●リプレイ本文
●聞き込み
窓ガラスの向こうに、雲の群がる暗い空が広がっていた。
薬の臭いが鼻を打つ、病院の個室。真田 音夢(
ga8265)は、ベッドに座っている少女を見ていた。発見当時から時間も経ち、声をかければ反応はするものの、明瞭さに欠ける。質問にも、記憶がごちゃ混ぜになっているような返答がほとんどだった。小さな身体を椅子に乗せ、音夢が様子を見ていると、廊下から声が届いた。
――たとえばね、お酒を飲んで記憶が飛んだり、混乱したりすることがあるでしょう。わりと意識は簡単に飛ぶよ。今の彼女は、酩酊状態がずっと続いているようなものなんだ。意識障害といっていいだろうね。アルコールではなく、ほかの理由があるようだけど。
担当の医師から、周防 誠(
ga7131)は話を聞き、質問をする。
「バグアの仕業・・・・ってわけではないんですかね? 随分厄介なことになってるようですが」
医師は顎に指をあて、すこし考える仕草をしながら、
――う〜ん、そっちは専門じゃないけど、噂だと、音を聞いて、って言うんでしょう? よっぽど人体を研究しないと作れないと思う。普通、音だけでなんて出来ないからね。
曖昧に答える。参考になるような、ならないような答えに、後ろでまとめた長髪を揺らし、誠は「まいったね」と小さくつぶやいた。診察でくわしい原因がわかれば、という期待があったが、研究所の聞き込みに回すことになりそうだった。
医師が業務に戻り、その姿を見送ると、音夢も病室から出てきた。その整った顔からは表情がうかがえず、誠が情報収集の具合を尋ねると、首を振って、これといってなにも得られなかったことを答えた。
病院の外へ足を向ける。その二人の足音に混じって、わずかに開いた病室のドアから、カチ、カチ、カチ……と、時計の音が響いていた。
曇った空のもと、カンパネラ学園の広場では、人の流れを見つめながら、一人の青年がため息をつく。むし暑く汗をかく天候であったが、ファッションには気を払っているらしく、涼しげながらも洒落た服装をしている。
「うーん、夜の学校に出没する謎の人形か・・・・。夜の学校ってだけでも怖いのに、そのうえ怪談っぽい噂つき」
言って、山崎・恵太郎(
gb1902)は「どうしよっかな・・・・」と憂鬱そうにつぶやいた。お化け、妖怪のたぐいを模したキメラは数いるものの、それとこれとは、やはり別のようなところがある。黒い瞳をいつもとは違う不安にくもらせていると、
「なんにしても、まずは情報収集や! どの辺りに人形が出没するのか、聞き込みや」
要 雪路(
ga6984)が、明るくそう言った。髪も瞳も輝くような赤色をした雪路の、元気で前向きな様子に、恵太郎はうなずいて見せる。
「そうだな、とにかく、まずは情報収集からしようかな」
聞き込みをする二人は、広場を行きかう学生をながめた。近場にいた女学生に恵太郎が声をかけると、すらすらと答え始めた。
――人形? ああ、例の噂のやつ。胡散臭いけど、入院した子がいるんだってね。もう一度音を聞くと直るとか、やっぱり嘘っぽいよね。丑三つ時の時刻に校舎へ入ると、時計の音が聞こえてきて人形が現れるとか聞くよ。日本の丑の刻参りとかけてるのかな。釘の音代わりに時計の音、とか。
日本で育ったのか、そのようなことを言い、女学生は「がんばって解決してね」と応援してから、女子寮のほうへ去っていった。雪路は年の高めな男性を捕まえ、話を聞く。
――依頼に出てた人形のことか。ふむ、あれのことだがな、前に似た依頼が出ていた気がするぞ。研究所の不始末だったか。あのときは引き受ける人間がいなかったようだが、まさか、研究所は対策もせず放置していたんじゃないだろうな。
噂の内容というよりも、依頼について男はぽつぽつと思い出すようにしてしゃべる。どの辺りに人形が出没するのか、ということを雪路は聞いてみたが、それについてはあまり知らないようだった。男が歩いていくのを見送りながら、雪路は聞いたことを思い返し、思案顔をしてつぶやく。
「こら、研究室のおっちゃん(かどうかは知らんけど)にも事情聞いとかなアカンね。討伐するよりは捕まえて調べてみたいところやなぁ。機械仕掛けなんか生体なんか、はたまたホンマのお化けなんか。どっちにしろ、興味あるわ。」
期待しつつ、雪路は恵太郎とともに、しばらく聞き込みを続けたが、それ以上の情報は得られなかった。ややあって、音夢と誠が広場へやってくる。情報をまとめ、研究所へ向かった。昼も過ぎたというのに空はいまだ暗かった。
●研究所にて
――時時計という。
研究員は、目をあちこちへそらしながら答える。若い。人身御供のようだ。
該当の研究所では、そこかしこから様々な音が響いていた。ときおり聞こえる絶叫は、ここの研究員が人格的にかなり問題を抱えていることを示している。音夢は変わらぬ無表情で、話を聞いていた。誠はメモ帳に、研究員の言葉を適宜書き込んでいく。
――時間に干渉する機械。そんな幻想じみた注文があったんだ。もちろん、アメコミのヒーローじゃないんだから、実際には無理だ。だから、実際の時間じゃなくて、人間の時間に対する認識を狂わせようとしてみた。その結果できたのが、あの人形、『時時計』だよ。
相変わらず目を泳がせながら、若い研究員は自分たちが作ったことを明かした。被害者も出ているというのに隠蔽の体質があることに、周囲の空気が重くなるのを感じ、まだ聞くべき事もあることを思い、辛い経験を多く積んできているゆえの機転か、雪路は「しっかし」と、わざと明るく言って、
「またけったいなモン造ったみたいやねぇ〜・・・・。どうせ造るなら、もっと萌え系で造ればええのに。なんなら超絶美少女のウチがモデルになってもええで!」
笑みを誘う。研究員は苦笑を浮かべ、もともと、人形は美少女の容姿であったと言った。
「もしかして某ローゼンな戦士を作ろうと・・・・?」
いや、と、今度こそ軽く笑いながら研究員が答えていく。雪路はさきほど、広場で男から聞いた話を思い出した。前に似た依頼があったと言うが、つまり、その美少女の容姿であったころから、研究所を抜け出し、学園内に潜んでいたのだろう。
「噂では時計のような音を聞くと記憶が戻るとかなんとか聞きましたけど?」
恵太郎が聞きこみで得た情報を研究員に尋ねると、半分はあっているよ、と研究員は答えた。
――正しくは、アラーム音を聞くと記憶が戻るんだ。ネジを巻くと鳴る仕組みになっている。時計の音だと逆効果なんだ。『時時計』は音としては時計に似た振動に乗せて催眠状態へ移し、徐々に意識レベルの低下を起こさせる。一度これにかかると、時計の音がキーとなって繰り返し、繰り返し、同じ状況に陥る。デジタルも多いけど、アナログ時計なんて、カンパネラ学園にだってあるからね。
ごくごく当たり前のように、人形のことを話していく。不謹慎という単語は頭から消えているかのようだった。生態なども含む兵器開発に関わる研究員の、誰もがそうではないだろうが、この研究所では随分と倫理観が薄れているような印象があった。
逃げたものの、ここまで自立稼動できるのは予想外だ、ということを言うところ、誠がサラサラとメモをとっていることに、まずいと感じたか、研究員は遠まわしに止めてくれと頼むが、
「情報を書き留めるのは当然でしょう? それとも、記録に残ってはまずいことでもあるんですか?」
言って、誠は探るような視線を向ける。ひきつった表情からは、いま言った言葉の多くが、学園側に報告を済ませていないことなのだろうと知れた。研究員が言葉を呑んだところで、音夢が尋ねた。
「依頼では『処理』とありましたが、たとえそれが人の手によって造られたものでも、自分の都合で壊しては可哀相です。捕獲を考えていますので、道具を用意していただきたいのですが・・・・」
メモ帳へチラと目をやり、研究員は頷いた。防音付属の箱か、停止方法を、ということを音夢が言うと、停止には特殊な措置が必要だが、ネジを巻いてしばらくは動かないと言い、けれど人形を抱えるのも傍目に悪いし、と、研究所の奥へ行き、小さな子供なら入れそうな箱を持ってきた。
――それじゃあ、処理が済んだら、人形をここに入れて持ってきてね。
懲りずに、『処理』という言葉を使い、箱を渡す。音夢は何も言わず、ただ、それを受け取った。
●夜の校舎
「昼間はなじみのある場所だけど、夜の学校って全然知らない場所みたいだ。雰囲気あるよね・・・・」
午前、三時過ぎ。夜気に浮かぶ校舎の薄ぼんやりとした様子に、恵太郎は身を震わせながら言った。校舎の辺りは、月の柔らかな光が薄っすらと包んでいるのみで、内部は真っ暗のまま、なにかがいるような雰囲気だけを放っている。どこかに、人形がいるのだろうか。
「催眠を行っているとのことですが・・・・時計の音や人形自体から発する音が原因なら耳栓しておけば何とかなりますかね」
誠は買っておいた耳栓を示しながら言った。いますぐにしては仲間の声も聞こえないだろうと判断してのことだった。恵太郎や音夢も耳栓を準備していたが、そんな三人に、夜のせいか、もともとの気質か、意気揚々と雪路が、
「催眠なんて気の持ちようでどうとでもなんねん! チクタクゆう秒針音が催眠誘導やねんな。意識を別のところに持っていって、気合で吹き飛ばしたる!」
熱く根性論を語り、
「絶対かかるんやないで! 絶対やで!」
と念を押して繰り返し言った。むしろ「かかれ」と言われているのか錯覚する勢いだった。しかし実際のところ、音で襲撃を判断できる人間がいるという点を思えば、単なる根性論ではないのかもしれなかった。
音夢は手に『【雅】提灯』を持ち、四人の周囲を照らしていた。もう片方の手には、愛猫の三毛猫を抱いている。ぼそりと、猫に語りかけるように、
「あまり、夜起きる癖はつけたくないのだけど・・・・。今日だけ・・・・特別です」
つぶやいて、校舎へ目を向けた。耳栓をつけ、そのまま四人は校舎へ入っていく。音夢の猫が三角の耳をヒクヒクと動かして、あたりの状況をうかがっているようだった。『【雅】提灯』の明かりと誠の持参してきたライトで電源を見つけ、いないと判断した先から、恵太郎は廊下の電気をつけていく。パチ、パチッ、という音の後に、ポウッ、と周囲が明るくなる。それでも静かな校舎は、それだけで雰囲気があり、教室の中から響く時計の音が、雪路の耳にはよく届いていた。AU−KVを外においてきた恵太郎は、時計の音がしてからと耳栓を手に持ち、周囲の教室の時計の音に件の人形を思い、
(「ふー、落ち着け自分。おばけや幽霊なんてものは存在しないんだ。迷信さ。だから何もあせる必要はないのさ。俺たちはただ人形を探しているだけなんだから・・・・」)
自分で自分を励まし、耳を澄ましていると、
――チク、タク、チク、タク・・・・
「うわぁっ!?」と、その特殊な響きに声をあげると同時、くらり、と、一瞬、意識が飛んだような感覚があった。猫がニャアと鳴いた。恵太郎は歯を食いしばり、急いで耳栓をする。音のしたほうに、だいたいのあたりをつけ、共に音を聞いたはずの雪路とアイ・コンタクトをした。
「この音、あっちから!」
雪路が指をさして叫ぶ。訛りがとれ、標準語になっていることに、耳栓をしたほかの三人は気づかなかった。猫だけが「みゃ?」と不審そうに鳴く。
かまわず、四人は駆けた。廊下の突き当たりを曲がったところ、蛍光灯の電源を入れると、廊下の上に、大き目の人形の姿が浮かんだ。ボロボロの姿に、精巧な笑みを貼り付けている。背中には大きなゼンマイがあった。機械的に唇が動く。
――チク、タク、チク、タク・・・・
誠と雪路が駆け出すも、雪路は、ふっ、と足が空を踏み、転びかけてしまう。いま踏み出すのは、右足か、左足か。そんな馬鹿馬鹿しい疑問が浮かぶ。今が、何時なのか。それが分からない。次第に千鳥足のような状態になっていき、上手く近づくことができなくなった。
耳栓をしている誠も、市販のものでは完全に防ぐことはできず、くらりと足がよれ、次第に自分がなにをしようとしているのか不明瞭になってきた。
「ちっ・・・・やむを得ないかっ!」
誠は手にした小太刀を自らへ刺し気付け代わりにして、痛みで催眠状態を解く。その痛みがあるうちに、ゼンマイへ手をやり、ガキッとまわす。硬くなっていた。力が入りづらく、人形の言葉もずいぶん緩慢になってきたとはいえ、至近距離では辛い。意識がぼんやりと薄れていく。
ガキッ、キリ、キリ、キリ……。
ゼンマイが、回った。遅れてきた音夢と恵太郎が、さび付いた金属に指を引っ掛けて力をこめる。じりじりと回っていき、ふらふらとしながらも雪路が加わり、ガ、キンッ、と、回りきったらしい音が響いた。
「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!」
けたたましく、少女は叫んだ。鼓膜が破れるのではないかというほどの音量。夜のカンパネラ学園に、広く響き渡った。病室まで届いただろう。寮のあちこちで電気が点くのが見える。
四人は耳を抑え、肩で息をしながら、自分の状況を思う。混乱していた記憶と意識は、正常に戻ったようだった。雪路は先ほどまでのことを思い出すと喉をゴクリと鳴らし、
「ありのまま今起こった事を話すで・・・・。時間がちょぉ前に戻った思うたら、何時の間にか標準語で喋っとった・・・・」
と呟いた。一般の催眠術のようなチャチなものでは断じてなく、関西弁が標準語になるという異例の結果で記憶を吹っ飛ばすということの恐怖の片鱗を味わうことになったのだった。
音夢は、アラームを響かせたきり動かない人形に近づいた。眠ったように目を閉じており、ピクリともしない。ゴミ捨て場に捨てられた玩具のようで、どこか、痛々しかった。音夢は人形を静かに抱き上げ、無表情ながら慈しむような眼差しを向けて髪を梳かし、顔をハンカチで拭いて、顔と洋服を綺麗にした。
「壊れた顔も治してあげたいところですが・・・・生憎道具がありませんので・・・・」
動かない人形に、申し訳なさそうな響きで、音夢は声をかける。愛情を受けられなかった音夢だからこそ、実験で使い捨てにされる人形に、思い入れるところがあったのかもしれない。ぽつりと、人形を抱いたまま、祈るようにつぶやく。
「人の形をしたものには、人の魂や想いが宿るといいます。願わくば、愛情を受けて幸せにありますように・・・・」
音夢がそうしている間に、恵太郎たちが箱を持ってきて、人形の傍らに置いた。音夢は箱の中へ人形を入れる。ケースへ入った人形は、先ほどと変わらないはずなのに、なぜだか、とても安らいだ表情をしているように見えた。