タイトル:チョコが胃袋へ消えた日マスター:ジンベイ

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/22 00:06

●オープニング本文


●スイーツ大食い大会のお知らせ

担当:エリィ・ファブレス

来る2月14日、スイーツの大食い大会を催します。
依頼や戦闘でお疲れの皆様の慰安を主としておりますので、どうぞお気軽にご参加ください。
観客席も設けますので、お時間のある方はぜひお越しください。
大会ですが、一定数以上の量を食べられた方には【甘味王】の名誉のみが提出されます。
また、後日、大会日のレポートがあがります。
細かい日程については以下に記載いたします。

・記
開催日:2月14日
時間:15:00〜16:00(予定)
参加費:無料
賞品:名誉

※スイーツの作成に協力してくださる方も募集しております


●ヴァレンタイン・ウォーズ
「ヴァレンタインがく〜る〜ぞ〜。こいつはドえろい……」
「その歌やめて」
 カンパネラ学園女子寮。学園生である胡々とアリーシャは、2月も節分を越え、まもなく14日を迎えるというのに、何かしらの準備があるわけでもなく、依頼の募集を眺めながら漫然と過ごしていた。
(カップルしねしね団を結成するか)
 と、胡々も思わないでもないのだが、それほど気が乗らない。
「あー、チョコだけ的確に食べるキメラとか出ないかなー」
「逆のはあったわね。というか、あんたも恋人作ればいいじゃない」
「いや、工作とか美術とかはちょっと苦手だし」
「そういう作るじゃなくてさ、関係を作るという意味で」
「冗談だよ、馬鹿じゃないの」
「こいつっ」
 クッションで殴りかかり、しばしの間キャットファイトが行われる。
「ともかく」
 胡々は両手をあげて降参を示し、
「この行事、座して過ごしてよいものか」
「告白でもしてくればいいじゃない」
「アリーシャは本当につまらないよね。はいはい、常識人常識人」
「なにこいつ腹たつ」
「ともかく! 知能のアレな我々でダメなら、あの人に任せるしかない!」

●研究室
「話は聞かせてもらったわ」
 エリィ・ファブレスの研究室。講師であり研究員である彼女は、モニタを指し示す。
「これはいったい‥‥」
「ヴァレンタインに対抗するにはもっと興味を引くイベントがあればいい」
「そのための」
「大食い大会!!」
 画面には、色とりどりの菓子類の写真が載っている。
「学生ならば色気より食い気。食欲で恋を遠ざけるとはさすが先生!」
「食料の供給が安定している時代に食い気なんて‥‥」
「アリーシャは黙ってて」
「‥‥‥‥はあ」
 若干、引き気味のアリーシャを置いて、胡々は続ける。
「さらにチョコを食べ過ぎることによって女性はチョコを渡しづらい!」
「早速計画を進めましょう!」
 胡々はもとよりおかしいが、エリィのテンションもおかしい。
 アリーシャは、はらりと床に落ちた紙を拾った。明細書のようだが、個人のものにしては、妙に金額が大きい。どうやら、同僚に渡すチョコの発注数を、間違えていたようだ‥‥。

●参加者一覧

/ 御影 柳樹(ga3326) / 最上 憐 (gb0002) / 最上 空(gb3976) / マルセル・ライスター(gb4909) / ソウマ(gc0505) / 緋本 かざね(gc4670) / シルヴィーナ(gc5551) / 秋姫・フローズン(gc5849) / 宗助(gc5981) / アメリア・カーラシア(gc6366) / メルセス・アン(gc6380) / 浮月ショータ(gc6542) / BEATRICE(gc6758) / もちちも(gc6816

●リプレイ本文

●男たちの挽歌
(ヴァレンタインデーにチョコの大食いとは‥‥明らかに非リア充!)
 浮月ショータ(gc6542)は共感を緑の瞳に浮かべて、宗助(gc5981)へ熱い視線を送った。
 所以は、つい先ほど見つけた、大食い大会の張り紙にある。
「スイーツ大食い大会か‥‥、面白そうだな」
 スイーツが食べ放題で参加無料との記述に、宗助は大食い大会に参加申し込みを決意したのだが、
「宗助さん、これに出場するんですか?
 と、恐らくは宗助の予想以上の勢いでショータは問うた。頷けば、
(非リア充! ボクと同じ非リア充なんですね? おお、ソウルブラザー)
 勝手に解釈し、熱く手をとった。
「勿論応援に行きますよ!
「‥‥何故だか、浮月さんの言葉に悪意を感じる」
 宗助はつぶやくもショータは(‥‥バイキングもあるそうだし保存用タッパー持っていこう)などと既に考え始めているのであった。致命的な行き違いがあるようだが、しかし、当日になっても、行き違いは続くことになる。

●開催
「甘い物は無敵。一口食べれば誰でも幸せな気分になる‥‥そんな風に教えてくれた人もいましたね」
 2月14日。チラチラと粉砂糖のような雪が舞っていた。黒い髪に黒い瞳に黒い服を着た、黒猫のような少年、ソウマ(gc0505)は、大人びた微笑を浮かべ、大切な宝物を自慢するような、不思議な表情でポツリとつぶやく。彼の前には、『大食い大会会場』と朱筆された看板があった。辺りには、すでにチョコ菓子の甘やかな匂いがただよっている。
(‥‥スイーツの大食い大会、甘味王)
 横のチラシを読み込み、ふむ、と頷く。
(ヴァレンタインが悪いとは言いませんが、2月14日が近付いてくるとチョコが買いづらいんですよね。色んな種類のチョコが売り出されているので、とっても食べてみたいんですが‥‥恋にも興味ありませんし)
 微妙に眉間にしわを寄せたりため息をついたりし、最終的には肩をすくめ、「よって」と接続詞を心中でつけると、
「これは期待できそうですね」
 嬉しそうに微笑し、会場へと足を踏み入れた。
 素直に入ればよさそうなものだが、そういう性分であるらしい。楽しそうに歩く姿は、どこか猫のようであった。そんな彼の後から、会場入り口に立つ巨漢の影が一つ。ソウマが猫だとしたならば、こちらは虎であろうか。
「ふふり」
 虎男、御影 柳樹(ga3326)は、笑った。
(実は前からバレンタイン前にチョコを思う存分食べたり、いろいろやってみたいと思っていたさ)
 しかし、それには、と逆説が入る。希望が常に現実に沿うとは限らず、女性の姿で溢れかえるバレンタインコーナーを思い、(この時期大量に出てくる高級チョコをあの中をかいくぐり全種コンプとかは流石に‥‥)と柳樹は目を細めた。
「そういうわけで今回は好きなだけ頂くさ〜」
 大食いRIKISIの称号をもって、柳樹は会場へと乗り込んでいった。

●調理場の風景
「チョコといったらドイツ、ドイツ料理と言ったらこの俺、マルセル・ライスター! 世界一のチョコ消費産出国の名にかけて、超絶スゥイーツをこさえてやります!」
 意気込むマルセル・ライスター(gb4909)は、まるでそういう機械であるかのように次々と菓子を作っていく。ケーキを中心に、クッキーやドーナツなど幅広く、普段以上の頼もしさを発揮した。ただし、その服装は半ズボンであるせいか、正面からは裸エプロンのように見え、一見して、妖しく、同時に怪しい少年であった。
 秋姫・フローズン(gc5849)は、誰よりも早く調理場に入り、準備をしていた。用意されていた果物を選りすぐり、タルトなどを作る前段階から念を入れている。白い肌に青い髪と、淡い色合いの彼女に、イチゴやオレンジの鮮やかな色が妙に映えていた。あるいは、親友であるアメリア・カーラシア(gc6366)との対比にも似ていた。
「下ごしらえ‥‥終了‥‥です‥‥」
 タルトの下地を作り、あるいはクッキーの生地を作りした秋姫は、ふう、と一息をつく。
 大会ということもあって、量が多いため、
「狼の誇りにかけて頑張りますですよ!」
 とやってきたシルヴィーナ(gc5551)の手も借りて、マルセルらと共に焼きに入る。
 既に立ち込めている甘い匂いに、シルヴィーナは鼻をひくつかせて、
「わんっ! 甘いものが食べ放題なのです!
 チロリと、唇を舐める仕草をした。狼の耳と尻尾をつけているせいか、それらしく見える。シルヴィーナは頼まれた端からオーブンへ突っ込み、あるいは皿を出し、あるいは新たな材料などを持ってきたりした。
「わんっ! どうぞ、なのです!」
 内の一つを、BEATRICE(gc6758)へ渡す。
 ラストホープへ来て間もなく、銀髪青眼、腰まで届く長いストレートの髪が目を引く彼女は、
(LHに来てからほとんど何もしていないので、たまにはイベントの手伝いでもして人の役に立とうかな‥‥)
 という思いを抱えつつ、教本を片手にチョコを溶かしている。
(料理はあまりしたことないですけど‥‥マニュアル通りにきっちり作れば‥‥何とかなりますよね‥‥)
 秋姫やマルセルの手隙を狙って尋ねてみれば、これも快く教えてくれる。計量スプーンや量りの重さを見る早さに驚きながら、ドイツ気質のせいか教本にある謎の専門用語らしき部分や『少々』といったアバウトな部分に引っかかりながら、それでも質問をして形にしていった。見知らぬ用語につまるたび、
(料理の経験が、あまりない‥‥)
 という一面が気にかかってくるが、同じくドイツ出身で現地料理に長けたマルセルのフォローもあり、いくつか菓子を作るうちに手馴れていくのであった。秋姫やシルヴァーナと一緒にオーブンへ入れると、
「美味しく‥‥できてると‥‥いいです‥‥」
 自身のものと同時に、BEATRICEのものも言ったのだろう、秋姫はぎこちなく、かすかに微笑んだ。
「‥‥でですね、朝見先輩」
 マルセルは、いつの間にか来ていた主催の一人、朝見胡々へいくつか材料を見せ、
「ショックザーネトルテにチョコ仕上げのカラメルザーネクレームトルテ、パパゲーノトルテ、シュヴァルツヴェルダーキルシュトルテ(チョコ包みさくらんぼケーキ)を作ろうと思うんです」
 と、一息に言った。それぞれ平易に言ってしまえば「チョコケーキ」、「チョコ包みのマジパンオレンジケーキ」「チョコ包みさくらんぼケーキ」となるようなのだが、無論のこと胡々にはよくわからない。そんな菓子があるのだろうという程度の気持ちで「へえ」と頷いた。マルセルは胡々がぼうっとしているところへ、ふいに言う。
「今のメニューを3回連続で言ってみてください
「あまりに簡単すぎて私が言うまでもない。かざねーちん、言っておやりなさい!」
 大会参加がてら知り合いを尋ねに来た緋本 かざね(gc4670)はいきなり話を振られ、頭に疑問符を浮かべた。
「だよね、かざねーちん!」
「え、はい、お菓子に対しての欲求は無限大! 緋本かざねです!
「だそうだよ、マルセル・ライスター! ほら、もっと言ってやって!」
「ええ!? えっと、3度の飯よりお菓子好き。ご飯を食べずにお菓子しか食べない日もざら!」
「あるある」
「私の中のお菓子は、日本人における米と同義です! それでもなぜか太らない体質というご都合主義!
「‥‥‥‥ない」
 もはやどのようなノリなのか定かではないが、とりあえず胡々は昨年のチョコキメラ(食べると必ず肥る)をかざねの食べるお菓子に混入させることを心の中で誓った。かざねはようやく、マルセルと談笑を始める。
「こういった大会ですもの、美味しいお菓子がいっぱいでるんでしょうねー。マルセルさんの料理の腕も知ってますから、これは楽しみになってきました!」
 続々と並べられる大会でのお菓子を前に、かざねの声は弾んでいる。
「先輩。味見、お願いします」
 出来上がったチョコの一つを取り、マルセルは胡々に手渡す。うむ、と批評家のように荘重に頷いて食べると、
「〜〜〜〜っっ」
 顔を真っ赤にし、手をバタバタと振り出した。
「唐辛子クリームをチョコで包んだコリア風激辛チョコなんですが‥・・」
 涙目になって手近な液体をがぶがぶと飲み始める胡々を見て「うん」と頷き、
「初めて作ったから入れ過ぎたかな、ちょっと控えよう」
 メモ書きに改善点をしたためた。胡々は熱が引くのを待ちながら、そんなマルセルを睨む。
 その目が、湯煎されたチョコのようにとろけてきた。
「‥・・あっ!! 先輩これ、水じゃなくて、トルテに入れるリキュール!!」
 さきほど胡々が飲んだ液体に気づいてマルセルが言うのと同時、ふらりと体が傾いでマルセルに寄りかかる。
 火照った頬の熱が伝わるほどに近づき‥‥。
「そこまでです!」
 べちゃりと、マルセルに雑巾が投げかけられた。
「させませんよ! 空の眼が黒い内はイチャラヴなんて! とりあえず、牛乳を拭いた雑巾でも喰らってください!」
 いつどこから現れたのか、最上 空(gb3976)が仁王立ちしている。
「ふっ、やれやれ危ない所でしたね、正気に戻りましたか?」
 べりっ、とばかりにぐったりとした胡々を引き剥がし、マルセルに言う。返す言葉が出る間もなく、
「お礼は良いですよ、さて空は戻りますね、コレはプレゼントなので受け取って下さい」
 ことっ、とトイレの芳香剤を置いて立ち去った。なにをしに来たのか知れない。 
 かざねは一連の流れをあっけにとられたまま眺め、ぐるぐると目を回す胡々に、とりあえず念のために持って行けと言われて持ってきた胃薬を確かめた。なんとはなく、持ってきて正解だったような気がしてくる。
 少々、遅れてやってきた柳樹は、調理者たちに軽く挨拶をし、
「色々あった方が大食い大会に参加する僕含め皆も嬉しいからまずは調理も手伝うさ」
 と、鼻歌交じりにバレンタインクッキングの料理本(上級者用)をくり出すと、あちこちから材料をかき集め、
「ふん」
 と力を込めて一度に作り始めた。本に書かれた量の、実に十倍はあろうかという材料である。あまりの量に、BEATRICEも恐る恐るといった体で大丈夫なものなのか尋ねたが、
「ふふふ、まだまだいけるさぁ、やぁ、一度思う存分作ってみたかった、見たかった〜♪」
 妙に嬉しそうに、柳樹は応える。大量のチョコに囲まれること自体がもう、嬉しいようだ。
 BEATRICEの菓子もでき始め、柳樹の調理法もあって、どんどんと増えていくスイーツが収まりきらなくなり、別の場所へと運び出されていく。シルヴィーナは「わん」と受け取り、
「クレッセントウルフの名に恥じないように任務をまっとうするのです!」
 菓子を運んでいくのだった。遠くで鐘が鳴り、開場の時を知った……。

●大会の始まり
「‥‥ん。食べ放題と。聞いて。私。参上」
 最上 憐(gb0002)と空の姉妹はさっそく大会の選手席へと入っていった。二人とも背は低く細身、憐は白髪に黒目、空は緑の髪に金の目と差はあるが、どちらも愛らしく、一見して大食い大会に出るようには見えない。
「‥‥ん。今日の。おやつ代を。節約出来て。一石二鳥かも」
 と意気込む妹に反して、姉の方は、
「空の目的は、あくまでタダで甘い物を心ゆくまで堪能する事なので、はなから勝負は捨ててますね」
 と、物見遊山であることを強調しつつ、優雅に髪を払って言う。
「ええ、優雅で雅な美幼女の空に、大食いなんて相応しくないですしね!
「‥‥ん。開始まで。待ちきれなかったので。軽く。メロンパン。買い占めて来た」
 空はピクリとかすかに反応したが、彼方から漂う匂いに、なんとか踏みとどまったようである。先の言葉に反して、空は極度の甘党であり、かつては購買でたびたびメロンパンを買い占めるところが目撃されていたという。
「くっ、流石に朝食と昼食を抜いて来たので、空腹が全開です」
 横でモサモサと憐が食べる。ここで手をつけては甲斐もない。妹は素知らぬ顔で、食べ続けた。
 そんな二人の後から、赤い髪を左右で結んだ、派手な女性が選手席へと入っていった。緑の瞳にかすかに笑みを湛えているアメリア・カーラシア(gc6366)は、ぐいと一つ背伸びをすると、
「さって〜優勝目指して食べまくるよ〜!」
 そう言って気合を入れた。スイーツの全種類制覇も掲げて、いまかいまかと待つアメリア。
 空は知っている。彼女が、
「美味しいね〜」
 とか、
「これ、秋姫が作ったのかな〜」
 などと言いながら、選手席に来る前に軽く食べていたことを。
 露出の多い服に恥じない容姿のアメリアを、空はチラと見て、目をそらした。すぐに始まる、と考えることにする。
 アメリアの後からも、ぞくぞくと参加者がやってきた。宗助が入るとショータが力強く応援し、ソウマは意味ありげに微笑み、席に座ると「【甘味王】の称号は頂きますよ」と宣言した。が、
(どんなチョコが出てくるのかな♪)
 と、不敵な笑みの下で、かすかに心を浮き立たせていた。
 調理場から直行してきた柳樹とかざねが甘い匂いをただよわせながら席についた。主催のエリィがイベントの開催を宣言し、観客席から盛り上がりを示す声が飛ぶ。それは若干、奇妙な熱狂とでも言うべきもので、太い声が多かった。
「‥‥何なんだ、一体?
 宗助は奇妙な盛り上がりにきょとんとするも運ばれる菓子に、
「――旨そうだな。目一杯食って優勝するか!」
 と、思いなおした。 ショータの応援に軽く腕を挙げて応える。目の前に迫った大会の開始を待つ。
(タイヤキの大食い大会ならばあの場に立ちたかったのだが‥‥な)
 観客席の一画で、メルセス・アン(gc6380)はポツリとそんなことを思いつつ、セルフサービスの紅茶を飲む。
 轟々と響く観客席の盛り上がりは、あるいは大食いとは別の何か、たとえば、こんな日に本来ありうべきイベント事をこなしている輩に向けた怒り、または憎しみから発したものようでもあった。が、盛り上がりは盛り上がりである。
 濡れ羽色の長髪を垂らし、メルセスは騒がしい渦中に身を置く。純粋にイベントや祭好きなのである。紅茶を喉へ滑らせ、バイキングのチョコケーキを口へ運び、彼方の選手席で主催者が開始を合図するのを聞いた。
「大食い大会、開始!」
 ごくりと、メルセスの喉が動いた。それは、単なる嚥下であろうか。

●大会
「さあ、食べまくるよ〜!」
 選手たちの前へ次々とスイーツが運ばれる。アメリアは急がず、ややペースを落とし気味に食べていった。
「うん〜美味しい〜」
 観客席の秋姫に気づき、軽く手を振る余裕さえある。調理に携わった人たちに観戦席に回っているらしい。苺パフェを口にし、アメリアは秋姫と視線を交わした。なんとなくであるが、これは彼女が作ったものではあるまいか。
 微笑んで見せようかと思う、その瞬間、他の選手が視界に入った。
「くっくっく!、五臓六腑に染み渡る感じですね! 良い感じです!!」
 悪役っぽい笑みを浮かべて、空がケーキをむさぼる。それは愛らしい少女が菓子に興ずる風景ではあったけれども、その身体から覇気、あるいは闘気、もしくは糖気のようなものの高さが透けて見えた。その奥で、
「‥‥ん。とりあえず。おかわり。大盛りで。大きいのを。入れてね」
 同じように少女が、尋常な食べ方で、しかし異常な速度を持って消費していっている。最上憐の覚醒の副作用が『空腹』になるということだと知る者はどれほどいたか。よしんば知っていたとして、外見変化は一切ない。
(持久力は最強。時間制限がなければ底なしに食い続けるのでは‥‥)
 エリィはチラと時計を見た。まだまだ始まったばかり。だというのに、この消費の速さは一体何か。
「さて、いただきます!」
 と、柳樹もぱんっ、と拍手を打って合唱し、開始していた。瓦のような分厚く広い手が、むんずとケーキやクッキーを掴んで、口に運ぶ。通常のサイズなのだが、彼が手に取ると、まるで一口サイズであるかのように錯覚する。
 実際に、一口で食べてしまってもいた。他方でも、
「やっぱり、うまいな!」
 選手にはまだ余裕があった。アメリアもそうであったが、宗助もいまだ味わって食べている。
 さきほど会場入りしてようやくのように賞品を知ったかざねは、そのときの、
「賞品は‥‥名誉!? 高級スイーツはもらえないんですかっ!?」
 というどこまでもお菓子を愛する心ゆえの驚きもあってか、
(美味しいお菓子をたべまくる!)
 と決め、忙しなく食べ始めている。そのお菓子に対する情熱で優勝まで狙ってしまおうという魂胆らしい。
「あ、観客席のバイキングのスイーツも美味しそうなのがっ!後でたべよーっと♪」
 めざといが、やはり、余裕がある。ソウマなどは、
「こ、これは――」
 素早く、しかし上品な仕草で口にして、語りだす。
「パパゲーノトルテですね。たっぷりとしたチョコとマジパンの甘味の中で、このオレンジの風味が実に爽やかな存在となっています。乙女(コレー)の訪れを思わせる、晩冬から早春を感じさせるなんとも気の利いた一作です」
 一息に言うと、演劇部で培ったオーバーリアクションを交えてさらにいくばくか語りつつ、手を動かす。
 やはり、まだまだ皆、余裕らしい。メリィは参加者のことを事前に知っていた。おおむねどの程度食べるかの予想もしていた。しかしながら、このソウマという少年、いささか不可解なところがあり、普通はありえないことを起こすらしい。
〈キョウ運の招き猫〉
 と呼ばれていると聞く。
(何が起こるということもないだろうけど)
 ともあれ、調理者たちが作った無数のスイーツを運ぶのを、急ぐのであった。

●幕間1
 観客席でも、スイーツが振舞われていた。
「わん! どうぞです!」
 狼の耳と尻尾だけでなく、白い悪魔の羽まで装備したシルヴィーナから紅茶を受け取り、秋姫はぺこりと頭を下げた。時折、「カラカラ」と音がするのは、シルヴィーナが持ち歩いている大鎌「ヘリオトロープ」が、腰を折る度に地面を擦るせいであろう。その悪魔の羽もあいまってか、鎌が音を鳴らすと、ちょっとぎょっとする。
 メルセスも鎌を見て、給仕をするのにいらないのではないか、と問うてみたが、
「カップルの方を攻撃したりすると言うお話を最近よく耳にするのです‥‥」
 と、言い、
「もし攻撃しようとしている方や、何か危険な事をしようとしている方がいらっしゃいましたらその方を止めるのです」
 鎌をかすかに示して、続けた。止める? 鎌で? 思うところがないでもないが、メルセスはチョコ菓子を受け取り、何も言わずに立ち去る背をながめた。もらったスイーツを食べると、僅かにビターで、ラム酒がきいていた。
「あ」
 と、秋姫の近くにかけていたBEATRICEが声を上げた。シルヴィーナが持ってきたチョコに、
〈十個に一個作ったハート型〉
 であったからであった。秋姫の指に挟まれている。秋姫はパクリと食べると、
「美味しい‥‥です‥‥」
 かすかに、笑って見せた。ちょうど、自分のものもあったらしく、
「味見‥‥して‥‥いただけ‥‥ませんか?」
 と差し出す。BEATRICEも頷いて、それを舌に乗せて、微笑むのであった。 
「わん!」
 と声をかけられ、ショータも笑顔のシルヴィーナからスイーツを受け取る。ショータは、どうにも今月は、
(アイテム強化に金をかけすぎた)
 らしく、金欠のため三食もやしであったらしい。血糖値の下がり具合を、なんとか正常値に戻そうと頬張っていた。
 シルヴィーナから受け取り、かすかに、ほんのささやかながら甘酸っぱい思いをしつつ、
(いや、思えば)
 周囲を見渡すと、カップルが目に付く。タダって素晴らしいと感激しながら貪っていた自分はなんなのか。
 ‥・・・・・・。
「頑張れ! (ボク達非リア充代表)宗助さん!君は一人じゃない!」
 途端、声を張って応援をしだした。
 ちなみにマルセルは牛乳を吸った雑巾の臭いを落とし服を着替えるためにようやく会場に戻ったところであった。

●熾烈
 時の経過と共に差が生まれる。たとえば大好物であるもの。もとから胃の大きさが違うもの。覚醒の副作用が有利に働くもの。それぞれに理由はあろうが、結果としては、多くの量を素早く美味しく食べられるということとなる。
 この点において、宗助は不利であった。
「やはりレベルがたか‥‥」
 言いかけて、宗助は目を丸くする。ショータが、なにやら羽をつけた女性と談笑している。
 それを見た途端、
(オレ、何やってんの?)
 凄まじい虚無感に襲われ、手が止まる。もしや、参加するより、観客席にいたほうが‥‥。
 ショータから、「頑張れ! 宗助さん! 君は一人じゃない!」という応援が聞こえる。その声が妙に火をつけた。
「――くそっ! 意地でも優勝してやる!」
 心中に巡るものは、もはや虚無ではない。打ちひしがれ、裏切られたと感じた時、自ずから湧くものであった。
 視界の菓子を手当たり次第に貪る。物凄い追い上げを見せ、宗助はそして、この場において自らの武器を手に入れた。もしかしたら、それは彼一人の力ではないかもしれない。このラストホープに住まう全ての不遇なる者の思いが宗助へと集まり凝り固まり、一個の暴食の獣へと仕立て上げてしまったのかもしれない。
 ショータも意図せぬ不幸なめぐり合わせである。ソウマ、『キョウ運の招き猫』が口角についた生クリームを拭いながら、かすかに微笑んでいた。ありえない現象も起こすという。さて、実態は、どうであったか。
「‥‥ん。とりあえず。おかわり。大盛りで。大きいのを。入れてね」
 そんな盛り上がりをよそに、憐は淡々と食を進める。
 止まるということがない。各駅列車と急行列車に速度の違いがないとして、早いのはどちらかと問えば、答えるまでもない問題である。常人と憐の差がそれであった。ブレーキを踏む必要がなければ、小休止とて必要ない。
「‥‥ん。おかわり。遅いと。隣の。参加者を。食べるよ? ‥‥間違えた。参加者の。甘味を。食べるよ?」
 憐の隣に座っていたかざねが、ビクリと肩を震わせる。
「‥‥ん。かざねの。ツインテールが。チュロスに。見えて来た。‥‥味見しても。良い?」
 ビクリビクリとかざねが震える。
 いや待て、たとい相手が憐嬢であったとしても、いまは敵。引いてよいものか。ただ座して震えて敗北を待つのか。
 かざねは思い出す。あれは大会のお知らせを聞いた時だった。
「バレンタイン? カップルはいちゃついてればいいんです! 私はスウィーツをたーっぷり堪能させてもらうんですから構ってる暇などありませんっ!!」
 そこにあるのは諦観ではなく自棄でもない。ただ菓子を愛するという一事のみ。自分の愛するスイーツへ寄せる思いのみ。なにを怯むことがある。誰よりもお菓子を愛している。ただその思い、情熱だけで、限界さえ超えることができる。
(とにもかくにも食べまくる。出てきたお菓子は残さず食べる!)
 憐の言葉の同様から立ち直り、
「かざねこぷたぁ〜高速お菓子取りぃっ!」
 絶技を発した。回転しつつ次々にお菓子のお皿を自分のもとに手繰り寄せ食べる。
 スピードはあがった、ような気がする。しかしながら回るかざねのツインテールが、ヒュンヒュンと憐の横を掠めた。
(‥‥牽制?)
 のつもりがあるかは定かではないが、かざねは目を回しながらお菓子を食べ続けていった。
「さあて、ペースアップ行くよ〜!」
 他の選手の加速も見て、アメリアは速度をあげた。負けられぬ断固とした矜持があるかは知れない。特別な思いがあるかも知れない。――ただ、大会だ。なにがなくても、勝ちを目指すのはおかしいか。いや、それは至極当然の意志。
 チラリと、秋姫を見る。
「アメリア‥‥頑張って‥‥!」
 応援があった。声を出す。名前を呼ぶ。たとえ熱血でなくとも、そのささやかなことが、どれほど人を支えるか。
(負けられない)
 と、思ったかも知れない。ただ、アメリアの手は速度を増した。恐らくは、それが答えであった。
「ふふ」
 皆が皆、速度を増していくのを見て、柳樹は笑った。
 マイ水筒に入れた番茶と緑茶も味わいつつ、とても幸せそうに食べていた柳樹は微笑した。ピリリと肌にひりつくものがある。既にして自分の手は素早く動き、早食いのような体を示している。それは菓子が美味しいからだけであろうか。
(戦いだ)
 違いない。これは大会で勝負で、そして戦いだ。柳樹は相手に恵まれた。負けるかもしれないという考えを捨てた。
 もはや、様相は大食いではない。これは早食いだ。誰がもっとも早く世のお菓子を食い尽くすかという勝負だ。 
 ――大食いに必要なものは何か。
 それはきっと、巨大な胃袋ではない。特別な能力でもない。好物であることでもない。
 あるいは‥‥折れぬ意志と、折れてはならぬ理由を持つことであるかもしれない。精神論だと笑う人もあろう、大食いごときに馬鹿なことだと呆れる人もあろう。それでもそれは大会であり勝負であり戦いである限りにおいて真剣であった。
(こんなに盛り上がるものだったっけ?)
 エリィは時計を見る。ラストスパートの時間だ。しかしながら、
(なにか、不味い)
 相変わらず、ソウマは美味しそうにケーキを食べている。騒動の渦中の中にいて、それでも悠々自適に尻尾を立てて歩く猫の優雅さで甘味を味わっていた。BEATRICEのリアル心臓型のチョコレートを引く。二つの意味で引きそうな造形だが、百個の一個の割合である。それが立て続けに、十回連続で出た。
「やっぱり、僕は『キョウ運』だ」
 ポツリとつぶやく唇に、相変わらず、かすかに笑みが張り付いていた‥‥。

●幕間2
「クレッセントウルフの名の下に‥‥そのような乱暴は許しませんです!」
 大鎌が雑巾を払い落とした。空は長いツインテールを風に揺らし、着地する。ふわりと少し塵が待った。
 二人の間に挟まれるのは、マルセルである。大会を放って空がこのようなところで何をしているのか。
 数分前、
「あ。今年はちゃんと、朝見先輩のぶん用意していますから、俺が貰ったチョコ強奪するの、やめてくださいね?」
 酔いの醒めてきた胡々とマルセルが観客席で会い、マルセルがなにやら紙袋を持っているのを見つけた。
 人からもらったチョコであるらしい。機先を制してマルセルが言ったのだった。
「私をなんだと‥‥」
 胡々は言いかけたが、昨年のことを思い出して少しばかり目を細くした。
「‥‥でも、あの時の朝見先輩、可愛かったな」
 ポツリという台詞に、胡々は顔を背ける。かすかに、耳が赤かった。
 同刻、大食い大会の場で、
「っ!? この感じ! 危険なレベルでラヴ空間が発生中ですね! ちょっと冷やかしに行って来ますよ!」
 疾風のように、空は消え去った。
 飛来するまま、調理場の時のように牛乳の染みた雑巾を投げつける。しかしながらこのときのシルヴィーナは迎撃モードだった。まさか止めるものがいるとは思わない空はそのまま着地し、向き合った。不思議な緊張が流れる。
(戦う?)
 こんなふざけたノリで、こんな場所で、戦うというのか。
 じり、と地面を擦る。共に能力者。彼我の間合いは五メートルとして、一息で踏み込める。
「二人とも、待った! 殴るならこの私にしろ!」
 胡々の声が響く。なにごとかと向いたところへ、
「ってマルセルが言ってた」
 すべてを彼へと覆い被せた。どのような流れなのか、とりあえず持ち上げた矛の向く先が決まり、マルセルは悲惨な目にあった。それは筆舌につくしたがたく思わず胡々が顔を背けるほどであったという気がするが気のせいかもしれない。
「唐辛子のお返しってことで」
 そんな茶番の横では、盛り上がる大会に、応援にも熱が入っていた。
 秋姫とBEATRICEも立ち上がり、並んで応援している。参加者たちは、もはや美味しいとか苦しいとかいう感情は通り越して、一個の意志となり果てていた。「食いつくし勝利する」そして勝利者は自分であると言わんばかりに。
(まだ私は戦闘には行っていませんが‥‥大変な任務をこなしていらっしゃる方も多いことでしょうし‥‥)
 と慰労の意をこめてBEATRICEは作った。それは失敗したか? この熱狂は慰労ではなくなったか?
 ――否。
(せめてLHに帰ってきたときくらいは‥‥こういうお祭り騒ぎで気を楽にされるのも良いことでしょう‥‥)
 あるのは血臭ではなくチョコの香り。声は断末魔の叫びではなく応援の声。
 ならば、それが心荒ぶ戦場のそれと同一であるはずがなく、この戦いは正しく誇りをかけたものであり、ゆえに、それは平常、刀刃の下に身を置くものにとっての熱狂的な慰労であり楽しむべきお祭りであった。意味も理由もない。しかし、ないからこそ面白いのかもしれない。いやそもそも、祭りに意味を求めるものなど、主催者以外にいたのだろうか。
 秋姫がアメリアを応援した。BEATRICEもいつしか声をあげている。盛り上がりの中、秋姫は応援した。
「皆様も‥‥頑張って‥‥!」
 ショータは最前列へ寄って、応援か喚きか知れない声をあげる一人となった。
「頑張れ! 宗助さん!
 声は雄たけびのように響いた。獣のように食う宗助へ声をかけ続けた。
 メルセスは席に座ったまま、ゆっくりと左手で紅茶を飲んだ。卓がかすかに震える。彼女の握った右手が震えているのであった。盛り上がりの中、祭り好きの性か、口角があがり、右拳を握り締めていた。
 まったくもって、
「チョコではなくタイヤキ大食い大会ならば参加したかったのだが‥‥な」
 どこか羨ましそうに言って、手元のケーキを口へ押し込んだ。自分があそこにいるかのような錯覚が、一瞬、した。
 視線を上向ける。理由はない。たぶん、胸に迫るものがあったとき、人は自然にそうするのではないか。
 彼方の鐘が、鳴ろうとしていた‥‥。

●終結
「‥‥ん。そろそろ。終わりかな。最後に。本気で。全力で。食べさせて。貰う」
 それは宣言であった。憐は『先手必勝』『限界突破』『高速機動』の特殊能力すべてを発動させようとする。覚醒も当然続いており、彼女の手が緩まるとは思えない。戦慄が走った。では、参加者たちは諦めるのか。
 アメリアのエメラルドの瞳の輝きが告げていた。宗助の巌のような目が言っていた。かざねの濃い琥珀の目が射ていた。そうして、柳樹とソウマのかすかな笑みがあった。信じていない。彼らは自分の敗北など信じる対象にさえ入っていない。
(勝利する)
 一念。ただそれだけ。それのみを信仰し、信奉し、欠片の疑いさえ入る余地はなかった。
 熱気がある。体がある。口がある。ならば、なにも問題はない。そう思われていた。
 ――その瞬間までは。
「え? なに?」
 エリィが手伝ってくれていた学生に耳打ちを受ける。
 菓子は誰もが皆、カラであった。だというのに運ばれてこない。参加者、観客を含めて、嫌な気配が漂う。
(しまった、予想を遥かに‥‥)
 そうする間に、鐘が鳴った。シン、とした空気の中で、エリィに視線が集まる。
「このたびの大会、参加者たちは予想を遥かに超え、我々が用意した分が大会中に全てなくなるという事態に陥りました」
 だから。
 だから、どうなるのだ。と、恐らくは、その場の誰もが次の言葉を待った。
「優勝者なし、とは、できません。ここにいる方たちは、およそ食べきれるはずのない量を、この短時間で食べきった」
 エリィは「ですから」と続けて、
「あなたが甘味王です」
 憐の手を取って言った。続けて、
「そして、あなたも」
 柳樹へも言った。アメリアにも、ソウマにも、宗助にも、いつの間にか戻ってきていた空にもついでに言った。
「甘味王とは名誉。誇りを持つものが呼ばれる称号。私を負かしたあなた方は、この名誉にふさわしい」
 若干、誤魔化しの感もあったが、会場から拍手が響く。メルセスの盛大な力強い拍手であった。
「皆、よく戦った!」
 彼女のエールと共にファンファーレが鳴り、柳樹が仕方なさそうに笑って腕をあげると、歓声がわいた。称号を呼ぶ者たちがいる。それは名札のように付け替えるものではなく、きっと魂に刻み込まれた名前であった。
「やった! かッ‥‥た‥‥」
 柳樹に続いて勝利ポーズをしようと立ち上がるも、宗助は突然、鼻血を流し、昏倒した。
 すかさず、ショータが水をもって駆け寄り、助け起こす。
「メディッーク! メディーック!」
 彼の腕の中で、宗助は戦いを終え、満足そうな笑みを浮かべていた。
「やった〜、優勝できたよ〜!」
 アメリアは席から離れると、笑いながら秋姫へ抱きついた。抱きつかれた秋姫は、一瞬、身を硬くしたが、嬉しそうなアメリアの笑みに、力を抜き、微笑を返して「おめで‥‥とう‥‥」と言うのであった。
「‥‥ん。甘い物。残っていたら。お土産に。持って帰るよ?」
 憐はまだ食べたりないらしく、観客席のあたりに残っていないか窺っていた。おおむね無くなっていることに気づき、ようやく諦めて選手席の近くへ戻ってくる。ちょうど壇から降りてきたエリィと会った。
「‥‥ん。甘味。大食い。毎日。やってくれれば。良いのにね」
「喜んでいただけたら、幸いです」
「‥‥ん。今度は。ウェディングケーキ。食べ放題とか。どうかな? かな?」
 どうだろう。そもそも自分の年齢を考えると、一種の自虐のようにも感じられる。エリィがそんなことを思ううち、
「‥‥ん。甘いの。食べたら。辛いのが。食べたくなって来た。帰りに。カレー食べて。行こうかな」
 気ままに憐は移動を始めていた。
「私の恋人はスイーツですっ! 今日はもう‥‥幸せっ♪」
 お腹をさするかざねは、まだ席に座っていた。背もたれに体重をかけ、満面の笑みを浮かべる。
 同じくまだいたソウマが、
「御馳走様でした」
 と手を合わせて、天使のような微笑を浮かべるのを見た。そのソウマとエリィが向き合う。
「本当、すごいキョウ運ですね」
 声に、微笑みを見せ、ソウマは足を踏み外す。助けようと前に出たエリィへ手を伸ばし
 もにゅ。
 と、掴んではいけない部分を掴んだ。
「キョウ運でしょう?」
 言葉に、エリィは頬をひくつかせた。
 ソウマはそのまま観客席へおり、マルセルらからチョコの作り方や入手法を聞きだしつつ、甘党の同士たちと会話し、隠れた美味しいスイーツ店の積極的な情報交換などをこなした。
 皆、思い思いに過ごすうち、秋姫が盆にお握りやから揚げなどを載せて持ってきた。甘味に疲れた人へという意味と、お疲れ様会のパーティー料理という意味があるようだ。
「この、お握り美味しい〜。ありがとう〜秋姫〜」
 さっそくアメリアが口にし、笑みを見せる。
 我が意を得たりとばかりに憐もやってきて、パクパクと食べていく。他、残っていた人たちやスタッフも手にした。マルセルと胡々と空はいない。マルセルのチョコを受け取り、それをさっそく食べて顔を赤くするところへ空が乱入して件の雑巾を投げつけようとしているところであった。この一日の間は続きそうである。
「まだまだ食べれるよ〜。」
 あれほど食べたアメリアは、秋姫のお握りの二つ目を口にしていた。
「どうぞ‥‥召し上がって‥‥下さい‥‥皆様‥‥お疲れ‥‥様でした‥‥」
 BEATRICEも受け取り、賞味した。倒れた宗助を担ぐショータが、タッパーに入れていいか尋ねると、
「沢山‥‥ありますので‥‥」
 かすかに笑って、秋姫は頷いた。
「兵舎に残っている独り身の野郎共にも分けてあげましょう」
 タッパーに詰め、宗助を背負ったまま、ショータは言った。シルヴィーナも料理を受け取り食べていた。その鎌が僅かに血の赤に染まっているのは気のせいだろうか。恐らくは気のせいであろう。柳樹も受け取り、お握りさえも一口で食べた。
 ポツリポツリと人が減り、和やかな会話が繰り広げられる。
「色よりも香こそあはれとおもほゆれ‥‥」
 エリィが小さく歌った。かすかなチョコの匂いが、春先の風に吹いて、舞っていった‥‥。