●リプレイ本文
●猫の聞き込み
曇天の空の下、数人に分かれて聞き込みを始めた。ティム・ウェンライト(
gb4274)は、一緒に行動することになった天城・アリス(
gb6830)へ、
「では、不肖者ながらお供させてくださいね」
微笑んで、そう言った。曇りの気候にさえ映える金色の長い髪が、女性のような細面とあいまって、柔和な表情を見せる。男性だというのに、優しげな青の瞳は、どこか女性的だ。
声をかけられたアリスは、こくこくと頷く。ティムとは対照的な青い髪が、さらりと揺れた。琥珀を陽に透かしたような金色の瞳には、準備していたメモ用紙が映っており、今回の依頼への意欲がうかがえた。
「ウェンライトさん、猫妖精の餌の好みや、よく出現する場所について聞き込みをしましょう」
ティムは頷き、笑顔のまま、二人で学生や教師に声をかけていく。
――猫? ああ、噂になっていたようだな。昼ごろに教室の近くでよく見るぞ。好物は学生が話しているのを聞いたな。甘味、特にケーキが好きとか。贅沢なヤツだ。
重要そうな語句を、アリスはメモしていく。そのまましばらく、聞き込みを続ける。ティムの愛想のよい態度に、順調に進み、メモが埋まる頃に集合場所へ向かった。
フェリア(
ga9011)は、ねこみみの付いたフードを頭に、ぴょこりぴょこりと、それこそ猫のように辺りへ顔を向けていた。白い肌に映えるブルーの瞳が、好奇心にうずうずしているような色を浮かべる。猫口のように、にんまりと頬をあげ、
「猫で妖精・・・・誰か、私を呼んだですか? ・・・・ふふり。ノラ猫ハンターフェリアリアン・フェリアリスティル・フェリアルとは私の事ではないのですよ!」
勢いよく、誰にとも無く叫ぶ。興奮冷めやらぬ口元に、いまだ笑みが浮かぶ。
「にゃ〜☆ 猫妖精・・・・ニャか?」
フェリアと一緒に歩いていた、アヤカ(
ga4624)は、フェリアの言葉に、語尾にニャをつけ、思い出すように呟いた。顔を上へ向け、考えるような仕草をすると、左右で結った赤の髪が、猫の髭のように垂れる。薄く緑の目を遠くへ向けたまま、
「相手は外見からは想像できないほどの強敵だと思うニャしね・・・・」
ただの猫、というのではない依頼の相手のことを、ぼんやりと呟く。
「取り敢えず、聞き込み調査を一緒にするニャ」
言うと、フェリアもそのつもりだったのか、校内の地図とペンを用意しており、聞き込みの内容を書き込む準備を整えていた。二人は頷きあい、近くの学生たちに聞いていく。
――猫妖精? 知ってる、かっわいいよね。見たのは広場だったかなぁ。あと、女子寮の近くとか。あの辺りは、いつも人がいるんだよ。ほら、依頼で遅い人や早い人とか、ね? 好物? あ、大福食べてたよ。変な猫だよねえ。撫でられたけど、抱っこしようと思ったら逃げ出したよ。外見は、虎猫かな。数? え、何匹もいるの?
フェリアは地図の広場と女子寮のエリアに丸をつけた。アヤカとともに、それからまた数人に質問をし、それから無線で他の仲間たちと連絡をとった。
「・・・・猫を生体兵器の実験体にするとはな」
カンパネラ学園の一角を、錆を含んだ低い声が通る。押し込められた怒りが、そこにはあった。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、その黒目がちの双眸で、研究所を睨むように見ていた。嫌悪と憤りの混ざり合ったような、複雑な表情。
「俺のような猫好きにとっては、何よりも辛い仕打ちだ」
吐息を漏らすように、味のある声を響かせる。真田 音夢(
ga8265)は、無表情のまま、こくりと頷いた。変化のない顔からは、なんの感情も窺えない。ただ、その茶色の瞳はかすかに揺れ、猫への強い関心が見られた。その手にある猫槍『エノコロ』も、関心の高さを示している。そんな二人の反応に、永詩火 夕(
gb6831)は友好的な笑顔を浮かべながら、
「猫妖精‥‥ですか? ああ、とても可愛らしいのですね」
と言って、目を細めた。黒い瞳が弓なりにそり、笑顔を保つ。ともに回ることになった二人を、どこか観察しているような様子があった。ただ、それとはっきり知れるほどのものでもなく、二人は依頼の話に集中していた。その途中、ちょっと用を思い出した、というようなことを言って、夕は離れていく。その話口調がスマートだったことから、ホアキンと音夢はたいした疑いもなく見送った。そうして、件の講師に話を聞く。
――罠については、主に嗅覚と視覚によっている。火薬や毒ガスだけでなく、地中に設置したものでも、状況に違和感があれば反応するんだ。燃費? 動き回るなら五時間くらいかな。それを過ぎると、明確に能力が下がるね。脱走の経緯は、はっきりとは言えないけれど、誰かがケージを開けたんじゃないかと思っている。スリープ状態にしていたからね。そうでなかったら、よほど外に出たかったのかな。
餌について聞くと、なんでもエネルギーに還元できるようになっている、という言葉だった。通常の猫の弱点にも、ある程度の耐性があるらしい。猫のことをたいして知らない人からもたかり続けていられるのは、この辺りにも理由があるのだろう。安易に餌を与えるのを聞いて、
「野良猫に、やたら滅多に餌付けをするべきではありません。人の口にするものなど、味付けが濃いですから・・・・。毒になる事もありますから」
音夢は無表情のまま、ぽつりぽつりと呟いた。「猫は1割が腎不全だとか。人から餌を与えられ続け、癖になってもよくありませんし・・・・」とさらに続ける。顔にはでないものの、よほど猫が好きなのだろう。猫妖精は猫でも実験動物だったが。
ホアキンは講師から猫妖精の檻を借り、ついでにと、実験用のラット数匹を譲り受けた。時間を見ると、なかなかいい時間だった。檻とラットの入れ物を持って、集合場所へ赴く。
●猫まっしぐら
「それではまとめますと、猫妖精の好きなものは甘味、特にケーキ。目撃された場所は、女子寮、広場、教室。女子寮には深夜から明け方が多いようですね」
アリスは、自分のメモとフェリアの地図を見比べ、そこにホアキンたちの集めてきた情報を足した。分かれて行動したのが聞いたのか、有益な情報が多く集まった。
「女子寮が夜と朝、教室が昼。となると、広場は通り道か?」
地図をみながら、ホアキンは思考する。研究所へ向かったため、学生から話は聞けなかったが、仲間が集めてきた情報をもとに、猫妖精のお散歩ルートを割り出す。
指でなぞりながら、おおまかなルートの想像をする。そのうち、あまり人目につかず、罠の仕掛けやすい場所などを見繕っていく。夕も合流し、ひとまず前段階として、いくつかのトラップで猫妖精の行動を図ってみることにした。
「じゃあ、猫妖精が好みそうな物を、いくつか購買部で買うか生徒から分けてもらおうよ」
ティムが言って、皆が頷き、思い思いに商店で必要そうなものを購入する。アリスや音夢はマタタビを入手しており、アヤカなどはマタタビ酒を薄めて水鉄砲に入れ始める。ケーキや甘味、罠に使用する道具も、すこし時間をかけて用意できた。時刻は午後一時を回っており、猫妖精は教室か広場のあたりにいるだろう。ホアキンの発案で、事前に使用することになりそうな教室に目星をつけ、捕まえやすいよう机などを端に寄せておいた。
「まず、ここに罠を設置・・・・でいいのかニャ?」
アヤカが高いところに網を張り、落ちていく仕掛けを作る。地面にはフェリスが用意したショートケーキや、ティムやアリスが比較用に買ってきた大福など。ホアキンたちが入手してきたラットなどがあった。離れたところで、双眼鏡を手に様子をうかがう。ややあって猫妖精が現れ、最も近くのケーキに舌を伸ばす。
「クケケ。貴様の自由は残り少ない。その間の最後の晩餐と思うが良いわ! とっつかまえて、もふもふしてやるわ、ぬーひゃっほー!」
フェリスがハイテンション気味に妙な笑い声と台詞を発する。美少女然としたその容姿は、コスチュームのフェアリーセットでいっそう愛らしく見えるのだが、普段の礼儀正しさとの差もあいまって、一種異様な光景だった。だが、やはり可愛かった。
――みゃあ。
猫妖精は箱に入れられていたラットを、パスッと猫パンチで一つ叩くと、それだけで倒してしまい、ゆっくりとケーキを食べ始めた。そこを狙って、アヤカが網を落とす。
――みゃあ。
猫妖精にかかった網は、しかし、その爪で易々と切り裂かれた。さすがにキメラに対抗するための生体兵器だけあり、すぐに切り抜ける。そこへアヤカは、上空からマタタビ酒をかけた。ピシャッと水が猫妖精の額で弾け、ペロペロと舐め始める。酔いのようなものはほとんどないようだった。
「猫は縄張り意識の強い生き物ですので、ケージの中が安全だと理解すれば、自分から入ってくれるかも・・・・」
そんな音夢の言葉に、素のマタタビで檻の中へ引き寄せられないかと、猫槍エノコロも駆使し、提案者の音夢やアリスが奮闘する。しゅっしゅっとボクサーのような音を響かせて猫パンチを放ち、らくらく二足歩行をこなす猫妖精。遊ぶは遊ぶのだが、いざ捕まえよう、おびき寄せようとすると、髭がひくりと震え、なかなか思い通りに行かない。
離れたところでそれを見ていた夕は、その能力に、すこし声を漏らす。右手に隠し持つものを握る手に、すこしだけ力が入った。ホアキンたちは、そんなことは知らず、作戦を続ける。仕方なく、猫妖精の前に点々と甘味を置いていき、準備した教室へ導いた。
ティムが先回りし、教室の状態を確認し、鍵の開いているような窓の鍵を閉める。そのまま椅子の一つに腰掛け、何食わぬ顔で本を広げる。しばらくすると、そこへ、並べられるケーキを初めとした甘味群を腹に収めながら、のしのしと猫妖精が現れる。
――みゃあ。
鳴き声ばかりが、子猫のように甘い。さらに奥へ誘うため、自然な動作で菓子を近くに置く。猫妖精はゆったりとした足並みで近づき、ペコリと頭を下げると、それを食べ始めた。そこで、事前に預かっておいたラットを放つ。ピクリと猫妖精が反応するかしないかのうちに、ティムは素早く外に出て、出入り口を閉じた。
「これで、弱るまでどれくらいかかるのですか?」
さっそく、ガタコンガタコンと机の散乱する音を聞き、ティムは無線でホアキンに聞いた。「五時間」という返事に、中の教室の状態を思った。使い物にならなくなるのではないか、と。ラットは机の下にでも入り、あの猫妖精の大きな身体の欠点をついているのか、激しい音が聞こえる。五時間、交替で、その音を聞くことになった。
●ウルタールの猫
もう陽も暮れかけている。ラットが活躍したのか、猫妖精が飽きたのか、教室の中は静かだ。七人は扉の前に集まり、鍵を開けて、中に入る。
油断無く周囲を見回すと、肝心の猫妖精は――
寝ていた。夕陽を受けながら、ぐい〜と身体を伸ばして目を細めている。疲れているのかどうなのかは知れないが、これなら大丈夫だろうという雰囲気が広がり、
――ヒュン。
ゆえに、それに反応できたものは、いなかった。
ニャギァァッ! という鋭い叫びがあがる。見れば、猫妖精が脚から血を流し、近くの机の上に飛び移っていた。毛を逆立て、牙をむき出しにする。
「ああ、痛いのですか? 大丈夫。すぐに何も分からなくなりますよ。首、眼球、心臓いずれも余すことなく、潰してあげますから」
薄い笑顔を顔に貼り付け、夕は赤い血に濡れたナイフを構えた。初撃、猫妖精は反応のよさで、浅手で済ませたものの、疲労している分、二撃三撃と続けば圧倒的に夕が有利だった。
突然のことに面食らうメンバーの中、再びナイフが空を裂き――途中で止まる。
音夢が、猫妖精と夕の間に立っていた。武器を構えるというのでもなく、ただ、表情を変えぬまま、栗色の瞳でじっと夕を見据える。睨みあう、というには静かすぎ、見つめあう、というには緊迫が過ぎていた。
チラと、夕が周囲へ目をやる。そうして、殺すには時機を逸したことを知る。ナイフの血を払い、仕舞った。能力者と騒ぎを起こせば、夕もただではすまないだろう。
(生きていなくては、命のやり取りが出来ませんからね)
そんなことを考え、にこやかに微笑む。彼は、彼の目的だけは、猫妖精を殺すことだった。しかし、これ以上は無意味と判断し、手を出さないことを示した。音夢は相変わらず、無表情に、けれど肩をほっと落として、猫妖精へ向き合い、その傷を見た。
――みゃあ。
猫妖精が、物問いたげに顔をあげた。髭がひくひくと揺れている。
「自由は誰にでもあるのです。実験生物にしろ、キメラにしろ・・・・。自分達の都合で捕らえたり、殺したり・・・・。そんなのはもう嫌・・・・」
――みゃあ、みゃあ。
猫妖精は、厳かに、頭を下げた。その瞳は心なしか、潤んでいたように見えた。
●猫妖精の噂
「ニャ? ニャ?」
アヤカの語尾に反応したのか、猫妖精が招き猫のようなポーズで緩い猫パンチを繰り出す。爪が服を破ることもなく、じゃれているのだと分かる。依頼に参加したものはほとんどそこに居たが、夕だけが、いつの間にか、どこかへ消えていた。
依頼どおり、猫妖精を捕獲した。それも、檻に入れるではなしに、抱き上げることさえできる。ずっしりと重量があったため、腕力的に辛いところはあったが。
「容疑者確保! 連行するとですッ!」
がっしりとフェリアが猫妖精を抱きかかえ、とてとてと歩く。ほとんど引きずっているような様子だ。だらりと身体を伸ばし、猫妖精は、みゃあと鳴く。疲れたところでアリスと代わり、いくぶん身長は高くなったが、それでもやはり猫妖精は重かった。半ばひきずるような形になり、猫妖精は、みゃあと鳴く。ティムがかたわらに寄り添い、落としそうなところをフォローし、そのまま研究所まで歩いていった。
感謝の言葉を述べる講師に、ホアキンが猫妖精の今後について、要請をする。
「できるなら普通の猫に戻してくれ。無理なら最期まで世話をして欲しい」
そうして、猫妖精を抱いている音夢へ軽く目を向ける。音夢は、さきほど、自由は誰にでもあると言った台詞の続きを言うようにして、
「私は、この子に選ばせたい」
毅然として、告げた。その茶色い瞳で、猫妖精の瞳を覗き込む。猫妖精はスタッと下りると、広場のほうを向いて、みゃあ、と鳴いた。講師が「それは、」と言いかけたところで、「なら、学園上層部に報告しよう。危険な実験体を逃がしたまま放置した。その管理責任を問われても仕方ないな」とホアキンが言う。講師は仕方なく、「・・・・検査は受けてもらうよ」というに留めた。
――みゃあ。
カンパネラ学園に、子猫のような鳴き声が響く。猫妖精の噂は、もう少し広がりそうだった。