タイトル:眠リノ森マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/26 06:55

●オープニング本文


「‥‥まただ。また何かこの森に入って来た」
 鬱蒼と生い茂った森の中、顔を上げる人影。常人には感じ得ない微かな違和感を嗅ぎ取り、木漏れ日の向こうに睨みを利かせる。
「嫌な匂いだ。またあいつらが森を荒らしに来たんだ。ボク達は静かに暮らしたいだけなのに‥‥どうして邪魔するんだろ」
 腕を組み、小首を傾げる。身に纏った民族衣装が風に揺れ、カラカラと音を奏でる。
 そこへ森の中を駆け、颯爽と登場する大型の獣。狼のようにも見えるが、明らかにこの星の生き物ではない。俗にキメラと呼ばれる類の存在だ。
 少女はキメラの頭を撫で回す。それから傍に置いてあった大型の弓を手に取り、一息に獣の背へと飛び乗った。
「あいつら、長老の命を狙ってるんだ。長老が死んだらみんな悲しむし、森も死んでしまう。一人で危ない事はするなって言うけど‥‥ボクらが行かなきゃ!」
 獣の側頭部から生えた角を握りながら頷く少女。獣は合図と共に一気に踏み込み、森の中を走り出すのであった。



「うーん。何かおかしい気がする」
 某所に存在する広大な森、その中でカシェル・ミュラーは首を傾げていた。
 彼がここにやってきたのは、UPCからキメラ討伐の依頼があったからだ。既に何度かキメラと交戦し、順調にそれを撃破している。
 元々この場所はバグアの支配下にあったのだが、近日のUPC軍の作戦により前線を押し上げ競合地区に差し込む事になったエリアだ。その為当然周囲に人影は無く、野生のキメラが闊歩している。
 彼の仕事はこの周辺に存在するキメラの討伐、及びその調査である。大体放浪しているキメラのパターンが判明すれば、UPC軍でも対処が容易になるだろう。
 頬を掻き、周囲を眺めるカシェル。この森は元々自然保護区に指定されていた物で、人間の管理を離れより一層自然の色に溢れているように見える。見えるのだが‥‥。
「なんだろう、この機械みたいなのは」
 足元に転がる何やら機械的な残骸。バグアの支配下にあったのでそういうものがあってもおかしくないのだが。
「これ、なんかキメラっぽいんだよなぁ」
 機械的なデザインのキメラ。それは彼がこの場所で交戦した個体とはまるで趣が異なる。
 この地区のキメラは昆虫や植物をモチーフにした物が多く、森という地形を十分に活用し襲い掛かってくる。が、この機械キメラはなんなのか。
「しかも、なんか矢みたいなのが刺さってるんだよなぁ‥‥」
 冷や汗を流し、矢を引っこ抜く。金属とも植物とも取れない不思議な材質で出来た矢だ。真っ当に考えれば機械のキメラに矢が刺さる筈もないのだが‥‥。
「――貴方、こんな所で何をしているの?」
 思わず驚きながら振り返る。そこには一人の女性の姿があった。いかにも森の中での活動に慣れているといった様子で、厚手の服装を身に纏っているが、顔立ちは端正で美人というカテゴリーに入れられるだろう。
「何をしているって‥‥キメラの討伐と調査です。そういう貴女は?」
「私? 私はこの森に趣味で通っている者よ。一応、理由としてはフィールドワークって所かしらね」
 女は背負っていた荷物を降ろし、土で汚れた額を拭う。それからカシェルを上から下まで眺めて笑った。
「へぇ。傭兵って貴方みたいな子供でもなれるのねぇ。バグアと戦う超能の戦士と聞けば、もう少しガタイのいい男の人を想像するけど」
「そんな事より、ここは危険ですよ? キメラがウロウロしてますし、まだバグアの支配下も同然です」
「こう見えてもこの森には詳しいの。昔から色々な調査で何度も出入りしてるから、逃げるくらいは出来るわ。実際ほら、無事でしょう?」
「いやそうですけど、危険ですから。僕はこのまま森の奥に行きますけど、貴女は引き返してくださいね。それでは」
 一礼して歩き出すカシェル。しかし女は何故か後をついてくる。
「‥‥えーと、どうしてついてくるんですか?」
「だって、この森は危険なんでしょう? なら、能力者についていった方が安全じゃない」
 立ち止まり振り返るカシェル。確かに彼女の言う通りである。
「しかし、まだ僕らはキメラと戦闘する可能性が高い。わざわざ危険に飛び込むようなものですよ」
「女一人守るくらい、能力者なら難しい事はないでしょう? それとも、ぼうやには厳しい話だったかしら?」
 にっこりと笑みを浮かべる女。カシェルはもう一度考え、それから頭を振った。
「‥‥はあ。分かりました、一緒に来てください。えーと‥‥」
「グラディス・ダウエルよ。田舎の大学で助教授をさせて貰ってるわ。宜しくね、傭兵のぼうや」
 笑顔で握手を求めるグラディス。と、そこで一度思い直し土に塗れた軍手を脱ぐ。それからもう一度差し出された手を渋々カシェルは握り返すのであった。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

「凄い森だなー。こないだテレビでやってた『もげもげ姫』みたいだ」
 というのは、森を見た月読井草(gc4439)の言葉である。
 傭兵達は道中森についての資料に目を通しつつ、いよいよその入り口に立ってた。広大すぎる緑の景色は、ここから見た限り果てを想像する事が出来ない。
「自然豊かな森の中をハイキングするのも、のんびり出来て悪くないよね〜」
「いや‥‥迷子になったら大変だから気をつけてね?」
 相変わらず暢気な雨宮 ひまり(gc5274)の言に苦笑するカシェル。実際、能力者でも容易い道程とは呼べないだろう。
「行きは勿論、帰りの予定についても気を配るべきだろうな」
「そうですね。帰路の事を加味すると、実際の探索に使えるのは半日もないでしょう」
 地図を手にする崔 南斗(ga4407)の隣で緋桜(gb2184)が頷く。敵を警戒しながら森の行軍とくれば、消耗は避けられない。
「方位磁石よし、水よし、食料よしと‥‥」
「まあ、無理せずのんびり行けばいいでしょ。そこまで多くの事は求められて無いし、保身優先で」
 森を眺める時枝・悠(ga8810)。無理をして誰か倒れればそれを背負って帰らねばならないのだ。考えるだけでうんざりする。
「ははは、そうだな。カシェルはちゃんと水は持ったか?」
「ええ。流石にこういう準備は大丈夫ですよ」
 南斗の質問に笑顔で応じるカシェル。六堂源治(ga8154)はその横顔に声をかける。
「カシェル、久しぶりッスね」
「お久しぶりです。また一緒になりましたね」
「あれからこっち、少しばかり燃え尽きてたんスけどね。復帰戦って事で、また宜しく頼む」
「こちらこそ。メンバー的にそう危険はないと思いますが、油断せず行きましょう」
 こうして森の中へ入った傭兵達。直ぐにキメラと遭遇するわけではなく、鬱蒼と生い茂った森の中を慎重に進んでいく。
 太陽の遮られた薄暗い森の中、所々の陽だまりを潜る。森は静かで、木々の揺れる音と虫の鳴き声に満ちていた。
「うおー、凄いなー。精霊とか妖怪が居そうじゃない?」
 きょろきょろしながらはしゃぐ井草。悠は横倒しになった大木の上に乗り、遠くに目を向ける。
「こういう未知の場所に足を踏み入れるのは、中々に面白い経験だとは思うけど‥‥仕事で来るもんじゃないなあ。興味を警戒に置き換えて見るのって、割と苦行だ」
「心から楽しめるなら、確かに面白そうなんですけどね」
 笑いながら応じるカシェル。ふとひまりに目を向けると、巨大な植物の前に屈んでいるのが見えた。
「わあ〜、見て見て。見た事のない大きさの植物があるよ〜」
「‥‥それ、キメラじゃないか? 確か資料にそんな花はなかったような」
 冷や汗を流す南斗。すると大きな花が開き、蔓をひまりへと伸ばしてくる。
 屈んでいたひまりの首根っこを掴み手繰り寄せる源治。その腕にキメラの蔓が巻きつく。
「六堂さん!」
 剣を抜きながら叫ぶカシェル。が、源治は腕力で蔓を引きちぎった。
「いや、大丈夫ッス」
「えいっ」
 そして矢を放つひまり。キメラに突き刺さると直ぐに動かなくなった。
「‥‥ですよねー」
 冷や汗を流すカシェル。だがまだ終わりではない。昆虫型のキメラが傭兵達へ迫りつつあった。
「鎮まれ! 鎮まりたまえ! さぞかし名のある森の主と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!」
 キメラに対して呼びかける井草。向こうは全く聞いていないが、カシェルももうツッコまなかった。
「これは‥‥やはり気持ちの良いモノではありませんね」
 わきわきした動きのキメラに少し青ざめる緋桜。刀を握り締め、キメラの間接部に一撃を叩き込む。
「うぅっ」
 なんとも言えない柔らかい手応え。背筋が寒くなっている間に南斗が銃撃でこれを撃破する。
 更に今度はカマキリ型のキメラが出現。これは素早く結構強そうだったが、悠が引き金を引いたら頭が爆ぜて倒れた。
「あっ。悪い、調査にならなかった」
「ま、まあいいんじゃないか?」
 苦笑する南斗。井草は相変わらずキメラを拝めている。
「鎮まりたまえー!」
「君は何をしているんだい」
「大丈夫そろそろ真面目に戦う‥‥おっ? キメラがいない」
 カシェルに引き摺られる井草。こんな感じで初戦は終了した。

 そこからも何度かキメラと遭遇したが、戦闘時間より移動時間の方が長いくらいである。
 傭兵達は時折休憩を挟み、森を進軍する。機械のキメラを見つけたのは、探索開始から数時間経過した頃であった。
「すっごく不自然だよね。このキメラはそもそも何にやられちゃったんだろう」
「得物はどうやら弓矢のようだが、能力者の物とは違うな」
 残骸を突くひまり。南斗は引き抜いた矢を確認してみる。
「これまで遭遇したのは昆虫型か植物型でした。だからこそ擬態の効果もありましたが、これでは存在が浮いてしまいます」
「キメラを倒してるって事は、一概に敵とは言い切れないが‥‥一応警戒はした方がいいッスね」
 緋桜に頷き返す源治。そんな時であった。彼らがグラディス・ダウエルと遭遇したのは‥‥。

「ダウエル助教授。何度も森に出入りされているとの事ですが、私達から離れないようにして下さいね」
「ええ。何かあったら直ぐ隠れさせて貰うわ」
 緋桜に頷くグラディス。井草はそのズボンの裾を引く。
「なーなーオバちゃん。オバちゃんはこの森によく通ってるんでしょ? 分かる範囲で水場を地図にプロットして貰えないかな」
「構わないわよ。後、オバちゃんじゃなくてお姉さんね。どこかに隠しちゃうわよ」
「し、鎮まりたまえ!」
 頭を鷲づかみにされる井草。ひまりはそれを無視して声をかける。
「ちなみに、どこかに秘密の遺跡が眠ってたりしませんか!?」
「遺跡ならあるわよ。ただ、秘密じゃないけど」
 とうの昔に発見され、整備されている遺跡があるという。とは言えここからはまだ遠く、調べるには一度森を出て迂回した方が早いのだが。
「へぇ〜。ところで大学の助教授さんってどんな事されてるんですか?」
「学生を苛めたり、教授を苛めたりする仕事よ」
 良く分かってない感じのひまり。ともあれ、グラディスを加え傭兵達は移動を続ける。一般人が参加した事は進行に遅れを生じさせたが、今は止むを得ない。
「そういえばあちこちに目印つけてきたんだけど、まずかった?」
「ちょっとした傷で駄目になるほど自然は脆くないわよ。でも、加減はしてね」
 歩きながら話す悠。そこへ井草がどや顔でやってくる。
「ちなみにあたしは傷つけないように工夫して目印をつけていました。この森は傷つけない方がいいと思ってね」
「あら、良い子ね。でもどうして?」
「勘かなー。上手く言えないけど、この森は普通じゃない気がするんだ」
 井草の言葉に微笑むグラディス。その落ち着いた様子が南斗の目にはどうにも怪しく映った。
「しかしカシェルも隅に置けないというか、年上キラーというかな‥‥」
 穏やかなグラディスの横顔はどう見ても美人である。思い返してみると、いつもカシェルの隣には年上の美人がいた気がする。
「メルとかな‥‥じゃなかった。グラディス助教授は、近くに住んでいるんですか?」
「いいえ。ここまで来るのに片道六時間くらいかけてるわね。もう通い始めて十年くらいになるかしら」
「子供の頃から?」
「ええ。色々と思い入れがあるのよ」
 歩きながら話し込んでいたその時。進行方向上から奇妙な物音が近づいてくるのを感じ傭兵達は身構えた。
「この音‥‥何でしょう?」
 眉を潜める緋桜。これまでのキメラとは違う。それはやがて彼らの視界に現れた。
 プロペラの様な装備で浮遊する機械型キメラ。全身に装備したチェーンソーのような武器で木々を削りながら飛来してくる。その数四機。
「オバちゃんは下がってなー! ここはソニックブームだ!」
 剣を振るいソニックブームで攻撃する井草。しかし攻撃が外れて巨木に大きな傷が出来る。
「こら! そういうのは止めて! 当たらなかったらどうするの!」
「そう言われてもなー‥‥うわっち!」
 キメラから飛び退く井草。すかさずひまりはその個体を矢で射抜き破壊する。
「外さなきゃ良いんだろ、外さなきゃ」
 狙いを定め引き金を引く悠。キメラに直撃し、更に一機撃破。二人は飛び交うキメラを早々に排除してしまう。
「外すなと言われると、僕は何も出来ないんですが‥‥」
「‥‥カシェルは、もう少し銃の訓練をした方がいいな」
 苦笑するカシェルの肩を叩く南斗。しかしまだこれで終わりではない。
「まだ何か来ます」
「凄い早さだ‥‥えっと、源治の方!」
 井草の声に反応し咄嗟に太刀を構える源治。飛来した矢を弾く事に成功する。
 気配は全く感じなかった。矢も恐ろしく早く正確だ。先に気付いた者が居て、先にあの矢に施された艶消しを見ていたから反応出来た。
 風のざわめくような音だけが聞こえる。周囲を何かが走り回っているのは分かるが、相手を捉える事が出来ない。必然、傭兵達は背中合わせに構える。
「矢の攻撃って事は、さっきのキメラを倒した奴か」
「どうやら気配を断つのに長けた相手のようですね」
 呟く悠。緋桜は相手の挙動を探ろうとしてみるが、場所さえはっきり掴めない状態だ。そこへどこからか矢が飛んでくる。
 咄嗟に銃で弾く悠。すぐさま跳んで来た方向に銃口を向けるが、その正反対からキメラが飛び出してくる。
 大型の狼のようなキメラだ。鋭い牙で襲い掛かるキメラ、それを源治が太刀で受け止める。キメラは巨体から想像出来ない身軽さで反転、空を舞い茂みに消える。同時に別の方向から矢が連続で襲い掛かった。
 傭兵達は回避出来ず、数名の身体に矢が突き刺さる。致命傷ではないが、状況が悪化しつつあるのは明白だ。
「あたしたちは東と北の間から来た! そなたは人間か!?」
 何やら大仰な身振りで叫ぶ井草。何を言っているのかと思った仲間達だが、するとピタリと攻撃が止んだりする。
「‥‥ヒガシとキタ? って、何?」
 声が聞こえた方に目を向けると、森の奥から一人の少女が姿を見せていた。目前にしても気配を感じず、背景に溶け込んでいるかのようだ。
「女の子‥‥キメラさんと一緒という事は、バグアさんでしょうか?」
「バグア‥‥何それ? キミ達、ここに何しに来たの? キミ達は森の者? 鉄の者?」
 傍らに佇む狼を撫でながら問う少女。お互いの言葉がどうにも噛み合っていない。
「俺達はこの森にキメラの調査に来た。お前は?」
「調査ってなに? ボクは森の番人だよ。鉄の者を見張ってるんだ。キミ達はどっち? 質問に答えてよ」
「そう言われてもな。あー‥‥どっちでもー、ない者ーだー」
 無表情に身振り手振り語る悠。それが逆に怖かったのか向こうは警戒している。
「駄目だ、多分向いてない。誰か任せた」
「鉄の者というのは、もしやこのキメラの事では?」
 足元に転がる鉄塊を指差す緋桜。まあ、言われてみればそれ以外に考えようがない。
「何か気になる事も言っているし、とりあえず穏便に済ませられないか‥‥」
 冷や汗を流す南斗。悠は既に面倒くさくなったのか、お手上げのポーズ。
「このキメラは俺達が倒した。お前もこのキメラを倒してるのか?」
「そだよ。鉄の者は森の者を殺す。だからボクが壊してるんだ。キミ達、それ壊してくれたの?」
 頷く源治。少女は腕組み考え、それから一息で目の前まで近づいてきた。
「確かに違う匂いだ。でも知らない匂い‥‥キミ達なんなのさ。怪しいなー」
「そなた達の森を傷つけたりはしていない。あたし達はあくまでも調査に来ただけなのだ」
「チョーサって何さ?」
 訝しげに井草を見る少女。言葉が通じていないわけではなさそうなのだが‥‥。
「あのキメラ‥‥あー、鉄の者を倒すのが目的なら、俺達と協力しないか?」
 思い切って提案してみる源治。少女は目を丸くする。
「なんで? いいよ、森の事は森の問題だから。キミ達に手伝ってもらう理由ないし。それより早く出て行った方がいいよ。鉄の者のボスはすごく強いんだ。キミ達すぐやられちゃうからね」
 一瞬で飛び退き狼に跨る少女。狼は静かに傭兵達に背を向ける。
「あのー、お名前は何ていうんですか?」
「ルリララ。森の番人、ルリララ」
 ひまりの質問に名乗る少女。南斗は思い出したように白い腕輪を取り出し、少女に向かって投げた。
「なにさ?」
「お近づきの印だ」
 少女は暫くそれを眺めた後、使い道が良く分からなかったのか髪飾りの一つに繋いだ。
「日が暮れる前に帰った方が良いよ。夜になると、あいつらが来るから。じゃーね、どっちでもない者」
 走り出すと一瞬で見えなくなってしまう。急な来客が去った後、傭兵達は呆然とするのみだ。
「森に帰っていったか‥‥」
「えーっと、結局‥‥あの子はなんだったのかな?」
 遠い目で語る井草。カシェルは状況を把握できていない様子だ。
「森の者というのは、彼女を指す言葉。鉄の者というのは機械のキメラの事でしょうか」
「協力する理由はないが、戦う理由もない‥‥そんな感じだったッスね」
 緋桜の呟きに続き顎に手をやる源治。悠は少し離れた所で座り込んで水を飲んでいる。
「ま、今から追いかけるのは得策じゃないな。完全に向こうのホームグラウンドですって感じだった」
「まともに戦ったら厄介そうな相手でした。理由は良くわかりませんが、とりあえず戦闘を避けられたのは幸運でしたね」
 と、纏めるカシェル。だが結局何がわかったわけでもなし。謎は深まるばかりである。
「これも何かの実験なのか‥‥?」
 腕組み思案する南斗。言葉を交わしてみると、相手から感じられるのは悪意だけではなかったのだが‥‥。
「ところで皆、そろそろ時間が拙いんじゃないかしら?」
 存在をすっかり忘れていたグラディスの声ではっとする一同。確かにそろそろ引き返さねば日が暮れてしまう。先の少女の言葉もあるし、引き返すのが無難だろう。

 こうして傭兵達はある程度余裕を持って森を引き返す事にした。実際に探索出来たのは、森の何割程度だろうか?
 トラブルはあった物の調査は極めて順調で、生半可なキメラが出現しても情け無用に葬られてしまった為、キメラの方が可哀想な程であった。
 グラディスも無事に森から連れ出す事に成功。夕暮れの景色を背景に彼らは森の入り口で別れを告げる。
「送ってくれてありがとう。それじゃ、私はそろそろ行くわね」
「じゃーな、オバちゃん。もう迷子になるなよー」
「オバちゃんじゃなくて、お姉さんよ」
 笑いながら手を振り立ち去るグラディス。傭兵達はまだ知らない。彼女とはこの後何度も顔を合わせる仲になる事を。
 彼らはまだ知らない。これがこの森を取り巻く戦いの始まりに過ぎない事を。
 夕焼け空の下、帰路に着く。深い森の探索は、まだ始まったばかりだ‥‥。