タイトル:ファントム・ペインマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/19 08:50

●オープニング本文


「ヒイロちゃん、実はヒイロちゃんのお母さんは‥‥生きていたのよっ!」
 目を見開き片手を胸の辺りで軽く開きながら叫ぶマリス・マリシャ。ヒイロは身を乗り出しテーブルを叩いた。
「な、なんだってー!?」
 LH某所にあるカフェ。ケーキを買ってあげるからと言われほいほいついてきたヒイロはマリスと二人でお茶をしていた。
「ところでー、ヒイロのお母さんというとー?」
「ヒイロちゃんはご両親の事、ユカリ先生からなんて聞いてる?」
「んと、バグアと戦って死んだって」
「他には?」
 フォークをかじかじ考えるヒイロ。言われてみると両親の事は殆ど何も知らない気がする。
「戦争で人を殺す人だったっていうのは知ってるですよ。あと、ヒイロをおばあちゃんに預けたって」
「うーん、本当に何も知らないのねぇ。ユカリ先生が秘密にしてたのかしら」
「そのユカリ先生ってなんですかー? たまにゆってるですが」
「先生は先生よ。私、ヒイロちゃんが住んでいたあのお屋敷に一時住まわせて貰ってたの。その時ヒイロちゃんと同じ大神流っていう武術を学んだのね。いわば同門と言う事になるわ」
 目を丸くしたままケーキを食べるヒイロ。良くわかっていない感じだが、マリスも別に構わない。
「とにかく、ヒイロちゃんのお母さんは生きてるのよ。見つけるの凄く苦労したのよ〜」
「そうでしたかー。しかしヒイロはお母さんの事は何も知らないので、どういう顔をすればいいのかー」
「あら、お母さんに会いたくないの?」
 腕組み考えるヒイロ。昔は確かに会いたかったし、お母さんの居る村の子供達が羨ましかったものだ。しかしもう居ないと割り切って長年経つ。今更会いたいかどうかは微妙である。
「わかんないのです。ヒイロおばあちゃんがいたし」
「ヒイロちゃん、こっちに来なさい?」
 手招きするマリス。ヒイロはケーキを鷲づかみにして一口で平らげるとちょこちょこマリスに近づく。
 隣の席に座ったヒイロの頭を撫でるマリス。それからほっぺたについたクリームをナプキンでふき取り、そっと抱き寄せた。
「ほ〜ら、お母さんというのはこういう感じなのよ〜」
「わふぅー‥‥なんか急にお母さんに会いたくなってきました!」
 じたばたするヒイロ。それからマリスの膝の上にちょこんと座る。
「ヒイロ実はお母さんとしてみたい事が色々あったのです。あのねー、一緒にご飯作ったりご飯食べたりー。一緒に遊んだり‥‥」
 話しながら段々小さくなる声。マリスはヒイロの頭を撫でる。
「お母さん、生きていたならどうしてヒイロの事‥‥迎えに来てくれなかったのかな?」
「‥‥事情があったのよ、きっと。それも確かめればいいわ」
「ヒイロは要らない子だから、お母さんに捨てられちゃったのかもしれない。そう思うとちょっぴり怖いのです」
「ミドリはそんな奴じゃないわよ」
「みどり?」
「そう、大神水鳥。貴女のお母さんの名前よ。ミドリは私にとって姉みたいな人だった。貴女の事だって凄く可愛がってた」
 頭を撫でられながら目を瞑るヒイロ。幼い頃の夏の日、縁側に祖母と一緒に座っていた事を思い出した。
「じゃあ‥‥ヒイロ、行ってくる!」
「そう。それじゃあ私からの依頼。大神水鳥を探し出して。これは依頼の報酬、前払いね」
 旅費とおやつ代と食事代、必要そうな経費とそれから旅行の為に用意した鞄をヒイロに渡すマリス。そうして唇に指を当てる。
「それと、これはブラッドには絶対に絶対に絶対に内緒ね?」
「わふ? ないしょですか?」
「そう。もしバレたら多分、大変な事になるから‥‥気をつけて」
 声のトーンが珍しく全く冗談ではなかったので息を呑むヒイロ。秘密にする約束を確かに交わし、絡めた指を離すのであった。

「‥‥で、何で私が一緒にオオガミさんの後を着けなきゃならないのよ?」
 スキップしてお出かけするヒイロを物陰から追跡するドミニカ・オルグレン。マリスと二人でそそくさと尾行中だ。
「だって〜、心配じゃない〜」
「はじめてのお使いかっ!?」
「それに多分、ちょっと厄介な事になってるでしょうしね。ドミニカちゃん、予定通りにお願いね」
 冷や汗を流すドミニカ。マリスの依頼内容はシンプル。変装し、バグアのフリをして大神水鳥を襲え、との事だ。
 勿論演技なので実際に殺傷なんてしないしドミニカがそれを承服する筈もない。あくまでヒイロにやられるだけの役だ。
「何か意味あんのかしらねぇ‥‥」
「あっ! ほら行っちゃうわよ! 足速いんだから、あの子!」
「ホントだ速ァッ!? ちょっと、私エレクトロリンカーっていう後衛職なんだけど!? ていうかマリス、なんであんたそんな足速いの‥‥?」

 そんなこんなでやって来ました、日本某所の田舎町。ヒイロはその場所に辿り着いていた。
「ここがお母さんのハウスね‥‥」
 緊張しすぎて若干自分でも意味がわからない事を口走っている。
 そこは孤児院であった。バグアとの戦争で各地に増設された孤児院の一つで、十年程度しか歴史を持たないらしい。
 意を決し足を踏み入れるヒイロ。狭い庭で遊ぶ子供達の合間を通り、チャイムを押す。
「はーい」
 女性の声が聞こえ背筋を震わせる。ぷるぷるしながら待っていると扉が開き、どこかで見たような女性が姿を見せた。
「カイナ‥‥?」
「はい?」
「じゃ、なくて‥‥あの‥‥っ」
「あらかわいい。一人で来たの? 大人と一緒じゃないの?」
「あ、ヒイロは‥‥」
 生唾を飲み込むヒイロ。そうして声をかけようとした時だ。
「初めまして。私は大神水鳥、君は?」

「記憶喪失ぅ!?」
 草陰から様子を見ていたドミニカが声を上げる。マリスは真剣な様子で親子の対面を見つめる。
「そう、記憶喪失。そういう意味で大神水鳥はとっくの昔に死んでいるわね」
「じゃあ、あんたなんで‥‥」
「それは、あの子に決めさせるわ。ヒイロちゃん、あの子になら‥‥変えられるかもしれないから」
 呆然と立ち尽くすヒイロの背中に呟くマリス。こうして十年越しの親子の再会が幕を開けるのであった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「あーっ、ちょ、ちょっといいですか!」
 対面する母娘の間に割り込みヒイロを抱える茅ヶ崎 ニア(gc6296)。きょとーんとしているヒイロをよそに捲くし立てる。
「初めまして、私達はULTの傭兵です! 私は茅ヶ崎ニアと言います。こっちは大神ヒイロ、同じ苗字なんて偶然ですね! ちょ、ちょっと待って下さいね!」
 ヒイロを引き摺って仲間の下に戻るニア。ヒイロはきょとーんとしたまま地べたに正座している。
「いやはや、これはこれは‥‥まさかミドリさんが記憶喪失とは」
 顎に手をやる米本 剛(gb0843)。一方巳沢 涼(gc3648)は腕を組み、頷きながら涙を流している。
「何で既に泣いてるんですか?」
「ヒイロちゃん、お母さんが生きてて良かったなぁ‥‥と思ってよぉ!」
 ニアの質問に握り拳で答える涼。しかし記憶喪失と言うのは聞いていない話だ。
「記憶喪失の母親‥‥か」
 腰に手を当て呟く終夜・無月(ga3084)。上杉・浩一(ga8766)は孤児院の様子を懐かしそうに眺めている。
「待て、まだ断定するのは早い。他人の空似と言う事もあり得るだろう?」
「確かにそうですね‥‥やはり状況確認は必要でしょう」
 冷静に仲間に声をかける須佐 武流(ga1461)。それに無月も同意する。
「だな。経営者や子供達に話を聞いてみるか」
 涙を拭いてすっかり平常モードになった涼。ヒイロはまだ正座している。
「大丈夫‥‥少し、任せて貰えますか?」
「わふぅー」
 屈んでヒイロの頭を撫でる無月。ふと、武流はある事に気付く。
「さっきから何やってるんだ?」
 見ればニアは眉間に皺を寄せ汗を流しながらジェスチャーしている。
「いやぁ、ちょっと念話をば‥‥錬力的な問題で限界になりましたが」
「念話‥‥?」
「まあまあ‥‥とりあえず聞き込みに行きましょうか」

 こうして傭兵達は状況確認に動き出した。先ずは事情を説明し、孤児院の院長である男に話を聞く事にする。
「どーもどーも、これつまらない物ですが。子供達と一緒にどうぞ」
「これはご丁寧にどうも‥‥」
 院長室にて土産物を差し出す涼。男は椅子にかけ溜息を吐いた。
「何からお話しましょうか」
「彼女がどういう経緯でここに来たのか。そして今どうなのか、だな」
「話すと長くなります。もう十年になりますから‥‥」
 武流の質問に男は語り始める。
 大神水鳥はその名前以外の一切を忘れ、死に際を彷徨っていた兵士であった。
 海外にて記憶喪失で発見され数年間過ごし、自らの記憶を求めて日本へとやって来た。
「その頃私は彼女と出会いました。彼女は働き口を探していましたが、全身の傷や記憶喪失と言う事もありましたから‥‥。最初は私も雇うというよりは一時的に孤児達と同じ様に預かるつもりでいました」
 記憶は一向に戻らなかったが、水鳥は仕事を覚え孤児院に欠かせない人材になった。今では取り戻せない記憶の事は一旦置いて、子供達の為に尽力しているという。
「当時の雰囲気とか、覚えてますか?」
「ええ。上手く言えませんが、死んだような目をしていたというか。放って置けば自ら命を絶ってしまうような‥‥今ではそんな事はありませんが」
 涼の質問に眉を潜める男。無月は腕を組み考える。
「後は本人に確認してみるしか‥‥」
「あの、失礼ですが‥‥あまり無理はさせないでやって下さい。水鳥はもう十分悩み苦しんでいます。勝手な事ですが、そっとしておいて欲しいのです」
 顔を見合わせる三人。無月は笑顔を作り頷く。
「承知しています。そこでお願いがあるのですが‥‥」
 ボランティアと言う事で仕事を手伝いつつ、水鳥の様子を確認させてほしい。その提案は無事受け入れられた。

「みんなー! この傭兵のお姉ちゃんが遊んでくれるってよー!」
 庭で遊ぶ子供達に声をかけるニア。ヒイロの背中を押し笑顔を作る。
「ほら、能力者っぽいとこ見せて喜ばせてあげなさいよ、ヒイロ」
「う、うん‥‥」
 覚醒し髪の色を変えるヒイロ。普段能力者を見慣れない子供達にはそれだけで受けが良かった。
 猛然と走るヒイロを追う子供達。その様子を浩一と剛は並んで眺めている。
「‥‥俺もこんな風に遊んでもらったっけか。お袋‥‥」
「今まで意識していなかっただけで、ヒイロさんにも父母に対する想いはある筈‥‥」
 背後で手を組み呟く剛。浩一はベンチに座って腰を叩いている。
「忘れていた事をふと思い出した時、もっと辛い時もある」
「そうですな。酷かも知れませんが、あくまで答えを出すのは当人同士‥‥決めるのは御二人です」
 子供達を話すヒイロとニア。二人は子供達からも水鳥の事を聞いていた。
「水鳥先生はちょっと変わってるよね」
「うん。子供相手でもムキになるし、凄い食べるし、良く寝てるし、なんか子供より子供だよね」
 冷や汗を流すヒイロ。ニアは苦笑を浮かべている。
「でも優しくていい人だよ。一緒に遊んでくれるし」
「そっか。皆水鳥先生が好きなんだね」
 ニアの言葉に頷く子供達。ヒイロは寂しげな笑顔を浮かべている。
「水鳥さんはさ‥‥好きでヒイロを置いて行ったり、忘れてたわけじゃないと思う」
 ボールを追って走る子供達を目で追いながらニアは言う。
「きっとヒイロに会いたかったと思う。上手く言えないけど‥‥」
「うん、そうだね。ありがとう、ニアちゃん」
「まぁ、私も両親の事は良くわかんないんだけどね。偉そうな事言える立場じゃないんだなぁ」
 頬を掻き笑うニア。ヒイロはその横顔を見つめていた。

「しかし、難しいなぁ」
「記憶喪失の母親にヒイロの事を言っても混乱するだけだ。仮に記憶が戻ったとしても、あんなでかくなった娘を見せて『これがあなたの娘です』、なんて言ってもな」
「だよなぁ。そりゃ記憶が戻った方が良いんだろうが‥‥正直すぐ決められる事じゃないよな」
 頭をがしがし掻く涼。水鳥には今の生活があり、居場所がある。記憶が戻れば万事解決とは行かないだろう。
「とりあえず‥‥もう一人、話を聞かなければなりませんね‥‥」
「あー、そうだな」
 首を傾げる涼を横目に歩いていく無月と武流。涼もその背中を追うのであった。そして三人が向かった先には‥‥。

「あれ、上杉さん‥‥と、マリス・マリシャとドミニカちゃんじゃねえか。何やってんだ?」
「しー! ちょっとこっち来なさい!」
 ドミニカに物陰に連れ込まれる涼。無月と武流もそれに続く。
「不思議だな。ヒイロさんのお使いとなると、何故かこの辺りに見守っている人がいる」
「だってぇ、心配なんだもの〜」
「まったくだ。ところで、何故こんな依頼を?」
 浩一の質問に唇に指を当て黙るマリス。涼も更に声をかける。
「依頼したのはあんただろ。それに昔の水鳥さんの事も知ってるんだろ?」
 だんまりを決め込むマリス。浩一は涼の肩を叩き、一歩前へ。
「水鳥さんの記憶がどうしても必要なわけか。君の為か、大神の為か、それともブラッドさんの為か」
「ヒイロちゃんの為でもあるわ〜」
「で、何をするつもりだ? 内容によっては手伝ってやってもいいぞ」
「マジで!?」
 武流に縋りつくドミニカ。無月は苦笑を浮かべる。
「記憶を取り戻す事に繋がるのなら‥‥ですが」
「ありがとう。子供達にも危険がないようにするから〜」
 こうしてマリスの企みにも一枚噛む事になった傭兵達。情報収集を一旦切り上げ、集合して纏めに入る。

「‥‥と言う事だ。ヒイロも母親に甘えたいだろうが、悪いがそこは隠してくれ」
「そうだったですか」
「ヒイロさんはどうしたい?」
 武流に続き声をかける浩一。ヒイロは複雑な表情を浮かべている。
「急く必要は無いのです‥‥じっくりと自身の思いを整理するのですよ」
「ヒイロは‥‥ヒイロは、分らないのです」
 剛の言葉にヒイロは空を見上げる。
「愛して欲しいなんて言えないよ、それはただの我侭だから。私は誰かの幸せを壊してまで、幸せになりたいとは思わない」
「ヒイロ‥‥」
 寂しげに呟くニア。しかしその時、変装したマリスとドミニカが走ってくる。
「間が悪いなー!?」
 頭を抱え叫ぶ涼。きょとんとするヒイロを見て傭兵達は頷き合う。
「何? どうなってるの?」
 庭に出てくる水鳥。無月は冷や汗を流し、子守唄にて子供達と水鳥を眠らせた。
「ストップストーップ! 中止中止!」
 両手を振るニア。ドミニカは止まったが、しかしマリスが止まらない。剣を抜き真っ直ぐに走ってくる。
「強行する気か」
 呟く武流。剛は刀を抜き、マリスに向かって衝撃波を放つ。
「何の御用か知りませんが‥‥其れ以上進めば容赦はしませぬぞ!」
 しかしマリスはこれを剣で薙ぎ払い突破。急加速し、砂埃を巻き上げながら迫る。狙いは寝ている水鳥だ。
 振り下ろされる刃。誰より早く反応したヒイロがそれを刃で受け止める。二人が打ち合うと激しい金属音が鳴り響き、寝ていた者達が目覚め始める。
「まずいな。子供達に怪我をさせるわけにはいかんし‥‥」
 子供達を拾って運ぶ浩一。水鳥は目を覚まし目の前の様子を凝視している。
「こ、これは‥‥?」
 側面から斬りかかる剛。鍔迫り合いの状態から声をかける。
「どういうおつもりですか、これは?」
「ショック療法よ。過去の再現って所ね」
 体格差を物ともせず剛を押し返し剣を投げ捨てるマリス。そして拳銃を抜き、ヒイロに向けた。
 銃声が轟き、ヒイロは吹き飛び水鳥の足元に転がる。水鳥はヒイロを抱き上げ呆然としている。
「限度ってモンがあんでしょうが!」
 激怒し駆け寄るドミニカ。マリスに殴りかかるが受け止められてしまう。
 駆けつけた武流はマリスを掴み投げ飛ばすが完璧に受身を取り立ち上がり、マリスは走り去っていく。
「待てゴラァア!」
 追うドミニカ。もう訳がわからない。
「ヒイロちゃん!」
 駆け寄る涼。無月はそれに続きながら呟く。
「大丈夫です。緋色はちゃんと‥‥防いでいましたから」
 見れば血は流れていない。ヒイロが手を開くとそこには弾丸が握られている。
「後ろに飛びつつ‥‥ナックルでキャッチしたようですね」
「そうか、流れ弾の危険があるから‥‥」
 無月の説明にポンと手を叩く涼。とりあえず傭兵達は集まる。
「君、大丈夫!?」
 身体を起こし頷くヒイロ。水鳥は安心した様子だが片手を額に当てている。
「‥‥私、前にもこんな事が‥‥」
「無かったよ」
 呟き立ち上がる。そうして弾丸はポケットにしまいヒイロは笑う。
「そんな事は無かった。だから大丈夫だよ、ミドリさん」
 にっこりと笑い背を向けるヒイロ。そうして孤児院から出て行ってしまった。
「はぁ‥‥しょうがねぇな」
「緋色!」
 走り出す武流と無月。剛は水鳥を気遣った後丁寧に頭を下げる。
「色々とお騒がせしました。それでは失礼致します」
「え? は、はぁ」
 ぞろぞろと走り去る傭兵達。水鳥は呆然とそれを見送るのであった。

「ヒイロー!」
 走るニア。その目に飛び込んで来たのはマリスの頬を平手で打つヒイロの姿であった。
「次やったら本当に怒るよ、マリス」
 背中越しだったがヒイロが怒っているのは声で分った。
「ヒイロって怒るんだ‥‥一応人の子だったのね〜」
「感心してる場合か!?」
 頷くニアにツッコむ涼。一同はヒイロへ駆け寄る。
「緋色‥‥良かったのですか?」
「うん、ありがとう」
「ヒイロちゃんがそう言うなら‥‥いいんだけどよ‥‥」
 何とも言えない表情の無月と涼。武流は腕を組み語る。
「今の状況を良く見て出した答えなんだろ。ちゃんと冷静に考えられたな」
 優しい声に力なく微笑むヒイロ。ニアはその様子に考え込んでいる。
「バグアにみせかけて襲撃してヒイロさんにやられる‥‥か。なんだろうか、すごい懐かしい感じだ」
 頬を撫でるマリスと肩を並べる浩一。剛は眼鏡を中指で押し上げつつ溜息を一つ。
「肝を冷やしましたよ‥‥信じてはいましたが」
「ごめんなさいねぇ」
「ヒイロさんは自ら答えを出したようですな。これで少しでも胸の痞えが取れれば良いのですが‥‥」
 俯いたヒイロの横顔は前髪に隠れて見えない。剛はそれを少し不安げに眺めている。
「あの子は‥‥我慢する事に慣れすぎたのね。私とは大違いだわ」
「まったくだ。やるなら前以って言ってくれ」
「だから、言ったじゃないの〜っ」
 浩一の言葉に唇を尖らせるマリス。一方ニアは背後からヒイロの両肩に手を置き語りかけていた。
「本当にいいの? 人には会えるうちに会っといた方が良いよ?」
「いいのです。元気でいてくれれば、それで。それにヒイロはもう独りぼっちじゃないのです。皆が一緒だから、へっちゃらなのです」
 振り返りいつも通りの笑顔。ニアは優しく微笑みを返す。
「うぅ‥‥ヒイロちゃん、偉いなぁ。これからも友人の一人として、俺も傍にいるからな! どんどん頼ってくれよな!」
「何故涼君が泣いてるですか!?」
 涙で袖を濡らす涼。ぷるぷるしているヒイロを無月は抱き締め頭を撫でる。
「よく我慢しましたね‥‥」
 頭の後ろで手を組みニアは空を見上げる。そうして呟いた。
「‥‥母娘って、どんなものなんですかね?」
「簡単には切れない絆だな。この歳になってもふと思い出す‥‥そういうものだ」
 背後から返す浩一。ドミニカはニアの隣に並ぶ。
「あんたも会いに行けば? 良いもんよ、家族って」
 風が吹きニアとドミニカの髪を揺らす。こうしてヒイロは母に何も告げないまま、帰路に着くのであった‥‥。



「先生、能力者の人たちはー?」
 孤児院の庭で佇む水鳥。自らの掌を見つめ、子供の声に気付いていない。
「先生?」
「え? ああ、ごめんごめん、考え事してたわ」
 胸がざわめいていた。取り戻したかった記憶、しかしそれが戻らない理由に気付いてしまった気がした。
 恐らくそれは望んで忘れた記憶。思い出したが最後、取り返しのつかない過去。
「‥‥逃げているのね、私は」
 無理をして笑った少女の笑顔。それを見た過ぎ去りし日の記憶は、未だ蘇らないままだ‥‥。