●リプレイ本文
●初夢
ルーガ・バルハザード(
gc8043)は夢を見る・・・・それは、世界の終りの日。
最期の日を、ただ、最期まで自分らしく生きる。
それは、ルーガだけの夢ではなかったかもしれない。
●紅月
――1990年、空に赤い星が輝いた時、人類は未知の生命体からの「接触」を受ける。
もう12年が経とうとしていた
「せめて・・・・この空に我等の月を取り戻す・・・・」
最後の日の朝、終夜・無月(
ga3084)は宇宙へ向かうUPC艦を前にしていた。
紅い月への遠征をしたがる人間は多いようだった。無月は単独でも挑もうとマスドライバーやスラムジェットブースターの強奪さえ考えていたものの、あっさりと乗れてしまった。
最終便同乗者は皆、落ち着いている。宿敵を追い続けてきた無月も落ち着いていたのは、片道切符を握った瞬間から、紅月を壊すため宇宙に散る覚悟を持ってしまったからだろうか。
「月狼の名に懸けて…」
打ち上げが近づく。KVXF−08Bミカガミ『白皇 月牙極式』と共に無月は艦に乗り込んだ。
轟音。
白煙。
人類にとって、遠征軍出立のニュースが最後の日のモーニングコールになった。
●拓人
夜明け前から佐倉・拓人(
ga9970)は動いていた。
ポン、ポン、ポン・・・・。
船の発動機の音が響く。
「どうか漁船を出してください! 料理を待つ人がいるんです!」
漁船の持ち主は夜も明けぬころから迫る拓人の熱意に負けて船を出す。
佐倉・拓人は食材を求める。
(私は、家事と調理以外に取り柄がありません。せめて人を楽しませたい・・・・)
漁船の下を、ぬらりと巨大な影が横切る。拓人の右目が薄く輝き髪が20cmほど伸びた。
そうして、拓人は――釣り糸を垂れた。
●LH
宇宙は明日・・・・滅亡するんだよ! な、なんだってーーー
という台詞も冗談にならない今日。打ち切り臭い終わり方にもやもやしつつ村雨 紫狼(
gc7632)は砂嵐となったTVのチャンネルを変えるのをやめた。
(営業してる店もあっけど、日常演じないと壊れちまうからって顔してるしなあ、とてもじゃねーけど利用したくねーや)
靴を引っ掛け、紫狼は外に出る。
「仕方ない、最期の風景でも散歩がてら眺めるか!」
ラストホープを出歩く人は多く、兵舎へ向かう鐘依 透(
ga6282)の姿や朝見胡々と学園のほうへと歩いていくマルセル・ライスター(
gb4909)もあった。
風に混じって荒々しい声が耳に届いたりもする。
(トチ狂った奴が暴動起こしてんのか)
紫狼にも理解できないことではないが――
(金も権威も愛も理想も、ぜーんぶチャラになったからってさ欲望をブチ撒けるのも俺らしくないな、うん。無気力になるのもNONだね、腑抜けて死ぬのは御免だよ。・・・・うん、俺ってけっこう不真面目なんだと思ってたがな。落ち着いてるし、冷静なんだな・・・・意外だぜ)
紫狼はシャツの柄をチラと見て自分で笑う。
「お、あそこに見えるは爆食王たまこと燐たんか」
最上憐(
gb0002)はいつも通り飲食店を蹂躙していた。
「‥‥ん。メニューに。ある物。全て。特盛りで。頂戴」
テーブルの上には見るだけで腹が一杯になるほど並ぶ料理群。
「・・・・ん。宇宙が。滅びる前に。私が。全て。滅ぼして。あげる」
ごきゅり、と、憐の胃袋へと消えていく。
店のメニューを制覇すると、もう次の店へいく。
「・・・・ん。カレーを。頂戴。エベレスト盛りで。物理法則に逆らう位。大盛りで」
テーブルが埋まる大皿にたっぷりとカレーを盛らせていた。
「最期まで自分のカラーを貫いてるなあ」
紫狼が近づくと憐はカレーを流し込む。もぎゅもぎゅ・・・・ごくん。
「‥‥ん。最後位は。全力で。手加減無しで。胃が破裂する程。食べるよ」
二店の食材を滅しながら、憐は次なる獲物を求めた。
あてどもなく散歩していた紫狼は憐の手をとった。
「よーし、最期が空きっ腹なのもアレだし、憐たんを欲望のはけ口にする馬鹿が群がらんとも限らんさ、俺がエスコートしてやるよ、まあ食は道連れさ!」
●透
(アトリエさんは、初めてお邪魔した兵舎だった・・・・)
透は友人の兵舎を訪れていた。がらんとして静かだ。折り悪しくか誰もいない。どこか寂しさの漂う兵舎内を、透は歩いて回る。
(沢山の出会いがあったんだよな・・・・)
目をつむると、訪ねたばかりのころが思い浮かぶ。
これらの場所も自分も明日には消え去る。胸に迫るものは、自身の最期を悼んでるのか、この兵舎の最期を悼んでるのか。あるいは両方だろうか。
(最後まで続いた・・・・大切な縁が沢山・・・・)
訪れる兵舎はまだある。透は『白いアトリエ』を離れ『薔薇のテラス』へ向かった。
(テラスさんでは、家主さんの奇想天外料理に恐怖したり、まったりした雰囲気に和んだり)
ラストホープに来たころからなぞっていくと、沢山の思い出がある。
誰もが、そうではないか。
(足湯に浸かってノンビリしたり・・・・)
胸に何かが染みいってくる。
(縁側さんは…世界で一番大切に想う子の家で沢山のマイペースな猫さんと、一匹の寡黙で優しい犬さんがいて)
兵舎をめぐるごとに、その日その時が思い浮かぶ。
(とても、温かい場所で・・・・幸せな場所で・・・・時間があった・・・・)
そうして、透は。
(最後は・・・・)
母の墓を、目指した。
●教室にて
「最期くらいは家族と過ごそうかと思ったんだけどね。いやー。ウチの両親、もう、なんか、引くくらいラブラブしてて。妹は妹で、『風になる』って言ってどっか行っちゃうし」
精彩を欠くマルセルの様子が気になった胡々は、教室に入って話を聞いたが、
「俺は俺で、彼女に愛想尽かされるし・・・・。好き過ぎて、嫉妬し過ぎる癖に、他の女の子気になったりして・・・・。長続きしないんだよね。この土壇場で独り」
なかなかに鬱々としていた。
胡々は恋愛ごとなど分からない。かける言葉も思いつかず、缶をチビチビと飲んでいた。
「もーいっそ、刺されるくらい嫉妬されて終わりたかったなぁー」
「ふうん」
「・・・・はは。朝見先輩、刺してみる?」
冗談と胡々は笑うと、マルセルは顔を寄せる。
「いいよ。大好きな胡々に殺されるなら、それでも・・・・」
末期的な世界の雰囲気に、誤魔化されそうになった。
身体が近づき、指先が、つ、と触れた。
「目を閉じて・・・・」
言われるまま胡々は目を閉じた。
ふわり。
唇にささやかな感触と、カカオの香りが――カカオ?
「カカオを煮出ししたジュレを中に仕込んであるんだ。純粋にチョコの旨味を味わう、究極のチョコだよ」
胡々の唇にあるのはテンパリングして滑らかな舌触りにしたチョコ。
なるほど。
「ふふ。今日のおやつ、気に入った?」
にっこり微笑むマルセルに、胡々も微笑み。
拳を振り上げた。
「・・・・アレ?」
●ルーガ
血と硝煙とエミタの輝きと、愛用の刀『烈火』の光。
ルーガは耳に入る騒乱のニュースを聞きながら、戦場に向かったのだった。
今まで、ひたすらに剣の道に、戦いの道に生きてきた。
ならば、最期の日においても・・・・それ以外の選択肢があるだろうか?
ルーガは戦場に向かう、地に、空に、海に、無月のように宇宙でさえも、最後まで戦う彼らと同じように。
彼女の弟子も、きっともうそこにいるのだろう・・・・。
「・・・・」
そのことを思うルーガの表情に、苦みが走る。
大切な存在。まるで自分の「娘」のように、慈しみ育て、時には厳しく鍛えた弟子。
それなのに――あの子も、おそらくは、自ら選んで、死地に向かう。
それでよかったのか?
それを自分は望んでいるのか?
彼女が平穏の中で眠るのではなく、戦地で鮮烈に砕け散るのを・・・・。
「・・・・」
もう、ルーガには、何もかもわからなくなった。
だから、考えるのをやめた。
目に映るのは『烈火』の放つ紅い光。嗅ぎ分けられるのは、敵と味方。
使えるすべての手を使い、ルーガは無謀な戦いに挑む。
全身傷だらけになっても撤退しない、帰る場所などない。
刀をふるう腕が吹き飛んでも、地を蹴る脚が吹き飛んでも――
何かを思うよりも剣を振るうほうが、誰かに心を痛めるよりも身体に埋もる刃のほうが楽だったから、いつしか、ルーガは、ただただ『烈火』を振り続けていた。
●料理の鉄人
「冷やし担々、牛タン煮込み、土瓶蒸し、ドネルケバブ、上がり!」
ラストホープのある店が、異常な熱気に包まれていた。
アメリカ、アンデス、カリブ、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス、地中海、ナイル、アラビア、トルコ、インダス、黄河、日本。可能な限りの食文化を拓人は料理に込めていた。
「海老炒飯、トルティアタコス、紙塩寿司、特製山海盛り、上がり!」
――ざわ。
料理の並ぶ店内に緊張が走る。入り口に銀色の髪が揺れた。
「・・・・ん。匂いに。誘われて。来たよ」
憐が座る。
「・・・・ん。とりあえず。お任せで。オススメを。沢山。いっぱい。所望」
拓人は応える。
料理とは格闘技である。
「・・・・ん。拓人は。何やら。全力で張り切ってるね。鬼気迫る感じ。私も。負けずに。食べるよ」
拓人は手抜きなく作り続け、憐は休むことなく食べ続ける。
「まだまだぁ!」
自ら狩った巨大牛キメラの肉。それを一瞬のうちに切り刻み、調理する。
いまの拓人は一人にして満漢全席すら叶える。
「‥‥ん。コレが。満願全席。食べ応え。ありそうだね」
拓人と憐の戦いが熱くなる。紫狼は給仕に借り出され、厨房と憐の間を行き来していた。
だが。
拓人の真価は、お菓子にこそある。
「これが私の全力奥義『お菓子の家』です! さあ召し上がれ!」
三千世界を呑みこむ憐の前に、城めいた『お菓子の家』がそびえたった。
●告白
「本当はバレンタインに、渡したかったんだけどね」
たんこぶを撫でながら言うマルセルに、胡々は首を傾げる。
「バレンタイン?」
「ん。ドイツのバレンタインは誠実だよ。男性から女性に、本命の、成立しているカップル間でのみ、渡されるものなんだ。普通は、花束だけど・・・・」
はにかむような笑みを浮かべるマルセルに、胡々はまた雰囲気に流されそうになる。
「だから、このチョコは俺にとって特別なチョコ。・・・・胡々だけに食べてもらいたかったチョコだよ」
頬が徐々に赤くなり、胡々は返事をしようとした。
声が出ない。
「今日は俺と、ずっと一緒にいて欲しい」
真っ直ぐな瞳で見詰めるマルセルの顔が広がり――。
ドン、と扉の開く音がした。
●紅い月の終わるとき
煌く星のように敵機、味方機が爆散していく。
宇宙。紅い月を眼前に、無月たち人類とバグアが争っていた。ジェットブースターが火を吹き『白皇 月牙極式』は一直線に駆け抜ける。アサルトライフルが前進を阻むものを打ち砕き、投擲された槍のように突き進み続けた。
味方機が煌きながら散会し、敵をひきつける。防御の薄い部分へと機首を向ける。あちらこちらでパレードのように激しく輝き、宇宙の暗闇を彩っている。
M−12強化型帯電粒子加速砲が雲霞の如く集まる敵機ごと間近に迫る表層へ向けて放たれる。
閃光。
眩い輝きが晴れるより前に航空機形態から人型へと変形。押し寄せる敵に対して、中枢へ向けて旋回自在性駆使の制動で敵動きに合せた正確無比な必中攻撃及び三次元的高機動縦横無尽な移動と回避を行い、必要な状況の急停止から即旋回又は急加速で緩急駆使及び敵動きに対処
していく。敵からすれば悪夢めいた動きに、それでも、まったくの被弾なしとはいかない。
剥がれていく装甲。練剣「雪村」を抜き、中枢へと攻撃をしかける。
――眩かった。
乗りなれた愛機の中で、チカチカと点滅する光の群れを見る。敵からの攻撃であり、援護射撃であり、死んだ味方であり敵だった。爆発の群れの中で無月は『雪村』を振り下ろす。
「我が半身よ・・・・暫しの別れ・・・・」
確かな感触とともに、そこから溢れる膨大なエネルギーを察知し無月は覚悟した。
紅い月が、終わる。
●墓
「母さんの分も、皆の分も、生きられたかな・・・・僕は・・・・」
母親の墓前に、透は辿りついた。
もう夕も暮れ初め、世界の終わりは目の前だった。
しかし、恐怖感は無い。
むしろようやく終われるのか、と・・・・。
何より自分が嫌いで、人生は苦痛で、虚勢を張りながら生きてきて。
それでも今まで生きて来られたのは、一緒にいてくれた人達のおかげだった
気持ちが溢れて、気の利いた感謝の言葉さえ浮かばない
「――もう、楽になって、良いかなぁ・・・・」
ぽつりと、そんな言葉が漏れる。
(沢山の人に助けられて、僕はここまで生きてきた)
合わせる手は、震えもしていない。
(その命の責任に・・・・ちゃんと、応えられていたのかな。僕は一生懸命、生きて来れたかな?)
そうして透は近場の木に腰掛け。
息を吐く。
(最後の時を感じて安堵しているなんて駄目な人間だ)
目を閉じるとすぐに寝入る。母親に叱られる夢を見た。
土下座しながら、でも、叱られる事に安らぎを感じていた――。
昔に戻れたようで。
ただいま・・・・母さん 。
●ラストホープのある店
「・・・・ん。色々な。キメラとか。料理とか。食べられたし。意外と。良い人生だったかな」
床に倒れる拓人へ、憐は目を向ける。
「私は私の欲望のまま生きました。悔いはありません。静かに最後を迎えます」
憐はスプーンを、ころりと取り落とす。
「・・・・ん。食べながら。終焉を。迎えるのも。乙な。モノだね」
とうに限界を迎えていたのだ。憐を紫狼がソファへ移し、外を見た。
「でもさ、これでいいと思うんだ。人間とバグア、終わらん戦いなら喧嘩両成敗、両者痛み分けってのもいい」
空に、紅い月がない。
「ある意味、平和の到来だな! さあエンドロールが近いぜ、みんな笑ってまた来世ってな!」
●教室から。
マルセルの頭にフォークが四つ刺さっている。
血を流しながら床に突っ伏すマルセルに胡々は溜息をつき、その傍に寄り添い。
紅い月の失せた空を、見上げた。
終末の、そのときまで。
●宇宙
無月の意識はまだ残っていた。愛機もまだ死んではいない。
目の前に無数のデブリがあった。けれど、どれだけ探しても紅い月がなく。
ただ、巨大なクレーターのできた月があった。
微かに笑い、無月は愛機を撫で、再び、眠りに落ちる。
●戦場
ルーガがふと気づくと、辺りは夕日の紅で染まっていた。
視界も定かではない。五体のどこが無事で、どこが壊れているのだろう。
ルーガは状況を確認しようと、青い瞳を見開く。
そこに映ったのは、暮れ行く最後の太陽が照らす、暮れ往く世界の姿だった。
ルーガは「見る」。
世界が終わるその前、そのろくでもなくも美しかったその世界を。
そうして、意識を閉じていき――。
世界が終わり、長い長い初夢から目を覚ました。