような蓮樹風詠(
gc4585)の言葉。しかしヒイロは気まずそうな様子で目を逸らしてしまう。
「ヒイロは‥‥。ヒイロは、おばあちゃんに心配をかけたくないです。本当のヒイロを知ったらおばあちゃん‥‥きっと心配するですよぅ」
寂しげに呟くと、ヒイロはとぼとぼと坂道を登り始めた。傭兵達は顔を見合わせ、小さなヒイロの背中へ続いていく。
「なあヒイロちゃん、今からでも遅くない。婆ちゃんに正直に告白してみたらどうだ? 筆がのってつい大袈裟に書いてしまったって」
「むー。涼君までそんないじわる言うですか」
ほっぺたを膨らませ、ヒイロはとことこと走っていく。仕方なく傭兵達はとりあえず予定通りの行動へと移った。
●帰郷
「皆さん、遠い所わざわざいらっしゃい。何もない田舎だけど、ゆっくりして行って下さいね」
綺麗な人だった。年寄りとは思えないしゃんとした背筋、しわくちゃだけれども優しい笑顔――。ヒイロの祖母は着物姿で傭兵を迎える。
「私は南 十星、ヒイロさんの後輩です。彼女にはいつもお世話になっています」
「お土産のLHせんべいとLH饅頭です。どうぞ食べてください」
十星の挨拶に続きイスネグがお土産を差し出す。祖母は丁寧に深々と頭を下げると家の中へと案内してくれた。
広く古い、しかし手入れの行き届いた屋敷だった。話によると普段は使用人が数人で面倒を見ているという。
口元に手を当てて笑う老婆。その後ろを歩き、何故かヒイロは緊張した様子だった。
「何も無くて若い人には退屈でしょうけど。私は皆さんが来てくれてとっても嬉しいわ。直ぐお茶を持ってくるから、待っていてね」
「親友に誘われれば時間を作って遊びに行くのは当然でしょう。それと、お構いなく」
ベーオウルフに笑顔で会釈し、祖母は一度姿を消した。客間に通された一行は畳の上に敷かれた座布団に腰を下ろした。
「今回は嘘に付き合うけど、このまま嘘をつき続けてまた今回のような事をするのかい?」
ヒイロの隣に座り、イスネグが問う。やはりヒイロは落ち着かない様子だ。
「どんな嘘もいつかはばれるよ。今のうちに本当のこと言ってしまった方がいいんじゃないかな」
「それは、駄目です」
「きっと御祖母様が本当に望んでいるのは、ヒイロさんが明るく元気に暮らしていること。それが一番大切――ね?」
「だめなんですよぅっ! ヒイロは‥‥ヒイロはっ!」
風詠が優しく諭すが、ヒイロは泣き出しそうな顔で立ち上がる。そこへ祖母が戻ってくると、全員で慌てて姿勢を正した。
一先ず全員でLHせんべいをお茶請けに一息つくと、予定通り川原へ遊びに行く事になった。
いざ川原へ着くと沈んだ様子だったヒイロも少し元気を取り戻し、いつものペースではしゃぎ始めた。まずは仲良しアピールの開始である。
「わ〜、すごいかも♪ セラってば川遊びってはじめて! ヒイロさんヒイロさん、これってどうやって遊ぶの? セラにおしえて、おしえて!」
「川と言えば釣りなのですっ! まずはこの虫を針にぐさっと‥‥」
いきなりの高すぎる敷居にセラは一瞬青ざめるが、別にエサは虫でなくても良かったりする。
てきぱきと竿の準備を終えるとヒイロはサラにそれを手渡した。手際の良さは流石田舎っ子である。
「私、釣りってしたことないんですよ。ヒイロさん得意なんですよね。すごいなあ。頼りにしてますね」
やや棒読みに語りかける風詠。背後ではヒイロの祖母がレジャー用の椅子に座ってみているのだ、既に演技は始まっている。
そうして三人で釣り糸を垂らすが、中々獲物はかからない。やや重苦しい空気になって来た時、颯爽と現れたのが涼だ。
「漁師の家系は伊達じゃないってとこを見せてやるぜ」
と、釣りを開始するや否やヒットを連発、大物を釣り上げていく。流石漁師の家系である。だが本気すぎてヒイロが目立っていなかった。
涼に比べ余りにも釣れないので涙目になるヒイロ。そこへ隼が手を振り声をかけた。
「ヒイロ先輩も、一緒に遊ぼう! なんなら、手を引いてあげる――はい♪」
隼は裾をまくり、川に入って手を差し伸べていた。実はヒイロは泳げないので川に入るのは苦手だが、誘われるがままについていく。
よろよろとへっぴり腰で浅瀬を歩くヒイロ。が、予想通り小石に躓いて転んでしまう。
水浸しになったヒイロを引き上げ、楽しそうに笑う隼。ヒイロも前髪をいじりつつ、無邪気に微笑んでいた。
「うそもほんとに変えちゃえば楽なんだけどね〜」
水浸しになって遊ぶヒイロを横目にサラはキーボードを演奏する。その内心は中々に複雑だ。
嘘は自分自身を騙す事でもある。それは決して楽な事ではないだろう。ヒイロを想う優しい音色、それは彼女に届いたのだろうか。
「――うむ、そろそろ頃合か?」
そんな中、一人別行動をしていた浩一が物陰から合図を出す。のんびりと釣りをしていたベーオウルフと涼は準備の為にこっそり姿を隠した。
消える彼らを見送り微笑む老婆。十星はその傍ら、「気付いてますよね?」と小さく声をかける。老婆はただ優しく微笑むだけであった。
●嘘吐きの末路
予定通り、八百長が始まったのは間も無くの事だった。
悪の組織に扮した三名が唐突に現れ、ヒイロへと次々と襲い掛かった。ここからはややダイジェストでお送りします。
現れた悪の組織の手先ことベーオウルフ。生体鎧で変貌したその姿は正に怪人である。
何故か早々に敵に駆け寄り、あっさりと捕まってしまう隼。手加減される事を祈っていたが、怪人のパンチは意外と痛かった。
一瞬本当に苦しそうに膝を着いた後、倒れる隼。それを人質に悪の組織はヒイロに迫る。AU−KVを装備した涼の高笑いはやや棒読みだ。
「ヒイロさん、後はお願いします」
続けて十星もばったりと倒れてしまう。些か超展開だが、急造の演技なので仕方がない。
そこでイスネグがヒイロにスキルを発動する。これは実際の効果よりエフェクト、演出としての意味が大きい。
「隼くんをー、はなーせー」
棒読みのヒイロがベーオウルフにパンチを放つ。こつんと手が命中した瞬間、怪人は派手に30mほど吹き飛んで川に落ちていった。
スローモーションでお送りしよう。パンチが当たる刹那、彼は瞬天速を発動。自ら吹っ飛び、きりもみ回転しつつ川に落下したのである。
立ち上る水柱に派手すぎてむしろ心配になるヒイロ。その脇で思い出したように浩一が告げた。
「ちっ、仕方ない。ここはひいてやるか」
実はずっと黙っていたのは喋ると演技が崩れそうだったからである。実際その一言は完全に棒読みだった。
「くそー、覚えておけー」
ボス役の涼も浩一に続き川に入っていく。そうしてベーオウルフを二人で回収し、去っていくのであった。
「ふ、ふははー! 正義は勝ーつ?」
何故か半疑問系で同意を求めるヒイロ。残った仲間達はコクコクと只管に頷くしかない。隼は相変わらずぐったりしていた。
八百長が終わり、ヒイロは恐る恐る祖母へ目を向ける。祖母はただ優しい目でヒイロを見つめていた。
「‥‥おばあちゃん」
気づけば夕暮れ時、水面には紅い光が差し込んでいる。ヒイロは申し訳無さそうに俯いてしまう。
「皆さん、ありがとう。ヒイロちゃんの為にそこまでしてくれて」
祖母の一言にヒイロは顔を上げる。流石に隠れていた悪役三人も出てくるしかなかった。
「き、気づいてたですか‥‥? ヒイロが、嘘ついてるって‥‥」
「あら、何年あなたのお婆ちゃんをやってると思ってるのかしら? 言ったでしょう、あなたが元気で居てくれればそれでいいって」
祖母はヒイロの頭を撫で、そっと抱き寄せる。少女は呆然と立ち尽くし、懐かしい温もりに戸惑っていた。
「優しい子。私の為に、ありがとうね」
「おばあちゃん‥‥。ヒイロは‥‥。ヒイロは‥‥っ」
我慢出来ず、ヒイロは大声で泣き出した。日が暮れるまで少女は泣き続けた。その間誰もが言葉を口にする事はなかった。
やがて泣き疲れたのか眠ってしまったヒイロを運び、傭兵達は屋敷へと戻る。そこで祖母は改めて頭を下げた。
「本当にごめんなさい。ヒイロちゃんがご迷惑を‥‥」
「嘘に加担したのは、セラ達も同じですから‥‥」
お互いに謝る姿勢になり、自然と場に笑みが戻った。ヒイロも今回の件で少しは懲りた事だろう。
祖母はそこで少しヒイロの過去について語った。彼女が他の子と中々馴染めなかった事、そしていじめらていた事‥‥。
心配をかけないように、祖母には人気者だと嘘をついた事‥‥。幼い頃から続けてきたそれが、ヒイロにとって悪癖となってしまっていたのだろう。
「おばあちゃん、我々が先輩を守るので、安心してください」
「こんなことをみんな嫌がらずにやっているんですから、ヒイロさんは大丈夫ですよ」
イスネグに続き、十星が微笑んだ。ヒイロは畳に横になり、目尻に涙を浮かべ寝言を呟いている。
「みんな‥‥ごめんなさい‥‥ですよぅ‥‥」
風詠と隼が顔を見合わせ微笑む。当初の予定とは違ったが、彼女を成長させる事は出来たようだ。
「そうさな‥‥。有望なルーキーであることは間違いない。大切な人の為に頑張れる子だしな。ただ足りないとすれば、経験か。軍人としてでなく、人としてのな」
「今はまだまだだが、将来が楽しみな一人だな」
浩一と涼がそう語ると、ベーオウルフも同意するように頷いた。風詠がヒイロにタオルケットをかけると、祖母は改めて頭を下げる。
「ありがとう。勝手なお願いだけれど、これからもどうかヒイロちゃんをよろしくお願いしますね」
その後気まずい時間を取り戻すように一同は楽しく夕飯をご馳走になり、明るく帰路についた。去り際、見送る祖母へ振り返りヒイロは叫ぶ。
「ヒイロ、また手紙書くです! 大事な友達の事‥‥たくさんたくさん、書くですようっ!」
祖母に手を振りヒイロは泣きながら笑った。少女の隣には仲間が居る。山ほどではなくても良い。支え、共に歩いてくれる大切な仲間が――。
「この歳でホームシックとは――まったく、俺も未熟だな」
手を振るヒイロに懐かしい我が家を思い出す浩一。もしかしたら他の傭兵達もまた、会いたい人や帰りたい場所を思い浮かべたのかもしれない。それは彼らの心の中にそっとしまわれたままだったが。
‥‥と、綺麗に纏まったようだったが、数日後少女はカシェルに届いたとあるICレコーダーのお陰で酷い目に遭う事になる。それは別の物語の一幕――そしてそれもある意味、少女の嘘の一つの末路だったのだろうか。