タイトル:血染めの愛をマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/20 09:33

●オープニング本文


「‥‥単身こんな所に偵察とは、君は能力者か?」
 闇の中から聞こえた声に刃を向ける。そこからゆっくりと姿を見せたのは両手を挙げた青年の姿だった。
「武器を下ろしてくれないか。ご覧の通り、こっちは丸腰だ」
 睨みを利かせ、切っ先に男の姿を映す。そうして刃を下ろし、少女は眉を潜めた。
「‥‥どういうつもりですの?」
「どうもこうもないだろう? 人間同士が普通に顔を合わせたら、まずは挨拶と道理が決まっている。僕はレギン。レギン・バックルス‥‥君は?」
 怪訝な表情を浮かべ、警戒を緩めないままに少女は口を開く。
「九頭竜 斬子」
「キリコ‥‥変な名前だな」
「余計なお世話ですわ」
「いや、その通りだね。機嫌を損ねないでくれ、こっちは割と命懸けなんだ。それで、もう手を下ろしてもいいかい?」
 苦笑し、手を下ろすレギン。周囲を見渡し、手を差し伸べる。
「ここは巡回ルートの一つに差し掛かってる。立ち話していると見つかるよ。さあ、こっちに」
「ふざけないで下さる? 敵である貴方を信用するとでも?」
「僕はただ君と話がしたいだけなんだ。決して危害を加えたりしない。誓うよ」
 青年の瞳は真摯に語りかけてくる。斬子は迷った挙句その手を取り、ビルの狭間にある闇へと足を踏み入れた。
 斬子がこの街へ偵察に入ったのは、ここに彼女達が追う親バグア組織の拠点があるという情報を得たからだ。
 同じやり口で彼女は既に幾つ物拠点に踏み込み、そこに居る者達を屠って来た。中には強敵もいたし、弱者もいた。そこに見境をつける事は戦争という状況が許さなかった。
 心の中に生まれた迷いを振り払いたくて、一人で先に偵察に出た。そこでこの青年と出会った事は、斬子にとって不幸だったと言える。
「良かった。これまで僕が戦ってきた相手は、問答無用で襲い掛かってきたけど‥‥君は話が出来るらしい」
 路地裏の暗がりの下、レギンが振り返る。斬子は手にした斧から力を緩めぬまま青年を見つめる。
「君がここにいるという事は、いよいよこの街にも攻撃が行なわれるという事だろう?」
「さぁ?」
「お願いがあるんだ。この街だけは、見逃して貰えないか?」
 呆れて物も言えない。斬子が溜息を吐くと、青年は力強く歩み寄ってくる。
「この街には非戦闘員が大勢居る。例えば親が親バグアで殺された子供達とか‥‥夫の帰りを待つ妻とか。戦闘になれば、彼らも狩り出される事になる」
「なら早くこの街を出ては如何?」
「‥‥簡単に言うな。この街は『供給源』のお陰で成り立ってる。ここを出たら皆生きていけないよ」
 悔しげに首を振るレギン。そこまで来ると、斬子も話を真面目に聞き始める。
「貴方達は人類を裏切り、人類に敵対した。そして放っておけば戦火を拡散させ、また悲劇を生む。頼る所が無くても自業自得じゃない」
「本当にそう思っているのか? この戦争がどれくらいの『弱者』を生み出したと思ってる。お前達能力者は類稀な才能を持って優遇されてるが、そうじゃない奴の方が多いんだ」
「だからバグアにつくというの? 馬鹿馬鹿しい」
「毎日食う物にも、雨風凌ぐ場所にも着る物にも困って、バグアに助けてくれって言うのがそんなに馬鹿馬鹿しいか!?」
 怒声に思わずたじろぐ斬子。レギンはばつの悪い顔をし、目を反らした。
「ごめん。けど‥‥なら、人間は助けてくれるのか? 全ての弱者を救えるのか?」
「それは‥‥そんなの、無理ですわ」
「だから俺達は明日の命を繋ぐ為にバグアを頼った。それがそんなに悪いのか? 問答無用に能力者に蹴散らされて良い理由になるのか?」
「悪くは無い。けれど、正しくもない」
「俺達は供給源に言われて、物資や弾薬を運んだりするのが仕事なんだ。誓って人殺しはしてない!」
「その行いが間接的に人を殺し、人類を危機に追いやるのなら同じ事でしょう!」
 見詰め合う二人。レギンはきつく目を瞑り、壁に背を預け座り込む。
「悪い事は分かってる。けど、バグアは平等なんだ。区別はしても差別はしない。少なくとも『供給源』は働いた分だけ俺達を生かしてくれる。人間はどうだ? 偏見や差別に満ち溢れ、あれは敵、これは敵って銃を向ける。お前達能力者だって無関係じゃない」
「どういう意味?」
「バグアと戦えるお前達は、結局の所化物だ。この戦争が終われば用済みになって、大多数にもまれて消される運命だろう」
 腕を組み、俯く斬子。レギンは立ち上がり、その手を取る。
「戦いをやめろなんていわない。ただ、ここだけ見逃してくれればいいんだ。お願いだ‥‥」
 答えに詰まる斬子。ふと、そこに声が響いた。
「レギンー、どうかしたの?」
 遠くから幼い子供が数人走って来る。そうして二人を見比べて言った。
「おねーちゃん、新しい人?」
「この街じゃ新入りは下積みからなんだぜ! ちゃんと働かないとメシもらえないからな!」
「なんかきれーな服きてる‥‥いいなぁ」
 彼方此方から声をかけられ困惑する斬子。レギンは溜息を吐いて子供達を追い返す。
「こら! この人は新入りじゃなくて‥‥僕の友達だよ! お前達は持ち場につきなさい!」
「はーい。見張りにもどりまーす」
「レギン、デートしてんだ! みんなにいっちゃおー!」
 レギンが片手を振ると子供達が走り去っていく。その背中を斬子はじっと見つめていた。
「‥‥すぐに、殲滅戦が始まりますわ」
 もう目は合わせない。否、合わせられなかった。
「お願いだから‥‥逃げて」
 それだけ呟き背を向ける。逃げるように走り出し、狭間の闇を飛び出した。
 気付けば涙が零れていた。命乞いをしながら死んで行った敵を思い出した。自分のして来た事を思い出した。
 間違ったとは思わない。正しかったとも思わない。仕方がなかったと思っていた。でも、本当にそうだったのだろうか?
 漸く足を止め、空に叫んだ。ずれ始めていた何かが、決定的に食い違った気がした――。



「よくやってくれたな、レギン。敵の斥候から情報を聞き出すとは」
 某ビルの地下、レギンの前を燕尾服の老人が歩く。レギンは目を見開き叫んだ。
「ち、違う! シルバリー、僕の話を聞いていたのか!?」
「聞いていたとも。お前は敵の襲撃を速い段階で察知した。上出来な見張りだ」
 背後で手を組み、老人はレギンの前で止まる。そうして静かに見下ろしながら告げた。
「灰原の失態がここまで影響するとはな。レギン、我々はこの街から引き上げる。お前は時間を稼げ」
「この街で暮らすみんなはどうなる?」
「使えない者は置いていく‥‥が、『彼』は寛容だ。使える者は見捨てんよ。精々生き残れるように努力しろ。それがお前の役目だろう?」
 肩を叩き去っていく老人。レギンは拳を握り締め、歯を食いしばる。
「結局僕達は‥‥どこまで行っても弱者、か‥‥」
 元々選択肢など無い。やれと言われればやるしかない。
 明日生きる為に未来の全てを犠牲にした。その生き方を、悔いぬのであれば。

●参加者一覧

イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●弱者
「‥‥来てしまったか。悪いがここから先へは通せない」
 傭兵達の行く道を塞ぐレギン。その表情には哀しみの色が見て取れる。
 レギンの背後には武装した兵士達。そのどれもが物陰に隠れ、後方からレギンを援護する構え。前に立つのはレギン一人だけのようだ。
「待って! 本当に戦う以外に道はないの!?」
 胸に手を当て叫ぶ斬子。レギンは俯き応える。
「仕方ないんだ‥‥僕達は、こういう風にしか生きられない」
「確かに皆さんが生きるためにバグアに協力してたのは、まぁ仕方のない事だと思います」
 微笑を浮かべる茅ヶ崎 ニア(gc6296)。そうして親バグアの兵達を眺める。
 子供も居れば女も居る。どれも戦士という言葉からは程遠く、この場に不適格としか思えない素人ばかりだ。
「良いも悪いも無いギブアンドテイクの関係だった考えればね。だから皆さんが恩義を感じる必要は無いんですよ。現にバグアは貴方がたを見捨てようとしてるんですから」
 ニアの言葉にどよめきが広がる。
「信じられませんか? ではそうですね‥‥何だかバグアの動きが慌ただしいと思いませんか? UPCが来ると知って逃げる準備をしてるんですよ」
 不安そうに顔を見合わせる子供達。ニアは言葉を続ける。
「バグアに特に協力的だった人が姿を消してたりしてませんか? 彼らも一緒に連れて行く人間は選ぶでしょうしね」
 その言葉は的を射ている。何せここにはどう見ても素人しかいないのだから。
「皆そんな事は承知の上さ。だから僕がここに居る。『供給源』を逃がせば、シルバリーはきっと許してくれる!」
「そんな事せんでええ。彼らの受け入れ先さえあれば戦う必要はないんやろう? うちが便宜を図ったる」
 三日科 優子(gc4996)の声。レギンは眉を潜め、腕を振るう。
「いい加減な事を‥‥! それで全員助かる保証がどこにあるんだ!」
「レギンは『供給源』の情報を持っとる。LHを直すのにも人手は必要やし、宇宙で過ごす臨床も必要やろう。受け入れ先はきっとある筈や」
「そんな不確定な理由に命を賭けろと? それで誰もが僕達を許すと?」
「軍には受け入れる準備を整えて貰えるよう、帰ってから交渉する」
 歯軋りし、拳を握り締めるレギン。そうして吼えた。
「ふざけるな! もしダメだったらどうする!? 僕には皆を守る義務がある! そんないい加減なプランに乗れる訳ないだろ!」
「自分はこの様な形で親バグア派になった方々を非難するつもりはありません。誰にでも生きる権利はある、と自分は思いますしね。しかしレギンさん、ならばバグア達は確実な命の保証をしてくれると言うのですか?」
 米本 剛(gb0843)の声に目を向けるレギン。剛は人々を眺める。
「彼らもレギンさんと同じ考えですかな? 人類側は頼れないと、そう考えているのですか?」
 俯く人々。中には泣き出す者も居る。レギンは唇を噛み締めた。
「‥‥頼れないさ。頼れるのなら、とっくにそうしてる。今の人類に、全ての弱者を賄う余力なんてないんだよ」
「故に、長い物に巻かれてでも生きる‥‥と。命こそ最大の宝‥‥その考え方、確かに共感出来ます」
 みすぼらしい格好の、くすんだ目をした人々。キア・ブロッサム(gb1240)はその貪欲な姿に純粋さすら覚える。
「行いの善悪や価値など‥‥明日口にする食事の前には霞む。しかし、悲しいかな‥‥大局を見ている者に‥‥蟻の苦悩はついぞ解らず、か」
 キアは微笑み、銃を抜いた。その銃口が捉えているのは後方でライフルを抱えた一人の子供だ。
「キアさん‥‥!」
「私達に与えれている命は‥‥供給源とやらの捕捉。其方や住人の生死に関しては依頼外とも言えます、ね。素直に吐けば‥‥無駄な血を流さずに済む、という事です」
 制止する剛の言葉に目線だけを向け、キアは語る。レギンは溜息を一つ、左右の盾を構えた。
「結局お前達はそうだ。力ずくで何でも思い通りになると思うならやってみろよ」
 眉を潜め、引き金を引くキア。次の瞬間弾丸は割り込んできたレギンにあっさり弾かれていた。
 銃を構える兵達。レギンは複雑な表情を浮かべたまま、傭兵達へと走り出した。

「始まったか‥‥」
 裏通りを走りながら呟くイレーネ・V・ノイエ(ga4317)。二手に別れた傭兵達、その残りは『供給源』を探し進んでいた。
 敵は既に離脱の準備を進めているだろう。であれば当然迅速な索敵が重要となる。別働隊をレギン達の囮に使うのはマクシムのアイデアだったが、今の所は上手く事が推移しているようだ。
「流石だな、おっさん。闇討ち得意そうだしな」
「向こうの連中が馬鹿正直に説得でもしていれば好都合だ」
 犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)の言葉に無表情に応じるマクシム。と、その時彼らの前に親バグア兵が現れた。
「子供が見張りをしているのか、酷い場所だ‥‥」
 犬彦がぼやいている間に銃を構えるマクシム。引き金を引くと同時にティナ・アブソリュート(gc4189)は腕を掴み銃口を逸らした。
「相手は子供ですよ!」
「だが銃を持ってる」
「戦意はありません‥‥怯えているじゃないですか」
 逸れた銃弾は子供達が立っていた傍の壁を吹っ飛ばしていた。イレーネはマクシムを一瞥する。
「一々相手にしていてはキリがない。具体的な敵対行動を取る者以外には仕掛けないのが無難だと思うが?」
 大人しく銃を収めるマクシム。犬彦は倒れこんでいる子供の首根っこを掴み上げた。
「さて、色々吐かせるとするか」
「い、犬彦さん‥‥。大丈夫ですよ、私達はあなたを殺したくてここに来ている訳ではありませんから」
 冷や汗を流しつつ優しく語り掛けるティナ。イレーネは腕を組み逡巡、噛み砕いた質問を投げた。
「偉い人間はどの辺りに居るのか‥‥知らないか?」

●守護者
「戦意の無い人は下がって! 銃を向けるなら‥‥討ちますよ!」
 声を上げる張 天莉(gc3344)。レギンも同様に背後に語る。
「お前達は手を出すな、こいつらは僕がやる!」
 走る二人。お互いに盾を構えて衝突し、蹴りを交える。
「驚いたな‥‥僕達は似た者同士って事か」
「無抵抗な人には危害を加えません、だから――!」
 舞うように左右の盾を打ちつけるレギン。その圧力に弾かれながら天莉は叫ぶ。
「彼らはどこに行こうとしているんです? 何が狙いなんです? それさえ判ればココを潰す必要はないんです!」
「行き先が分れば君達は追ってくる! その脅威に皆を怯えさせる訳には行かない!」
「レギンさん!」
 天莉と入れ替わり、斧を叩き付ける斬子。しかしレギンは動じない。
 更に大斧を携え襲い掛かる剛。斬子と共に左右から連続攻撃を繰り出すが、レギンはそれを悉くいなして行く。
「なんと‥‥!?」
 目を見開く剛。レギンは左右に腕を振るい、二人をそれぞれ弾き返す。更にキアの銃弾を防ぎながら前進。
 ちらりと後方の一般人を見やるキア。既に武器を置いて成り行きを見守る彼らに銃を向ければレギンも動じるかもしれないが‥‥。
 舌打ちをしたのは自分の甘さを自覚しているから。こちらを見つめる幾つかの哀れな視線が、どうにも昔の自分と重なってしまう。
 銃を乱射し動きを牽制するキア。ニアは味方に練成強化を施し、キアと共に射撃を行なう。
 戦いは始まり、収まる様子もない。優子は拳を握り締め、この町に入る直前の事を思い返していた。

「そんなの、何の解決にもなりませんわ」
 優子の提案に斬子は首を横に振り、そう言った。
「何でや? 斬子の家は金持ちやし、姉は軍属‥‥コネを利用するのは悪い事やないやろ?」
「悪くはありませんわ。でも、それはあまりに無責任ではなくて‥‥?」
 何が最良か、常に考えてきた。その選択肢も、当然頭を過ぎった。だが‥‥。
「わたくしは父に、姉に誓った。傭兵になると。その覚悟の中には、こういう状況も含まれていた筈」
 家に連れ戻された時、もう一度誓ったのだ。姉に打ちのめされた時、覚悟を決めたのだ。
「多分、恐らく、他の誰かが‥‥そんな安易な救済で良いなら、こんなに苦しんだりしない。胸を張って『助ける』なんて言えない。だって、わたくしは助けられないのだから‥‥」
「斬子さん‥‥」
 俯く斬子の横顔を見つめるティナ。彼女も九頭竜玲子という人間を巻き込む事には反対していたが、斬子本人の重い言葉には声をかけあぐねてしまう。
「下らないな。お前達は何をしに戦場に来たんだ」
 腕を組み、遠巻きにマクシムが言う。
「戦いが嫌なら戦場に出るな。俺は言った筈だ、そんな奴は傭兵に向いていないとな‥‥」
 
 大型のトラックが次々に街を去っていく。その景色に辿り着いた傭兵達を燕尾服の老人が顧みる。
「なるほど、偉そうな爺さんだ」
 身構える犬彦。老人は鼻で笑い、肩を竦める。
「本当に偉いお方はとうに街の外だ。一足も二足も遅かったな」
「『供給源』‥‥あなた達は何故、カイナさん達を強化人間にしたんですか!」
「ほう? カイナを倒した者達か。あれは戦闘に関しては天才だったのだが‥‥良く殺せた物だな」
「どうしてあんな‥‥!」
「強化する事に理由等無いよ、お嬢さん。強いて言えば、優れていたからか」
 小首を傾げる老人。顎に手をやり微笑む。
「カイナは特別だが、他の二人はレギンと同じ数合わせに過ぎんよ。それでも殺されれば新しい者を見繕わねばならんから、手間と言えば手間だがね」
 老人を睨むティナ。この男は別に、死んだ者達の事等何とも思って居ないのだ。
「長話をしている暇はない。『供給源』を追撃するぞ」
 銃を構えるイレーネ。老人はそれを阻止すべく立ち塞がる。
「もう少しこの老骨と戯れて貰おうか。何なら紅茶でも煎れようかね、お嬢さん」
「遠慮しておく」
 引き金を引くイレーネ。老人は背後で手を組んだまま動き出し、攻撃を回避。そのまま突っ込んで来る。
 急接近し、手刀を繰り出す老人。犬彦はイレーネを庇い槍でそれを受け止める。
 老人の手は銀色の輝きを帯びており、手刀を受けたというのにまるで刀で斬りつけられたかの様な手応えである。
 二人が打ち合う間に斬撃を飛ばすティナ。老人はそれに同じく斬撃を放ち相殺する。
「速い‥‥!」
 銃を連射するイレーネ。老人は左右の手を高速で繰り出し、銃弾を両断しながら歩み寄ってくる。
 イレーネ、マクシム、犬彦は並んで射撃を行なう。更にティナがエアスマッシュを放つが、老人は後方に回転しながら跳び、トラックの荷台に着地する。
「逃げるのか、腰抜け」
「歳だからな、腰も抜ける。さて、追いたくば追ってくると良い」
 走り去るトラック。問題は幾つかあるトラックがバラバラの方向に進んでいく事だ。
 老人の乗ったトラックが正解かもしれないし、そうではないかもしれない。或いは供給源は別の手段で逃走した可能性もある。
「追撃は困難、か‥‥」
 銃を降ろすイレーネ。供給源にここで接触できなかった時点で、追撃不能は確定していたのだ――。
 戦闘を中断し飛び退くレギン。傭兵達を見つめ、呟く。
「供給源達はこの街を去った。僕の役目も終わりだ。そして‥‥この街に残された連中はもう、一緒には行けないだろう」
 言葉を閉ざし、逡巡し、レギンは言う。
「君達を‥‥信じてもいいか?」
「レギンさん‥‥」
 構えを解く天莉。レギンは背を向け語る。
「敵である僕達に、そうやって声をかけてくれたのは君達が始めてだった。だから‥‥ありがとう」
 走り去るレギン。取り残される人々。傭兵達は武器を下ろし、その結末を見つめるのであった。

●矛盾
「結局目的は果たせず、大量の非戦闘員を保護しただけ‥‥か」
 合流した傭兵達。イレーネは依頼の結果を端的に揶揄する。
「不満、ですかな?」
「決定事項は尊重するさ。例えそれがバグアの身の安全でも、な」
 イレーネの答えに空を見上げる剛。
 任務に従ってこそ傭兵。しかしこの結果に安堵している自分がいる事を知っている。
「自分も半端者‥‥なのでしょうね」
 しかしそれでいい。何でもかんでもただ殺せば守れる程、彼の矜持は安くないのだから。
「おーい、暇ならアジト漁るの手伝え」
 手を振る犬彦に頷き、アジトへ向かう二人。斬子は子供達の前に屈み、話を聞いている。
「ねえ、レギンはどこに行ったの? また会える?」
「‥‥会えますわ、きっとね」
 顔を見合わせ、笑顔で走り去る子供達。ティナは斬子の背中に声をかける。
「斬子さんはやっぱり優しいですね」
 振り返る斬子。ティナは後ろで手を組み、寂しげに微笑む。
「迷っても構いません、それは貴女がまだ‥‥人間である証拠です。私と違って、ね?」
 直後、乾いた音が響いた。ティナは呆然と頬に手をやり斬子を見つめる。
「そんな言い方はやめて。貴女だって、一人の人間でしょう?」
 そう語る斬子の頬には涙が伝っている。ニアは息を吐き、二人に歩み寄る。
「能力者は異形の化物、全くもってその通り。だからせめて心だけは人間らしくありたい‥‥何のために戦ってるのか分からなくなるから」
 二人の肩を叩き、優しく微笑む。
「自分を救うのも納得させるのも、自分しかいないのよ」
 様子をはらはらしながら見ていた天莉が安堵の息を吐く。そうして三人に歩み寄った。
「今抱えてる矛盾、忘れないで下さいね。敵ならば躊躇わず討つ‥‥そんな事しなくても良い世界へと変える為に」
 これが完全な解決だったのか、正解なのかどうか。キアは走り去った敵を想う。
「‥‥弱き者はもがいてこそ生きられる‥‥。貴方の仲間が明日を生きる為の最前手‥‥あると思います、よ」
 一方、優子は今後の事を思い悩んでいた。そこへマクシムが声をかける。
「ブラッドを頼るのだけは止めておけ」
「情報を得る為に保護した‥‥理屈は通ってる筈やけど?」
「あいつにそういう理屈は通用しない。笑顔で保護を引き受けた後、こいつらをどうするか分ったものか。悪い事は言わん、大人しくUPC軍に引き渡す事だな」
 頭をがしがしと掻き立ち去るマクシム。その様子からは嘘臭さは感じられなかった。

 結局保護した住人の事に関しては軍に一任する事になった。その後どうなるのかに関しては、傭兵達の関知する所ではない。
 彼らがこれからどんな扱いを受けるのか。笑顔で手を振る子供達は、レギンと再会出来る事を信じている。
 夜の風が吹く街を傭兵達は後にする。彼らが弱者にしてやれる事は、もうそこには残されて居なかった――。