タイトル:善悪の彼方マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/24 06:43

●オープニング本文


「――というわけで、今後はより一層注意深く動く必要があるでしょう。ブラッド・ルイスの犬に噛まれぬように」
 新たな塒、地下に広がる倉庫の一角でシルバリー・ウェイブが語りかける先、椅子に腰掛けた人影が見える。
 全身をすっぽりと灰色のボロ布で覆った人物。自分達を操る供給源と呼ばれるバグアの素顔、それをレギン・バックルスは拝んだ事が無い。
 それどころか声を聞いた事もなく、今も微動だにせず沈黙を守っているその影が本当に供給源なのか、その確信すらない。
 白髪の老人だけが彼の意思を知り、彼の指示を受け行動する。老人は振り返り、指を鳴らして笑う。
「さてレギン、貴様にも働いてもらうぞ。犬共には適度にエサをくれてやり、撹乱せねばならん」
「奴らは強い‥‥あのカイナですら倒されたんだ。僕らだけじゃ戦力不足だよ」
「案ずるな、こちらも本気を出す。これまでは有象無象の雑兵を当ててきたが、これからは丁重におもてなしするまで」
 壁に背を預けたままレギンは口を噤む。先の戦いで彼らと触れ合った事はレギンに少なからず影響を及ぼしていた。
 胸の内に僅かに灯った疑念の光。何が正義で何が悪なのか。振り上げた傲慢の剣は守るという言葉を捻じ曲げ正当化する。本当に自分が守っていたのは何だったのか。命だったのか、或いは――。
「しっかりしろレギン。カイナが死んだ以上、こちらの戦力不足は事実だ。当然、追加戦力を投入する」
「僕はカイナみたいに強くはなれないよ。あんなに真っ直ぐな気持ちで人を殺したり出来ない」
「フン、弱音か。灰原もカイナもそうだ。奴らは肝心な所で愛だの友情だの正義だの、下らん感情で足を鈍らせた。正当な実力すら発揮できず死ぬ愚か者共と同じ末路は辿るなよ」
 蔑むように笑う老人に男は拳を握り締める。
 灰原は悪人だったが、悪を体現する自分を否定する何かを求めていた。カイナは他人を愛し、慈しみ、それ以外を否定する強さを持っていた。
 自分はどうだ? 何も突き抜けてなんていない。何も全う出来ていない。中途半端な救いと妥協を求め、ぶらぶらしているだけだ。
「先ずはブラッドの犬をどうにかせねばな。レギン、あの小娘と犬と殺せ。それがお前の役割だ。今回はお前以外に――」
「ミーも同行するネー! レギンボーイ!」
 扉を開け放ち飛び込んで来たのは全身を機械で構成された人型のバグアであった。両手を広げてレギンに歩み寄る。
「ジジイ久しぶりデース。全員グッボーイにしてたですか」
「‥‥喧しいぞ、グェド・イェン」
「ノンノーン。今のミーはジライヤでーす。ジャパニーズニンジャ、ジラーイヤ!」
 どこからか取り出した赤いマフラーを首に巻きポーズを取る自称ジライヤ。それから肩を竦め周囲を眺める。
「所構わず‥‥カイナシスターズはどちら様ですか?」
「奴らなら死んだ」
「ホワイ?」
「だから死んだ。能力者に殺された」
 面倒そうに教える老人。ジライヤは機械の頭を抱え仰け反る。
「ッマイガ! ミーの友達のフレンドのカイナが‥‥!?」
「友達だったのか?」
「イエス‥‥カイナはミーに嫌な顔三つせず日本の事教えてくれました‥‥この戦いが終わったら俺、江戸時代復元するんだ‥‥」
「レギン、こいつはお前と組ませる。何を言っているのかわからんので、後は任せる」
「え、ちょ‥‥」
 二人して部屋から追い出されてしまった。廊下で項垂れているジライヤにレギンは苦笑する。
「げ、元気出してください、ね?」
「オー、サンクス御座いました‥‥。ミー許せないね。カイナ友達。機械のボディじゃ涙は流せないけど、ソウルが号泣」
 涙を拭う仕草をし、ジライヤはレギンの手を取る。
「一緒にお仕事ファイト。ミーはフリーのニンジャ‥‥仕事は完璧にやり遂げるね」
 俯くレギン。ジライヤはその顔を覗きこむ。
「ボーイ、悩みがあるなら打ち明けるがよいよ?」
「あ、いや‥‥僕は悩んでなんていない。やれるさ、ちゃんと‥‥」
 歩き出すレギン。その背中にジライヤは肩を竦めるのであった。

「‥‥で、何で貴女がいるんですの?」
 UPC本部にて怪訝な表情で腕を組む斬子。その正面にはマリス・マリシャがいい笑顔で立って居る。
「何でって、決まってるじゃない〜! 一緒に行くからよ♪」
「ブラッドめ、そう来たか‥‥」
 片手を額に当て溜息を漏らすマクシム。斬子は近寄り小声で話をする。
「どういう事ですの?」
「お前が前回やらかした事なんて奴はお見通しなんだよ。それであいつを投入してきやがったんだ」
 にこにこと笑顔を浮かべ二人を見ているマリス。斬子は彼女について、幾つか話を聞いていた。
 以前ネストリングの依頼で彼女と共闘する事になった際、ブラッドはこう言っていた。彼女はネストリングの最高戦力だ、と。
「皆殺しマリス‥‥」
「戦力としては申し分ないが‥‥これでもう、敵と話をしている余地はなくなったな。目に付く傍から片っ端に奴は皆殺しだ。相手がなんであれ、な」
 背を向けて疲れた様子に囁くマクシム。斬子はぎゅっと拳を握り、マリスの前に出る。
「マリスさん、貴女は‥‥」
「見敵必殺☆ 見敵必殺☆」
 いい笑顔に心が折れかける斬子。それでも踏みとどまる。
「わたくしは貴女の良心も信じたい。わたくしは、自分がした事を間違いだとは思わない。誰だって本当は誰かに優しくしたい筈だから」
 胸に手をやり決意を固める斬子。そこへぬっとマリスは顔を寄せる。
「ごめんなさいね。私に良心っていうものはないのよ。相手が一般人でも女でも子供でも可及的速やかにブチ殺すわ。だって‥‥」
 頬を寄せ、斬子の耳元に息を吹きかけるように囁く。
「無抵抗な弱者を一方的に強烈な暴力で抹殺する‥‥興奮するじゃない、そういうの」
 慌てて飛び退く斬子。マリスはいつも通りにこにこしているが、吹き出た冷や汗は収まらない。
 彼女が言っている弱者というのは恐らく敵の事だけではないのだ。ブラッドが許しさえすれば、斬子ですら‥‥。
「ああ。面倒な事になってきた」
 ぽつりと嘆くマクシム。真っ黒な笑顔は、既に斬子の頭に照準を合わせている――。

●参加者一覧

イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

 供給源が潜む可能性のあるアジト。山道を抜けた僅かに開けた場所にあるその小屋を傭兵達は監視し続けていた。
 夕暮れにはこの地に到着した彼らだが、マクシムによる夜襲の提案を受け、相手の様子を窺いつつ彼らはその時を待ち続けている。
「トラックにはやはり護衛がついているな。当然、奴らも襲撃を警戒しているのだろう」
 双眼鏡を覗き込んでいたマクシムが呟く。今は距離を取り木々に隠れている為感づかれてはいないが、トラック破壊の為に接近すれば見つかる可能性は高い。
「逃亡を阻止する為にも、トラックは先に破壊しておきたい所ですが‥‥」
「近づいてバレました、逃げられましたっていうのはうまくねーよな」
 米本 剛(gb0843)に続き湊 獅子鷹(gc0233)が呟く。トラックは視認出来るだけで二台。ここから遮蔽物も挟まず十二分射程の長い射撃武器であれば攻撃可能な位置にある。しかしもう一台は山小屋の傍に寄せて停車しており、車体の半分以上が隠れているのだ。
「当然、向こうのトラックにも護衛はいるだろうね」
「正直めんどくさい。しかもここに供給源はいないだろ、明らかに」
 しゃがんだままジト目で呟く犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)。見張りの数も少ないし、山小屋も文字通り小屋程度のレベルだ。先程から人の出入りも殆どないし、供給源がいるようには見えない。
「‥‥と見せかけて、実はここでしたという可能性もあるじゃろう? どちらにせよ殲滅が任務、ここで引き返すわけにもいかん」
 美具・ザム・ツバイ(gc0857)は既にやる気満々の様子。供給源だ何だはあまり興味ないらしい。
「とはいえ、初撃で敵の足を奪うは鉄則であるのじゃ。仕掛ける前に潰しておきたいのう」
「ぞろぞろ行っても発見のリスクを高めるだけだし〜、気配を消せる人がこっそり破壊すればいいんじゃないかしら〜」
 手を合わせくねくねするマリスが肩を叩いたのはイレーネ・V・ノイエ(ga4317)とキア・ブロッサム(gb1240)の二名だ。人数的にも能力的にも適任だろう。
「‥‥順当な判断だな。その役目、引き受けよう」
「では‥‥我々が先に奥のトラックを破壊します。それを合図に、皆さんは一気にもう一台を破壊‥‥後は予定通りに」
 イレーネとキアがそれぞれ頷き、得物を確認し大きく迂回して森の中からトラックに接近する。その間残りの傭兵は待機する事になった。
「斬子さん‥‥もう、大丈夫ですか?」
 顔色を窺いつつ声をかける張 天莉(gc3344)。斬子は先程から黙り込んだまま、一言も口を効いていなかった。
「へ? ええ、大丈夫ですわ。少し考え事をしていただけですの」
「きゅ〜ちゃん妹‥‥この期に及んでまだ敵の心配ですか?」
 斬子を睨むヨダカ(gc2990)の鋭い言葉。それは斬子の心中を射抜いていた。但し、半分だけ。
「心配‥‥そうですわね。心配しているのかもしれない」
「気持ちは分りますが‥‥この世の中には正解と呼べる物が皆無の問題もあります。今は心を強く持つ事です」
 剛の言葉に儚げに微笑む斬子。マリスはその様子をにこにこしながら見守っている。剛の懸念、その専らはこのマリスにあった。
 戦いに高揚を覚えるという感覚、それは剛にもある。しかしマリスが感じているモノとは違うのだと確信出来る。
「そう警戒せずとも大丈夫だろう。これからもとは言い切れんが、少なくとも今回は奴も大人しくしているさ」
 マリスを睨む剛に近づき、小声で囁く犬彦。
「今の段階で味方の頭をぶち抜くような真似はしないだろ。そんな愚行、利口なブラッドが許すとは思えない。あくまで敵の殲滅、こちらの監視が目的だろうな」
「‥‥疑り深くていけませんね、自分も。しかし‥‥杞憂で済めば良いのですが」
 警戒しておいて損はないだろう。元々気の置けない仲とはお世辞にも言えないのだ、決して不自然ではない。
 それぞれの思惑はあるが、時は止まらない。夕暮れが終わりを告げ太陽が姿を消すと、いよいよ作戦開始の時だ。
 無数の銃声が鳴り響き、イレーネとキアによるトラックへの攻撃が始まった。するともう一台のトラックを護っていた兵士達が移動を開始する。
「ガラ空きだ! さーて、今日も元気に殲滅戦と行きますかね!」
 声を上げ飛び出す獅子鷹。続々と接近する傭兵達に気付いた敵が戻ってくるが、剛が二丁拳銃でこれを牽制。その隙に美具が一気に接近、トラックのタイヤを次々に撃ち抜いていく。
「この程度じゃ止まらねーな!」
 バグア兵の銃撃を強引に突破し次々に斬りつける獅子鷹。この間に美具はトラックが行動不能になるように破壊を徹底する。
 一方、イレーネとキアもトラックの破壊に成功していた。先手を取り護衛を一部撃破した後、トラックへと攻撃を加えたのだ。
 イレーネはアサルトライフル、キアは拳銃を連射。タイヤもエンジンも破壊され、燃料に引火した結果トラックは爆発した。
「これで退路は断った。合流するぞ、ブロッサム」
「ここにも居ない‥‥彼は、どこに‥‥」
 迫る敵兵達にアサルトライフルを連射し足止めするイレーネ。キアも銃撃で応戦しつつ、二人は仲間達と合流する為移動する。
「建物からまだ敵が来るのです! 数は5!」
 バイブレーションセンサーで敵を察知し叫ぶヨダカ。小屋からは親バグア兵、それからレギンと何やら機械的な外見のバグアが一人。
「ワーオ、お祭り騒ぎでーす」
「能力者か‥‥」
 接近してきたレギンは親バグア兵を護り立ち塞がる。遅れ、バグアもノコノコ歩いてくる。
「レギンさん‥‥」
「また君達か‥‥ついていないな、僕は」
 天莉の言葉に寂しげに呟くレギン。炎を背に二人は見つめ合う。
「漸く骨のありそうな奴が出て来たな」
「うむ。心が躍るのう」
 にやりと笑う獅子鷹と美具。その進める足を斬子が片手で制する。
「‥‥少しだけ、話をさせて頂けませんか?」
 きょとんとする二人。それから顔を見合わせ腕を組む。
「おいおい、こっちは強敵と戦るのを楽しみに来てるんだぞ? 小一時間も草むらで待ってたっていうのに、そりゃあないだろ」
「ふむ‥‥まあ良い、少しだけだぞ」
 美具がそう頷くと獅子鷹も仕方なく同意する。溜息を漏らし、頭を掻きながら後退した。
「本当に少しだけだからな」
 頷く斬子。そうして敵と向かい合う。向こうもレギンが攻撃を阻止しているのか、親バグア兵も撃って来る気配が無い。
「また会ってしまったね」
 敵意とは程遠い、まるで当たり前の挨拶のようなレギンの声。天莉にはそれが不安だった。視線の先、斬子は無表情で考えを見透かす事が出来ない。
「貴方は‥‥相も変わらずその有様、ですか」
 腰に手を当てキアはレギンを見つめる。そこには言葉には出来ない複雑な想いが込められていた。
 レギンはあの時、親バグアとして生きていた人間達をキア達傭兵に引き渡した。
 投降させれば手出しはしない‥‥そう『信じた』と言えば聞こえは良い。だがそれは結局守ろうとした物を手放しただけではないか。
 キアはあの時、レギンすらも受け入れるつもりだった。しかし彼はこちらには来なかった。自分だけまだあんな所に立って居る。それがどうにも腑に落ちない。
「貴方に捨てられた方々の末路‥‥安寧の中に在るとお思いですか‥‥?」
 眉を潜めるレギン。一方、機械のバグアは大人しく正座して待機している。
「君の言う通り、僕のやった事は半端な行為だ。君達の善意を前提にした逃げの一手に過ぎない‥‥」
「では、何故‥‥? 貴方は‥‥仲間を守りたかったのではないのですか?」
「守りたいさ。出来るだけ多くを、ね」
 力を持たない民はあの街の住人だけが全てではない。まだ各地に同じ境遇の者達が居て、その一部は実際にこうして戦場に出てくる。
「君達を殺したいわけじゃない。でも役割は果たさなければ生きられない。僕が戦わなければ仲間が代わりに死ぬ。生身なら兎も角、強化人間も君達は受け入れられるのか?」
 そこまで話し、それから首を横に振り俯く。
「‥‥違うな。今のはただの大義名分。僕がここに立って居る本当の理由は‥‥」
 しかし言葉の続きはなかった。もう会話は終わりと言わんばかりに青年は構える。
「どうしても、戦うの?」
 構えずに問いかける斬子。風が吹き抜け木々がざわめくと、後には沈黙だけが残された――その時。
「‥‥じゃねぇ」
 口を挟まず黙り込んでいたヨダカ。それが拳を握り締め、顔を上げ叫んだ。
「ざっけんじゃねぇですよ! そんなに敵の命が大事ですか!? 味方の命より重いですか!?」
 振り返る斬子。ヨダカは詰め寄り片手を振るう。
「『供給源』が何故そう呼ばれているのか知らないのですか!? 奴ら自体は大した事をしなくても、奴らの行なう兵站が人を殺すのですよ!」
 そうしてレギンを指差し、敵を指差し、叫び続ける。
「あいつらの、あいつらの、あいつらの所為で! 何処かで誰かがいらぬ苦戦をして、いらぬ怪我をして、いらぬ死者が出ているのですよ!? お可哀想な強化人間様を助ける為に、何人無辜の人間を殺せば気がすむのですかっ!」
 一頻り叫ぶとヨダカは肩で息をしながら振り返る。
「あいつらを逃がすって事はそういう事なのです‥‥その責任は誰にも取れないのです。今ここであいつらを倒す事が出来る、ヨダカ達以外には」
 再びの静寂はやはり木々のざわめきが齎した。斬子は黙って斧を構える。
「‥‥そんな事は、分っていますわ。何が良くて、何が悪いのか‥‥でも、それだけでは片付けられない事もある」
 常に最善を選択する事が出来るなら、それが十全。しかし人が人である限り完全無欠は机上の空論。
「答えは戦いで出すわ。所詮わたくしも戦士、それ以外に手段はないのだから」
 いよいよ言葉は尽くした。であれば、残すは戦い。戦いのみである。互いの陣営は武器を手に、存在の権利を賭け答えを出す時が来たのだ。

「少しどころか長話だったな‥‥いい加減お待ちかねと行かせてもらおうか」
 前に出る獅子鷹。天莉、そしてキアの三人でレギンの前に立つ。
「斬子さんはあっちのバグアをお願いします。彼の相手は私達が」
 斬子を追い抜き顔だけで振り返る天莉。斬子は決意を固めたように見えるが、それでもレギンと戦わせるのは心苦しかった。
「今の斬子さんなら大丈夫だと思いますが‥‥忘れないで下さい。斬子さんが戦場に立って居る目的を」
 頷く少女に微笑を残し天莉はレギンを見据える。この敵と対峙するのは二度目。その力の片鱗は垣間見ている。
「レギンさん‥‥」
「遠慮は要らない。君達は恩人だが、僕も手加減は無しで行かせて貰う!」
 一方、傍観していたバグアも立ち上がり能力者と対峙していた。こちらは剛、美具、イレーネ、それから斬子とマクシムが対応する。
「状況に疑問がクエスチョンですが、ミーの仕事は変わらなーい」
 バグアは指を鳴らす。実際には機械なので鳴らないだろうが、どこからかそんな音がした。そして素早く三体のキメラが参集する。
「忍者キメラか。腕鳴らしには丁度良い‥‥奴らはうちとマクシムに任せろ」
 しかし、どこに待機させていたのだろうか。というか、待機してる『だけ』だったのだろうか。そんな疑問は黙殺する犬彦であった。
「イレーネちゃん、私達は〜?」
「ちゃん‥‥? 親バグア兵を殲滅しつつ、援護と言った所か。頼りにするぞ、マリシャ」
「あら、意外ね。私このチームじゃ嫌われ者だと思ったのに」
「正当な実力の評価だ。まぁ‥‥貴公の様な趣味はないが、それを言ってしまえば私も似たような物だからな」
 腕を組みコクコク頷くイレーネ。彼女にもちょっと共感してもらえない感じの趣向があるのだ。
「他人は他人、自分は自分だ」
「うふふ、ありがとう。イレーネちゃん、一緒に頑張りましょ〜ね♪」
 一方、剛と美具。二人は鋼鉄のバグアの前に立ち、視線をぶつける。
「我が名は美具、そなたらに敗北をもたらす者なり!」
「自分はGDの米本剛と申します。貴殿もさぞや名のある御仁と御見受け致す‥‥。名乗りと尋常なる勝負を願いたい!」
 二人の言葉にバグアは何か嬉しかったのか、拳を握り締め応じる。
「ソークール! ミーのネームはジライヤという名前でーす! お望み通りレッツバトル!」
 次の瞬間、一息に接近してくるジライヤ。目で追う事は出来たが、擦れ違い様の一撃は防御の遥か先に剛と美具を斬りつけた。
「なんと!?」
「速い‥‥!」
 振り返り拳銃を連射する美具。しかしジライヤの速度に照準が追いつかない。
 斬子は斧を叩きつけようとするが虚しく空を切る。ヨダカも超機械で支援するが、ジライヤは片っ端から攻撃を掻い潜っていく。
「ノンノーン。皆さんには大事な物が足りていませーん。それはー」
 再び接近し剛の斧を掻い潜る。無数の光の軌跡が闇を照らし、剛と美具にダメージを蓄積していく。
「友情勇気愛友情努力根性武士道友情不屈の精神、そして何より――!」
 取り出したクナイを連続投擲する。赤いマフラーをはためかせ、ジライヤは瞳を輝かせた。
「スピードが足りませーん!」
 実際それは事実で、ジライヤに傭兵の攻撃はまるで追いついていない。一方手数は兎も角威力は大した事のないジライヤの攻撃は剛や美具を倒すには物足りないのだが。
「動きを止めねば活路はないのう‥‥!」
「こっちには回復があるのです! 焦らず好機を窺うのですよ!」
 受けたダメージはヨダカが練成治療で回復。状況はまだまだイーブン。
 その隣、犬彦は三体のキメラと戦闘していた。飛来する手裏剣を槍を片手で回して弾き、二対の得物を構える。
「二刀流ならぬ二槍流‥‥うまくいったら犬彦式天閃二槍流戦法と名付けよう」
「そんな事より来るぞ」
 マクシムの言う通りキメラは猛然と襲いかかってくる。機動力を生かした典型的なヒット&アウェイの攻めだ。
 常に二体以上が左右から奇襲を仕掛けて来るのに対し犬彦は左右の槍でこれを捌く。ノーダメージで猛攻に耐えるが、中々反撃の機会がない。
 相手はキメラといえどもちょっとした強化人間クラスの戦闘力であり、攻撃の隙もきちんと潰してくる。三対一の状況で捉えられる程甘くはない。
「おいこらマクシム、見てないで手伝え!」
「分ってるよ」
 射撃で援護するマクシム。犬彦は二対の槍を片手ずつで高速回転させまくり、キメラの速攻に対応する。
 薙ぎ払う槍の一撃に武器ごと腕を弾かれたキメラを確認し、すかさず槍を連続で突き刺した。
「よしよし。纏めてかかって来いや」
 回転させていた槍を握り直し笑う犬彦。キメラは素直に挑発に乗り、攻撃を仕掛けていく。

 一方、レギンと戦う三人。三人がかりで次々に攻撃を繰り出すが、レギンはそれを悉く捌いて行く。
「安心したよ。簡単に倒れるような相手じゃ面白くないからな」
 太刀の峰で肩を叩きながら笑う獅子鷹。天莉はレギンを見つめ声を上げる。
「あなたは本当にこのままで良いのですか? 良いと思ってるのですか? 思ってませんよね‥‥レギンさん!」
「良い悪いじゃないんだ。僕にそれを選ぶ権利は無い」
「貴方はそうやって、また‥‥」
 唇を噛み締めるキア。銃を突きつけるその瞳には陰りが残っている。
 こんな事を続けていれば不利になるのは彼自身。それどころか、他の住民とて影響を受けるかもしれない。
「今一度だけお聞きします。後悔‥‥しません、ね?」
「‥‥ありがとう。僕には勿体無い言葉だ」
 悲しげに、しかし笑うレギン。キアは俯き誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「所詮‥‥飼われる事でしか‥‥」
 生きられない、弱者なのか。
「レギンさんの防御はかなりのモノ。倒す為には三人の連携が必要不可欠です」
「ま、それしかなさそうだね」
 天莉の言葉に頷く獅子鷹。キアも既に覚悟を決めた。後は引き金を引くのみ。
 仕掛ける天莉。獅子鷹はそのやや後方、彼を壁にする形で距離を詰める。更にキアは一気に距離を積め、レギンの側面に飛び込んだ。
 側面からの連続射撃。これをレギンは片方の盾で応じる。その間に天莉は接近、蹴りを放つ。これをレギンはもう片方の盾で防御した。
 ダメージは与えられていない。しかし天莉は身を翻しレギンの目の前で傘を開く。これが閉じた瞬間には獅子鷹の刃が追って来るのだ。
 頭目掛けて刃を振り下ろす獅子鷹。レギンはこれを盾で防ぎ蹴りを放つ。獅子鷹は刃で防ぎつつレギンの軸足を蹴りつける。しかし‥‥。
「ビクともしない!?」
 レギンは微動だにしない。キアも軸足を狙って銃弾を叩き込むが、やはり倒れる事はなかった。
 すかさず盾で殴りかかるレギン。これに天莉は割り込み、強引にレギンを弾き返し攻撃を中断させる。
「獅子鷹さん、大丈夫ですか?」
「ああ。頑丈さはともかく、攻撃は大した事ないよ」
 首を鳴らして頷く獅子鷹。しかし状況は芳しくない。
 獅子鷹とキア、二人は蹴りの軸足という弱点をきちんと狙ったし、それは成功した。それでレギンが倒れないなら、何かもう一段階策を練らなければいけないという事。
「僕は恐らく君達を倒せないだろう。だけど、君達もきっと僕を倒す事は出来ない」
「‥‥って事になるわけだ。さて、どうするかね」
 しかし万策尽きた訳ではない。AAである獅子鷹の攻撃ならレギンに傷を負わせる事が出来るかもしれない。所詮先の蹴りはただの蹴り、SES搭載の大太刀なら話は別。
「獅子鷹さんを援護します。持てる力の全てを出し切るしかありません」
 天莉の言葉に頷くキア。やる事は基本的に変わらない。再びレギンへ三人で仕掛けるのみ――。

「あらあら、苦戦しているみたいね〜」
 ジライヤの並外れた速力に翻弄される傭兵達。マリスはそれを脇見しつつ、親バグア兵を二丁拳銃で処理する。
 イレーネはマリスと共に親バグア兵達を次々に撃破して行く。マリスの力もあり、これは兎に角スムーズに終わった。最後の雑兵をアサルトライフルで倒し、イレーネは振り返る。
「よし。マリシャ、援護するぞ」
「は〜い、りょうか〜い♪」
 走る二人。その行く先ではジライヤの猛攻に耐える剛と美具の姿がある。
「くっ、こうも捉えられぬとは!」
 苦々しく呟く美具。盾で防御を試みているが、早すぎて防御が間に合わないのだ。同じ理由で剛も一方的に傷を蓄積させていた。
「駄目ですわ、攻撃が当たらない!」
 斧を空振りする斬子。彼らのダメージはヨダカが回復し続けている。まだまだ余力はあるとは言え、錬力は無尽蔵ではない。どうにか巻き返さなければなぶり殺しになる。
「おまたせ〜、援護するわよ〜」
「行くぞマシャ。奴の動きを止める」
 アサルトライフルを構えるイレーネ。マリスと共に銃弾を連射しまくり、制圧射撃を重ねて弾幕を張る。
「ノンノン、まだまだでーす」
「外れてもいいから撃ちまくるのです! とにかく動きを止めなければ勝ち目がないのですよ!」
 更に超機械で攻撃するヨダカ。剛も二丁拳銃でこれに参加、美具は一気に回り込んで側面から引き金を引く。
「ファンタスティッ!」
 斬子が放ったソニックブームを大きく跳躍し回避するジライヤ。全身の各所にあるスラスターから光を放ち、空中で出鱈目な機動を取り落下してくる。
「とりあえず回復ノーサンキューでーす」
 空中より無数のクナイを投擲するジライヤ。その狙いは後方のヨダカ。回避は不可能、盾で凌ごうと構えたヨダカの前にマリスが立つ。
 二丁拳銃を連射し飛来するクナイを片っ端から撃ち抜くマリス。更に攻撃時の僅かな硬直を傭兵達の攻撃が霞め、空中で姿勢を崩した。
「その状態なら避けられまい!」
 スライディングで真下に回り込み銃弾を放つ美具。銃弾はジライヤのスラスターに命中、妙な姿勢のまま落下してくる。
「させません! おぉおおおっ!」
 落下しつつ光の刀で攻撃するジライヤ。剛は側面から飛び込みその一撃を受け止め、そのまま体当たり気味に弾き飛ばした。
「エキサイティンッ!?」
「今じゃ、一斉攻撃!」
 全員が遠距離攻撃でジライヤを狙う。次々に攻撃を受け、更に斬子のソニックブームで派手に吹っ飛んでいく。
「ふん、どうしたその程度か? そんなしょぼい攻撃ではなく、最大の技を見せてみい?」
 にやりと笑い手招きする美具。ジライヤは立ち上がり、サムズアップする。
「承知の助‥‥ミーの本気はこれからね! イッツァショータイッ!」
 バックパックが変形、そこから急激に白い気体が大量に噴出する。見る見るうちに霧は広がり、完全ではないが視界も覆ってしまう。
「ニンジャマジック‥‥霧隠れの術!」
「来ますか‥‥! ならば、自分の『武』を示すのみ!」
 斧を構える剛。ジライヤは再び高速移動を開始する。その影は猛然と剛へ襲い掛かるが、動きは明らかに直線的である。
 すかさずカウンターで斧を振るう剛。一撃は確かにジライヤを両断したが、何故か手応えがない。
「なんと!?」
 目を見開く。薙ぎ払ったジライヤの影が消え、その向こうからジライヤが飛び出してきたのだ。要するに――。
「分身の術でーす!」
 強烈な斬撃を受け膝を着く剛。分身‥‥厳密には残像。ジライヤ自体の姿が常に揺れ、その周囲に光の膜のような物が出来ている。
「お楽しみはまだまだこれから。ラウンド2‥‥スタートでーす!」

「これは‥‥霧?」
 ジライヤが放出した霧はレギンと戦う三人にも押し寄せていた。距離がある為邪魔にはならないが、向こうの状況が変わった事は分る。
「でも今は‥‥レギンさんに集中です!」
 レギンへ駆け寄り蹴りを放つ天莉。ハイキックはレギンの頭を捉えたが、男は微動だにしない。
 すかさず入れ替わりで獅子鷹が飛び込み斬撃を繰り出す。これにはレギンも盾で応じる。傭兵の攻撃の程度は一度受ければ分る物、注意を払うべきは主に獅子鷹の攻撃。
 連続で刃を振り下ろすが、その悉くを弾かれる。獅子鷹は強く踏み込み体当たり気味にレギンを突き飛ばそうとするが、逆に片腕で弾き返されてしまう。
「崩れないか‥‥!」
 大地を滑り体勢を立て直す獅子鷹。天莉の蹴り、キアの銃撃ではレギンはろくに動じない。更に獅子鷹の攻撃を万全に警戒されては、状況はどうにも動きそうにない。
「‥‥反撃すらしないつもり、ですか?」
 キアの問いにレギンは無言で目を瞑る。正に不動の面持ちで、攻めもしなければ引きもしない。
「せめて反撃してくれば隙もつけるんだけどな」
 苛立った様子で呟く獅子鷹。こう受身に徹底されては隙なんてあるはずもない。
「とにかく攻め続けるしかないね」
 獅子鷹の言葉に頷く二人。再び三人で連携し猛攻を仕掛ける。キアは側面に回り混み銃撃、天莉と獅子鷹は入れ替わり立ち代りレギンに攻撃し続ける。
「無駄だ。君達に僕を殺す事は出来ない」
「やってみなきゃわかんねーだろ!」
 キアは足や鎧の継ぎ目を狙って銃撃を繰り返すが、やはり効果的な打撃は与えられない。天莉は傘を広げレギンの視界を塞ぎ、すぐさま入れ替わりで獅子鷹が飛び掛かっていく。
 跳躍気味に振り下ろす一撃。これをレギンは盾で防ごうとするが、獅子鷹は攻撃を中断。着地し低い姿勢から突きを放った。
「こんなのはどうよ!」
 刃が輝き、繰り出される渾身の一撃――。これをレギンは片腕の盾で受け、回転しながら切っ先を逸らして防御。そのままの勢いで獅子鷹を蹴り付けた。
「‥‥まだまだ!」
 怯まず首を薙ぐように刃を繰り出す獅子鷹。レギンはこれを屈みながら片腕で逸らし、空いた腕で獅子鷹の胸倉を掴む。すかさず足払いから押し倒すようにして獅子鷹を地に叩き付けた。
「もういいだろう。僕は勝ちたいわけじゃない。ただ負けられないだけだ。大人しく引き下がってくれないか? お互いの為にも――」

「くっ、どうなってるですか‥‥!?」
 霧の領域からはやや外れた場所に立つヨダカ。戦闘は継続している様子だが、ここからでは状況が正確に把握出来ない。
 何より仲間の位置を特定しきれないのは問題だ。練成治療を施そうにも、どこに誰がいるのかおぼろげにしか分らない。
「何やら面白そうな事になってるな」
 そこへ歩いてくる犬彦。撃破した三体のキメラをヨダカの後ろに放り投げ、肩を槍で叩きながら状況を眺める。
「バイブレーションセンサーは?」
「やってるですが、あいつ跳んだり跳ねたりして接地しない事も多いし、何より具体的にどれが誰だかまでは把握出来ないのです!」
「だよな。仕方ない、行くか」
 飛び込んでいく犬彦。一方中では傭兵達が劣勢に立たされていた。
 視界が完全に閉ざされてしまったわけではないが、先程のようにむやみやたらと遠距離攻撃を連射するのは同士討ちのリスクが高い。何とか足を止めない事には勝ち目もないが、相手の速力は更に上がっているように感じられる。
「こんな物、さっさと抜け出してしまえば良いのじゃが‥‥!」
 しかし逃げようとすれば背中から襲われる。その繰り返しでかなりダメージを受けてしまった。体中に刺さったクナイを抜きながら美具は口の端から血を流す。
「美具さん、無事ですかな?」
「なんとかの。泣き言を言うつもりはないが、正直あまり芳しくはないな」
 背中合わせに立ち周囲を警戒する美具と剛。そこへ霧の向こうから真っ直ぐ人影が向かって来るのが見える。
「待て待て、うちだ。犬彦だ」
「犬彦さんでしたか。キメラは倒したのですかな?」
「ああ。それを踏まえて一つ策がある」
「要するにー、合体すればいいのよ!」
 更に集まってきた面子の中、マリスが声を上げる。イレーネ、斬子も含め、傭兵達は背中合わせに円陣を組む。
「これで誤射の危険はないでしょ〜?」
「後は飛び掛ってきた奴を迎撃すればいい。幸い音は聞こえるしな」
 何やら周囲を駆け回っているジライヤの独特な移動音は聞こえてくる。全員が外側に得物を突き出すように構え、迎撃の準備。
「音が近づいて来たら、全力で目の前に攻撃すればいいんですわね」
「‥‥そんなあてずっぽうで大丈夫か?」
「数撃ちゃ当たるだろ」
 斬子の言葉に冷や汗を流すイレーネ。犬彦は槍を回しながら耳を澄ませている。
 僅かな静寂。その後、急に音が接近してくる。どう攻めてくるかは分らないので、タイミングを合わせて全員で攻撃を繰り出した。
「む‥‥手応えあり」
 斧を縦に振り下ろした剛が何かを弾き返した。続いて第二撃、イレーネの弾幕が引っ掛かったらしく、マリスが適当に撃った銃弾がヒットした模様。
「アンビリーバボー‥‥謎の攻略法でーす‥‥」
 更に一箇所に固まっていれば流石に仲間だと分る。バイブレーションセンサーで位置を確認したヨダカが回復を再開した為、傷も急激に癒えていく。
「こうなったら奥の手でーす!」
「むっ、来るか!?」
 身構える美具。傭兵達全員で警戒し続けるが、攻撃は中々来ない。音も聞こえないので、どこにいるのかもわからない。
「どこから来る‥‥」
 右へ左へ視線を飛ばすイレーネ。そうして暫く待ち構えていたが、段々霧が晴れて来てしまった。
「‥‥おい、まさか」
「逃げられましたな‥‥」
 霧が晴れるとそこには傭兵達の姿しかなかった。全員かっこいいポーズで立って居るが、逆にちょっと恥ずかしい。犬彦は赤面し、剛は咳払いを一つ。
 その逃亡したジライヤはレギンの傍に立っていた。獅子鷹、天莉、キアの三人で攻め切れなかったレギンは後退し傭兵達に背を向ける。
「十分時間は稼がせて貰った。これだけ殺したんだ、君達も面目は立つだろう?」
「レギンさんっ!」
 叫ぶ天莉。ジライヤが放出した霧が視界を覆い、あっという間に二人の姿は見えなくなる。風が視界を取り払えば、後には夜の静寂だけがあった。
「‥‥レギン、貴方は‥‥」
 ぽつりと呟くキア。銃を下ろし見上げた空、半分にかけた月が彼らを照らしていた。

「駄目ですね。手掛かりになりそうな物は、何も‥‥」
 その後小屋を調べてみた傭兵達だが、目ぼしい情報は手に入らなかった。敵があっさり引き上げた事から、予想はついていたが。
「うーん、ちょっと色々相性が悪かったかしらねぇ」
 口元に手をやり苦笑するマリス。ヨダカは唇を噛み締め、小石を小さく蹴り飛ばした。
「でも、手の内は分った。次は必ず倒すわ。必ず‥‥」
 傭兵達に背を向けたまま呟く斬子。ヨダカはその背中に歩み寄る。
「本当にやれるのですか? きゅ〜ちゃん妹、お前は兵士に向いてないのです。そんなだといつか大切な人を巻き込んで、最悪な死に方をする羽目になりますよ?」
 斬子は振り返らない。ヨダカはその背中から目を逸らし、立ち去っていく。
「その時になって言い訳をしても遅いのです。それを聞かせる人も、いなくなってしまうのだから」
 ヨダカを見送り斬子へ目を向ける天莉。少女は振り返らず、ただ闇の向こうを見つめ続けていた――。