●リプレイ本文
「朝比奈さん、この間は助かりました。お陰で何とか生きてます」
「ん? あー、お前ネストリングの奴か。礼には及ばないぜ、ありゃ自分の為だしな」
夜の荒野を歩く傭兵達。イスネグ・サエレ(
gc4810)の言葉に朝比奈は腕を組み頷く。
「しかし人の事は言えんが、あっちの事はほったらかしでいいのか?」
「ヒイロ先輩は自分の足で歩き始めました。私がいなくてももう大丈夫。でも、私の戦いはまだ終わっていない」
あの戦いの決着はまだついたとは言い難い。そしてその決着は遠からずつけねばならないだろう。
「ヒイロ先輩にはヨリシロとはいえ親や仲間を殺して欲しくないんです。斬子さんには合わせる顔もないし‥‥」
「そ、そうか。何かお前色々大変そうだな。頑張れよ‥‥」
イスネグの肩を叩く朝比奈。そのまま振り返りラナ・ヴェクサー(
gc1748)を見やる。
「ラナちゃん、本当に大丈夫か?」
「‥‥え? あ、はい‥‥大丈夫です」
考え事をしていたラナが顔をあげる。彼女は直前の戦闘で負傷し、万全な状態にはなかったりする。
「珍しいな、ぼんやりして」
「いえ‥‥。刀狩り、供給源、ネストリング‥‥今思うと、全ては繋がっていたのですね‥‥と」
同行する傭兵達の中にそれらと無関係な者は一人も居ない。ある意味集まるべくして集まった面子だと言える。
「そうッスね。俺なんか人形師からこっち、妙な縁に引っ張られ続けてるッスよ」
顎に手をやり頷く六堂源治(
ga8154)。ここまでくると、運命という言葉を信じてみるのもいいかもしれない。
「それにしても‥‥こんな状態で同行し‥‥すみません、です」
しょげた様子で頭を下げるラナ。ヨダカ(
gc2990)は苦笑を浮かべる。
「まあ、戦闘以外にもやれる事はあると思うのですよ。今回はお大事になのです」
「そうね。逆に言えば、戦闘以外何も出来ない奴がここにいるわ」
腕を組んだまま無表情に語る加賀・忍(
gb7519)。その肩を朝比奈が叩く。
「まあまあ。女子を守るのが男の仕事! ラナちゃんも忍ちゃんも、まとめて俺が守ってやるから安心して‥‥のわっ!」
両腕で二人を抱き寄せようとするが、二人ともするりと逃れる。結果朝比奈が一人でつんのめった。
「かわいそうに朝比奈‥‥よし、ここは一つあたしが相手してやるとしよう!」
腰に手を当てくねくねする月読井草(
gc4439)。朝比奈はそれを死んだ魚のような目で見ている。
「そういえば今日はくんくん仮面じゃないのです?」
「よしヨダカ、その話はここまでだ。俺には何の事か全くわからん」
そんな感じで村へ近づく傭兵達。目的地とその奥に聳える奉竜殿が姿を現した。
「あれが竜の巣かぁ。肝心の竜はもういないけどね」
「穏やかな場所だなぁ‥‥。キメラがいなければこのままでもよさそうだけど」
遠巻きに塔を眺める井草と村を眺めるイスネグ。二人はそれぞれの感想を述べる。
「とりあえず村人に話を聞いてみるのですよ。警戒は緩そうですし、こっそり行けば簡単に入れそうなのです」
「そうだなー。よーし、折角だからあたしはこっちの方を選ぶぜ」
歩き出す井草。朝比奈はその首根っこを掴んで持ち上げる。
「待て、流石に一人で行動するのは危ないだろ。ヨダカ、これも持ってけ」
「ヨダカが連れて行くのですか?」
「丁度いいだろ、子供チームで」
この朝比奈の暴言には井草、ヨダカ両名が反論を繰り広げる。その喧騒を横目に源治は苦笑する。
「朝比奈の言う事も一理あるッスね。ここは二人一組で行動って事でどうッスか」
「そうですね‥‥では、私は朝比奈さんに同行します‥‥」
「となると、私が六堂さんとですか? 加賀さんはどうしますか?」
源治、ラナ、イスネグが同時に振り返る。忍は既に地べたに胡坐をかき、鞘に収めた達を片手に両目を瞑っている。
「私はここに残るわ。戦闘になったら合図して頂戴。言ったでしょ、戦闘しか出来ないって」
片目を開いて呟く忍。そんな訳で傭兵達は二人一組を作り、それぞれ村へと向かうのであった。
「イスルギの村、か」
いかにも彼が好みそうな村の様相に源治は思わず呟く。
「刀狩り、ですか。確か、六堂さん達が倒したんでしたね」
「ああ。俺はアイツの事、嫌いじゃなかったッスよ。けど、何を考えていたのか詳しい事は分からず仕舞いだった」
何と無く、あの力強い眼差しを思い出した。結局、あれが求めた物とは何だったのか。
「もうちょい知っておくのも悪くない。俺の一番の好敵手の事を」
布で覆った太刀を肩に乗せ呟く源治。それからイスネグに目を向ける。
「そっちは確か、供給源‥‥だったッスか?」
「ええ。少しでも手掛かりがあれば良いのですが」
「なら、それについても聞き込みッスね。その辺の村人に訊ねてみよう」
「あたし達、あの塔にお使いを頼まれたんだけど‥‥迷っちゃったの〜」
「はあ。もう見えてるのに迷子たぁ、アホの子なんだなぁ」
村人に声を駆ける井草。隣でヨダカは死んだ魚のような目をしている。
「あの塔に行きたがる奴はたまにおるが、止めた方がええ。あそこにはでかい竜の化物がおる」
「イスルギの事なら、もう倒れたのですよ」
「いや。イスルギではなく、塔の警備でな。今でもキメラの巣窟になっとるのじゃ」
老人の言葉に顔を見合わせる二人。ヨダカは咳払いし、改めて声をかける。
「先に言ったですが、イスルギは既に居ないのです。もう近くまでUPC軍も来ているのですよ」
「ああ。やはりそうじゃったか」
「‥‥やはり?」
「うん、うん。こんな時が来る事は分かっていたんじゃよ。うん‥‥」
妙な反応に首を傾げる二人。老人は真面目な顔で言葉を続ける。
「お嬢ちゃん達についていけばいいのかい?」
「そうですが、随分話の通りが良いのですね」
「ああ。それは、イスルギが言っていた事じゃからな‥‥」
「うーん、こんなグネグネは知らないなぁ。こっちのロボなら見覚えあるけど」
「本当ですか?」
「うん。何か白いスーツの男とたまに来てたよ」
村人に聞き込みを行なうラナ。以前傭兵が撮影した供給源の写真を持って来たが、目撃情報はない。
「ジライヤと、白スーツは多分灰原だな。供給源の配下だが、大分前に殺した筈だ」
意外と朝比奈が事情通なので、聞き込みの際に役立ったりする。
「しかしラナちゃん、怪我を押してまで供給源の情報が欲しいのか?」
「これまでの戦いの清算ではありませんが‥‥次に繋げる情報は、手に入れたいですね」
「俺も人の事は言えねえが、あんまり無理して拘っても仕方ねえぞ。奴等の事は天笠も調べてるだろうしな」
肩を竦める朝比奈。ラナは周囲を見渡し息を吐く。
供給源に関しても気になるが、村人の聞き分けの良さも妙だ。声をかければ四の五の言わずとっとと誘導に従ってくれる。
「‥‥ですが、手掛かりがある可能性もあります。幸い村人は協力的ですし、ね」
「そうだな。もう少し聞いてみるか」
夜の荒野には肌寒い風が吹く。雲の切れ間に輝く月光、それを忍は見上げていた。
物思いと呼ぶにも頼り無い心のざわめきを感じる。それはこれまでの行動の是非を問う物でもある。
尤も、自分がこういう生き物だという事は彼女自身が一番理解する所であり。とどのつまり、やはり悩みとも至らず。
「存外に、難儀なものね‥‥」
一人ぽつりと呟く。無線機から仲間の声が聞こえて来たのは、正にそんな時であった。
源治とイスネグの前に現れた無数のキメラ。その奥には焚き火をしていた戦闘兵の姿がある。
「アニキ、侵入者だ!」
「うるせぇ、見りゃわかる!」
完全に引け腰の戦闘兵に源治は眉を潜める。正直、その気になれば一刀両断出来そうな気がする。
「一応他の連中に連絡しとくか」
「ですね」
仲間に連絡する源治とイスネグ。その二人を大柄な男が指差す。
「やいてめぇら、ここが誰の村か分かってんのか? この村はなぁ、刀狩りと呼ばれる凶悪なバグアの支配下なんだぜ?」
「そうッス! 自分らは弱いッスけど、旦那は強いんスよ!」
「ところがどっこい、イスルギはあたし達が殺ったんだぜ!」
そこへ登場し敵を挟み込む井草とヨダカ。戦闘兵達は驚きを隠せない。
「う、嘘つけ! あの爺さんが簡単にくたばるか!」
「嘘ではないのです。イスルギもムクロもナラクもブガイもジョンも、皆々ヨダカ達が殺しました。次はお前達です」
「ていうか、イスルギがまだいるならあたし達がここに居るわけないだろー? とっくに止められてるでしょ」
井草とヨダカの声に仰け反る三人。そこへ屋根の上から朝比奈が降りてくる。
「ういーっす。敵こんだけか?」
「お疲れ様です。ラナさんはどちらへ?」
「村人を安全な場所まで送るとさ」
イスネグの質問に応じる朝比奈。戦闘員達は更に仰け反る。
「あいつら、僕たちを置いて!」
「仕方ないッスよ‥‥自分らも旦那の言う通り、投降した方がいいッスよ、アニキぃ」
「お、投降する? 大人しくタイホされるなら悪いようにはしないよ。多分まともに戦ったらそっちに勝ち目はないしさ」
ニヤリと笑う井草。イスネグもそれに続く。
「私もやるせない戦いは好みませんので、大人しくしてくれるならそれが最善なのですが」
「まあ、そうですね。知っている事を全て吐くのなら考えてやらない事もないですよ?」
同じくニヤリと笑うヨダカ。戦闘員達は震え上がっている。
「おかしいッスよ! 何かあっちの方が悪者っぽいんスけど!」
「バカ野郎、ビビってんじゃねえ! 奴等はイスルギを殺したんだぞ! 俺達が仇討ちしないでどうする!」
「た、確かにそれはそうだけど‥‥」
「うるせえ! 俺達はやれるんだ! 行け、雑兵キメラ!」
動き出すキメラ。そこへ駆けつけた忍が敵陣へ飛び込み、容赦なく太刀でキメラを両断する。
「弱い‥‥斬った気がしないわね」
「ていうかこんな雑魚、ヨダカ達は散々蹴散らしたのです。今更相手になるわけがないのですよ!」
超機械で竜巻を起こしキメラを纏めて吹き飛ばすヨダカ。井草はバッター宜しく闇剣を素振りした後、フルスイングで衝撃波を放った。
「これまでの敵に比べると、緊張感もありませんね」
杖を掲げるイスネグ。青白い光が爆ぜ、キメラが派手に吹っ飛んでいく。
「アニキ、なんかこいつら強いんだけど!?」
悲鳴を上げる男。源治はキメラを蹴倒した後、愛刀を覆っていた布を解いていく。
「悪いが俺は一切手加減しない。相手が誰だろうが事情が何だろうが、こいつで片っ端から斬って来たからだ」
鞘から抜いた刃を構え、戦闘員を睨む源治。鋭い気迫に三人とも後退する。
「戦いに私情を持ち込まねぇ、それが俺のルールだ。そこを曲げちまったらスジが通らねぇんだよ。だからお前らが何だろうが、容赦なく叩き斬るぜ」
「わ、わかった待て落ち着け! 一回相談させろ! させて下さい!」
叫ぶ大男。三人は屈んで一箇所に集まっている。
「やべーよアニキ! あいつら人殺しを何とも思ってねえ! 極悪すぎる!」
「外道ッス‥‥この上ないド外道ッス‥‥弱い者いじめかっこ悪いッス‥‥」
「何がどうなればああなるのかわからねえが、相当の修羅場を潜ってやがる‥‥俺達と同じくらいな」
ヒソヒソ話どころか会話は筒抜けだ。朝比奈は欠伸をしながら待っている。
「投降した方がいいよ! 爺さんもそう言ってたろ! 無駄に死ぬ事ないって!」
「旦那の仇討ちを出来ないのは悔しいッスけど、右に同じッス‥‥」
「だがなあ、俺達にも面子ってもんがよう‥‥」
腕を組んで眺めていた忍だが、思い出したように刃を抜き、そのまま三人に近づく。そうしてナイフ使いの男の背中に刃を突き刺した。
「ギャアアアア! 急に刺してきやがったあああ!!」
「血がああ! 血が出てるッス!!」
「バッカ野郎、後ろから刺す奴があるかー!」
「結局戦るの? 戦らないの?」
溜息を漏らす忍。三人はそれどころではない。
「いてぇよぉ、死ぬよぉ‥‥アニキぃ‥‥」
「わかった降参する、降参するー! だからこいつの傷を手当してやってくれー!」
「グロい、グロすぎる‥‥おぇええっ」
こうして三人はあっさり降参したのであった。
「源治、斬らないのか?」
「土下座してる人間を叩き斬るのは、流石に剣士としてどうなのか‥‥と、俺も考えずには居られないッスよ。そもそも『敵』でもなさそうだしなあ」
「刺して分かったけど、こいつらそこらのキメラより弱いわよ。期待外れにも程があるわ」
生ゴミを見るような眼差しで三人を見る忍。朝比奈はその様子に苦笑している。
「‥‥戻りましたが‥‥どういう状況ですか?」
ラナが見たのは土下座しながら泣いている敵と呆然としている仲間という奇妙な景色であった‥‥。
「供給源って名前は知ってるが、詳しい事は俺達も知らねぇな」
「力になれなくて申し訳ないッス」
天笠隊も合流し村は解放され、手錠をされた三人の戦闘員は現在正座で傭兵達に囲まれている。
「供給源の情報はなし、ですか‥‥」
落胆を隠せないラナ。イスネグも困った様子で頬を掻いている。
「まあまあ。いよいよ死亡の塔に挑戦出来るんだから良しとしようじゃないか!」
「イスルギの城か」
遠巻きに奉竜殿を眺める井草と源治。ヨダカは溜息を零す。
「しかしいよいよここはバグアに見捨てられた地のようですね。後任すら現れないとは」
「イスルギが勝手に作った村だしな。ま、あいつのお陰でみんな平和に暮らしてたけどよ。その辺の人間の町よりずっと治安よかったぜ」
「そりゃ、家畜に優しくするのは至極当然なのです」
「だとしても、俺達はあいつが好きだったんだ」
唇を尖らせるヨダカ。大体話も聞き終え、三人はUPCのトラックに乗せられていく。
「そういえば、皆は奉竜殿に向かうんスか?」
「うん、死亡遊戯してくるよ」
「なら、先に行った人の様子もみてやって欲しいッス。つい先日、塔に向かった人が居たッスよ」
顔を見合わせる傭兵達。イスネグが問いかける。
「その人はどんな人ですか?」
「お前達の写真とか話には無かった奴だよ。何かスーツ姿で、胡散臭い顔で‥‥メガネかけてたな」
再び顔を見合わせる傭兵達。それから何人かが声を揃えて叫んだ。
「ブラッド・ルイス!」
「え? あいつがいんの? なんで?」
首を傾げる朝比奈。ともあれ戦闘員三人は天笠隊に連行され、住人は無事保護されたのであった‥‥。
「行ってみる価値‥‥あるかもしれませんね」
「そうですね。ヒイロ先輩の為にも頑張らないとな」
頷きあうラナとイスネグ。ヨダカは塔を見やり、呆れたように語る。
「全く、正義の味方を語っておいて情けない。これじゃあ本末転倒なのです」
そう、あの男は死んだ。それがもしもあそこにいるのであれば‥‥それは。
「ま、とりあえず今回は引き返すぜ。あんま疲れちゃいないが、作戦会議して出直すとしよう」
朝比奈の一言で傭兵達も引き上げにかかる。遠くに聳える塔は、彼らの後姿を黙って見送るのであった。