●リプレイ本文
●誰が為に
「ゴーレムに、レギンの妹が乗っている‥‥?」
僅かな休憩を挟み行軍の疲れを癒し、先行した斬子達にやや遅れ街に突入した傭兵達。キア・ブロッサム(
gb1240)は無線機を手に斬子に状況を確認していた。
『はっきりそうかどうかは分りませんけど‥‥あの様子じゃ大切な人であると言う事に変わりはなさそうですわね』
「と、言うと‥‥?」
『勝手に強化人間にされたのか、戦場に引っ張り出されたのか‥‥どちらにせよ、彼が思い描いた未来とは違ってしまったようですわ』
哀れみを含んだ斬子の口調に目を細めるキア。彼女らの行く先、暴れるゴーレムが街を壊しているのが見える。
「‥‥時間稼ぎ、ニ、シテ、ハ、激しイ、デス、ネ」
「最近の妹は皆あんな感じなのか?」
微笑むムーグ・リード(
gc0402)に続き眉を潜める犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)。その隣を茅ヶ崎 ニア(
gc6296)が走る。
「聞いたわよー犬彦、スーパーバイトリーダーになったんだって? 時給でも上がったの?」
「時給は上がらんが、仕事量は上がっている気がする」
槍を肩にかけ微妙な表情で走る犬彦。キアはニアに声をかけ、走る傭兵達から距離を置く。
「‥‥私達はこのまま『供給源』を探します。茅ヶ崎さん‥‥行きましょう」
「はいはーい。そんな訳だから、そっちは宜しく。バッチリ供給源の写真、撮って来るからさ」
カメラを掲げサムズアップするニア。二人が分かれた後、傭兵達は先行する斬子達と合流。降り注ぐ雨の中、供給源の配下と対峙する。
「斬子さん!」
斧を構える斬子に駆け寄り肩を並べる張 天莉(
gc3344)。ぎらついた視線を向けるレギンを見つめ返す。
「レギン‥‥」
「フ‥‥フフフ。ご覧の通りこの様だ。笑いたければ笑えよ‥‥」
無言で構える天莉。レギンは構えを取らず、ふらふらと歩いてくる。
「何ですか、その体たらくは。その様な態度で戦いに挑むおつもりですか?」
大斧の石突でアスファルトを叩き、米本 剛(
gb0843)は真っ直ぐにレギンを睨む。
「レギンさん‥‥貴方はこれまで自分を信じて戦い抜いてきた筈。しゃんとしなさい。貴方の戦いに臨む決意とは、その程度の物だったのですか?」
「俺は決意なんてしてない。俺はただ逃げていただけだ。俺は‥‥」
「結局貴方の言う『守る』という言葉はその程度だったという事ね。無理も無いわ。『誰かの為』なんて、そんな物よ」
歩み寄り声をかける加賀・忍(
gb7519)。無様な様子を一瞥し片目を瞑る。
「私は違う。私は自分の為に戦っている。私の刃はその為だけにある。貴方のようなお飾りの理由とは違う。戦いとは、自分の為にあるべきなのよ」
顔を上げるレギン。そうして妹が乗るゴーレムを見上げる。
「‥‥自分の為、か」
優しく、そして自嘲を込めて笑う。そうして目を開き構えを取った。
「宜しい。我々とて断じて『遊び』で戦ってはいないのですよ‥‥故に、全身全霊! それこそが戦の礼儀!」
斧を掲げる剛。マリスはその様子を苦笑して眺めている。
「二人共、敵を元気付けてどうするのよ〜?」
「いやはや、つい‥‥」
「腑抜けを斬っても仕方ないでしょう? こっちの方がずっと良いわ」
一方、ゴーレムと対峙するのは終夜・無月(
ga3084)、そしてムーグと犬彦の三人だ。
『嫌な奴が増えた‥‥これもあれも全部敵! 敵! 敵ぃいいい!!』
吼える巨体。雫を弾いて闇に聳える敵を前に、三人は全く怯んでは居ない。
「二人にお願いがあります。俺は‥‥可能であれば、彼女を殺したくはありません‥‥」
これまでも親バグアの人間を斬り伏せてきた無月。しかし目の前のコレは今までの敵とは違うように感じていた。
自分の意思で戦いを臨む者に容赦は出来ない。だが、ゲトルは本当に自分の意思で戦っているのか。それが無月には分らなかった。
「答えは闘いの中で見つけるしかありません‥‥そして其れが可能なら、俺は‥‥」
「コックピット、ハ、狙ワナイ‥‥了解、デス」
「ほぉー。二人揃ってお優しい事だな」
無表情に呟く犬彦。ムーグは腕を組み空を見上げる。
「確カニ、物好キ、デス‥‥シカシ、延ベル、手ニハ、掴ム、手ガ、必要、デス、カラ」
「まぁ、色々使い道はありそうだしな」
頷く犬彦。そんな三人にゴーレムの拳が飛来し、大地を粉砕する。
『ゲトルを無視した! ゲトルを見ろ! 無視するな!』
三人はそれぞれ飛び退き得物を構える。
「じゃそう言う事で」
「行きましょう‥‥手を差し伸べる為に」
三人がゴーレムと戦闘開始した頃、天莉はシルバリーの前に立ち塞がっていた。
「シルバリー‥‥あなたの相手は私達です!」
「ふん、小僧が粋がりおって」
片手で髭を弄りながら革靴を慣らし歩み寄るシルバリー。天莉は拳を握り締める。
「確かにレギンは‥‥この結末を自分で選びました。けれどあまりにも‥‥あまりにもレギンが不憫です。斬子さん、マクシムさん! あいつは‥‥シルバリーは何としても倒しましょう!」
「やれやれ、人間という奴はどいつもこいつも‥‥。そうやって感情に支配されている限り我々には勝てんと何故分らん」
「それは違いますわ。わたくし達が戦えるのは感情があるから。お前の言う感情こそ人の力よ」
「ふはは! その感情の所為で利用され死んでいくのだから、全く救いようの無い馬鹿だな、お前達は!」
全身に銀色のオーラを纏い笑うシルバリー。天莉は歯軋りし、斬子は斧を振り下ろす。
「こういう奴の相手はいいですわねぇ〜。情け容赦も、遠慮も要らないのだから‥‥!」
「これまで倒れていった哀れな者達の涙‥‥あなたに償ってもらいます!」
冷たい雨の中、彼らはそれぞれの望みを叶える為、戦うべき相手へとそ刃を振り下ろすのであった。
●雷鳴の如く
「うわぁ、こりゃ酷い‥‥」
戦闘開始した本隊と別行動するキアとニアの両名。二人はゴーレムにより粉砕された建物の残骸を眺めている。
「何人死んだんだか‥‥雨で血が流れ出してまるで道標みたいになってるね」
大量の人間が焦げて潰れた匂いと痕跡は二人を直ぐにここまで案内してくれた。辿っていけばゴーレムがどこから来たのかも分るだろうし、破壊されていない場所には壊されたくない何かがあるはずだ。
「‥‥行きましょう。今は何より、情報が欲しい‥‥」
「そうね。なんだか狙撃兵の映画みたいだなぁ。行きはよいよい帰りは怖い♪」
雨の中二人は物陰から物陰へと気配を断ちながら走る。その先に何が待っているのかも知らず‥‥。
雨の中を駆け、レギンへと襲い掛かる忍。レギンの構える盾へと何度も繰り返し刃を叩き付ける。
「俺はどこで間違えたんだろうな‥‥いや、最初から正解なんて無かったのか?」
「考え事しながら殺し合いとは‥‥随分と余裕じゃない」
盾を構え忍を押し返すレギン。忍は横に逸れ、入れ替わり剛が飛び込み斧を叩き付ける。
「戦いが此処まで至った以上‥‥迷いこそ自身への妨げですよ、レギンさん!」
「‥‥分ってるさ。俺が選んだ人生‥‥俺の為の戦いだ!」
レギンの蹴りを斧で受け、反撃を繰り出す剛。二人は互いの得物を激突させ、同時に互いを弾き返す。
鉄と鉄が激突する澄んだ轟音が響き、地を滑り二人は同時に後退。そこへマリスが側面から拳銃で襲い掛かる。
「気持ちだけで強くなれたら誰も苦労しないわ。貴方は弱い、その事実は何も変わる事は無い」
二丁の拳銃を連射するマリス。時折兆弾を交えた攻撃は悉く盾のガードをすり抜けレギンの身体を貫いていく。
「防御が間に合わない‥‥ッ」
歯軋りするレギン。その背後に回りこんだ忍が足元を薙ぐ。レギンは跳躍しこれをかわしたが、更に剛の一撃で体勢が崩れてしまう。
マリスは二人が隙を作れば容赦なく攻撃を繰り出す。今の所それは必中で、引き金を引いた回数だけレギンは弱って行く。
「流石マリスさん、微塵の躊躇もありませんな」
唇を舐めながら目を開き凶悪な笑みを浮かべるマリス。こんなのでも仲間なので、剛としては割と当てにしていたりする。
この調子で攻め続けようという空気になっている所、突然側面から光線が飛んでくる。プロトン砲は大地を削り、そのままビルを真っ二つに説かして行く。
「おっと‥‥これは気をつけなければいけませんね」
更に出鱈目に乱射されるフェザー砲が飛来。これを剛は次々に斧で打ち払い仲間をカバーする。
「もう〜、やりたい放題ね〜」
「ゲトル‥‥くっ!」
妹の戦いを不安げに見やるレギン。そこへ忍が襲い掛かる。
「貴方の相手は私達よ。余所見している余裕があるのかしら?」
「‥‥ゲトル、待ってろ。直ぐに助けに行くからな‥‥!」
「街中でビームぶっ放しやがって‥‥非常識な妹め」
一方、ゲトルの乗る白いゴーレムと交戦する三人。大通りで暴れ回るゴーレムを相手に一歩も引かない戦闘を繰り広げていた。
腕や肩に内臓されたフェザー砲を同時発射するゲトル。犬彦は走る足を止め、盾を構えその光を遮断する。
「後ロニ、周リ、込ミマス‥‥援護、オ願イ、シマス」
「そう言われても、お前デカすぎだ。庇おうにも庇いきれん」
「オォ‥‥イツモ、ソレデ、苦労、シテマス‥‥」
プロトン砲が飛来し左右に散る二人。ムーグは背後に素早く回り混みつつ拳銃を連射、ゴーレムの間接を狙う。
『凄いでしょゲトルのゴーレムちゃん! あのお方に作ってもらった特別製なの! とっても強いのぉ!』
やはり相手は巨大、そう簡単には倒れない。ムーグは内蔵型のフェザー砲に狙いを変え攻撃を続ける。
拳を振り上げ無月へと叩き付けるゴーレム。無月はそれを回避、そのまま走り続け跳躍しゴーレムの腕の付け根に大剣を叩き付ける。
刃は装甲を切り裂きゴーレムにダメージを与える。サイズ差や敵のカスタマイズを踏襲しても、無月の一撃は強烈だ。
『何‥‥何なの? 人間の癖に‥‥だから邪魔なの! だから敵なのよ!』
腕を振り回し傭兵達を薙ぎ払おうとするゴーレム。無月はそれを交わし腕を斬りつけたが、ムーグは避けられず派手に吹っ飛びビルに激突、壁を抜いて姿を消してしまった。
『消えろー! 消えてしまえー!』
同時に無数のフェザー砲が犬彦へと降り注ぐ。更にプロトン砲の光が犬彦を飲み込み、大地を薙ぎビルを溶かしていった。
『こっちは強いの! 白くて固くておっきいのーっ!』
振り返る無月。しかし犬彦は光の中からやや焦げた姿で現れ、ムーグも瓦礫を退かして立ち上がってくる。
「一張羅が焦げちまった。どうしてくれるんだ」
前髪を指先で弄りながら睨む犬彦。ムーグも服の埃を叩きながら戻ってくる。
『何なの‥‥何で死なないんだよぉおおお! 死ねよぉおお!!』
構え直し戦闘を継続する三人。ゲトルは兎に角がむしゃらに攻撃を続け、周りにお構いなしに破壊を繰り返している。
「ほう、ゲトルのゴーレム相手に引かんか‥‥それなりに手間隙も金もかけているのだがな」
戦闘を横目に確認し眉を潜めるシルバリー。マクシムはその隙に銃を放つが、老人は弾丸を手刀で薙ぎ払う。
「フン、まあ時間稼ぎになれば良い。どれ、遊んでやろうか。掛かって来い小僧、小娘」
「舐めるんじゃなくってよ!」
「行きましょう、斬子さん!」
駆け出す天莉。斬子はその背後に着き、マクシムは遠距離から射撃で二人の支援をする構えだ。
両の手を刃に見立て、銀の光を纏うシルバリー。そこから鋭く刃状のオーラを飛ばし迎撃してくる。
天莉は傘を構えながら走りそれを防御。構わず走り続け、シルバリーに肉薄する。
「ふん、どうした。大口の割に防戦一方か?」
シルバリーは舞い踊るように次々に攻撃を繰り出してくる。天莉は防御に徹して凌ぐが、次々に繰り出される銀の軌跡は目で追う事も難しい速さで、結果として防御が間に合わず身体を斬りつけられてしまう。
そこへ側面から回り混み引き金を引くマクシム。片手で攻撃をいなすシルバリー、更に天莉の影から斬子が飛び出し大斧を振り下ろす。
「‥‥遅すぎる。その程度か、小娘」
身をかわし身体を捻り、銀色の光を纏った爪先で斬子の顎を側面から蹴り飛ばすシルバリー。そのまま天莉に接近、低い姿勢から掌底を繰り出す。
「――ふんっ!」
傘で防いだ天莉だったが、何故か身体を貫く衝撃があった。傘越しに銀のオーラが爆ぜ、天莉の身体を吹き飛ばしたのだ。
「ぐぅ‥‥っ!?」
口から血を吐き膝を着く天莉。その隣では同じく斬子が息を荒らげている。
「その程度か。まだまだこんな物ではないぞ、人間。貴様らとバグアの間に如何ほどの差があるのか、たっぷりと教育してやろうではないか」
両手を背後で組みながら歩み寄るシルバリー。二人は立ち上がり再び構え直すのであった。
冷たい雨の中、息を潜めて暗がりを進むニアとキア。様々な痕跡を頼りに二人が辿り着いたのは街外れにある倉庫街であった。
幾つかの大型の倉庫が立ち並び、その内幾つかはゴーレムにより破壊されていたが、まだ破壊されていない場所もある。そしてそこには大型のトラックが副数台並び、『供給源』の配下と思しき者達が物資の積み込みを行なっていた。
「おぉー。寒い中急いで来た甲斐があったね」
小声で笑うニア。二人は貸与されたカメラを構え、様子を撮影しに入る。
動いているのは全員が武装した兵士であり、戦えない一般人のような者の姿はない。それが先に見た血の池と無関係ではないのは明らかである。
「使える者だけ‥‥そうでしょう、ね。そういうもの、ですから‥‥」
「雨ザーザー降ってて鬱陶しいなぁ。どうする、もっと近づいてみる?」
俯くキアに声をかけるニア。視界はお世辞にも良好とは言えず、距離もまだ遠い。もう少し近づけば詳細な記録も残せるだろうが‥‥。
「そう、ですね‥‥。可能な限り、情報は多い方が良いでしょうが‥‥」
「近づけば危険は増すよねー‥‥って、うわ。なんか凄いのがいる‥‥」
双眼鏡を覗き込んでいたニアが仰け反る。キアも双眼鏡を手にして再度様子を伺った。
倉庫から出てきた一つの影。黒い布で全身を覆っているが、その合間から黄色い光が漏れている。布は絶え間なく風を受けているかのように揺れ、そして何より‥‥。
「背中から触手みたいなのがいっぱい生えてる‥‥絶対人間じゃないよ」
一見すると確かに人型だが、側面から見ると明らかに人間ではない。バグアは物資の積み込みを眺め、時折指示を出しているように見える。
「あー、よく見えない! もう少し近づいてみるしかないよ!」
「‥‥止むを得ません、ね。但し‥‥交戦は回避しましょう。欲を掻いて成果が失われては、意味がありませんから‥‥」
頷き合い移動する二人。更に距離を詰め、供給源を捉える。そうしてカメラのシャッターを切った。
「こんなもんかな?」
「別働隊に連絡を取りましょう‥‥もう十分です。ここを離れて‥‥」
そうして無線機を手にしたその時である。突然バグアが振り返り二人の事を凝視した。無線機が激しいノイズを吐き出し、更に頭痛が二人を襲う。
「バレた!? 何で!?」
「‥‥茅ヶ崎さんっ!」
手を引き路地裏に飛び込むキア。耳鳴りの後、バグアは発光。数度光の瞬きを経た後、二人が先程まで立っていた場所に雷鳴が轟いた。
アスファルトのビルが平然と溶けて赤熱する様子に唖然とするニア。バグアは黒衣を剥ぎ、異形をさらしながら接近してくる。
「うわっ来た! 何でこうなるかなー!」
「走って‥‥こっちです!」
カメラからフィルムを取り出し懐に入れるニア。二人は踵を返し、元来た道を全力で走り始めた。
●望まれざる者
「おや‥‥?」
無線機から聞こえる激しいノイズに首を傾げる剛。しかし余所見をしている程の余裕は無く、直ぐに戦闘へ意識を切り替えた。
忍はレギンへ真正面から挑み、大太刀を何度も叩き付ける。レギンはマリスの銃弾を盾で防ぎつつ反撃の蹴りを繰り出しそれに応じる。
蹴りを側面に身体を捻り回避する忍。そのまま素早く足元に刃を払うが、レギンの足はそこにはない。
放った蹴りをそのままに態勢をあえて崩し空を反転。刃を回避した後大地に手を着きそのまま逆立ち状態で忍を蹴り飛ばす。
「器用ですな‥‥しかし、隙だらけです!」
二丁拳銃に持ち替えた剛はレギンが地に着いている腕を狙う。姿勢を崩しながら上下を正常に戻すレギン、そこへマリスが一気に駆け寄る。
左右の銃を連射するマリスに対しレギンは同じく左右の槍を突き出す。その間に銃身を捻じ込み、マリスは強引にガードを突破。レギンの顔面を蹴り飛ばす。
一瞬視界を覆われたレギン、その脇腹に忍の刃が突き刺さる。苦痛に表情を歪めつつ、至近距離から繰り出すマリスの銃撃を銃身を盾で弾いて逸らすレギン。
「俺は負けるわけには行かない‥‥負けない為、ただそれだけの為に戦ってきたんだ!」
微笑み背後に飛び退くマリス。懐から閃光手榴弾を零し、それをレギンの盾の内側に蹴り込む。眩い光の向こう、斧を構えた剛が突進してくる。
反応が遅れ弾き飛ばされるレギン。そこに先回りした忍が刃を振るう。これを盾で受けようとするレギンだが、遠距離からライフルに持ち替えたマリスが銃撃で盾を弾き飛ばし、忍の攻撃はガードを擦り抜けてしまう。
身体を斬りつけられるレギン。更にマリスは続けレギンの足を撃ち抜き転倒させる。
「勝負あり、ですな」
小さく息を吐く剛。レギンは忍に組み伏せられ、喉元に切っ先を突きつけられている‥‥。
「む‥‥これは?」
戦闘中に眉を潜めるシルバリー。何かに気をとられ意識が外れた瞬間、天莉は攻撃へと転じる。
屈みながら回し蹴りでシルバリーの足元を払う天莉。老人は倒れながらも受身を取りすぐさま立ち上がるが、マクシムが接近し爪を振るう。
「――今です! 斬子さん、思いっきりやっちゃって下さい!」
天莉の声を受け走る斬子。大斧に光を纏い、真正面に振り上げる。
放たれた強烈な斬撃が大地を切り裂きシルバリーを飲み込む。ギリギリまで老人を押さえ込んでいたマクシムも衝撃で転がって来た。
「だ、大丈夫ですか?」
「まあ‥‥ご覧の通りだ」
舞い上がった煙も雨で直ぐに収まっていく。渾身の力で放った連携攻撃だが、寸前で身をかわしたのか老人はすました顔で立っていた。
「そんなものか。足元を吹き飛ばすだけなら大道芸と変わらんぞ、お嬢さん」
舌打ちする斬子。天莉は息を吐いて構え直すが、シルバリーは襲い掛かってくる気配が無い。
「悪いがそれ所ではなくなった。私はここで一足先に失礼しよう」
「待ちなさい! 逃げるつもりですか!」
叫ぶ天莉。老人は背を向け、顔だけで振り返る。
「勘違いするなよぼうや。逃げるのではない‥‥見逃してやるのだ。幸運を喜べ。私は貴様らの様な連中に構っている暇はないのだよ」
大きく跳躍し、ビルの壁を蹴ってあっという間に姿を消すシルバリー。天莉は口元に手をやり思案する。
悔しいがあのまま戦っていればシルバリーの優勢は変わらなかったはず。それを突然ほっぽり出して逃げるとはどういう事なのか。
「嫌な予感がしますね‥‥」
『このぉおおお! 消えろ! 消えろ! 消えろぉおお!』
猛攻を繰り出す白いゴーレム。出鱈目な乱撃に見えるが、カスタムゴーレムの性能も相まって見た目程対処は容易ではない。しかし三人はこれに対しても今だ余力を持って対応を続けていた。
光を纏い、高速移動しながら銃撃を繰り返すムーグ。次々にフェザー砲が爆発し、使用不能に陥っていく。
『何でゲトルをいじめるの‥‥? 何でどうして! 来るな! 来るなーッ!』
巨大な拳を振り下ろすゴーレム。無月はこれを素早く回避。跳躍し、眩く光を帯びた刃を振り下ろした。
強烈な衝撃と共に揺れる巨体。剣はゴーレムの片腕を切断。着地した無月は大剣を引き摺り雨の中を走る。
「残り、三‥‥」
落下した腕を足場に跳躍する犬彦。ムーグに倣ってフェザー砲に攻撃を仕掛け、沈黙させていく。
「‥‥ま、同じ様には行かんがな」
ゴーレムの股の間を滑りながら片足を切断する無月。横に転倒したゴーレムは胸部からプロトン砲を発射する。
走る無月と入れ違いに犬彦が飛び出し槍でこれを防御。収束した光を払うとムーグが倒れたゴーレムの頭部カメラを銃弾で粉砕する。
『何、どうなってるの‥‥!?』
更に三度目の両断剣・絶を使い残ったゴーレムの足を切断する無月。最後に振り下ろしてきた腕を逆に切り払い着地する。
「コレデ、終ワリ、デス、ネ‥‥」
プロトン砲まで破壊し爆発させるムーグ。黒煙を巻き上げ、全ての攻撃手段を失ったゴーレムは沈黙している。
「うわぁ、本当に倒れてますね」
駆け寄る天莉達。犬彦は槍で肩を叩き、無表情にサムズアップする。
「腕の立つパイロットなら兎も角、あんな素人丸出しのゴーレムでどうこう出来ると思うなよ」
「アチラ、モ、終ワッタ、ヨウデス、ネ‥‥」
忍がレギンを組み伏せているのを確認し頷くムーグ。こうしてそれぞれの戦闘が終了したわけだが‥‥。
「シルバリーが途中で急に引き上げて行ったんです。もしかして、調査を行っている二人の身に何かあったのでは‥‥」
心配げに呟く天莉。と、そんな噂をしているとキアとニアの二人がこちらへ向かって来る。向かって来るのだが、ニアはキアに抱きかかえられた状態だ。
高速移動から地を滑り停止するキア。肩で息をし、背後を振り返る。
「おぉ、ご無事でしたか! しかし、ニアさんはどうされたのですか?」
「い、いやー。別にどうもしてないんで、大丈夫ですよ‥‥あはは」
心配する剛に照れくさそうに笑うニア。キアはニアをその場に下ろし、雨の滴る髪をかきあげる。
「緊急事態、でしたので‥‥」
僅かに時を巻き戻したワンシーン。追撃してくる供給源に対し逃亡を試みる二人だが、問題が一つ発生した。要するにニアの足が遅かったのである。
最初は手を引いていたキアだが、いよいよ危険が迫ってくるとニアを抱きかかえ、猛ダッシュでここまで駆け抜けてきた次第である。
「向こうも馬鹿ではないから‥‥こちらが合流したと見て、切り上げたようです、ね‥‥」
あくまで追撃してきたのは情報漏えいを防ぐ為なのだろう。本格的な交戦を避けるという動きはお互いにとって一致したメリットを生んだようだ。
「とにかく、奴の姿はバッチリこいつに収めて来ましたから!」
と、フィルムを確認して目を丸くするニア。ひっくり返してみても中身が入っていない。
「アレッ!?」
「フィルムでしたら‥‥ここに」
「あ、そうだ。逃げ切れないと思って渡したんだった‥‥あはは」
微笑むキアに苦笑するニア。そうこうしている間に無月はゴーレムの装甲を取っ払い、コックピットの中身を拝んでいた。
「これは‥‥」
眉を潜める無月。コックピットには見た事も無いような歪な形状の機械で埋め尽くされ、裸の少女がそれに飲み込まれるようにして存在している。
存在はしているが、座っているでも立っているでもない。その下半身は既に無く、ゴーレムのコックピットと一体化していたのである――。
「ゲトル!」
コックピットから引きずり出された少女に駆け寄り抱き上げるレギン。と言ってもゲトルの下半身は無数のコードでコックピットと繋がったままだが。
「ゴーレムが‥‥生命維持装置になっているようです、ね‥‥」
目を細め呟くキア。レギンは痩せ細った妹の頬を撫でながら涙を流している。
「レギン‥‥これが、あなたの選んだ道の果てです‥‥」
「ああ、わかってる。自業自得だ‥‥誰が悪いんじゃない。全部、僕の所為だ‥‥」
天莉の言葉に歯軋りするレギン。天莉は歩み寄り、傍に膝を着く。
「知っている事、話してもらえませんか? 同じ悲劇を繰り返さない為に‥‥」
俯くレギン。その手を取り、斬子は顔を寄せる。
「シルバリーも供給源もわたくし達が必ず倒しますわ。約束する。もう誰も悲しまないようにすると」
「君達は‥‥強いな。僕は‥‥」
「延命、ヲ‥‥願イ、マス、カ?」
ムーグの声に顔を上げるレギン。無月は歩み寄りレギンに強く語りかける。
「可能な限り、手は尽くします。譬え罪を犯し命に限りが在るとも‥‥。不恰好でも良い。護ると決めた存在は、最期迄護り抜け‥‥!」
「どうした。妹を守るんじゃなかったのか?」
腕組み問う犬彦。その時気絶していたゲトルが目を開いた。
「お兄様‥‥泣いてるの?」
「ゲトル‥‥」
「泣かないで、お兄様‥‥。ゲトルは‥‥お兄様に、いつも笑っていて欲しい‥‥」
皮と骨しかない手を握り締めるレギン。そうして搾り出すような声で叫んだ。
「妹を‥‥妹をっ、助けてください‥‥っ」
微笑む無月。斬子が笑顔を作り頷いた、その時。空の下何度も銃声が轟いた。
「あ‥‥う‥‥っ」
撃たれたのはゲトルとゴーレムを繋ぐ機械だ。切断された管からは血にも似た赤黒い液体が漏れ出している。
一斉に振り返る傭兵達の視線の先、銃を手にきょとんとしたマリスの姿があった。
「――なんて事をっ!!」
マリスに詰め寄る斬子。無月はすぐさまゲトルに練成治療を施すが全く効果がない。
「ゲトル‥‥ゲトル! わぁああああ!? ああっ! ああああああっ!」
亡骸を抱き狂ったように泣き喚くレギン。その額をマリスが撃ち抜くと、そのままレギンもばったりと倒れ動かなくなった。
「はい、終了〜」
殴りかかる斬子の拳を受け止め、マリスは笑みを浮かべる。
「敵を殺しただけよ。彼らの何が特別なの? 今まで貴女達が殺しまくった連中と何が違うの? そもそも本当に助けられるのかしら、あんな死に損ない。一体何を約束出来るっていうの?」
斬子を突き放し銃を収めるマリス。そうして背を向ける。
「ただ生きているだけなんて、惨めなだけよ」
立ち去るマリス。斬子はレギンへ駆け寄り叫ぶが返事はない。その姿に天莉は目をきつく瞑り拳を握り締める。
「‥‥行くぞ。まだ供給源の手掛かりが残っているかもしれない。それを調べるまで依頼は継続中だ」
腕組み黙っていた犬彦が切り出す。溜息を零し歩き出す剛、犬彦の後についていくニア。忍は死体を一瞥し刃を鞘に納め進み、ムーグは祈るような所作の後それらに続く。
無月は諦めず練成治療を続けているが、効果が無い事は本人もとっくに承知していた。斬子は死体を抱いて泣きじゃくり、天莉がその傍で斬子の肩を抱いている。
「‥‥少し違っただけでしょうに、ね‥‥」
遠巻きに眺め呟くキア。そう、それはきっとほんの些細な運命の違いだった。
誰かに縋らねば生きていけなかった弱者達。居場所を失った、世界に認められない者達。その殆どは名も知られず、救われぬまま散っていく。
だから救いの手には一も二もなく飛びつく。それがエミタという力だったのか、バグアという力だったのか‥‥違いはたったそれだけだ。
「謝罪は‥‥要りません、ね‥‥」
泣き叫ぶ斬子の姿を一瞥し歩き出す。心が軋むようなこの嫌悪すべき痛みを、彼女も同じ様に感じているのだろうか。
立ち去るキアの頬を雨の雫が伝う。それはまるで涙のように滑らかな顎のラインを流れ、アスファルトを流れる無数の雫に溶けるのであった。
この依頼の結果により、ついに『供給源』の姿を捉える事に成功。更に彼らの逃亡先に関する情報も得た事により、追撃は容易になったと言えるだろう。
傭兵達はレギン・バックルス、並びにゲトル・バックルスの抹殺に成功。供給源の護衛も残り僅かになったと言えるだろう。
長く続いた供給源とその組織を追う戦いも、ついに佳境を迎えようとしていた――。