●リプレイ本文
●再見
作戦が開始された。廃墟と化した町にはすっかり夜の帳が落ちているが、幸い月明かりは眩しいほどで、行軍に支障はきたしていない。
傭兵達は後方を移動する別働隊を牽引する形で移動を続けている。ネストリングと戦う彼らを守り、余計な邪魔者を処理するのがこちらの役割だ。
「それにしても、結局この様ですか‥‥きゅ〜ちゃん妹は。こうならない為に忠告してあげたですのに‥‥」
走りながら呆れた様子で呟くヨダカ(
gc2990)。これまでの斬子の事を思い返してみる。これが結末だというのなら、確かにこの上なく滑稽だと言える。
「まぁ、ヒオヒオが頼むので自爆装置だけはどうにかするですが‥‥」
「他でもないヒイロちゃんのお願いですからね。先生として、無碍には出来ません」
ヨダカとは対照的に穏やかに微笑む沖田 護(
gc0208)。友の為に、その願いを叶えるつもりでここまでやってきた。
「斬子さんは必ず連れ帰りましょう。多少の怪我は、大目に見てもらう事になりそうですが」
「言っておくですが、ヨダカは強化人間助けるつもりはないのですよ?」
「同感だね。余裕を見せて殺されましたなんて、笑い話にもならない」
太刀を肩に乗せるようにして携えながら走る湊 獅子鷹(
gc0233)は片目を瞑りながら応じる。実際、これから待つのは間違いなく激闘である。命のやり取りの中でどこまでの事が出来るのか、それは大きな課題だ。
「それでも‥‥何が何でも救いたいのです。それを願う、友の為にも」
静かに呟く神棟星嵐(
gc1022)。これといって斬子と接点があるわけではないが、助けたいという気持ちに嘘はない。そうするだけの理由が彼にもあるのだろう。
「ま‥‥それが出来るのならね」
目を細め呟く獅子鷹。その小さな声は風に吹き消され、誰にも届かなかった。
一方、違う意味で注目を集めているのは仮面の男、ジャスティスマスクだ。周囲には彼の知り合いが集まっている。
「貴方‥‥何処かで見た事が‥‥」
隣を走るラナ・ヴェクサー(
gc1748)の訝しげな視線に冷や汗を流す男。爽やかに首を振る。
「私と君は初対面だよ、お嬢さん」
「その声‥‥」
「私は決して朝比奈君ではない。正義の使者、ジャスティスマスクだ」
「何かよくわかんねーけど、背中に縄張りの印を掘っておこう」
剣を取り出す月読井草(
gc4439)。その頭を掴み、ぷらーんと持ち上げる。
「生身の背中に剣で刻むってどういう暴挙だ月読」
じたばたする井草。この仮面の男が朝比奈である事は周知の事実だと思われるので、ここからはそう表記する。
「ジャスティスマスクさんはとてもカッコいいと思います。必殺技とかありますか?」
「必殺技は、ジャスティスブレイクだ」
雨宮 ひまり(
gc5274)の声に淡々と応える朝比奈。そこにヨダカが続く。
「くんくん仮面は決めポーズとか無いのですか?」
走りながら両腕を回し、身体を斜めに倒しポーズを決める朝比奈。
「私はくんくんではない。朝比奈‥‥じゃない、ジャスティスマスクだ」
修羅場馴れしているという事でもあるのだろう。やや緊張感に欠けた会話をしつつ、一部はマイペースに戦場を走るのであった。
「そうそう。カー君、私最近ペン回しが上手になったんだよ。どう?」
取り出したペンをどや顔で回すひまり。カシェルは何とも言えない表情を浮かべる。
「どうと言われましても‥‥」
「これはきっと戦いで役に立つはず‥‥」
「そ、そうかな。えーと、例えばどんな所で?」
カシェルの問いに固まるひまり。それからどこからともなくみかんを取り出した。
「みかん食べる? 白いところを取ってあげるよ」
「いや‥‥僕はそこも食べた方がいいと思うよ」
傭兵達の進軍が停止したのは廃墟の街も中ほどまで踏破した頃だった。頭上から放たれたクナイが大地に突き刺さり、空から声が響く。
「レディースエーン‥‥ジェントルメン! そんなに急いでどこへ行くデース」
「この喋り‥‥奴か」
頭上を仰ぎ見るイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)。ビルの上、赤いマフラーをはためかせた男が立って居る。
男はビルから飛び降り、壁を蹴って傭兵達の前に滑り込む。そうして腰に手を当て面子を眺める。
「いつも思うですが、何故奇襲を仕掛けてこないのでしょうか」
構えながら呟くヨダカ。非常に高い隠密性能を持っているくせに、バグア‥‥ジライヤは毎回こんな感じで正面に出現する。
「全くだな。あの機動力が完全に無駄になっている」
ジト目で語るイレーネ。まぁ、もうこいつはそういう物なので諦めているが。
「ふん。貴様ら程度を相手取るのに、何故我々バグアが姑息な真似をしなければならないのかね?」
正面の闇の中から声が聞こえる。背後で手を組んだままのシルバリーが姿を現し、その背後には禍々しい装備を纏った斬子の姿も見えた。
「黒い装備の強化人間‥‥あの方が九頭竜斬子」
無表情に佇む斬子の姿を睨む星嵐。ここには何人も知り合いが居る筈なのに、その虚ろな瞳に感情が灯る事はなかった。
「おーいくず子、あたし達の事覚えてないのかよー!」
「どうやらそのようですね。当然と言えば当然ですが‥‥」
ぴょこぴょこしている井草に続き呟く護。井草は不満そうだが、お構いなしと言わんばかりに拳を握る。
「猫は仲間を見捨てないし、裏切ったりもしない。忘れてるっていうなら、思い出させるまでさ!」
「うん! 皆で力を合わせて、必ず九頭竜さんを助けよう!」
両手で小さくガッツポーズするひまり。シルバリーはその様子を冷ややかに見つめる。
「貴様ら人間の考えそうな事だ。同族同士で平然と殺し合う癖に、一方で無茶な救済を願う‥‥実に愚かな」
「さて‥‥その人類に追い詰められ、逃げ出したのは何処のどなたでしたか?」
前に出てシルバリーを見つめるラナ。老人は顎鬚を弄り、失笑する。
「ふん‥‥私もミュウの指示でなければあんな行動は取らんよ。あまり思い上がらない事だ、お嬢さん」
「そうですか‥‥では、今回は逃げないでいただきたい物ですね」
睨み合う二人。ジライヤはそ知らぬ顔で無い耳をほじるような動きをする。
「どうでも良いデースが、拙者達はこいつらをデストローイでオーケー?」
「その通りだ。新たな船出を迎える彼の為に、このような禍根は断っておくに限る」
身構えるバグア二人。それに続き斬子も斧を引き摺り前進、己の得物を振り上げ烈風と共に振り構えた。
「予定通り、ここで奴らを駆逐する。相手はバグアだ、油断するなよ」
「いつも通りやってれば、後は天笠隊長がなんとかしてくれるから」
刀を抜く天笠の隣、槍を回して構える高峰。姿は見えないが、天笠隊の他メンバーもどこかで動いている事だろう。
「二人とも、宜しくお願いするのですよ」
「どーんと、大船に乗ったつもりでオッケーよ」
ヨダカの敬礼に笑顔でそう返す高峰。周囲に身を隠していた忍者キメラが次々と姿を現し、いよいよ戦いが始まった。
「猫も杓子も喝采あれ! いざ尋常に‥‥ラァアアスト、バトールッ!!」
●対決
素早い動きで一斉に傭兵へと襲い掛かる忍者キメラ。次々に投擲されるクナイをそれぞれが対処する中、星嵐は斬子の姿を捉えていた。
「何を余所見してるんだ?」
クナイを太刀で弾きながら声をかける獅子鷹。星嵐は敵に練成弱体をかけながら視線だけで彼に応じる。
「何とか九頭竜殿をここから分断出来ない物でしょうか?」
「分断?」
「自分は無理を承知で、彼女を生かして捕らえたいのです。そのチャンスを頂きたい。この乱戦状態では彼女の対応に集中出来ませんし、他のバグアの妨害を受ける可能性も高い」
「なるほどなー、あの爺さん意地悪そうだしね。要するに、斬子をこっちに引き付ければいいんだろー?」
二人の傍に駆け寄る井草。三人はキメラの攻撃を受けつつ斬子へと狙いを定める。
「‥‥確かに、このキメラ全部相手にしてからだと疲労しそうだ。折角対応してくれる奴がいるんだし、九頭竜だけに集中出来るなら越した事はないか」
「ありがとうございます。では、自分が彼女を引きつけますので」
「よっし、ザコは任せろ!」
乱戦の中、斬子へと突っ込む三人。襲い掛かるキメラを獅子鷹と井草が抑え、星嵐は光の刃を展開し斬子へと襲い掛かった。
攻撃に対して本能的な動きで対応する斬子。すぐさま反撃に移り襲い掛かってくるが、三人は攻撃を中断し走り出す。このまま別の場所へ引き込む算段だ。
シルバリーもジライヤもそれには気付いているのだが、別に斬子に興味がないのかほうっておくつもりらしい。キメラだけは三人を追いかけようとするが、そこへひまりが矢を放つ。
「そっちには行かせません!」
矢を放ちキメラを射抜くひまり。回避能力の高いキメラだが、彼女の矢は漏れなく敵を貫いていく。
「僕達、カシェル君の友人コンビが相手だ!」
銃を連射しキメラの気を引く護。護は右手に竜の紋章を浮かべ、ひまりは謎の威嚇ポーズを取ってキメラを睨む。
「あなた達は‥‥みかんの白いところです!」
どや顔はキメラには通じていないが、とりあえず注意は引けた。二人が襲い掛かるキメラと交戦する間、二人のバグアも動き出していた。
ゆっくりと歩き出し、流れるような動きで構えるシルバリー。その身体を銀色の光が覆っていく。
「あのジジイ、光ってやがるぜ」
刀でトントン肩を叩く朝比奈。ラナは朝比奈とカシェル、左右の二人に目配せする。
「三人で波状攻撃を仕掛けます。私が正面‥‥二人が左右から、です。彼を倒す為に‥‥全力で行きましょう」
「見た所、彼がブレインのようですしね。倒してしまえば、彼らの勢力は瓦解するでしょう」
「刀狩りに比べりゃちゃっちぃ相手だ。さっさと始末するぜ!」
もう完全に喋りが朝比奈になっているが、二人は生暖かい目で黙り込むのであった。
「ほざけ劣等種。貴様らは大人しくバグアの為に生まれては死んでゆけば良いのだ」
片足を大地に叩きつけ、アスファルトの破片を舞い上がらせるシルバリー。そこに光を纏った掌を穿ち、無数の残骸を射出してくる。
砲弾の如き威力で迫る弾幕をラナは回避、他は防御して突破する。こちらもまずは場所を確保するように交戦しながら移動した為、ジライヤとキメラ達だけが初期位置に残った様相だ。
「‥‥さて、ではこちらもそろそろ始めさせてもらおうか」
「ユー達のネバーギブアップ精神にはつくづく驚かされマース。いい加減、ミーを倒す事はインポッシボーだと気付いたらどうデスか?」
銃口を向けるイレーネに対し、余裕しゃくしゃくで肩を竦めるジライヤ。この状況でも危なげなく回避可能だと物語っている。
実際、このバグアは強い。何故こんな下っ端に収まっているのか不思議な程だ。能力を正しく発揮し初手を取られていたら、こう暢気に会話などしていられなかっただろう。
「もう手品の種は割れてるのです! いい加減年貢の納め時ですよ、エセ忍者!」
「だと良いのデースが。口先ばかりで拙者の期待に背かないようにして欲しいデースね!」
バックパックを展開し、虹色の光をちらつかせる霧を撒布するジライヤ。これが発動してしまったが最後、再びジライヤの姿を拝む事はなくなってしまう。
「言った筈なのです! 手品の種は、もう割れていると!」
叫ぶヨダカ。振り上げた超機械で宙を薙ぎ風を巻き起こす。青い光を纏った風は吹き抜けると同時に霧を霧散させ、視界を一気に晴らしていく。
「アンビリーバボー! 拙者の忍術が‥‥ナゥッ!?」
直後、急接近していた天笠の斬撃が迫る。飛び退き回避したジライヤだが、再び霧を展開する様子はない。
「おー、隊長の初撃を奇襲にも関わらず避けた。あのバグア強いわね」
「でも、最早倒せない敵ではないのです。霧隠れの術、破れたり!」
白い歯を見せ笑うヨダカ。見物していた高峰も槍を手に参戦。前衛二人の攻撃を回避しながらジライヤは光の刃を展開する。
「しかーし、これでようやく同じ土俵デース! 拙者を倒せるだけの実力が無ければ、意味なしデース!」
「その力があるかどうかは、これからの戦いを見て判断する事だ!」
銃弾を放つイレーネ。それを光で真っ二つに両断し、ジライヤはツインアイを輝かせるのであった。
一方、斬子を連れて町を走る三人。命中の可否などお構い無しに放たれる衝撃波がビルの壁を粉砕する。
「うおっまぶし! どうするんだよあれ、助けるつもりと言っても無茶苦茶強そうだぞー!」
「やはり、元AA‥‥一撃の重さは語るまでもありませんか」
飛び交う破片を回避しながら叫ぶ井草。最初から彼女を確保するつもりの星嵐だが、自分の言が容易くない事を思い知らされる。
「もう十分引き離した筈だ、そろそろ反撃に移ろう。おあつらえ向きに、開けた場所に出るよ」
路地を抜け大通りに飛び出す三人。獅子鷹の声に頷き、二人は反転し得物を構える。
斬子は路地から飛び出すと同時に跳躍。空中を縦に回転し巨大な得物を叩き付ける。光が爆ぜ、爆風が吹き抜けた。
「狙いが出鱈目だね」
「確かにトロいから、予測は出来そうだけど‥‥ぺっぺ!」
口に入った砂を吐き出す井草。獅子鷹はその間に肩に乗せていた刃を両手で握り締め、軽く振るう。
「念の為、回復は早い段階で行ないます。ペースを乱さず、一撃を受けないように気をつけましょう」
三人に取り囲まれた斬子は大地から斧を引き抜き、雄叫びを上げる。不純物の無い純粋な闘志は少なくない重圧を感じさせたが、星嵐は表情を変えない。
「――いざ」
光の剣を手に駆け出す。殺す為ではない、救う為の戦い。それはやはり、遥かなる難題であった。
カシェル、朝比奈と協力しシルバリーと交戦するラナ。徒手空拳に光を乗せたシルバリーの体術はかなりの物で、人数差を感じさせない。
ラナは正面からクローで攻撃。そこにカシェルと朝比奈が続き、連続攻撃を行なう。シルバリーはこれを無駄のない流れるような動きで捌いていく。
「どうした? まさかそんな攻撃で私を倒すつもりかね?」
ほくそ笑む老人。彼の動きは非常に正確で、攻撃にあわせ拳や蹴りを叩き込んでくる。受防相殺に関する技術は、他のバグアより頭一つ抜けているだろう。
ラナの繰り出す爪は素早さと鋭さを兼ね合わせているが、単独でシルバリーに届く程ではない。朝比奈の刀は確かに力強いが、先読みして受け止めるのは容易。カシェルに至っては、攻撃はかなりお粗末だ。
「くそ、このジジイ普通に強ぇーぞ!」
左右に腕を突き出すように構え、回転するシルバリー。周囲に無数の斬撃が放たれ、空を刻んでいく。
「たった三人で私を倒そう等と‥‥実に愚かな。このシルバリー・ウェイブ、我が主を守護するのが役目。使い捨ての強化人間と一緒にされては困るな」
バック転気味に衝撃波を回避し、片手をついて着地するラナ。揺れる前髪の向こう、老人の余裕たっぷりな笑みがちらつく。
決して劣勢ではない。シルバリーの攻撃は既に経験しているし、ラナの回避能力からすれば避けられない類の物ではない。だが、攻め切れない。
視線を左右に巡らせる。朝比奈は軽く消耗しているが、健在。カシェルに至っては無傷。だがカシェルの攻撃はシルバリーにはまるで通じない。
「カシェル、お前完全に遊ばれてるぞ! もうちょっと何とかならねぇのか!?」
「そう言われても、僕はアタッカーじゃないんですよ‥‥!」
朝比奈の声に歯軋りするカシェル。実際彼の言う通りだ。しかしこのままでは決着がつかず、相手を取り逃がすかもしれない。
「‥‥多少無茶になりますが‥‥三人で一気に押し切るしかありませんね」
強敵だとしても、負けるわけには行かない。この戦いの結末は、自分だけの物ではないのだから‥‥。
忍者キメラの数は多く、その戦闘力も決して低くはない。しかしヨダカの力で要の霧を失った今ならば、その力は激減している。
「そこ‥‥丸見えです!」
駆け回るキメラを射抜くひまり。彼女の目ならば、この月明かりだけで十分に狙いを定められる。素早く飛び回るキメラも、撃ち漏らす事はない。
また一体キメラを撃破し、矢を手に取るひまり。そこへ忍者キメラ達が襲いかかる。
「雨宮さんに手出しはさせません!」
そこに立ち塞がる護。飛び掛るキメラを盾で吹き飛ばし、更に別のキメラを剣で突き刺す。
ひまりは片手で矢を回し、弓を構える。襲い掛かろうとするキメラの頭を貫き、先に吹っ飛ばされ転がっていた個体にも止めを刺した。
「お掃除完了です!」
「雨宮さん、かなり腕を上げましたね」
「そこはかとなく頑張っています‥‥ところで、皆さんは?」
周囲を見渡す二人。他の面子はそれぞれ戦闘の最中移動したようで、彼方此方から音が聞こえてくる。
連続して引き金を引くイレーネ。狙うはジライヤだが、その速力は半端ではない。狙いを定める事すら難しく、まともに攻撃出来るのはイレーネと天笠くらいである。
「速いわね。私じゃ全然ついていけないわ」
溜息を漏らす高峰。ヨダカは超機械で風を起こして攻撃するが、まともに中心を捉えられない。
「ま、とりあえず私はヨダカちゃんの護衛って事で」
飛来するクナイを槍を回して弾く高峰。実際彼女に出来るのはその程度である。
「まともに相手をするだけ無駄だ! 天笠、移動するぞ!」
「何か考えがあるのか?」
新しい弾薬を込めながら声を上げるイレーネ。駆け回るジライヤを無視して近くの灰ビルへと飛び込む。
「あれ? どこに行くですか?」
「移動するみたいね」
きょとんとするヨダカ。高峰はその身体を抱き上げ、一気にビルまで走る。
「な、何するですか!? ヨダカは一人でも移動出来るのですよ!」
「まぁでも、危ないかもしれないし。こっちの方が速いし」
こうして四人はビルの中に入り、背中合わせに構える。
「このくらいの広さなら丁度いいだろう」
「成程、そういう事か」
頷く天笠。イレーネと背を併せ、敵の気配に集中する。
「霧が無いのなら、手の打ちようはある。反撃開始と行こうか」
片目で闇を睨むイレーネ。その向こう、光の刃を携えたジライヤが迫るのであった。
●叫び
雲の切れ間から差し込む金色の光が影を照らし出す。獅子鷹は構えをそのままに斬子を見つめた。
「よう、アンタが九頭竜か」
返事はない。冷たく濁った視線に対し、少年は語り続ける。
「俺としてはアンタを殺したほうが楽なんだが、他の奴はアンタを助けたいらしくてね。悪いけど、投降して貰えないかな?」
やはり返事はなかった。肩で荒々しく呼吸を繰り返し、振り上げた斧を叩きつけんと猛然と走り出す。
「聞く耳持たずってか。どいつもこいつも死に急ぎやがる‥‥!」
真正面から打ち合う二人。その衝突で周囲に衝撃が走る。斬子の膂力は凄まじく、弾かれた獅子鷹は驚愕に目を開く。
「流石に元エースアサルト‥‥だが、それ故に弱点もある」
真っ向の殴り合いに付き合ってやる義理はない。構え直し、斬子に狙いを定める。
「湊、コンビネーションアタックでいくぞ! そうしないとこの人間凶器に近づけやしない!」
井草の声に頷く獅子鷹。三人は一斉に斬子へと襲い掛かり、交互に攻撃を試みる。しかし斬子はこれに対し、防御を投げ捨てて対応した。
攻撃に対し、防御しないで刃を叩き込む。大地を抉りながら繰り出される一閃は異常な火力で傭兵へと襲い掛かり、それは攻撃を躊躇させる程であった。
「肉を斬らせて骨を断つってわけか」
「倒せなくはありません。しかし‥‥」
まともに防御せず攻撃だけに特化した動きは必要以上に斬子を傷つけていた。短期戦に持ち込まなければ傭兵達の身が危険だが、その為には相応の深手を与えなければならない。
「‥‥これは駄目だ。やらなきゃやられる、そういう敵だよ」
「しかし‥‥!」
「一撃まともに食らっただけでもやばい。手加減なんて出来るレベルじゃないだろ」
冷静な獅子鷹の言葉に苦汁の表情を浮かべる星嵐。回復手段は揃っているが、一撃で立ち上がれなくなってはなんの意味もない。
三人の葛藤等お構いなしに襲い掛かる斬子。幸い攻撃は散漫なので逃げ続ける事は可能だが、それでは何も解決しない。
「くず子‥‥本当に忘れちまったのかよ! あたし達は仲間だろー! これまで一緒に戦ってきたじゃないか!」
転がりながら叫ぶ井草。すると振り上げた刃が一瞬だけぴたりと止まった。
「やーいくず子! 九頭竜家の味噌っかすの面汚し! 大神ヒイロのおまけ! 百合娘!」
ぴょこぴょこしながら叫ぶ井草。二人は冷や汗を流しそれを見守るが、斬子の様子は明らかにおかしくなり始めている。
「やっぱりそうだ。あいつは何も忘れちゃいない。あいつはまだ、九頭竜斬子だよ」
真面目な表情で呟く井草。言葉に反応し時折鈍る動きは、井草の目に斬子の抵抗の形として見えた。
「しっかりしろくず子! 家族やヒイロに迷惑かけたままでいいのかよ! このまま終わったら、これまでの戦いは何だったんだ!」
額に手を当て呻く斬子。苦しげにもがくその両目からは止め処なく涙が溢れている。
「もう一度‥‥もう一度だけ、チャンスを頂けませんか。彼女はまだ戦っている。そして今それに応えられるのは、自分達しかいません」
じっと見つめる星嵐の視線から目を逸らし、深々と溜息を着く獅子鷹。そうしてぽつりと呟いた。
「‥‥次が最後だよ」
「十分です」
「斬子‥‥痛いかも知れないけど、我慢してくれよ!」
動き出す三人。斬子は雄叫びを上げ黒い光を立ち上らせる。禍々しい力を秘めた漆黒を纏い繰り出される斬撃。衝撃は横一線、真正面を薙ぎ払う。
迫る攻撃へ躍り出る星嵐。増幅した白い光を帯びた機械刀でこれに合わせる。身体を引き裂かれながらも拮抗し、星嵐は剣を振り抜いた。
光は闇を切り裂き、逆流するようにして斬子へ向かう。遂にはその身体を覆っていた力を相殺し、消滅させる。
「く‥‥っ! 今、です!」
傷つきながら声を上げる星嵐。能力を消された斬子は反動からか怯んでいる。絶好の好機、その隙を二人は見逃さない。
「くず子ーっ!」
叫びながら走る井草。大振りな斧の一撃を飛び込むように回避し、足を斬りつける。
「遅い‥‥隙だらけだ!」
空ぶった所へ飛び込む獅子鷹。片足で斬子の足を踏みつけ、刃を振り上げると同時に柄で顎を打ち上げる。
仰け反り不恰好な状態になる斬子。目を見開き、そこへ刃を叩き付ける。袈裟に振り下ろした一撃は漆黒の鎧を切り裂き、斬子の身体に大きな傷をつけた。
それも構わずに斧を振り上げる斬子。井草は背後から飛び掛り、斬子の足を斬りつける。
「斬子‥‥ごめん!」
足首を切られた斬子の体ががくりと傾く。その瞬間、獅子鷹は擦れ違い様に一閃、斬子の腕を切りつけた。
加減の出来る一撃ではなかった。利き腕が斧と共に空を舞い、寂れたアスファルトに突き刺さる。そのまま反転、身体を捻り健常であった残りの足に刃を打ち込む。
刃を振り終えた姿勢のまま、背後に倒れる斬子の気配を感じる獅子鷹。血のついた刃を振るい、鞘に収めた。
「くず子!」
「九頭竜殿!」
振り返ると丁度井草と星嵐が斬子に駆け寄っている所であった。血溜まりの中、黒い騎士は微動だにせず沈んでいる。
両足の腱を切った。利き腕を切り落とした。武器もない。仮に立ち上がったとしても、もう脅威とは呼べないだろう。
やりすぎたとは思っていない。それくらいしなければ止められない相手だったのだ。
「気を失っているようですね。しかし失血が酷い‥‥止血を急がなければ」
とはいえ、生存出来るかどうかは怪しい。獅子鷹は溜息を一つ、戦いの終わりに零すのであった。
接近するジライヤに銃弾を放つイレーネ。薄暗い部屋の中、何度もマズルフラッシュが瞬く。
作戦はシンプル。屋内に入ってしまえば、敵の侵入してくる方向は自ずと制限される。狭い室内であれば逃げ道も少なく、迎撃に専念すれば攻撃を当てる事も可能という算段だ。
「さぁ、来るが良い。何処でも自分の力を全て発揮出来ると思うなよ」
構えるイレーネ。しかし中々ジライヤがやってこない。
「‥‥もしかして、帰ったですか?」
冷や汗を流すヨダカ。ひょっこりと顔を覗かせたジライヤがこっちを見ている。
「拙者確かに狭い所苦手デース。でも、別にそれに付き合う必要ないデース」
「まぁ、それもそうだな」
無言で歯軋りするイレーネ。天笠は腕を組んで頷いている。元々ジライヤは拘りを持っていない流浪のバグアだ。不利だったり退屈だと帰ってしまったりする。
仕方なく外に出て追いかけようと考え始めたその時である。ジライヤの背後、ひまりと護が合流する。
「えい!」
「ノゥッ!? 後ろからとは卑怯デース!」
背中に刺さった矢を引っこ抜きながら叫ぶジライヤ。護はそこに容赦なく銃撃を加える。
「お待たせしました。キメラは排除しましたので、加勢します!」
これだけ人数が揃えば勝機はある。全員で外に出てジライヤを攻撃する傭兵達。人数差に加えひまりやイレーネといった精度の高い遠距離攻撃に逃げ回るしかない。
「さっきから逃げてるばかりで全然攻撃してこないのです!」
「いい加減に観念したらどうだ!」
ひまりの矢、イレーネの銃弾に追われながらビルの壁を駆け回るジライヤ。屋上に着地し、人差し指を振る。
「流石にこれは拙者でも厳しいので、逃げるデース。給料分の仕事はしまシタし、ジジイとミュウは別に好きでもないデース」
「に、逃がしません!」
ジライヤ目掛け一気に矢を放つひまり。無数の閃光が一斉に襲い掛かるが、ジライヤは素早く身を翻す。
「この勝負、ユー達の勝ちデース。後は好きにすると良いデス。シーユー!」
「ちっ、逃がさん!」
一瞬でビルを駆け上がり後を追う天笠。しかしその速度についていける者は他にいない。
「あーっ! あいつ! 本当に逃げ足だけ達者なのです!」
「奴の中に忠誠心やプライドと言う物はないのか‥‥?」
地団駄踏むヨダカの隣、剣呑な目付きのイレーネ。ジライヤは勝てそうにないから逃げたので勝利は勝利なのだが、腑に落ちない結末である。
「あの速度じゃ追いつけないわね。ま、ここはUPCで包囲してるから、そっちで対応すると思うけど」
槍で肩を叩きながら語る高峰。それから一同へ振り返る。
「で、どうする? 無駄だと思うけど、追ってみる?」
盾を手に駆け寄るカシェル。シルバリーはこれに対し片足を地に減り込ませ、捻りを加えた殴打で応じる。
光は衝撃となって盾を貫通、カシェルの身体を襲う。吹っ飛ぶ身体をかわし、朝比奈は仮面を捨てて襲い掛かる。
「邪魔これ! くたばれジジイ!」
光の軌跡を残しながら連続攻撃をかける朝比奈。シルバリーは落ち着いた様子で捌いていく。
ラナはその間に移動、瞬時にシルバリーの背後に回りこむ。朝比奈の猛攻を受け流す背中に素早く刃を走らせる。
「む‥‥!」
振り返り様の蹴りを跳躍しかわすラナ。空中に手を着き静止し、逆立ちの状態から銃を構える。
真上からの攻撃。シルバリーは外見から想像もつかない柔軟さで身体を捻り、朝比奈の足を払いそのまま投げ飛ばす。この間自らの頭上を通過させ、ラナの射線を塞ぐ。
思わず銃を逸らすラナ。朝比奈が吹っ飛んでいったと思えば、既にシルバリーの長い足が迫っている。
「良い動きだ。しかし、お嬢さんの動きに二人がついていけてない様子だが?」
空中に刺していた爪を解放し、回転しながら着地するラナ。蹴りをかわし飛び退きながら銃を連射するが、片手で薙ぎ払われてしまう。
時間ばかりが過ぎる状況に焦りを募らせるラナ。前回の戦いで老人が手を抜いていたとは思わないが、本領ではなかったのも事実だろう。
「どうした、万策尽きたかね?」
眉を潜め歯軋りするラナ。いよいよ旗色が悪くなってきたその時、仲間が駆け寄る声が聞こえてきた。
飛来する銃弾から飛び退くシルバリー。ジライヤ対応班が合流し、シルバリーへ構える。
「ジライヤめ、またか‥‥流石にこれでは私でも対応しきれん」
「また‥‥逃げるつもりですか?」
「そう事を急くな。私の目的は常にあの方の為にある。お互い時間稼ぎは十分であろう」
笑みを浮かべ跳躍するシルバリー。建造物の上に着地し、一礼する。
「残念だったな。ここで我々を殺し切れなかった事を悔やむが良い。全てはミュウの計画通り‥‥」
追撃を払い、背を向ける。老人は笑いながら闇の中へと姿を消した。
「ふはは! また会う事があるのなら、精々己の無力さを呪うが良い!」
「く‥‥っ! シルバリー!」
叫ぶラナ。しかしやはりシルバリーも機動力が高く、この中でまともに追えるのはラナしかいない。そして単身で勝利出来るかどうかは目に見えている。
「ジライヤもそうだが、奴らはまともに戦う気がないのか? 時間稼ぎと言っていたが‥‥」
銃をホルスターに収めるイレーネ。確かに、どうにも妙な感じだ。嫌な予感がするが‥‥今となってはどうにもならない。
「‥‥向こうで、何事も無ければ良いのですが」
不安げに呟くラナ。そこへ遠くから斬子対応班の三人が走ってくる。
「おーい! 斬子が死にそうだよー!」
涙目で叫ぶ井草。星嵐に背負われた斬子は全身血塗れで意識もない。
「‥‥止むを得ませんね。私が運びましょう」
「お願いできますか。応急処理はしてありますので」
頷き星嵐から斬子を預かるラナ。闇の中電波塔を振り返り、直ぐに走り出した。
疾風のように駆けて行くラナを見送る傭兵達。とりあえず戦いは終わったが、まだ別働隊の作戦が続いている。
「やれるだけの事はやったんだ。後は皆を信じよう‥‥」
カシェルの声が響くが、やはり何とも言えない後味の悪さが残っている。
傭兵達はそれぞれの心配に後ろ髪を引かれつつ、退却していくのであった。