タイトル:天衣無縫マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/05 06:31

●オープニング本文


「隠れてないで出て来いよ。そこに居るのは分ってるんだぜ?」
 振り返りながら語りかける朝比奈。物陰に身を潜めていたカシェルは溜息を一つ、姿を現した。
 無数の墓標を背景に二人は見つめあう。カシェルは頬を掻き、朝比奈の隣に並んだ。
「流石にバレますか」
「俺が何年傭兵やってると思ってんだよ。それにお前は尾行がヘタすぎなの」
 二人の前には朝比奈夏流の墓がある。カシェルはその名を見つめ、問う。
「良かったんですか、これで」
「何がだ?」
「貴方はそれで責任を取っているつもりかもしれませんが、結局は真実を誤魔化しているに過ぎませんよ」
 腕を組む朝比奈。そうして苦笑を浮かべる。
「手厳しいねぇ。思えばお前はずっとそうだったけどな」
「朝比奈夏流はとっくに死んでいる。刀狩りに挑んで破れた無謀な傭兵に過ぎない」
「それでも俺にとっては大事な仲間だった‥‥いや、兄貴分かな。死んじまったら何にもならねぇって言ったのに、あのバカは」
 目を瞑り思い出す。見栄を張って大きな剣を担ぎ、危険に飛び込んでいく彼の姿を。
 少年はいつもその背中を追いかけていた。あの時だって傍にいた。もしも止める事が出来たなら、罪も罰も無かった事に出来たかもしれない
 溜息を一つ、朝比奈は写真を取り出す。そこには剣を背負った青年、そしてライフルを担いだ少年が並んで立って居る。
「俺はスコープを覗き込んでビビるだけだった。あいつが戦うのを、俺はいつも後ろから見ていた‥‥。あの頃に比べたら進歩したよなぁ。今は転職って手があるんだからよ」
「取り返したいのは、彼の剣ですか?」
「まぁな。だが理由はもう何でもいいんだ。正直、俺は刀狩りを恨んでいるわけじゃねぇ。結局相棒を救えなかった俺自身を許せなかっただけだ」
 空を見上げるカシェル。そういう意味で、彼と彼女は良く似ていた。憎みたいから憎んでいたわけではない。それ以外に自分を裁く術を知らなかっただけで。
「だから別に刀狩りを倒す必要もないんだが‥‥一応ケリをつけといた方がいいかなーみたいな」
「ははは‥‥そうですね」
 沈黙と同時に風が吹き抜ける。朝比奈は穏やかな表情で大きく伸びをする。
「お前には色々面倒かけちまったな」
「性分なんですよ。他人の面倒事に首を突っ込まずにはいられない」
「これでも感謝してるんだぜ? お前にも、お前達にもな」
 振り返り、擦れ違い様にカシェルの肩を叩く朝比奈。そして告げる。
「最後まで宜しく頼むぜ、相棒」
 立ち去る姿を見送るカシェル。すっかり朝比奈の姿が見えなくなった頃、咳払いを一つ。
「もういいですよ、出てきても」
 更に、カシェルが隠れていた物陰より影が動く。立ち聞きをしていたのはスバルで、複雑な表情を浮かべている。
「すみません、私の尾行が下手だった所為で‥‥」
「上手く誤魔化せたからいいんじゃないかな」
 謝りながら墓の前に立つスバル。片膝を着き、目を細める。
「私の復讐すべき相手は、とっくに死んでいたわけですか‥‥いえ、復讐なんて最初から‥‥」
「そういう事もあるよ。些細な擦れ違いや誤解が重なっただけの事。大事なのはこれからどうするか、さ」
「でも、私にはもう時間が‥‥」
「人に何か伝えるのに時間なんて要らないよ。言葉も必要ない。大事なのは伝えたいと願う心さ。想いさえあれば、何もしていなくたって‥‥それこそ死んだ後にだって伝わる」
 立ち上がり振り返るスバル。不安げな顔にカシェルは無邪気に笑いかける。
「もう復讐に意味はないなら、残っているのはただの戦いだ。決着をつけよう、スバルちゃん。終わらせる為ではなく、次に進む為に」
 これで終わりではない。終わらせた後には次がある。安い言葉だが、今はそれを信じたいと思う。
 今の気持ちは義務でも贖罪でもない。ただありのままの心が弾き出す渇望は、強いられた物とは重みが違う。
「勿論です。傭兵でも能力者でもなく、私はスバル・シュタインとして戦う。この命が尽き果てる一瞬まで」
 謝る事はしない。悔いる事に意味はない。裁く資格等なく、償いすら許されない。
 だがそれでいい。だからこそ、いい。まっさらな心でもう一度歩き出す。残り時間なんて関係ない。タイムリミットは、自分自身が決める物だから――。



「ふはは、いい顔になった物じゃのう、あいつら」
 双眼鏡を覗き込みながら笑うイスルギ。その隣でムクロは肩を竦めている。
「しかし主様、良かったのかい? 何もわざわざ真っ向勝負であいつらに付き合ってやる必要もないだろうに」
「真っ向勝負以外にどんな決着があるというのだ。遷ろうこの世、勝利も敗北も全ては幸運一つ。なればこそ、幕引きはお互いにとって最善でなくてはならない」
 双眼鏡を握り潰し腕を組む岩塊。巨大な竜のキメラの上に立ち、荒野の彼方を睨む。
「わしは他の生き方を知らぬ。わしは他の生き方を出来ぬ。わしとはつまるところこれだ。こういう物だ。それ以外は有り得ぬ。それ以外は認めぬ」
 巨大な身体を引き摺り、その拳で殴り倒す。余計な事はいい。些細な事はいい。片っ端から右左、殴りに殴って押し通る。
「そうやって生きてきた。そしてこれからもそうやって生きる為に、わしは逃げられんのだ。最高の舞台を用意し、最高の戦力で、全力を振り絞り奴らを叩き潰す。そうしなければわしの心が死んでしまうのだ」
「流石旦那、言ってる事もやってる事もガキの喧嘩だねぇ。ま、そこが好きなんだけど」
「奴らはちょいちょいバグアがどーとか復讐がどーとか言ってくるが、わしはそんなん知らん。生まれたからには好きに生きて好きに死ぬ、それだけよ」
 誰も境遇を選べない。誰も運命を選べない。どうせ狭い世の中で死ぬのなら、やりたい事をやって死ね。
「往くぞムクロ。わしは今楽しい! 奴らがどんな策を敷き、どこまで死力を尽くしてくれるのか‥‥楽しみで仕方ないのだ!」
「って言ってもねぇ、配下は遂ぞあたしだけじゃないか。これからどうするつもりなんだい?」
「そりゃーお前、倒したら奴らを全部手下にすればよかろう? 細かい事は後だ後! 今は前進あるのみ‥‥そう思うだろう、おぬしも!」
 正面から迫る刀狩りの軍勢に戦士達は得物を握る。
 スバルも朝比奈も以前とは違う。特に戦う理由はなくなったが、それでいい。戦う為に戦う、それがいい。

 あるのはただ心のみ。前に進みたいという気持ちのみ。そんな理由で戦ってしまう日もある。こんな日も、あるものだから――。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

●死線を越えて
 大量のキメラが迫る荒野。傭兵達は決戦を前に各々決意を確かめる。
「とうとうこの時が来ましたね‥‥」
 ぽつりと呟くヨダカ(gc2990)。そう、時は満ちた。この闘いの終わりは、一つの喪失を意味している。
「す〜ちゃんは、もう後ろに張り付いてなくて大丈夫ですね?」
 頷くスバル。AU−KV越しの笑顔は見えないが、ヨダカには確かに伝わっていた。
「Иたんには最近お世話になりっぱなしですね。す〜ちゃんの事、お願いするのですよ」
「スバルの事はボクと朝比奈に任せな。信じてくれよ、お前の友達をさぁ」
 胸に手を当て微笑むレインウォーカー(gc2524)。彼はスバルに目を向ける。
「スバル。今この瞬間、ボクはお前の刃となる。お前自身の決着を着ける為の刃。立ちはだかる敵は全て斬る。ボクと、ついでに朝比奈がねぇ」
「俺はついでかよ!」
「まぁ、くんくんはどうでも‥‥」
「最後まで俺こんな扱いか!? アニメで言うなら最終回なのにか!?」
「冗談ですよ。期待してるですからね」
 肩を竦めて笑うヨダカ。朝比奈は頭をがしがし掻きながら溜息を漏らす。
「ま、これでラストなんだ。気合入れて、最後はキチっとハッピーエンドで締めくくろうぜ」
 朝比奈の声に頷く三人。その様子をカシェルは遠巻きに眺めている。
「カシェル君。お互い‥‥死なぬよう、かな。友人がいなくなるのは、忍びないですから」
「勿論です。もう誰かが死んで苦しむのは懲り懲りですからね」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)の言葉に苦笑するカシェル。二人は何と無く同じ方向を見やる。
「無茶はほどほどにして下さいね」
「私がいつも‥‥無茶をしているように聞こえますね」
「僕の中ではラナさんは無茶勢ですからね」
 笑うカシェルに釣られ微笑むラナ。いつからかここにも一つ、彼女の居場所は出来上がっていた。
 銃を握り締める崔 南斗(ga4407)。その瞼の裏には嘗ての決戦が過ぎっていた。
 眼前の敵は道徳を顧みない怪物である。得てしてバグアという連中は己のルールに則って行動する。まるで人間等、意に介さない。
「運も実力も無かろうと‥‥諦める訳にはいかないんだよ」
 戦いでしか白黒ハッキリさせる事は出来ない。意地も矜持も結論も、結局は白刃の狭間に勝ち取るしかないのだ。
「来ますわね、有象無象がうじゃうじゃと」
「実に鬱陶しいな。ある意味奴らしいと言えばそれまでだが‥‥」
 ライフルを担いだミリハナク(gc4008)が笑い、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)が呟く。彼女らは戦いに意味は求めない。ならば或いは闘争こそ真実なのか。
 得る物数多、失う物数多。前提された条件は平等。均一なリスクの中にこそ、戦士は己の対価を見る。
「よーし、そろそろKV隊の射程圏内だ! 野郎共、気合入れろよー!」
 剣をふりふり叫ぶ月読井草(gc4439)。六機のKV達はそれぞれガトリング砲を構える。
「時間か」
 銃を抜くイレーネ。傭兵達はそれぞれ得物を握り締め、眼前の敵に構える。
「行きましょう。終わらせて、次へ進む為に!」
 明るい声でスバルが叫ぶ。それは過去への決別と誓い。胸を張って今、一歩前へ――。
「――では、闘争と往こうか」
 イレーネの声を合図に一斉に動き出した。目標は前方。彼らの行く道には大量のキメラが立ち塞がる。
「よっしゃあ! この時を待っていた!」
 KVに掘らせた塹壕に飛び込む井草。通信機に向かって叫ぶ。
「こちらCAT! 目標、砲兵キメラ‥‥一斉攻撃開始!」
 六機のKVが同時にガトリング砲による砲撃を開始する。前進する傭兵達の前方、キメラの群れへ大口径の弾丸が降り注いだ。
「ふははー! 猫は勝つ為に何でもするぞー! 撃て撃てー! 魔女の婆さんの釜だ!」
 アサルトライフルを連射しつつ走るスバル。南斗は並んだキメラに制圧射撃を仕掛け、その間に前衛へ館山 西土朗(gb8573)が練成強化を施す。
「こいつは偉い数だな。奴の所まで突破するのは骨が折れそうだ」
 アンチマテリアルライフルを担いで走るミリハナク。砂を巻き上げながら足を止め、腹這いにライフルを構える。
「あん‥‥胸が邪魔ですわ」
 引き金を引くと銃口の先、キメラが穿たれ吹っ飛ぶ。砲兵キメラを狙い、早めに潰してしまう狙いだ。
「来たねぇ! さあ、こっちも撃って撃って撃ちまくりなぁ!」
 ずらりと並んだ砲兵キメラがムクロと共に砲撃を開始する。前衛は各々これに対処し、カシェルは後衛を庇い攻撃を捌いて行く。
「いちいち構ってたらキリがねぇ! 雑魚は散らすぞ、レインウォーカー!」
「了解だぁ、朝比奈。今日だけは頼りにさせてもらうよ、相棒」
 ヨダカの練成強化を受け、キメラの群れへ突っ込む二人。走りながらレインウォーカーが敵を攻撃し気を引いた所へ朝比奈が追撃。大剣でキメラを両断して行く。
「流石くんくん、腐ってもAAですね!」
 笑みを浮かべ、超機械で竜巻を起こすヨダカ。雑兵の群れが次々に吹き飛ばされ空を舞う。
 六堂源治(ga8154)は太刀を手に戦場を駆ける。目指すは竜の背に乗った竜。敵の大将、刀狩りである。その隣をラナが走り抜けていく。
「‥‥道を開きます」
 素早い跳躍で軍勢の中に舞い降りるラナ。そこへ大量のキメラが襲い掛かる。
「私に‥‥あの人の真似、できますかね‥‥!」
 瞬きの刹那、息を吐いてイメージする背中。黒い風に身を任せ、土を踏む。
 砂が舞い上がり無数の斬撃が閃いた。襲い掛かってきたキメラが一斉に倒れ、道が開かれる。
 源治はラナを追い越し、更に邪魔なキメラを切り伏せていく。四方八方から攻撃が飛び交う乱戦、嵐の様な闘争の渦の中を。
 一方、終夜・無月(ga3084)も戦乱の中を突破しようとしていた。向かう先はムクロ、その前に徒党を組んだ砲兵キメラを拳銃で撃ち抜き、道を塞ぐ武者キメラを大剣で薙ぎ払って行く。
「ちっ、キメラじゃ足止めにもならないかい!」
「お手合わせ‥‥願います」
 ムクロへ襲い掛かる無月。戦いの端、大量のキメラの内、何割かは傭兵を意に介さず直進し人類側の領地へと進んでいく。
「おーい、カシェルー! あたしも混ぜてくれー!」
 キメラの相手をしながら走る井草。カシェルへ駆け寄り、背中合わせに構える。
「敵が多いですから、不意打ちに注意して下さいね」
「ムクロの所まで走るぞー!」
 協力して武者キメラを突破する二人。その眼前にはまだまだ沢山の敵が待ち構えているのであった。

●誰が為の刃
 ――スバルは変わった。その事をヨダカは誰よりも理解している。誰よりも傍で見つめて来たからだ。
 元々素質があったのか、或いは覚悟が彼女を変えたのか。理由はどうでもいい。ただ、スバルは以前とは比較にならない程良い動きをしてくれる。
 一方的な戦いでは得られないリズムがある。語り合わずとも触れ合える呼吸がある。だがそれは束の間の夢、いつかは覚めてしまう。
 一歩踏み込み、超機械でキメラを薙ぎ払うヨダカ。迫る武者キメラの刃を受け止め、スバルが蹴り飛ばす。
 今はそこにいて、手を伸ばせば触れられる背中。失う事は恐ろしい。しかし、戦いを止める訳には行かない。
 襲い掛かる忍者キメラの刃をかわすレインウォーカー。入れ替わりに飛び込んだ朝比奈がキメラを叩き斬り、その背中を襲う武者キメラにレインウォーカーが刃を立てる。
「背中がお留守だぞぉ、朝比奈」
「お前こそ息切れしてるんじゃねぇか? まだまだ始まったばっかりだぜ」
「まさか。大見得切ったからには情けない格好は見せられないだろぉ?」
 方々から迫る敵は強力だ。二人の身体には傷が増えていく。終わりの見えない苦闘も、戦えるのは理由があればこそ。
 誰かの為という理由は戦場においては不純だと、笑う者も居るだろう。極地へ至るには生温く、優しすぎる。だが‥‥。
「カッコつけないわけには行かねぇだろ! 守ると決めたのは、俺の意志だからな!」
「そうさ、死ぬわけにはいかないねぇ。友達との約束の為に‥‥何よりボクの為に」
 何の為にならば血を流せるか、という論に帰着する。それで至るというのならば、笑い飛ばして尚残る物もあるだろう。
「そろそろ頃合かしら」
 ライフルを放り、代わりに戦斧を取り出し構えるミリハナク。笑みを浮かべ、敵軍へ突撃する。
「退けとは言いませんわ! 邪魔をするなら、食い散らかすまで!」
 防御する武者キメラを粉砕し弾き飛ばす。身体を捻り、雑兵を纏めて横薙ぎに殴殺し、更に前進を続ける。
「ふむ‥‥一時はどうなる事かと思ったが、存外に殺しきれそうではないか」
 両手で構えた小銃でキメラを撃つイレーネ。KV隊の攻撃や一部突破力のある傭兵の活躍もあり、大量のキメラも見る見る数を減らしつつあった。
 最奥にて立つ刀狩り。それを睨みながら前進する源治は邪魔するキメラと戦いつつ声を投げかける。
「イスルギ、ちょっと遊ばねぇか。戦いながら話してぇ事があるんだ」
「ほう?」
 龍から飛び降り大地に降り立つイスルギ。片手を掲げると周囲のキメラが戦闘を停止する。
「わざわざ下がらせてくれるのか」
「こいつらはオマケみたいな物じゃしの。そもそも貴様ら相手では役不足だろう」
 風を受け凛とした瞳で笑う怪物。源治は刃を向け、その瞳に己の姿を見つける。
「あのガキは逝ったよ。少しは満足そうだった。イスルギ‥‥お前のお陰なのかもな」
「それは違うのう。奴は奴の死に様を見つけただけの事よ。一生の価値を決めるのは、自分自身だからな」
 顎に手をやり目を細めるイスルギ。源治は笑みを浮かべる。
「礼をしてぇんだ。俺もアイツも、救われた気がしたから‥‥。でも、お前は『戦い』こそが身上だろ?」
 刃を握り直し、構える。変わり者の怪物への想いを込めて。
「ならば、俺の全身全霊をぶつけてやる。それが‥‥俺からの手向けだ」
 うんうんと頷き、背にした巨大な剣に手を伸ばす。余りにも大きすぎる、余りにも美しすぎる剣を抜いて。
「わしはな、人間が大好きだ。人間の持つ一瞬の輝きを愛しておる。だが悲しいかな、わしの手は大きすぎて、可憐な華を潰してしまう」
 振り下ろした刃は暴風を纏い砂を巻き上げる。触れる物を砕く死の刃。悲しげな瞳を写して。
「この身を満たして見せよ。我が岩の心の臓を穿って見せよ。さもなくばその命――儚く散ると思え!」
 一方、傭兵達はムクロにも迫りつつあった。立ち塞がる敵を薙ぎ払いながら突撃する無月。その一撃を大きく跳躍しムクロは回避する。
 頭上を跳び越しながら銃口に光を収束させる。連続で放たれたエネルギー弾は大地を吹き飛ばし、岩を空へと巻き上げた。
「出てきやがったか、ムクロ!」
 ムクロを狙いエネルギーガンを連射する西土朗。女は長い髪を靡かせ、片手で銃を回し光を薙ぎ払う。
「来たな! 負け続きだったけど、ここでひっくり返す! 一つ頼むよ、少年!」
 剣を手に走る井草。その前を盾を構えたままカシェルが走る。西土朗と南斗は銃でそれを援護する。
「カシェル、俺を盾で飛ばし‥‥いや、冗談だ。月読さんと共に奴を挟撃してくれ。全力で援護する」
「え? 南斗さん、急にどうしたんですか‥‥」
「カシェル、前前ー!」
 ムクロの攻撃を盾で受ける怯むカシェル。井草はその影から飛び出しムクロの背後へ回り込む。
「ここで会ったが百年目だ!」
「懲りないねえ、全く!」
 井草の刃を交わし、カウンターで射撃を打ち込む。転がる井草の反対側から走ってきたカシェルの剣をかわし、ハイキックで応戦。ムクロは親指で眼帯を外す。
 盾を構え、魔眼の効果に備えるカシェル。そこへ接近し銃口を捻じ込み、チャージした攻撃で吹き飛ばす。
「バカだねぇ、フェイントだよ!」
 吹っ飛んだカシェルの頭を掴み、蹴りで大地に叩きつけ飛び越す。狙いは後衛の西土朗と南斗だ。
 ブレーキングと共に放つ攻撃を盾で凌ぐ西土朗。南斗は周囲に岩に弾丸を跳弾させ、ムクロの目を狙う。
 ギリギリで身をかわすムクロ。その背後に滑り込み、鋭く大剣を打ち込む無月。かわしきれず受けた一撃で血を撒きながら距離を置く。
「流石に厳しいねぇ‥‥だが!」
 奥から無数の武者キメラが迫る。刃を構え直した無月は走り出し、擦れ違い様にキメラを一撃で捻じ伏せていく。
「ムクロ、お前さんは何を理由に戦い、その先に何を見ている!」
 味方に治療を施しながら叫ぶ西土朗。女は血を流しながら目を細める。
「理由なんかないよ。先が無きゃ戦えないのかい、あんた達は?」
「理由は前に進む力になる。未来は今日を生きる希望になる。それは無いよりはあった方がマシでしょう!」
 ムクロの攻撃から味方を庇い、叫ぶカシェル。忍者キメラが投げつける爆弾とクナイが無月を襲うが、それを大剣で防御。煙を突き破り前進する。
「俺が奪った命のため、俺を生かしてくれる奴のため、俺は『死ねない』し『死なない』! 足掻くだけのお前さんに、俺は殺せない!」
「笑わせんじゃないよ! 言うだけならば誰でも出来るんだ! そういう事はあたしを倒してから喚きな!」
 忍者キメラ達に引き金を引きまくる南斗。井草はその内一体を切り倒し、ムクロの側面に回り込む。
「行くよ、カシェル!」
 頷き移動するカシェル。井草は更に通信機に声を投げかける。
「こちらCAT! 砲撃支援を要請する! 奴の退路を断つんだ! 狙いは大雑把でよし!」
 キメラと交戦していたKV隊が銃を向ける。左右に井草とカシェル、そして退路を断つ砲撃。正面からは無月が迫る。
「だから何だって言うんだい!」
 瞳を輝かせるムクロ。走る身体が停止し転倒する無月、その背中を西土朗が押す。
「そっちの手札はもう読めてんだよ!」
 紅い光を帯び、顔を上げる無月。大地に手を着き空を軽く舞い、姿勢を戻して正面からムクロへ突っ込む。
 魔眼の効果を破られ仰け反るムクロの胴体へ突き刺し、そのまま剣を持ち上げ振りぬく無月。大地が鋭く抉れ、引き裂かれたムクロの血が飛び散った。
 中身をぶちまけられたムクロは目を見開き仰向けに倒れる。銃へ伸ばそうとする腕も捻じ曲がり、既に掴む事すら適わない。
「‥‥くそっ、ままならないねぇ‥‥。まぁ、あたしの器じゃこんなもんか‥‥。後は‥‥主様の、好きな様、に‥‥」
 動かなくなるムクロ。その様子を見届け、傭兵達はイスルギへと向かう。最後に通りすがった西土朗は振り返り、ムクロの亡骸に告げた。
「戦績にそれほど拘りはねぇが‥‥敵だから倒しただけってのもアレだろうからよ」
 死体の瞼を閉じ、折れた腕を胸に。そして踵を返し走り去る。
「これで二勝一敗。俺達の戦いは‥‥俺の勝ち越しだな」
 一方、キメラ達と戦い続ける傭兵達。イレーネは何度目か分らないリロードを済ませ、再び引き金を引く。
「そろそろ打ち止めか」
 キメラの攻撃を次々にかわし、爪で切り裂くラナ。走り続けていた足を休め、周囲を見やる。
 夥しい数のキメラの亡骸が転がる荒野。ラナは乱れた呼吸を整え、汗を拭う。
「でぇーっ! 大体片付いたぞちくしょう!」
「後はKV隊に任せて良さそうだねぇ」
 キメラに刺さった大剣を引き抜き叫ぶ朝比奈。その隣でレインウォーカーも疲れた表情を浮かべている。
「まだ‥‥終わりではありません。大本命が、残っていますから‥‥」
 次の瞬間、凄まじい勢いで吹っ飛んで来る人影があった。ラナがそれを目で追うと、倒れているのはどうやら源治らしい。
「六堂さん‥‥!?」
 よろよろと立ち上がる源治。傷だらけの腕で何とか刃を握り締めている。
「‥‥もしかして、あそこから飛んで来たのか?」
 ジト目で遠くに立って居る小さいイスルギを指差すイレーネ。一瞬の沈黙の後、一斉に身構える。
「みんな、今直ぐ回復するのです! ここからが正念場なのですよ!」
 全員に回復を施すヨダカ。イスルギは僅かに残ったキメラ達を連れ、悠々と歩いてくる。
「刀狩り‥‥伊達じゃねぇってか」
「上等じゃないかぁ。まだ遊び足りなかった所だよぉ」
 冷や汗を流す朝比奈。レインウォーカーは襟元を緩めながら首を鳴らす。
「全くですわ‥‥こんなんじゃ消化不良もいい所ですわね」
 キメラの死体を踏みつけながら溜息を漏らすミリハナク。不満そうに斧を素振りしている。
「でももう、我慢しなくていいですわよね? あんなに素敵なデザートが残っているなら、まぁ良しとしましょうか♪」
 舌で唇を舐めながら笑うミリハナク。そこへムクロと戦っていたメンバーも合流する。
「待たせたな。こっちはカタがついたぞ」
「怪我人は回復するよー」
 回復と強化に参加する西土朗と井草。カシェルと無月は剣を手に前に立つ。
「もうムクロを倒したですか? 早かったですね」
「長期戦になると不利だからな。多少強引だが、終夜さんの力で押し切らせて貰った形だな」
 銃に弾を込めながらヨダカに応じる南斗。全員が回復と再戦の準備を終え、歩き出す。
「ぅおーい! もう準備はいいかー!」
 手を振りながら遠くで叫ぶイスルギ。各々微妙な表情でその声を聞く。
「‥‥何なのだ、あのバグアは。鬱陶しい奴め‥‥」
「ま‥‥変わり者には違いないでしょう、ね‥‥」
 眉を潜めるイレーネ。ラナは溜息と共に瞼を閉じる。
「だが、イスルギは強い。今日の奴は本気だ‥‥こっちも全力でやらねぇと潰されちまう」
 口元の血を拭いながら語る源治。スバルは拳を握り締め、頷く。
「出来ます‥‥私達なら。相手がどんな化物で‥‥きっと勝てます!」
 根拠のない言葉だ。激励にもならない。だから傭兵達はやはりなんとも言えない表情で歩き出す。
「行くか。少年少女の前で、大人が格好悪い所は見せられないからな」
「最後に正義は勝つ‥‥だろ?」
 頬を掻きながら歩く西土朗。朝比奈はウィンクと共にサムズアップする。
「では往くぞ、人間共。大将、『刀狩り』‥‥イスルギ、参る!」
 爆音と共に走り出すイスルギ。岩の巨人は轟音と共に一気に距離を詰めつつあった。

●天衣無縫
 爆風を纏い通過する巨躯。大地を抉りながら停止したイスルギは背にした巨大な剣を構える。
「誰から来るか、等ケチな事は言わん。全員纏めて掛かって来い!」
 刀狩りが起こした風に靡くスカート。その裾を摘み、ミリハナクは粛々とお辞儀をする。
「ミリハナクと申しますわ。戦士として、私ともお相手していただけるかしら?」
「また柔らかそうな女子か。傷物になっても責任は取れんぞ?」
 大地に刺した斧を引き抜き、笑みを浮かべ突撃するミリハナク。大きく振り上げた戦斧で一撃を繰り出した。
「小細工抜きの真っ向勝負ですわ!」
 叩きつけられた鋼鉄の塊が激しく空を振動させる。イスルギはこれに巨大な刃で応じ、二人は数度互いの得物を激突させた。
「大した力じゃのう! だが‥‥!」
 受けた斧を強引に捻じ伏せ、体当たり気味に弾き返す。ミリハナクは後方に大きく弾かれるが、これを大地に斧を刺して耐える。
「この力‥‥期待通りですわ♪」
 イレーネ、南斗、西土朗、ヨダカ、スバルの五名は一斉に遠距離攻撃を仕掛けるが、イスルギは意に介さず悠々と歩いてくる。
「奴め、一体何で出来ている‥‥」
 イスルギの目を狙い撃ちにするイレーネだが、目も何らかの結晶なのかこれと言って有効打になっているようには見えない。
「くそ、相変わらず眼中に無しか‥‥!」
「それでも、負けるわけには行かないのです。ここで決着をつける‥‥その為にヨダカは来たのですから!」
 舌打ちする南斗。ヨダカはイスルギを睨みつつ後退、距離を取る。
「残ったキメラの相手もしなきゃいけないみたいだねぇ」
「でっかい竜も残ってるんだよなー。どうする、カシェル?」
 残ったキメラの数は多くないが、大型の竜キメラが残っている。レインウォーカーはそちらを見やり、井草はカシェルの腰をてしてしする。
「イスルギの相手は担当者に一先ずお願いして‥‥僕らは邪魔者を先に片付けようか」
 一斉攻撃と言ってもこの人数だ、バランスよくやらなければ足の引っ張り合いにもなりかねない。状況が変わるまで、今は様子を見るべきだろう。
「決まりだな。連中の相手は俺達が引き受けよう」
 サムズアップする西土朗。スバルは振り返り、ライフルを構える。
「手早く済ませましょう。それまでイスルギをお願いします」
 こうしてイレーネ、南斗、西土朗、スバル、レインウォーカー、井草、カシェルが周辺殲滅へ移行した。
 残ったのは無月、源治、ラナ、ヨダカ、ミリハナク、朝比奈の六名。高い戦闘力を持つ五人を前に、ヨダカは徹底して後方支援の構えだ。
「てめぇをぶっ倒す為だけに転職しまくってAAになったんだ。覚悟しやがれ、岩野郎!」
「もうおあずけなんて言わせませんわ! 私‥‥我慢の限界ですの!」
「石動‥‥貴方となら、持てる全てで戦えそうです‥‥」
「行くぜイスルギ。これが俺達のお礼参りだ」
 それぞれ構えた得物を手に走り出す。AA四人は四方からイスルギを包囲、一斉に襲い掛かった。
 大剣で襲い掛かる無月。これをイスルギもまた大剣で応じる。激しく打ち合う最中、残り三方向からの同時攻撃が迫る。
「気をつけるのです! 別の腕で狙ってるのですよ!」
 ヨダカが声を上げると同時、イスルギは残り二本の腕でそれぞれ青竜刀と槍を抜く。これで源治とミリハナクの攻撃を受け止めた。
「一本足りてねぇだろうが!」
 大剣を振り下ろす朝比奈。イスルギは二本の腕で持っていた大剣で無月を一度押し返し、それを空に投げる。空いた手で西洋剣と太刀を抜き、それで朝比奈と無月の攻撃を受け止めた。
「――ですがやはり、一本足りていませんよ‥‥!」
 超機械でイスルギの顔を攻撃し、跳躍し爪で襲い掛かるラナ。その真横を、先ほど投げた大剣が落ちてくる。
 イスルギはそれを掴み、ラナの攻撃を止めた。目を見開く。竜が大剣を掴んでいたのは、腕ではなく尾であった。
 身体全体を回転させるようにして全員を一気に弾き返すイスルギ。そうしてそれぞれの得物を巧みに振るってみせる。
「‥‥オイ! なんだよ、あれはナシだろ!」
「四本の腕と尾‥‥合計した五刀流。これが石動の本来の戦装束‥‥ですか」
 明らかに多勢を相手にする事を意識した構え。異形ならではの、人ならざる武術である。
「しかも、アイツはただ闇雲にでかい得物を振り回してるわけじゃねぇ。ちゃんとした『達人』なんだ」
「素敵ですわ。こんな戦闘、そうそう味わえる物ではありませんもの」
 各々の反応。しかし結論は構え直した刃に限る。傭兵達は再びイスルギへ戦いを挑む。怪物は真っ向から勝負を受け、刃を振るった。
 間違いなく、傭兵達は強かった。しかし怪物は尋常ならざる反応と捌きでこれらと互角に渡り合っている。
 長い尾の先端に括られた大剣は異常な機動で傭兵達を薙ぎ払う。まともに打ち合っても弾き返されるばかりで、勢いと呼べる物は常に敵にあった。
「手数はこっちの方が上の筈だ! どうして押し切れねぇッ!!」
「硬すぎる‥‥どこなら有効打を与えられるのか‥‥」
 叫ぶ朝比奈。隙を見て攻撃を当てるラナだが、ダメージらしいダメージを与えられている気がしない。
「ブレスが来るのです! 当たったら凍って追撃でアウトなのですよ!」
 響くヨダカの声。口を開いたイスルギはその場で回転しながら周囲を一気に凍らせる。一斉に飛び退く傭兵達の眼前、氷の世界が出来上がっていた。
 一方、キメラの対処を進める傭兵達。相手の数が少ない事もあり、一気に殲滅を進めている。
 銃弾を連射し、纏めて敵を牽制する南斗。井草とカシェルはその隙に飛び込み、剣でキメラを切り裂いていく。
 暴れる竜キメラを銃で撃ちまくるイレーネとスバル。周囲を薙ぎ払う巨大な尾の一撃はカシェルが盾で受け、逆に弾き返した。
「隙だらけだぁ」
 鎌に持ち替えたレインウォーカーは跳躍、竜の首を斬りつける。すると大量の血が流れ出し、衝撃と共に竜は倒れこんだ。
「よし、こいつで最後だ! 向こうの援護に戻るぞ!」
「はあはあ‥‥猫使いが荒すぎだよ‥‥」
 最後にキメラを撃ち抜き声を上げる西土朗。こちらもイスルギ班に合流し、西土朗と井草で回復を済ませイスルギを取り囲む。
「待たせたな。状況は劣勢に見えるが」
「相手も無傷ではない筈なのですが‥‥」
 イスルギに銃を向けるイレーネ。歯軋りするヨダカを一瞥する。
「あれも不死身ではない。攻撃するなら、誰かがつけた傷を狙え。そこならば我々の攻撃も或いは‥‥だ」
「成程な。それしかなさそうだ」
 頷く南斗。カシェルは剣を収め、両手に盾を装備して歩き出す。
「ダメージは回復してやるー! みんな、ガンガン攻めろー!」
 超機械を振る井草。その声に源治は溜息を一つ。
「それしかないッスね‥‥。奴の攻撃は受け流せるレベルじゃない」
「腕も尾も切り落としてしまえば良いのですわ。捨て身上等、行きますわよ!」
 再び突撃するミリハナク。滑る足場に眉を潜め、斧を大地に引き摺りながら切り上げる。
「邪ぁ魔ぁでぇすぅわぁああ!」
「活きのいい女子じゃのう!」
 激しい衝撃に氷が舞い散る。朝比奈は剣に紋章を宿し走り出した。
「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ、ジジィイイ!!」
 渾身の両断剣・絶。ミリハナクもスキルを発動、紅い軌跡を残す斧で連打を仕掛ける。
「暴飲暴食ですわ♪」
 腕を切断しようと狙うが、他の腕で止められてしまう。朝比奈は尾の大剣を受け顔面から地に減り込み、蹴り上げられたミリハナクは縦回転し空を舞う。
「皆下がれ! KV隊、イスルギを攻撃だー!」
「朝比奈さん‥‥邪魔です」
 朝比奈を引っこ抜いて飛び退くラナ。後方からKVが砲撃を行なうが、それを浴びながらイスルギは槍を遠投。槍はKVを貫通、爆発を起こした。
「うっそー!? KV隊、頭低く頭低くー!」
 手を振る井草。しかし効果はゼロではない。ミリハナク、朝比奈、砲撃の効果もあり、イスルギの身体にも傷が生じ始めていた。
「良し‥‥! 攻撃だ! 今なら奴も我々を無視出来まい!」
 拳銃を構え、引き金を引きまくるイレーネ。庇われている傷には弾丸を氷に反射させ対応する。
「このぉおおお!」
 ライフルで傷を狙うスバル。南斗、西土朗も一斉攻撃に参加。大量の弾丸がイスルギに降り注ぐ。
 イスルギは口を開き、後衛に向かってブレス攻撃を放つ。その前に飛び出し、カシェルは両手の縦を前へ。
 真っ二つに裂かれたブレスは傭兵達の射線から外れる。その間にも一斉攻撃は続く。
「行ける‥‥押し切れます‥‥!」
「決着だぁ、イスルギ。ボクは自分が選んだ道だけを歩く‥‥ボクの為に!」
 走り出すラナとレインウォーカー。ラナはイスルギの一撃を回避、空に舞い上がる。更に下方から繰り出される連続突きを空中で回転し回避、額の傷に爪の一撃を決める。
「嗤え」
 その隙に接近したレインウォーカー。一瞬で持ち替えた鎌で連撃を繰り出す。真燕貫突の効果は覿面、傷口は大きく広がった。
「まだまだ‥‥ですわー!」
 ヨダカに回復されたミリハナクが斧で襲い掛かる。振り回す尾の剣に叩かれ血を流しながら攻撃を続ける。
 側面から向かう無月。振り下ろす刃が輝き、耳を劈く轟音と共に一撃が炸裂する。イスルギの手にしていた武器に、そして腕に亀裂が走った。
「‥‥まだです!」
 更に両断剣・絶の攻撃。腕を粉砕し、更に尾の一撃と打ち合い大剣に亀裂を走らせる。だがそこまでだ。
 錬力はとっくに限界だった。打ち切った所に反撃を受け、青竜刀で切り払われる無月。
 朝比奈、ミリハナクが再び襲い掛かり巨大な武器を叩き付ける。するとイスルギの全身の皹は広がっていく。
「砕けるのか、この身が‥‥!?」
「イスルギ! これが俺の‥‥俺達の、全身全霊だ!」
 足を思い切り蹴りつける源治。すると亀裂が走り、巨体が崩れる。すぐさまありったけの力を振り絞り、刃を振るった。
「ぬおおおおうっ!」
 何度も何度も激しい衝撃が迸る。源治の刃はイスルギの腕を次々に砕き、胴体に袈裟の一撃を与える事に成功した。
「なんと‥‥だが、しかし!」
 力を出し切った源治は尾の一撃で吹き飛ばされる。その尾を朝比奈が掴み、ミリハナクが斧で切断する。
「――撃てぇえええ!」
 誰の叫びだったか。二人が振り払われた直後、全員で攻撃が始まった。
 銃、超機械、様々な攻撃がイスルギの全身を撃つ。結晶の身体が砕け、破片が舞い散る。
 足が崩れ、巨体が倒れる。それでも攻撃の手を緩めなかった。徹底的に攻撃しつくし勝利を確実にしなければ危険だと、彼らの本能が告げていたのだ。
 音が止んだ時、異形はすっかり崩れ果てていた。美しい結晶の砂の中心、顔が半分崩れた怪物が横たわる。
「‥‥‥‥わしの負け、か。見事なり‥‥華よ」
 壮絶な戦いに疲れ果てたのか、或いは別の理由か。傭兵達はその最期を黙って見つめる。
「最早、語る言葉も無し‥‥。楽しかったぞ。実に‥‥天晴れな幕引きであった‥‥!」
 笑い出し、空に声が響く。亀裂はいよいよ全身の形を砕き、笑い声だけが最期まで空に残っていた。
「終わった」
 呆然と呟くスバル。そうして膝を着く。
「終わったよ、ヨダカ」
「さぁ、一緒に帰るのです。帰るのですよ‥‥す〜ちゃん」
 AU−KVを解放したスバルと抱き合うヨダカ。ふらつくスバルに肩を貸し、ヨダカは笑みを浮かべた。
 刀狩りと呼ばれたバグアは倒れ、一つの戦いが終わった。晴れ渡る空と広大な荒野が、傷ついた戦士達の背中を見送っていた。






 スバル・シュタインの葬儀は、その一週間程後に行なわれた。
 戦闘後容態を悪化させたスバルは、結局一度も目を覚ます事はなかった。
 死を受け入れた彼女の部屋に一つだけ、命の宿る物があった。カンバスに描かれた絵だ。
 カルミアの髪飾りをつけた一人の少女の油絵。その端にはこう書かれていた。

 ――『いつかあなたに、本当の笑顔が戻りますように』。